「土産ついでに誕生日プレゼントだぞー」
父が海外から帰ってきた。部屋の扉を開ける。寝床と勉強机があるからして、子供部屋だろう。
「お父さん、お帰りなさい」
部屋の中から一人の少女が父のところへ待ってましたとばかりに近づく。
「さあ、土産だぞ」
父は細長い箱を開け、あるものを取り出す。
「ほら、カッコイイだろ?」
それは等身大のイギリス兵の人形だった。背丈は大人の男性くらいだろう。
「………」
だが少女は内心ではよく思っていなかった。
「……」
黒い帽子、赤を基調とした兵士の格好。茶色の眼…何も彼もがリアルで、今にも動き出しそうだったからだ。
「ここに置いておくぞ」
父はベッドがある方角と反対に人形を置いた。
人形はベッドを見ている。寝てるところまで見られるなんてたまったものではなかった。
「ふぅ…一番重かったんだぞ」
父はそう言って部屋を出た。今思えば、ここから少女の生活が変わったのかもしれない。


カチッカチッカチッカチッ...
目覚ましの針の音だけが部屋中を響いている。この静けさは軽く0時を過ぎているだろう。
ヒュオオオ...キィ..キィ...</font>
何かがきしむ音に眼が覚めた。…窓、開けっ放しだったかな?
少女は夢現な眼でごろりと窓の方を見た。

窓は開放され、カーテンが激しく靡く。そのすぐ傍にロッキングチェアーがキィキィ揺れていた。
「……!?」
問題はそのロッキングチェアー。誰かが座ってる。こちらを向いている。黒い帽子を被った……。
「……!」
月明かりのなかで人形がじっと少女を見ていた。ダランと締まりのない座り方で。ニヤリと笑っていた。
少女は何か嫌なものを貫かれた気がした。変だ、人形が笑うはずがない。
しかし人形の口元はニヤついてる。
少女はすぐに布団の中に被り、無理矢理寝ようとした。



太陽の日差しは窓を擦り抜けてベッドを当てる。少女はもう朝になったのかと布団から出た。
肝心の人形は元の位置に置いてあった。
「……ふぅ」
少女は内心ホッとした。ああ、これは夢だったのだ。人形がこちらを見たのは夢だったのだ。
少女は自分に言い聞かせ、得意になって部屋を出た。









ある学校の教室。少女は授業を受けていた。
「…」
板書をしている先生を見、ノートに計算を書いている。
「…ぅ…」
平静を整えてるものの、頭を抱えていた。チラチラと眼だけで辺りを見回している。何かが気になってるのだろうか…
「どうかした?」
「!!」
男性の声で少女は我に返る。
「何かいるのか?」
「…いえ、何でもないです…」
クラスメイトの皆は笑わず、キョトンと少女を見ているだけであった。

…何かに…見られてる。誰?怖い…何が、何故私を見詰めるの?
『………』
それは口元をニヤリとさせ、少女がいる方向をじっと見詰めていた。



放課後、夕刻…。下校時間が過ぎているにも拘わらず、少女は自分の席で読書をしていた。小さな鞄に入るくらいの手帖のような本。少女は本を読むのが趣味であり、本を読み出すと時間を忘れてしまう。
「…あ…」
少女はふと窓の外を見る。…夕焼けだ、橙の空…。
「…綺麗…。でも…」
そう呟き、その後の言葉を放とうとした時だった。

コツン...

後ろから重い音がした。
「…先生?」
振り返るが、後ろには開け放されたドア、奥には窓があり、夕日の光が少女の目を差す。
「…ッ」
あまりの眩しさに手を翳した。
コツン...
また足音、ハイヒールではない、かといって日常で使われるスニーカー等の音ではない。
コツン...
足音が段段大きくなる。
少女は何とも言えない不安感に襲われた。誰?見回りなの…?
カツン...
少女の眼に映った者は…

黒い帽子を被った…
「!!」
少女は思わず瞬きをしてしまった。だが、目の先には廊下。
誰もいない、気配もしない。
少女は悟った。こんなところまで来てしまったのかと。書籍を鞄の中にしまい、急いで教室を出ようとした時


『待ってますよ』

そんな優しい声が、聞こえた気がした。






あたしはあいつによって生まれた。
あいつはまた抓られたり裂かれている。全く抵抗しないお前を見るとむずむずする。
「…あっ…!」
「フンッ!クッ!」
玩具で叩かれている。左腕は痣や傷痕が無数にある。一般人が見れば悍ましいだろう。
「まだ部屋が汚い!隅まで掃除しな!」
あいつを殴った奴はそう吐き捨てて部屋を出ていった。
「…」
哀愁ある表情をしなからも、あいつは何もいわず本をしまったりゴミを捨てたりしている。
何故お前は歯向かわない?何故お前は受け入れることしか出来ない?あたしが代わりになっても…いいんだぜ?
「……」
あいつ、またあの人形を見てる。人形はいいよな、どんなことにも耐えることができんだから。あいつにとって人形は友達でもあり…邪魔っ気のある奴なのかね。
人形は答えない。意志があるように見えるが、あたしは人形に聞きたいことが腐る程あるのさ。
「…ごめんなさい」
あいつはそれだけしかいわなかった。あんな無様な光景を人形が動けず…いや、動かずに見てるんだからたまったもんじゃないな。
…人形は淋しそうな表情をしているように見えたが、あいつは気付いていたのか?



