「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

”春”への道

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見渡す限りの人、人、人。
ガルナハンに入って数時間。
ヴェルナー=ラインハルトはその余りの多さに圧倒されつくしていた。

「何が人口1300万だっ!ゼロ1つ抜けているではないか!」

誰に言うでもなく愚痴る。
ラインハルトがいるのはガルナハン市街でも最も活気があるとされるメインストリート……であるはずの場所だ。
あるはずというのは、本来「ストリート」であるはずなのだが余りにも人が多すぎて全然「ストリート」の役割を果たせていないのだ。
所々人盛りの中で立ち往生する車が目に留まるが、こうなった車の末路は哀れなものである。
運が良くその場を脱出できたとしてもそこらじゅうにヘコミができているし、たいていの場合はスクラップにせざるを得ないほどに破壊されるのだ。
人口1億3000万――東ユーラシアの統計よりゼロ一つ多い人口、を抱えるこの地域だが、その大半が満足に食事にありつけもしない貧民なだけに、車と
いうものはこの地では大抵の場合妬みの対象となるようだ。

「ぬぅ、どけっこの餓鬼が!」

誰かに足を踏まれた気がする。
思わずまとわりついてくる子供に向かって思わず怒鳴ってしまう。
長年オーブに住み慣れたラインハルトにとって、こんな人口の密集光景は目に見るのも体験するのも初めてだ。
それにもましてラインハルトはこういった人ゴミというのが大の苦手なのだ。
それだけにストレスの溜まり様も尋常でない。
ラインハルト自身、まさかこれほどにすぐ怒鳴るとは思っても見なかった。
だが、そう思ったところでこの人の多さはイライラを掻き立てるには十分すぎるのだ。
何しろ、ガルナハンという狭い地域に1億3000万、オーブ本国の13倍もの人が住んでいる。
ましてや、その人口分布の異常なまでの都市部偏重、そしてその都市の少なさがこの人口密集を生み出していた。
特に、州都ガルナハンへの密集ぶりは他に同じ例がないのではないかというほどの過剰さを見せる。
上からの命とはいえ、ラインハルトにとってこのガルナハンという場所は地獄としか言いようがないものだった。

「早いところ抜けよう…」

このままでは身が持たない。
まだ命は完全には果たしていないが、それなりにはこなしたはずだ。
そう自分を言い聞かせる。
それに、元々生真面目ではない性格のラインハルトにとってこの場合にとるべき行動はそれ以外にありえなかった。





『ガルナハンへ赴き、現地調査をせよ』

それがラインハルトがこの地を訪れた理由だ。
でなければ、こんな所に来るわけもない。
統一地球圏連合のさらに上をいく特別顧問”平和の使者”。
そのトップに立つラクス=クラインの命だからこそ訪れたものだが、それにしても嫌な所に来たものだとラインハルトは思った。
だいたい、ただの調査なら現地に赴く必要などない。

(それにしても、どうやって葬る気なのだ、ラクス様は?)

ラインハルトがわざわざ派遣された理由。
現段階ではごく一部の者しか知らず、また知られてはならない”悪魔の数字”にその理由があった。
”4億3200万”、それがその”悪魔の数字”――今年度中に消し去らなければならない人間の数である。
普通の人間が知ったら即倒してしまうだろう。
ラインハルト自身、最初に知ったときは正気かと思った。
要するに、それだけの数字の人間を殺さなければならない。
でなければ、地球全体が死んでしまう。
2度の大戦と数え切れないほどの紛争によって痛みつけられた地球には、これ以上の人口増加に耐えられる力がない。
遥か昔から指摘されてきた地球の危機――それを常に後回しにしてきた結果、そんなとんでもないことになってしまったのだ。

「まさに、9を生かすために1を殺す……か」

ラインハルトとて、理論上は理解している。
4億3200万を殺せば60億以上もの人々が助かる。殺さなければ、近いうちに地球の全てが死滅する。
データ上では、どちらがより問題かといえば、後者であろう。
地球の全てを殺してしまっては、そこに生きる者に未来はないのだ。
そのために4億3200万を切り捨てる。
そこに感情など存在しない。
全ては世界を破滅から救い出すために――それがラクス=クラインの決断。
その内の1億3000万の”生贄”をガルナハンで賄う。
それに、この地の人々は統一連合に対して否定的な姿勢に終始している。
世界の中から消す対象としては、自らの支配を磐石にする意味でももってこい。
それもまたラクス=クラインの決断であり、ラインハルトがこの地に派遣された理由である。

『いかにして全世界に暴露されず、正当な理由を作った上で1億3000万の人々を切り捨てるか』

その最も効率の良い方法を導き出すのがラインハルトの仕事だ。
そこに感情論は許されない。
この際倫理観とか人道とか言っている場合ではない。


……が、そこは心を持つ人間。
たとえ地球全体を助けるための犠牲とはいえ、4億以上もの人々を”世界のため”という理由で消し去るのは、どうしても後ろめたいものがある。
そうしなければ、全てが滅びると分かっていてもだ。
いつか幸せがくると信じて必死に畑を耕す者を、あるいは生まれたばかりの命を必死で育もうとする母親を、また親を助けようと毎日必死に働く若者
を、『世界のために』という理由で彼らの人生を奪うのだ。
何の罪もなく、ただ必死に生きようとする彼らがその命を奪われる正当な理由がどこにあろうか。
彼らとて、世界のために死ぬために生まれてきたわけではないだろうに。

しかし、しかしである。
ここで自分がやらなければ、地球は本当に滅びてしまう。そんな危機がすぐそこにまで迫ってきている。
後戻りは許されない。
4億の犠牲を払えば地球は生きながらえる。
とりあえずは。
人とは時に信じがたいほど残酷な一面を垣間見せるときがある。
例えば3人の友人と10人の他人、どちらかしか助からないという状況に追い込まれたとき、人は必ずといっていいほど前者をとる。
犠牲となる数の上では後者の方が多いが、である。
人は一方で共存を唱えながら、その一方で生き残るために切り捨てることを平然と行ってきた。
それは今も昔もさして違いはない。
そして、それは生と死、種の存続という自然の論理にも当てはまる。
生き残るためには他者を切り捨てることも必要、そこに倫理だの人道などの入り込む余地はない。

「ああ、神よ。世界のために4億もの人々の命を潰します。でなければ、地球そのものがなくなってしまうのです。生き物は己の血筋を絶やさぬために
他者を殺める、そんな論理を人は否定してきました。ですが、最早そのような奇麗事をいっている場合ではないのです。どうか私をお許しください」

そうして、いるとも知れぬ神に深々と一礼する。
もう迷っている場合ではない。
決して許されぬとは思いつつも、ラインハルトは己の仕事にとりかかった。
この日この瞬間、ガルナハンの運命は定まった。
破滅へのカウントダウンが始まる。

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