「うちにはみんながいた」



深夜二時だった。


しかしその家は未だ電気が付いていた。
中には少年がひとりだけ、親は共働きで家の中に大人はいなかった。
少年は高校生で、金髪で、ガラが悪く、友達の少ない男であった。
少年は椅子に座っていて、テレビは付きっぱなし。
傍にある机の上にはニュースサイトを開いたパソコンと電話が置かれていた。
少年は思い出したかのようにテレビのチャンネルを変えた。
その少年の両手には二つの携帯電話があった。

「コバト……」

その少年は名前を呟く。

コバト。


彼の妹の名前だった。
少年の名前は羽瀬川小鷹。
羽瀬川小鳩は彼の唯一の同居人物であり、妹であった。
小鳩は三日前突然消失し、依然消息がつかめないままだった。
友達や親戚、隣人やネット。警察にも頼ったがそれでも行方は掴めなかった。
少年は不安で苦しそうな顔をしていた。

「どこへ行ったんだよ、小鳩!!」
「お前は俺に何か不満でもあったっていうのかよ…!?」

少年は机を叩き嘆いた。家には机をたたいた乾いた音が響いた。
机の上には冷めた料理があった。
少年の友達が作った料理だが、一切手をつけようとしていなかった。
彼は学校へも行かず、三日眠らず、ただ妹を捜し続けていた。
しかし考えられる場所のどこにもおらず、少年は最悪の事態を頭に浮かべつつあった。
家にはテレビの司会者の声の音と観客の声の音だけが響いていた。
時計の針が二時半を指そうとした時、新しい音がした。

音。

それは固い音。

鉄と鉄がぶつかったような音。

扉の音だった。少年は立ちあがる。
部屋を飛び出し、玄関へ走っていった。
玄関の扉は開いておりそこには少女が立っていた。

背が低く、金髪で、オッドアイの少女。そこには、羽瀬川小鳩がいた。
いつものような黒いゴスロリの服は着てなく、白い修道服を着ていた。
頬や足には擦り傷があり、服には土や泥、血もついていた。


「あんちゃん、怖かったよ…」


少女は泥だらけの鞄を背負っており、泣いていた。
いつものような口調はどこかへ、素の言葉で言った。


◆◆


それからは、本当に色々あった。
兄である小鷹。小鷹の友達。小鳩の友達。
そしてマスコミや警察も謎の三日間をひたすら話させようとした。

だが、小鳩は頑なに何も話そうとしなかった。
人の噂も七十五日とは言ったもので、三ヶ月も経てば皆は聞くことをあきらめた。


そして、季節は秋。
緑繁っていた木の枝も落ち葉となり、白い雲を見せている。
小鳩は教会にいた。
教会に人気はなく、小鳩ひとりっきりであった。

「あの三日間、本当に色々あったたい」

小鳩は鞄の中から皿を取り出す。
そして、あの謎の三日間の事を思い出す。

「にいちゃん…ごめんな、うちのせいで」

にいちゃん。それは望月ジロー
小鳩があの世界に飛ばされ、初めて出会った男の名前。
彼は太陽の光に弱く、ニンニクや十字架が苦手である。
望月ジローは本物の吸血鬼だった。現実にはあり得ない人間であった。

しかし、あの世界ではそれが当たり前だった。
小鳩は三日間そんな世界に飛ばされていたのだ。
だから、誰にも話そうとしなかった。
どうせ、誰も信じないのだから。

「おっちゃん…」

おっちゃん。それはイエス・キリスト
キリスト教の教祖であり、神である人物。
イエス・キリストは2000年前にこの世を去った人物だが、小鳩はその男と出会っていたのだ。
望月ジローを失い、絶望の淵に至った彼女を救った人物。
小鳩と共に行動し、小鳩と共に倒し、小鳩を最後まで守った人だった。

「おっちゃん、おまえがほんとの神だったら今もうちを見ているの?」

「ねぇちゃんも、あねさんも、おじさんも…今も元気にしとっか?」

涼宮ハルヒ、五更瑠璃、カズマ・アーディガン与次郎次葉
今や出会う術は無く、一期一会。あの三日間出会った人たち。
小鳩とは別の世界に帰って行った人たち、そして死んでいった人たち。

彼女は修道服のポケットから十字架を出し、祈った。

「マミねぇちゃんは、知り合いが死んだっていってたたい」

教会の扉が開く音が、した。
ガラの悪そうな男を先頭に、黒髪の女、白髪の女。
「おー、いたいた。」
ガラの悪そうな男は、そろそろ家に帰るように、と言った。
小鳩は頷いた。


小鳩は聖母マリアを見上げ、天に向かって呟いた。


「一護も、ネシンバラも、黒猫も、今はどうしてるか気になるばい」
「おっちゃんもにいちゃんもいなくなって、うちは寂しいよ」

「ばってん」



「うちにはみんながいた」



いつの間にか白い雲は晴れ、
黄昏の光がステンドグラスを通り抜け、教会は黄昏に染り、
羽瀬川小鳩の着ていた、真白な修道服もその色に染まり彩っていた。
そして、羽瀬川小鳩の顔にも、黄昏の光が照らした。
黄昏の光の照らした顔は今を一生懸命に生きている顔だった。
小鳩は小走りながら扉の方へ向かった。


「 ―――――‐ 」


小鳩が教会を出る時、どこかから、声が聞こえた。
なんて言っていたかは聞こえなかったが、小鳩は満足した顔をしていた。

その声は、いつか聞いた声だったから。




「ありがとな、おっちゃん」





【厨二ロワ 羽瀬川小鳩 完】




256:Over the Fourteen -Final Game 8- 羽瀬川小鳩

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最終更新:2012年11月23日 19:19