「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第12話「トライ・シフト」Bパート

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包囲された――そう思った瞬間、シンは動いていた。
それは、戦士としての本能がそうさせたのか。

(……抜けるっ!)

包囲陣の突破は至難の業だ。
正面、側面だけでは無い――背面にも注意を配らなければならない。
それは、シンとても経験の有る事だが――正直、『二度と遣りたくない』と思わせられる程厳しく辛い事である。
……とは云え、愚痴っても始まらない。
包囲を突破しなければ、シンは何も出来ぬまま終わってしまう。
ダストとドム=クルセイダー達の距離は“ダストが瞬発して到達できる距離”より少し遠い。
格闘戦に挑めない距離を保っていた。
無論、相手側も攻撃オプションは射撃のみ。
……しかしアドバンテージはどう考えてもドム側にあった。
三対一で包囲され、常に三方向から撃たれ続けるのだ。
……ならば、どうするか。

《敵の包囲網を崩して抜けるしかあるまい》

ぽつりと、レイがつぶやく。
それは、その通りの事だ。

「言われなくたって!」

ドム=クルセイダーの包囲網は正三角形状のため、そのまま抜けるには、どうしても二機の間を摺り抜けなければならないのだ。
そしてそれはギガランチャーの的になる事を意味している。
ダストの薄い装甲では即爆散するだろう。
進むも死、引くも死――だとしても死なない為の努力を怠る気は、シンには無い。

「食らえっ!!」

ダストの両手に装備させたバズーカとビームライフルを、左右に展開したドム=クルセイダーに同時に撃ち込んだ。
命中させるのが狙いでは無い。
二機の足を止めさせてフォーメーションを乱し、その間に突破する――その為のものだ。
だがそんなシンの狙いは、またも赤い光によって弾かれる。

「――スクリーミングニンバスか!」
《あの兵装は極めて自然に防御を行える――隙を作らせるに、威力が足らん》

『どっちの味方だお前は!』と叫びたくなる思いを堪え、シンは諦めずにダストを駆り立てる。
ほんの少しで良い、奇跡を――。
そんなシンを仕留めんと、後方からドム=クルセイダーの一機がギガランチャーを放つ。

「ちっ!!」

左腕のシールドを振り抜く様に動かして、後ろからのギガランチャーを防がせる。
しかしまともに受けてはシールドが持たない。
機体をコントロールして上手くビームを受け流すが、超高熱の余波がダストの足を止める。

「……くぉのっ!」

シンはフットペダルを蹴飛ばし、ダストを無理矢理方向転換した。
その瞬間、更に二乗の閃光がダストがつい先程まで存在していた空間に突き刺さる。
見なくても解る――。
さっきスクリーミングニンバスでダストの攻撃を防いだ二機のドムが追撃を掛けてきたのだ。
やむなくシンはダストを後退させる。
ドムクルセイダー達はそれ以上追撃を掛けてこない。
敢えてシンに見せつけるかの様に、再び正三角形の布陣を作りダストを囲む。

「嬲る気か……!」

シンは理解していた。
ドム=クルセイダー達は派手な決着など望んではいない。
博打性の高い、白兵戦など仕掛けはしない――。
包囲を完璧に遂行し、そしてじわじわと射撃によってこちらを確実に仕留めに来ている。
それは今までギリギリの戦いを持ち前の瞬発力で打ち砕いてきたダストにとって、ある意味最もやりにくい戦法。
この戦法ならば、例えシンが一機の敵に対して白兵戦を挑んだとしても、その瞬間背後からギガランチャーが撃ち込まれる。
まして、相手側はスクリーミングニンバスだけでなくソリドゥス=フルゴール、あげくにダストを遙かに上回る重装甲――。
圧倒的な機体性能差を考えれば多少の被弾覚悟でも、ダスト程度なら造作も無く屠れるだろう。

更に正三角形の包囲網にシンは精神は磨耗していく一方だ。
シンはダストを止める事が出来ない。
もし一瞬でも動きを止めれば、情け容赦の無い集中砲火が待っているだろう。
三方向に点在する敵を同時に視界に捉える事はほぼ不可能な上、注意力を全方位に向けるのも非常に難しい。
一方、三方に散ったドム=クルセイダーはダストとの距離を一定に保ったまま攻撃を続ける。
一機が足止めされても残りの二機がフォローには入る。
ダストが接近を図ろうにも、ドムその分だけ下がり等距離を保持し続けるので、何時まで経っても包囲陣は突破出来ない。

