…ここはプリンプ。

ある者は魔導を使い魔物を倒し、ある者は魔導を使い実験や研究を、そしてまたある者は魔導を生活の一部に組み込んでいた。

人が賑やかに行きかい、砂漠と海に囲まれた国プリンプ。
その一角に、魔導師の卵を育てるために造られた、プリンプ魔導学校なるものがある。

そして、プリンプタウンのはずれには広大な森が広がっていた。



「おーい、シグー!こっちにカブトムシがいるよー!!」

森の一角で元気に声を張り上げるのは、あかぷよ帽がトレードマーク、ステキな魔導師を目指す少女、プリンプ魔導学校生徒のアミティであった。

「え?ほんとに?」

と、間の抜けた返事を返すのは、オッドアイで、左手が少し前から変になり、それでも気にしない虫好きの少年、同じくプリンプ魔導学校生徒のシグであった。

「あ、ほんとだ。これは大きい。」
「よかったね!シグ!」
「ありがとう、アミティ。」

なんてのんきな会話をしながら、7個目の虫かごにカブトムシを入れた。
虫同士で喧嘩しないようにちゃんとかごを沢山用意してきたようだ。
シグがぶら下げてる6個の虫かごには、カブトムシが1匹ずつ入っていた。
今は夏、夏といえばやはり夏休みである。
で、今の2人の魔導師の卵、アミティとシグは自由研究用もとい、シグの趣味のため昆虫採取を決行していた。
ベタで定番であるが、『夏といえばこの風景ベスト5』にランクインしてそうなものである。
まあしかし、昆虫採集も一筋縄でいかないという事を、昆虫大好きシグは知っていた。
このシグ、虫の事になると恐ろしいくらい本気を出す。
例えば、三日三晩寝ずに虫寄せ用の蜜を作ったり、虫がいじめられたらどんな強敵でも戦いを挑んだり、先ほどの様に大量の虫かごを運んだりと、虫が絡むともはや勇者レベルの精神力と度胸を発揮するのである。
で、そのシグの苦労が報われ、大きなカブトムシの捕獲にたった今成功したのである。

アミティがシグに聞く。

「これで全部だよね?」
「たぶん。もう全部回った。」

虫寄せ蜜を塗った木を全部回ったかを確認したのだ。
しかし、蜜を塗った数十本の木の位置を完璧に暗記してるシグである。やはり虫関連になると恐ろしい。
そしてちょうどそのとき、大きなクワガタがシグの前を横切った。

「おお!今のクワガタ、おおきい。」

やや興奮気味にそう言うとクワガタを追いかけ全力のダッシュを始めた。
アミティもそれに続く。

「あ!待ってよシグ!!迷子になっちゃうよ!」

走りながらシグに叫ぶが、馬の耳に念仏、クワガタに夢中でまったく聞こえていないようだ。

「待ってってばぁ!!」

アミティが再び叫ぶ。

「まぁーてぇー。」

当のシグはやはりクワガタに夢中だ。
そのままシグはカブトムシを見失わないように、アミティはシグを見失わないように走っていった。



…どれほど走ったであろうか、ようやくシグはクワガタの捕獲に成功し、8個目のかごに入れていた。
が、アミティもシグも全力でダッシュしたので、当然ながらバテバテなのである。
さらに、夢中で走り続けていたので、ここがどこでどっちが西でどっちが東か分からなくなっていた。
しかも、だ。もうすぐ日が暮れる時間だ。日が沈んだら、真っ暗な上、どんな魔物に襲われるか分かったものではない。

アミティがシグに問う。

「ねぇ、どうやって帰るの?」
「わかんない。」

まあなんとも無責任な回答である。
自分が危険な状況にさらされている事は、さすがのアミティでも理解できた。
もうすぐ日が暮れる、しかし出口はおろか、現在地が分からない。絶望的であった。

