第549話:最強証明(前編) 作:◆CC0Zm79P5c
 空を舞うシャナの超視覚は、すでに四人を捉えていた。
故に、その変化も見逃さない。
「……二手に分かれた。ひとりがこっちに向かってくる」
「本当? どっちを狙うの?」
「三人の方を。逃げられると厄介だから――っ」
だが判断した途端、狙ったようなタイミングで銃弾が炎の翼を掠めた。
射撃は恐ろしいほど正確。初撃からここまで迫れるとは、並みの腕ではない。
「……訂正、銃を持ってる。背後を突かれると面倒だから、先にひとりの方を――」
シャナはその視界に敵を収める。ならば、そいつは最早逃げられない。
彼女たちは言霊を口にした。自分たちを存続させる言霊を。
「殺す」
「壊す」
翼を翻し、シャナは標的を捉える。
左目に視界を開き、フリウ・ハリスコーは標的を見据える。
最大の終末達は、ちっぽけな標的に迫る――
故に、その変化も見逃さない。
「……二手に分かれた。ひとりがこっちに向かってくる」
「本当? どっちを狙うの?」
「三人の方を。逃げられると厄介だから――っ」
だが判断した途端、狙ったようなタイミングで銃弾が炎の翼を掠めた。
射撃は恐ろしいほど正確。初撃からここまで迫れるとは、並みの腕ではない。
「……訂正、銃を持ってる。背後を突かれると面倒だから、先にひとりの方を――」
シャナはその視界に敵を収める。ならば、そいつは最早逃げられない。
彼女たちは言霊を口にした。自分たちを存続させる言霊を。
「殺す」
「壊す」
翼を翻し、シャナは標的を捉える。
左目に視界を開き、フリウ・ハリスコーは標的を見据える。
最大の終末達は、ちっぽけな標的に迫る――
◇◇◇
 かつて人は闇を恐れた。
見通せない暗闇を。人智の及ばない何かが潜んでいそうな黒色を恐れた。
人は灯りを造った。知識の灯火は、しだいに暗闇を生活の圏内から遠ざけていった。
だが、それでも暗闇は無くならない。闇を忘れても、人は闇を恐れる。
パイフウは暗闇の森を全力で走る。そこに恐怖はない。あるとすれば怖いくらいの歓喜だった。
彼女の足取りに迷いはない。外套を脱ぎ捨てたパイフウの体は軽い。
だがそれ以上に、彼女の体を強く後押ししている物がある。
見通せない暗闇を。人智の及ばない何かが潜んでいそうな黒色を恐れた。
人は灯りを造った。知識の灯火は、しだいに暗闇を生活の圏内から遠ざけていった。
だが、それでも暗闇は無くならない。闇を忘れても、人は闇を恐れる。
パイフウは暗闇の森を全力で走る。そこに恐怖はない。あるとすれば怖いくらいの歓喜だった。
彼女の足取りに迷いはない。外套を脱ぎ捨てたパイフウの体は軽い。
だがそれ以上に、彼女の体を強く後押ししている物がある。
 それはとてもとても古くさく――
それはとてもとても青くさく――
だが世界の何よりも強靭だった。
それはとてもとても青くさく――
だが世界の何よりも強靭だった。
 聞かれれば赤面してしまうほど恥ずかしい。だが、いまはそれがむしろ誇らしい。
今も昔もこれからも、これはきっと最強の武装だ。
その最強を胸中に抱き、パイフウは歓喜を吼える。
(ほのちゃんを助けられる。ほのちゃんの為に戦える)
冷徹を気取り、管理者の犬になることは我慢できた。
だが、嫌悪はあった。いくら押し込められても気に入らないことには変わりない。
いまは、それがない。
(私はいま――臆面もなくほのちゃんの為に戦えている!)