またもダストの背後からギガランチャーが撃ち込まれる。
シンはそれを何とか回避するが――すでにシンも理解せざるを得なかった――段々と追い込まれつつあるという事に。


何処までも続いていく雪原を切り裂く様に、彼方から一機のモビルスーツが疾駆する。
ゼクゥドゥヴァーという名のドーベルマンの愛機だ。
そのコクピットでドーベルマンは物思いに耽っていた。

(どちらに転んでも、俺にはもう……)

負ければ、その先には『死』というものが待つだけ。
よしんば勝ったとしても――もう、今までの様な地位には戻れないだろう。
ゲルハルト=ライヒの性格は誰よりも良く知っている――裏切り者は、決して許さない事も。
どちらにしても“今までの”ドーベルマンは死ぬ、という事だ。
それは有る意味今のドーベルマンにとっては気楽な事であり、投げやりにもなれる事だった。
ゼクゥドゥヴァーは主の命に忠実に、ひたすらに戦場へ向かう。
今のドーベルマンにはそれは愛おしくもあり、苦々しい事でもある。
それでも、ドーベルマンは駆り立てられるかの様に機体を奔らせる。
様々な思惟の中で、たった一つの確たる思い――それに突き動かされるかの様に。

「あがけ、あがけ……シン=アスカ。俺の考案した<トライ・シフト>に隙など無い。貴様が如何に優秀なパイロットだろうが、『カテゴリーS』だろうが、所詮は人間。――ならば、何時かは必ず死ぬ。その時、お前は終演を向かえるのだ……!」
軍人として、兵士として、戦場に育った者としての最後の意地。
……縋るでも無い、ただ前のめりに倒れる様に――ドーベルマンは戦場へ向かう。


「だから!支援をしてくれる気が有るんなら出撃してよ!」
「……分かってる、分かってるから少し落ち着け。今、準備をしている」

そんな絶叫に等しいコニールの言葉を、スレイプニール司令ヨアヒム=ラドルは聞くのを躊躇ったが――さっさとシホ達が出撃準備を整えてしまえば了承せざるを得ない。
ラドルにとって予想外は二つ。
これから合流する予定のレジスタンス組織「リヴァイヴ」から入ってきた緊急の支援要請もそうだが、まさかはコニールがやってくるとは思わなかったのだ。
ラドルもザフト時代にマハムール基地司令をしていた際、現地協力員としてコニールを多少は知っていたので、二人は旧知の間柄なのだが、再会を喜ぶ暇は全く無かった。

『ラドル司令。今はともかく友軍の危機。……私はユーコ、リュシーと共に支援に向かいます』
「頼む、シホ」

朗々とモニタに映るシホにラドルは答える。
既にシホ専用のブルーに塗られたシグナスがスレイプニールの艦載機発着甲板に出てきていた。
近くには駐機状態のエゼキエル一号機、リュシー機。
シホのシグナスがエゼキエル一号機の背面に乗ると、一号機はホバリングを開始して舞い上がる。
ついで、エゼキエル二号機ユーコ機が甲板上に出てくる。
こちらは特に積載するMSも居ないので、アームを動かしてビームライフル二門を装備する。
同じようにホバリングの後、離陸。
先行したリュシー機に追従する様に飛んでいく。

「ともかく、無理はするな。……気を付けていけ」
『ハッ!』

二機のMAは一気に加速し、たちまち空の彼方に飛び去っていった。
それを見送りながら、虫の良い事を言う、と内心思う。
戦場に行く者に気を付けろとは気休め以外の何者でも無い。
……とは言え、気の利いた言葉の一つも思い浮かばない。

(なんと云う事か――私は非凡さの欠片も無い。周囲に流されるままでしか無いとは……)

ラドルは思い知る。
己は非凡で有ったとか、有能であったから生き残った訳では無い――むしろ、最も平凡であったからこそ生き延びたのだと。
……しかし、落ち込む時でも、その間も無い事も理解は出来る。
ならば、出来る事をするのが己の勤めだ――そう思い直すときりりと眉根を寄せ――

