マラールの領主を務める
セルジオには、秘密があった。実は彼は、本来は「セルジオ」の影武者であったが、「本物」の死に伴い、本人になりすます形で聖印を継承した「偽物」だったのである。ある日、そんな彼の元に、契約魔法師の
ニーア、傭兵隊長の
シルヴィ、自警団長の
ニャンダトポテフの三人(?)が、それぞれに重要案件を携えて報告に訪れた。
ニーアの案件は、彼の実兄である海賊の
エイシスからの情報提供の申し出であった。
エイシス曰く、シェンム北部に位置する貿易都市ホンロンの裏社会を支配する犯罪組織が、この街に眠る(かつてこの地を占領したエストレーラ人が用いていたと言われる)「魔曲」の秘密を探ろうとしているらしい。
エイシスは「彼等に関するより詳しい情報」を入手しているようだが、その情報開示の見返りとして、「魔曲の楽譜が手に入った際には、その『写し』を提供すること」を要求しているらしい。
シルヴィからの報告は、シェンム南部を支配するナユタ候からの「軍事支援」の提案であった。この依頼の使者として派遣されてきたのは、
シルヴィと同じ「暁の牙」に所属する傭兵
タウロスである(彼は現在、ナユタ候と契約している)。
タウロス曰く、現在、シェンム北部を支配するシャーン候がマラールへの軍事侵攻を計画中であり、それを防ぐためにナユタ候は自身の傘下の軍隊をマラールに駐留させることを提案しているらしい。
そして、
ニャンダトポテフから伝えられたのは、マラールの郊外に設置された墓地において、何件かの「墓荒らし」が勃発している、という情報である。実際にその現場を見た者はいないが、夜中に墓地から物音がしたという証言があり、自警団の者達が調べてみた結果、いくつかの墓に関して「掘り返したことが分からないように丁寧に偽装された痕跡」があるという。
この状況に際して、ひとまず
セルジオは、
タウロスからの申し出に対しては
シルヴィ経由で断りを入れた上で、
ニャンダトポテフには「荒らされた墓」の実態調査を依頼しつつ、自身は
ニーアと共に
エイシスからの提示された条件を受け入れた上で、彼から話を聞き出すことにした。
エイシス曰く、ホンロンの犯罪組織は国際闇魔法師組織「パンドラ」と密接な関係があり、今回の計画には、ホンロン系パンドラの中でも「屍体を操る魔術」を用いる特殊な闇魔法師が関与しているらしい。一方、
ニャンダトポテフ率いる自警団が、掘り返されたと思しき墓をもう一度掘り返して棺桶の中身を確認してみた結果、その中に埋葬されている筈の遺体が消滅していたことが明らかになる(なお、この地方は基本的に土葬文化圏である)。
更に、暴かれた墓の大半は「かつてこの地を侵略した際に『魔曲』を演奏していた軍楽隊の墓」であることが発覚する。ただ、そんな中で唯一、「誰が埋葬されているのか明確な記述がない割に、なぜか綺麗に手入れされている墓」の中身も暴かれていたのだが、この墓の正体について知る者は
セルジオしかいない。それは「本物のセルジオ」の墓であった。
ひとまず
セルジオは「本物のセルジオの遺体」の件については伏せた上で、この二つの案件が繋がっている可能性が高い(その上で、シャーン侯がこの陰謀に関わっているかどうかは不明)と判断した上で、自身と
ニーアが街の中で外来者が潜伏していそうな(治安の悪そうな)地区を捜査し、
シルヴィと
ニャンダトポテフには墓場の警備を任せることにした。
そして、この日の夜。墓地を哨戒していた
シルヴィと
ニャンダトポテフは、「シャーン地方の演劇(京劇)で用いられる仮面」を装着した謎の人物と遭遇する。その人物の正体は、エーラムから派遣されたヴァーミリオン騎士団の
アストライアであった。どうやらエーラム内のとある時空魔法師が、この地で「屍体を用いた闇魔法師による混沌災害」が発生するという予兆を感じ取り、極東出身の
アストライアを調査に派遣することにしたらしい。ただ、その時空魔法師の予兆によれば、今回の件には「偽領主」が関わっている可能性が高いらしく、
