頭上より豪雨のごとくビームが注がれる。スレイプニールに何発かが命中するものの、致命傷を避けているのは操舵者の技術によるものだろう。
しかしこのまま手をこまねいていれば、艦が撃沈されるのは時間の問題である。
「シン、シホ、お前らが敵をかく乱して、包囲網に穴を開けろ!」
大尉が命令する。今、ホバーユニットを装備しているMSは、シンのダストガンダムとシホのシグナスだけである。大尉たちのシグナスが前面に出たところで、足の速いバクゥにはまともに対処できない。彼らはスレイプニールの周囲に陣取って防御に徹し、そしていざとなれば敵弾から艦を守る盾になるつもりだった。
「くれぐれも気をつけろ! 先頭のMS、動きが段違いにいい。あれは最新鋭機だ! 」
少尉の警告に返事をする間も惜しんで、シンとシホが立て続けに発進する。離艦直後を狙って放たれた敵弾をかろうじて避け、不恰好ながらも何とか無事に地上に降り立った二機は、ホバーで雪煙を吹き上げつつ敵に向かっていった。
「援護してあげたいものですが、こちらもスレイプニールの面倒を見るだけで精一杯ですね、まったく! 」
中尉が珍しく悪態をつきながらも放ったライフルの一撃が、バクゥの右前脚を捕らえる。動きの遅くなった敵に止めを刺そうと狙いをつけるものの、被弾したバクゥはすぐに後退し、それをかばいつつ他の機体がさらなる波状攻撃をしかけてきた。追撃を加えることもできず、中尉は忌々しげに舌打ちした。
「憎らしいくらいに統制が取れていますね、お見事と言っておきましょう! 」
「無理はするな、被弾したらすぐに後退しろ。数は圧倒的にこちらが多い。無理をせず徐々に戦力を削り取っていけ!」
イザークの命令を、部下たちは過不足無く実行していた。敵を包囲しつつも、決して深入りして攻め込もうとはせず、数の有利を最大限に活かして敵を弱らせていく。
バクゥはスキーの名手の如くに雪上を縦横無尽にかけめぐっていた。
「しかし、こいつは本当にご機嫌なMSですよ、隊長!」
「さすがZAFTで一時代を築いた機体だ。まさに名機ですね!」
余裕の言葉を放つ部下たちに、気を緩めるなよと言いつつも、ディアッカも苦笑いを抑えられない。
はじめ部下たちは、旧式のバクゥに乗って戦うように命令されたとき、あからさまな不満を示したのだ。彼らが普段搭乗しているのは、最新式のマサムネである。今更時代遅れのバクゥに何故乗らなければならないのか、と。
そんな部下たちに、ディアッカはおどけた口調で答えてみせた。
「なるほどなるほど。では聞くが、お前らの中で、炒飯を蒸し器で作ろうとする奴はいるか?」
ディアッカの質問の意図が読めず、「またお得意の中華料理説法のはじまりか?」と怪訝な顔をする部下たちに、さらに彼はたたみかけた。
「さらに聞くが、お前らの中で中華鍋でシュウマイを作ろうとチャレンジしようとする奴はいるか?」
ここに来てようやく、察しの良い部下の何人かが、ディアッカの指摘せんとしていることに気づいた。
「なんにでも適材適所というものがある。ここは東ユーラシア、今は冬だ。
海に囲まれた常夏のオーブとは違う。空を主戦場にするマサムネで、豪雪地帯の戦いに対応しようとするほうがそもそも間違いなのさ。それこそ蒸し器で炒飯を作ろうとするようなもんだ。炒飯には中華鍋が最適。冬のユーラシアでもっとも力を発揮するのは地元のバクゥ。そういうわけさ」
えらそうに言うディアッカだが、もともとは同じ疑問を彼も持ったのであり、回答はイザークのそれの受け売りなのである。
ただし料理の例えはディアッカのオリジナルではあるが。
自画自賛するわけではないが、イザーク隊の部下たちは誰もが優秀なパイロットである。癖のあるバクゥの操縦にもすぐに慣れ、いまや長年の搭乗機の如く見事に機体を動かしている。
不安要素は皆無だった。
作戦は順調に進んでいる。敵も必死の抵抗を見せてはいるが、最終的にこちらの勝利は動かないであろう。
そう思ったディアッカの目に、一機のMSが映った。雪を舞い上げこちらに猛スピードで迫りくるその顔は、ディアッカにはおなじみのものだった。かつては同じ顔を持つMSに、彼自身も搭乗していたのだから。
「ガンダムの顔……そうか、あれが第三特務隊を葬り去った、例のMSか」
ディアッカは舌なめずりを抑えられなかった。高揚感が徐々に湧き上がってくる。今回彼らがこの地に派遣された理由のひとつ、統一連合地上軍のプライドにいたく傷を付けた輩と、とうとう直接対決する時がきたのだ。
敗れたヒルダたちに特段の感情があるわけではない。反ラクス派に対するあまりに苛烈な行状の数々に、顔をしかめることが多かったくらいである。
だが、それはリヴァイブに対して温情をかける理由には、当然なりえない。むしろ奴らの仇討ちは俺たちがしてやろうじゃないか、と戦意をかきたてられる。
「あのMSは俺が相手をする。お前たちは引き続き敵艦の撃沈に専念しろ!」
ディアッカは自機のスラスターを全開にした。ダストガンダムに負けじとばかりに雪を舞い上げ、緑のパーソナルカラーに塗られたストライクブレードは、シンに向かっていった。
一方、シンとは逆方向に機体を進ませたシホの目に、青色のストライクブレードが映る。
右手に対艦刀を構えつつ、戦況を見守るかの如く悠然と構えるそのMSこそが、敵の指揮官機であろうとシホは判断した。
(あれを落とせば、敵も崩れる、はず!)
