「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第13話「狂戦士の明日」Aパート

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空は、何処でも色は変わらない。雲や、外気によって姿を変えるだけだ。今、白雲が眼前に展開されている光景の中をゼクゥドゥヴァーの飛行形態が切り裂いていく。

「後、数分で会敵か……」

ドーベルマンは一人で戦わねばならない。
分散出来る戦力は無いのだ。
……敵が三機では、出来て時間稼ぎ程度だろうと苦々しく思う。
しかし――やらねばならない。

「……出来る事をする。それが“軍人”だ!」

己を激する様に咆哮する。
治安警察に属しているがそれでも軍属の端くれだ、ドーベルはそう回想する。
旧地球連合軍にいたあの時から、今までがそうであったように。
立場は違えど、軍人魂まで捨てた覚えは無い。
部下を死なせたままおめおめ離任できようか。
それを受け入れる事は自らの誇りを捨てるに等しいのだ。

ゼクゥドゥヴァーの軌道を変え、白雲の中に機体を隠す。
どうせ、相手のレーダーには捕捉されている筈だ。
しかし、レーダーと目視を行う事で戦闘はようやく成り立つ。ならば、隠れるのは立派な戦術である。

(機動性では、こちらに勝利出来る要因は無い。……通常ならば、な!)

ドーベルマンはほくそ笑む。
それは“まだ出来る事がある”軍人の姿であった。


『前方にモビルスーツ反応。……いえ、スピードからモビルアーマーだと判断出来ますわ。識別信号に反応はないですわね』

エゼキエル一号機からの通信。
のんびりしては居るが、内容は明瞭だ。

「こんな場所に友軍機が居る訳も無いわね。アンノウンを仮想敵と判断します。スラスター同期、解消して。……やるわよ、リュシー!」

シホは直ぐに判断を決める。
引くか、攻めるか――それを決めるのは指揮官であり、責を負うのも指揮官だ。
そういう点でシホは紛れも無く“指揮官”としての素質を備えていた。

『後方の二号機は五分程度で現着。……終わりますわね、来る前に』
「良い報告をしたいものね。脚部ロック解除。上部索敵は私、下はお願いね」

ロックを解除する事で、エゼキエルのスピードは明らかにダウンする。
が、そのままで戦闘など出来る訳も無い――重しにしかならないモビルスーツなど、不要でしかないからだ。
果たして、予想会敵ポイントには直ぐに到着し……反応!

『三時方向、来ますわ!』

モビルスーツを乗っけている戦闘機に下面からの攻勢――理に適った戦法である。

「離脱するわ! リュシーは回避専念、私が行く!」

言うが早いかシグナスを飛び降りさせるシホ。
少ししか空中軌道の出来ないシグナスは不利である――が、囮としてなら十二分に動ける。
そして、荷物が無くなればエゼキエルは自由に動ける――そうなれば、シホは反転して戻ってきたリュシーを支援すれば良いのだ。

自由落下を開始すると、直ぐに敵影が見える。
……見慣れない機影だが、敵には間違い無い。

「落ちなさい!」

シホのシグナスのライフルから一撃が放たれる。
しかし敵――青いモビルアーマー、セクゥドゥヴァーは、やすやすとそれを避けた。
逆に背面に背負った連装ビームキャノン”トライデント”が火を噴く。

「くっ!」

脚部スラスターを吹かして回避。
敵の機動を封じるために再度、射撃する。
だがそれも軽く避けられた。
有利な位置を取るべく、お互いにビームを牽制射しての応酬が続く。
空中戦に於いて、大事な事は“位置取り”だ。
地上戦でも宇宙戦でも大事な事であるが、重力のある空中は宇宙戦とはまた違う三次元戦闘を行わねばならない。
しかし地に足が向く感覚――落ちる感覚は、宇宙戦では有り得ないものである。
要するに宇宙戦に慣れているシホ達にとって空中戦は違和感のあるものなのだ。

「甘いな!モビルスーツ!」

ドーベルが吠える。
ゼクゥドゥヴァーはシグナスの射撃をかいくぐりながら、足下にもぐりこむ。
そこは自由落下をしているモビルスーツにとっての弱点。
そしてそれを知っているドーベルは確かに”熟練”なのだ。

「っ……!」

やすやすと足下を取られる――同時にそれはシホがまだ地球上の空中戦に不慣れな証拠でもあった。

(重力が重い…!?まだ、宇宙の癖が抜けてないの!?)