アストライアは二人に対して「領主が偽物に入れ替わっていないか注意するように」と忠告し、その場を去っていく(なお、この二人は「今の
セルジオ」の正体については知らない)。
一方、街の中でも比較的治安の悪い貧民街の辺りで不審人物の調査をおこなっていた
セルジオと
ニーアは、意外な人物と遭遇する。それは、かつてダルタニア大使の護衛としてこの地に赴任していた潮流戦線の
ジーベンであった。どうやら彼の祖国のダルタニアにおいてもホンロン系パンドラが暗躍しているらしく、その中心人物の一人である「屍体を操る闇魔法師」がこの地に潜伏しているという噂を聞きつけて、この地に追跡調査に来たらしい。
そして、三人がそんな会話を交わしている中、彼等は同時に、闇夜の貧民街に潜伏している二つの「人影」を発見する。それらは、出現場所も向かっている方向も全く別であったが、ひとまず
ジーベンは「より強大な気配がする方の人影」を追い、そして
セルジオと
ニーアは「もう片方の人影」を尾行することにした。月明かりの下で微かに垣間見えるその後ろ姿から察するに、どうやらその人物は「全身黒装束で素顔も隠している男性」ようである。
やがて、その「黒装束の男」は郊外の墓地へと向かっていき、結果的に墓地を巡回していた
シルヴィ&
ニャンダトポテフと共に彼を挟撃する形になったことで、
セルジオ達は四人がかりで彼を取り押さえようとするが、彼は唐突に懐から何かを取り出し、謎の呪術のようなものを用いると、その周囲に唐突に数体の「巨大な蝦蟇」が現れた。どうやらこれは、極東地方の一部に伝わる秘術(忍術?)の一種らしい。唐突な怪物の出現に驚く
セルジオ達であったが、取り乱すことなく着実に蝦蟇を一体ずつ殲滅し、そして黒装束の男の捕縛に成功する。そして、ひとまずは街の警備隊の尋問係にその男を引き渡した上で、この日は就寝することにした。
翌日。黒装束の男の尋問結果を聞いてみたところ、どうやら彼はホンロンの犯罪組織の一員で、パンドラの闇魔法師から、「指定された墓から遺体を盗み出し、貧民街の一角へと運んで受け渡す」という依頼を請け負っていたらしい。ただし、その闇魔法師の潜伏場所や具体的な目的までは聞かされておらず、そして、自分が昨晩のうちに指定の受け渡し場所に現れなかったことで、おそらくもう事態を察して街からは撤収しているだろう、というのが彼の憶測であった。
その話を聞いた上で、
セルジオは昨晩の
ジーベンが追っていた「もう一人の不審人物」の行方が気になり、街中の宿泊施設を調べた結果、
ジーベンの滞在先を割り出すことに成功し、彼との対談へと臨む。すると、そこには彼の他に二人の客人が来訪していた。一人は、昨晩の時点で
シルヴィ&
ニャンダトポテフと遭遇していた
アストライアである。どうやら、昨晩の時点で
ジーベンが発見した「より強大な力を持つ不審な影」の正体は、彼等と同様に(墓場での調査の後に)貧民街で潜伏調査をおこなっていた
アストライアだったらしい。
そして、もう一人の客人は、見慣れない褐色肌の少女であった。彼女は暗黒大陸の港町カルタキアの領主
ソフィアであり、
ジーベンや
アストライアとは過去に面識がある(
港町コンチェルト1・
港町コンチェルト2参照)。そして、
セルジオもまた同じルーラーとして、「特殊な聖印の力を用いる年齢不詳の領主」としての彼女の噂は聞いたことがあった。どうやら彼女にとっても、「屍体を操る闇魔法師」は因縁の相手らしく、
ジーベンと共にその足跡を追ってこの地を訪れることにしたらしい。
つまり、この場にいる者達は全員、同じ闇魔法師を追う君主達なのであるが、ここで一つ、大きな問題があった。
ソフィアも
ジーベンも、
アストライアから「偽領主疑惑」を聞かされていたのである。この状況下において、もし
セルジオが既に「偽物」によって成り変わられていた場合、闇魔法師が領主(偽)の下で匿っているという疑惑は当然発生する。だが、
セルジオは聖印を掲げた上で身の潔白を訴えると、
ソフィア達は彼のその言葉を信じて、現時点で闇魔法師が潜伏している可能性が高いと思われる場所を
