曲がり角を曲がった時――きっと少し浮かれて、注意を怠っていたのだと思います。
曲がった途端に私は何かとぶつかり、弾かれて倒れてしまいました。
「痛ったぁ……」
強く尻餅をついたせいでお尻が鈍く痛みます。
「何してやがる。そんなとこで寝てると蹴り飛ばすぞ、嬢ちゃん」
聞こえた声は、とても粗暴で――私はハッとして、ようやく誰かと衝突したのだと理解しました。
見上げた先に居たのは、白髪の男の人。歳はたぶん二十代の半ばあたり。
精悍な顔立ちだけれど、どこか歪な――そう、眼。金色の瞳がまるで獣のようにぎらぎらしてる。
「ご、ごめんなさい……」
乱暴な物言いは少しどうかと思ったけれど、私が飛び出したのが悪いのだし、素直に謝ることにしました。
すると、男の人は何も言わずに手を差し出してきて、私は一言お礼を言ってからその手を掴み、立ち上がらせてもらいました。
「見ない顔だな?」
その手を離さないまま、訝しげに言いました。そして私の腕時計を見て、他の人と同じように表情を変えます。
ただしその変化の質は違いました。――そう見えました、私には。
「ああ……なるほどな。ガルナハンの」
「は、はい」
そこでようやく手を離して、男の人は唇を微妙に歪めました。
皮肉げに、とでも言うのでしょうか。周りを嘲っているようで、あまり好きにはなれない笑みの形。
「で、どうだい?」
「え?」
「我等が本拠地を見学して回った感想は。いいところだろう?」
両手を広げて、芝居がかった仕草で言われたその言葉に、不快なものを感じました。
だって、自慢できるような場所ではないのですから、ここは。
「いいところ、って……」
「うん?」
「そんなわけないじゃないですか。だってここは、テロリストの巣窟なんですよ!?」
言ってから、自分の迂闊さを呪いたくなりました。
だって目の前の人は私がテロリストと呼んだ組織の人間に違いなくて、
そしてテロリストなんて呼ばれる事はきっとここの人達にとっては不快な事なのですから。
――殺されるかもしれない。銃で撃たれるかも。罵倒されて刃物で刺されるかも。
そんな不穏な未来が私の脳裏を過ぎったころ。
「だろうなあ。嬢ちゃんみたいな平凡な一般人にとっちゃ、それはそうだ」
牙のような歯を見せてゲラゲラと豪快に笑った後、
「まあ、俺にとってはなかなかの住み心地ではあるぜ。武器も弾薬も、モビルスーツも。
戦争する相手さえ、ここは提供してくれる。他では得られない、こういう場所だからこその特権だな」
「なっ……」
今度こそ、我慢は出来ませんでした。
だってこの人は、戦争を、殺し合いを、平和を蹂躙する忌むべきものを楽しんでる。
あの黒いサングラスの人も乱暴で、粗暴だったかもしれない。
でも、少なくとも人殺しを楽しむような、そんな道を踏み外した人とは思えなかった……この人は違う!
