「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第14話「ソラ・ヒダカ、故郷に帰る」アバン

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厳冬のモスクワ空港は、折からの吹雪で発着便に遅れが出ている。しかし、こんなことは慣れっこになっているのか、待ちぼうけを食らわされている乗客たちは特に焦るでも、怒るでもなく、淡々と空路の回復を待っている。
その乗客の一人、ロビーの片隅の席に座る少女は、窓の向こうの雪景色を無表情に眺めながら、一人寂しそうに呟いた。

「ちゃんとお別れも、できなかったな」




 友軍、スレイプニール隊からもたらされた情報で、リヴァイブは熱狂の渦に包まれた。   
 ダストは中破したものの、シンは無事。さらにはナスル村を襲った敵MSを完全に撃破。しかもその正体は、数々のレジスタンスを壊滅に追い込んできた悪名高き地上軍第三特務隊、ドムクルセイダー三人衆だったというのだ。これ以上の朗報はないというものだった。

「よかった…本当によかった」
「ええ、シンが無傷。それが何よりです」

ギリアムとセンセイは胸を撫で下ろす。

「ドムクルセイダーズをダストだけで倒すなんて、さっすがシン!」
「当たり前でしょ、アイツはウチのエースなんだから!」

コニールとシゲトは手を取り合ってダンスを踊る。

「中破か。やれやれ、今度はどれだけ徹夜が必要なのやら」

サイはシンが帰ってきたらまた説教だと言いながら笑いを隠し切れない。
そしてソラはわずかににじんだ安堵の涙をそっと袖で拭った。
誰もがシンの帰りを、精一杯の喜びで迎えようと待ち構えていた。
……実際に彼の姿を見るまでは。

アジトに到着したスレイプニール艦。メンバーたちはシンを迎えるべくドックに集合する。
賞賛を込めた視線がいっせいに向けられる。

「おう、英雄の凱旋だぜ!」

誰かが叩いた軽口を契機に、一斉に歓声が上がる。

だがハッチが開き、そこから現れたシンをメンバーが見た瞬間、歓声は波が引くように消えていった。
やがて誰かが素直な感想を言う。

「おい、勝ったのはシンのはずだよなあ?」

そう疑うのもむべなるかな。シンは誰の助けも借りず独力でタラップを降りてきたものの、足取りはおぼつかなく視線はどこか空ろで悄然としていた。その姿は、まるで命からがら逃げ帰ってきた敗残兵のようだった。

単なる激戦による疲れ? 
断じてそうではない。
レイが《頼む、今はシンを一人にしておいてやってくれ》と常になく懇願するように言ったことからもそれは明らかだ。

またか……ギリアム達は既視観に囚われる。
シンはリヴァイブに参加して後、幾度となく組織に勝利をもたらしてきた。
いくつかは、まったくの絶望的な劣勢を覆しての逆転勝利だ。
しかしながら、勝利を祝う輪の中にシン自身が入る事はあまりない。
彼は淡々とした表情を崩さず、勝利を誇ることも奢ることもないままだ。
むしろ鬼神の如き働きを見せ、相手を完膚無きに叩き潰した後のシンは、その功績に反比例するように虚脱感に満ちていて、壁を作り人とのかかわりを拒否する態度を取ることさえあったのだ。
この場にいないが、中尉がかつて、こう評したことがある。

「シンと戦っていると、時々違和感を感じることがあります。彼は劣勢でも平常心を失わない変わりに、勝っている場面でも高揚が感じられない。淡々と、と言えば聞こえがいいのですが、むしろ感情が欠落しているような印象を受けます。戦い続けて神経が磨り減ったり、正常な思考ができなくなったりするというのは、兵士にはよくあることです。でも、彼のはそれと違う。何なのかと問われると、正直に言って私にも分からないのですが…」

もっとも、リヴァイブに参加してからのシンは笑顔も見せるようになった。
ほんのごくたまにだが冗談も言うようになった。仲間との語らいの時間も確実に増えた。それはこの5年間シンを見続けてきたレイが誰よりもよく感じている事だ。