「おいおい、戦闘開始か!? ……でも何処で?」
《少しは空気を読め、ジェス。まずはカメラを構えてだな……》
「あ、そうか。仕事仕事。ラドル司令、まずは詳しい話を……」

素早くヘッドセットを被るCICクルー。
――もはや完璧に慣れている。
直後、ラドルの怒声がスレイプニールCICに響き渡った……。


青いシグナスを載せた二機のエゼキエルは、薄い雲の上に出て飛行していく。

『隊長、コントロールをこちらへ。エゼキエルの制御システムとデータリンクして、高速機動モードで目標地点まで向かいます』

リュシーの事務的な声がシホに届く。
シホは、「了解。……頼むわね」と言うと素早くシグナスの制御システムのプロテクトを外し、エゼキエルへ指示権を渡す。
それに従い、自動的にエゼキエルにしっかりとしがみつくシグナス。
高速移動時に振り落とされない様、殆どの制御をエゼキエルに回す――最新モビルアーマーエゼキエルのウリとなる“高速機動モード”である。

シホはシグナスが装備した対鑑刀がきちんと左腰に差されているか確認すると、高速機動モードに備えてコクピットシートの耐圧システムを最大値まで上げる。
大気圏突入時等に使うクラスまで耐圧システムを上げると、単純に座席はコクピット前部ギリギリまで前に出てくる。
……単純に油圧ジャッキが多少なりと圧力を和らげるだけなのだ。

「お手柔らかにね、リュシー」
『隊長の玉の肌に、傷など付けませんわ。……高速機動モード始動まで十秒前』

茶化す様に云うリュシーに、シホは苦笑した。

『あ、隊長達先行っちゃうの?』

後ろからはユーコ機のエゼキエル二号機が付いて来ている。
高速機動モードは積載したモビルスーツとの合わせ技で、通常のエゼキエルの飛行速度より若干早い――ほんの数キロ程度だが――ので、ユーコが拗ねた様な物言いをするのも解る事である。

『ガイドビーコンは出すから、付いてきてねユーコ。――行きますっ!』
「了解!」
『りょーかい』

ユーコ機をじりじりと引き離す様に、リュシー機は加速していく。
一瞬にして音速を突破したのが良く解って、シホは下腹部に力を込めていた。


――諦めない。
諦めるものか――それだけを呪文の様に繰り返し、シンはひたすらダストを駆り立てる。
既に増加装甲の各所は被弾により剥がれ、ダストに残された装甲はもはや胸部装甲の一部と、ミサイルの装備された肩部装甲しか残っていなかった。

「……このっ!」

またも背後からのギガランチャーの一撃。
それを瞬時に反応して避ける――だが、確実にシンは疲労してきていた。
体はぐっしょりと汗で濡れ、瞳を閉じるのも忘れたかの様に見開きつつ、懸命に敵の姿を追う――だが、攻撃が来るのは常に追っていた方では無い。

《左、来るぞ!》

レイの誰何が、シンの注意を引き戻す。
シンはその方向を見ようともしない――共に死線を越えてきた相棒の言葉を信頼出来ない訳が無い!
バランスを敢えて崩しつつ、シールドをその方向に向ける。
次の瞬間、バチィッ!と衝撃がコクピットに伝わる――その反動を生かし、崩れたダストのバランスを復帰させるシン。

シンがこの状況に突入してから、既に数十分――並の人間ならとうにギガランチャーが終止符を打っている。
それは確かに瞠目に値する事なのだが……。

(……どうする? 反撃の糸口を掴まなければ――どうやって勝つ!?)

焦り――それは紛れもなくシンの体を蝕んでいた。
そしてそれは事態をますます悪化させていく。
何発目かのギガランチャー至近弾を掠める様に回避した瞬間、ダストのエネルギーゲージが一瞬で半分程にダウンしたのだ。

《腰椎部エネルギーバイパス被弾。供給効率60%まで減少。――活動限界まで後45分》
「冗談だろ!?」
《こんな時に冗談など言うか! 現実を見据えろ!》

相手のドム=クルセイダーが核駆動機体である以上、バッテリー駆動機体であるダストは長期戦になればなるほど不利だ。
それは解ってはいたことだが……こうも弱り目に祟り目では、シンとても落ち込みたくなる。

《腹を決めろ、シン。このままでは嬲り殺しだ》
「……解ってる!」

レイに言われるまでも無い。
シンは、何とか強行突破出来る隙は無いかと、ずっとチャンスを伺っていた。
だが、敵も然る者――シンが見つけられた隙は必ず相手の砲火と隣り合わせの、罠の様なものしかなかった。
被弾をすれば、ダストは一溜まりも無い――当たり所が良くても、動きを止めた瞬間嬲り殺しにされるだろう。

(だが――このままでも嬲り殺しだ……!)

