「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第19話「命の証」Aパート

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匿名ユーザー

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 朝靄の中、そこには静寂と――緊迫が漂っていた。
 ズウゥン、と遠くから地響きが聞こえる。山の向こうの鳥が、一斉に飛び立ったのがここからでも見える。それは群れを成して飛ぶ際の飛び方ではない――驚異に対して恐れを抱き、逃げだそうと蜘蛛の子を散らす様な飛び方だ。
 「……来るぞ、砲撃準備!」
 初老の男、パルスは階級章を見ると統一地球圏連合の中隊長の様だ。彼の指揮する部隊の正式名称は統一地球圏連合軍ヨーロッパ方面ドイツ支部地上軍第三砲課四○二部隊――とても判りやすく言えばドイツ軍ガズウート部隊である。四機のガズウートで構成された一小隊を四つ、それが中隊規模というもので、つまりパルスは十六機のガズウートを指揮する権限が与えられている事になる。
 ……しかし、それはこれから立ち向かおうとする者に対して、パルス当人も「脆弱だ……」としか思えないものだった。しかし、彼は上司の不明を責めるべきではないと思う。本来ならもっと部隊を展開し、任に当たる事が出来たはずだったのだ。
 (昨日未明よりの、各地のトンネルや橋の爆破……無差別テロは我々の展開阻害とみて間違いあるまい……)
 殆どの主要道路は軒並み爆破され、各地に防衛用として展開されていた部隊は逆に身動きが取れなくなった。各部隊は独立して動かざるを得なくなり、本来は混成軍として動くはずのパルス率いるガズウート隊はなんと彼等のみで任に当たらざるを得なくなったのだ。
 (後手後手に回らされている、という事か。自爆テロで敢えて道路を破壊する……それもこれだけ大規模で。航空部隊では満足に部隊を展開出来ないと知っている者の手口だ……)
 内心、歯噛みせざるを得ない。……とはいえ、彼等とて軍人。やるべき事は心得ている。どんなに苦境であろうと、任務を遂行するのが軍人の美徳であり、職務だ。
 「あの様なふざけたモビルアーマー如きに、我らが大地を蹂躙されてなるものか!」
 ズール地方より出現した巨大モビルアーマー“オラクル”は現在、各地の駐留軍を揉み潰しつつ北進している。ドイツを縦に突き進み、北海沿岸へ出る――それが、軍司令部の出した予測だ。目的は、『スカンジナビア王国聖誕祭』の襲撃――四年に一度の大祭典。まして、その祭典にはスカンジナビア王国と関係深いカガリ=ユラ=アスハが参列する事となっている。テロリストが狙う獲物としては、最上位のものである。……そして、その位の獲物であればこれだけのモビルアーマーを引っ張り出した理由も付こうというものだ。
 ならば……やる事は一つ。
 朝靄の中、黄金色の人型が視認された。見間違えようも無い、山すらもその体を隠しきれない巨大な威容を持つ、モビルアーマー“オラクル”だ。
 「全隊、撃てぇっ!」
 パルスの咆哮と共に、ガズウートの砲火が朝靄を切り裂いていく!
 ……それが、敵わぬ事だと数瞬の後には気が付きつつも、彼等は撃ち続けた。せめても、奇蹟を信じて。起こり得ぬだろうと、我知らず思いながら。
 オラクルの手から放たれた光――それが全てを奪い去っていった。


