「機動戦士GUNDAM SEED―Revival―」@Wiki

第24話「ガルナハンの春(前編)」Cパート

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 東ユーラシアだけではない。統一連合の中枢であるオーブも、大混乱の只中にある。

 鳴り物入りで派遣された統一連合地上軍。しかしながら派兵された人員の半分以上が犠牲となった上に、目的であった地熱プラントの防衛も適わずに尻尾を巻いて逃げ帰ることとなった。

 いくら治安警察や情報管理省と言えども、今回の失態ばかりは隠し通せるものではない。市民の落胆や失望をせめて少しだけでも軽減させようと涙ぐましい努力をするので精一杯だ。

 普段は面倒ごとをダコスタをはじめとした部下に押し付けるバルドフェルドさえ、陣頭に立って忙しく動き回る始末だ。「やれやれ大変だねえ」と愚痴をこぼしながら。

 国防省はもとより、内閣府のあらゆる部署が今回の敗戦の後処理に追われている。

 しかし混乱はこれからまだまだ続くことを皆が知っていた。






 前を行く男の背中を必死でカガリが追いかける。長身の彼の歩幅は広く、追いつくのに難儀したが、ようやく手が届く距離になると、カガリは相手の手首をがっしと掴んだ。

 振り返るその顔は頬がこけ、目じりには隈が出来ている。憔悴が傍目から分かるほどに激しいものの、生来の精悍さはかろうじて残していた。彼はレドニル=キサカ。統一地球圏連合地上軍総司令官。いや、正確には「前」統一地球圏連合地上軍総司令官であった。

「キサカ、どういうつもりなんだ! じ、じ……辞表をいきなり出すなんて!」

 カガリが大声を張り上げ、問いただす。キサカは今日、いきなりカガリのもとをたずねると、無言で彼女の机に辞表を差し出し、返答も聞かぬまま部屋を出たのだった。

「いきなりではないさ、カガリ。予想くらいはしていただろう? ユーラシア遠征の失敗の責任を取るためだ。俺の辞表程度で事が収まるとは思わないが、まず一番上の人間から責任を果たさなければな」

 淡々とした説明。当然ながらカガリは納得しない。

「でも、でも、でも今回の失態はキサカの責任じゃない! 遠征軍の人事に途中から横槍が入って、内部の連携が崩れたことは、誰でも知っているじゃないか!」

 そうだ、失敗の直接の原因はキサカにはない。

 彼は当初、遠征軍の総指揮をジアード中将に任せるつもりだったのだ。しかしながら当然それは「オーブ派閥を優遇する情実人事だ」との旧連合派閥の猛反対に合い、結局はマルセイユ中将の配置を受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。

 実際には軍内部でも、今回は無理を通されて道理が引っ込んだ挙句に、キサカが貧乏くじを引かされたと同情する意見は多い。だが…

「俺は統一連合地上軍総司令官だ。その総司令官が失敗の責任を取らず、誰が責任を取ると言うんだ? ジアード中将は戦死した。マルセイユ中将も生還こそしたが罷免は免れまい。後は、その二人を任命した俺が残っているだけだ」

「そ、それは…」

 カガリは無言でうつむき加減にしながら、首を横に振るばかりだ。キサカの言葉に納得していない、いや納得はできるが感情的に受け入れられないようだった。

 それを見たキサカの表情が厳しいものになる。今までは、長い付き合いで気心の知れた友人、仲間として接していたが、統一連合主席としての自覚を促そうとしてか、あえて突き放したような、公的な場所での物の言い方をした。

「カガリ主席。くれぐれも言っておきますが、慰留などは一切無用です。むしろ、慰留などすればそれこそ「情実人事だ」と批判を招くことになります。私と貴女が個人的にも親交が深いことはとっくに周囲には知れている。そこはくれぐれもご自重ください。

 そして、これは小言めいてしまいますが、ご自分のお立場を重々お考えのうえ行動してください。あなたは統一連合主席の立場にある方だ。あなたがひとたび判断を誤れば、私が今回、派閥の圧力に屈して遠征軍の兵士たちをいたずらに犠牲にしてしまったように、民衆にいらぬ犠牲を強いることになります。