学校帰り…。あいつは俯いて歩いていた。肉体的にも精神的にも傷ができちまってんだから俯くのも…無理はないな。
「嬢ちゃん」
ああ…大人気ない野郎が呼び止めたか。
「嬢ちゃん綺麗だね~…」
腰パンに茶髪という明らかに印象が悪い青年だ。ああ反吐が出る…。
「俺とデートしようよ」
出た軟派…。あいつ絶対ちゃんと断れないな。
「あ…遠慮します」
「俺の魅力がわからねぇってのか?」
青年は顔を近付ける。自己愛ってか。
「違います…!」
「じゃ、行こうぜ」
青年は無理矢理あいつの手首を掴む。馴れ馴れしいったらありゃしない。
ああむずむずする…こいつをボコりたい…!
「やめてください…結構ですから…!お願いします……!!」
それでも青年はあいつを連れていく。
「お願いします…!離してくださ……」
言葉が途切れ、あいつは眼を閉じた。
「ん?」


ドゴッッッッッ!!

強烈な一発が周囲に響いた。
「ってぇ…!?」
あいつはあたしを見上げて硬直している。
「気安いね。馴れ馴れしくするのはやめてくれよ」
言えた言えた…。
「黙ってりゃ好い気になりやがって…調子にのるんじゃねぇ…!」
青年は一発を見舞おうとする。
「好い気?調子にのる?」
あたしは容易く青年の手首を掴むことができた。
「調子にのってんのは、あんただろ?」
苛立ちが詰まった拳をあいつに見舞ってやった。あいつは急所を突かれ、悶え苦しんでいる。
「…この自惚れ屋。あたしは自分が優れてると思って好い気になる奴が大嫌いなんだよ」
おおという驚嘆と拍手の音が聞こえる。下らないことだとは思うのだが。
「…ったく…」
とりあえず発散は出来た。こいつはほっとこうか。
娘は人混みの中に入り、家路へと進んで行った。







自身が何時目覚めたのか、わたくしにはわかりません。ですが商店の構内を見ていた覚えがありましたので、少なくともあの商店に居た頃から、わたくしは目覚めていたのでしょう
主人は相変わらず退屈そうにカウンターに座っています。わたくしはこの光景を幾度も傍観しておりましたので、何が何処にあるのかは掴めております。
チリンチリン...
この鈴の音は、誰かがここに入ってきた時に鳴ります。お客様は主人とは異なる顔形でした。異国の者でしょうか?
「Can I help you?」
主人は何時ものように迎えます。異人は興味津々に品物を見回しています。眼や髪の色も、主人とは異なる異人。
「Excuse me.」
主人が声をかけると、異人はこちらを向く。何だかぎこちないですね…。
「Are you Japanese?」
日本…?やはり異人でしたか。
「Yes,I am. I visited here to buy present for my daughter and sightseeing tour.」
観光の序でと娘への誕生日プレゼントですか…。よく観光目当ての方がこの国を訪れますが、此方に入る異人はそうそういません。
「Now...how about that doll?」
わたしは一瞬思考がとまりました。そして察しました。
「Hmm...so good! I will buy it! How much is it?」
わたしを買う者が現れるとは、自身も思いもしませんでした。わたしは箱にしまわれ、異人の手に渡りました。
ですが、人間は知らないのです。

わたくしに意思が生まれたことを…。




ガチャ...
帰ってきましたか…わたくしは待ってましたよ。
「…」
娘は突如へたり込む。
「また…犯してしまった…」
生気のない玲瓏な美声が響く。わたしがこの部屋に置かれてから、何度もこの美声を聞きました。ですが…
「知らない私が…私を演じている」
娘様は、恵まれた家庭には育っていなかったとを…わたしは知りました。

そして「personality」
それにより、二人の娘様ができてしまったことも。


願わくば、この娘様の仕えに…わたしはなりたい。
譬え、この口が発せずとも。







深夜__私はロッキングチェアに座っていた。私は本当は悩んでいた。何故私はこんな生涯を通らなければならないのと。頼みの綱などいないのに…。
「…ヒク」
いつものように読書をしていたら、涙がページへと落ちた。感動ものでもないのに…。
「……」
もう一人の自分、虐待、そして…人形。不可解な物事が、更に刺激する。

パサッ...
自分の愚鈍さに思わず手から本が落ちた。…想像以上に、私は打ちのめされていたのね…と、自分の胸を押さえた。
私の回りは不可思議なことばかり。これは神が決めた運命(さだめ)だというのかしら。
こんなに苦しいなら、こんなに悲しみに打たれるのならば…

私の足が窓から越える。その窓に見える月。月から放たれる月光は何かを失った娘を照らす。

いっそのこと……








窓から落ちてゆく娘は、まるで人々の苦しみを見て自分の所為だと嘆き、身を投げるお姫様だった。スローモーション__何も彼もがゆっくりと動いて見えた。

「______」

誰かの声がしたような気がし、何かが一時停止した。
「…!」
娘は浮いていた。浮遊してるかのように。いや、浮いてるんじゃない。
娘は咄嗟に上を見た。

掴まれていた。窓から手が現れ、娘の手を掴んでいた。しかし人間の感触ではない。


両開きの窓からは、赤い袖が見えた。



娘は察した。それと同時に、ズボッと外れた。







ドサッ...!

叩きつける音がした。視界は闇に染まりゆく。

閉ざされる寸前にだった。見えたのは、窓に腰掛ける兵(つわもの)だった。

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最終更新:2014年09月05日 22:20