「あなたって人は!――やっぱりテロリスト、犯罪者です。ラクス様が、みんなが頑張っているのに。
頑張って世界を一つにして、争いの無い世界を、憎しみの連鎖を断ち切った平和な世界を作ろうとしているのに!」
「ふん。憎しみの連鎖を断ち切るとは言うがな――聞くが、憎しみの連鎖が続いて何が悪い?」
「え……?」
いったい何を言っているのか、私には理解できませんでした。
まったく馬鹿げた事を言っている、という感じでした。
本気なのか冗談なのか分からないけれど、それは間違った言い分です。
憎しみなんてこの世から消えてなくなればいい。それは誰でも持っている共通の願いの筈です。
「悪いに決まっています。この世に憎しみなんてものはあってはなりません」
「憎しみも感情の一つだ。人間が持っていて当然のものだ」
「……要らない感情もあります」
「要らないかもしれんが、それは切り捨てられるものじゃない。――連鎖を断ち切る、か。
だったらまずはお前がそれを実践するべきじゃないのか?」
「何を――」
言っているんですか、と口に出そうとして。自分に向けられた銃口を直視してしまいました。
いつ抜き放たれたのかも分からないけれど、でもそれは確かに私の額に向けられた黒光りする凶器。
「今、この銃を向けられているのは他ならぬお前だ。――別にお前の肉親でもいい。
あと少し、この俺が引き鉄に力を篭めるだけで、撃たれた奴の頭の中身はミンチになって後ろから飛び出るぞ。
……問題はその後だがな。例えばお前の親や兄弟、大切な人間が『そう』なったとして。
お前や、お前の肉親は俺に対して恨み言を言ったりはできないし、復讐する事は出来ない。
何せ、憎しみの連鎖を断ち切るんだからな。報復は無しだぜ? こいつはいい、やりたい放題だ」
あざ笑う男の声が癇に障って、――睨みつけようとしましたが、底冷えするような瞳の迫力に気圧されてしまいます。
年季が違いました。人を睨みつける、瞳の奥を覗き込むという事を続けてきた年月が。
誰かの奥底を、心の深淵を、きっとこの人は薄暗いところからずっと見続けてきたんだ。
「そうだ。やりたい放題だ。――憎しみの連鎖を断ち切るだの何だのと言って復讐しないような奴が本当にいるなら、
そいつにはもう血も涙も無いんだろう。俺は涙を忘れてさんざん楽しんで敵を殺してきた人殺しのクズだがね。
だがまだ戦場で流す血は流れてる。血も涙も無い奴は温かみが無いんだよ。肉親が殺されても犯人を許せるような、そんな『クズ以下』だ。
そういう奴はもう人間じゃない。ただの人形だ。それが群れをなして国を作ってる……薄気味が悪くて反吐が出るね」
銃口が下ろされる。ほっとする事さえ出来ないでいると、男は更に言います。
その声と表情、仕草にさえ隠そうともしない侮蔑が滲んでいました。
「人間って奴はそれぞれが自分の容姿や歴史や感情を持ち、存在している。
単体でさえ不安定で、常に迷っている奴が大多数だ。それが腐るほど居るんだぞ、この狭い世界に。
押し込まれた奴等は互いに摩擦しあい、いわゆる負の感情で一杯になるのは当然の事だ。
――だが、それでいい。それが人間だ。憎しみあって傷つけあって、それでもなんとかよろしくやってくのが人間だ。
それができない、影の部分を切り捨てるなんて事が出来るのは、最初からそんなものが無い人形だけだ。
人形が群れても国を作る事などできん。
……ふん、つまりあの国はたちの悪い『まやかし』だって事だ」
「……でも、実際にラクス様のおかげで世界は平和になっています」
ようやく絞り出した声は、少しだけど、自分でも驚くほどかすれていました。
「戦争は無くなったし。死ぬ人も、居ない――ってわけじゃないですけど、減りました。
それも仕方が無い事です。だって平和になるための、」
「仕方が無い? 仕方が無いから殺すのか。それではまるで俺達と同じだな」
「あ……」
「そういうものさ。殺さなければ殺される。殺さなければ理想の一つも実現できない。その通りだ。