 それだけは、決して忘れないでください」

 最後にカガリに対して最敬礼すると、キサカは踵を返し、彼女の元から立ち去った。

 キサカは思う。彼女は本質的に変わっていない。7年前のお転婆で、直情的で、危うくて放って置けない少女。

 まるで年の離れた妹を可愛がる兄のように、キサカは彼女を見守り続けたが、もうその役目も果たせそうに無い。だが潮時でもあるだろう。もう彼女も立派な成人だ。そろそろ、誰の力も借りずに、自分自身の意思を持って与えられた責任と義務を果たして行く必要がある。当然、周囲の人間のサポートは必要だろうが、それは自分でなくても良いはずだ。

「そういえば公務にかまけて、最近ウズミ殿の墓参もおざなりになっている。久方ぶりに花を添えに行こうか」

 独り呟くキサカ。そんな彼の思いを知ってか知らずか。

 カガリはまだ、うつむきながら、唇を噛み続けていた。





「東アジア共和国が、事務次官レベル協議の開催時期について延長を申し出てきました。東ユーラシア情勢の緊迫化による国内政治の混乱を理由にしています」

「南アメリカ解放同盟、サハラ解放の虎、赤い三日月、それぞれ新たな政治的要求と、反政府活動の活発化を宣言しています。オノゴロ近郊でも、オセアニア解放軍の残党とおぼしき勢力による、軽微なテロ活動が認められました」

「スカンジナビア王国より、今回の東ユーラシア問題に対する早急な協議の場を設けるよう要請がありました」

 矢継ぎ早の報告を受け、うんざりしたような溜息をつきながら、バルドフェルドは手を振る。

「あー、もういい、もういいよ。とどのつまり『もう、てんやわんやでございます』ってことでしょ?」

 上司のやる気のない返事にこめかみを押さえつつ、ダコスタが報告の主を下がらせる。二人きりになったところで、たしなめの言葉が出てきた。

「『てんやわんやでございます』はさすがに無いでしょう。もう少し言葉を選んでください」

「でもねえ、それより他に言いようがないでしょ? 申し訳ないけど、事ここに至っちゃ情報の整理や管理や統制なんて土台無理だよ」

 それはダコスタも認めざるを得ない。

 東ユーラシアでは、今までも散々現地政府や治安警察がレジスタンス相手に苦戦を強いられていた。しかし、戦闘は基本的に小規模なものにとどまっていたので、そういった苦戦は隠蔽され、少なくとも当地以外では情報の統制がされていた。

 しかし、さすがに今回の遠征軍大敗まで糊塗するのは不可能である。出征した兵士の6割強が戦死。レジスタンスには地熱プラントを奪取され、挙句コーカサス州都まで無血開城の憂き目に会った。

 オーブ通信社をはじめ各報道機関は現地からの情報、言い換えれば統一連合軍の失態を放送し続けている。

「普段はこっちの顔色をうかがって、御用放送にいそしんでいるところまで、今回ウチや治安警察がお咎めをしないのを見て取って、報道合戦に参入する有様だもんね。ああ、浅ましいったらありゃしない」

「……まあ、確かにもう打つ手がないのは認めますがね」

 ダコスタも渋々頷く。今回ばかりはバルドフェルドの方が正論だ。もはや状況は情報の統制などというレベルは超えている。

「そういうわけ。後は、ラクス様たちがどう判断するか、ってだけだよ。ウチはそれに従うだけ」

 だがそこで、バルドフェルドはふと神妙な面持ちになると、机の上に山積みかつ散乱している書類を掻き分けて、何部かを選び出した。

「うーん、こんなところかな。あ、ダコスタ君、後でこれちょっと複写しといて。三セット……いや四セット分ね。で、ラクス様たちに届くようにしておいて頂戴」

 彼に書類を押し付けると、バルドフェルドは椅子にだらしなくもたれかかり、天を仰ぐ。

「余計なお世話かもしれないけど、せめて重要な情報だけは選別してあの四人に渡しておいてあげないとね。このままだと報告書の洪水でパニックになって、何も手に付かなくなるだろうから」

 ダコスタも頷いた。こういう場合、人は溢れる情報に埋没してしまい、情報の重要度、言い換えれば検討と処理の優先順位を付けられなくなってしまうことが往々にしてある。それを選別し、検討と処理をスムーズにするのも情報管理省の仕事なのだ。