しかし今回のシンの姿を見ると、その意見にも疑問を抱かざるを得ないというのが、皆の正直な気持ちだった。

「や、やったな、シン」
「すげえぜ、あのドムクルセイダーを倒しちまうんだからよ。それも単機で」
「これで今後のレジスタンス活動にも、弾みがつくかもな、な?」

それでも何人かが遠慮がちにシンに声をかけるものの、彼は生返事ばかりで誰とも満足に会話を交わすこともなくそのまま自室に戻り、内側から鍵をかけてしまった。
呆然とシンを見送るリヴァイブの面々に、申し訳なさそうな声がかかる。

「えーと、お取り込み中悪いけど、リーダーのギリアムさんはどなたかしら?」

妙齢の女性が三人と、その付録のように後ろにくっついている男が二人。
シンをここまで連れてきたラドム隊の主要メンバーである。
彼女ら声を掛けてきたことで礼すら言っていない事にギリアムはようやく気づいたのだった。




それからは、慌しいとしか言いようのない日々が続いた。
ラドル艦長とシホから戦闘の一部始終が報告され、途中で保護されたジェスがギリアムたちに引き渡される。
既に連絡を取り合っていたギリアムとジェスの話し合いはすぐに終わり、ソラの具体的な帰還方法がそこで定まった。
シナリオはこうだ。

「フリージャーナリストとして東ユーラシアを取材に来ていたジェス=リブルが、取材中に現地レジスタンスに身柄を拘束される。しかし危害は加えられず、解放する代わりにと条件を提示される。
それが過去に首長暗殺未遂の時に巻き込まれ、レジスタンスが保護していた少女、すなわちソラのオーブ帰還の手はずを整えることだった。
ジェスはそれを受け入れ、レジスタンスの声明と同時に、ジェスとソラは身柄を解放される」

当然ながら帰国に際しては、東ユーラシア政府や統一連合の現地駐在員などとも接触を持つ必要がある。
ソラに対しては、リヴァイブの情報を得ようとして尋問が行われることであろう。
それへの対処法は、ジェスからみっちりと教え込まれた。

「怖くてよく分からなかった、そして何も詳しいことは覚えていない。基本的には全部の質問にこう答えるんだ。でも、時々は本当のことを言わなくちゃならない。 100%の嘘や完全な沈黙は簡単に見抜かれるし、相手に疑問も与える。九割の嘘に一割の真実を混ぜるのが、相手をだまして信用させる基本的なテクニックだ。リヴァイブについて言っても差し支えない一割の真実をこれからきっちりと教えるからな。必ず覚えるんだぜ」

カイトが聞けば「お前はそれでも正義と真実を追究するジャーナリストか?」と皮肉を言いかねないような内容を、ソラに徹底的にレクチャーをした。決して口にしてはいけない何気ない一言。逆に大げさなくらいに話してもよい事実。それらがソラの頭に叩き込まれた。



ソラはどちらかというと演技の才能の無い方であったが、ジェスの必死の努力とギリアムがこうなる事を見越して最低限の情報しか与えなかった事もあり、それほど厳しい追及も受けることなくオーブへの帰国が認められた。

しかし、ソラには今でもわずかに悔いが残っている。
ソラが出立するまでの数日間、リヴァイブの面々とあまり触れ合う事ができなかったからだ。
サイとシゲトは中破したダストの修理にかかりきり。
センセイはシンのメンタルケアや医療品の整理に忙殺。
ギリアムとコニールはラドルと今後の活動方針について話すことで手一杯だったのだ。
大尉と中尉と少尉に至っては未だに戻らず、親しい面々とはなんとなくすれ違いのような状態になってしまった。
コーチ役のジェスが(取材も兼ねてはいたのだろうが)何かとソラの話し相手になってくれていたので、時間をもてあますようなことはなかった。

それでも最後の別れの日はさすがに顔を出してくれたのだが、ソラも含めて、どことなく心ここにあらず、といった雰囲気だった。

皆の気持ちは、ここにいない人物に向けられている。
シンはあの戦い以降も、ほとんど自室にこもりきりである。さすがに扉に鍵をかけることはなくなったのだが、センセイの努力もむなしく、他人との接触を極力避けている様子だった。
ソラがシンの姿を見かけるのは食事のときくらいだった。それもカラスの行水よろしくふらっと現れ食べては、すぐに自室に戻っていたのだが。
レイも常にシンに付き従っていたので同様の状態だった。
ソラとしても、今までのシンからは想像も付かない虚無的な雰囲気に気圧され、どうしても自分からシンに声をかける勇気を持てないまま最後の日を迎えてしまったのだ。