それは紛れも無い事実だろう。
なればこそ、シンは生き残る道を模索しなければならない。

(一瞬……もう一瞬! それに掛けるしかない!)

シンは賭けに出る。
それは、サイの持たせてくれた装備品を使って――。


「……なんて奴だい! これだけ長時間粘るだと!?」

一方、ヒルダ達ドム=クルセイダー側も疲労していた。
手ごわいパイロット――確かにそうは聞いていた。
……だが、これ程とは。

「シン=アスカ――伊達にあの“軍神”を倒した男じゃないって事かい!」

それは、語られない伝説……パイロット間にのみ伝わる、恐ろしい内容。

<たった一人――モビルスーツの性能でも劣り、支援も無く――ただ一人であの“軍神”キラ=ヤマトに土を付けた者が居る。それは、“狂戦士”と呼ばれた男――>

それは、現在の世界ではお伽話より現実感の無い話だ。
……この世界の治安は、紛れも無く一人の男を頂点として成り立っている。
ただ一人で一国の軍隊を相手にすら出来る、“軍神”の存在によって。
その様な“神”の一人を、一人の人間が引き摺り下ろした――それは、実際に“軍神”の強さを目の当たりにすればする程、信じがたいものである。
ヒルダ達にとって、“ラクス=クラインのカリスマ”と同じくらい“軍神の強さ”とは絶対的なものであった。
だが、だからといって――

「この布陣は、一機では対抗出来ない。出来るのはそうやってひたすら攻撃をされるがままになるだけ……!貴様が“軍神”を倒した男であろうと、同じ事だ!!」

その思いは、マーズもヘルベルトも同じだ。
血反吐を吐いて作り上げたこの戦陣は、正に彼等の努力の結晶だ。
――ちょっとやそっとで攻略される様な生易しいものでは無いという自負が、彼等を支える。
それが、例え“軍神”相手だとしても。

『――姉御!』

そんな思いに耽るヒルダを、マーズの声が引き戻す。
そして、次の瞬間ヒルダは眼前のダストの行動に度肝を抜かれた。
ドグォッ!
ダストの周囲が爆ぜた――そう見えた。

『アイツ、自分の周りにありったけのミサイルを……!』

ヘルベルトの動揺する声が、ヒルダに届く。
ダストの装備している増加装甲には、小型のミサイルランチャーが四門備えられている。
それはきちんと命中すればそこそこの威力を有するものではあるが、誘導性能は殆ど期待出来ない、
貧乏所帯のリヴァイヴならではの“無いよりはマシな武装”だ。
だが――それを自分とそう離れていない地面に撃ち込むなど……。

だが、次の瞬間ヒルダはダストの狙いが理解出来た。――正確にはダストの第一の狙いが理解出来た。

「……水蒸気と土砂での目眩ましか!」

ミサイルの爆発による放熱、及びそれによる土砂の巻き上げ――それはどうにかモビルスーツ一機の機影を隠すには足りる程だった。

(だが、そんなものでどうする!? 次の瞬間にはそれは晴れる――そんなもので、逃げおおせるとでも思っているのかい!)

ヒルダにもそれは意外な事であったから驚きはしたが、少し考えればそれは自棄気味な策でしかないと気が付く。
何より、ダストとドム=クルセイダーの距離はかなりの間が有る――ダストの瞬間到達距離より近くなければ、この手の策は完遂出来るものでは無いのだ。
案の定、直ぐに霧と土砂の壁は直ぐに晴れていく。
改めて攻撃を開始しようとして――そしてヒルダ達はダストの第二の狙い、シンの策に引っかかった。

バァンッ!
派手な爆発音と、目も眩む様なフラッシュ!

「……フラッシュ・グレネード!」
(土砂をわざわざ巻き上げたのは、フラッシュ・グレネードを投擲したのを隠す為か!)