 「……四○二部隊、シグナルロスト。全滅した模様です」
 淡々と、状況をエルスティンが読み上げる。相変わらず感情を含めぬ物言いだが、殊更冷たく感じるのは内容が内容だからだろうか。ともあれ、メイリンは歯噛みする。
 「ヨーロッパ方面軍は自衛も出来なかったって言うの!? デストロイに気が取られた瞬間を狙われたとはいえ、こうも同時爆破テロを防げなかったなんて……!」
 そんなメイリンを諭す様にか、それとも冷水を被せる様にかは知らないが、エルスティンが言う。
 「デストロイと同時爆破テロ犯――後者は自爆テロですが――おそらく同一グループによるものと思われます。連携が取れすぎています」
 「断定は出来ないけれど、そう思う方が自然ね。……動かせる部隊は?」
 言いながらメイリンは、モニタに映るヨーロッパ地図を眺めていた。かつてのデストロイの破壊後も生々しく残った地図を見ると、今更ながら事態が深刻なものになりつつある事を実感出来る。
 「ハノーバーに二〇七機動師団が駐留。この辺りに防衛ラインを築くべく、他の残存部隊集結を急がせています。ハノーバー機動師団はゲルズゲー部隊も存在していますので、そうそう遅れは取らないでしょう」
 「そう願うわ。音楽隊に戦わせる訳にはいかないからね」
 ハノーバーの更に北にはブレーメン、そしてその上には北海が広がる――海上でデストロイタイプを仕留めるのはかなり難しくなる。遮蔽物の無い場所に行けば単純な砲撃戦になるので、“単純な砲撃戦”に特化されたデストロイタイプにとっては願ったりの戦場となるのだ。
 しかし……実のところ、メイリンは引っ掛かっていた。
 (ここまでは完全に相手のペース。でも……我々も防衛ラインを築ける程には追いすがっている。でも、相手はそれを予想していた。それ故の自爆テロによる道路破壊……そこまでしてくる相手、それなのにハノーバー周囲ではテロは起こっていない。まるで、ハノーバーを見逃した、という風に……)
 疑い出せばキリがない、という事は判る。疑心暗鬼になってはいけないのだ。だが、何をするにしても確証がないというのは不安なものである。
 何気なく、メイリンはエルスティンを見た。この冷静な副官が信用する、どうやっても信用の置けない男――それが今のメイリンの切り札という事実に、若干頭を抱えつつも。
 (オスカー、何とかしなさいよ。あんたはまだ、幹部としての仕事をこなしてないんだからね……)
 そう、メイリンは心の中で一人ごちた。


 (……現状では、不可能だ。俺が、奴を倒すのは……)
スウェンはモニタに映る惨状を観察しつつ、そう思う。
既に、オラクルは通りすがりのモビルスーツ部隊を行きがけの駄賃とばかりに揉み潰している。それはもう戦闘などという代物ではなく、ひたすらデタラメなオラクルが、ひたすら潰していくというもので、虐殺というにしても圧倒的すぎた。
そもそも統一地球圏連合は旧連合の造り出したデストロイタイプは極力封印する施策をとっていた――制作するにも、対抗する方法を造るにしろ、異常な資金がかかるからだ。ただでさえ二度に渡る大戦で疲弊したこの時代に於いて、デストロイタイプの計画を推進する事はそれだけで致命傷にもなり得てしまいそうな事だったのである。
 だが、こうしてオラクルというデストロイタイプが完成した時――対策は極端に少ない事に気が付く。陽電子リフレクターを備えたデストロイタイプは、単純な砲撃戦で屠れる様な代物ではない。かつてのエースパイロット達が行った様に、接近しての斬撃がデストロイタイプに対してのもっとも効果的な方法である。
 そうだとすれば、実はハガクレはかなり優秀な対デストロイタイプ用のモビルスーツだろう。だが――スウェンは引っ掛かっていた。
 (奴の武装は、手からの大型ビームだけではない……もっと、何かある……)
 それが判らなければ、“確実に”奴を倒せるとは思えない。スウェンは内心歯噛みしつつも、ひたすらにオラクルを監視し続けた。ほんの少しでも隙を、弱点を見せた時に、一瞬で噛み殺せる様に。


 カシムを狙った銃弾は、ほんの少し急所を逸れていた。シノの登場がカシムの命を救った――そう言って良いだろう。だが……。
 「…………」
 ソラは、後部座席に座ったまま黙り込んでいた。その更に後ろ、荷台には寝袋に包まれたシノの遺体がある。そしてソラの横には、肩口当たりに銃創を負い、息も絶え絶えのカシム。運転するアスラン、助手席に座るジェスは痛ましくて、後部座席を正視出来ないで居た。
 ソラは、懸命にカシムの頭を撫でてあげてやっていた。それしか出来ないのだ――何度も、何度も考えても。その位しか、してあげられる事が無い。まして、荷台に居る親友には目を合わせる事すら出来ないのだ。
 「どうして……っ!」
 思い起こせば、直ぐに涙が浮かぶ。ほんの数時間前まで、生きていた筈なのに。ほんの数時間前まで、笑っていた筈なのに。それが……ほんの数分、目を離した隙に。
 (あの時……私は!)
 あの時――ターニャを失ったあの時、自分は何を思ったのだろう? ようやく、ソラはその事を考え始めていた。
 (あの時……私は、ただ、悲しんでいただけ……! その後も、その後も、その後も! ターニャが命懸けで教えてくれた事を、私は……!)
 それは、違うとも思う。だが、ソラはターニャを失った喪失を、ただそのままにしていた――それが、堪らなく悔しい。
 あの時から、もっと成長していれば。あの時よりも、動けたはずなのに。
 考えるのは、そんな意味もない事。後悔にもならない反省。
 ただ、どうやっても認めたくない――認めたくない事がある。
 (私は……また親友を……!)
 痛かった。ターニャを失った時ぽっかりと空いた穴の塞ぎ方が、どうやったら防げるのか判らなかった。
 アスランもジェスも、そんなソラに何か言葉を掛けようとして――止めた。言葉なんかで、癒される様な事ではない事が、二人には十分判っていたからだ。


