ブレトランド挿話集 第3話(BSanother11)「天使たちの五線譜」
魔法師ランス・リアン(下図)は、アントリア領マージャ村の暫定領主
レイン・J・ウィンストンの契約魔法師である。
14歳にして、エーラム魔法大学で召喚魔法を修め、卒業したという経歴は間違いなく優秀という他ないものの、彼はそれ以上に、エーラムの中では奇人としての評判の方が強かった。
自身のことを「堕天使ヤマトゥ」と称し、「ヤマト教」なる新興宗教の教祖として、その教えを広めるべく活動している。
もっとも、謎の宗教を語る14歳の少年に、まともに相手をしてくれる人など、ほとんどいないが。
そんな彼が、村の中を歩いていると、掲示板にポスターを貼って回っている少女の姿を見かける。
彼女はティリィ・アステッド(下図)。マージャ村暫定領主
レインが率いる軍楽隊の一員にして、マージャ村の孤児院の院長を務める少女だ。
手にしたポスターには「第4回 マージャ国際音楽祭」と書かれている。どうやら、
レインの手伝いで音楽祭の告知に回っているようだ。
「おや、我が同胞ではないか。」
「あ、ランスくん、こんにちは!」
ちなみに、ランスはティリィも含め、他人のことを「同胞」と呼ぶ。
たいがいの人は、その時点で「何言ってるんだこいつ?」となるものだが、ティリィに関しては、堕天使という危険と隣り合わせの力を持つランスが、死神の力を持つ自身を指して「同胞」と言っているのだと解釈していた。
そのあたり、微妙に噛み合っているようでいて、認識が噛み合っていない。
「うむ、それは例の音楽祭のポスターであるか?」
「うん、またね、この音楽祭やるんだって。」
「音楽祭の時は、普段はこの村や、この国にいない人たちもたくさん来てくれるから、楽しいよね。」
「我がヤマト教を広めるチャンスであるという訳だな。」
「ヤマト教…?」
「そういえば、ずっと前から言っていたけど、あんまりよく知らなくて…」
「ならば、我がヤマト教について詳しく語って…」
「…ごめんね。今はちょっと時間が無くて。」
「ポスターもまだまだ残ってるし。」
ティリィがランスの言葉を遮る。
別に、素直なティリィには特に悪意はなく、時間があればランスの話を詳しく聞きたいとすら思っている。
だが、彼女は忙しい。
「だから、また今度、ヤマト教のお話、聞かせてね。」
「…う、うむ。」
微妙に気圧されたように、ランスが答える。
実際のところ、ヤマト教の教えの細部は、彼の中でもいまいち定まっておらず、いざ興味を持って聞かれると、存外謎が多い。
そもそも、ランス自身が教祖なのか堕天使なのか立ち位置が割と怪しい。
「ところで、ランスくんは音楽祭には出ないの?」
「まあ、我が出ても良いのだが、我が出ると、皆この私が魅了してしまうからな!」
「…ダメなの?」
心底不思議そうにティリィが問い返す。
不思議さと共に、瞳には「皆を魅了するほど」というランスの音楽に対する期待が満ちている。
そんなキラキラした瞳を向けられて、ランスの方がたじろぐ。
「ま、まあ、いいだろう。」
「ランスくん、この前の音楽祭も、ドラム叩いてたのカッコよかったし。」
「ふっ、我が力をもってすれば、あの程度のドラムなど。」
ちなみに、ランスがドラムを叩いていたというその時、ティリィもまたギターを手に同じステージに立っていた。
そして、一般的に、ギターの立ち位置はドラムより前方である。
つまり、ティリィには、ランスの姿が目に入っていないのである。
彼女に聞こえていた、正確にリズムを刻むドラムは、トロールのローちゃんによるものだと、ティリィは知らないのである…
「あ、でも、ドラムだけじゃだめかな…?」
「あ、まって、たぶん大丈夫。音楽祭の時は、この街で初めて出会って、チームを組む人たちだってたくさんいるし。」
「なるほど、我がヤマト教の教徒を増やす機会かもしれぬ。」
「ランスくんが、音楽祭に出てくれたら、私も楽しみ。」
気が付くと、ランスが音楽祭に出場する話の流れになっていた。
このあたり、微妙にランスは押しに弱いところがあるし、独特なペースを持つティリィに流されやすいのかもしれない。
Opening.2. 影からそっと
そこまで話したところで、ふと、ティリィは孤児院のとある少女のことを思い出す。
前回の音楽祭、スペシャルステージを熱心に見つめていた彼女なら、もしかするとランスと一緒にステージに立つことに興味を持ってくれるかもしれない。
「そうそう、孤児院にも音楽祭が気になりそうな人がいるかも。」
と、ティリィが言った瞬間。
「私のことを呼びましたか? ティリィさん。」
まるでずっと聞いていたかのように、道端の建物陰から、1人の少女が姿を現した。
いや、実際すっと会話を聞いていた。
彼女の名前はエリス。
ティリィ・アステッドが院長を務めるマージャ村の孤児院では、十数人ほどの子供たちが生活している。
そんな中に混ざって生活している、院長のティリィより年上、18歳の少女だ。
たいてい今のエリスほどの年齢になれば孤児院を出て自立するものだが、彼女は未だに孤児院に住み着き、居候のような日々を送っていた。
また、彼女は模倣者の邪紋を宿す邪紋使いである。
物心ついたときからあったという、その邪紋がいかなる英雄を模倣しているのかは定かではないが、弓矢に関しては、その腕前に定評がある。
そして、最近は、この村の魔法師として着任した少年、ランス・リアンのことを物陰から付け回すのが彼女の日課になっていた。
「うん、エリスちゃんのお話してたの。」
「ちょうどいいところに。」
ティリィはそう言うが、エリスがランスのことを常に見ている以上、これは偶然ではなく必然である。
「でね、ランスくんが、今度の音楽祭に出ようとしてるんだって。」
「でも、ドラムだけじゃ難しいでしょ?」
「うん、まぁ、そう…なのかな?」
「ドラムだけでもダメじゃないけど、確かにドラム以外もあった方がいいわね。」
「エリスちゃんは、楽器できたよね?」
「ええ、一応、ギターやベースは弾けるわ。」
「私で良かったら、参加するわよ。」
エリスは前回の音楽祭でも、ティリィたちと共にステージに立っており、実力的にはまあ、問題は無い。
ティリィは再びランスに向き直って聞く。
「どうかな? ランスくん。」
「貴様が、我がヤマト教に入りたいという信者か?」
「私も、心から歓迎しよう!」
言われたランスは、エリスの方を見て言う。
とりあえず、ランスの認識の中で、入信前なのか既に信者なのかが謎なところである。
が、エリスも別にそのような細かいところは気にしなかった。
「じゃ、よろしくね!」
こうして、何となくのせられたような感じだが、ランスが音楽祭に出る方向に話がまとまり、エリスがそのメンバーとなった。
そうしていると、ランスは微妙な違和感を感じる。
特に周囲には他に人はいないのに、誰かに話しかけられているような、不思議な感覚を覚えた。
それで体に不調を感じるとかそういう訳では無いのだが、これは一体なんだろう。
もっとも、実力ある召喚魔法師であるランスは、(普段から「アイアンウィル」の魔法をかけていることもあって、)こうした精神的な干渉にはかなりの耐性があるのだが。