重力下の空中において、モビルスーツには死角が存在する。
下――足下方向がそれだ。
空中戦に置いてはスラスターを常に使って重力に逆らわねばならない以上、常にスラスターを向ける下方向は死角といって良い。
自身のスラスター光が邪魔になってしまうのだ。

(でも、あのスピードで移動してるなら、旋回半径を多めに取らなければならない……嘘!?)

そんなシホの判断は、甘かった――というより、相手の動きシホの予想を超えていた。
確かにゼクゥドゥヴァーはモビルアーマー形態において運動性に劣る。
……そう、モビルアーマー形態なら。
多少の自由落下は覚悟の上でゼクゥ形態に変形してしまえば、強引に軌道方向を変えられる。
ドーベルは自機の変形機構をフル活用して――空中でモビルアーマー形態からモビルスーツ形態への変形、そしてその逆――を繰り返し、AMBAC機動によって信じがたい高機動を実現していたのだ。
そして再びモビルアーマー形態に変形して――連装型偏向ビームキャノンがシホを狙う!

「……そう易々とっ!」

シホは足を振り回して脚部スラスターを全開。
強引に機体の向きを変える。
Gで体が悲鳴を上げるが、構っている暇は無い。

バチィッ!

シホ機の両肩に装備されたアクティブ・アンチビームバインダーがゼクゥドゥヴァーのビームを防ぐ!
だが――ゼクゥドゥヴァーはそのまま間合いを詰めてきている!

「沈め!!」
「……好き勝手してっ!」

迎撃が間に合わない――そう察したシホは、何と持っていたビーム突撃銃をゼクゥドゥヴァーに向かって放り投げた。
相手もスピードが出ているから、ちょっとした質量兵器である。

「何!?」

ゼクゥドゥヴァーは避けきれず、前足でそれを弾く。
だが、それで突進のスピードは緩めざるを得ない。
そして――シホもシグナスを突っ込ませる!

「っあああああ!!」

シホは気合一閃、腰部に装備した対鑑刀をまるで居合い抜きの要領で片手で振り抜かせ――シグナスの対鑑刀とゼクゥドゥヴァーのビームブレイドが激しく打ち合う!
無理矢理な片手での抜刀だったから、さすがの対鑑刀でも弾くのが精一杯だ。

「おのれ!」

ドーベルは歯噛みする。
そして弾かれた勢いを殺さぬままゼクゥドゥヴァーは素早く変形し、シホ機と距離を取った。
あまりの潔さにシホは怪訝に思ったが、直ぐに納得した。
エゼキエル一号機、リュシー機が反転して追いすがってきたからだ。
このまま三対一では不利だと判断したのだろう。
一旦引いたゼクゥドゥヴァーの後を、リュシー機は追い掛けていく。

「ユーコ、乗せてちょうだい!あの青いモビルアーマーを追うわ!」
『了解!』

エゼキエル二号機、ユーコ機の背面にシグナスが乗る。
ユーコ機の背に脚部をロックするとシホも慌てて後を追った。
あの青いモビルアーマー、ゼクゥドゥヴァーは油断出来ない。
そう理解させられたからだ。


油断のならない相手――眼前の相手は、正にそういう者だった。
恐らくは、今まで出会ってきた“敵”の中で、飛びっきりの。

「……“化け物”め……!」

ヒルダが呻く。それは、文字通りの存在――そんな言葉が言い表す意味を余すこと無く表現しうる者。
理解出来ない、想像の付かない――紛れもない“化け物”。

今も、奴は己の実力を惜しみなく晒け出している。
……というより、どんどん本性を表している様でもある。
シールド――身を翻し、避け――そして、対鑑刀で切り裂く。
それは、順番は違えど、先程から全く普通に行われている事だ。
以前、奴は<トライ・シフト>の中で懸命に命を繋いでいたが、今とは全く違う。
あの時はモビルスーツを通しても、必死な有様が良く解った。
なのに、今は――余裕すら感じる。

(奴は、我々を嘲笑っている……!)