 何とかズールの隣町にある病院にカシムを担ぎ込むと、ようやく一行は一息入れる事が出来た。だが……無力感に苛まされていたのは、ソラだけではない。ソラがカシムの看病の為に病室に入っていくと、アスランとジェスは溜めに溜めていた言葉を吐き出した。
 「……くそっ!」
 だんっと、壁に拳を打ち付けるアスラン。ジェスは滅多に吸わない煙草を取り出し、吸おうとして――無造作に指でへし折り、灰皿に押し込む。二人とも、実はソラよりもずっと無力感に苛まされていた。歴戦の戦士であるアスランと、数多の戦場を渡り歩いたジャーナリストのジェス。二人とも、『もっと何かが出来ていた筈だ』と思えてしまう。
 さらに――。
 《……ズールより出現した黄金のモビルアーマーは街道に沿って尚も北上中。現在駐留している統一軍が迎撃に当たっていますが……》
 そう、テレビのリポーターが言った瞬間、画面が光で埋め尽くされる。そのテレビを食い入る様に見ていた人々から「なんだ、故障か?」という声が上がるが、アスランとジェスには何が起こったのか良く解っていた。……撃墜されたのだ。
 そして――二人には、あの機体に誰が乗っているのか解っている。解ってしまっている。
 「セシル……!」
 ぎりぎりと、奥歯を噛み締めながらアスラン。それ以上の言葉を、アスランは口に出さない。出してはいけないのだ――カシムの為にも。今、懸命に命を繋いでいるカシムの為にも。


 病室は、さながら野戦病院の様だった。ひっきりなしに病人が担ぎ込まれ、ベッドの数が足りず床に毛布を引き、そこで医者が手当てに当たる。幸い、カシムはこの病院にカルテが存在していたので優先的にベッドを使わせて貰えた。……ソラにはまだ、解らなかった。カシムの様態がもはや一刻を争う事態に突入しているという事が。
 「カシム君……」
 その小さな手を両手で包みつつ、ソラは思う。せめて、この子だけでも――と。はあはあと呼吸も荒く、苦しそうなカシムの様子はそれだけで胸の潰れる思いになる。ソラは、懸命に願い続けるしかできないで居た。
 (シーちゃん、セシルさん、この子を守って……!)
 そんな事しかできない。その事を噛み締めつつ、ソラはそれでも、願い続ける。無力感に苛まされながら、ソラは両の手で感じる体温が段々と低くなっていく事に焦燥していた。
 ――カシムの主治医がやっと手が空き、診療を開始してすぐに、ソラはこう主治医に言われた。「……覚悟だけはなさって下さい」と。
 アスランとソラ、ジェスはようやくそこでセシルとカシムが今まで何と戦って来たのか聞いた。治る筈の無い難病――それが、もはや抵抗出来ない所まで進行しているという事に。
 「長生きした、と言うべきでしょう。……本来は、数年持つのがやっと、という状況なのです。無論、最善は尽くしますが……」
 言葉を濁す主治医に、ソラは何か言おうとして――出来なかった。何も出来なかった自分が、何かが言える訳がない。ただ、「お願いします、カシムを……」と、絞り出す様に言うのが精一杯だった。アスランもジェスも、何も言わなかった。
 ただ、もう救えない者が居る。それは、厳然たる事実だった。


 アスランは、憤激していた。ただ、憤激していた。
 その事を知っていれば、その時に知っていれば、何とか出来たという実力を持つ者だからこそ、憤激していた。――それが欺瞞以外の何者でもないと知りながらも。全てを救う事など、誰にも出来はしないと知りながら。
 (セシル、もう止めろ……!)
 だが――これ以上は、許せない。もう、これ以上被害を増やす事だけは。これ以上、悲しむ人を増やすのは。
 アスランは腕時計を操作する――緊急時の短波量子通信機だ。会話としては使えないが、世界の何処からでも簡単な信号を送る事が可能な代物で、統一地球圏連合の中でもアスランなどの要人しか所持しないものだ。
 送った指令はとても簡素なものだ。――“剣よ、来たれ”と。


