第一章【世界は…】


――――この世界はコンピューターのシミュレーション通りに出来ているのだ。



ある哲学者が言った言葉。


とても興味深いし、私自身もそう思った。


だが、その哲学者が告げたように、
この世界が本当にシミュレーション通りにできているとすれば…。
私が思うことはただ一つであろう。


くだらない


本当に、くだらない。
私達は生まれた時から実験台だったわけだ。
そして、コンピューターによって全てを決められている。
「運命は変えられる」とか言っている人間には
到底理解できない、信じられない理屈だろう。


そうであれば運命は変えられない。


変えたと思っていても、変えられた事自体が運命であり、
筋書きなのだ。


*

―――才能は一度きりの飛翔で回収できた。

『打魂一発』。
まさにその通り。

もう辞めてしまったけど、
疲れるし、もう良いかな、なんて思ってた。
後悔はしていない、と言ったら嘘になるだろう。

大会にだって優勝できたし、いつかはプロになって
活躍したいな、って思ってたのだから。

今はそれなりには楽しく過ごしている。

驚く事とかは何もないけれど…。

迫害されることも迫害する事もない。

頑張って、皆に合わせている。

いつまで続くのかな…。



*

『ああ、いなくなってしまった 彼は、もう戻らない とても素晴らしい世界へ逝ってしまった』
画面に映し出される良い顔を作った役者たち。
悟ったような表情にうんざりし、嫌悪を覚える。

 道徳の時間、クラス全員で体育館を使い映画を見ている。
映りは悪いが内容は理解できる。 病気になってしまった友人を助ける為に奔走する少年の物語。
だが最後にはそれも無駄に終わる。 友人は治らず、少年は人の死を悟る。
 世に出され、大ヒットした映画である。起承転結はきちんとしていて良かったが、個人的にうんざりさせられた作品だった。

 _あんたもそう思ってるだろう、静紀。だが、あんたのとる行動は、その感情とは全く反映されていない。
 後ろから、盛大に鼻をすする音が聞こえる。その不快な音をこの暑い、箱の様な空間にこだまさせるのは、この体育館内にいる人間498人の中の一人、三地静紀だ。
 鼻を無理矢理大袈裟にすすりあげる、コントの様な音に頭が痛くなる。
 鼻の音と同時に、「うう ううう」と唸る様な泣き声が聞こえてくる。昔は、『泣いた赤鬼』や『ごんぎつね』でも泣かなかったくせに・・・。いや、泣き真似なんかするような子じゃなかったくせに。
 静紀は、運動神経が取り分け優れていたわけでもなかったが、卓球がすごく上手かった。 反射神経と瞬発力がやたら良いのだ。
 だから小さな大会でも、優勝したりしてたのに。 
 小学生のとき、私と同じスポーツクラブで、背が高いのに臆病で逃げ足の速かった静紀。 私の方が何倍も練習してたはずなのだ。 だけど、才能というものはやはり、常に努力の上に仁王立ちしていて、私が彼女に勝つことは一度もなかった。
 私は途中で止めるまで、彼女が私を含めて他人に負けたのを見たことがない。確かに自分が負けることは悔しかったが、彼女が相手にあの得意のスマッシュで勝つのを見ると、私も一緒に飛んだように思えた。
 だけど、静紀は中学3年の県大会を境に、卓球を止めた。 脚を挫き、断念したのだ。___後遺症が残るほどでもないのに。
 で、スポーツ推薦で決まっていた高校への志願も諦め、私と同じこの柊坂高校へ入学した。
 彼女は私の横で、ダサいセーラー服のリボンをいじりながら、「こんな制服着たくなかった」と、悲劇のヒロインの様に嘆いていた静紀は、隣で同じ制服を私が着ているなど、見えてなかったに違いない。
 「いいでしょ、セーラー服なんて今しか着れないんだから」と一応なぐさめてはみた。
 「桜はいいよ。柊坂高校の柊桜(ひいらぎ さくら)です、なんて縁起も良さそうだし。でもわたしは・・・、桜にわたしの気持ちが分かるわけないじゃん。」
 分かるわけないじゃん。____へぇ、何を分かってほしいのだろう?
 足なんか悪くないのに、体育を休むということ? 些細なことで、過呼吸をおこしてしまうということ? トイレも、教室移動も、弁当や学食を食べるのも、一人で出来ないということ?
 静紀は、孤独で不安だということ?
 私が分かったところで、どうなるというのだろうか。

___スクリーンに目を戻す。後ろからは、相変わらず大袈裟な芝居がかった泣き声が。
 私が誕生日にあげたハンカチで鼻をかみ、ティッシュで涙をぬぐっている。
 逆だし、今日は一段とやりすぎだ・・・。
 クラスの子から迫害されることを恐れ、周囲に同調することに必死な静紀。大袈裟な動作で、逆に浮いてしまっていることにも気づかないくらいに。

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最終更新:2012年09月13日 19:24