ホバーを全開にして、一気に間を詰める。シホが接近してくるというのにもかかわらず、ストライクブレードは動こうとはせず、その場に立ったままだ。
「近くまでたどり着けないと思っているの? 舐めるんじゃないわよ!」
シホは敵に狙い打ちされないようにジグザグに軌道を変えつつ、ストライクブレードとの距離を縮めてゆく。
間合いに入る直前にビームサーベルを抜き、速度を維持したまま横なぎに思い切り払った。
「もらったあ! 」
しかし、振り返ったシグナスの視界に、ストライクブレードは映らない。
「あいつ……いったいどこへ? 」
つぶやいたシホは不意に殺気を感じ、考える間もなく、条件反射のように機体を動かした。
避けられたのは僥倖に過ぎなかった。一瞬前までシホのいた空間を、対艦刀が貫く。
シホのビームサーベルを紙一重で避けたストライクブレードは、流れるような動きで彼女の死角に入り込み、斬撃を繰り出したのだった。
シホはすぐに理解した。悔しいけど、接近戦で勝てる相手じゃない、と。
迷わずシホはシグナスのホバーを再び全開にし、後退しつつサーベルを収めてライフルを構える。今度は距離を置いて戦うつもりだった。
「ふむ、動きは悪くない。判断も的確だ。なかなか優秀な奴だな……しかし、逃がさん!」
イザークも動いた。シグナスとの距離を詰めるべく。シホは逆に、ストライクブレードとの距離を置こうとする。
「援護は無用だ。お前たちは、敵艦への攻撃を続行しろ! 」
ディアッカと異口同音の命令を下すと、イザークは目の前の敵にあらためて注意を戻した。さすが東ユーラシア政府軍や、治安警察に煮え湯を飲ませ続ける難敵のテロ組織だ。MSの操縦者の腕も一流ということか、と納得する。
「ここで叩いておかなければ、将来に禍根を残しそうだな。必ず仕留めてみせる! 」
「ええい、エゼキエルも出る! 」
自分たちがみすみす敵をおびき寄せてしまった。責任を感じたヨーコの絶叫は、すぐさまコニールに否定される。
「頭上を取られた状態で、航空機なんて発艦させられるわけないでしょ、狙い撃ちされるのがオチよ! 」
「……何もできないんですか、私たちは」
リュシーの絞り出すような言葉は、誰の耳にも届かない。艦内を満たしているのは、スレイプニールが被弾する音、必死に応戦する機銃の音、何とか包囲を突破しようと矢継ぎ早に指示を出すラドル艦長の悲鳴にも似た声ばかりだ。
一方、ダストガンダムはディアッカ機の射撃に苦しめられていた。機動性ではわずかにダストガンダムが上回っているはずなのだが、ディアッカは正確で間断の無い射撃をもって、シンを自機に近づけさせない。
「くそ、ちょこまかと逃げ回りやがって! 」
「相手の土俵に立って相撲をとるような真似はごめんでね。俺は自分が有利な立場じゃないと戦いたくない卑怯者なのさ」
冗談を言うだけの余裕がディアッカにはあった。パイロットとしての腕は互角でも、射撃のセンスではディアッカはシンにはるかに勝っている。イザークとコンビを組み、彼を援護するために長距離射撃を主としてこなしてきた経験が、彼を射撃のエキスパートとなさしめているのだ。
それでも、普段のシンならばその卓越した能力をもってして、突破口を見出していたかもしれない。ドムクルセイダーの包囲網を破ったあの時のように。
しかし、アスランと会ったその日を境に、少しずつ蓄積していた心身のダメージが彼の技量をわずかばかりに損なっていた。思考力、動体視力、反応速度、それらのわずかな衰えが、ディアッカのような強敵を前にしたとき、決定的なハンディとして顕在化していた。
長距離ライフルの一撃がダストガンダムの肩口をかすめる。
《内部関節にはダメージ無し、影響は軽微》
レイの淡々とした説明。しかし応じる余裕はシンにはない。
ただ、いつまでも捉えることのできないストライクブレードの姿に苛立ちを募らせるだけだった。
シホのシグナスは敵との距離を必死に開こうとしている。
だが、こちらは機動性で敵の方が勝っており、距離をこれ以上詰められないようにするだけで精一杯の状態である。
スレイプニールと、大尉たちのシグナスは、包囲攻撃を何とかしのいでいるものの、徐々に被弾する回数が増えていた。
艦の外壁は、無数の箇所から煙を出している。シグナスのシールドもボロボロだった。
リヴァイブ側は限界に徐々に近づきつつあった。
それを越えた先にあるのが「敗北」の二文字であることを、皆がいやというほど理解していた。