「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第15話「正義との出会い」Aパート

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夕暮れに霞むオロファトの街中を一台の車が走り抜ける。
ジェスの車だ。
車中から男が二人、周囲をキョロキョロ見回しながら、人を探していた。
TV局から逃げ出した一人の少女、ソラを。
しかし歩道には大勢の人々が前を後ろをと歩き回り、誰がどこにいるのか全く分からない。

「情けない。そういう時はまずレディを慰めるのが最優先だろう!」

車の助手席で、いささかピントのずれた怒りかたをしているのは、ジェスの相方、カイト=マディガンである。

「最悪のタイミングだ」

と、カイトはぼやいた。
普段通りブランドものの白いスーツをぴしりと着こなした彼は、街に繰り出しカワイイ子にでも声をかけようかなと思った矢先、ジェスにソラを探す手伝いをするよう頼まれたのだ。
上品な服装とは裏腹に、品性の欠片もない罵声をジェスに浴びせる。

「俺のささやかな楽しみを邪魔して、いきなり呼びつけやがって。何でこんな男と二人でドライブしなきゃなんのだ。ソラちゃんの携帯電話は?連絡が取れれば一発だろう?」
「駄目だ。何度呼び出してもかからない。たぶん電源を切ってるんだろう」
「なんてこった。ったくこういう時、彼女の方からこっちを頼るように日頃から信頼関係を作っておくのが、男の甲斐性ってモンだろうが。最も朴念仁には無理な話か」
「そういうお前は一体脳内細胞の何十パーセントを“女性方面”に向けてるんだ!?少しは真面目に仕事しろ!」
《……お前等を見ていると、悪口のボキャブラリーは無限だと実感出来るな。で、ソラの後を追っかけなくて良いのか?》

ハチに水を差さされや、二人は同時に叫んだ。

「「今、やってる!!」」

肩を竦める事が出来るのなら、きっとハチはそうしていただろう。




日もかなり沈み、風が少し冷たくなってきた。
紅が薄く空と雲を染め上げ、夜の帳が降り始めようとしている。
ここから見る夕焼けはいつも綺麗だ。
泣きたくなるほど。
墓苑の外にある駐車場では2台の車が、主の帰りを待っていた。
一台は黒塗りのオープンカー、もう一台は政府が要人の送り迎えに使う高級公用車で、アスランがここに来るのに使ったものだ。
アスランは公用車の運転士に自分は妻の車に乗ることを告げ、帰宅するように言う。
運転士は軽く返事をすると、公用車で速やかにその場から去っていった。
オープンカーの運転席にアスランが座り、助手席にはメイリンが座る。

「……今日は、どうするの?官邸に戻る?」
「いや、しばらく休暇を取ったんだ。たまには家でゆっくりしたいと思ってね」
「そうね、それも良いかもね。うちのコックにもたまには仕事をさせてあげないと。私がたまに帰ると愚痴られるのよ。『折角本場で修行した腕前が、なかなか披露出来ない』って。……だから最近家に帰ると変な創作料理ばっかり出てきて……」
「彼には悪い事してるなあ」
「一人で食べるのも何だから、時々部下にも付き合ってもらってるけど」
「で、評価は?」
「それはご想像にお任せするわ」

たまらずアスランは苦笑した。
キーを差込み車を出す。
風が少し寒い。
常夏の赤道直下のオーブとはいえ、季節はまだ冬なのだ。
とはいえ、二人はさして気にする様子も見せない。
市街に続く閑静な道路を走りながらアスランは、メイリンに話しかけた。

「コックには悪いけど、実は今日は『マキシム』にディナーの予約を入れておいたんだ」
「あら?そうなの」
「君の分もね。たまには二人で食事もいいだろ?」
「ありがとう、あなた」

声が弾む。
嬉しい。
どれぐらいだろう前だろう、こんなに安らいだ気持ちになったのは。
ずっとどこかに忘れていた気がする。

「あそこのロブスターは絶品だからな」

得意げに話す夫アスランをメイリンは微笑ましく見つめていた。
この穏やかな時間がずっと永遠に続けば、と彼女は思っていた。
しかしそんな矢先、メイリンの携帯電話がけたたましく鳴る。