だが、お前たちは分かっているようでいて分かっていない。殺すという事は、殺されるって事だ。
死んだ者が後に残した同胞の憎悪と銃弾で貫かれて、殺した奴は殺されなくてはならない。掟だよ。決まっているんだ。
だから、だ。俺達は殺される覚悟を持って殺している。それが戦場での最低限の礼儀だ。まさに憎しみの連鎖だな」
「――そこまでして、何で戦うんですか。あなたは何で戦うんですか?」
「何で? ふん、腐るほど聞いた台詞だね。今は――そうだな、奴等の作る世界が大嫌いだからさ」
「平和な世界です。嫌う必要なんてどこにもっ」
「奴等の世界には俺が居ない」
「……え?」
「奴等の世界は平和なんだろう。住まう人々は手と手を取り合い笑顔に満ち溢れ、愛を語る。
そこには争いなど無く。そこには理不尽な死など無く。なるほど理想的な世界だ。暖かい理想郷だ。
だが奴等の世界には居ない。汚い場所で生まれ育ち、汚い生き方しか出来ない人間は居ない。
戦争のために生き、まともな人生も与えられずに戦争の中に死んでいったガキどもも居ない。
奴等と同じく争いの無い世界を目指して、奴等を敵に回して死んだ男も居ないんだろうな。
曲がった途端に私は何かとぶつかり、弾かれて倒れてしまいました。
「痛ったぁ……」
強く尻餅をついたせいでお尻が鈍く痛みます。
「何してやがる。そんなとこで寝てると蹴り飛ばすぞ、嬢ちゃん」
聞こえた声は、とても粗暴で――私はハッとして、ようやく誰かと衝突したのだと理解しました。
見上げた先に居たのは、白髪の男の人。歳はたぶん二十代の半ばあたり。
精悍な顔立ちだけれど、どこか歪な――そう、眼。金色の瞳がまるで獣のようにぎらぎらしてる。
「ご、ごめんなさい……」
乱暴な物言いは少しどうかと思ったけれど、私が飛び出したのが悪いのだし、素直に謝ることにしました。
すると、男の人は何も言わずに手を差し出してきて、私は一言お礼を言ってからその手を掴み、立ち上がらせてもらいました。
「見ない顔だな?」
その手を離さないまま、訝しげに言いました。そして私の腕時計を見て、他の人と同じように表情を変えます。
ただしその変化の質は違いました。――そう見えました、私には。
「ああ……なるほどな。ガルナハンの」
「は、はい」
そこでようやく手を離して、男の人は唇を微妙に歪めました。
皮肉げに、とでも言うのでしょうか。周りを嘲っているようで、あまり好きにはなれない笑みの形。
「で、どうだい?」
「え?」
「我等が本拠地を見学して回った感想は。いいところだろう?」
両手を広げて、芝居がかった仕草で言われたその言葉に、不快なものを感じました。
だって、自慢できるような場所ではないのですから、ここは。
「いいところ、って……」
「うん?」
「そんなわけないじゃないですか。だってここは、テロリストの巣窟なんですよ!?」
言ってから、自分の迂闊さを呪いたくなりました。
だって目の前の人は私がテロリストと呼んだ組織の人間に違いなくて、
そしてテロリストなんて呼ばれる事はきっとここの人達にとっては不快な事なのですから。
――殺されるかもしれない。銃で撃たれるかも。罵倒されて刃物で刺されるかも。
そんな不穏な未来が私の脳裏を過ぎったころ。
「だろうなあ。嬢ちゃんみたいな平凡な一般人にとっちゃ、それはそうだ」
牙のような歯を見せてゲラゲラと豪快に笑った後、
「まあ、俺にとってはなかなかの住み心地ではあるぜ。武器も弾薬も、モビルスーツも。
戦争する相手さえ、ここは提供してくれる。他では得られない、こういう場所だからこその特権だな」
「なっ……」
今度こそ、我慢は出来ませんでした。
だってこの人は、戦争を、殺し合いを、平和を蹂躙する忌むべきものを楽しんでる。
あの黒いサングラスの人も乱暴で、粗暴だったかもしれない。
でも、少なくとも人殺しを楽しむような、そんな道を踏み外した人とは思えなかった……この人は違う!