Opening.3. その日、彼女は運命に出会った
ところで、エリスはなぜ、ランスに対するストーカー行為をはたらくようになったのか。
それは、前回の音楽祭、第3回マージャ国際音楽祭の日にさかのぼる。
マージャ村の孤児院の一員であるエリスは、マージャ少年少女音楽隊としてステージに立っていた。
出番を終えて一息ついたところで、孤児院の少女、二コラが声をかけた。
「エリスさん! この後、スペシャルステージもあるそうですよ。」
「良かったら一緒に行きましょう。」
「スペシャルステージだって!? それはもちろん、見ないわけにはいかないわね。」
「ええ、ティリィさんも出るんですって。」
自分たちの出番もあったし、他の参加者のステージはあまり見れていない。
折角なら、スペシャルステージぐらいは見ておきたい。
そう思って、二コラと連れ立って再び会場にに向かう。
スペシャルステージが始まり、何らかの魔法による演出か、会場が闇に包まれる。
(実際のところ、これをやったのはデーモンなのだが、この場にいる者のほとんどは、カルディナ・カーバイト魔法師かバリー・ジュピトリス魔法師のどちらかの演出だろうと思っていた。)
登場したメンバーは5人。
ボーカルを務める、地球世界からの投影体、デーモン・ミュンヒハウゼン閣下。
メインギターに、このマージャ村の領主、
レイン・J・ウィンストン。
サイドギターは、マージャ村の孤児院長、ティリィ・アステッド。
久々にベースを持って登場したのは、歌姫ポーラ・ウィングス。
そして、トロールと共に登場し、ドラムを叩く魔法師の少年。
彼らの姿を見た途端、エリスは明確に、不思議な感覚を覚えた。
「運命」を感じた、とでも言えばいいのだろうか?
間違いなく、自身はあの人と「運命」で繋がれている、という確信を覚えたのである。
ステージの上の人々のうち、
レイン、ティリィ、ポーラはこれまでも見たことがある。だから違う。
では、デーモンと名乗るあの投影体か? さすがに違うと思う。
ならば、きっとこの感覚は、あの少年から…
「これは、恋ですね!」
「エリスさん? どうしました?」
演奏の音に掻き消され、聞こえたかどうかは定かではないが、隣の二コラが怪訝な目を向ける。
以降、マージャ村の契約魔法師としてこの村に残ることとなったランスを付け回すエリスが、村の各所で見られるようになった。
幸い、既に変人だらけのマージャ村で、今さらその程度で殊更不審がられるようなことは無かったが。
今日も、彼女はそっと、堕天使の少年を物陰から見つめている…
Opening.4. 僕、ロックスターになる!(注:言ってません)
デレック・メレテスはエーラム魔法大学に通う学生である。
名門であるメレテス家の一員であり、魔法大学の専門課程では呪術の類を特に学んでいる。
その分野においては、時に教員も舌を巻くほど深い知識を持ち、扱いの難しいとされる呪術を使いこなすのだが、彼には大きな欠点があった。
あまりに自分の好きな研究に熱中しすぎたゆえに、それ以外の分野の単位を数多く落としてしまったのである。
その結果、彼は単位補充のための魔境探索と、指導教員であるルファ先生が組んだ過密スケジュール授業をこなさなければ進級できないといったところまで追い込まれてしまった。
が、どうにか、魔境探索と授業をこなし、なんとか進級への目途がつく所まで持ち直したのである。
そんな彼は、指導教員であるルファ・メレテス先生に呼び出されていた。
デレックが部屋に入ると、ルファ先生は困惑したような感じで話を始める。
「えっと、デレックくん…?」
「何ですか?」
「休みを取ってマージャ村に行きたいっていう申請書が出てるんだけど。」
エーラムの学生の中には、遠方に実習や研究のために赴く者も少なくない。
そのために、一時的に魔法学園を休むための制度も充実している…が、問題はデレックからその申請が出ていることだ。
ルファ先生の認識が確かなら、彼は残る今学期、ほとんどの時間を授業と補習と課題に費やさなくては進級できない身だったはずである。
とてもではないが、休みを取ってブレトランドに行く暇などある訳が無い。
「ああ、それはですね。こちらを見てください。」
そう言って、デレックは鞄からレポートの束を取り出す。
表紙には、「呪法の効果範囲と音楽の関連性と応用」と記されているそれは、学生の書いたレポートとしてはなかなか見ないクオリティに仕上がっている。
「これについて、さらに見識を深めるために、音楽祭に行こうと思うんです。」
なるほど、理屈は分かる。でも、聞きたい事はそうではない。
「えっと、そうじゃなくて、進級は大丈夫なの…?」
「先生、聞いてくださいよ。「アンフェイディング」という魔法を先生はご存じですよね。」
「人間はざっと6時間ぐらいは寝なくてはいけないじゃないですか。」
「この魔法を使えば、その時間を別のことに集中して取り組めるんですよ!」
「それ、あんまり良くないやつだからね…!」
当然、ルファ先生は生命魔法師であるのでその魔法の存在は知っている。
自身の身体状態を統御し、眠らなくても通常と同じように動き続けられるというものだ。
理屈上、その魔法を使い続ければ、デレックの言うように、文字通り「寝る間も惜しんで」活動することは不可能ではない。
だが、正直「人間らしい生活を送る」という観点ではあまり推奨されないし、よほど切羽詰まった時でなければやろうともしない方法なのだが…
「やることをやってるなら、私から止めることは無いけど…」
…とはいえ、実際にそれで課題を終わらせ、学園を休むのに十分な時間を作り出してしまったとなれば、今更否定のしようがない。
「はぁ…」とため息をついて、ルファ先生は申請書に指導教員印を捺した。
そんな話をしていると、部屋の扉がノックされた。
扉を開けて入ってきた小柄な人影は、魔法学園の教員である、アルジェント・リアン(下図) 。
もともと病弱だったゆえに、弟である錬成魔法師が作成した義体をつかって生きながらえているという静動魔法師で、その姿ゆえに学内ではそれなりに有名だ。
「邪魔するぞ。」
「マージャ村に行きたいと申請を出している奴がいるそうだな。」
「あ、それは僕のことですけど。」
「ああ、キミのことだったか。マージャ村に行く奴がいると聞いて頼みごとがあってな。」
「ルファ先生、こいつを借りるぞ。」
「あ、はい、どうぞ…?」
ルファ先生は「デレックくんでいいのかな…?」という心配の表情を浮かべるが、構わず話は続く。
「まあ、そんな大したことじゃない。」
「あそこの村には、うちの弟子がいてな。」
「物はついでだ。音楽祭がてら様子を見てきてやって欲しい。」
「まあ、そのくらいなら。」
「若くして契約魔法師として契約した優秀な奴なんだが、…まあ、若さゆえか不安も多い。」
「軽く様子を見てきてくれればそれでいい。手間をかけるがよろしく頼む。」
微妙に言葉を濁すアルジェントだが、語っていることとしては、教員としてごく自然な気遣いだ。
デレックとしても、そのぐらいなら断る理由もない。
「見てるだけなら、そうそう面倒はかけさせられないと思うが。」
