第547話:遭遇と焦燥 作:◆CC0Zm79P5c
「まあ黒いものは不吉だっていわれてるわりに、咄嗟に思いつくのは黒猫くらいだわな」
慣れるのは嫌いだ。
マンションで佐山達と別れた後、オーフェンは努めて何も思考しないようにしながら商店街を目指していた。
最寄りで長居できそうな場所はそこと病院跡のどちらかで、何とはなしに商店街のほうが居心地はいいだろうと思ったからだ。
とはいえ、無思考で長距離を歩くというのもなかなか辛い。だからオーフェンは壊れたラジオのように繰り返していた。慣れることは嫌いだ。
マンネリ化に陥れば、人は何も感じなくなる。
健康を害する習慣、規則の無視、幸せな日常――もっとも、最後のに慣れたことはついぞ無かったが。
「しかし逆に幸福なものを考えてみるといい。教会もウェディングドレスもブライダルケーキも軒並み白い。
まあ何か偏ってる気もするが気にするな。結婚は幸せだというのが年寄りの通説だ。そして大概、そう言う奴ほど配偶者を疎ましく思っている」
とにかく、慣れてしまえば万事は意味を為さなくなる。痛みや苦痛も慣れてしまえば気にならない。感じないのだから。
だが当人だけが不幸な状況に陥っていることに気づいていないのは、それはそれでどん底ではないだろうか?
「脇道にそれたが、要はあれだ。黒は不吉ってことだわな。
黒い教会で黒い花嫁が黒いケーキに黒いナイフで入刀してみろ。もはやそれは立派な宗教だとは思わねっか?」
「思うにだな――」
オーフェンはようやく観念して声をあげた。
吊り上がった皮肉気な双眸で、頑張って無視していた喋る人虫を睨む。
無論、それでスィリーが反省するわけでもないが。
この煩わしい人精霊との会話に慣れたくはなかったのだが、だからといって聞き流しているのも不毛だ。
頭を抱えて――この動作もトトカンタ時代でだいぶ慣れさせられたが――呻く。
「お前を黙らせることってできないのか?」
「そうやって言論の自由を侵害する国家は屋台骨だけでやってかなきゃならん。例えるなら吊さないで直立させようとする骸骨模型。
とまれあれだな。お前さんまで前時代的小娘思考にシフトしてきたのは由々しき事態だと俺は思う」
「小娘?」
「まあやたらと俺を水晶檻に閉じこめたがっていた辺り、猟奇的な趣味だったのだろう。
幸いにして斧を持っているのは見たことがないが」
「……そいつも苦労してた訳か」
きっと友達になれそうだ、とオーフェンは独りごちた。
体の疲労は、ほぼ取れている。
約束の時間を寝過ごすわけにはいかないので、仮眠を何回かに分けて取った。
もちろん森の中で寝床に相応しい場所があるわけもないが、それでも軽く休む程度なら事足りる。
どうせ役に立つこともないと、学生の間で不評極まりなかった山中野外訓練がこんなところで役に立つというのは皮肉である。
休憩の時間を含めれば、あれから一時間はたっただろうか?
時計を確認する気も起きずに、オーフェンは何とはなしに夜空を見上げた。
人の活動時間中に昇っている太陽とは違い、月の傾きから時間の経過を測るのは難しい。
とはいえ、そろそろ着く頃だろうと見当は付けていた。
悲しいことに、こういったなんの儲けにも繋がらない勘はよく当たる。
慣れるのは嫌いだ。
マンションで佐山達と別れた後、オーフェンは努めて何も思考しないようにしながら商店街を目指していた。
最寄りで長居できそうな場所はそこと病院跡のどちらかで、何とはなしに商店街のほうが居心地はいいだろうと思ったからだ。
とはいえ、無思考で長距離を歩くというのもなかなか辛い。だからオーフェンは壊れたラジオのように繰り返していた。慣れることは嫌いだ。
マンネリ化に陥れば、人は何も感じなくなる。
健康を害する習慣、規則の無視、幸せな日常――もっとも、最後のに慣れたことはついぞ無かったが。
「しかし逆に幸福なものを考えてみるといい。教会もウェディングドレスもブライダルケーキも軒並み白い。
まあ何か偏ってる気もするが気にするな。結婚は幸せだというのが年寄りの通説だ。そして大概、そう言う奴ほど配偶者を疎ましく思っている」
とにかく、慣れてしまえば万事は意味を為さなくなる。痛みや苦痛も慣れてしまえば気にならない。感じないのだから。
だが当人だけが不幸な状況に陥っていることに気づいていないのは、それはそれでどん底ではないだろうか?