何度か扉の前まで行き、ドアノブに手をかけた事はあった。
鍵はかかっていないのでそれを回し、扉を開くのは簡単なことのはずだった。しかし、ただそれだけのことができなかった。
シンの愛想が悪いのも、無口なのも、視線が冷たいのも今に始まったことではない。
しかし、そんな中でも不器用なりに気遣いを見せ、ソラの身を案じてくれていた。
それを感じ取ったからこそ、ソラも徐々にシンに対する警戒を解いていったのだ。
シンの態度が一変し、その意味するところをソラも図りかねていたのだったのだ。

今日がソラの出立する日であることを、シンは知っているはずだが、それでも部屋から出てくる様子はなかった。

「ソラ、さようなら」
「元気でね、ソラ」
「皆さんも、どうかお元気で」

結局は別れの挨拶もあっさりとしたものに終わり、ソラはジェスの運転するジープに乗り込む。
流石にMSで帰るわけにもいかないので、アウトフレームとハチはリヴァイブのアジトでジェスの帰りを待つことにしたのだ。
もとよりジェスは、事が終わればすぐに東ユーラシアにとんぼ返りして取材を続行するつもりであったので、ここに居座る口実にもなり、これは一石二鳥の案だといえる。

走り去るジープを無言のまま見送るリヴァイヴのメンバーの後ろで、ユーコたちが怪訝そうに囁き合っていた。

「サヨナラがつらいのは分かるけどさぁ……何か、お通夜みたいに暗い雰囲気だったね」
「それほど親しいお付き合いではなかったのでしょうか?」
「……そういう単純な事情じゃないでしょう。アンタ達、少しは場の空気を読みなさい」

呆れたように言うシホだった。


《行ったな》
「……みたいだな」

シンは自室のベッドに仰向けに寝転んでいた。静けさの中に微かに聞こえたジープの排気音から、ソラの出立を知る。
しかし、殺風景な天井から視線を逸らすことはなく、その無表情からはソラとの別れに対する何の感慨も読み取れなかった。

『挨拶もせずに、よかったのか?』
「いいさ。これで縁が切れる。二度と会うことも無い」
『そうか』

レイの言葉にもシンは素っ気無い。
ならばと、レイもそれ以上の追及をやめる。
そしてシンの小さな独り言は、誰の耳にも届かない。

「俺と深く関われば……嫌な目にあうだけだ」

それは、二十一歳の若者が呟くには、あまりに救いの無い台詞だった。




空港ロビー待合室の座席に座って物思いにふけるソラの前に、湯気を立てる紙コップが不意に差し出された。

「退屈しているのかい、ソラ?」

見上げるとジェスが、カフェオレの注がれた紙コップを持ってソラの脇に立っていた。
もう一方の手に、いくつかの新聞があるのはさすがジャーナリストと言うべきか。

「あ、ありがとうございます」

コップを受け取るソラだが、どうも上の空で口はつけない。
やれやれ、とジェスは肩をすくめた。

「俺のエスコートじゃあ不満かな。それとも、ガルナハンに置いてきた愛しくて会いたくてたまらない、あの人のことが気にかかるかね?」

 思わず、ソラはコップを落としそうになった。

「…い、い、愛しくてって何ですか!」

 そんなことはありません、誤解です、違います、変です、おかしいです、顔を真っ赤にしながらありったけの言葉で否定するソラを見て、腹を抱えて笑いをこらえるジェス。ようやくソラはからかわれた事に気づいたらしい。

「ひどい! ジェスさん、悪趣味ですよ!」

頬を膨らませて怒るソラに、ジェスは笑いながら頭を下げた。

「いやいや、申し訳ない。でも、そういう風に表情豊かな方が女の子らしい。さっきまでみたいに、落ち込んでいるよりはな」

言葉を失うソラに、ジェスはさらに続けた。

「詳しくは分からないが、色々な事があったんだろう。複雑な気持ちになるのも分かる。でも、せっかく故郷のオーブに帰れるんだ。もう少し喜ぼうぜ。君が帰るために色々と尽力してくれた人たちのためにもな」

