※皆六華を忘れている
※悪意編のサイドストーリー、樹華に起こった災厄の話になります
※樹華が受けです キャラがなんか違うぞ
※一部リョナ、陰鬱な表現あり。色々あかん


それでも良い方はどうぞ

大見出し

壺中の災厄 第二の邂逅


とある都会の大通り 人通りが多く雑多な街。そして様々なものが売られる大商店のビルに僕はいた。
円卓の1人である天蓋日向に「樹華姉さんはもっと色んな服を着るべき!」と言われ仕方なくやってきたのだ。
はっきり言って服のあれこれはよく分からない 私服は同じものを何着も買う派だ。情報は持っていてもその流行自体には疎かった。
「いやー、色々買えたねえ」
「そだね」
隣でホクホクしている日向を横目にやっと終わったかと一息つく。
買った服は…そうだな、イメチェンとか言って魔界の女の子たちの前で着たら案外盛り上がるんじゃないだろうか。意外な一面を見せると女の子というのはときめくものだ。

あれこれと考えている時だった。

その時その子に何を感じたのか…今でもそれは分からない。
ただ何かを感じて視線を向けた先にその子はいた。
最初目にしたのは女の子の後ろ姿。 身長は僕より低い… けど、びっくりするほど何かが僕によく似てる気がする。髪の毛は明るい黄緑で短い二つしばり、ゴーグルをしていて服は緑の長い羽織をしている。
彼女は目立たぬよう、しかししきりに周りを気にしてるようだった。
隣にいる日向は気付いていない。

僕は5mほど後ろでなんとなくその様子を見ていた。やがて彼女は少し足を早めると、斜め前に歩いていた頭の禿げた中年男性の仕事バッグの空いた隙間に素早く手を差し入れた。…スリ?
彼女はまた素早くバッグから抜いた手を自分のポケットに突っ込むと、何事もなかったかのように男を追い抜いて行った。一瞬の出来事だった。
「え?ちょっと、樹華姉さん!?」

僕は日向を置いてその女の子を追った。
彼女はそのまま人混みの流れに乗って店から出ようとしている。その直前で僕は彼女の手首を捕らえた。
彼女がギョッとして振り返る うわ、間近で見ると雰囲気がかなり…僕。
「誰?」
僕は答えずにそのまま彼女の手を引いて人混みから出て壁際まで行く。
「ちょっと離してくれない?」
彼女が声を上げる。僕は手を離して彼女と向き合った。

改めて真正面から彼女の顔を見た。余裕そうに弧を描く唇の端と目尻。顔は幼いながらも整っており濃い桜色の瞳が何とも綺麗だ。後ろからは見れなかったが緑衣の中には下着と大して変わらない服を身にまとっており脚にはたまに包帯を巻いていた。手にはグローブをつけている。

彼女はじっと僕の顔を見たまま微笑んでいる。
「何か用?」
「君、さっき盗ったでしょ」
「…何の話?」
「さっきおっさんのバッグから何かスッたでしょってこと」

「は?」
微笑んでいた顔が少し驚き気味に硬直し、そして あぁと合点がいったように苦笑すると言った。
「何も盗ってないよ」
「嘘だね」
「嘘じゃないよ? なんなら身体検査でもする?」
緑衣をはだけて挑発的な態度。小柄だが胸は割と大きい。
…ふーん、なるほど 僕が体に触れた途端に大声あげて痴漢(漢?)呼ばわりする気かも。
その手には乗らない。

「いいよ。その羽織を脱いで渡してもらおうか」
クスッと眉を下げながら笑う女の子。つくづく挑発的だ。しかしそこも良い。

「…スケベ」
「ポケットの中身を検めるだけだよ?それともそういうの望んでるの?」
「はは、もしポケットから財布が出てこなかったら?」
「釈放するよ」
「疑ったんだからそれなりに責任とってよね?」
自信満々なその態度にちょっとたじろぐ。もしかしたら本当に何も盗っていないのかもしれない。
しかし、
「僕はずっと見てたから君がバッグに手を入れたのは確かだ。もし何も出てこなかったからと言って、たまたま相手のポケットにお目当てのモノがなかっただけかもしれない。でも盗ろうとしたでしょ?」
彼女は無言で羽織を脱ぐと、僕に投げてよこした。受け取り、ポケットを探る。ワシャッと何かの手応え。
「何これ?」
掴みだしたモノを見てみる。それは小さく丸めた紙の玉で、結構たくさんあった。
「財布あった?」
「いや・・・紙玉だ」
「私の潔白は証明できた?」
「これが君の盗んだものでなければ」
「私のだよ。そんなの盗んでも何にもならないでしょ」
「これはなに?」
「…く」
「?」
「君には関係ないよ。返してくれる?」

紙玉の塊をポケットに突っ込み、羽織を彼女に返した。
女の子は袖を通しながらまた微笑む。
「きみ、なんて名前? いやね、正義感に駆られた慌てんぼうさんの名前を覚えておこうと思って」
やはり挑発的だ。
「名前を聞くには自分から名乗れって教わらなかった?あと正義感じゃない」
それをネタに君を頂こうと思ったんだ、と言いかけてやめた。

「まあ、本当は知ってるんだけどね」
斜め上を向いて呟くように言う女の子。
「? 僕の名を知ってるの?」
「冗談だよ。じゃあね」
彼女が背を向ける。
「ちょっと待ちなって」
彼女の腕をほぼ反射的に掴んだ。
「まだ何かあるの?」
「名前…」
「はは、僕は君の名前を諦めたんだけど君は知りたいっていうんだ?」
やれやれ、と首をかしげる少女に僕は言った。
「樹華 天王寺樹華だよ」
「…知ってる」
「やっぱり僕のことを…」
「ははは、冗談だって 私の名前は…」
言いかけて僕の後ろを一目やりまた口を開いた。
「てんか… 私の名前は天華。 14歳、身長は145、体重は秘密 バストはDで…」
「突然なに言ってるの」
「女の子のカラダに興味がありそうだったから…♪」
…否定はしない。
天華ちゃんはそう言うと踵を返してさっさと店を出てどこかへ消えていった。呆気にとられた僕は、彼女がスリでないなら何のためにバッグに手を突っ込んでいたのかを聞くのを忘れていたことに気付いた。
「…ま、いいか」

「ここにいたんだね!」
遅れて日向がやってくる。どうやらずっと探していたようだけど… 遅いなこいつ。
「ごめん、ちょっと色々あってね」
ふと足元を見ると、さっきの紙玉が一つ落ちている。
ポケットに戻す時に一つ零れたらしい。拾って広げてみる。
「…」
「なにそれ?」
日向が一緒に覗き見る。
そこにはトカゲのような生き物が書いてあった。足が両脇に3本づつあり、角のようなものも生えてる。気になったのは、茶褐色のそれがどうやら血で描かれたものであるらしい事だった。
「さあね…」

天華ちゃんが去った方を見ようとして、ふと背後にあった商品に気付いた。さっきまで天華ちゃんが見ていたものだ。
「…やはり偽名か」
その商品は某製菓メーカーのもので、これからの季節に合わせてかき氷機の販売を目的としたものだった。商品パケには雪のような舌触りなどと書かれている。


雪の別名は、天華だ。


その夜。会館の窓から月を見上げながらぼんやり考えていた。
「…Dカップ… 流石にそこまでないでしょ」
「? 何か言った?樹華」
メリアーちゃんが問いかける。
「いや、何もないよ」
にこりと笑い隣に座らせ頭を撫でると今度は営業スマイルの張り付いた天敵、カザマが口を開いた。
「ところで樹華さん、巷では妙な病が流行っているようですがご存知ですか?」
「いきなり話しかけんな お前が知ってて僕が知らないわけないでしょ」
これでも僕は情報屋なんだ、舐められちゃ困る。
「樹華、病ってなに?」
メリアーちゃんが聞いてくるので答えた。
「言ってみれば突然死、寝ている間に死んでるんだってさ。ここ数日、早朝に救急車がよく出動してたみたい」
「そういえば確かに」
聞いていたうまくんも相槌を打つ。 割と噂になってるようだ。
「どの犠牲者も皆、朝に布団の中で発見されるかららしいですよ 恐ろしい断末魔の表情をして、ね。」
にこやかに言い終えるカザマに呆れつつ、次は赤いのが言った。
「働き過ぎの過労死じゃないのか? 最近よくあるじゃねえか、ほら 電2やらコリンピックやらでさ」
「閻魔が死因を予測でしか言えないのもどうなの」
「うるせえな、死人にも順番があるんだよ 最近死んだとなると裁判はまだ先の先だし」
閻魔も大変なんですー、と柿ピーをつまむ赤いの。
「被害者には年齢性別ともに共通点はありません。普段から持病があったわけでもない。ただ、寝ている間に死んでしまい原因不明…。もしかしたら、魔物やそう言った類の仕業やもしれません。」
おちゃづけを平らげながらいたって真面目に喋る氷翠ちゃん。

「違うと思うけどなぁ」
赤いのは頬杖をつき目をそらした。
「それを調べるのが私達の仕事。明日から調査開始ですよ、業火様」
「トホホ ま、ご主人に言われちゃ仕方ねえ 解決に向かうとするか」
内心面倒臭そうにしながらも仕事と割り切る赤いの。
「あー。僕も調査しようかな」
「樹華さんもですか?」
「うん、ちょっと気になってね」
このタイミング、絶対何かある。 長年異変に立ち会ってきた僕の勘がそう告げている。
「黒幕が女だったら食うつもりなんだろ…」
「まあそれは勿論のこと、被害者のことも気になるしさ おにゃのこもいるんでしょだって。 動かないわけにいかないって」