セルジオに伝えることにした。
それは、マラールの北方のシャーン領との境界線上に位置する山岳地帯であった。
ソフィアの見立てによれば、どうやら(日頃は人が出入りすることのない筈の)その地区の近辺で、奇妙な気配が漂っているらしい。もし、その闇魔法師がシャーン候とも繋がっているのであれば、既にシャーン領内に逃亡している可能性が高いが、あえてそのような場所に潜伏しているとすれば、(少なくとも公には)シャーン侯は関与しておらず、マラール領主の一存で討伐しても国際問題へと発展する可能性は低いだろう。
この状況を踏まえた上で、
セルジオは
ニーア、
シルヴィ、
ニャンダトポテフに対して号令を発動し、即座に国境線上の山岳地帯へと向かう。すると、そこには見覚えのない木造小屋が立てられており、その中から明らかに不穏な瘴気が漂っていた。遠眼鏡を用いてその内部を確認してみると、どうやら極東系の闇魔法師(道士)と思しき人物が、頭に特殊な「札」を貼った屍体達に囲まれて、何かを成そうとしているのが分かる。それらはおそらく、墓場から掘り出した遺体を元に造られた殭屍(キョンシー)なのだろう。
闇魔法師が更なる何かを生み出す前に先手を打つ必要があると判断した
セルジオ達は、一気に小屋に向かって突撃をかけるが、それに対して殭屍達の大群が立ちはだかる。彼等を率いていたのは「セルジオとよく似た風貌の青年の殭屍」であり、彼は三拍子の独特なメロディを口ずさむことで、
セルジオ達の率いる兵士達の調子を狂わせていく。
これこそが、失われた魔曲の正体であった。闇魔法師はかつての軍楽隊の者達を蘇らせることで、彼等の脳内から魔曲の記憶を再生させようと試みていたが、屍体が極めて古かったこともあり、いずれも断片的な情報しか引き出せずにいた。そんな中、裏社会の情報網から「本物のセルジオ」が既に死亡していることを知った彼は、本来の領主家の継承者である彼ならば魔曲の秘密を聞かされていたかもしれないと判断してその遺体を確保し、そして実際、比較的新鮮な屍体である彼の脳から多くの重要な情報を引き出すことに成功し、こうして(まだ完成形にまでは至らないものの)部分的に魔曲を再現するに至ったのである。
当然、そんな事情を一切知らない
セルジオ以外の者達は困惑するが、それでも
セルジオが迷わず討伐を命じたことで、彼等はそのまま戦い続ける。火炎を主体とした
ニーアと
シルヴィの攻撃は殭屍達に対して極めて有効であり、闇魔法師が繰り出す雷を用いた攻撃は
セルジオや
ニャンダトポテフによって大半が無効化されたことで、謎の魔曲によって乱された兵士達も士気も完全に崩されることはなく、最終的には闇魔法師も、そして「セルジオとよく似た殭屍」も、
セルジオと
ニャンダトポテフの支援を受けた
ニーアと
シルヴィの繰り出す業火の炎の中へと消えていくことになった。
その後、
セルジオは自身の正体について皆に明かした上で、小屋に残されていた資料を確認してみたところ、闇魔法師の身元を確認出来るような代物も見つからなかったが、シャーンとの国境戦上で起きた今回の一件に関して、シャーン側からは特に何の申し出もなかったので、特に大きな国際問題に発展することなく、この問題はあっさりと終結することになる(なお、「本物のセルジオの墓」には、後日改めて「現在の
セルジオ」がひっそりと弔いに訪れたようである)。
一方で、小屋の中には魔曲に関する研究資料も一切残されていなかったため(全て闇魔法師の脳内で処理していたのか、それとも資料を別の場所に通信で送っていたのかは不明)、結果的に言えば
エイシスとの裏契約は果たせなかったが、この点については
エイシスも納得した上でマラールを去り、
ジーベン、
アストライア、
ソフィアもまたそれぞれの居場所へと戻っていく。なお、去り際に
ソフィアは「いずれ部下の従騎士を育てたくなったら、カルタキアに派遣するがいい」と言い残し、実際に数ヶ月後には全世界に向けて
従騎士派遣の公募
をかけることになるが、マラールからそれに応じた者がいたのかどうかは定かではない。