「もし、奴の言動があまりに目に余るようならこれを使え。」
そう言って、金色の輪を取り出してデレックに渡す。
アルジェントがなぜそのような物を渡すのか分からないが、デレックは魔法具の専門家だ。
その輪に込められた機能自体はすぐに理解する。
どうやら、装備者の発した特定の言葉に反応して少し収縮する、というシンプルな魔法具のようだ。
「これって…」
「…それを奴の頭に嵌めると少し大人しくなる。」
「使うことが人道的に問題があるとお前が思うぐらいなら、使わなくてもいい。」
「あっはい、分かりました。」
このあたりで、デレックも、どうやらそのマージャ村の契約魔法師というのは一筋縄でいく相手ではないらしい、ということを察する。
が、それ以上に気になるのは、こんな「面白そうな魔法具」を渡されてしまったことだ。
どうしても魔法具オタクの血が騒ぐ。
「先生、これ、改造してもいいですか!?」
「は?」
「まあ、構わんぞ。どうせ最悪壊されたところで他に使い道のないそんな物はどうでもいい。」
アルジェントも「変なことを言う奴だな…」と思ったが、そこまで突っ込んで話を掘り下げるほどの興味もなかった。
伝えることは伝えた、とばかりに早々に退出したアルジェントを見送ると、デレックもまた私室に戻った。
後に分かるが、これが不幸な人選ミスの始まりであった。
Opening.5. 船の中、旅に出会いを
数日後、デレックはエーラムを出発し、船でブレトランドへと向かっていた。
鞄の中には、預かった魔法具が(魔改造されて)入っている。
ブレトランド近海は時折波が激しく、船酔いする者も多いという話だが、生命魔法で心身状態を統御していることもあって、デレックには全く問題は無かった。
そんな旅の中、何となくデッキに出ていたデレックに、1人の青年が話しかけた。
魔法学園の制服を着ており、髪は恐らく自毛では無く染めたと思しき茶髪、耳にはピアス、人懐っこそうな瞳。
分かりやすく「陽キャ」といった風のいでたちであった。
名前はメルク・グレイル。制服の通り、エーラムの学生である。
「お、エーラムからこっちへ向かう船ってことは、キミもマージャ村に?」
「ええ、そうですよ。」
「だよねー!」
「折角あんな楽しそうなイベントがあるんだ、見逃せないよねー!」
「キミは何を聞きに行くの、ねぇ?」
何というか、「陽キャ」特有の妙な距離感の近さがある。
正直、デレックとしてはあまり得意なタイプではない。
「え、出演者なの。マジで!すげー!」
「何弾くの、鍵盤系? いいじゃん!」
「じゃ、キミの演奏も楽しみにしとくよ!」
半ばうっとおしそうにしながら彼の話を聞く。
「そうそう、俺は異世界のアイドル見に行くんだよ!」
「ん?」
なんだか、話の方向が変わってきた。
「前回だと、アカリ・シラヌイちゃんとか出てたみたいだしさ。知ってる?」
「え、知らないだって! それは勿体ない!」
「人生の3割を損してる!」
「失礼な!僕の人生は!すべて呪法と、魔法具に…なんでもないです。」
その辺りで察した。
これは「陽キャ」と「陰キャ」の遭遇ではなく、方向性の違う「めんどくさいオタク」の遭遇だったと。
(…世の中にはこんな変わった人もいるんだなぁ)
幸いなのは、デレックがそこで強く反論を続けるようなたちではなく、自分のことを棚に上げて呆れ目線を向けるにとどめたことだろう。
その結果、語るだけ語って満足した彼はにこやかに去っていった。
「じゃ、またマージャ村で!」
「お互いのステージが上手くいくと良いね!」
Opening.6. 天使の声
アウス・テグネールという名の彼は、ノルドの貴族の子息として生まれた。
武を尊ぶノルドにおいて、彼もその例に漏れず幼少のころから、ノルド軍の軍事学校に通っていた。
8年前、当時6歳の彼は、学校の仲間たちと演習訓練に出向いた先で、大規模な混沌災害に巻き込まれ、混沌核に触れてしまう。
貴族の息子とはいえ、まだ当時は聖印を持たない彼であったが、その混沌核から、自ら聖印を作り出して君主となった、という経歴の持ち主である。
自力で聖印を作り出した彼に対して、英雄の資質ありとみなした両親からの期待はさらに強くなった。
アウスもその期待に応え、ノルド国軍の中で、幹部候補生として、幼いながらも研鑽を積んでいく。
そして、つい最近になって、実習を兼ねてマージャ駐留部隊に派遣されてきて、現在に至るのである。
ある日、アウスは、村の一角に設置された掲示板の前で、足を止めた。
そこには「第4回マージャ国際音楽祭」のポスターが貼られている。
アウスもこの村が音楽の村として知られているとは聞いていたが、第3回の音楽祭の時点では、まだ村にいなかったゆえ、音楽祭で盛り上がる村は初めて見る。
そんな彼を見かけて、軍の同僚が声をかけた。
「おう、アウス!」
「なんだ? おめーも意外と音楽祭に興味あんのか?」
「ええ、なかなかブレトランドの音楽には接したことが無かったので、楽しみにしているんですよ。」
「そりゃいい、ここの音楽祭は世界でも屈指の規模だ。」
「おめーもいつも小難しいこと考えてないで、たまにはこういうのに触れてみるのもいいんじゃねえか?」
「そうですね。家にいた頃も、親に連れられてオペラなどは観に行ったことがあるのですが。」
「あー、そういうのじゃねぇ。いや、それはそれでいいんだが。」
「なんというか、自由っつーか。何でもありっつーか。」
「その辺りは、村の雰囲気自体がそうだし、ここに来てしばらく過ごせば分かってくるだろ?」
「そうですね。なかなか向こうから見られなかったことばかりで、学ぶことが多いです。」
ここまでの会話で分かる通り、アウスという少年は、非常に真面目かつ素直に育った少年だ。
少々真面目過ぎる感もあるが、何だかんだ軍の先輩や同僚からは可愛がられて、このマージャ村で過ごしていた。
そんな会話をしていると、唐突に新たな人物が話しかけてきた。
「おい、そこのお主!」
「はい、どなたですか?」
話しかけてきたのは、アウスよりも少し年下に見える少女だ。
少女はまっすぐにアウスの方を見つめている。
「え? どうかされましたか?」
アウスが尋ね返すと、その声を聞いた少女は、ようやく確信を持ったように手を打った。
「ほう、やっぱりそうじゃの!」
「お主、もしや天使の声を持っておるな!」
「天使の…声?」
「いや、以前家族が尾ひれのついた内容を吟遊詩人に歌わせてたことがあったような…」
「違う、そうじゃない!」
「お主が歌われるのではなく、歌う方じゃ!」
「ちなみにお主、その力はどこで手に入れた?」
「僕の力、というか聖印の元はとある混沌災害からなので、おそらく何かあるとしたらそこからでしょう。」
少女は客観的に見るとだいぶ無礼な態度ではあるが、アウスが素直な少年であったことが幸いして、会話が続く。
アウスの過去に起きた混沌災害のことを聞いた少女は少し考えこむ様子を見せる。
(…ふむ、ノルド国軍じゃろ、この部隊は…)
(…確か、1つはノルドに渡っとったの…まぁ、ノルドに全部あるより、一部がブレトランドに引き離されとった方が安全かの…?)