「脇道にそれたが、要はあれだ。黒は不吉ってことだわな。
黒い教会で黒い花嫁が黒いケーキに黒いナイフで入刀してみろ。もはやそれは立派な宗教だとは思わねっか?」
「思うにだな――」
オーフェンはようやく観念して声をあげた。
吊り上がった皮肉気な双眸で、頑張って無視していた喋る人虫を睨む。
無論、それでスィリーが反省するわけでもないが。
この煩わしい人精霊との会話に慣れたくはなかったのだが、だからといって聞き流しているのも不毛だ。
頭を抱えて――この動作もトトカンタ時代でだいぶ慣れさせられたが――呻く。
「お前を黙らせることってできないのか?」
「そうやって言論の自由を侵害する国家は屋台骨だけでやってかなきゃならん。例えるなら吊さないで直立させようとする骸骨模型。
とまれあれだな。お前さんまで前時代的小娘思考にシフトしてきたのは由々しき事態だと俺は思う」
「小娘?」
「まあやたらと俺を水晶檻に閉じこめたがっていた辺り、猟奇的な趣味だったのだろう。
幸いにして斧を持っているのは見たことがないが」
「……そいつも苦労してた訳か」
きっと友達になれそうだ、とオーフェンは独りごちた。
体の疲労は、ほぼ取れている。
約束の時間を寝過ごすわけにはいかないので、仮眠を何回かに分けて取った。
もちろん森の中で寝床に相応しい場所があるわけもないが、それでも軽く休む程度なら事足りる。
どうせ役に立つこともないと、学生の間で不評極まりなかった山中野外訓練がこんなところで役に立つというのは皮肉である。
休憩の時間を含めれば、あれから一時間はたっただろうか?
時計を確認する気も起きずに、オーフェンは何とはなしに夜空を見上げた。
人の活動時間中に昇っている太陽とは違い、月の傾きから時間の経過を測るのは難しい。
とはいえ、そろそろ着く頃だろうと見当は付けていた。
悲しいことに、こういったなんの儲けにも繋がらない勘はよく当たる。
「……で、なんでさっきから黒は不吉だと喚いてるんだ?」
「黒ずくめは不吉だと忌み嫌われているから、まあ交渉が成功しなくても落ち込むな黒いの、と人生の先達として忠告している」
「……」
「感謝はいらんぞ」
「そうだな」
投げやりに言って、心持ち歩調を早める。それでもスィリーは遅れることなく着いてきたが。
胸中で苦笑する。人精霊の言葉は無意味だが、それでも人は無意味から意味を捻り出すことは出来る。
(交渉か。確かにあんまり上手くいった試しはないけどよ)
ギギナと名乗ったあの狂戦士と取引――いまいちこちらの差し出したものが分かりかねたが――を成功させられたのは幸運だった。
あれは強力な戦士だ。クリーオウを保護して貰えれば、彼女に降りかかる大抵の危機は防げるだろう。
そう信じ込むことが出来れば、気持ちも多少は軽くなる。
「まあ何とかはいらん、というのは大抵が建前なわけで。人生を悟ると簡単に本音を訳せるようになる。
そのなんたるかを教えてやるべきだろうが、授業料はいらん」
そう言いつつ広げた右手を突き出してくる人精霊が、オーフェンを追い越していった。
平行して進んでいた物の均衡が崩れるのは、どちらかが速度を上げた時か速度を下げた時である。
オーフェンは立ち止まっていた。商店街に着いたのだ。
ただし、あるのはその残滓だけだったが。
「……なんだこりゃ」
破壊は徹底的に行われていた。
建造物はあらかた壊され、もとがどういう形であったのかも判別できない。
道路には丸く陥没した穴がいくつも空いている。
ざっと観察する限り、破壊はすべて同一の手段で行われていた。