そう、思わされる。それは、ヒルダだけが思う事では無い。

『あ、姉御!』
『何なんだ、奴は!?』

マーズとヘルベルトの悲鳴、そう言って良いだろう。
彼等とて歴戦の強者――なまじの事で驚く事は無い。
……だが、この場合はヒルダも不思議とは思えない。
既に、なまじの事では無いのだ。
出来るだろうか――何処から飛来してくるか解らない弾丸を、薄っぺらい剣で撃ち落とす等という離れ業が。
ましてやそんな離れ業を、何度も――。
普通の神経をしているのなら、防御する手段にそんな離れ業を使わない。
より安全性の高い方法を選定し、そちらを優先させる。
それは“戦士”であれば誰もが選択する道筋であり、離れ業に拘わるあまりに危険を呼び込むのは馬鹿のすることだ。
己の命と己の技術、天秤に掛ける様なものでは無い。
出来る限り両立させるのが、人と云うものだ。それなのに……

(己の技術に絶対の自信があるというのか……それとも、己の命など、何とも思わないタイプの戦士だというのか!?)

どちらにせよ、奴は己の命を危機に晒す事に何の躊躇も無い。それで居て自棄という訳でも無い――この様な相手は、今までヒルダ達が出会った敵の中には居なかった。
それでも、ヒルダ達とて引く道は無い。
築き上げたプライドが、彼等を信じて託したドーベルマンへの思いが、退路を全て遮断してしまった。
何より――虚仮にされて、黙っている訳にはいかない。

「怯むな! ――奴は防御するしか出来ん! いつかは力尽きる!」

確かに先程は<トライ・シフト>は破られた。
だが、同じ破り方はさせない自信はある。
確かにダストの見せる凄まじい技量は瞠目に値するが、それだけでは<トライ・シフト>は破れない。
実際は先程と状況は変わらない――そう自らも鼓舞し、ヒルダはマーズとヘルベルトに檄を飛ばす。

『お、おう!』
『くたばれ、この野郎!』

怒声とも悲鳴とも取れる絶叫と共に、再びドム=クルセイダー達はギガランチャーを連べ打ちにする。
ダストはそれらを避けたり、シールドで弾いたり、対鑑刀で切り裂いたりしていたが――ダストは彼等を嘲笑うかの様に、更なる神技を繰り出す。

ギガランチャーから放たれる光の矢。
何発目かのそれをシールドで弾く所までは同じだ。
だが、その弾かれた軌道の先に――ドム=クルセイダーが居た。
『何ィッ!?』

狙われたマーズは、反応が遅れた――防御も間に合わなかった。
機体に直撃しなかったのは、僥倖と云えるだろう。
だが、ギガランチャーの破壊力はやはり凄まじいものだった。掠めただけとはいえ、マーズ機のギガランチャーはどろりと砲身が溶かされ、半壊させられた。
……つくづく、「直撃していたら……」と思わせられる破壊力だ。だが、このことはヒルダ達を戦慄させるには十分過ぎる内容だった。

(『防御しか出来ない』だと? 良く言えたもんだ、奴は決して“攻撃”を諦めて居る訳じゃ無い。今更、まぐれや偶然だとは到底思えない――『この状況が続くのなら、この方法でもお前達を倒す事が出来るぞ』――そう、嘲笑ってやがるんだ……)

ここに至って、ヒルダ達は悟らねばならなかった。
現状の<トライ・シフト>では“敵”、ダストは倒せない。――これだけでは倒せないと思わざるを得ない。

だが――

(<トライ・シフト>はまだ終わってない。アンタの様な奴を相手にする為に、色々考えちゃ居るんだよ。……アンタが死ぬか、アタシ等が死ぬか! こっからが意地の張り所って奴だろう!)