「ちょっとごめんなさい、あなた」

まったく、と口には出さずメイリンは少しいらただし気に電話に出た。

「私よ。何?」
《お休みのところ申し訳ありません、ザラ参事官。ソラ=ヒダカ監視チームの班長、ロバート=スティラー巡査部長であります。ソラ=ヒダカがTV局より逃走。行方をくらませました。》
「なんですって!?貴方達一体何やってたの!!」
《申し訳ありません。担当官からの連絡を聞き、確保するよう全力を挙げたのですが、街の人ごみに紛れ見失いました》
「言い訳はどうでもいいわ!それでソラ=ヒダカが逃走した時間と方向は?」
《報告によれば現時刻より1時間前の16時頃。逃走方向は再開発地区方面だという事であります。なおTV局の控え室には彼女の携帯電話が残されておりました》

チッと小さく歯噛みする。
どうやら携帯電話をアテにした行動トレースは無理なようだ。

「至急、本部に応援を呼んで。再開発地区を中心に網を張りなさい。何としてもソラ=ヒダカを確保するのよ」
《了解しました》

そこで電話は切れた。
妻の様子に驚いたアスランは路肩に車を止める。

「メイリン、どうしたんだ?」
「ごめんなさい、あなた。仕事が入ったわ」
「仕事?」
「ソラ=ヒダカ。あなたも知ってるでしょ」
「ああ、確か『奇跡の少女』とかニュースで言ってたな。帰りの機内で見たよ」
「詳しい事情は私も知らないんだけど、その子がね、こっちの依頼でTVとかに出てもらったんだけど、逃げ出しちゃったのよ。監視チームを撒いてね」
「何だって?」
「それもどうやら再開発地区の方に逃げたみたいなのよ」
「まずいな……。あそこはスラムじゃないか」

再開発地区。
かつては高層ビルの立ち並ぶオーブでも有数のオフィス街だったが、二度に渡る大戦で最も被害を受け、今はただの廃墟と化した場所だ。
オロファト市内からもそう遠くない場所にある。
しかし戦後、焼けだされた被災者達が住み着き、いつしかスラムの如き様相となってしまった。
都市開発計画では近々廃ビルの取り壊しを予定しているが、住み着いた住人達と幾度もトラブルがあり、計画は遅々として進んでいなかった。
主席暗殺未遂事件の時、シンはそこからカガリを狙撃した。
当局の監視の目も行き届かず、治安状況は最悪といっていいだろう。
夜に女の子が一人で飛び込めば、無事に済むはずが無い。

「メイリン。治安警察省の発令所を呼び出して、その少女が逃げたルートを割り出すように言ってくれ。監視カメラのデータを呼び出せばすぐに出来るだろう」
「あなた……」
「俺も手伝うよ。ディナーの時間までには余裕がある。早くその子を保護して食事にしよう」
「ありがとう、アスラン」
「俺達も現場に行くぞ」

アクセルを踏み込むと、車は勢いよく発進した。
再開発地区目指して。




――どこをどう歩いたのか、自分でも良く解らなかった。
追いかける男の人達、――たぶん情報管理省か治安警察の役人なんだろう――からただ必死に逃げた。
つかまれば、またあの場所に引き戻される。
だからとにかく必死に逃げた。
もう、あんな場所には居たくなかった。
笑っている人の顔が、あんなにも醜い――そう感じてしまったから。

「私、オーブに帰ってきたんだよね?」

こんな筈じゃ無かった。
暖かい人の姿が、何時も側にあった筈なのに。
親友のシーちゃんとハーちゃん、学校のクラスメート、孤児院のみんな、寮の友達、バイト先のマスター……あの人達は何処に行ってしまったのだろう。

「逢いたいよ……。皆に会いたいよ……」

ぎゅっと、両の手できつく己を抱きしめる。
去来する寂しさが、暖かみを欲していた。
かなりきつく握る――その痛みで、ようやくソラは己の状況を理解した。

「……ここ、どこ?」

気づいてみれば、ここは見慣れたオーブの賑やかな街並みではなかった。
既に日が落ちている事もあったが、薄暗い場所である様だった。
灯りもつかない朽ち果てた建物の群れが、ソラを取り囲んでいる。
廃墟の群れだ。
その辺に生ゴミが散乱していて、それを野良犬が漁っている。
――薄闇の向こうには死体もありそうな場所。
ソラは、そのような光景を何と呼ぶか知っていた。
そして、その言葉を脳裏から思いだした時、沸き上がってくる恐怖に身を震わせ出していた。
『スラム』という言葉を。

(――早く、ここから出なきゃ!)