 もっとも、世界を運営維持していく統一連合という組織のトップであるならば、それくらいの事は自分で出来なければ話にならないのだが。

 それでも彼ら、キラ、ラクス、アスラン、カガリの四人はまだ若い。何がつまづきの原因になるか分からない。こういうところで年長者がさりげなく手を差し伸べるべきなのだろう。

 普段は不真面目でやる気が見えなく周囲の勤労意欲さえ減じさせかねないバルドフェルドではあるが、こういう押さえるべきところはきちんと押さえ、仕事に穴を開けることは無い。

 だからこそ、小姑よろしく小言を欠かさないダコスタも、他の部下たちも彼に付いて行っているのであった。

 バルドフェルドは呟く。ただし今回は小声で、ほとんど口を動かしているだけで、その言葉は誰の耳にも届かない。

「でも、どうしますか、ラクス様? 今回の選択は、統一連合の今後の試金石、いや事によると分岐点になりかねませんよ」

 彼が選別した書類のうちの一つ。それは、つい先ほど東ユーラシア政府から届けられた、首相からの直筆の要請文書だったのだ。

 何度も読み返したその文書に、彼はもう一度目を向ける。そこにはこう書かれていた。

「現在、東ユーラシア政府に対しローゼンクロイツより、統一連合政府打倒とユーラシアの解放のために共闘するよう申し出があり。当然ながら我が政府にこれを受諾する意思は無し。

 しかしながら州都ガルナハンの民衆はテロリストに迎合し、彼らに与す。敗戦のために疲弊した我々には、恥辱の極みなれどもはや打つ手なし。

 ついては今後の自治権の返上も視野にいれたうえで、ピースガーディアンの派遣を正式に要請する。

 繰り返す。東ユーラシア政府は今後自治権を返上し、統一連合政府に全面協力するよう尽力する。

 そして統一地球県連合政府主席カガリ=ユラ=アスハ殿、統一地球圏連合特別顧問ラクス=クライン殿の二人に対し、 ピースガーディアンの派遣によるテロリストの駆逐を正式に要請する」

「これにどう答えますか、貴女たちは」






 アスランの帰国はあわただしいものだったが、帰国してからのあわただしさはそれに輪をかけたものだった。

 空港から監察局のあるビルに直行しようとしたところ、待ち構えていた政府の職員に半ば強引に送迎車に乗せられてしまったのだ。

 抗議し、理由を問いただそうとしても、彼らも困惑したように首を振るばかりであった。彼らはこう繰り返すのみである。

「アスラン様が帰国次第、歌姫の館にお連れするようにカガリ様から指示がありました。キラ様、ラクス様もお待ちになっているから、と」

 意図的に何かを隠している様子は無い。彼らもアスランが呼ばれる理由を本当に知らないのだろう。西ユーラシアの駐在大使とのやり取りが引っかかっていたのか、政府の職員と聞いただけで少し穿った見方をしてしまったようだとアスランは反省する。

 イザークのことは心配ではあるものの、もうオーブには帰国しているのだ。気持ちははやっているが、ここで監査局に行くのが何時間か遅れたところでイザークの処遇に大きな変化があるわけでもない。そう考え、冷静さを取り戻すようにアスランは努める。

「東ユーラシア情勢のこともある。俺が帰ればあいつらに呼び出しをされるのも当然か」

 実のところ、公務絡みで歌姫の館に四人が集まるのはこれが最初のことではない。今までにも政府の運営上で大きな問題が生じたときに、非公式ながら四人が集まり、意見をたたかわせたことは何回もあるのだ。当然ながら会談は法的にまったく効力を持たないものではあるが、その場で決定したことがカガリやラクスの基本的な姿勢に繋がってもいる。

 非公式な会談ながら、政府では「歌姫の館の集い」として注視されているものなのである。

 アスラン自身は、半ば馴れ合いとも取れるこのような会談は必ずしも好ましくないと思いつつも、統一連合の土台がまだ不安定なこの状況では、こういう場所を設けることもある程度は必要であると認めていた。自分たち、実質的な統一連合のトップの意見がたびたび割れてしまうようでは、現場レベルでいらぬ混乱を招くこともある。