戦慄を振り払い、ヒルダ達は動き出す。
もはや彼等にも解っていた――この敵相手に命を惜しんでいては勝てはしない。
相手は銃弾の前に身を晒すのに何ら躊躇いの無い相手――同じ土俵に立たなければ、そもそも勝負にすらならない。

「マーズ、ヘルベルト! ……<トライ・シフト デッド・エンド>行くよ!」
『……了解! 目にもの見せてやろうぜ!』
『こうなりゃ、刺し違えてやるぜ!』

ヒルダ達は動き出す。
――終局へ向かって。


《――シン、ダスト活動臨界まで後15分足らず。……早く勝負を決めろ》

静かなコクピットに、電子音声だけが響き渡る。
それは、ある種異様な光景であった。
戦闘中であれば、パイロットは平静で居る方が難しい。
呼吸が乱れたりするのは毎度の事だし、気分を落ち着かせる為に貧乏揺すりをするパイロットは珍しくも無い。
だが――ダストのコクピットは、異様に静かなのだ。
シンは、落ち着いていた――というよりあらゆる感情が麻痺しているようにも見えた。
……いや、ただ一つの感情、それだけが表情から読み取れる。
――『歓喜』、そう言えば良いのか。
口の端を歪める様に、それだけが現れている。
怒っている様でもあり、自らを嘲笑っている様でもあり――何より“戦うのが愉しくて仕方が無い”と云う様な。

「……ああ、解ってる……」

 シンの口がぱかりと開いて、言葉を紡ぐ。
それは抑揚も何も無い――意味だけを伝える為に押し出された言葉。
モニタにはダスト各部に異常が発生している事が伝えられている。
それはそうだろう、あれだけピーキーな事ばかりしていて機体が持つはずが無いのだ。
……だが、シンはそれを一瞥しただけでそれ以上の興味を示さなかった。
解るのだ――そんなもの見なくとも。
自分の想像通り機体が動かせ、そこまでは持つであろうと云う事も。
まるで、自分の体であるかの様に。

《連中が武器を持ち替えた。――勝負に来る、という事だ》

レイが静かに言う。
レイはこの状況のシンを邪魔する気は毛頭無い。
今までの付き合いから察していたのだ――この状況が、このパイロット最良の状態であるという事が。
シンは、ダストに対鑑刀を構え直させる。
正眼に構えられた巨大な剣が、全てを切り裂き、終わらせる為に牙を研ぐ。
この戦いを終わらせる為に……。


「――行くよ!」

ヒルダの号令で、三機が動き出す。
それは、彼等ドム=クルセイダーの絶対のルール。
相手が何であれ、ヒルダの号令であれば彼等に恐れる要素は無い。命令をこなすだけだ――そうすれば勝利出来ると、マーズもヘルベルトも知っているのだ。

<トライ・シフト デッド・エンド>――それは“試しの戦陣”の最終形態。
“刺し違える”事に最大の焦点を置いた、味方の被害も構わず相手に攻撃を加える戦陣。
何が何でも勝たなければならない――その為の戦陣である。
この場合、まず死ぬのはマーズとヘルベルトだ――だが、彼等は寧ろ率先してその任に付く。
ヒルダを先に逝かせるわけにはいかない、それはこの二人の共通の意識であったからだ。
恋愛だとか、憧憬だとか――そういうものでは無い、もっと強固な人と人との結び付き。
そうしたものがマーズとヘルベルトに“死の恐怖”を忘れさせてくれる。
方針としては簡素なものだ――マーズとヘルベルトが同時に襲いかかり、何としてでも相手の動きを止め、ヒルダの砲撃で全てを終わらせる。
……たった、それだけの事だ。
だが、止める方法は“一命を賭けてでも”――だから一撃離脱、という訳にはいかない。
要するに最初の攻撃が最後の攻撃なのだ。
徹底して相手を削ぎ落とす事に終始した<トライ・シフト>と較べると随分と破れかぶれの戦陣ではある。
だが、今までの<トライ・シフト>に慣れていた者程その違いに戸惑い、切り裂かれる。
それは、そういう事まで考慮しての戦陣なのだ。

『……お先に!』

――マーズの言葉に震えはあるが、後悔は無い。

『姉御、お達者で!』

――ヘルベルトはもっと震えていたが、動きに遅滞は無い。
ヒルダは何も答えない。
言うべき事は今までに言ってきたと思うし、一言二言で今の思いを伝える事も出来はしないと思うからだ。
ただ、無言でドム=クルセイダーの持つギガランチャーに目をやる。……ヒルダの持つそれが、全てを決する武器なのだ。マーズとヘルベルトが一命を賭けてダストを抑えたのなら、それごと全てを撃ち抜く。
……それで、全てが終わる。
マーズ機とヘルベルト機がダストに向かっていく。
――運命を決する為に。