シンが使ったフラッシュ・グレネードは対モビルスーツ戦闘で使われる強力なものだ。
ほんの数秒パイロットの目を眩ませる程度の兵装だが、高機動がウリのダストには有意義なものである。
単純にこれだけ使っても、仮にもヒルダ達とて歴戦の戦士。
そうそう引っかかるものでも無い。だからシンはミサイルを全部使ってでも隙を生み出したのだ。

――そして、ダストが対鑑刀を携えてヒルダ機に突っ込んでくる!

「……洒落臭い!」

ヒルダはスクリーミングニンバス、ソリドゥス=フルゴールの二大防壁を展開してダストの攻勢に備える。
この二つの防壁ならば、如何に対鑑刀シュベルトゲベールであっても両断には数瞬の時間が掛かる。
そして、その数瞬が有ればマーズとヘルベルトが復帰するはずだ。
そうなれば、ダスト側には逆転手段が無くなる。

……だが、ダストの動きはまたもヒルダの予想を超えた。
ダストは大上段に対鑑刀を振りかぶり、振り下ろす――ヒルダ機の直前の地面に向かって。
そして、その瞬間ダストはジャンプし、スラスターを全開にする。
ヒルダは直感で理解したが、脳が付いて来れなかった――ダストは棒高飛びの要領でヒルダ機を飛び越えたのだ。

(対鑑刀を足場にして、宙返り……アタシを飛び越えた!?)

確かに装甲が半ば剥がれたダストは、神速の動きを見せる事が出来る。
しかしこの動きはモビルスーツの操縦を生業としている者ほど想像出来ず、信じられない事に違いなかった。
或いはこの時シンは、ヒルダ機に空中から斬りかかろうとしていたのかも知れない。
だが、如何にシンとてそこまで空中制御出来ず、ヒルダ機の後方に着地するに止まった。
その後のシンの動きは誰よりも速かった――後も見ずに逃げ出したのである。


「……何をしている、ヒルダめ!?」

ようやく戦場に辿り着いたゼクゥドゥヴァーとドーベルマンの見たものは、『ダストを懸命に追いかけるドム=クルセイダー』三機というものだった。
そこには己がヒルダ達に伝授したトライ・シフトの欠片も無い――ドーベルマンが怒るのも解らないでは無い。
更に、フライトレーダーを兼ねるゼクゥドゥヴァーのレーダーには、遠距離から高速で飛来する物体を捉えていた。

「この速度は……戦闘機か!」

明らかに戦闘機としてのスピード――今のドーベルマンにとって、東ユーラシア軍だろうが何だろうが“邪魔な存在”に間違い無い。

「――何とかしろ、ヒルダ! 邪魔者は俺が抑える!」

ドーベルマンは言い捨てると、ゼクゥドゥヴァーを飛行形態に変形させ、飛翔させる。
ダストの止めを刺したいと本心では思ってもいたが、ヒルダ達と連携訓練をしていない自分は足手まといでしかない事は理解出来る。
ならば、出来る事をするしかない――そう己を納得させると、ドーベルマンはこの戦場に真っ直ぐに向かってくる飛行物体に向かっていく――。


追う者と追われる者――しかし、立場は全く逆であるかの様だった。
追跡しつつギガランチャーを撃つが、射線を読まれているのか易々と避けられる。

「クッ……しぶといね……!」

呻くヒルダ。
まさか、<トライ・シフト>を突破されるというのは考えていなかった――。
いや、考えていたのかも知れなかったが、“突破されない”という自信は有った。
だからこそ動揺もする。
だが、今は動揺している暇は無い。

『姉御、急がないと!』
「わかってる!」

ヘルベルトのやはり動揺した声に、怒鳴り声で返す。
おそらくマーズも同じ状態だろう――ヒルダ達三人にとって、<トライ・シフト>は再起を賭けた最強の戦陣だったはずだ。
それを、ああも長時間粘られ、しかも突破される――虚仮にされた様にも感じられるのだ。
そして、焦りは体感として解る。
……そこまで出来る相手が、友軍の支援を受けたらどうなるか――ヒルダ達はそれを恐れる。
突破されるだけならいざ知らず、致命的な敗北を喫する――。
それはヒルダ達にとって何としても避けたい事である。
友の為だけでは無い――戦士として、この上無い屈辱だからだ。
眼前には、ダストが疾駆する。
未だ脚部のローラーは健在らしく、しかも装甲の大半が剥離した状況――今までより更にスピードの上がった状態という事。
じりじりと離されていくのがどうしても解ってしまい、焦りは更に膨らむ。

「コイツ、こんな状況で……!」

さっきまでの追いつめられた状況で、こちらの攻撃を受け続けた状況を経てなお、未だに性能を発揮し続ける――それは、ヒルダをして恐れさせる事だ。

(単機では、コイツは私達より強い……!)