「ふむ、ならばよい。」
「折角じゃ、お主、真面目に歌ってみれば、それなりにものになるかもしれんぞ。」
「久々に懐かしい顔を見に来てみれば、思いもよらぬ発見があったものよ。」
「では、あなたはこの村の人ではないのですか?」
「この村に来るのはずいぶん久しぶりじゃの。」
「少なくとも、この村が今のような形になってからは来とらんよ。」
「さて、そろそろお暇するとするかの。しばしこの街には滞在するゆえ、また会うこともあるじゃろう。」
この村が今の形になって、というのが
レインによる統治が始まってから、と捉えるなら、確かにそんなに昔でもない。
だが、アウスより年下に見える少女にしては、やはり言葉の端々が引っかかる。
謎を残したまま、彼女は去っていった。
少女が去った後、呆気にとられていた同僚が、アウスに聞く。
「なんだ、ありゃ?」
「まあ、年齢は若いようですが、この街の魔法師殿のように年齢と賢さは比例しないことも多いのでしょうね。」
「学ぶことはまだまだ多いです。」
「あー、なんか、さすがお前って感じだな。あんなのにも真面目に対応するとか。」
同僚が、半分感心したように、半分呆れたように、彼を見ていた。
Opening.7. 愛用のギター
シキ・ミツルギは、地球といわれる異世界からこのブレトランドに投影された男子高校生である。
投影される以前から、ギターを弾くことが好きで、将来も音楽関係の道に進むことを望んでいた。
が、真面目を是とする両親から反対され、やむなく夢をあきらめかけていた、というところで、ブレトランドに投影されたのである。
彼としては、突然見知らぬ土地に来て困惑はしたが、内心、ようやくこれで自由に生きることができると嬉しくも思っていた。
とはいえ、不満な点もある。この世界に投影される時、愛用していたギターが一緒に投影されることは無かったのである。
その代わりに、縁もゆかりもない日本刀が、この世界に来た時に共にあった。
まったく訳が分からないままに、この世界をさまよっているうちに、マージャ村にたどり着き、現在は領主
レインの厚意で世話になっている。
いわゆるただの居候でしかない現状はどうかとも思うが、ひとまずしばらくはこの村で自由を謳歌していてもいいだろう。
ざっと、そのようなところが、彼の現状であった。
ある日、音楽祭を控え、徐々に増える来客でにぎわう村を、シキは見て回っていた。
前回の音楽祭の時は、まだ村にはいなかったので、ここまで賑わっている村を見るのは初めてだ。
音楽祭の参加者はもちろん、人が集まるなら、当然商売の場にもなる。
普段は見かけない顔ぶれの行商たちも、マージャ村に続々と訪れていた。
そんな中、ある1つの露店が目に留まる。
行商人が移動のための荷馬車をそのまま簡易店舗としている、という良くあるスタイルの露店だ。いかにも商人、という風体の大柄な男性が店番をしている。
扱っているのは、異世界の産物と思しき変わった品々。魔境近くの村で冒険者相手に仕入れてくるような店なのだろう。
何となく商品を見ていたシキの目線がある一点で留まる。
「んっ!」
思わず変な声が出た。
「…あ、あれって、俺のギター!」
そう、異界の薬瓶や書籍に混じって荷馬車の隅っこに置かれているのは、シキが投影される前に使っていたギターであった。
この世界に来るときに、一緒に投影されることは無かったギターが、今そこにある。
「おう、らっしゃい、にーちゃん。何か気になるもんあったか?」
「お、おっさん。そのギターって売り物か?」
声をかけてきた店主に、やや上ずった声で聞く。
異世界からの投影品だ。仮に売り物だったとしてもかなり高価であろうが、これだけは何としても手に入れなくてはならない。
が、それを聞いて申し訳なさそうにする店主から返ってきたのは、値段の問題ではない返答だった。
「ん、こいつか?」
「あー、申し訳ねえ。一緒に荷車に載せといてなんだが、こいつは売り物じゃねぇんだ。」
「ええー!」
荷車に載っていた以上売り物だと思っていたシキが落胆の声を上げる。
だが、諦めるわけにもいかない。今度は、事情を話して説得を試みることにする。
「いや、信じられないかもしれないけど、それ、俺のギターなんだよ!」
「お? というと、どういうことだ?」
「俺が地球にいた頃っつーか、何というか…」
「俺が頑張ってバイトで金貯めて買ったギターなんだよ!」
投影の仕組みを正確に理解しているわけではないシキの説明はあやふやなところもあったが、幸い、店主は投影物品を扱っているからか、地球という異世界も知っていたようである。
「地球にいた頃…?」
「というと、にーちゃん、お前、投影体か!」
「ああ、よく分からないけど、そういうやつだ。」
「なるほどなぁ、じゃあ、そういうこともあるのかもしれねぇな。」
「偶然にしちゃ、出来過ぎだが。」
そのギターが投影される前の世界ではシキのものだった、という所までは理解してくれたようだ。
これならば、という雰囲気が感じられたが、残念ながら店主はやはり困ったように首を振った。
「いや、売ってやりたいのはやまやまなんだがな…すまねぇ、こればっかりは金とかそういう問題じゃねぇんだ。」
「どちらにせよ、俺の一存じゃ決められないんだ。」
「まだしばらく、少なくとも音楽祭が終わるまでは、俺はこの村にいる。だから、ちょっと待ってくれ。」
「おう、じゃあ、待ってる。」
「だが、期待はすんなよ。」
「ええー…」
「じゃあ、期待させるようなこと言うなよ…」
「これでも最大限の譲歩なんだ。こっちにも事情があるんだ。」
ここまでの会話から、店主としては何とか出来る限りシキの希望に沿いたいという考えは伝わってくる。
それでも売れないとなると、他に持ち主や売約相手がいるとかの事情だろうか。
シキとしても、文句を言いつつも、店主の誠意が伝わってくるだけにこれ以上ゴネる訳にもいかず、ひとまず今日のところは引き下がることにする。
シキが立ち去った後、店主である投影品商人ラングルス・アトキンスは困ったように頭を掻いた。
「さて、どうしたもんかねぇ。」