「俺は上、お前は下からだ!」

マーズはヘルベルトにそう伝える。
――それだけで解る。

『了解!』

直ぐに返事が返ってくる。
マーズとて、これ程気の合う相方も居ないだろう。
それだけに悲しくも、嬉しくもある。
――もう、こんな部隊は無いだろうと思えるから。

モニタには、ダストが居る。
もはや魔物としか思えない戦闘力を有するモビルスーツが。
……だが、必ず倒してやる。
そういう意気込みはマーズにある。

(お前が何者だろうと……俺達は負けはしない!)

一人だったら、負けていただろうと思う。
二人であっても――だが、三人であったから、これ程の自信が生まれたのだとは思う。
確かに自分は死ぬと思う……だが、勝てるという自信があるから、一命を投げ打つ価値もあると思えるのだ。
マーズ機は、左腕に装備したドリルランス。
ヘルベルト機は右腕に装備したビームハチェット――それが彼等の選定した武器。
マーズは機体を跳躍させ、ヘルベルトは身を沈める様に。
それらで一斉に打ちかかり、更に組み付いて動きを止め、ヒルダの砲撃を待つ――それがマーズの、ヘルベルトの選んだ運命。

 「ウオオオオオッ!」
 『死ねぇぇぇっっっ!』

 マーズが、ヘルベルトが――吠える!


その瞬間、白煙が上がった。
ダストが腰から何かを外し、地面に打ち付けた様に見えた。

(対モビルスーツ用スモークディスチャージャー!? 今更かっ!)

既に相手の位置は把握している――今更、身を隠しても一撃は加える自信がある。
だが、次の瞬間マーズは慌てた。
スモークが一瞬で爆発的にドム=クルセイダーのモニタを覆ったのだ。

(馬鹿な!? こんな一瞬でスモークが展開するはずが……!)

スモークの展開速度は確かに速い。だが、こんな一瞬でここまで爆発的に拡散する事は無い。
それは、知っていれば知っている程気が付く事実だ。
……そこに、僅かな隙が出来ていた。
マーズが慌てたのは、ほんの一瞬。
コンマ100秒にも満たない時間。
たったそれだけだ。
だが――目の前の“化け物”にはそれだけで十分過ぎた。
次の瞬間、マーズは今度こそ戦慄した――ダストが、己の背中に組み付いてきたのだ!

「……なっ……!?」

マーズは衝撃に襲われる。
マーズ機に組み付いたままダストはスラスターを全開、一気に飛んでいく!
ダストは一瞬で急旋回を行い、そしてマーズは。

「ええい、放せっ!」

ようやくドムのスラスターを全開にすればダストを吹き飛ばせる事に思い至り、出力を跳ね上げてスラスターペダルを踏み込む。
思い通り、ダストは為す術無く振り解かれる――そして、スラスター最大出力の余波でドム=クルセイダーは直進し――その時、マーズはダストの狙いを悟った。
未だ残る煙幕が、その存在を見えなくさせていたのだ――ヘルベルト機がマーズ機の前方に居たという事実を。

「ウワ……アアアッ!」

悲鳴を上げるしかなかった。
勢いの付いたマーズ機は正に弾丸の様にヘルベルト機に激突する。
ヘルベルトは煙幕でダストをロストし、慌てていた所に空からドム=クルセイダーが突撃してきたのだ。
……完全に予想外の事態に、ヘルベルトも対処など出来なかった。

ゴガァッ!