空を見上げる。輝く翼で飛行する物体は目立ったが、的は小さい。
構わずにパイフウはライフルを構えた。彼我の距離は遠いが照準は瞬時。一発だけの射撃。
観測手は居ない。だが弾丸は敵を掠めた。有り得ざる手応えにそれを感じた。感覚がひたすら鋭敏になっている――
(私は最強だ)
パイフウは一点の疑問もなくそれを信じることが出来た。
自分は死ぬ。それはきっとひどく火乃香を悲しませるだろう。
ごめんなさい。ほのちゃん。あなただけにはこの苦しみを背負わせたくなかった。
(私が殺した人達も……きっとそう。悲しんだ人がいた)
静かに、認める。
どうしようもなかったのだ。パイフウは火乃香を守りたかった。
だけどそれは彼女の都合。それを押しつけられ、殺された連中にとって知ったことではない。
(ごめんなさいとは言えない。償うことも出来ない。
これは代償なんでしょうね。悲しみは連鎖する。それが私の所までやってきた)
だから、逃れられない。パイフウはここで死ぬ。
(だから……今一度の、自分勝手を)
パイフウは跳躍した。
太い木の枝に掴まり、逆上がりの要領で一回転。幹に背を預けて、射撃体勢を取る。
――思ったよりも速い。スコープに映った大きな影を、パイフウは睨み付けた。
きっとあれは自分を殺す。
そしてきっと、あれは自分より弱い。
思わず唇の端が吊り上がり、真珠色の犬歯が覗く。
弾倉内に残っていた弾丸を全て撃ち込む。火薬が連続して炸裂する威力に銃が震える。
だが、パイフウはそれを完全にコントロールしきっていた。迫る二人組が回避の為に旋回し、僅かに遠ざかる。
パイフウはすぐにその場から飛び降りた。一秒後、影が再び接近し、樹上に銀の巨人が現れる。
タリスマンのブーストを飛行に使っているので、破壊精霊の力は再び制限されている。
それでも銀の一撃は、パイフウが足場に使っていた大樹を粉微塵に打ち砕いていた。
パイフウは走る。できるだけ火乃香達から遠ざかるように。
背後で銀の巨人が消え、再び影が上空に舞う。
(やはり、あの巨人はある程度近づかないと使えない)
どれだけ離れても使えるのなら、先程の戦闘であんな奇襲をする必要はない。
地上に降りてくれば、闇に乗じての狙撃と奇襲に秀でるパイフウの餌食になる可能性がある。
だから空の利を捨てるつもりは無いのだろう。しかし、ならば一撃でパイフウを仕留めなければならない。
(ならば一撃で殺されなければいい)
その根拠の無い自信は、無限に沸き上がってくる。
疑問の声が聞こえた。落ち着き払った、だがどこか苛立ちを含んでいるようにも聞こえる。
『……君は誰だ。かつてのミズー・ビアンカなのか?』
その質問に、彼女は大笑した。
誰が発した疑問なのかは知らないが、馬鹿げたことを言う。
「愚問」
彼女はパイフウ。ただのパイフウ。
現在、この島にいるどの参加者よりも強い最強者。誰にも冒せない無敵の存在。
『何故奪えない……君は心の証明なのか?』
証明せよ。心の実在を証明せよ。
問うことだけしなかった精霊は、理解できない。
今も昔もこれからも、これはきっと最強の武装だ。
その最強を胸中に抱き、パイフウは歓喜を吼える。
(ほのちゃんを助けられる。ほのちゃんの為に戦える)
冷徹を気取り、管理者の犬になることは我慢できた。
だが、嫌悪はあった。いくら押し込められても気に入らないことには変わりない。
いまは、それがない。
(私はいま――臆面もなくほのちゃんの為に戦えている!)
空を見上げる。輝く翼で飛行する物体は目立ったが、的は小さい。
構わずにパイフウはライフルを構えた。彼我の距離は遠いが照準は瞬時。一発だけの射撃。
観測手は居ない。だが弾丸は敵を掠めた。有り得ざる手応えにそれを感じた。感覚がひたすら鋭敏になっている――
(私は最強だ)
パイフウは一点の疑問もなくそれを信じることが出来た。
自分は死ぬ。それはきっとひどく火乃香を悲しませるだろう。
ごめんなさい。ほのちゃん。あなただけにはこの苦しみを背負わせたくなかった。
(私が殺した人達も……きっとそう。悲しんだ人がいた)
静かに、認める。
どうしようもなかったのだ。パイフウは火乃香を守りたかった。
だけどそれは彼女の都合。それを押しつけられ、殺された連中にとって知ったことではない。
(ごめんなさいとは言えない。償うことも出来ない。
これは代償なんでしょうね。悲しみは連鎖する。それが私の所までやってきた)
だから、逃れられない。パイフウはここで死ぬ。
(だから……今一度の、自分勝手を)
パイフウは跳躍した。
太い木の枝に掴まり、逆上がりの要領で一回転。幹に背を預けて、射撃体勢を取る。
――思ったよりも速い。スコープに映った大きな影を、パイフウは睨み付けた。
きっとあれは自分を殺す。
そしてきっと、あれは自分より弱い。
思わず唇の端が吊り上がり、真珠色の犬歯が覗く。
弾倉内に残っていた弾丸を全て撃ち込む。火薬が連続して炸裂する威力に銃が震える。
だが、パイフウはそれを完全にコントロールしきっていた。迫る二人組が回避の為に旋回し、僅かに遠ざかる。
パイフウはすぐにその場から飛び降りた。一秒後、影が再び接近し、樹上に銀の巨人が現れる。
タリスマンのブーストを飛行に使っているので、破壊精霊の力は再び制限されている。