少し考え込んだソラだったが、一つ頷くと、ジェスに微笑みかけた。多少無理をしている様子ではあったが。

「よしよし、それでいい。笑顔が一番女の子を可愛く見せるってね。で、一つ大事な質問があるんだがな」

「何ですか? いきなり真面目な顔で」

「うむ、さっき俺が当てずっぽうで「あの人」って言ったとき、誰の顔を思い浮かべたんだ? ソラの想い人が誰だったのか、ぜひ知りたいね」

ソラの怒声を背にしつつ、ジェスは一目散にその場を逃げ出した。
ロビーの片隅で肩をすくめながらつぶやく。

「やれやれ、こういうのは本来カイトの役目だよな。ま、あの子が少しでも元気を取り戻してくれたから良しとするか……これからが逆に大変だろうからな」

ジェスはため息をついた。
今朝までのジェスは、ソラの帰還については、東オーブ政府と統一連合駐在官による尋問が一番の難関と考えていた。
それをソラの利発さもあって上手く切り抜け、もはや帰還に際する障害は無いと考えていたのだが……

「まさか、帰った後の方が問題になるとは、ね」

ジェスが持っていたのは空港で手に入れたオーブの新聞だった。
いずれも一面のトップ記事は同じものである。

「テロリストにとらわれた少女、奇跡の生還」と。

どこから手に入れたのか、ご丁寧にソラの写真まで掲載されている。
多少はセンセーショナルに取り扱われるだろうとはジェスも予測していたが、まさかこれほど大騒ぎになるとは思わなかった、というのが本心であった。
しかしその意味するところはジェスには明白だ。

ソラの解放を知っているのは政府筋だけなのだから、そちらが意図的に情報をリークしたに決まっている。
目的は、紛糾している主権返上の議論から大衆の目を逸らさせるためといったところだろうと、ジェスは目星を付ける。
あからさまな情報操作と、それに盲目的に追従するマスコミにジェスは嫌悪感をつのらせた。
さすがにモスクワ空港にこそ姿を見せていないが、オーブに帰った途端に、待ち構える記者たちにソラが取り囲まれるのは間違いない。

ジャーナリストという勿体ぶった名前を掲げた野次馬たち。
取材相手の気持ちなどお構いなしに、真実の追究を錦の御旗にして、傷ついた心に土足で入り込む侵入者の集団。
いわゆるメディアスクラムというやつだ。
しかし、本当にやるせないのは……

ジェスは、今朝方にデスクと交わした通信の内容を思い出す。

「でかしたぞジェス!分かっているな?奇跡の少女とコンタクトを取っているのは今のところウチだけだ。これは他誌を出し抜くチャンスだ。久しぶりのスクープになるぞー、とびきりのレポート待ってるからな!」

ジェス自身も間違いなく、その侵入者の一人であるという事実だ。

真実を求めることは正しいが、正しければ何をしてもよいというのか?
報道という分野に関わっていれば多かれ少なかれ誰もが持っているジレンマに、ジェスとて無縁ではない。

「いかんな、あの子を元気付けようとして、俺が逆に落ち込んでどうする」

ジェスは自分で自分の頬を叩いた。そうやって気合を入れる。

せめて、冷静に記事を書くことに努めつつ、ハイエナのような連中から彼女を守る。
それが、ジェスにできる精一杯のことだろう。
『ニュースソースを独占する気か!』と同業他社からは罵声を浴びせられるだろうが、それくらいは耐えるべきだろう。
気を取り直したジェスの耳に空港のアナウンスが聞こえてきた。

『アテンションプリーズ……。大変長らくお待たせいたしました。天候が回復してきたため、中断していた離発着を再開いたします。お客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、再開の情報にご注意ください。繰り返します……』

ジェスは気持ちを改めて引き締めた。そう、戻るのだ。
世界最大の強国、実質的な世界の中心の地にして統一地球圏連合の総本山


オーブ連合首長国へと。

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