「そりゃ、俺としちゃ、あのにーちゃんに売ってやりたいんだがよぉ。」
その目線は、件のギターの方を、じっと見ていた。
エリスが孤児院に戻ってくると、孤児院長であるティリィが待っていた。
ティリィがじっと戻ってきたエリスの顔を見つめ、首をかしげて聞く。
「んー、エリスさん、何か変わったこととかない?」
「変わったこと、というと?」
「体調とか、エリスさんの邪紋とか。」
「まあ、いつも通りなんじゃない?」
エリスの返答を聞いて、ティリィがまた首をひねる。
「なんか、変な混沌の気配を感じるんだけど、どこからか分からないの。」
「村の中のどこか、ぐらいしか分からなくて、もしかしたらエリスかも、って思ったけどたぶん違うみたい。」
ティリィは、その邪紋の特殊な由来ゆえに、近くの混沌をかなり正確に探知できる、という能力を持っている。
その彼女が言うのであれば、何らかの異変が起きているのかもしれないが、どちらにせよ今のところ心当たりはない。
今、エリスに確認したように村中を調べて回れば何か分かるかもしれないが、マージャ村には魔法師も邪紋使いも投影体もたくさんいる。
加えて音楽祭で来客たちが来ているとなれば、しらみつぶしに探すのも困難だろう。
「おかしいなあ、いつもなら、もう少しはっきりわかるんだけど…?」
「まあ、エリスさんはひとまず大丈夫そうだし。」
そう言って、ティリィはまた、孤児院の仕事に戻っていく。
エリスも、再び村の方に出ていく。恐らく、ランスの近くの物陰にでも居るつもりだろう。
Middle.1.2. 来客
そのころ、デレックはようやく船旅を、そして港町からの陸路の旅を経て、マージャ村へと到着していた。
村は聞いていた通り、あちこちに音楽があふれている。
道端で演奏している、ストリートミュージシャンのような人たちもいるようだ。
それから、やたらと犬や猫といった動物が多い。
「何でこんなに動物が…?」
疑問に思いながら、街の通りを歩いていく。
道端の演奏家たちの音楽に耳を傾けながら散策していると、1人の少年が目に留まる。
ギターを手に曲を奏でる少年は、技術も表現力も申し分ない。率直に言って、上手い。
が、どこかヤケクソ気味に弾いているような、そんな感じを受ける。
「ほう、大したものですね。」
演奏していたのは、シキ・ミツルギ。
愛用のギターを買えなかった後、半ばヤケクソで、
レインから借りた予備のギターで演奏していた。
その辺りを正確に感じ、読み取っているあたり、デレックもなかなかの才があるようだ。
演奏を終えたところで、魔法師風の青年が見ていたこと、そしてその人物の背負っている楽器に気付いて聞く。
「聞いてくれてどうも。それは、キーボードか?」
「ええ、一応、鍵盤系の楽器を少々。」
デレックの楽器は投影品ではなく、アトラタンの技術で造られたもののため、厳密にはキーボードとは異なる。
だが、まあ、用途としては、ほぼ同じようなものだろう。
そして、このタイミングでそんなものを持って村に現れた来客ということは、彼も音楽祭の参加者なのだろう。
「誰か、一緒に出るやつとか、いんの?」
「いや、まだ誰もいなくて…」
「これから、探そうかと。」
マージャ村の音楽祭は、音楽家たちの交流の場という側面もあり、現場の即席でグループを組むことも珍しくない。
そういった人探しの者たちは、村の酒場などに集まっており、そうしたところで相手を見つけることは難しくないだろう。
「あー、そういえば、この村の魔法師、ランスとか言ったっけな。」
「あいつも、なんか音楽祭に出るかと言ってたっけな。」
「あ! ランス、そうだ!」
「その人に用事があったんだった。」
シキの言葉に、デレックはもう1つの目的を思い出す。
ランスの普段の言動を知っているシキは、その様子に若干冷ややかな目線を向ける。
「あいつと、知り合いなのか…?」
「いや、違いますよ。」
「まあ、あいつ、友達少なそうだしな。」
ひどい言われようである。実際、あまり多くない。
デレックやシキにしても、あまり友達は多くないので互い様ではあるが。
その後、デレックは、「ま、探すのぐらいは手伝ってやるよ。」というシキと連れ立って村を探索していた。
しばらく、村の中を見て回ると、何やら道行く人々に語っているランスの姿を見つける。
「ほら、あいつだ。銀髪で包帯巻いてるやつ。」
「あれですか…?」
話の内容を聞くと、その少年は、堕天使ヤマトゥを名乗り、ヤマト教なる宗教がいかに素晴らしいのかを訥々と語っている。
正直怪しいどころか、あまりにも怪しさを自己主張しすぎて、かえって冗談にもとれる。
村の人々は、もう今さら大して気には留めていないが、旅人たちは物珍しい物でも見るかのように眺めている。
「ん…?」
シキがチラッと人ごみの方に目線を向けると、見慣れない少女がこの場を離れて逃げていったのが目に入る。
どうにも、自分たちの姿を見て逃げていったように見えたのが少し気にかかったが、それ以上深く考えることもなかった。
それよりも、問題はこの自称堕天使だ。
「おーい、ランス。」
「何だ? ヤマト教に入りたい?」
「いや、そういう訳じゃないけどよ。」
「このデレックってやつがお前に用があるらしく、俺は案内してきただけなんだが。」
そう言われて、隣に立つ魔法師を見るが、見覚えのある顔ではない。
この2人、互いにそれなりにエーラムの中では有名だが、残念ながら2人ともそれなりに他人に興味がない。
「はじめまして、デレック・メレテスと言います。」
「今回は、アルジェント先生から、あなたの様子を見てきて欲しいと頼まれまして。」
「ほう、我が天敵から?」
師匠に対してひどい言い草である。
「それで、こんなものがあるんですが…」
そう言って、デレックは鞄から例の魔法具を探す。
アルジェントから預かった時は、頭に嵌める輪っかの形状であったが、デレックによって、宙に浮かぶ天使の輪に改造されている。
加えて、締め付けではなく電撃でダメージを与えられるように改造したそれを、取り出して…
…流れるように、ランスの頭に載せた。
確認するが、アルジェントは「ランスの行いが目に余るようなら使え」と言った。