 そして車はオロファトの郊外に向かい、森を抜け、やがてラクス=クライン邸、歌姫の館へとたどり着く。

 護衛に連れられて、いつも会談に使う部屋へと歩を進めるアスラン。いつもは彼の姿を認めると、どこからともなくやってきてまとわり付いてくる孤児たちの姿が今日はない。ラクスたちの話し合いを邪魔しないよう、別の場所に連れて行かれているのである。それはとりもなおさず、今日の話題がとても重要なものであることを示していた。

「このところ凶報続きだが……今回も期待はできないだろうな」

 ついアスランの口から愚痴が漏れてしまう。ソラの出奔に始まり、シノ=タカヤの死、オラクルの暴走、セシル=マリディアの死、シンとの決別、オラクル事件への連合の関与、露骨な捜査妨害、アスランを苦悩させてきた出来事が次々と脳裏をよぎる。

 そして、悲しいかな、彼の予想は見事に当たった。





 バルドフェルドが届けさせた書類。それは今、各人の手元にある。

 コーヒーカップも脇に揃えられているが、それに口を付ける者は誰もいない。皆、口の中がひりひりと乾ききっているが、とても悠長にコーヒーなど飲む気にはなれない。

 ラクスは穏やかな表情を崩していないが、先ほどから無言で書類に目を通している。キラも同様である。カガリは時折眉間に皺を寄せ、小さなうめき声を上げ、手を微かに震わせながら文書を追っている。唯一アスランだけは、西ユーラシアに滞在していたからその内容に対して多少の心構えはできていた。それでも緊張の度合いは他の三人と変わらない。

 それでも一番事情に詳しい者としての責務を感じてか、アスランは確認の意味を込めて書類の要旨を口にする。

「地上軍の大敗、ユーラシア政府の無策に苦しめられ続けた民衆は反政府組織を積極的に支持。あろうことか反政府組織は統一連合からの公然たる離反を示唆して政府を取り込もうとしている。

 結局、打つ手のなくなった東ユーラシア政府がこちらに泣きついて来た、か。まったく、お寒い限りだな」

 やるせなくなる。過去の九十日革命の時も民衆は政府を見限って反政府軍に肩入れした。あれから何年も経つが、問題は何一つ解決することなく、堂々巡りの挙句に元の位置に戻ってしまったということか。多数の市民の犠牲の上に築き上げたはずの平和は、まったく意味の無い、幻想のようなのものだったのだろうか。アスランは悩まずにいられない。

 しかし、悩み、迷い、戸惑っている時間は彼らには残されていなかった。彼らには重要な選択肢が突きつけられているのだ。

 すなわち、ユーラシアにピースガーディアンを派遣するか否か、と。

 キラが、アスランの後に続けて言う。

「困ったときのピースガーディアン頼み、その考えが露骨なのは苦笑するしかないね。東ユーラシアは敵対こそしないまでも、頑なに統一連合との協調をサボタージュし続けてきたのに。

 それにしても75年の発足後、僕たちが紛争解決のために派遣されたのは片手の数で数えるほどしかない。そこまで事態は切迫しているのかな? 」

 書類から十分に状況を読み取りながらも、あえてキラはアスランに問いかける。現場を見てきた者への確認のために。

「早急な対応が必要なのは確かだ。ユーラシアの統一連合に対する反感は根強い。今回の敗北で統一連合の威信は地に堕ちて、彼らの不満をあらためて噴出させることになった。このまま放置すれば、連合に対して公然と牙を剥きかねない。現地の政府にそれを押さえつける力は既にない。

 それにも増して心配なのは、各地の反政府組織が今回の事件を追い風にすることだな。俺たちが少しでも隙を見せれば、それを良いことに過激な行動に走る可能性が高いことだ。対応を誤れば、連鎖反応を起こして、いたるところで紛争が激化するだろうな」

 カガリが背筋を震わせる。統一連合の威信の失墜、紛争の激化、その果てに待つものをアスランは言葉にしなかったが、容易に想像はできる。

 新たなる大戦の勃発。繰り返される悲劇。

 カガリは動揺し、意識が暗転しそうになりかける。腹心のキサカに去られたばかりで、不安にさいなまされる彼女には重過ぎる話題だった。しかし統一連合主席として、彼女はこの問題に向かい合わなければならない。他の三人と同じように。