「あなたって人は!――やっぱりテロリスト、犯罪者です。ラクス様が、みんなが頑張っているのに。
頑張って世界を一つにして、争いの無い世界を、憎しみの連鎖を断ち切った平和な世界を作ろうとしているのに!」
「ふん。憎しみの連鎖を断ち切るとは言うがな――聞くが、憎しみの連鎖が続いて何が悪い?」
「え……?」
いったい何を言っているのか、私には理解できませんでした。
まったく馬鹿げた事を言っている、という感じでした。
本気なのか冗談なのか分からないけれど、それは間違った言い分です。
憎しみなんてこの世から消えてなくなればいい。それは誰でも持っている共通の願いの筈です。
「悪いに決まっています。この世に憎しみなんてものはあってはなりません」
「憎しみも感情の一つだ。人間が持っていて当然のものだ」
「……要らない感情もあります」
「要らないかもしれんが、それは切り捨てられるものじゃない。――連鎖を断ち切る、か。
だったらまずはお前がそれを実践するべきじゃないのか?」
「何を――」
言っているんですか、と口に出そうとして。自分に向けられた銃口を直視してしまいました。
いつ抜き放たれたのかも分からないけれど、でもそれは確かに私の額に向けられた黒光りする凶器。
「今、この銃を向けられているのは他ならぬお前だ。――別にお前の肉親でもいい。
あと少し、この俺が引き鉄に力を篭めるだけで、撃たれた奴の頭の中身はミンチになって後ろから飛び出るぞ。
……問題はその後だがな。例えばお前の親や兄弟、大切な人間が『そう』なったとして。
お前や、お前の肉親は俺に対して恨み言を言ったりはできないし、復讐する事は出来ない。
何せ、憎しみの連鎖を断ち切るんだからな。報復は無しだぜ? こいつはいい、やりたい放題だ」
あざ笑う男の声が癇に障って、――睨みつけようとしましたが、底冷えするような瞳の迫力に気圧されてしまいます。
年季が違いました。人を睨みつける、瞳の奥を覗き込むという事を続けてきた年月が。
誰かの奥底を、心の深淵を、きっとこの人は薄暗いところからずっと見続けてきたんだ。
「そうだ。やりたい放題だ。――憎しみの連鎖を断ち切るだの何だのと言って復讐しないような奴が本当にいるなら、
そいつにはもう血も涙も無いんだろう。俺は涙を忘れてさんざん楽しんで敵を殺してきた人殺しのクズだがね。
だがまだ戦場で流す血は流れてる。血も涙も無い奴は温かみが無いんだよ。肉親が殺されても犯人を許せるような、そんな『クズ以下』だ。
そういう奴はもう人間じゃない。ただの人形だ。それが群れをなして国を作ってる……薄気味が悪くて反吐が出るね」
銃口が下ろされる。ほっとする事さえ出来ないでいると、男は更に言います。
その声と表情、仕草にさえ隠そうともしない侮蔑が滲んでいました。
「人間って奴はそれぞれが自分の容姿や歴史や感情を持ち、存在している。
単体でさえ不安定で、常に迷っている奴が大多数だ。それが腐るほど居るんだぞ、この狭い世界に。
押し込まれた奴等は互いに摩擦しあい、いわゆる負の感情で一杯になるのは当然の事だ。
――だが、それでいい。それが人間だ。憎しみあって傷つけあって、それでもなんとかよろしくやってくのが人間だ。
それができない、影の部分を切り捨てるなんて事が出来るのは、最初からそんなものが無い人形だけだ。
人形が群れても国を作る事などできん。
……ふん、つまりあの国はたちの悪い『まやかし』だって事だ」
「……でも、実際にラクス様のおかげで世界は平和になっています」
ようやく絞り出した声は、少しだけど、自分でも驚くほどかすれていました。
「戦争は無くなったし。死ぬ人も、居ない――ってわけじゃないですけど、減りました。
それも仕方が無い事です。だって平和になるための、」
「仕方が無い? 仕方が無いから殺すのか。それではまるで俺達と同じだな」
「あ……」
「そういうものさ。殺さなければ殺される。殺さなければ理想の一つも実現できない。その通りだ。