つまり、これはひとりの手で引き起こされたということになる。
無論、オーフェンも似たようなことは出来る――本来の威力で魔術を使えば。
だが、これが弱体化させられた参加者同士の衝突によるものだとは思えなかった。
まるで丸太の雨でも降ってきたかのようだ。
(案外はずれてないかもな)
思い着くまま浮かんできた思考に自分で頷く。
戦闘ならば、こんな無目的な破壊は行うまい。
これだけ破壊され尽しているとなると――
そう。石造りの壁を粉砕する程の攻撃を、ひたすら避け続けたということになる。
「なんでだろーな。それでトトカンタを思い出しちまうってのは……」
「ほほう。お前さんも郷愁に浸っていたか」
オーフェンが頭を抱えてしゃがみ込んでいると、先行しすぎたスィリーが戻ってくる。
「お前さんの故郷にもやたらと破壊しまくる魔神とかいたわけだ。
まったく迷惑極まりないが、つまるところ人生ってのはそういう迷惑の掛け合いゲームだぁな」
「うっせ――って、何だって?」
人精霊を視界に捉え、反射的に聞き返す。
まともな返答を期待していたわけではない――という心構えさえ意識しない。
それほどまでにオーフェンが人精霊に対して抱いていた評価というのは低かった。が。
「お前、心当たりがあるのか?」
「無くもない。
まあ人生を長く生きるとだ。知識が貯まりすぎて引き出しが重くなって開かずになり、
結果として痴呆性老人が生まれる」
「どうやら期待した俺が馬鹿だったようだ」
溜め息とともに、詳しい検分を再開させようと残骸に視線を戻す。
「魔神」
スィリーが、珍しく短い言葉で区切った。
この人精霊の口にした単語だ。期待すべきものではない。
そう思いながらも、オーフェンは振り返っていた。
ふらふらと漂う人精霊に先程までと変わった様子はない。
相変わらず軽薄に、好きなように言葉を紡いでいく。
「魔神って知ってっか? 前に教授してやろうとしたら、その若造には知ってると突っぱねられたんだが。
まあなんだ、悪徳の狩人どもに扱き使われてる間抜け精霊ってことで、結局は奴隷階級だ。恐れる必要はない。訴訟を起こされる心配もねっからな」
「……つまり、こういうことか? その魔神だかなんだかを従えてる奴がいる? 少なくともお前のいた所だと」
この精霊の言葉を解読するというひどく難解な作業に頭を痛めながらそれをやり遂げる。
「どれぐらい強力なんだ?」
「まあ俺様に敵う奴は見たことがないな。少なくともそれで抗議された覚えはない」
「いや、待てよ――」
オーフェンはスィリーの言葉を半ばで頭から閉め出しながら記憶を探った。
最近聞いた覚えがある。精霊……
『獣……精霊!』
思念の糸を放つ襲撃者。それが恐れるように吐き捨てた言葉。
「あの黒ずくめか……」
「いっちゃなんだが、お前さん鏡という文明の利器を知ってるか?
なるほどそれは気づかないわけだ」
やはり人精霊の言葉を無視し、さらに深く思い出す。あの巨大な炎の獅子。精霊。
(あの獅子はレリーフに封じ込められてた。きちんと体系立てられたシステム。
……つまりは、あんなのを武器にしてるような連中がいるわけだ)
半ば呆れるような心地で呻く。
それならばこの大規模破壊にも納得がいった。
対峙した一瞬で炎獅子が撒き散らした凶暴な熱量を思い出す。
確かにあんな怪物を好き勝手に暴れさせたらこうもなるだろう。
もっとも、これがその魔神とやらの仕業だと断定できるわけでもないが――いや、まて。
血の気が一気に引き、青ざめる。
獣精霊はいた。目の前の惨劇を引き起こせるような手段もこの島にはある――
(これが参加者の仕業だとしたら……!)