それもそうだ、と僕達は二手に分かれて捜査に乗り込んだ。

赤いのと氷翠ちゃんで1組、彼女らはまず閻魔亭で最近死んだ中から就寝後の突然死した者だけをピックアップし聞き込み。

僕は単独 男と組むのは嫌だし女の子を巻き込むのも危ない。現場に足繁く通い、残留思念や痕跡を探る。
亡くなった人々の家を訪問したり周辺の聞き込みなどが主な調査方法だった。

僕が最初に行ったのは一番新しい死亡者の家。葬式は3日前に終わっている。22歳の大学生だったらしい。
日曜の夕方ごろ訪問。警察は事件性を考えなかったようで部屋の中はほとんどそのまま残っていた。とりあえず呪殺や魔術などの痕跡を探る。

結論から言うと大した発見はなかった。彼の寝ていた周辺に瘴気等の僅かな残り香も感じられない。そろそろ夜の帳が下りる頃、帰ろうと窓に近づいた僕は――ふと唐突に天華ちゃんの顔を思い出した。
何故かは判らなかったけど、本当に突然思い出した。壁に目をやる…そこに、それは掛けられていた。

夏用の薄手のパーカー。つい最近まで彼が着ていたであろう物だ。
ごく自然に、僕はそのポケットの中身を探っていた。
「…ん」
何かが指先に触れる。カサカサとした脆い感触だ それを慎重に引き出す。
掌に乗せたそれを月明かりの下で確認した。

何かの燃えカス…?

それは炭化した紙がボロボロになったものだった。

会館に戻り昼間閻魔亭で調査していた赤いの達の報告を受ける。彼には突然死するような持病は無く、本当に突然に亡くなった。
しかし…。

「死因の多くは心臓麻痺。 証言によると彼奴等、言いも恐ろしい夢を見ていたとのことだ」
「夢?」
「よほど恐ろしい夢を見てショック死したと考えるのが筋でしょう…。」
氷翠ちゃんが呟く。そこにカザマの嘲笑的な声。
「えぇ?そんな事あり得るんですかあ〜?」
「思い込みの力は時に物理的な現象をも引き起こす。心が”死んだ!”と100%疑うことなく信じたなら、肉体の方が自分で心臓を止めてしまう」
「被害者達は夢の中で死んだということ?」
「もしくは夢の中で”殺された”のです」
「ふーん…」

確かに「夢」は、”冷静に考えれば絶対にありえないシチュエーション”であっても、それを見ている時点では圧倒的リアリティを持っている。
そしてそれが現実であると誰もが信じて疑わない…。その中で圧倒的リアルな死を与えられたなら、肉体の方がショック死する事もありえないわけではないのかもしれない。

それが一人だけなら単なる不幸な人間で済むけれどもこう何人も続くとその「夢」は何者かによって意図的にもたらされたものである可能性は出てくるな。…夢の中で人を殺す者?
「氷翠ちゃん、心当たりはあるの?」
「無いことはありませんよ…しかし今回のこれは少し違う気もしますしそもそも痕跡が無さ過ぎる」
「そうだよなあ…」
参ったな、とばかりに天井を仰ぐ赤いの。
「痕跡といえばだけど・・・もしかしてこの黒コゲの紙は何か関係あったりする?」
被害者宅で見つけた紙玉を見せると氷翠ちゃんは訝しげな表情をした。
「それは…?」
「いやね、被害者のパーカーポケットに入ってたのさ」
「ふむ、少し調べてみる価値はありそうですが…」

あの時、脳裏を過ぎった天華ちゃんについて僕はまだ誰にも話してなかった。関係あるはずがない。ただ、あのポケットにあった紙玉が気にはなっていた。
とにかくまだ情報が足りない。明日にでも大学生の3日前に死んだ別の被害者の身辺調査をすることに決め、その日は解散した。



____思えば、はっきり自分の意識と時間軸を把握出来ていられたのはこの日が最後だったような気がする。


翌日、さっそく調査に出かけようとした僕らに新しい情報が舞い込んで来た。さらに新しい犠牲者が出たというのだ。昨日の早朝に突然死、今日葬式が行われるという。
今日は昨日の大学生の前に突然死した主婦の所へ行く予定だったので迷ったが、そちらには赤いのに行ってもらうことにし、僕と氷翠ちゃんは葬式の方へ。
新しい犠牲者は定年間近のサラリーマンらしい。郊外の新興住宅地の一角、一戸建てのマイホーム。多くの弔問客が門を出入りしている。
「魔獄天律家睡蓮寺氷翠。調査に参りました。」
「わざわざありがとうございます…。 主人の部屋は二階にありますのでどうぞ…」
氷翠ちゃんの名を聞くと恭しく頭を下げ、初老の女性が通してくれた。まあ当たり前か。

葬式は一階の居間に設営されていて先ほど通してくれた奥さんや他の遺族と思しき人達が慌しく動いている。
しかし肝心の二階は無人のようだ。二階まで上ると被害者の部屋に入った。

とりあえずまずはじめにやる事がある。僕は洋服タンスを開いて、掛けてある外套を片っ端から調べた。
しかし目当てのものはない。僕は次に仕事バッグを漁った。
「樹華さん?何を探しているのですか?」
「まあ見ててよ。僕の予想が正しければ………」 
あった!

仕事バッグの奥底にそれはあった。しかも2つ。一つは昨日の大学生の夏用パーカーから見つけたものと同じで、完全に炭化した紙の燃えカス。ボロボロと崩れて元の形は判別できない。ただし、もう片方は違った。半分ほど炭化しているが、それが小さく丸めた紙の玉だったことは間違いない。

氷翠ちゃんが目を細める。
「樹華さん…これは昨日の…」
「何かはわからないけど、今回の事件の重要な手がかりには違いなさそうだね」
「今回の事件の犠牲者は全員、これを持っていたと言う事ですか?」
「おそらく」
「これが突然死の原因として、誰が何のためにこれを…」
そこで僕らは部屋の片隅に座卓がある事に気付いた
机の上に写真立て…家族写真のようだ。穏やかな表情の中年夫婦と、大学生くらいの娘が笑っている。
どうやら故人はこの父親だと思われる。写真に顔を近づけ、故人の顔をよく見てみる。思わず息を飲む。

…僕はこの顔を知っている。

あの店だ。僕がスリだと勘違いした、天華ちゃんが仕事バッグに手を突っ込んだ相手。頭が禿げた中年の男。天華ちゃんを追って彼を追い抜いた時にチラッと横顔を見ただけなので確証は無い。
…でも、きっとあの男だ。バッグも一致する。という事は…。

これは天華ちゃんの仕業だ。天華ちゃんは男のバッグから何かを盗もうとしたのではなく、逆に”入れた”のだ。あの丸めた紙玉を。血で描かれた奇妙なトカゲの絵を。彼女はまだポケットに幾つも同じような紙玉を持っていた。多分、今まで死んだ人も全員、アレをポケットに入れられたのだ。そして皆、死んだ。

天華ちゃん…一体彼女は何者なんだろう。
何の為にこんな事をしている? あの時ちょっとだけ話した感じでは確かに生意気な印象だったけどそんなに悪い子には思えなかった。

「…氷翠ちゃん、行こう 犯人に心当たりがある」
「! それは一体…?」
「まずはここを出よう…」

会館に着き、畳の上に4つの物を並べて置く。二つは紙の燃えカス。一つは天華ちゃんが落としていったトカゲの絵。
そして最後の一つは、半分炭化した紙の玉だが…

___まだ開いてはいない。僕の話を聞いた氷翠ちゃんが頷く。
「なるほど、その少女がこれを…。しかしなぜ今まで黙っていたのですか?」

「ごめん、そんな悪い子には思えなかったんだ」
「しかし、この事件の重要参考人であることは最早確定です。彼女がこの紙玉を懐に忍ばせた相手は、尽く変死しているのですからね」
「…」
「業火様はまだ帰っていないのですか。あちらの主婦にもこれらが見つかるやも知れませんね」

「氷翠ちゃん、本当にこの紙の玉が被害者達を殺したのかな」
「断定は出来ませんが…殺したとするならばこれは呪いの一種でしょう。手にした者を夢の中で殺す、新しいタイプの呪符かもしれません」
「あの子…天華ちゃんは何のためにこんな物を…」
僕は半分焼けた紙玉を手に取った。ゆっくり開く。

予想に反して中に描かれていたのはあのトカゲではなかった。やはり血で描かれているらしかったが、こっちのはやけに翅が縦に長い蝶のような虫の絵。それが半分焼け焦げている。
「これは…」

その瞬間だった。

絵の中心に何か黒い塊が見えたような気がした。
「…?」
顔を近付けたその瞬間、僕は真っ黒な闇に包まれた。
「樹華さん!」
氷翠ちゃんの叫びに似た声が聞こえる。絵の中心から突然立ち上がった視界いっぱいの闇に飲み込まれていく感覚と共に、僕は気を失った。

気がついたら真っ白な世界だった。何処かはわからない。地面は白い玉砂利が敷き詰められ、周囲はどうやら濃い霧に包まれているらしい。
視界の全てが真っ白。奥行がどこまであるのかもわからず、無限の拡がりがあるようにさえ思った。さっきまで会館に居たはずなのに、ここは一体…。