デレックは、とりあえず魔法具改造の成果のほどを確認するために、載せた。
「これ、先生からの贈り物ですよ?」
そして、そのまま責任を先生に押し付けた。
形状が変わっているゆえ、ランスもこれが例の魔法具か分かりかねて、恐る恐る質問する。
「何か、我が天敵から変なことは言われていないだろうな?」
「変なこと、とは?」
「まあ、あの輪っかではないなら大丈夫だろう。」
「あ、それは僕が改造してですね。」
「元はなんか、輪っかみたいな形で、機構を調べてみると簡単そうだったので…」
ランスが黙りこむ。
なぜ、今更になってまたこの輪っかを付けられるのか分からない。
(注:だいたいデレックが悪い)
「ああ、それって孫悟空みたいな…」
地球のおとぎ話に似たような話に心当たりがあるシキは、なるほどとうなずく。
「そ、それは、"堕天使"、なのか?」
ランスがシキに聞くが、残念ながら元ネタは天使ではなく、サルである。
加えて"堕天使"というワードに反応して雷が落ちる。
「もう就職したというのに、まだ我は何かダメなのか!?」
ランスが悲痛な声を上げる。
正直、今回の件はデレックが悪いのだが、就職してもなお謎の宗教を布教していたのは周知のとおりなので、あまり掛ける言葉は見つからなかったが。
「あ、そうだ、ランス。」
「こいつも音楽祭に出るみたいでさ。お前もメンバー探してただろ? どうだ?」
「貴様は、どのような…楽器を、…いけるのだ?」
「お前、ほんと語彙力クソだな。」
格好いい言い回しをしようとして逆にちぐはぐな質問になってしまったランスにシキが辛辣な言葉を投げる。
が、デレックは気にせず、キーボードが弾けると答える。
(デレックは流石に初対面では、別にランスに対して辛辣になるほどでもない。輪っかを乗せたのは辛辣なのではなく、単なる好奇心だ。)
「我のバンドに、キーボードというポジションはおらぬ。」
「貴様を、勧誘しよう!」
「よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
「ん?」
ランスに代わって、どこからか現れたエリスから返答があった気がするが、まあいいだろう。
彼女が突然現れるのはいつものことだ。
「では、貴様ら2人とも、我のバンドのメンバーとして、歓迎しよう!」
そう宣言するランスの目線はデレックとシキに向いている。
「は? ちょっと待て。」
「俺は出るとは言ってないんだけど。」
「でも、ギターを持っているだろう?」
「いや、弾けるけどさ。」
「では2人とも、我が…我が…(←輪っかに反応しない言葉を探している)」
「別におまえの信徒じゃないけどな。」
「我が一員か?」
「俺はお前じゃない!」
「まあ、参加してやってもいいけどよ。」
シキとしては、ギターを弾く機会として音楽祭があるのならば、参加したいのはやまやまだ。
だが、そうなると、手にしているギターが愛用のそれではないことが気にかかる。
ましてや、この世界にあると分かったがゆえに、なおさら諦めがつかなくなっている。
一応、これで集まったメンバーは4人。
だが、まだそれぞれ、微妙に問題を抱えてのスタートとなった。
Middle.1.3. 堕天使の実力や如何に?
ひとまず、楽器を持ち運んでいた面々については、この場で軽く弾いてみて、実力が申し分ないことを確認した。
ところで、他の面々はともかく、ランスのドラムの実力、というものをシキやデレックはまだ見ていない。
他の楽器とは違って、さすがにドラムは持ち歩いていないので、道端で話をしながらでは当然だが。
そんな中、道端でわいのわいのと騒いでいた彼らを目にとめる者がいた。
行きの船でデレックと出会ったエーラムからの来客、メルク・グレイル青年である。
集団の中にデレックがいるのを見かけて声をかける。
「おや、案外早い再会だったね。」
「お、さっそく現地で仲間を見つけたの?」
「まあ、そういう感じになりますね、」
そうしてぐるりと集団を見回すと、その中に魔法師風の少年がいることに気が付く。
「つーか、そこにいるのはこの村の魔法師さんじゃん。」
「うむ、如何にもだ。」
「前回の音楽祭にも出てたよね、キミ。」
「知り合いの魔法師が、そのステージを《サイレントイメージ》の魔法で録画しててさ。」
「それで、データを分けてもらって、ドラム叩いてる姿だけは見たよ!」
なるほど、確かに《サイレントイメージ》の魔法を上手く使えば、直接見に来れなかった前回の音楽祭も見せてもらうことは出来るだろう。
問題は、重要な音声が記録できないことだが。あくまで雰囲気だけでも、といったところだろう。
「良かったら見てみるか?」
メルク青年が魔法を起動して、前回の音楽祭のステージ映像を再生する。
それを見たシキとデレックの反応は…
「ん?」
「あれ?」
明らかに、背後のトロールとランス本人の動きがズレている。
そして、音声のない映像であっても、音楽に精通した2人には他の面々の動きと照らし合わせて分かる。
ズレているのはランスだ。というか、ほぼほぼ素人だ。
「お前さ、本当にドラム出来んの?」
「当たり前だろ。叩いているではないか。」
シキの疑いの目に、ランスは根拠なく映像の自分を指さして、胸を張る。
叩けばいいというものではない。
が、既に、このメンバーでバンドを組む流れになっている。
ランスに関しては、後で特訓なりして付け焼刃でも使えるようにするほかないだろう。
それはそれとして、もう1つ、このメンバーには問題がある。
「それはそれとして、これでギター、ベース、ドラム、キーボード…」
「ボーカルは?」
そう、ボーカルがいないのだ。
シキやエリス、デレックが歌うという手が無くは無いが(ちなみにランスは音痴なので最初から論外)、それぞれ特段歌が得意な訳でもない。
思案していると、ノルド国軍の制服を着た少年が声をかけてきた。
「なにやらこちらで大きな音がしましたが、大丈夫でしたか?」
彼の名はアウス・テグネール。
ようやく、バンドに最後の1ピースが揃おうとしていた。
Middle.1.4. 天使の歌声?