マーズ機とヘルベルト機が激突した。
ボディが思い切り凹み、持っていた武器が弾け飛ぶ。
衝撃でコクピット席は激震、両機は折り重なる様に倒れた。――意識を失わなかったのは、僥倖と言えるだろう。だが……。

「う……む……」

頭を振り、何とか意識を取り戻そうとするマーズ。

『お、おい早く退け! でないと……!』

ヘルベルトが喚いているのが聞こえる。
モニタ類を直ぐに確認したのは歴戦の賜物であったろう――そして、そこに映った事実にマーズは愕然とした。
天空より対鑑刀を携え、一筋の矢の様に突き進んでくるダストの映像に!
避けられない、とか思う暇も無かった。
対鑑刀は折り重なる様に倒れていたドム=クルセイダー両機を一瞬で貫いた。
マーズの目にはダストが一瞬映っただけだ――次の瞬間にはコクピットごとマーズは弾け飛んだ。
ヘルベルト機は何とかコクピット部こそ外れていたが。

『クソ……クッソオオオ!』

マーズ機とヘルベルト機は折り重なる様に、対鑑刀で串刺しにされたのだ。ヘルベルト機が動ける訳が無い。
ちろちろと、炎が生まれる。
推進剤や爆発物に引火したのだとヘルベルトは考えた。
核融合エンジンは緊急閉鎖されるから、大丈夫だろうとも。
だが、そこまでだった。
炎はあっという間に広がり、ヘルベルト機のコクピットは蒸し焼きになる。
救いなど無い――それだけが解って、ヘルベルトは絶叫し続けた。


――遠くで、ヘルベルトの絶叫が聞こえる。

(……一体、何だと云うのさ……)

 余りの事に――余りの事にヒルダは動揺を禁じ得ない。
手にしたギガランチャーは最後まで目的を達することなく、空しくドム=クルセイダーの手から滑り落ちた。
一部始終を横から見ていたヒルダは、ダストが何をしでかしたのか解っていた――それでも、その事実を信じる事が到底出来なかった。

(奴は……自ら生み出したスモークを使って……)

ダストがした事――それは次の様なものだ。
まず、ダストは腰からスモークディスチャージャーを外し、放る。
そしてスモークがある程度展開された所で、装甲剥離を行ったのだ。
ほんの少し残っていたダストの増加装甲――それを外した時に発生する爆風を使って、一気にスモークを展開させる。
その勢いに、ほんの一瞬でも良い、注意がそれれば良かったのだ。
そして、ダストはスレイヤーウィップを展開する。
目標は、ほんの少し跳躍していたマーズ機の脚部。
それによりマーズ機の位置をしっかりと把握し、そして以前もやった地面スレスレの背面飛行でマーズ機の脚部の下を駆け抜ける。
そこからスレイヤーウィップを巻き取り、マーズ機の背後に出現したのだ。
後は、見ての通り――マーズ機とヘルベルト機を激突させ、二機を同時に屠って見せたのだ。
それらの事は、一応ヒルダは理解していた。
理解はしても――到底納得出来るものでは無いが。

(こんな事、可能だっていうのかい!? ……こんな所行が、人に出来るっていうのかい!?)

出来る訳が無い――そう思う。
奴は、<トライ・シフト デッド・エンド>の事など知らなかった筈だ。
決まれば一瞬で終わる――そういう戦陣であったから、ダスト側に対策が立てられる筈も無い。
……だが、実際はどうだ。対策どころでは無い、それを利用され、あまつさえ逆に迎撃されてしまった。
それは、ダスト側が戦陣の対策を知っていなければ成り立たない事である。
……そうとしか思えない。
だが――

(……違う。奴は、あの瞬間悟ったんだ――この戦陣の突破口を。マーズとヘルベルトが打ち掛かった瞬間、奴はアタシ達を倒す手段をその瞬間に決めた。……そう、出来る相手……。それが……アタシ達の相手……)

ヒルダの背中に、冷たいものが奔る。
もはやそれは、戦慄などという生易しいものでは無かった。
――おおよそ、この世の者を相手にしている気すら起こらない、絶対の恐怖。
皮膚が泡立ち、鼓動が早鐘の様に警鐘を鳴らす。
奴から逃げろと、ヒルダの本能が騒ぎ立てる。

 『ウアア……ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!』

体が少しずつ燃えさかる恐怖と激痛――ヘルベルトの断末魔と共に、対鑑刀に突き刺されたドム=クルセイダーが爆発、炎上する。
その篝火を背に、ダストがこちらを見据えるのが解る。
揺らめく炎を背に、正しく地獄からの使いの様に。

それはモビルスーツでも何でもない――紛れもない“化け物”の姿だった。

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