僕以外には誰もいない。さっきまで一緒にいた氷翠ちゃんも。
何が起こったというのか。
「氷翠ちゃーん!」
呼びかけても誰も答えない。どうやらさっき紙の中から飛び出してきたモノに異世界へと引きずり込まれたみたいだ。つまりここは天華ちゃんが創った夢の中の世界…?僕は下手に動くのをやめ、じっと待った。

10分?いや、30分くらいは経ったか?こういう場所は時間の感覚がおかしくなる。ふと、物音を聞いたような気がした。
「…」

振り返る。目の前には真っ白な霧の壁。その遥か向こうに、ぼんやりと黒い点が現れた。玉砂利を踏む音と共に、それは少しづつ大きく、濃くなって来た。向こうから人影が近づいてくる。

人影は10mくらい手前で立ち止まった。相変わらずぼんやりとしたシルエットでしか見えないが、背は僕と同じくらいか。
「誰?」
こんな状況で会う相手が友好的とは思えない。僕は十分警戒して問うた。
しかし相手は黙っている。いや…声を押し殺して笑っている?もう一度問う。
「お前は誰だ」

『ふふ…”僕たち”が誰だって?』

突然後ろから聞こえた声に思わず振り返る。次の瞬間、重い風が球となって僕の鳩尾にめり込んだ。
「ぐっ…」
衝撃に体が吹き飛ばされる。
血反吐を吐きながら、僕は玉砂利の上に倒れ込んだ。後ろにもう一人いたなんてね…ぬかった。

肋骨が数本やられたようだ…ダメージが大きい。地を這い苦しむ僕の後頭部を、誰かが踏みつけた。激痛。なんとか首をひねって見上げると、僕を踏みにじっているさっきの人影と、背後から攻撃してきたもうひとりの人影が見下ろしていた。
顔は見えない。僕は血を吐きながら呻いた。

「お前ら…」

『ふふふ…』
『僕たち?僕たちはね…』
聞き覚えのある声。でも遠のく意識を保とうとするのに必死で頭が回らない。二人は声を揃えて言った。
『僕たちは、”君が絶対に勝てない”敵だよ』
視界がブラックアウトした。薄れていく意識の中で、二人の哄笑がいつまでも響いていた。

____「樹華!樹華ぁ!しっかりして!!」

メリアーちゃんの声でハッと目が覚めた。見回すと、会館のソファに寝かされ皆に取り囲まれている。

「…ぁ、 僕………一体…」

言いかけたところを涙目のメリアーちゃんに抱きつかれた。
「良かった…!もう!本当に心配したんだからァ!」

どうやら気を失っていたようだ。

「大丈夫ですか、樹華さん」
「ん…ちょっと頭が痛いけれど。…一体何が起きた?」
「私にも分かりません。貴女が半焼けの紙玉を開いた途端いきなり倒れたのですよ。この間何をやっても目を覚ましませんでした。先ほど業火様が帰ってきましたけれどそれまで実に3時間は気を失っておりましたよ」

「そんなにか」
「ねえ樹華…本当に大丈夫?どこか体におかしい所ない?」
「ないよ…。ただ、ちょっと嫌な夢を見た」
「夢?」
赤いのがさっき開いた紙を広げて見る。いつの間に燃えたのか、蝶のような生き物の絵はすっかり焦げて見えなくなっていた。
「樹華。お前、憑かれたかもしれねえぞ」

「憑かれた?何に?」
「今回の連続怪死事件の犯人にだ。お前、今夢を見ていたと言ってただろ…何者かに襲われなかったか?」
「あー、まあね…。誰かは分かんないけど、二人いた」
「そんな!」
メリアーちゃんが悲痛な声を上げる。

「大丈夫だよメリアーちゃん。今回は不意を突かれたから不覚を取ったけど、今度同じ夢を見たら必ずあいつらを倒してやる。
今までの犠牲者は無力な人間だった。でも僕は天緑魔界の王、樹華だ。負けるもんか」

___”絶対勝てない敵”。奴らは確かにそう言っていた…少し気になるけど、たかが呪符 きっと誇張だ。

「しかし樹華さん。相手は夢の中に現れ、夢の中で攻撃してくる敵です」
「わかってるよ」
間髪入れずにめどいのが口を挟む。
「本当ですかあ? それってつまり戦う舞台もシチュエーションも敵の思うままということなのでしょう?夢を自由に操る敵なら、夢の中ではまさしく無敵ということになる…。徹底的に状況は不利で、相手は樹華さんを苦手とする姿で出現も可能なのでは?」

…確かに。奴らは次も僕が”絶対に勝てない敵”の姿で現れるのだろう。僕にとって勝てない敵…それが何なのか、実はもう少しづつ気付き始めていた。
あの聞き覚えのある声。鳩尾にめり込んだ風の刃。そして…僕の頭を踏みつけた時に覗いた顔…。逆光で見えなかったが………頭には、ゴーグルをしていた。


「…」
もしそうなら、敵と僕の強さは互角だ。最悪相討ちにでもできるだろう…。
しかし、もしそれが2人ならば…?

夢の中でならそれも可能なのだ。もしかしたら、次は3人で来るかもしれない。そうなったら…絶対に勝てない。そしてこの夢の中での敗北____”死”は、なすすべもなく眠り続ける僕の「魂」にも本物の死をもたらすのだ。

不安を振り払うように話題を変えた。
「ところで赤いのの調査の結果はどうだった?」
「主婦のか?…大した情報は無かったな。病気でもなし。ただ、家族に最近悪夢に悩まされてるってこぼしていたようだ」
「そか」
「やっぱり夢の中で殺されちゃったのかな…」
メリアーちゃんの不安そうな声。

「彼女の近辺にこんな黒焦げの紙か、丸めた紙玉みたいなの無かった?」
「無かったと思うけどな…意識してなかったから見落としてるかもしれん…」
「無能」
「うっ…」
「…明日から、もう一度全ての犠牲者を洗い直そう」
「え?樹華に今憑いてるのに?そんなことしてる場合じゃ…」
「元凶を見つける」

「元凶?」
「夢の中に現れる敵とは別に、その夢を見させる例の”紙”を仕込んだ子がいるみたい。天華ちゃんって名前のおにゃのこだ」
「女?…ひょっとしてだがそいつは緑髪を2つにまとめてないか?」
「知ってるの!?」
「ああ、今日の聞き込みの時に見かけた。こちらに気付いて逃げていったがな、被害者宅を見てた」

「やっぱりあの子の仕業だったのか…」
「樹華…」
「とにかく被害者の共通点を探すんだ。絶対にある。天華ちゃんと接触する機会がね。それが分かれば彼女の行動パターンを読めるかもしれない」
「そうだな そうしよう」
「では今日は解散ということで」
氷翠ちゃんが言い、調査班は自分の私生活へと移る。

「あのね… 樹華が寝てる間のことなんだけど…」
メリアーちゃんが恐る恐るというような感じで声をかけてきた。どうしたのだろう。
僕が寝てる間に何かあったのか?
「どしたの?」
「天緑魔界の子数人が、その、突然死しちゃって…」
「…」
「何もできなかった…ごめんなさい…」
「メリアーちゃんは悪くない…」
一度魔界に帰還。突然死してしまった子達に黙祷した。
1人は星が好きでたまに一緒に夜の散歩に出かけてた子、そしてまた1人は変な薬の調合をよくしてたっけ…。 あとあの子は…。
暫しの間亡くなった子達へ想いを馳せる。
魔界という性質上ここに住む子達が他の何者かにやられてしまうことはある。現世に降り立った時に紙玉を入れられたのだろう。
殺された理由は分からないけれど、それを傍観してやり過ごす僕ではない。

「樹華…もしかして、寝るの?」
「うん」
「寝ない方が良いんじゃない?だって、また夢の中で…」
「今日は疲れたから寝る。…大丈夫だよ。あいつらに会ったら今度こそ倒してやる 死んだ子達の仇もとる」
「…気をつけてね。ちゃんと明日の朝…起きてくれなきゃ嫌だよ…」 
僕だってそう願いたい。

「ん…」

_____気が付けば、また霧の中にいた。真っ白で何も見えない。しかし、気配は感じていた。
いる…。二人。 奴らだ。

奴らの正体が僕の思ったとおりなら、二人掛かりとなるとかなり厄介な事になる。戦力差は実質向こうが二倍。
しかし負けるわけにはいかない。ここで殺されたら…僕は明日の朝、生きては目覚められない。目を閉じ、二人の気配に集中した。左右に、いる。

動いた。
____来る! 思い切り地を蹴って後方に飛びのく。左右から飛来したそれが目の前でガキンッ!とぶつかり火花を散らす。
「あっぶないな…」

間一髪、あと一呼吸遅れたら脳天を貫かれるところだった。
お互いに弾き返されたそれは地に落ち沈黙する。
それを放った方向に目を向けると…今度はハッキリ見えた。嫌な予感は的中した。

そのまま後方ジャンプで距離をとる。
『へえ、やるじゃん♪』
『さすが”オリジナル”といったところかな』

左右の霧の中から、二人が姿を現した。予想していたとはいえ、目の当たりにすると少々戦慄。不敵な笑いを浮かべたその敵は、どちらも僕と同じ顔をしていた。

「悪趣味だなー… そんで、君たち何者?」
『僕達は君だよ』

悪い夢を見ているようだった。…いや、実際「悪い夢」の中にいるわけだけども。
二人の”僕”は、顔だけじゃなく服装も僕と全く同じだった。さっき放ってきたナイフから見るに、おそらく喰風、転移もこちらと同じ性能を持っていると見て間違いないだろう。二対一。厳しい。