弾かれたようにソラは走り出す。
……だが、どこをどう行ったら良いのか解らない。
街灯も無い、暗い夜道。
何個かの路地を抜けて、走り続けて――ソラは、そこで足を止めた。
自分が“決して来てはならない場所”まで来てしまった事を感じながら。
目の前に人々が居た。
スラム街の“住人”達が。


あれは人?
最初にその人物達を見たとき、ソラは思わずそう思った。
歯は不揃いで、何個かは溶けているかの様になっている。
目は淀み落ちくぼんでいて、ヘヘヘ……、とろれつの回らない口はだらしなく半開きになっている。
おそらくは薬物中毒か何かなのだろう。
悪臭が離れていても漂ってくる。
そんな男達が7人、ソラの前にいた。
おぼつかない足取りで、それは一歩一歩近づいてくる。

「えははは……。お嬢ちゃん、迷子かなぁ?……ようこそ、この世の楽園へ」

それらの瞳は、自分達のテリトリーに侵入してきたソラに向けられていた。
血走った、獰猛な瞳――肉食獣が草食動物に向けるような。
中央の男――鼻に大きなピアスをしているくすんだ金髪の男が恭しく言う。
言下に嘲笑を交えつつ。

「可愛いなあ!えーオイ!ひゃははははは!」

周りの男達も、口々に笑い出す。

「キヒヒッ」
「ゲヘヘヘヘ!」

男達はソラを厭らしく舐めまわす様に見る。
眼前の愚かな、今にも“食べてくれ”と言わんばかりの哀れな白兎に向かって。

「……ッ!」

胃の底からいいようの無い嫌悪感がこみ上げる。
思わず吐きたくなる。
だがソラはぐっと奥歯を噛み締め、なんとか己を奮い立たせる。
闘う為ではない――逃げる為に。
かつて、ターニャこう言っていた。

――あたし、九十日革命に参加して戦ってたのよ。銃弾や爆弾、ビームの雨嵐の中を何度も潜り抜けて。モビルスーツが目の前で銃口を向けてきた事もあった。怖かったわ、滅茶苦茶怖かったわよ。だから勇気を振り絞って、必死に逃げたの。……生き残るために――

”生き残る”

それはリヴァイブに、ターニャに教わった事だから。
ソラは己のやるべき事を理解していた。
今の自分に出来ること、それは”逃げる事”だと。
二、三後ずさりすると、ソラは一気にきびすを返して一目散に走り出した。

「ひゃははははっっ!!いきなり逃げないでくれよ、お嬢ちゃん~?」

ソラは逃げた。
だが、それは眼前の肉食獣達には予想されきった行動だった。
男達の一人が、俊敏にソラに飛びかかる。
それは手慣れていて、場慣れていないソラはあっという間に地面に押し倒された。

「きゃあっ!」

ソラは、ゴミだらけの地面にしたたかに打ち付けられる。
次の瞬間には飛びかかってきた男が、ソラに馬乗りになっていた。

「へぇ、結構可愛いじゃないか!……いい子だ、いい子だぁ!」
「いやあ!放して!」
「うるせぇ!俺に命令するんじゃねぇ!」

男達にソラは仰向けになって抑えられる。

「上玉じゃねーか」
「へへへ……、観念しな、お嬢ちゃん。俺達と気持ちのいいことしようや」
「ハーッ、ハーッ。は、早くひん剥いちまおうぜ」

興奮し荒い息をしながら、男達は顔を近づけてきた。
腐ったような異臭が匂ってくる。

「!?」

それはまさしくソラにとっては“魔物”だった。
魔物が自分の体を取り押さえ、今にも食いつこうとしている。
恐怖でガチガチと歯が震える。
もう何も出来ない。
――もう、逃げられない。

(コニールさん、センセイ、ターニャ……どうすればいいの?私、どうしたらいいの?)
(誰か助けて。誰か――シンさん!!)