「状況はよく分かりました。結局私たちには二つの道しか残されていないということですね。

 東ユーラシア政府の要請の通りピースガーディアンを派遣するか。それとも東ユーラシア政府、それに反政府組織と交渉の場を持ち、彼らとの条件交渉に臨むべきか」

 ラクスの問いかけに、真っ先にアスランが答える。

「俺は、交渉の場を設けることを提案したい」

 しかしすぐにキラが彼の意見を打ち消す。

「僕は反対だ。彼らに少しでも妥協すれば、連鎖反応的に各地で紛争が激化する可能性が高い。そう言ったのは君じゃないのか? アスラン」

 キラは眼光を鋭くする。厳しい口調で続ける。

「ピースガーディアンには、すでに第二級配備での待機を命じてある。命令が下されれば、すぐにでも東ユーラシアに出発する準備は整えている。僕はあくまでも徹底して反政府組織を叩くべし、と考える。彼らが今後、無用な争いを起こす気持ちを一切もてないようにするために。

 それに今回、ユーラシア全土のエネルギー問題解決の糸口になるかもしれなかった地熱プラントを強奪し、占拠しているのは彼ら、反政府組織の側だ。
 彼らは貧しい地域へエネルギーを優先供与すると声明を出してはいるが、本当のところはどうだか分かったものじゃない。
 恣意的にエネルギー配分を行い、かえって貧困や格差を増大させる危険性だってある。
 そもそも九十日革命でも、オーブの使節を殺害し、和平への道を閉ざしたのは彼らだ。そう、過去にもテロ行為を繰り返してきた人間たちに譲歩する必要はまったく無い」

「待て、キラ、少し俺の話を聞いてくれ」

 アスランは親友を押しとどめ、何とか彼の気持ちを帰るべく熱弁を振るう。

「ユーラシア現地の疲弊は凄まじいものだ。エネルギーを筆頭にして、衣食住の全てが不足している。今回のオラクル騒動や折からの厳冬が追い討ちをかけているんだ。政府の無策もそれに輪をかけている。
 統一連合の援助も友好国であるスカンジナビア王国などに手厚い一方で、ユーラシアへのそれは薄かったことは否めない。
 だから、市民たちが心情として反政府、反統一連合に走るのも当然なんだ。そして、もう一つ大きな問題がある」

 ラクス、キラ、カガリのそれぞれに視線を順番に向けてから、アスランは言う。

「九十日革命の惨禍を忘れたわけではないだろう?
 俺がユーラシアにいたとき、そこかしこでピースガーディアンに対する怨嗟の声を聞いたよ。正直、平和の使者ともてはやされているピースガーディアンも、統一連合も、オーブも、彼らユーラシアの人間たちにとっては、オラクルと変わりない、破壊の象徴なんだ。
 はっきり言ってしまえば、あの土地の人たちは、現地政府だけではなく、統一連合政府のことも信用していない。
 お前がさっき言った地熱プラントの件にしても、いくら統一連合が公正なエネルギーの配分をうたったところで聞く耳すら持ってもらえないだろう。
 公正の言葉を盾にして、本来地元が受けるべき恩恵すら奪うつもりだろうと、疑いの目を向けてくるに決まっている」

 ふとシンの顔がアスランの脳裏に浮かんだ。アスランの決断に、シンとの再会がまったく影響を与えなかったと言えばウソになる。彼がアスランにぶつけた負の感情は、ユーラシアの住民の統一連合に対する気持ちを代弁しているものなのだと認識させたのだから。

 ピースガーディアン批判は、立場もあってアスランにとって公の場では言えない台詞だった。だが、こういう場所ならば素直に言える。統一連合やオーブにとっての平和の使者は、世界の裏側では悪魔の使いと同一視されているのだ、と。

 カガリはびくりと肩を震わせ、アスランから視線を逸らしたが、キラとラクスは黙って彼の言葉に耳を傾け続ける。

「今回、ピースガーディアンが派遣されれば、多かれ少なかれ市民にも犠牲が出ることは避けられない。そうすれば、ユーラシアの統一連合に対する悪感情は今後決して拭えないものとなるだろう。それに、ピースガーディアンの派遣により不可避となる戦禍の影響で、ただでさえ困窮から抜け出せていないユーラシアに決定的なダメージを与えかねないことも危惧しているんだ。

 だから今回はあえて、反政府組織と交渉の場を持つべきだと思う。反政府組織も一枚岩の結束を誇っているわけじゃない。過激派も穏健派も混在している。

 その穏健派とコンタクトを取り、彼らの要求をある程度受け入れる姿勢を示せば、結果的にはユーラシアとの友好関係を修復できる可能性はある」

「……アスラン、理想論に過ぎるよ、それは。じゃあ、それこそ九十日革命の結末を忘れたわけじゃないだろう?