だが、お前たちは分かっているようでいて分かっていない。殺すという事は、殺されるって事だ。
死んだ者が後に残した同胞の憎悪と銃弾で貫かれて、殺した奴は殺されなくてはならない。掟だよ。決まっているんだ。
だから、だ。俺達は殺される覚悟を持って殺している。それが戦場での最低限の礼儀だ。まさに憎しみの連鎖だな」
「――そこまでして、何で戦うんですか。あなたは何で戦うんですか?」
「何で? ふん、腐るほど聞いた台詞だね。今は――そうだな、奴等の作る世界が大嫌いだからさ」
「平和な世界です。嫌う必要なんてどこにもっ」
「奴等の世界には俺が居ない」
「……え?」
「奴等の世界は平和なんだろう。住まう人々は手と手を取り合い笑顔に満ち溢れ、愛を語る。
そこには争いなど無く。そこには理不尽な死など無く。なるほど理想的な世界だ。暖かい理想郷だ。
だが奴等の世界には居ない。汚い場所で生まれ育ち、汚い生き方しか出来ない人間は居ない。
戦争のために生き、まともな人生も与えられずに戦争の中に死んでいったガキどもも居ない。
奴等と同じく争いの無い世界を目指して、奴等を敵に回して死んだ男も居ないんだろうな。
肉親すべてを焼かれてばら肉にされて、復讐に狂った男も居ない。つまらんな、つまらんよ。
奴等の世界は奴等と同じものしか認めない。つまらん世界だ。面白味が無い。そんな世界はこちらから願い下げというものだ。
なにより――その世界は平和以外を認めないんだろう? ならば俺が居ないじゃないか。この平和が大嫌いなこの俺が」
もう話すことさえ出来るとは思えませんでした。
この人とは何かが違う。住んでいる世界とか、考え方とか、そんなものじゃなくて、根本的な何かが。
恐怖を感じました。私の中にある、常識のようなものを崩されてしまうような、そんな恐怖が。
気づけば駆け出していた私を、男の人は止めようとはしませんでした。――背中越しに声がかかります。
「おい、嬢ちゃん」
「……何ですか」
私は振り返らずに応じました。
「ここに残るか? なあに上の方には言っておいてやる。美味い飯とモビルスーツをくれてやるぞ」
「けっこうです!」
「そいつは残念だな。こんなご時世だ、また会おうとは言えんが――まあ、
せいぜいまともに生きてまともに死にな、嬢ちゃん。あばよ」
その台詞を聞き終わる前に、私は早くこの場から逃げ出したいと駆け出していました。
あんな男の言葉のせいで私の心が、価値観が、世界が崩されようとしている気がして、怖かった。
信じていたものを否定される、この嫌な感じ。あの男が、名前も知らないあの男の言葉が、たまらなく怖かった。
レイさんは何も言いませんでした。後から考えてみると、何も言わないでくれていたのかもしれません。
なにより――その世界は平和以外を認めないんだろう? ならば俺が居ないじゃないか。この平和が大嫌いなこの俺が」
もう話すことさえ出来るとは思えませんでした。
この人とは何かが違う。住んでいる世界とか、考え方とか、そんなものじゃなくて、根本的な何かが。
恐怖を感じました。私の中にある、常識のようなものを崩されてしまうような、そんな恐怖が。
気づけば駆け出していた私を、男の人は止めようとはしませんでした。――背中越しに声がかかります。
「おい、嬢ちゃん」
「……何ですか」
私は振り返らずに応じました。
「ここに残るか? なあに上の方には言っておいてやる。美味い飯とモビルスーツをくれてやるぞ」
「けっこうです!」
「そいつは残念だな。こんなご時世だ、また会おうとは言えんが――まあ、
せいぜいまともに生きてまともに死にな、嬢ちゃん。あばよ」
その台詞を聞き終わる前に、私は早くこの場から逃げ出したいと駆け出していました。
あんな男の言葉のせいで私の心が、価値観が、世界が崩されようとしている気がして、怖かった。
信じていたものを否定される、この嫌な感じ。あの男が、名前も知らないあの男の言葉が、たまらなく怖かった。
レイさんは何も言いませんでした。後から考えてみると、何も言わないでくれていたのかもしれません。