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この物語は、ある一匹の黒猫が語った物語である。



俺は黒猫。
この時にはまだ名前はない。
自分の鍵尻尾がお気に入り。

ただの黒い猫だった。
ある一点を除いては。


いつからか語り継がれるようになったジンクスがある。
「黒い猫は不幸を呼ぶ存在」。
そんなジンクスからか、町中の黒猫は苛められることが多かった。
真っ黒い姿をした俺も例外ではなかった。

週末、散歩をしていると誰かから石を投げられた。
今日も俺は苛めの格好の標的だった。
でも、それももう慣れていた。
日常茶飯事だったから。



俺が生まれたのは、都会のとある暗い路地。
母親は、俺と兄弟を生むと、すぐに育児放棄した。
兄弟も、どうにかして食いつなごうと俺を置いていった。

それから俺は独りぼっち。
兄弟と離れてもう3年になるだろうか。
俺はすでにこの生活に慣れきってしまっていた。


孤独には、もう慣れていた。
いや、むしろ望んでいたのに近い。
誰かを思いやる事なんて煩わしかった。

このまま独りぼっちで生きていても良い。
そう思っていた。



「大丈夫かい?素敵なおチビさん」
とある冬の晩、一人の男から声をかけられた。
男は売れない絵師だった。
剃る金もないのだろうか、髭は濃かった。

「君はいつも苛められている。僕はいつも絵が売れない。似たもの同士だよね」
いきなりこんなことを言われた。
確かに似たもの同士かもしれない。
でも、こんな男に構っている暇なんて――
「僕の家に来ないかい。ここは寒いだろう」

男は俺を抱きかかえた。
俺は驚いて、気づいたときには男の顔を引っ掻いて逃げていた。
生まれて初めて受けた優しさや温もり、そういったものが信じられなかった。

でも、逃げても逃げても男は追いかけてくる。
仕方なく逃げるのをやめた。
「ほら、おいで」
俺は男についていくことにした。確かに外は寒い。


男の家は床に売れ残った絵が散乱していた。
どこで描いたのだろうか、桜や、緑の山、木々、富士山といった風景画ばかりだ。
机には様々な画材道具が所狭しと並んでいる。
「特に何も無いけど、ゆっくりしていってね」



何故ここに居続けたんだろう。
気が付けば男の家に来て丸1年が経っていた。
外は、雪が降っている。いくらか積もっていた。

俺がここに来て一週間後、男は俺に名前を付けた。
「ホーリーナイト」。曰く、「黒き幸、聖なる夜」。
というのも、男が俺を拾った日付が12月24日だったからだ。
そんな夜と、俺の黒い姿を掛け合わせた、そんな名前だ。


「ホーリーナイト、もう少しだから動かないでね」
俺が来てからというもの、男はいつも俺ばかり描いている。
スケッチブックはほとんど黒尽くめだ。
男は友達――すなわち俺が来たのがとても嬉しかったようだ。

俺はいつしか男を、親友と思うようになった。
考え方が変わり、1年前の俺とはまるで別になった。
こんな生活がいつまでも続くと良いと思った。

だが――



ある日、男が倒れた。
貧しい生活、俺の世話、そして絵の活動、と三重苦を背負った過労からだろう。
男には病院に行く金さえなく、日を追うごとに男は弱っていった。
そして、その日がやって来た。

「ホーリーナイト……この手紙を…故郷にいるあの人に届けてくれ……夢を見て都会に飛び出した…僕の帰りを待っているあの人へ………頼……んだ…」
ついに男は息を引き取った。
俺はたまらなくなった。


男と暮らした楽しかった日々――
そういった思い出が頭をよぎった。

不吉な黒い猫、という姿をした俺の絵なんて誰も買わなかったが、それでも男は俺を描き続けた。
それゆえ男は冷たくなったんだ。
そんな男の思いを無駄にしてたまるか――



手紙は、確かに受けとった。
俺は、どんなことがあってもこの手紙を届けに行く。
決めた。





俺は走った。
雪の降る山道をひたすら走った。積もっていた。
今は亡き、親友との約束――手紙をくわえて。

「おい、悪魔の使者だ!」
石を投げられた。子供だ。
悪魔の使者、そう呼ばれてもおかしくはない。
俺は行く先々で散々な目に遭い、全身傷だらけになっていた。
理由はもちろん、真っ黒な外見のせい。

でも、俺には永遠に消えない名前がある。

「ホーリーナイト」。
聖なる夜。そう名付けてくれた男がいる。
男の優しさや温もり、そういったものも全部詰め込んで呼んでくれた名前。
忌み嫌われたこんな俺にも、生きる意味があるとするならば――

この日のために生まれてきたんだろう。
どこまででも走る。




やがて俺は男の故郷についた。
閑静な住宅街だった。
いくらか田園風景も残っている。
男が昔描いていた田んぼの風景は、おそらくここがモデルだろう。

だが、故郷についても苛めは終わらなかった。
罵声を浴びせられ、蹴られ、殴られ――
でも、こんなことで俺は負けていられない。
あと数キロ。
ちぎれそうな手足を引きずりながらも、走った。


ここだ。
男が言っていた家は、多分ここだ。


「ん…誰だろう…」
出てきたのは女の人だった。
「あら、猫ちゃん?ひどい傷……それは、何?」
俺がくわえていた手紙を取った。
手紙にはこう書かれていたという。


拝啓
この手紙を君が受けとる頃には僕はもうこの世にはいないと思う。
でも、これを読んでいるということは黒猫――ホーリーナイトが無事に届けてくれたということだ。

まず君に謝りたいと思う。絵を描く、それで生計を立てて、君も都会に……
それを夢見て、勝手に飛び出したことは済まなく思っている。
どうかこの僕を許してくれ。
実のところ、僕の絵はほとんど売れなかった。それどころか僕は息絶えてしまった。
こんな僕をどうか許してくれ。

君に頼みたいのは、この手紙を届けてくれた黒猫、ホーリーナイトの面倒を見ることだ。
どうかこの猫を飼って欲しい。頼む。

敬具


手紙を読み終えた女性は、もう動かない俺の体をなでた。
「よく……がんばったね………」

女性は、庭に俺の体を埋め、墓を作った。
ホーリーナイト、すなわち「Holy Night」のつづりに一文字加え…
「Holy Knight」、聖なる騎士、と名付けて。



そして俺は今、男と再会して元気に暮らしている。



(この物語は、BUMP OF CHICKENの「K」のストーリーに大幅な着色をしたものです)

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最終更新:2011年09月17日 20:11