「そらよっと!!」

男がソラの服を力任せに引き裂く。

「いやぁぁぁぁぁっ!!」

ソラはあらん限りの声で叫んだ。
ブラウスの破ける音を掻き消す程の大きな声で。




「ぶグあっ!!」

思わずソラが目を閉じたその瞬間、重い荷物を落としたような大きな音がした。
自分を押さえ込んでいた力が、急に無くなる。
涙で濡れた瞳を恐る恐る開いてみると、鼻ピアスの男がうめき声を上げてソラの上からいなくなっていた。
自分を抑え込んでいた鼻ピアスの男は、何者かに凄い勢いで蹴り飛ばされたのだ。

「……なんだぁテメ……、ぐぼぉあッッ!?」

何かしゃべる間も与えられず、もう一人の男も殴り飛ばされ、勢いよく壁に叩き付けられる。
いつのまにか黒っぽい背広を着た黒髪の青年が、ソラを守るように立っていた。

「……もう、大丈夫だ」

それだけを言うと彼は、無言で歩を進める。
しかし、その意志は明らかだ。
炎の様なオーラが全てを物語っている。

『貴様等を全て叩きのめす』と。

暗かったからそれが誰なのか判らなかったのかもしれない。
意識が朦朧としているソラは、何処かでこの光景を見た事があると思った。

(何時だったろう? この光景を見たのは……)

それは、ソラがオーブに居た頃の出来事。
あの日、あの人は黒ずくめでサングラスをしていて――そして、今のように圧倒的な強さで全てを吹き飛ばして――

「……シン……さん?」

ソラは呟いていた。
求めいていたかの人の名を。
無意識の内に。
その呟きは背広の青年にも届いた。
深緑の瞳の奥に動揺が走る。

(この少女、シンを知っているのか?)

思わず青年はソラの方を振り向く。
彼女は怯えきった表情で、じっとこちらを見つめていた。
と、その時。

「正義の味方気取りか?ウゼェんだよ!」

青年がソラに気を取られた瞬間、金髪の男が青年の背後から殴りかかってくる。
喧嘩慣れしているようで動きに躊躇いが無い。
が、すでに察していたのか軽く青年にかわされる。
男があせりを見せた瞬間、青年は一気に懐に飛び込んだ。
金髪の男は反応すら出来ず、肘撃ちが鳩尾に突き刺さる。

「うおおおおッ!」

裂帛の気合い。
それと共に金髪の男が、中空に浮かぶ。
アッパー気味の掌打が、金髪の男を浮かせたのだ。
そして止めとばかりにしなやかで鋭い廻し蹴りが金髪の男の顔を捉えた。
何かが潰れる音がして弾け飛んだ男は壁に叩き付けられ、ピクリとも動かなくなる。

瞬く間に三人の男が地に伏していた。
対して青年は僅かも息を乱していない。
強い。
圧倒的に強かった。
突き刺すような視線が、残った四人の男達に叩きつけられる。
暴漢達は気押されたのか、身動きひとつ取れない。

「怪我はないか?」

優しくこちらを気遣う青年に、ソラはかろうじて頷いた。
青年はニコリと微笑んで、あられもない姿のソラに自分の上着を羽織らせる。
そして暴漢達に背を向け、青年はソラを抱きかかえてその場から歩き出した。

「今ならこの程度で許してやる。仲間を連れてとっとと消えろ」

物静かに、しかし炎にも似た猛る殺気を漂わせて、青年は冷たく告げる。
――最後通告。
それがその言葉の意味するところ。

「……ざけやがって!野郎、よくも兄弟をやりやがったな!ぶっ殺してやる!!」

激高した一人が懐からナイフを取り出すと、それを合図に他の男達も次々と角材や鉄パイプ、チェーンといった武器を手にする。
暴漢達は獣のような殺気を剥き出しにするが、だが青年は僅かも動じる様子を見せない。
ただ一言だけ小さくぼやいた。