それでも銀の一撃は、パイフウが足場に使っていた大樹を粉微塵に打ち砕いていた。
パイフウは走る。できるだけ火乃香達から遠ざかるように。
背後で銀の巨人が消え、再び影が上空に舞う。
(やはり、あの巨人はある程度近づかないと使えない)
どれだけ離れても使えるのなら、先程の戦闘であんな奇襲をする必要はない。
地上に降りてくれば、闇に乗じての狙撃と奇襲に秀でるパイフウの餌食になる可能性がある。
だから空の利を捨てるつもりは無いのだろう。しかし、ならば一撃でパイフウを仕留めなければならない。
(ならば一撃で殺されなければいい)
その根拠の無い自信は、無限に沸き上がってくる。
疑問の声が聞こえた。落ち着き払った、だがどこか苛立ちを含んでいるようにも聞こえる。
『……君は誰だ。かつてのミズー・ビアンカなのか?』
その質問に、彼女は大笑した。
誰が発した疑問なのかは知らないが、馬鹿げたことを言う。
「愚問」
彼女はパイフウ。ただのパイフウ。
現在、この島にいるどの参加者よりも強い最強者。誰にも冒せない無敵の存在。
『何故奪えない……君は心の証明なのか?』
証明せよ。心の実在を証明せよ。
問うことだけしなかった精霊は、理解できない。
 ――それはとてもとても古くさく――
 ――それはとてもとても青くさく――
 どこまでも陳腐なそれは、だが世界の何よりも強靭だった。
「私から、心を奪う?」
浮かべるのは優しい笑み。火乃香のことを想うだけで、この笑みはひたすらに尽きない。
それを論理で証明することは出来ない。それでも尽きないと断言できる。尽きないのなら奪えない。
「奪いたければ触れるがいい。だけど、誰も私からは奪えない」
空を見上げる。影は直上から一気に降下。最速の加速を付けて、炎弾と破壊精霊を繰り出してくる。
パイフウは、吼えた。ライフルに新しいカートリッジを叩き込み、初弾を薬室に装填する。
――彼女は取り戻した。完全にとまではいかないが、奪われていた物を取り戻した。
浮かべるのは優しい笑み。火乃香のことを想うだけで、この笑みはひたすらに尽きない。
それを論理で証明することは出来ない。それでも尽きないと断言できる。尽きないのなら奪えない。
「奪いたければ触れるがいい。だけど、誰も私からは奪えない」
空を見上げる。影は直上から一気に降下。最速の加速を付けて、炎弾と破壊精霊を繰り出してくる。
パイフウは、吼えた。ライフルに新しいカートリッジを叩き込み、初弾を薬室に装填する。
――彼女は取り戻した。完全にとまではいかないが、奪われていた物を取り戻した。
「――私は、最強だ!」
◇◇◇
 ――それから数分後。
(……思ったよりも手間取った)
地面に着地して、無感動にシャナは呟いた。
幾度目かの突進の末、解放された破壊精霊ウルトプライドはその豪腕を標的に叩きつけた。
標的が、この世界にいたという痕跡も残さずに消失する。
今の彼女にとって、殺人とは時間の経過という意味でしかない。
だがその無感動の中に、彼女は奇妙な違和感を覚えていた。
(なぜだか、勝った気がしない)
確かに『殺した』。確かに『殺されていない』。自分は負けていない。
こうしてわざわざ地面に降りて確認もしてみた。討ち損じた、という訳でもない。
だというのに、なぜだか――実感が湧かない。
(……まあいいか)
それよりも、自分にはやるべきことがある。
振り返る。そこには精霊を封じ、空虚な眼差しを彷徨わせているフリウの姿があった。
「さあ急ぐわよ――あの三人も、そして他の参加者も」
「うん……全部、壊す」
再びデモン・ブラッドを活性化させ、増幅した翼を具現化。破壊と殺人の申し子は空に舞い――
そして二人同時に眉をひそめた。
「……なに、あれ」
鬱蒼と木が生い茂る森。
先程まで、確かに森だった場所。
その一部分。ある箇所に生えている木々の群れが、次々と切り倒されていた。
(……思ったよりも手間取った)
地面に着地して、無感動にシャナは呟いた。
幾度目かの突進の末、解放された破壊精霊ウルトプライドはその豪腕を標的に叩きつけた。
標的が、この世界にいたという痕跡も残さずに消失する。
今の彼女にとって、殺人とは時間の経過という意味でしかない。
だがその無感動の中に、彼女は奇妙な違和感を覚えていた。
(なぜだか、勝った気がしない)
確かに『殺した』。確かに『殺されていない』。自分は負けていない。
こうしてわざわざ地面に降りて確認もしてみた。討ち損じた、という訳でもない。
だというのに、なぜだか――実感が湧かない。
(……まあいいか)
それよりも、自分にはやるべきことがある。
振り返る。そこには精霊を封じ、空虚な眼差しを彷徨わせているフリウの姿があった。
「さあ急ぐわよ――あの三人も、そして他の参加者も」
「うん……全部、壊す」
再びデモン・ブラッドを活性化させ、増幅した翼を具現化。破壊と殺人の申し子は空に舞い――
そして二人同時に眉をひそめた。
「……なに、あれ」
鬱蒼と木が生い茂る森。
先程まで、確かに森だった場所。
その一部分。ある箇所に生えている木々の群れが、次々と切り倒されていた。
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