性能がどうとかいう問題では無い――もっと根本的なものが違いすぎる。
それは、言葉にするには陳腐で、しかし意味は圧倒的なもの。コーディネイターがナチュラルから忌み嫌われた様に、忌み嫌われるべき者。
……それを、何というか。
だが、ヒルダは思惟を振り払う。
今は、何としてもコイツを倒さなくては、と。

(状況はこのままなら悪化する。何とかして奴の足を止めないと……)

そうなればもう一度<トライ・シフト>で仕留める。
次は先程の様な突破策は取らせない――その前に倒す。
その為に<トライ・シフト>にはバージョンが用意されているのだ。
その間にも、じりじりとダストとドム=クルセイダーの距離は離れていく。
高機動で動く目標への射撃は、例えエースパイロットでも当てるのは難しい。

……ややあって、ヒルダは決断した。
突然ドム=クルセイダーの足を止める。
当然、ダストは一瞬の間に眼前から消える。

『ど、どうしたんですかい姉御!?』
『や、奴が逃げちまうぜ!?』

マーズ機とヘルベルト機も足を止め、ヒルダ機に詰め寄る。
しかし、それには答えずヒルダはしきりに通信機を操作していた。

(そうさ……ドーベルマンの旦那は、敢えて泥を被った。なら、アタシ等が泥を被るのを躊躇っちゃいけない。それが、信義ってものだ……!)

ヒルダは通信機を操作し続ける。
――つい先程まで追い掛けていた者と話す為に。


「追撃が止んだ――諦めたか?」
《そういうタイプには見えなかったがな。油断するな》
「ああ……解ってる」

シンはダストの足を止めず、一気に物陰に隠れる。
地形さえあれば、先程の<トライ・シフト>は防げるからだ。
あの戦陣は平地、又は見通しの良い地形でなければ使えない事は嫌でも解る。

「来るなら来い。今度はさっきの様にはならない……」

シンとて、歴戦のパイロットである。
相手の力量は把握している――単機での勝負ならシンに分があると解っていた。
先程の戦いでバズーカは失われたが、ビームライフルはまだ腰にマウントされている。
対鑑刀の代わりにそれを装備し直すと、ドム=クルセイダーを待ち受ける。
……しかし、何時まで経っても視界にドムは現れない。

「…………?」

シンは訝しむ――その時、ダストに設えた通信機が作動した。

《外部からの通信――通信元はドム=クルセイダーだな》
「……何だと?」

レイの淡々とした物言いが、尚更不自然さを感じる。
しばし考え、シンは通話に応じた。
相手の情報が欲しいのは、こちらもだからだ。
気に入ら無ければ、一方的に通話を打ち切れば良い――そう考えたのは確かにシンも追いつめられていたからだろうか。
しかし――そんな考えは相手の声を聞いた瞬間霧散した。

『……シン=アスカ。ミネルバの皆は元気かい?』

ドクン。
心臓が――体の何処かが爆発しそうになる。
こいつは何を言っている?とかこいつは誰だ?とかそういう思いは一瞬だけ現れて、直ぐに激流に流されていく。
知っている。
……俺は、相手が誰だか知っている。

『…あの時のランチには誰か大事な人でも乗ってたのかねえ』

その言葉を聞いた瞬間、あの瞬間が脳裏にフラッシュバックする。
ミネルバから脱出した皆の笑顔。
アーサー、ヨウラン、ヴィーノ……ミネルバの仲間達。
ランチに乗って誰もが生き残った事を喜んで。
戻ってきたシンを笑顔で迎えて。
でも次の瞬間、皆は。
ランチに狙いをつける三機ドムトルーパー。
ビームバズーカからビームが放たれ、そして――。