 たとえ穏健派がこちらとの交渉のテーブルについても、過激派はテロ行為を中断しないだろう。こちらがいくら手を差し伸べても、耳を貸さない人間はいる。そういった人間に妥協をするのはかえって事態を悪化させかねない。みすみす紛争の泥沼に足を踏み入れるようなものだ」

 それに、とキラは続ける。

「オラクル強奪によるベルリン破壊は、今まで散々東ユーラシアに跋扈して現地軍と治安警察に甚大な被害をもたらしてきたローゼンクロイツ残党によるテロ行為とほぼ断定できたと、さっき治安警察省から報告を受けたばかりだ。
 それに、オーブまで遠征してカガリ主席を暗殺しようとしたリバイブ一派もその同志だそうだ。
 結局、彼らの策謀によりベルリンがオラクルに襲われてたくさんの民間人が命を落とした訳だ。
 今、ガルナハンを攻撃しなければ、彼らはますます増長し、無辜の市民に犠牲が出るだろう。僕らが派遣されるだけの正当性はある。間違いなく」

 そうじゃない、とアスランは言いたかった。オラクル強奪の主犯は確かに表面的にはローゼンクロイツだ。しかし、それにはまだ解明できてない裏の事情がある。統一連合側がそれに関与している疑いが濃厚なんだ。そうアスランは言いたかった。

 しかし捜査は中断されている。未確定の事実をもってキラを説得することは不可能だろう。だから、別の切り口でアスランは反論する。

「その危険性は十分にある。だがそれも考慮したうえで、俺は今回は統一連合側が引くべきだと思っているんだ。
 今回は確かに世界の安定に向けての後退になるかもしれない。しかし、統一連合が発足してからまだ5年も経っていないんだぞ? それほど結果を焦る必要がどこにある。
 一歩の後退が、明日の二歩の前進につながると考えれば良いじゃないか。
 押さえつければ押さえつけるほど、それに対する反発もまた強くなる。今回の東ユーラシアでの出来事はその象徴だ。むやみやたらに正義を振りかざして、戦うだけでは物事は解決しない。
 回り道に見えても、徐々に、そう徐々に問題を解決していけばいい。平和は一朝一夕にかなえられるものじゃない。何十年も、事によったら俺たちより未来の世代まで続く努力を礎として築かれるべきものだ」

「僕たちは、それほど悠長に待っている時間は無いよ! 人類はもうすでに、二度も過ちを犯している。これ以上の過ちが繰り返されれば、誇張でもなんでもなく人類そのものの存亡に関わる!」

「お前はいったい、何を焦っているんだ、キラ! 」

「焦っているんじゃない、可能な限り、一刻も早く平和をもたらしたいだけだよ! 」

 キラとアスランの熱のこもった議論は続く。ただし主張は平行線で、お互いに譲りそうもない。ピースガーディアンの派遣をあくまでも主張するキラ、交渉の場を作るべしと主張するアスラン。ラクスは二人の議論のそれぞれを深く吟味するように耳を傾け、カガリは狼狽して二人の間に視線を泳がせるばかりであった。 

 やがて、ラクスが挙手をし、キラとアスランの言葉をさえぎると、提案した。

「お二人のご意見はよく分かりました。でも、どちらも譲るところはないとお考えなのでしょう。ならばいつものように、私たち四人の間で決を取りましょう。少し時間をおいてから

 そう、この四者の非公式の会合で、意見が割れた場合は最後に多数決を取ることがならわしとなっていた。

 当然ながら最終的な結論ではないし、法的な拘束力を持つものではないが、この結論をもって、検討された課題に対する四者の基本的な立ち位置とする、という暗黙の了解があった。