剣呑な解答に気付き、急いで瓦礫を調べる。
参加者が破壊を行うのなら、その理由は狩る側にしろ狩られる側にしろひとつだけだ。
戦闘。殺し合い。
「我は生む小さき精霊!」
呪文に従い光が灯る。光量を最大にした鬼火は、瓦礫の影を払い流した。
詳しく検分することでやはり最悪の事態が発覚する――
痕跡から見てこの破壊はごく最近、いやついさっき行われた。
「おう何だ。トレジャーハントか。それとも叔父さんの遺産か?」
急激に上がった光量にやられて墜落しながらも、人精霊は言葉を吐くことを止めない。
少なくとも、見つかった物は宝の類ではなかった。見つけて嬉しいものでは決してない。
瓦礫の下から人の腕と、その中身が流れ出している。むろん、死んでいるのだろう。
「やっぱりか、糞っ垂れ!」
罵声をあげると、オーフェンは駆けだした――ギギナとの待ち合わせ場所である、小屋の方角へ向けて一直線に。
戦闘が発生するには、口火を切る側であるマーダーの存在が必要不可欠だ。
この商店街を廃墟にした戦いで、どちらが勝利したのかは分からない。
だが、少なくともあれほどの力を行使できるマーダーが付近にいる可能性がある。
警戒する理由はそれだけで十分。
このゲームに乗ったマーダーの場合、目的は殺人だ。最後のひとりになるために全員を殺す。
――ならば、放送で大集団のいることが判明しているマンションに向かう確率は高い。
大規模破壊を得意とするのなら、むしろ一網打尽は望むところだろう。
そしてそのすぐ傍には、クリーオウを連れているかも知れないギギナとの待ち合わせ場所がある。
ギギナは優れた戦士だ。だが、無敵ではない。
所詮は推測だ。だが、悪い予感というものはなぜだか的中することが多い。
(不幸不幸の人生だけどよ――そこまでツキに見放されてはねえよな!?)
それは、存外に難しい条件なのかも知れなかった。
「黒ずくめは不吉だと忌み嫌われているから、まあ交渉が成功しなくても落ち込むな黒いの、と人生の先達として忠告している」
「……」
「感謝はいらんぞ」
「そうだな」
投げやりに言って、心持ち歩調を早める。それでもスィリーは遅れることなく着いてきたが。
胸中で苦笑する。人精霊の言葉は無意味だが、それでも人は無意味から意味を捻り出すことは出来る。
(交渉か。確かにあんまり上手くいった試しはないけどよ)
ギギナと名乗ったあの狂戦士と取引――いまいちこちらの差し出したものが分かりかねたが――を成功させられたのは幸運だった。
あれは強力な戦士だ。クリーオウを保護して貰えれば、彼女に降りかかる大抵の危機は防げるだろう。
そう信じ込むことが出来れば、気持ちも多少は軽くなる。
「まあ何とかはいらん、というのは大抵が建前なわけで。人生を悟ると簡単に本音を訳せるようになる。
そのなんたるかを教えてやるべきだろうが、授業料はいらん」
そう言いつつ広げた右手を突き出してくる人精霊が、オーフェンを追い越していった。
平行して進んでいた物の均衡が崩れるのは、どちらかが速度を上げた時か速度を下げた時である。
オーフェンは立ち止まっていた。商店街に着いたのだ。
ただし、あるのはその残滓だけだったが。
「……なんだこりゃ」
破壊は徹底的に行われていた。
建造物はあらかた壊され、もとがどういう形であったのかも判別できない。
道路には丸く陥没した穴がいくつも空いている。
ざっと観察する限り、破壊はすべて同一の手段で行われていた。
つまり、これはひとりの手で引き起こされたということになる。
無論、オーフェンも似たようなことは出来る――本来の威力で魔術を使えば。
だが、これが弱体化させられた参加者同士の衝突によるものだとは思えなかった。
まるで丸太の雨でも降ってきたかのようだ。
(案外はずれてないかもな)
思い着くまま浮かんできた思考に自分で頷く。
戦闘ならば、こんな無目的な破壊は行うまい。
これだけ破壊され尽しているとなると――
そう。石造りの壁を粉砕する程の攻撃を、ひたすら避け続けたということになる。
「なんでだろーな。それでトトカンタを思い出しちまうってのは……」
「ほほう。お前さんも郷愁に浸っていたか」
オーフェンが頭を抱えてしゃがみ込んでいると、先行しすぎたスィリーが戻ってくる。
「お前さんの故郷にもやたらと破壊しまくる魔神とかいたわけだ。
まったく迷惑極まりないが、つまるところ人生ってのはそういう迷惑の掛け合いゲームだぁな」
「うっせ――って、何だって?」
人精霊を視界に捉え、反射的に聞き返す。