アウスは真面目な少年である。なので、道端で騒いでいた彼らに、一応の職務として声をかけようとした。
(他の兵士だったら、道端で楽器を弾きつつ騒いでいるぐらい無視するだろうが。)
声をかけるために近づくと、そのうちの1人がこの街の契約魔法師であることに気が付く。
同い年とはいえ、一応立場的には上にあたる彼を見て、敬礼して声をかける。
「ああ、ランス殿でしたか!」
「以前お目にかかった時は、何やら闇の儀式があるとかで行ってしまわれましたが、それは無事に済んだのでしょうか?」
この時点で、ランス以外の面々からは、「あ、これ、素直すぎる子だ…」と思われたのだが、アウスはあくまでランスが何やら難しい魔法儀式を試みているのだと純粋に信じている。
ランスとしても、そう声を掛けられれば、その時の(特に何でもない)「闇の儀式」を思い起こして胸を張る。
「ああ、あの時の闇の儀式は無事成功した!」
その誇らしげな姿に、アウスから称賛のこもった目線が、他から呆れのこもった目線が向けられる。
ついでに、アウスは、ランスの頭上に浮いている見慣れない輪っかに気が付く。
「おや? それは、以前は見受けられなかったと思いますが。」
「もしや、その儀式に何か関係が?」
「うむ、いや、これは我が家臣が…」
「はぁ?」
勝手に家臣にされたデレックが、ランスの方を見る。
いよいよ、ここまでのやり取りで、ランス・リアンとは「こういうやつ」なのだということが分かってきた。
そもそも、堕天使に家臣なる存在がいるのかはかなり怪しい。
話が落ち着いたところで、いよいよアウスが本題を切り出す。
「ことに、ランス殿。」
「私、同僚にランス殿が楽隊のメンバーを集めているという噂を伺いまして。」
「うむ、いかにもであるが、もう4人のメンバーが揃って、あとは歌うボーカルというものしか残っておらぬ。」
「貴様には難しいかもしれぬが、出来るのか?」
言い草がだいぶ失礼である。
とはいえ、根が素直なアウスは、気を悪くした風もなく答える。
「それについてですが、私、特別歌が上手とは思っていなかったのですが、先ほど、子供に「お前は天使の歌声を持っている」と。」
「確か、ランス殿も、天使というのでしたっけ?」
「我は、天使ではない。」
「我は…我は…」
輪っかを気にして「堕天使」と言えずにいるランスに、アウスが続ける。
「私も、どのくらい出来るのか分からないのですが…」
そもそも、声の良い悪いと歌の上手い下手は必ずしも一致しない。
そこで、話を聞いていたエリスが提案する。
「分からないなら、歌ってみればいいじゃない。」
当然ながら、実力が分からないのであれば、試してみるのが一番早い。
幸い、ここマージャ村ならば、道端で歌っていてもそうそう奇異な目で見られることもない。
この場にドラムが無いランス以外の4人で、各々楽器を用意して、軽く合わせてみるのがいいだろう。
演奏後…
アウスの声は、確かに「天使の声」と表現されれば分からなくもない、透き通ったような声だ。
技術的にも、生来の真面目さゆえか、音楽の教科書通りのような基本を実直に抑えた歌い方をしている。
その道のエキスパートたちに及ぶものではないが、決して悪くはない。
「全然、上手いじゃん。」
「いえ、皆さんには及びませんよ。」
「皆さんの楽器のおかげです。」
シキの素直な感想に、アウスは謙遜で返す。
演奏を聞いていたランスも、アウスに言う。
「悪くないではないか。」
「我がバンドの一員として、迎え入れよう!」
「本当ですか。ありがとうございます。」
「なんで、お前は上から目線なんだよ?」
シキはランスに言うが、まあ、ともあれ、これでボーカル担当も見つかった。
ようやく、バンドとしての形が(まだ課題はあるとはいえ)完成したのである。
それはそれとして一方で、アウスの歌声を聞いたデレックは、若干の違和感を感じる。
彼は、ノルド軍所属の、聖印持つ君主であるはずなのだが、なぜか僅かに、その歌声混沌の気配を感じるのだ。
あくまで、ほんの僅かに感じるだけだ。
投影由来の装備を持っているとか、最近混沌濃度の高いところに行ったとか、その程度のレベルでも起こりうる。
首を傾げつつも、この場で殊更に追及するのはやめておくことにした。
話していると、にわかに村はずれの方が騒がしくなってくる。
ざわめく村人たちの会話の中から、気になる内容が漏れ聞こえる。
「おい、なんか向こうに変なのが出てるぞ!」
「投影体なのか?」
「誰か、戦える人呼んで来い!
レインさんとか!」
どうやら、敵対的な何者かが発生しているようだ。
魔境消失後は少なくなったとはいえ、もともと魔境のすぐそばであったこの村ではあり得ることだ。
「我の出番のようだな!」
「行くぞ、ローちゃん!」
ランスがトロールのローちゃんと共に、現場と思しき方向に向かう。
軍属の君主であるアウス、邪紋使いであるエリスもその後を追う。
デレックも、一般人の村人と共に避難しようとしていたシキを引き連れて向かう。
シキが抗議の声を上げる。
「な、なんで? 俺、ただの学生なんだけど!」
「日本刀持ってるじゃないですか?」
「いや、これ、知らないし。」
実際、何で日本刀と共に投影されたのかはさっぱり分からない。
が、往々にして、なぜか地球人は投影元で縁もゆかりもなかった武器でも、何となく使いこなせたりしてしまうのだ。
ひとまず、戦力になりそうである以上、デレックはシキを連れていくことにする。
隣を走っていたエリスも声をかける。
「え? その武器を持っている投影体の方って強いのではないのですか?」
ちなみに、同じように日本刀を使う地球の女剣士が、このブレトランドに投影されており、前回の音楽祭の折に、この地を訪れている。
もしかすると、エリスも、その人物の姿を見ていたのかもしれない。
しばらく走って、村はずれの一角に到着する。
そこにいたのは、黒い人影のような投影体だった。
全体的に真っ黒で、表情らしきものも読めないが、背中には翼、頭上には輪っかが浮いているその姿は、天使に見えなくもない。
幸い、村人たちは既に避難した後のようだが、駆けつけてきたランスたちの姿を認めると、その天使(?)たちは向き直って戦闘の構えをとる。
どうやら、敵意はあるらしい。であるならば、投影体は討伐せねばならないだろう。
「魔法師殿、あれは、一体…?」
「あれは恐らく、我が同胞!」
「「は…?」」
アウスの疑問にランスが答え、シキとデレックが呆れた声を向ける。
シキはさらに続ける。
「じゃあ、止めて来いよ。」
「そうだな。」
そう言うと、ランスは一歩前に進み出て、天使のような影(?)に交渉をはじめる。
「おい、ここは我の領域だぞ。」
当然、天使たちに通じるわけもなく、天使たちは、その黒い腕を伸ばして、構わずランスに攻撃を仕掛ける。
この展開を見越して近くに付いていたエリスが咄嗟に助言をしたおかげで、すんでのところで回避する。
「あの天使は、我の立場を分かっていないようだな!」
あくまで、交渉失敗の原因はあちらの天使たちということにしておきたいらしい。
どちらにせよ、交渉で片が付かなかったのなら、この投影体は討伐するほかない。
おのおの、魔法杖や聖印、武器を構え、戦闘の準備をとる。
シキは「いや、俺、無理だから。ただの高校生だから。」と戦場の隅でとどまっていたが。
とはいえ、戦場で最も機先を制して動く能力に長けていたのは、実はそのシキであった。