息が止まる。
呼吸が辛くなる。
だが――代わりに何か、心の奥底から這い上がってくるものがある。
レイが何か言っている。
だが、そんなものは聞こえない。
通信機から何か言葉が紡がれる。
――意味は解るが、聞こえない。
そんなもの、どうでも良い。
そんなもの、どうでも良い。
そんなものなど、今の俺にはどうでも良い。
今の俺に大事な事は――大事な事は……。

「ク……ククク……」

誰かが、笑っている。
耳障りな笑い方――シンの居る筈のコクピットに笑い声が響き渡る。

「クハハハ……ハハハハハ!アーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

哄笑――それは、嘲笑う様な。
信じられなかった――シンは、己がこの様な笑い方が出来たのだと。
笑う。
笑う。
笑いが止まらない。

『……な、何がおかしい?』

予想外の反応にヒルダの戸惑う声がする。
しかし今のシンにはそれすら脳裏に届いていない。
今や、沸き上がる感情がシンという人間を全て押し流してしまったかの様な――。

「これが、笑わずに居られるか……!!」

シン――いや、今やシンの姿をした“何か”が言う。

「こんな所で、出来るとはな。こんな所で、会えるとはな! 今まで待っていた甲斐があったってものだ――!ひたすら、地獄の中でな!」

敵討ち、仇討ち――そう言ってしまえば良いのか。
ダストが動く。
ゆっくりと、歩んでいく――ドム=クルセイダーの元へ。
それは、無防備で、ゆっくりとした動きで……直ぐにドム=クルセイダーに捕捉できる様な。
ダストはビームライフルを投げ捨てる。
そんなもの、要らないとばかりに。
数歩歩いた所で、ドム=クルセイダーが周りから現れる。
再び現出する正三角形の陣――<トライ・シフト>。
だが――

「ルナ、レイ……タリア艦長、アーサー副長。アビー、バート、マリク、チェン……」

何事か、ぶつぶつと呟き続ける。
何一つ、外の事に興味など無いという様に。
その不気味さに、ドム=クルセイダーも戸惑いを隠せない。
だが、ヒルダ機がギガランチャーを構えればそれに全機倣う。

「……待たせたな。今、こいつ等を地獄に叩き落とす!」


ギガランチャーに輝きが灯り、ビームが発射される――それは一瞬であるはずなのに。
シンには、酷くゆっくりとしたものに思えていた。


――何かが、弾ける。
己の中の、全ての枷が。良識、常識……そういった、“獣”が煩わしいと思うもの、全てが弾き飛ばされる。


「落ちな!シン=アスカ!」
ヒルダの咆哮と共に、三機のドム=トルーパーがギガランチャーの一斉射を放った!
三つの超熱光の本流がダストに襲い掛かる。

――シールドで一つ、後二つは……対鑑刀で良いか――
それは、誰の声なのか。
誰なのか。
ダストがゆらり、と動いた。
まるで幽鬼のように。

バチィッ!

「なんだって!?」
「何!?
「そんなバカな!」

ヒルダ達は信じられない光景を目の当たりにする。
一発のギガランチャーをシールドで防ぎつつ、なんと残る二方向からのギガランチャーを片手で保持した対鑑刀で弾いた――いや、"切り裂いた"のだ。

「ビ、ビームを対鑑刀で薙いだだとお……」

ヒルダは、一瞬恐怖した。
己が何と相対していたのか。
そして、遂にその相手が本性を現し始めたという事が。

(……これが、これが……『カテゴリーS』と呼ばれる者達……!)

冷や汗が流れる――戦慄。
何故、ゲルハルト=ライヒが“彼等”を恐れるのか。
何故、ドーベルマンがこうまでも苦戦していたのか。
それは、こういうことだ――ただ、そういうことだ。

 「……“化け物”め……!」

ヒルダは、乾いた唇を濡らす様に舌舐めずりをした。


……その双眸が、彼等を見据える。
それは、単なるモビルスーツのそれではない。
禍々しい、“軍神”とは真逆のベクトルを持つ雰囲気――。
それは、確かに“世界を変える者”――世界を破壊する為に生まれ出でた者の瞳だった。


《ダスト稼働限界まで後三十分……》

レイの言葉がひどく静かに響き渡った。

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