『君には絶対勝てないと言った理由、わかったでしょ』
『まあどう言っても自分の最大の敵なんてのは自分自身なんだよね』
「それも二倍してか。なるほど、実に念の入ったことだ」
確かにこのままでは、まるで勝てる気がしない。

逃げるのも考えたけれどここではまず飛ぶことができないらしい。転移しようにも先回りされるのが落ち。ならば戦うしかない。
しかし二人同時に相手することは危険…片方に集中することにした。
便宜上、自分の中で勝手に片方の”僕”を「じゅか」とひらがな呼び。
もう片方を「ジュカ」とカタカナ呼びすることにした。
「…!」

僕は走った。狙いはまずじゅかの方。一直線にダッシュしながらナイフを連射する。それをじゅかはジャンプして避ける。予想通り。

自由飛行ができぬなら空中では避けることが出来まい。僕はジャンプ中のじゅかめがけて喰風を叩き込むべく腕に魔力を集中させた。

「!?」
と、その瞬間 足に何かが巻きついた。

…空気?
ジュカが器用にも操作した物理的な空気のツタにより足を絡めとられ、僕は勢い余って転倒した。
腕に込めていた喰風はそのまま暴発。上半身に多大な傷を負った。
「っ…」

あたりを砂埃が舞う。 相手の姿が見えない。
背筋にゾクリと殺気。慌てて跳ね起きる。

ナイフが頬を掠める。僕が倒れていた地面に無数のナイフが突き刺さった。思わず飛びのいた僕をさらにじゅかの風撃が追撃する。僕はそれをバク転で避ける。しかし、一瞬の隙をついてジュカのナイフが容赦なく突き刺さった。

「アァッ!!」

とてつもない激痛。 その場で力なく倒れた。

「グッゥ……」

(…駄目か!)

なんて完璧なコンビネーションだろうか。とどめにもう一発、顎にじゅかの蹴りをくらい、僕はあえなく玉砂利の上に倒れ伏した。
腕と足に力が入らなく、起き上がれない。下卑た笑いを浮かべた二人が僕を見下ろしていた。

『なんだ、意外とあっけなかったかな』
『ふふん、じゃ お仕置きといこうか♪』

…お仕置き?

朦朧とした視界の端に、ジュカが僕の近くに屈み込むのが見えた。何をする気だ?

うつ伏せに転がされる。ジュカが僕の両肩を押さえつけ、足の方に回ったじゅかの声が聞こえた。

『まあまあ力抜いて♪ 仲良くしようじゃないの』

なにを?
いや、それは僕自身だからこそ、一番わかってるはずじゃないか。
(いやしかし。しかし。)

じゅかの手が僕のスカートに掛かるのを感じた。
いやはや冗談でしょ。抵抗しようとするも、強い力で砂利に押さえつけられ身動きが取れない。ゆっくりファスナーを下ろされ下着の上からなぞられる。
いやだ。 幾ら何でも仇に良いようにされるわけにはいかない!

『蹂躙してあげるよ樹華 身も心も、ボロ雑巾になるまでね』

耳元で呟くじゅかが、耳を噛んできた。
「~~~~~っっっ!!!!!」

僕は声にならない声をあげた。

飛び起きる。全身汗でグッショリ。カーテンの隙間から朝日が漏れている。 5時くらいか…? 心臓は早鐘のように鳴っているし、嫌な汗が流れる。…なんて夢だ。

二人の「自分」に叩きのめされ、挙句陵辱されそうになるなんて、僕でなかったら気が狂いそうな悪夢だ。肩を掴まれた感触。脱がされた時の感触。夢の中の出来事とはいえ、全てが圧倒的にリアルな痛みと嫌悪感で僕の心を抉った。怒りと悔しさで眉間にシワが寄る。

「樹華!!大丈夫なの?」
起きてきた僕の顔を見て、メリアーちゃんが目を丸くする。よほど酷い顔をしていたらしい。
「うん…まあ」
「やっぱり…出たの?」
「まあね… また負けちゃった」

その先は言わなかった。あまり言いたくない。
(そういえばやられそうになるまで気付かなかったが僕の身体は生前の時に近い形をしていたな…)

「また夢の中で酷い目にあったんでしょ?大丈夫?今日はここで大人しくしてた方がいいんじゃない?」
メリアーちゃんが心配そうに顔を覗き込む。
「いや、動いてた方が気が紛れる。それに…早く天華ちゃんを見つけたい」
「…そっか」
「行ってくる」

___その日の調査で、一つ分かったことがあった。さすがに全員分の裏は取れなかったけど、少なくとも殺された主婦・大学生・中年サラリーマン…そして魔界の子達の数名には一つだけ共通する点があったのだ。それは、ほぼ毎日、そしてここ最近「同じ店を利用している」ということ。

僕が天華ちゃんを見かけたあの店。被害者はおそらく全員その店か、その周辺で天華ちゃんと接触していたのだ。そして、あの紙玉を懐に忍ばされた。
「氷翠ちゃん、店に行こう」
「もう時間も遅いです。明日にしましょう」
「なら、僕だけでも行く」
「無理をするな。身体に障るぞ」
「どうせ帰っても…眠りたくないか」
「…樹華さん」
「心配しなくても、僕は数日寝なくたって大丈夫だから」
「だがな、樹華…お前かなり疲労が溜まってるんじゃないか?」
…確かに心理的にも肉体的にも疲弊していた。でももう、あの夢を見たくない。

「けれど、ずっと寝ないわけにもいきませんよ」
「…」
「仕方ない、私も同行します」
…氷翠ちゃんと店に向かう。既にシャッターは閉められており周辺を歩く。徹夜の覚悟だったが闇雲に探したって天華ちゃんが見つかるわけがない。でも、ジッとしていられなかった。

_____午前二時頃、店から少し離れたところにある公園のベンチで休憩する。
「喉が乾きましたね。茶を買ってきますから樹華さんは座ってお待ちください」

氷翠ちゃんが自販機を探して公園を出て行った途端、猛烈な睡魔が襲ってきた。
「マズい… ッ…!」
ナイフを取り出し太腿に突き立てなんとか寝まいと抗う。しかし、まるで魂を吸い取られているかのように力が抜けていく。
「やだ…夢………」

限界だった。目の前が真っ暗になった。

____絶望的な気分で、僕はまた霧の中に立っていた。また、奴らと戦わねばならないのか…そして今度負けたら、僕はどんな目にあわされるのだろう。
逃げ出したかった。でも、ここは奴らが全てを完全に支配する世界。逃げ切れるものではない。戦うしか道はない。五感を極限まで研ぎ澄ます。どこだ?

霧の向こうに何かが見えた。
…来た!

(何が来ようと、迎え撃つ!)
僕は両手を前方に伸ばして構えた。喰風。僕の技の中でも威力は抜群だ。ただ一度放つと魔力をかなり消耗する。最初に外したらあとはない。慎重に狙いを定める。影が凄い早さで接近してきた。

「喰 風」
音すら飲み込む狂風が迫り来る影に命中したと思った瞬間、突然影が霧散した。「は?!」
影は奴らではなく、風で操作された玉砂利の集合体だったのだ。こんなのに騙されるなんて。

追撃に放たれた竜巻が僕の周りを囲む。

そして少しづつ、竜巻の円が狭まってくる。まずい。完全に取り囲まれた。これではいつどっちの方向から攻撃が来てもその全てに対応は出来ない。
「チッ…」
焦った僕は残る魔力を使いあたりにナイフと風撃を乱射した。
『どこ狙ってんのさ?』
じゅかの声!振り向いた僕の後頭部に転移してきたじゅかの踵が振り下ろされた。

「ガッ…」
次の瞬間、どこからともなく飛来したナイフに足を貫かれ、その場に崩れ落ちる。倒れた僕に、追い討ちとでもいうように喰風が放たれた。ひとたまりもなかった。僕は、また惨敗した。

『もうちょっと楽しませてくれるかと思ったんだけどね』
霧の中から二人が姿を現す。でも僕はもう動くことも出来なかった。何箇所か骨折している。割れた頭から血が止まらない。
夢の中だとわかっていても、この気が狂いそうな痛みは本物だった。

ジュカが僕を抱き起こして笑う。
『まあ、これから楽しませてもらうから良いけどね』

「やめ…て」
息も絶え絶えに懇願した。もうなりふりなんか構っていられなかった。
『今日は趣向を変えようよ』

じゅかが僕の服のボタンを外し始める。
「やめろ…」

露になった僕の胸を上を、じゅかの指先が気味が悪いほどの優しさでなぞっていく。ボロボロにされた上でこんな事されるのは流石に屈辱手際。じゅかが耳元でささやく。

「さて、何本目で死ぬかな?」
その瞬間全身を激痛が走り、僕の身体は跳ね上がった。じゅかの至近距離での風撃。細い風の槍が僕の脇腹に突き刺さった。

「アァァァッッ!!!」
…それからもじゅかは時間をかけ、僕の反応を楽しむように一発づつ、僕の身体に風撃を撃ち続けた。なんとも僕らしい拷問だ。
口の中に血泡が溢れる。普通ならとうに死んでいる。でも僕は死ななかった。ただただ激痛に苦しめられ続けた。
『あれ?失禁しちゃった?』

『そろそろ仕上げといくか』
『ヤっちゃうの?』
『それは次回のお楽しみ。今日は最後まで拷問プレイに徹する』
『サドだね〜♪』
地面に打ち捨てられたように転がる僕に、奴らの下卑た笑いが聞こえてくる。自分と同じその声に、心はもう完全に打ち砕かれていた。二人の手が、僕に触れる。