まともな返答を期待していたわけではない――という心構えさえ意識しない。
それほどまでにオーフェンが人精霊に対して抱いていた評価というのは低かった。が。
「お前、心当たりがあるのか?」
「無くもない。
まあ人生を長く生きるとだ。知識が貯まりすぎて引き出しが重くなって開かずになり、
結果として痴呆性老人が生まれる」
「どうやら期待した俺が馬鹿だったようだ」
溜め息とともに、詳しい検分を再開させようと残骸に視線を戻す。
「魔神」
スィリーが、珍しく短い言葉で区切った。
この人精霊の口にした単語だ。期待すべきものではない。
そう思いながらも、オーフェンは振り返っていた。
ふらふらと漂う人精霊に先程までと変わった様子はない。
相変わらず軽薄に、好きなように言葉を紡いでいく。
「魔神って知ってっか? 前に教授してやろうとしたら、その若造には知ってると突っぱねられたんだが。
まあなんだ、悪徳の狩人どもに扱き使われてる間抜け精霊ってことで、結局は奴隷階級だ。恐れる必要はない。訴訟を起こされる心配もねっからな」
「……つまり、こういうことか? その魔神だかなんだかを従えてる奴がいる? 少なくともお前のいた所だと」
この精霊の言葉を解読するというひどく難解な作業に頭を痛めながらそれをやり遂げる。
「どれぐらい強力なんだ?」
「まあ俺様に敵う奴は見たことがないな。少なくともそれで抗議された覚えはない」
「いや、待てよ――」
オーフェンはスィリーの言葉を半ばで頭から閉め出しながら記憶を探った。
最近聞いた覚えがある。精霊……
『獣……精霊!』
思念の糸を放つ襲撃者。それが恐れるように吐き捨てた言葉。
「あの黒ずくめか……」
「いっちゃなんだが、お前さん鏡という文明の利器を知ってるか?
なるほどそれは気づかないわけだ」
やはり人精霊の言葉を無視し、さらに深く思い出す。あの巨大な炎の獅子。精霊。
(あの獅子はレリーフに封じ込められてた。きちんと体系立てられたシステム。
……つまりは、あんなのを武器にしてるような連中がいるわけだ)
半ば呆れるような心地で呻く。
それならばこの大規模破壊にも納得がいった。
対峙した一瞬で炎獅子が撒き散らした凶暴な熱量を思い出す。
確かにあんな怪物を好き勝手に暴れさせたらこうもなるだろう。
もっとも、これがその魔神とやらの仕業だと断定できるわけでもないが――いや、まて。
血の気が一気に引き、青ざめる。
獣精霊はいた。目の前の惨劇を引き起こせるような手段もこの島にはある――
(これが参加者の仕業だとしたら……!)
剣呑な解答に気付き、急いで瓦礫を調べる。
参加者が破壊を行うのなら、その理由は狩る側にしろ狩られる側にしろひとつだけだ。
戦闘。殺し合い。
「我は生む小さき精霊!」
呪文に従い光が灯る。光量を最大にした鬼火は、瓦礫の影を払い流した。
詳しく検分することでやはり最悪の事態が発覚する――
痕跡から見てこの破壊はごく最近、いやついさっき行われた。
「おう何だ。トレジャーハントか。それとも叔父さんの遺産か?」
急激に上がった光量にやられて墜落しながらも、人精霊は言葉を吐くことを止めない。
少なくとも、見つかった物は宝の類ではなかった。見つけて嬉しいものでは決してない。
瓦礫の下から人の腕と、その中身が流れ出している。むろん、死んでいるのだろう。
「やっぱりか、糞っ垂れ!」
罵声をあげると、オーフェンは駆けだした――ギギナとの待ち合わせ場所である、小屋の方角へ向けて一直線に。
戦闘が発生するには、口火を切る側であるマーダーの存在が必要不可欠だ。
この商店街を廃墟にした戦いで、どちらが勝利したのかは分からない。
だが、少なくともあれほどの力を行使できるマーダーが付近にいる可能性がある。
警戒する理由はそれだけで十分。
このゲームに乗ったマーダーの場合、目的は殺人だ。最後のひとりになるために全員を殺す。
――ならば、放送で大集団のいることが判明しているマンションに向かう確率は高い。
大規模破壊を得意とするのなら、むしろ一網打尽は望むところだろう。
そしてそのすぐ傍には、クリーオウを連れているかも知れないギギナとの待ち合わせ場所がある。
ギギナは優れた戦士だ。だが、無敵ではない。
所詮は推測だ。だが、悪い予感というものはなぜだか的中することが多い。
(不幸不幸の人生だけどよ――そこまでツキに見放されてはねえよな!?)
それは、存外に難しい条件なのかも知れなかった。
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