「どうしよう…このまま、こんなところで死んじゃうのかな?私。」

アミティの目に涙が溢れてきた。
シグが横からこう言った。

「まあまあ、落ち着いて、何かいい方法を考えよう。」

シグ本人は励ましたつもりだろうが、そもそもの原因がシグの上、ぼんやりしたしゃべり方がここでは腹が立つ。
しかし、アミティには聞こえていなかった。
心の底からこみ上げる悲しみを押さえ込むのに必死だからだ。
しかし、抑えきれず、その悲しみは・・・

「だれか・・・誰か私達を助けてよおォォォ!!!」

という言葉に変わってアミティの口から飛び出した。
空しくその声が森中にこだまする。誰も来ないと分かっていたのに、何故叫んだのだろう。叫んですぐ、アミティはの思考はこの疑問に辿り着いた。
が、今はそんな事どうでも良かった。
人間、こういう極限状況になると、何をするか分からないもん。そう自分の中で無理やり納得させた。
ここはあきらめよう・・・おとなしく最期の時を待とう、シグと一緒に。
そうアミティが決心したときであった。

「そんなに助けてほしいなら、助けてあげるわよ。」

いきなり声が聞こえた、優しい、人間の女性の声が。
あわてて周囲を見回すが、誰もいない。
シグはぼんやりしたままだ。
さっきの声が聞こえてない?
それとも私の幻聴・・・?
刹那、異変は起きた。

アミティとシグの目の前の中空が裂けたかと思うと、その裂け目にシグもろとも吸い込まれてしまった。
裂け目の中は無重力で、紫色の世界に目が沢山こちらを向いている。
アミティは驚きのあまり、声も出なかった。
自分がどこに導かれ、どこで何がどうなっているのか、まったく理解できなかった。
考えようとしたが、頭が混乱してそんな事できるはずが無かった。
そして、急に意識が遠ざかっていった…



「・・・う、う~ん・・・あれ・・・ここは・・・?」

月明かりの中、アミティが目を覚ました。見覚えのある場所で。
隣を見てみると、シグが倒れ、虫かごが落ちている。

「あ、シグ!シグ!起きてよ!!」
「うーん・・・あ、アミティ。どうしたの?」
「私達、なぜか森の入り口に戻ってきてるの!」

アミティの言うとおり、ここは先ほど昆虫採集をした森の入り口だった。
森から脱出できた。アミティはその喜びでいっぱいだった。
が、ふと思った。なんでこんなところで寝ていたのだろう?今まで起きた事を振り返った。
シグがクワガタを追いかけ、森に迷った、助けてと叫んだあと返事があって、空間が裂けて…その後は思い出せない。

「あれ?」

と、シグの声が聞こえた。

「どうしたの?」

アミティがそう返した。

「虫かご、全部あるけど、大きなカブトムシとクワガタがいない。」

シグの言うとおり、持ってきた虫かご約15個は全部あった。
虫も8匹いるはずだったが、いない。最後の木で見つけた大きなカブトムシとその後見つけたクワガタが。

「フタが外れてたとか?」

アミティが聞くが、

「ううん、しっかり閉まってる。」

とシグは答えた。

「でも、まだ6匹もいるよ。それに、何はともあれ森から脱出できただけでよかったじゃん!」
「ムシ、いなくなった・・・くやしい。」
「もう夜になっちゃったし、早く帰ろう。」
「・・・そうだね。」

さすがのシグ君もあきらめ、虫かごを回収し、アミティと一緒に帰る事にしたようだ。
そして、二人は森を後にした。

…森から2人を見ていた人影に気づかず。

「・・・ふふふ、私がいなかったらあそこで飢え死にしてたかも知れないものね。」

その人影…金髪のロングヘアーの女性が握っている2本の紐は、カブトムシとクワガタに結ばれていた。

「これは、お礼として貰っておくわ。」

女性はそうつぶやいて、中空を裂くとその中に入っていった。
そして裂け目は跡形も無く閉じたのであった…。

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最終更新:2011年09月17日 18:28