『まだ死なないでよ?』
その言葉を合図に、電撃が始まった。
「アア”ア”ア”ア”ッッ!!!!」
目の前が真っ白になった。こんな技知らない。脳を迸り焼くような二人分の電圧。僕の身体は意志に関係なく狂ったように転げまわった。

『あはは! 見てみなよこの子濡れてんじゃん』
誰かに触られた。そこに、さらに強い電撃が加えられる。
「いぃいやあだああああああ!!!」

僕はほぼ強制的に絶頂を迎えさせられた。何度も、何度も。電撃が止むまで止まることはなかった。そうしてそのまま闇の中に堕ちていった。


跳ね起きる。目の前にメリアーちゃんの顔がある。涙でぐしゃぐしゃだ。
「樹華ぁ!樹華ぁぁ~!!」
泣きながら縋り付いて来る。ここは…公園のベンチ。
「…なんで、メリアーちゃんが?」
「天律家に呼ばれたの!樹華すっごくうなされて泣いてて倒れてるんだもん!!びっくりしたんだからあ!」
大声で泣きじゃくる。
「大丈夫ですか?樹華さん」
横には氷翠ちゃんが立っていた。
「あまり…」

…もう少しで死ぬ所だった。本当に、危なかった。全身がまだ硬直してうまく動けない。
「また怖い夢見たの?!」
「うん」
「ねえ大丈夫?」
「流石に…こんなのが毎日続いたら…正直キツい」
「そんな…」
「…ごめん」
頭を抱えて少し泣いた。

それから数日間___僕の悪夢に苦しめられる日々が続いた。昼間は件の店周辺を中心に調査を続けたが天華ちゃんはなかなか見つからない。
日が落ちると、調査中でも食事中でも関係なく突然襲い来る猛烈な睡魔に耐え切れず、気を失うように眠りに落ちる。
そしてまた…あの夢を見るのだ。

奴らは毎回手を変え品を変え、実に多彩な連携技で僕を攻撃してきた。僕も刺し違える覚悟で全力で挑んだけど、相手は全く僕と同じ能力を持ち、しかも二人がかり。いつもそれは無謀な戦いでしかなかった。敵は容赦ない。僕はいつも瀕死の重傷を負い、血みどろで地面に倒されるのだった。

朦朧とする意識の中、押さえつけられ、脱がされていくのを感じる。

(毎回毎回、飽きないな…)
腫れ上がった口からは悪態の1つすら出ない。何か滑り気のあるものを当てがわれた。
触手……?
___嫌だ。ゆっくり入ってくる。___やめろ。『ここは君の夢の中だ。誰も助けに来ないよ』
と耳元でジュカの声。
(助け…)
次の瞬間、一気に貫かれた。僕は泣いた。子どものように泣きじゃくった。大声を上げていないと気が狂ってしまいそうだったから。
でも、泣き叫ぶ僕の限界まで開かれた口をジュカの唇が塞ぐ。
『ふふ、ロストバージンおめでとう♪ 女の子の身体って素敵だねえ』

____そこで意識が飛んだ。

飛び起きた。
「また…夢…」
もう嫌だ。もう耐えられない。嫌気、そして悔しさと怒りを通り越した感情を押し殺し、僕はそのまま布団に倒れこんだ。顔を埋め、声を殺して泣いた。もう限界だった。

夢の中で何度も倒され、陵辱され、身も心も隅々まで蹂躙されていく僕は日に日に衰弱し、起きている間も茫漠とした意識の中にただ揺らいでいる、そんな状態が続いた。

それでも僕を苦しめるこの夢の正体は一向にして不明のままだった。氷翠ちゃんや赤いのは多方へ出向いてまで徹夜で調べ物をしてくれていたし、メリアーちゃんも毎晩悪夢で悶える僕を泣きながら看病してくれた。でも手の施しようがなかったのだ。

シノちゃんやセレちゃんが僕の代わりに天華ちゃんの捜索を続けていてくれたが、相変わらず見つからない。ついに僕は布団で寝たきりになった。寝たり覚めたりを日に何度も繰り返し、夢と現実の境が次第に判らなくなっていった。

____濃い霧の中、湿った淫靡な音が断続的に響く。僕は混濁した意識の中で他人事のようにそれを聞いていた。その日も、僕は犯されていた。犯されているらしかった。
感覚がすっかり麻痺していた。脳の奥が痺れて蕩けている。抵抗しようにも、何かが身体に巻きついていて動けない。それは、触手だった。
じゅかとジュカの用意した触手状のナニか。それが僕の体を舐め回すように巻き付いていた。またこんなエロ同人のようなものを…。そんな事をまた他人事のように考えてる自分がいた。僕の体は体液とも他の何かともつかない粘液にまみれていた。もう、気にもならなかった。僕は壊れかけていた。

蛇のように鎌首をもたげた二本の触手が、両側から突然僕の耳に突っ込まれてきた。鼓膜を貫通し、三半規管を抉り、脳に達するのが判った。体が仰け反り、声にならない悲鳴を上げた。声は出なかった。
すでに別の触手で喉の奥まで塞がれていたから。脳を掻き回される。意識が弾け飛ぶ感覚。

勝手に眼球が裏返り、何も見えなくなった。体の奥で何か熱いものが出されたのが判った。先程から出されてるソレはどうやら媚薬の効果があるらしく僕の身体は更に高揚した。
こんどは体の奥から違う液体が流れる感覚。 自分が達した際に出たものだとわかった。
でもどうでもよかった。早く終わって欲しかった。なにもかとどうでもいい。そのまま眠るように意識を失った。

ここで目が覚めた。慌てて体中を探る。寝汗でビッショリだけど何ともなっていない。
…夢だった。リアルな痛覚の余韻がまだ頭の奥に残っててズキズキする。でも、夢だった。
…いつまでこんな事が続くのか…。重い体を無理やり起こす。薄暗い会館の一室には誰もいない。気配もない…皆、出掛けてるのか。

顔を洗おうと思い、ベッドから出て立ち上がった。体中が痛い。
仮眠室を出る前に取り付けてある鏡で自分の顔を見た。ひどいな…病的にやつれている。血走った目はまるで別人のようだ。思わず顔を背ける。その時、異変に気付いた。
____匂い。それも猛烈な、鉄臭い匂い…血の匂い。部屋の外からだ…!
ドアを開け放つ。信じられない風景が広がっていた。

会館の居間は血の海だった。そして、その海の中に倒れていたのは…氷翠ちゃん。向こうには、同じく倒れている赤い閻魔の姿があった。ピクリとも動かない。
「…そん、な…」
僕が寝ている間に、何者かが襲ってきたのか?まさか天華ちゃん、が?氷翠ちゃんを抱き起こそうとして、「それ」に気づいた。
血の海と一体化しているそれ…。原型をとどめなさすぎて気づくのが遅れた。氷翠ちゃんのすぐ近くで血だまりに転がっているそれは…まるで曳き潰された猫のような無残な姿をしていた。
血とも何とも言い知れぬ様々な液体が周囲に飛び散っている。
「…………セレ ちゃん………」

絶望で目の前が真っ暗になった。嘘だ…こんなの嘘だ…こんな現実なら、見たくなかった…。
血の海に膝をつき、顔を覆う。もう嫌だ、もう……。
その時、メリアーちゃんの苦しそうな声が微かに聞こえたような気がした。ハッと振り返る。後ろのドアがゆっくり開く。

薄暗い部屋に入ると、メリアーちゃんが誰かに犯されていた。相手の顔は影になってて見えない。もう長い時間陵辱を受けているらしく、メリアーちゃんの体は白濁した飛沫にまみれ、抵抗する様子もなくただ相手の成すがままになっている。涙も枯れ、焦点を失った目が僕の姿を認め、微かに反応する。
「… じ……ゅ ………… か ………」
こちらに手を伸ばす。
「たす……け…」 
僕はその場を動けないまま呆然とそれを見ていた。ショックが大き過ぎて現実味が無い。悪夢からようやく覚めて戻ってきた現実は更に酷い世界だった。もうたくさんだ。自分の心が音を立てて崩れていく。

相手の動きが早くなる。
「あ、あ、あ、あああああああ」
メリアーちゃんの呼吸も早くなる。ただ立ち尽くして眺めていた僕は、後ろから誰かに羽交い絞めにされた。髪を引かれ、耳元に囁かれる。
『メリアーちゃん泣いてたよ。君と同じようにさ』 

(…ああ、やっぱり…そういうことか) 
目を閉じた。全てを諦めたように。自我のスイッチを切り、僕は人形になった。


永遠にも思える時間が過ぎ、ぼーっとメリアーちゃんを眺めていたら世界が暗転した。

____目を覚ました。会館の仮眠室のベッドの中。すぐ傍で看病していたらしいメリアーちゃんは静かに寝息を立てている。
どういうことだ。夢から覚めたと思ったらそこもまた夢だったということか?もう何も判らない。今のこの世界は夢か現実かどっちなんだ。本当に何もわからなくなってしまった。
仮眠室と隣接する居間のドアは全開しており、そこから明かりが漏れていた。

「樹華様!天華という女らしき人物を見つけました!」
シノちゃんが部屋に飛び込んできた。
「本当ですか」
氷翠ちゃんが顔を上げる。
「セレス様とさっきまで店を捜索していたのですが諦めてこの会館に戻ってきたら、通り反対側の公衆電話からこの部屋の窓を見上げてる人物がいたのです」