「バカが。後悔するぞ」

その言葉が彼らの発火点となり、暴漢達は一斉に青年に襲い掛かった。

「死にやがれ!!」

だが次の瞬間、四発の銃声が辺りに轟く。
暴漢達の手にあった得物はその銃撃で全て弾き飛ばされていた。

「治安警察よ!全員そのまま動かないで!」

幾人もの武装警官と共に、銃を手にした赤髪の女性――メイリンがそこにいた。
真新しい硝煙の匂いが、彼女の銃からかすかに漂ってくる。
メイリン達の背後には幾台ものパトカーが止まり、サーチライトで眩しく照らしてきた。
さっきまで辺りに充満していた殺意はたちまち霧散し、暴漢達は一斉に青ざめる。

「そこまでよ!婦女暴行、傷害、殺人未遂の現行犯で、貴方達を全員逮捕します!」

メイリンの言葉を合図に屈強な武装警官達は、次々と暴漢達に襲い掛かる。
慌てて逃げようとした者もいたが、彼らは全員たちまち御用となった。

「相変わらず君はやる事が派手だな」
「あら、絶妙なタイミングといってくれないかしら。大体チンピラとは言え、油断は禁物よ。英雄アスランに何かあったら一大事じゃない」
「わかったよ、メイリン」

青年――アスランはソラを気遣うように、そっと語りかけた。

「本当に……無事でよかった」

まだ震えが止まらない。
自分を抱きしめたまま、ソラは何も言えなかった。
小さく頷くのが精一杯。
助かった。
もう駄目だと思っていた。
なのに、助けが来た。
自然にソラの蒼い瞳から、涙が溢れてくる。
止まらない。
涙が止まらない。
ボロボロと、どんどんこぼれてくる。
そして――。

「うわあああああああああんっっ!!」

ソラは泣いた。
溜まったものを全部吐き出すように、大声で泣いた。
わき目も振らず、ただひたすらに。
アスランはそんなソラを黙って抱きしめる。
何も考えず、ソラは彼の胸の中でただただ無心で泣き続けた。




「さっきザラ参事官から連絡があって、ソラ=ヒダカは無事保護されたそうですよ」
「本当ですか?良かったあ……」

途方にくれていたミリアリアだったがその一報を聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
情報管理省のオフィスの一室。
今のところここにはミリアリアとダコスタの他には誰もいない。
今回の脱走劇でもっとも落ち込んでいるのは、ミリアリアに他ならないだろうし、またダコスタも大層肝を冷やしたのは間違いない。
メイリンからの連絡を受けたのはダコスタだった。
ソラの扱いが情報管理省トップの直属となっていたために、メイリンはソラを保護したという一報を直にダコスタに入れたのだが、理由はそれだけではない。
何故ならソラを使った国策宣伝の一連のシナリオは、ダコスタと彼の部下達が組んだものだからだ。
だがその結果が今回の脱走劇につながったのは明白で、もし最悪の結果になれば、重大な責任問題に発展しただろう。
国民からの批判は避けられないし、そうなればバルトフェルドだってどうなるか分からない。
そういう意味では、詰めが甘かったとダコスタは責任を痛感せざるを得なかった。
それはまたミリアリアにとっても同じだ。
情報管理省報道局広報部長という長ったらしい肩書きこそあれ、ミリアリアの立場は民間マスコミとの現場折衝役でしかなかった。
そういう立場上、ソラ=ヒダカの担当官に選ばれたのも、ある意味避けられない運命だったのかもしれない。
それも仕事、という事で割り切ってはいた。
だが――。

「バルトフェルド隊長……、おっとバルトフェルド大臣直々の仕込みですけどね。お口に合うかどうか」

そういうとダコスタはカップにコーヒーを注いでいく。
それを力なく見ながらミリアリアは、ぽつりと呟いた。

「私……。本当はこういうの好きじゃないんです」

ダコスタの手が止まる。

「だってどう考えてもやりすぎですよ。テロリストの手からやっと無事に帰ってきたばかりの女の子を、一ヶ月も家に帰さないで四六時中、国の宣伝の道具に使うなんて……」
「それは批判として受け取っていいのですか?」
「いえ、そういうわけじゃ……」