どうにも、この世界に投影された地球人にはそうした能力が備わっていることが多いらしい。
「ほら、僕、生命魔法師だから、怪我したら治せるから。」
「ほ、ほんとだな!?」
デレックの言葉に押され、おっかなびっくりながらも、日本刀を手に、天使に斬りかかる。
天使はそれほど機敏に動くわけでもなく、見事に命中したところでアウスが援護射撃を仕掛ける。
結果として、戦いの経験がろくにある訳でもない地球人にしては、そこそこの威力が出たようで、1体の天使はその斬撃を受けて霧散する。
続いて、アウスが聖印の力で広範囲を狙う射撃を放つ。
天使たちの大半を巻き込む射撃であったが、天使たちは互いに庇いあうことで、一部を犠牲に、被害を最小限に抑える。
どうやら、総体として連携はしているらしい。
残った約半数の天使は、その黒い腕を再びランスに伸ばす。
歌を用いて魔法詠唱を行う技術である魔歌に集中しているランスは避けられないので、エリスが側について的確に腕から護る。
が、直接的なダメージはほとんどを弾いたものの、天使たちの攻撃には精神負荷をかけるような特質も含まれていたようで、エリスには疲労が蓄積していく。
他の個体の攻撃を見て、エリスには攻撃が通らないと判断した1体は、シキの方に向かうが、地球人特有の混沌の影響を薄める力を使って避ける。
ここで、天使たちの攻撃が途切れた瞬間を狙ってデレックが動いた。
地を蹴って天使たちの群れの中に飛び込み、そのまま常盤の生命魔法を込めた一撃を放つかと思いきや、翻ってまず彼はエリスに《レストアヘルス》の魔法をかける。
そうして天使たちの攻撃による消耗から解放されたエリスは、デレックの意図を見抜き、英雄の邪紋の中でも、他の英雄を助ける者としての性質を発現させ、彼の動きをアシストする。
ただでさえ消耗の激しいこの技を、疲労の蓄積した状態で使うことを迷っていたエリスの状況を的確に判断した結果である。
ここのところ、即席の連携にしては2人とも上手く立ち回っていた。
エリスの援護を受けたデレックは、先ほどの魔法を放った体勢から再度体をひねり、生命魔法を込めた拳を天使に叩き込む。
タイミングを合わせたアウスの援護射撃もあり、この一撃で天使の1体は霧散する。
「あいつ、俺と同じ陰キャだと思ってたのに…」
明らかに不健康そうな印象を受けるデレックが軽やかに格闘戦を演じる姿を見て、シキがつぶやく…
続いて、トロールのローちゃんがその巨体で動き出す。
トロールの剛腕から放たれる衝撃に黒い天使の体は大きく削れ落ちるが、どうやらまだ動いているようだ。
しかし、間髪入れずに召喚主たるランスが魔歌を歌い終わると同時にラミアを召喚し、天使に向かって放つ。
装甲をものともしない精神攻撃が天使をからめとり、また1体が消滅する。
互いの攻撃の応酬を終えて、残る天使はわずか1体。
明らかに戦いは優勢に進んでいた。
が、その時、残された天使は今までとは明らかに異なる歌声を奏で始める。
その視線はまっすぐにランスの方を向いている…が…
…不思議なことに、何も彼には変化が起きないのである。
いったいこの歌声は何だったのか…?
疑問を感じたのも一瞬だった。
再びの静寂を破って、シキが次の攻撃を仕掛ける。
先ほどよりは、おっかなびっくりといった感じの薄まった日本刀の一撃に、最後に残された天使もまた溶けるように消えていった。
天使たちが消え去ると、アウスは、先ほど天使に何かを仕掛けられているようであったランスを心配して駆け寄る。
「大丈夫でしたか?」
「何か攻撃を仕掛けてきたようだが、まぁ、我の力をもってすればあの程度は…」
実際、何か異変があった様子はない。
それはそれとして、天使たちが霧散した後には、混沌核が漂っている。
アウスとしては、ランスも心配だが、この場唯一の君主として、先にやるべきことがある。
「こちらは、私が吸収してしまってよろしいのでしょうか?」
そうは言っても、マージャ村領内で発生した混沌とはいえ、領主が来るまで待つわけにもいかない。
ここは、アウスが浄化して、その聖印の糧に変える。
が、浄化を行った瞬間、アウスは何とも言えない感覚を覚える。
何というか、僅かな気だるさを感じるような気がするのと、若干、彼の声が変わった気がするのだ。
別に、体調の悪そうな感じではないが、何となく先ほどまでの「天使の声」と形容される透き通った声ではなくなったような気がする…
「ん、あれ? 何か喉の調子が悪いような…?」
混沌核を浄化して聖印として取り込むことで、聖印の持ち主に悪影響を及ぼす例が無い訳ではない。
あまり知られてはいないし、彼らも知らないが、「腐虫病」という混沌に汚染された虫を浄化することで聖印が汚染される病もある。
(参照:
ブレトランド水滸伝 第4話「天機之壱〜光を蝕む病〜」)
そういった類のものではないと良いのだが…
一通りの戦闘後の後片付けが終わったころ(ちなみに、シキは得意のギターを用いた「異界の芸能」で、皆の精神力を回復させたりしていた)。
騒ぎを聞きつけて、ティリィが村はずれの皆の元に駆けつけてきた。
「…えっと、みんな、大丈夫でしたか…?」
「あのぐらい、造作でもなかったわ。」
「そっか…ランスくんたちが何とかしてくれたんだね。ありがとっ!」
安堵の含まれた笑顔を見せて、ティリィはお礼を述べる。
だがこの時、魔法師たちとエリスはまたも違和感を感じる。
ティリィがこの場に現れた瞬間、混沌の気配が強くなったような気がしたのである。
しかも、その気配の中心は、ランス、アウス、ティリィの3か所のような気がする。
とはいえ、この3者の共通点なんて思い当たらない。
「うーん、私が感じてた混沌の気配も、この天使たちだったのかな…?」
「でも、村全体に薄くかかるような混沌の気配は消えないなぁ…何なんだろ、これ?」
「まぁ恐らく、我の中の何者かがあふれ出ているのだろうな!!」
そう言って、ランスが高らかに笑う。
が、周囲で見ているデレックやエリスにしてみれば、ランスからも微妙に先ほどの気配を感じるだけに、何とも微妙な顔をせざるを得ないところであった。
その時、アウスの脳裏に、先ほども聞いた少女の声が響く。
「おい、お主、聞こえておるか!」
「反応はせんでいい。」
魔法だとしても、直接脳裏に語りかけるような、こういう物があると聞いたことは無いが、アウスは魔法に詳しい訳でもない。
まぁそういうものなのだろうと納得して、話を聞く。
「お主に伝えておくことがある、そうじゃな、猫屋敷の辺りなど分かりやすくて良かろう。」
「そこの、邪紋使いの娘は連れてくるな。あと、堕天使とやらもだ。」
「猫屋敷…?」
猫屋敷とは、マージャ村に存在する、多数の猫を飼っている屋敷のことだ。
犬屋敷と並んでちょっとした村の名所にもなっており、村人たちが待ち合わせの目印に利用することもある。
「猫屋敷? なんだ、行くのか?」
「俺も猫好きだから、よかったら行くなら一緒に行くぞ?」
アウスの独り言(端から見たらにそう見える)を聞いて、シキが声を掛ける。
エリスとランスは連れてくるなと言われたが、他は別に連れてくるなとは言われていないし、まぁ、一緒に行ってもいいだろう。
こうして、アウスとシキは一通り戦闘の後片付けを終えたところで、猫屋敷に向かって歩き始めていった。
以降執筆中…
最終更新:2019年11月29日 21:45