「会館の近くまで来ていたの?」
メリアーちゃんが立ち上がる。
「待って、行っても無駄だよ。私達に気付いて逃げた。かなり逃げ足の速い女の子でね…まさか追い付けないなんて思わなかった。でも間違いなく緑衣に緑髪、ゴーグルをした子だったよ」
「様子を見に来たんだろうな。明日からは全員でこの周辺を張るぞ。次こそは捕まえる。樹華、もう少しの辛抱だぜ」

「…」
布団の中で朦朧としながら、みんなの話をなんとなく聞いていた。正直、もうどうでもよくなっていた。
度重なる悪夢による執拗な精神への蹂躙。もう僕に対抗しようという気は起きなくなっていた。限界が近い。意識がまた混濁してくる。目の前が白くかすみがかってくる。…また始まる。

____もう、この霧の中に立つのは何度目だろう。思い出せなかったが、すぐ考えるのをやめた。砂利を踏みしめる二つの足音が左右から近付いてくる。…奴らが来た。僕は項垂れたまま、その場から動かずに待った。もう戦う気はなかった。
僕は完全に奴らに屈服していて、この夢が始まっても最初の頃のように戦おうとはしなかった。どうせ勝てないのなら、結果が同じなら…勝敗のわかってる戦いに身を投げるだなんて馬鹿げている。二人が現れると、僕は無言で服を脱ぎ、地面に跪いていた。
『やっと従順になったみたいだね、樹華』

僕は頷いた。さっさと終わらせてくれ。
触手が前と後ろから、同時に入れられた。抵抗しなかった。僕は堕ちた。何度でも何度でも達した。促されたなら自ら動き、口に出されたら嚥下した。心を失った人形のように、虚ろな目は遠くを見つめていた。
何度か達するとじゅかが
『あ、いい事思いついた』
と冷酷な笑みを浮かべると、片方の眼球を抉ってきた。
「ア”ア”ァ”ァ”ァ”!!!!」
『もうちょっと可愛く鳴いてよ』

そのまま前髪をかき上げて眼窩に触手を突き刺した。
『眼窩ってさあ、性感帯になったりするのかな?』
『ちょっと試されてよ♪』

頭の中で何かが弾けた。
「やめろおおおおおお!!!」
声の限り叫んだ。二人が笑う。
_____その時だった。

”グオオォォォォォォン…………………………” 

遠くで何かが聞こえた。二人の動きが止まる。僕は解放されてそのまま砂利の上に倒れた。

『また来たか!』
『ほんとにしつこい奴…!』
『いつも通り返り討ちにしてやるさ。僕達も樹華のおかげでかなり力を得た。前回のようにはさせない!』

何を言っているのか分からなかった。ただぼんやりとした視界に、じゅかとジュカの背中を見ていた。二人は霧の向こうから来る何かを迎え撃つ用意をしているようだった。

”グオオォォォォォォン………” 
また聞こえた。あれは…獣の咆哮?霧の向こうに巨大な影が現れ、こちらに迫ってきた。二人の緊張が伝わる。

霧の向こうから現れた異形の巨獣は咆哮を轟かせ、霧を切り裂きながら突進してきた。象のように長い鼻。その両脇から天を仰ぐ凶悪な牙。たてがみのような体毛は装甲のように全身を覆い、目は炎のように燃えている。

『こいつ、まさか!』
『何が来ようと倒すのみだ…』
二人がナイフを放ちながら走り出す。

そうだ、僕は「あれ」を知っている。でも、ここまでだった。僕はまた眠るように気を失った。二人の”僕”と壮絶な戦いを繰り広げる、巨獣の雄叫びを消えゆく意識の遠くで聞きながら…。

「……ゅか!…………じゅか!!!」 
突然耳元に大声で呼ばれ、ハッと目を覚ました。目の前に顔があった。
濃い桜色の瞳、2つにまとめた緑髪、ゴーグル。
「て、ん、……かちゃん?」
「戻ったみたいだね…よし、間に合った」
天華ちゃんは寝ている僕の上に馬乗りになり、襟を掴んで引き寄せていた。

意識がはっきりしてくると僕は彼女を突き飛ばした。
「わっ…」
天華ちゃんがベッドの下に転がり落ちる。飛び掛ろうとして毛布につまづいた。
衰弱した体がうまく動かない。

「誰か…!誰か来て!!」
大声で呼んだ。しばらくしてドアが開き、皆が飛び込んできた。倒れてる天華ちゃんを見て驚く。

「こいつ!いつの間に忍び寄ったか!」
「一体どうやって…!」
「ちょ、待ってよ!何すんのさ!」
慌てる天華ちゃんの上にまず赤いのが。そして他の皆も一斉に雪崩のようにのしかかった。
「うわわわ!」
ひとたまりもなく、天華ちゃんは皆の下敷きになって押さえつけられた。
なんとか立ち上がる。その時、毛布の中から何かがコロリと転がり落ちた。紙の玉だった。

天華ちゃんが持ってきたものだ。ただ、最初に駅で拾ったものに比べるとハンドボールサイズの大きい紙玉だった。
「ちょっとー!何のつもりだよ、どいてよね!」
赤いのの下で天華ちゃんが喚く。僕は紙玉を拾うと、彼女に近付いた。
「ふ、ふふふ…やっと会えた。 君、よくも今まで僕を…」
「え?何勘違いしてんのさ?」
「とぼけるな」
僕は天華ちゃんの首根っこを掴んで引き上げた。
「いたっ…助けに来てあげたってのになんの仕打ち?」
「夢で殺された人たちの服の中に、君がこの紙玉を入れたのはわかってるんだ。これもそうなんだろ?僕を悪夢で苦しめるために!」
僕は丸められた紙玉を開いた。天華ちゃんが叫ぶ。
「駄目だ!それを開けちゃいけない!」

広げたら新聞紙くらいの大きな和紙だった。その中に描かれたものを見て愕然とする。「なんて事を…。獏は開いちゃったらもう使えないんだよ?それ作るのに何日かかったと思ってんだよ!」
____そこに描かれてあったのは『獏』――そう、さっき夢の中で僕を救いに来てくれた、伝説の夢喰い獣。
「アレは君が…?」
「助けに来たって言ったじゃない。それは私が作った式神だよ。丸めて携帯すれば、精神の内側からその人を護衛すんの」
「じゃあ、死んだ人たちが持っていたのも…?」
「”壺中の悪意”に憑かれた人を見つけたから、私がこっそりポケットやバッグに入れたの」
「壺中の悪意?」
「今、樹華にとり憑いてるやつだよ。人を夢の中で殺す能力といったほうがいいのかな」
「…皆、天華ちゃんを離してやって」
解放された天華ちゃんが首をコキコキ鳴らせて体をほぐす。
「あー重かった。まったく… 勘違いも甚だしいね?」
横目で見られたみんながウッと顔をひきつる。
「話して。知ってることを全て」
僕がいうと、天華ちゃんは少しづつ話しだした。

「壺中の悪意は人に憑くと、その心の中に”芽”を植え付ける」
「芽?」
「悪夢の芽だよ。それがその人の潜在意識下にあるイメージを読み取ってその姿で夢に現れる。ある者にはそのものが最も苦手とする者、そしてある者には過去のトラウマとかね。徹底的に追い詰め、夢の中で嬲り殺しにする。憑かれた人は二度と目覚めない」
「何のためにそんなことを」
「人の絶望と恐怖、敵意。それが悪意達の餌」
「殺すたび、強くなっていくのか」
「芽を植えつけたあと、壺中の悪意の異能本体はすぐ別の宿主を探して乗り移る。移動の多くは人ごみの多い場所で行われてたようだけど」
「だから君も店で壺中の悪意を探していたのか」
「もう”芽”を植えつけられてしまった人には仔護りをあげたの。さっきのね」
そこで天華ちゃんは一度目を伏せると、悲しそうに言った。
「結局どの子も負けちゃったみたいだけどね…」
「それが、あの炭化した紙か」
「樹華と会ったあの日、私はやっと壺中の悪意本体をあのサラリーマンのおっさんの中に見つけた。だから今度こそ仕留めるつもりでとっておきの仔護りを二つ送り込んだの」
「一つは負けて炭になった。ところが」
「そう。もう一つは善戦した。倒さぬまでも、壺中の悪意の根を捕らえることに成功したんだ。それなのにさあ…」
「…僕が、開いてしまったのか」
「そうだよ。そして解き放たれた壺中の悪意は君に憑いた。簡単には死なない君の中で、壺中の悪意は更なる力を得た」
なんてこった。
死んだサラリーマンの家の二階で、仕事バッグから見つけた紙玉2つ。完全に炭化したものと、半分炭化したもの。その半焼けの方に、壺中の悪意が囚われていたのだ。
あの蝶のような姿の仔護りによって。まさか自分自身の手で逃がし、挙句自分が憑かれるなんて間抜けにも程がある。
「本当に君は間抜けだよ!結局、私が苦労して作ってきた最強の仔護りまでも、さっき駄目にしちゃったんだからさ!」
「あの獏か」
「仔護りは私の血を使って描くんだよ。壺中の悪意を追ううちに、現在棲み付いているのが樹華だと分かった。だから今度こそ捕まえようと、たくさんの血を使って貧血で倒れそうになりながら三日三晩かかって描いたの。どうしてくれんのさ!」
何も言い返せない。
「…ごめん」
「”君”の為じゃなかったら、誰がここまでするもんか!」
「え?」
天華ちゃんがハッと口をつぐむ。
「君…やっぱり僕のこと知ってるんじゃないの?一体、誰なんだ…」
「そんなことより、今は壺中の悪意を倒す事の方が先だよ」
まあ、確かに。
「どんな手がある?」
「獏をもう一度作るにはまた3日はかかる。私もこれ以上、血を抜いたらきっとここにいられなくなる」
「?ここにいられなくなる?」
「まあ、死んじゃうって事。それに、もう樹華の魂は3日持たない」
それは自分でも分かってた。