つい本音が出てしまったようだ。
思わず口ごもる。

「仕事として割り切れないと?」
「いえ、そうはしてます。そうしないと辛くなりますから。でも……」

ミリアリアはもうそれ以上何も言わなかった。
またダコスタもそれ以上聞かなかった。
彼女の言わんとしている事は分かる。
だが一方で国を支えるというのはこういう汚れ仕事も必要だととも、ダコスタは考えている。
戦場でバルトフェルドとともに戦ってきた時は、もっと血生臭い仕事をいくつもこなして来た。
必要とあれば女子供の住む村を丸ごと焼き尽くしたこともあった。
いまさら綺麗事をいう気はない。
だがふとダコスタは、頭の片隅でこんな事も考えてしまう。
人というものが書類上の数値にしか見えなくなったのはいつからだろう?
戦場ですら生身の人間を相手にしている感触はあったのに、今はそれが欠片もない。
何か遠くに忘れ物でもしたような、一瞬そんな感覚がダコスタの脳裏をよぎった。




アスランは頭を抱えていた。
メイリンもまた自分の目が行き届かなかった事を反省するしかなかった。
ソラは二人を間に申し訳なさそうに、縮こまっていた。

”やり過ぎだ”

レストラン『マキシム』の一角にある個室。
そこでソラの話を聞いた二人は、一致した見解に至ったのだった。

事件の後、ソラが落ち着くのを待って、アスランとメイリンはそのまま彼女を連れ、乗って来た車でその場を去った。
むろん事後処理は治安警察に全て任せて。
途中、ソラの破れた服を変える為に高級ブティックに寄り、ソラの新しい服をメイリンに適当に見立ててもらう。
そしてソラにはそれに着替えてもらった。
見慣れぬ価格にソラは少し驚いていた。
こんな高い服いただけません、と戸惑うソラに、アスランはレジでカードで支払いを済ましながら、こう言うのだった。

「じゃあ、少し食事に付き合ってくれないかな。いろいろ事情も聞きたいから」

そういうわけで、三人はアスランの予約していたレストラン『マキシム』に入る。
予約時間を少々過ぎていたのと人数が一人増えたのは、店側にとって少々予定外だったがさほど問題はなかった。
ウェイターのエスコートで三人は予定の個室に向かい、ディナーを取ったのだった。

「……ふう」

アスランが大きなため息をつく。
せっかくの食事が不味くなってはと思い、話を聞くのはデザートの時にしようとアスランは提案したのだが、どうやらそれは正解だったようだ。
先に聞いていればメインディッシュに出てきたロブスターの絶妙な味わいが、きっと台無しになるところだったろう。
やっと解放されたばかりの少女を、一ヶ月もホテルのスウィートルームに閉じ込めて、マスコミ宣伝に使いまわすとは。
さぞ寂しかっただろう、辛かっただろう。
聞けば聞くほど腹が立つ、アスランはそう思わずにはいられなかった。

「早く家に帰りたいです……」

ポツリとソラがこぼす。
ソラにとって驚きだったのは、自分を助けた二人がオーブでも有数の有名人だった事だ。
キラに並ぶ軍の英雄アスラン=ザラ
そして彼の妻で『治安警察の魔女』と犯罪者に恐れられているメイリン=ザラ
雑誌やTVでたびたび目にしていた二人だ。
だが今のソラに二人に驚く余裕は無かった。
疲れきった心にはただ親切な夫婦にしか思えなくて、その好意に思わず甘えていた。
デザートを口にしながら、アスランがぼやく。