 しかし意見が四人ともに異なったり、二対二で別れた場合はどうするのか? 今までにそういうことはなかったが、そういう場合どうするかの取り決めはされていた。つまり、その場合は、各々がそれぞれ選択した意見に従い、自己責任で行動するのである。

 少し頭を冷やす間を持ちなさい、言外にそう諭され、キラとアスランは一旦議論の矛先を収め、すっかり冷め切ったコーヒーに口をつける。

(それにしても)

 アスランはちらりとキラの方を見る。彼がここまで強硬姿勢を唱えたのがやや意外だったのだ。キラはもともと優しい性格の少年だった。今でこそ、無敗の軍神として崇められる立場であるものの、幼少の頃は羽虫一匹を殺すことすらためらうようなほどだったのだ。

 そんな旧友が、こうも変わった理由を、何とはなしにアスランは理解している。それは、ラクス=クラインとの出会いだ。

 母の仇を討つために、自分から志願して軍隊に入った自分とは違う。望まずして戦いの中に身を投じながら、その卓越した戦闘能力のために戦果を重ねるキラは、戦う理由を常に自問自答していたのだろう。それに一つの答えを提示したのがラクス=クラインなのである。

”戦うことで守れる平和がある。ならば、その行為が根本的に矛盾しているとしても、力を振るうことにためらってはいけない”

 決して正確ではないだろうが、そのような、啓示に近いものをキラはラクスから感じているのではないだろうか。そして、そのラクスの実現しようとしている世界平和のために、己の身命をささげることに、自分の存在意義を見つけようとしている。そうアスランには思えるのだ。

 しかし、それは果たしてキラ=ヤマト本人の意思と言えるのか。厳しい言い方をすれば、自分自身で迷い、悩み、結論付けるべき問題を、ラクスに丸投げしているだけではないのか。そういう危惧すらアスランは覚えているのだ。杞憂であれば良いと思いながらも。

 そんなアスランの思いをよそに時は過ぎてゆく。頃合を見計らい、ラクスが決を取る。

「それでは今回、ピースガーディアンを派遣すべきか否か。

 私から言いましょう。私は、今回の事態に対しては統一連合の断固たる意思を示すため、ピースガーディアンを派遣すべしと考えます。交渉をおこない、いたずらに解決を長引かせることはかえって問題の長期化や深刻化を招くと思います」

 アスランは仕方がないかと溜息をついた。

 わずかだが、ほんのわずかだが、ラクスが平和的な手段を選択するかもしれないと言う期待があったのだ。

 しかし、彼女は事に及んでは決断をためらわない部分も持っている。キラもそれを察して、彼女に同調して今回は強硬姿勢を唱えていたのだろう。ラクスが自分の主張に同意してくれると考えていたのは、少し虫が良すぎたかとも思った。

 そして当然の如く、キラもそれに続く。

「僕もラクスと同意見だ」

 アスランは、それでも反対した。

「俺は、今回は武力をなるべく控え、慎重に事を運ぶべきと思う。さっきから言っているように、俺たちに焦る必要は何も無い」

 二対一。これで決定はカガリにゆだねられた。しかし、間断なく意見を表明したラクスたちと異なり。カガリは自分の番になってもすぐには答えを出さなかった。

 三人の視線が集中する。カガリは先ほどキサカに去られたときのように、うつむき、唇を噛んでいた。

 これが状況も違えば、カガリの結論もまた違ったのかもしれない。彼女は今、追い詰められていた。統一連合の屋台骨すら揺るがしかねない緊迫した状況の下で、キサカという後ろ盾を失い、精神的な余裕を失っていた。

 いつもならばそんな彼女の補佐役として、さりげないサポートをしてくれるアスランも、今は自分の傍らにはいない。テーブルの向かいに座り、彼女に決断を促すような視線を送っている。

 そう、彼女は逃げ出したかった。この場所から。責任ある立場から。目を瞑り、耳をふさぎ、口を閉ざしたかった。

 しかし、それが許されないことも分かっている。

 だから、せめて安易な方、自分が重荷を背負わなくても良い方の選択をした。

「わたしは、わたしは……」

 そして彼女は口にする。

「今回は、ラクスとキラの判断に任せたいと思う」

 自分自身の選択によるものではない、他者への依存の言葉を。

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