今度…あともう一度、奴らに会ったなら。もう僕は耐えられない。もう限界はとうに超えている。前回のように獏の支援が受けられない限り今度こそ僕は殺されるだろう。二人の「自分」の手によって…。
重くのしかかる絶望感に、一瞬クラッと眩暈がした。…マズい。睡魔が襲ってきた。

「樹華!」
「樹華ぁ!しっかりして!」
意識を失いそうになる僕に天華ちゃんとメリアーちゃんが駆け寄る。
(ダメだ、寝ちゃダメだ…もし寝たら…もう…)
歯を食いしばって耐えた。でも無駄な足掻きだった。底なし沼のように沈んでいく。白い闇の中へ。二度と戻れない霧の向こうへ…。

「樹華、聞いて!」
夢の世界へ今まさに堕ちようとする間際、僕の耳元で天華ちゃんが叫ぶ。
「私が行くから、必ず駆けつけるから!それまで耐えて!いい?意識を保つの、しっかりと!ヒトの精神世界は想像を越える迷路…樹華が導いてくれないと、私は永遠に閉じ込められてしまう。だから…!」

「必ず強く意識を持って私を誘導して!二人であいつらを倒そう」
「てん…k…____」
僕は眠りに堕ちた。

気が付いたら霧の中だった。絶望に打ちのめされ、僕は立ち尽くした。来てしまった…。
またこの世界に。…嫌だ。もう何もしたくない。何も見たくない。頭を抱えてその場にうずくまった。震えが止まらない。

背後に二人の足音が近付いてくる。来た。またあいつらがやって来た。僕を叩きのめし、体の隅々まで辱め、無様な死を与える為に。

_____”私が行くまで耐えて 必ず行くから、私を導いて”

天華ちゃんの言葉が頭をよぎった。無理だ。無理だよ。こんな深層意識の異界に辿り着けるわけがない。例え辿り着けたとしても…あいつらを相手に、天華ちゃんみたいなただの女の子が何を出来るって言うんだ。

『樹華、今日が最後になる…楽しもうか』
『殺す前に眼窩をちゃんと仕込んでおかないと♪』
下卑た笑いが聞こえてくる。拳を握り締めた。ふざけやがって。ふざけやがってふざけやがってふざけやがって!

無言で立ち上がる。
「ふーん…まさかやる気なの?』
『残念ながらもう獏は来ないよ?また発狂するまで拷問プレイを楽しむ?君の魂が枯れ果てるまで』
また嘲笑が浴びせられた。ゆっくり振り返る。正面から二人を睨みつける。
「…やってみろ」
『何?』
「やれるもんならやってみろ」
ジャンプしてナイフを放つ。奴らもすばやく同じようにナイフを放ってきた。数で言えば向こうのナイフが二倍だ。正面からぶち当たったナイフが弾けて地面に落ち、残りのナイフが眼前に迫ってきた。
身を沈めながら前にダッシュ。ナイフとナイフの僅かな隙間をギリギリすり抜ける。頬が裂けて血が飛ぶ。

そのまま構わず二人に向かって走った。
『ついに血迷った?』
「なんとでも言え。どんなに無様でもいい。どうせ死ぬなら最後まで戦って死んでやる。でも、お前らも道連れだ…!」
あの子が来る来ないは関係ない。僕は「自分と同じ姿の敵」に負けることはあっても、「自分自身」に負けるわけにはいかないんだ。
風撃の群れ。
じゅかに集中させて放った。向こうからは二人分の風撃が飛んでくる。正面からぶち当たり、風となり消える。
すり抜けてきた数十発の風の球が肩に当たる。激痛。でも走るのを止めなかった。じゅかの表情が変わる。
「喰 風」
その顔めがけてとっておきを見舞った。

じゅかが吹っ飛ぶ。
『お前…!』
横からジュカの蹴りが飛んできた。脇腹にめり込む。何本か折れた。でも踏み止まった。
『!?』
驚くジュカのその足を抱きこみ、気合と共に押し返す。二人絡み合うように砂利の上に倒れこんだ。跳ね起きた二人と対峙する。こっちは既に満身創痍…だがまだ負けてない。

お互いが次の攻撃に入ろうと重心を前に移したその瞬間だった。まるでラジオの混線のように突然”声”が脳裏に割り込んできた。
”___樹華、どこなの?返事して!” 
その声はジュカとじゅかにも聞こえたらしい。動きを止め、しきりに周囲を見回している。
『あの女か…』
「そうだ」

大きく息を吸い、ありったけの声で叫ぶ。「ここだよ天華ちゃん!!」
次の瞬間、遠い遠い天井から穴があき、そこからヒョイと顔を出す影。
「よい、しょ と!」
天井から降り立ち、それは着地と同時に実体化した。
じゅかとジュカが飛びのいて距離をとる。「ふう」
天華ちゃんは僕を見ると、不敵に微笑んだ。
「頑張ってんじゃん?」
「まあね」

「これで、二対二だ」
広い広い壺中、四人は向き合った。…援軍は無事に到達したが、正直まだ不安は拭えなかった。予想していたことだが、天華ちゃんは獏や他の「仔護り」を連れてきていない。
こんな女の子が一人味方についたって、どこまで奴らに食い下がれる?
「へぇ、なるほど」
天華ちゃんが呟く。
「樹華の敵は二人の樹華ってわけか。確かに×2じゃ確実に負けるよね♪」
『君が加わって、互角になったと言いたいの?』
「まっさか!私が君達”樹華”と同じ戦力なわけないじゃん」
『…だったら君から先に死ぬ?』

天華ちゃんはゴーグルを掛け直し目を細めて笑うと言った。

「だって私、樹華よりも強いんだもん♪」
『何だと?』 
天華ちゃんは何処からともなく薙刀のような武器を出すとその場で身体をひねり、
「薙風」
薙ぎ払いのモーションに入った。その動きはとても歳相応に思えない熟達さと鮮やかさがある。
しかし敵との間合いは10m以上ある。払いが届くわけがない______と、思ったら信じられないものを見た。
ビュオォオウウウウウウ!!!!!!!!!
強風が目の前一面の物理を文字通り薙ぎ払っていく。
玉砂利も狂い踊りそれは奴らの身体ごとさらった。不意を突かれた二人は強風に忍んだ鋭い風撃を喰らい更に傷を増やす。

風の…魔法?

「行くよ、樹華」
天華ちゃんが走り出す。
「あ、うん」
あとを追う僕の目の前で、天華ちゃんは翠に光る翼を広げ宙高く舞い上がる。立ち上がろうとした二人の頭上をとった。
空中で逆さまになった天華ちゃんは無数のナイフを敵の頭上に雨の如く降り注がせ突き立てた。

風撃に…ナイフ…僕と似た雰囲気……。いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。ハリネズミ状態になって苦悶するジュカとじゅかを逃さまいとナイフで服を地面に縫い付ける。その体の上に天華ちゃんが着地した。
鈍い音がした。
『グハッ…』
着地した天華ちゃんの両足は、倒れてる二人を念入りにグリグリと踏みにじっている。当の本人は鼻歌でも聞こえてきそうなくらいの満面の笑みだ。
____あっという間の出来事だった。あれだけ僕を苦しめたジュカとじゅかが今、中学生くらいにしか見えない小柄な少女の足の下に敷かれていた。その凛とした立ち姿はまるで女王のようだ。
「君達さあ…私の”大事な人”に随分とイケナイ事してくれたみたいだね?」
____ちょっと待て、なんで知ってる?
『ぐ…あ……』
二人はもう何も答えられない。2人から降り、天華ちゃんがこちらを向いてニッコリ笑うと、僕に両手を差し出した。
「仕上げだよ樹華。”お礼”したいでしょ?」
意味がわかった。天華ちゃんに歩み寄る。
両手を取り合った。
「準備はいい?もうやり残したことない?」
「いろいろ助かった。ありがとね、天華ちゃん」
「ふふ、また胸見てる」
「バレたか」
「大きくなったでしょ」
「?」
「はは、何でもない。いくよ」
「うん」
____閃光が走る。様々な色が混じり合う琳業の光。周囲の霧が爆風に吹き飛んだ。

_____王手の喰風。

二人分の。

『うわああああああああああああああああ!!!!!』
じゅかとジュカが断末魔の悲鳴を上げる。今まで殺された人々…特におにゃのこ達の無念、そして、散々好き勝手やられた僕の恨み。全てをこの二人分の喰風に込めて、発散した。
永劫に消え失せろ、この白き壺中の天で。

二人の”樹華”が文字通り風となり消える。発散を止める。静寂が戻ってくる。
玉砂利が舞い踊るその場所に奴らの姿は跡形もない。…終わった。手を離し、天華ちゃんが「ふぅ」と一息つくと言った。
「実はね、壺中の悪意は最初から君が標的だったんだ」
「何だって?」
「壺中の悪意は…とある”組織”の幹部の異能による生命体。そいつは樹華を狙ってたの」
「僕を?なんでさ」
「組織の目的のために、君が邪魔だから。…。他の一般人たちが殺されたのは、壺中の悪意が恐怖と絶望のエネルギーで力を貯める為と同時に君を誘き出す罠でもあった。だからあの町に来たんだ」
「組織って何さ…」
「…」