 《――最優先指令確認。コード一〇八。ライス=リッター少尉、聞こえますか? 今すぐにカーゴハッチを開放して下さい》
 マシンボイスが、唐突にモビルスーツ輸送機“マーキュリー”のCICに響き渡る。
 「コード一〇八ってまさか……ちょっと待て、“アル”! まだここはドイツ領空じゃ無いんだぞ!」
 それまで服操縦席で惰眠を貪っていたライスは、大慌てでマイクに怒鳴る。彼等はアスランがオーブを出た事を知った後、大慌てでアスランの愛機を運んで来ていたのだ。当然タイミング的にデストロイ騒ぎを知らなかったので、ライスの反応は完全に度肝を抜かれた人間のそれだった。
 しかし、自立AI“アル”はそんなライスの事など全くお構いなしだった。
 《最優先指令、と伺いました。その程度の事は私の行動を阻害しません。ハッチ開放を、早急に行って下さい。駄目と、仰るのなら……》
 ここまで来ると完全に脅迫である。ライスは、自分の血の気が失せるのが良く解った。
 「ああもう解ったよ、カーゴハッチ開きます! 恨みますよ、アスラン隊長っ!」
 その後の言い訳とか全部僕にやらせる癖に、とか言いながらもライスはカーゴハッチを開く。
朝靄の中、その機体は無造作に外の世界に飛び出して行く。
 “トゥルー=ジャスティス“という名の、この時代を代表する最強のモビルスーツが。


 「……姉ちゃん、シノ姉ちゃん……」
 カシムが譫言の様に喋ったのは、集中治療室へカシムを運んでいく最中だった。おそらく、振動が覚醒を促したのだろう。カシムの手を未だ握っていたソラは、すぐにその事に気が付いた。
 「カシム、気が付いたの!?」
 カシムがソラとシノを勘違いしている――それは些細な事だ。そんな事に、ソラは構わなかった。だが、次に続く言葉には、拘らざるを得なかった。
 「姉ちゃん……兄ちゃんを幸せにしてあげてね。俺が居なくなれば、兄ちゃんは悲しむから……」
 「カシム……」
 違う、違うの――だけど、それは言えない。喉にまで出かかっても、それだけは。シノが既にこの世に居ない、なんて事は。
 「兄ちゃんは、俺の為に凄い無理をしてるんだ……俺、兄ちゃんの負担なんだよ……だから、姉ちゃん……兄ちゃんを頼むよ……」
 「カシム……」
 何と言ったら良いんだろう。十歳前後の男の子が、こんな事しか言えない――その事実に。
 「……俺が居なくなったら、兄ちゃんは悲しむから……だから姉ちゃん……」
 カシムの声は、ますます弱くなっていく。……まるで消え入りそうに。
 「兄ちゃんを幸せにしてあげてね……」
 ――それが、カシムが懸命に伝えたかった言葉なのだろうか。その身を蝕む病魔と闘いながら、それでも周りの人間達に残したかった言葉なのだろうか。
 その言葉を最後に、カシムは集中治療室へ入っていった。そこに、ソラは立ち入る事は出来ない。目の前で閉じられた病室の入り口が全てを拒絶した様で、ソラはじっとそこに立ちつくしていた。


 誰もが俯いていた。誰もが救いを求めていた。誰もが、幸せな世界を望んでいた。
 幸せを作る為に、必要なものは何か? ――今も昔も、“力”が必要なのだ。
 ただ、アスランは歩いていく。何者も恐れず、何者にも引き下がらず。ただ、人々が笑って過ごせる世の中を作りたいがために。
 「……行くのか?」
 「ああ」
 腕組みをしたジェスに問われ、アスランは即答した。その瞳に、決意を漲らせて。
 人を救うという行為は、その人の為に何かを失うという事だ。誰かを助ける為に、その人が労力を使い、犠牲になるという事だ。――アスランにとって、それは何者にも代え難い“正義”そのものだった。
 ジェスが、片手を上げた。
 アスランも片手を上げ、その手をぱんっと叩く。
 「……後は頼んだ」
 「任せろ」
 男達は、決意を固めていた。己の命を賭して、助けたいものがあるから。
 ……守りたいものが、守るべきものが、あるから。


 それは、直ぐにやってきた。
 “真の正義”と銘打たれたモビルスーツ。真の正義とは何か?と問われればアスランとて返答に窮すだろう。だが――今は。今だけは。
 素早くパイロットシートに座り、計器類を確かめ、アスランはこう叫んだ。
 「トゥルー=ジャスティス、アスラン=ザラ出る!」
 人々の救いを求める視線の中、一機のモビルスーツが躍り出る。それは、決意を漲らせるかの様にスラスターの咆哮を響かせ、空高く舞い上がっていった。
 ただ一直線に、恐れも、惑いもなく。

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