「全く馬鹿げた話だな。人質になってた女の子を休む間もなく、一ヶ月も宣伝のために引きずり回すなんて。バルトフェルドさんは一体何を考えてるんだ?まったく」
「私だってまさかここまで騒ぎが長引くとは思って無かったわよ。せいぜい長くて二週間程度だと思ってたし」
「君がいたのに止められなかったのか?」
「無茶言わないで。ソラさんの管轄は情報管理省が全部握ってて、こっちは護衛チームを出すのが精一杯よ。ヘタに手を出せば越権行為だわ」
「縦割り行政か……やれやれ」

困惑するメイリンの答えに、アスランは呆れた風にしか返す事ができない。
しかし一方でカガリの元で統一連合という政治の大舞台で活躍してきたアスランも、情報管理省がソラを使った理由は理解できた。
彼女はアイドルなのだと。
主席暗殺未遂事件以来、沈んだ国民の空気を明るくする数少ない材料なのだ。
古の賢人はこう言ったらしい。
国を治めるには、民にパンとチーズとワイン、そしてサーカスを与えよと。
しかしアスランはそれにアイドルも含めるべきだろうと考えていた。
国民の心をひとつにし、鼓舞するためのシンボルとしての存在”アイドル”。
かつてラクスがそうだったように、ソラもまた国民のためのアイドルとなったのだ。
しかしラクスと違ってソラはただの無力なナチュラルだ。
もうその心身はボロボロに擦り切れている。
だからついに限界が来て、発作的に逃げ出してしまったのだろう。
これ以上やらせるわけにはいかないと、アスランは決意していた。

「わかった。じゃあ俺が明日の朝一番に主席に言って、このバカ騒ぎを止めさせる」
「あなた?」
「カガリの名前で情報管理省に通達してもらえば問題は無い。そうすればあとは連中が別のネタをマスコミに投げ与えて、沈静化を図るだろう。問題があるようだったら、あとで俺から直にバルトフェルドさんに説明にいくよ」
「……なるほどね。確かにそれなら角は立たないでしょうね」
「ただ真相を知ったら、カガリも怒るかもしれないかもなあ。ヘタするとダコスタ辺りのクビが飛ぶぞ。上手くなだめないと」
「それはあなたの得意分野じゃない?」
「おいおい」

チクリと刺す妻に、アスランも敵わない。
アスランがカガリ直属の近衛総監だというのは、先ほど彼から直に教えてもらった。
だから主席のカガリに直言する事など造作も無いだろうと、ソラは思う。
しかしその主席を呼び捨てとはどういう関係なのだろうか?
ソラはただ興味深そうに二人の話を聞いていた。

「ただそれでもすぐに火消しってわけにもいかないわよ?たぶん一週間ぐらいは掛かるんじゃないかしら?」
「だろうな」
「その間もソラさんはホテル住まい?」

ホテルと聞いてソラの表情が暗くなる。
よほどあそこが嫌なのだろう、とメイリンは察した。
ソラに会うまでは、彼女はシン=アスカへの手がかりだと考えていた。
しかしこうして直に彼女を見てみると、小さくか弱いどこにでもいる少女なのだと、理解させられる。
どこからか彼女を道具の様に考えていた自分を責める、そんな小さな声が胸の内から聞えるような気すらしてきた。
そんな妻の心中を知ってか知らずか、アスランは思わぬ提案してきた。

「いや、ホテルは止めておこう。気も休まらないだろうし、一週間も外に出られないんじゃ可愛そうだ」
「じゃあどこにするの。このまま家に帰せばマスコミが集まって大騒動よ?」
「絶好の場所がひとつだけある」
「?」
「雑音も入らず気晴らしも出来て、さらに静かに過ごせて、しかもマスコミの手の届かない場所といえば……」
「……あなた、まさか……?」

ニヤリとアスランは笑みを浮かべる。

「ああ、そのまさかさ。キラとラクスのところだよ」

「ええええええええええええええええええええええええ!?」

間髪入れず、絶叫が響く。
黙り込んでいたソラからだった。
蒼い瞳を丸く見開いて、ただただ驚いている。
そんな彼女のリアクションに、アスランは愉快そうに苦笑した。


このSSは原案文第14話「ソラ・ヒダカ、故郷に帰る」Bパート2第15話「激動の世界」Aパートを元に、加筆・修正したものです。

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