霧が濃くなってきた。
「そろそろだね」
「何が?」
「君が”目覚める”んだよ。私は先に戻ってるから」
天華ちゃんが背を向ける。
「ちょっと待ってよ…!」
追いかけようとしたが、急速に濃くなっていく霧に天華ちゃんの後ろ姿はあっという間に見えなくなった。視界が全て真っ白になり、僕の意識もそこで途切れた。
目覚めて会館に戻って来てみれば、ビックリする光景が広がっていた。まず毛布と僕の服が血だらけ。でも怪我は無い。
聞くところによると、これは天華ちゃんの血らしい。そして、メリアーちゃんが遠巻きに指差して見ているもの…。それは壺中の悪意の残骸だった。

奇妙な花…のようなナニか。目覚める直前に、僕の口から這い出てきてそのまま枯れ果てたらしい。すでに床の上で消えかかっていた。これが…悪夢の芽を。
「大丈夫か樹華」
赤いのが心配そうに一声かけてくる。
「ん、まあね。みんなも心配かけてごめん…やっと終わったみたいだ」
「ええ。あの天華という方に感謝せねばなりませんね。それと事情聴取もしなければ…」
「お、おうそうだなご主人」

天華ちゃんがどうやって僕の夢の中に入ったのか。見ていた皆に聞いたところによると、それは実に驚くべき方法だった。
「仔護りは私の血を媒介にして相手の精神に侵入するんだ。仔護りが作れないなら…私自身が仔護りになるしかない」
彼女はそう言って全裸になり、ナイフで自分の乳房の間を切り裂いたのだ。
流れる血もそのままに、寝ている僕に覆いかぶさって額を合わせる。そのまま意識を深層まで降下させて僕の夢とリンクしたのだという。
僕が誘導出来なければ彼女の精神は永遠に深層意識の迷路に閉じ込められる。一歩間違えば…かなり危険な賭けでもあった。
全裸のあの子と一緒に寝てたのか…。
「胸でかかったぞ」
ウィルくんがそう言って氷翠ちゃんに本でぶたれる。てかいつの間にいたのかお前。
「それは知ってる」
と思わずこぼした僕もメリアーちゃんにパシパシされた。可愛い。
「メリアーちゃん、そういえば天華ちゃんはどこへ?」
「お風呂みたい。血で汚れたからシャワー浴びてくるって言ってたの」
メリアーちゃんが風呂場に様子も見に行き、駆け足で戻ってきた。
「天華ちゃん、居ないよ!」
「なんだと!?」
赤いのが思わず声をあげる。
「服もない。どっか行っちゃったみたい!」
僕は立ち上がった。まだ聞きたいことが山ほどあるんだ。組織のこと…そして、僕と似通った能力を扱う君自身のこと。
「探してくる」

通りに出た。周囲を見回すが、天華ちゃんの姿はない。
(まだ遠くへは行ってないはず…いやしかし。 どこなの天華ちゃん…。)
まだ話したいことがあるんだ。君が僕のことをそう言ってくれたように、僕にとっても君はやはり”大事な”存在のはずでしょ?
あの霧の中で_____あれが本当の最後の別れなんて、僕は嫌だ。頼む、まだ行かないで。

転移。

迷うことはなかった。最初からアテがあるわけじゃなかったし、あの子で思いつく場所と言ったら一つしかなかったから。
僕はあの店に向かった。あの子と初めて___否、偶然の「再会」をしたあの店に。

時刻は17時頃。そろそろ人も混み合う時間だ。頼む、まだ居てくれ。店内を走る。
どこにもいない。探してる途中、人にぶつかる。
「おい!店の中で走るんじゃねえよ!」
うるさい、そんな細かいことに構ってる暇ないんだ。

店を出る 近くの公園へ向かった。

______見つけた。木陰に隠れたベンチ、誰も居ない公園の隅っこの方にポツンと一人、天華ちゃんは座っていた。

夕日をバックに逆光になっている天華ちゃんの横顔は、気のせいか少し寂しそうにも見えた。風になびく緑髪。
長い羽織のポケットに両手を突っ込み、遠くを見てる。時々夕焼けを眩しく反射するゴーグル。僕によく似た雰囲気を持つ女の子。

「天華ちゃん」
僕は少し離れた場所から声をかけ、近付いた。
天華ちゃんがこちらに振り向き、ゴーグルを眩しく反射する光が僕の目をかすめる。
「…」
天華ちゃんは口を開き、何かを言いかけて黙った。
天華ちゃんの隣に並んで座り、しばらく無言で夕日に赤く照らされる遊具を眺めていた。
長い針が6回ほど進んだあと、天華ちゃんの方から口を開いた。

「…あの日はびっくりしたなあ」
「僕がスリと勘違いして君を捕まえたあの日ね」
「全然変わってないんだもん、すぐ分かっちゃったよ」
「そりゃそんなに経ってないもの。君だって…。いや、胸はまた大きくなった?」
「うん、また」
「誰に似たんだか」
「ふふ、皆も元気そうで何よりだよ。”お母さんたち”も」
「行っちゃうの?」
「うん」
「一緒に暮らせばいいじゃんか。どうせ忘れられてるんでしょ?偽名だってそれでいいし、皆も受け入れてくれるよ あいつら結構単純だから」
「いいよ。一人の方が性に合ってる。それに、”制限”があるしね」
「…それってあそびんとかと同じような?」
天華ちゃんは何も言わなかった。

「組織…悪意と呼ばれる組織の話だけちょっと話せる。壺中の悪意は刺客の第一陣なんだけども そもそもの話、壺中の悪意を異能とする幹部自体を僕らは殺せてない。けれどそれの根は一度仕留めた。次に悪夢を操るには時間がかかるはずだ。」
「その前にその幹部をどうにか見つけ出して轢き殺さなきゃね」
「うん 僕がいなくてもできる?」
「僕を誰だと思ってるのさ」
「僕が助けるまで随分酷い目に遭ってたみたいだけど?」
「さあ、夢でも見てたんじゃないの。…冗談はさておきだ とりあえずその異能者は絶対に殺すし地獄に逃げた方がマシと思わせるくらいの目に遭わせる予定」
「うーん楽しそうだ 是非僕も混ぜてほしいねえ♪ 」
「いいね、2人で私刑にしよう」
生温い風が吹く。
「…と、これからもきっと奴らはやって来る。手の品を変えてね」
「…」
「天緑の魔王となった君には護るものがたくさんある。責任だって。…でも、君自身を護れる人は少ない」
「…だから」
「そう。だから、壺中の悪意の時だけは…私が天王寺樹華を護りたかった。」
「…」
「かなり制限をかけられた状態だったけど、ある奴に《動いていいよ》って言われたんだ。 ていうか僕が手を出さなかったら本当に死んでたんだからね?」
「うわぁ… まじか。 確かに結構危なかった自覚はある」

〜♪〜〜〜♪〜♪〜〜〜〜〜〜♪
子供達に帰宅を促す音楽。もうこんな時間か…。公園を吹き抜ける風に僕のポニーテールがはためく。
「よいせと」
天華ちゃんがベンチから立つ。緑衣をはためかせ、こちらを向き、僕の目をまっすぐ見て小さく言った。
「…ママのこと、ずっと私が護っていたかった」
「りっか…」
天華ちゃんの姿が緑を帯びる。美しい澄んだ色に。
「そういえば謝らなくちゃいけないことがあるの」
恥ずかしそうに耳打ちしてくる。
「私が助けに行くの遅れたのは、獏を作るのに3日もかかったからって言ってたじゃん?あれ…半分ウソなんだよね」
「え?」
「あ、苦労したのは本当だよ。いっぱい血も使ったしさ…でも、本当の理由は別にあるの」
「なんだよ」
「ほら、ママ最初に一つ私が落としていった仔護り拾ったじゃん、あの店で」
「あ、あのトカゲ…」
「もちろんママが紙を開いちゃった時点で仔護りとしては機能しなくなる。でもね…あれ持ってるとリンクしてるから聞こえちゃうんだよね、その…」
「何が」
「夢の中のコト」
「!? あ、だからお前あの時…」
「うん、実はずっと聞いてた。ママがあいつらにやられたあんなコトやこんなコト」
「…そう」
「いつもはドS理不尽絶対タチ派な実の親の鬼畜陵辱プレイ…いやー、もう美味しくって美味しくってつい」
「おい…」
「何回もオカズにしちゃった ごめん、それで遅れたんだよね…」
「ほう…」
なんとも言えない感情。
人の危機をおかずに呑気に自慰とは…。親の顔が見たい。

天華ちゃんの身体が透けてくる。それに気付くとそっと頬にキスされた。
「ご馳走様。まあ、私も裸で添い寝してあげたんだからおあいこだよね?」
「何がおあいこだよ…」
「ははは、バイバイママ!お母さんたちを大切にしてね あと、記憶を無くしてしまったあの人も。」
手を振りながら、消えていく天華。

「ちょ、六華ぁーーーー!」
”娘”の本当の名を、大声で叫んだ。


会館。
かき氷をみんなでシャクシャクと頬張る。帰りに店で寄って買ったかき氷機で作ったものだ。

「僕は寝てたんだから裸もおっぱいも知らないもん。おあいこじゃないじゃないの、もう」
「?何か言った?樹華」
「んー?なんでもないよ」

かき氷機のパッケージには季節外れの雪が舞っていた。


__________________完。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2017年07月31日 05:36