部活を終えて疲れた体に気だるさを感じながら、巴は校門へと向かう。
今日の練習はそうハードではなかったはずなのに、やたらと疲れた気がするのは精神面のものが大きいからだろう。
「…はぁ…」
溜息を一つ吐き、肩に下げた竹刀袋を調える。
それから校門を出ると、不意に後ろから肩を叩かれ後ろを振り向くと、見慣れた人が立っていた。
「やあ、巴ちゃん」
「のりさん…。誰かと思った」
そこに立っていたのはいつもと変わらぬ明るい笑顔ののりだった。
のりということが分かり巴は少しほっとして笑顔になる。
「私も部活が終わったところだから迎えに来ちゃった」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「ううん。私も巴ちゃんに会いたかったから」
ストレートにそう言われて、巴は照れながらも嬉しくて頬が緩む。
「それじゃ帰ろうか」
「ええ」
照れている巴の手をのりが取って、指を絡め合わせると先に歩き出した。
一瞬指を絡めてきた事に驚いたが、すぐにそれを受け入れ自分からも手を握り返す。
その繋ぎ方は恋人同士そのもので、周囲の生徒の目が少し気になったがのりと一緒にいられる幸せと比べれば些細な物だ。
学校を出てからしばらく他愛も無い話をしながら歩いていたが、不意にのりが巴の顔を覗きこんできた。
「どうしました? 何か付いてます?」
「…巴ちゃん、何かあった? なんか元気無いように見えるんだけど…」
「え…そ、そうですか?」
心を読まれたような気がして、慌てて作り笑顔を浮かべる。普段鈍いようでいてこういう所は鋭い。
それでものりは心配そうに顔を見てくる。
「…無理して笑ってるようにも見えるんだけど、大丈夫?」
「そんな事ありませんよ。のりさんの考え過ぎですよ」
「…そう…?」
巴にそう言われて、のりは「暗く見えたんだけどなぁ…」と呟きながら覗き込むのを止めた。
それを見て巴は少しホッとする。あまりのりに心配を掛けさせたくはなかった。
「あ…そうだ、ちょっとコンビニ寄ってっても良い? 麦茶のパックが切れてるのよ」
道を歩き続けていると、コンビニを見つけたのりが巴にそう尋ねた。
特に断る理由も無いので首を縦に振り、二人はコンビニに入っていった。
蒸し暑い外からクーラーが効いている店内に入ると、心地良さから少しホッとする。
それから目当ての麦茶のパックを棚から取り、のりがレジで精算を済ませる。
その間巴は手持ち無沙汰にレジ周りを見渡すと、そこに置いてある花火が目に付いた。
もうすぐ夏が終わるという事で種類は少ないものの、手持ち花火などはまだ売っている。
「? どうしたの?」
その様子にのりが気付き、巴はのりの方を向いた。
「いや、もうずっと花火やってないなって思って…」
ここ数年間花火をやった記憶は無い。
子供の頃はよく庭先で花火をやっていたのだが、この歳ではもうそれぐらいじゃ楽しくないだろう。
「そう言えば私もずっとやってないわね。…そうだ、買って公園でやっていかない?」
「え…でも、大丈夫ですかね? 時間とか…」
「少しぐらい大丈夫よ。これでいい?」
そう言って安い手持ち花火セットを二人でお金を出し合って買いコンビニを後にした。
コンビニを出て歩いていると小さな公園を見つけ、そこで花火をしようということになった。
公園には誰もおらず、人影は二人だけだ。
ここに来るまでに日は大分沈み辺りは大分暗くなっている。恐らく花火が終わる頃には真っ暗になっているだろう。
「日が沈むの早くなりましたね、やっぱり」
「もうすぐ夏も終わりね。あ、これがロウソクかな」
花火の袋を漁っていたのりが花火用の平べったいロウソクを見つけた。
それにさっきコンビニで一緒に買った使い捨てライターで火をつけて地面に置きのりが花火を一本取った。
巴も袋から花火を一本取る。
「じゃ、始めましょうか」
「そうですね」
二人が顔を見合わせ、同時に花火に火を点ける。
それから導火用の紙が最初に燃え、次に巴の花火に火が点いてまばゆい火花が吹き出した。
その次にのりの花火に火が点いた。
「あっ、点いた」
「安いのだけど、結構綺麗ね」
一瞬“のりさんの方がずっと綺麗ですよ”なんて台詞が頭をかすめ、そんな事を考えた自分が何となく恥ずかしくなった。
こんな事を言うキャラじゃないのは分かってるけど。
そうして花火をしていると、すぐに手持ち花火は無くなってしまった。
元々安いのでそんな沢山入っていないのは当然だが。
「もう無いですね」
「そうね…あとは線香花火だけね。はい、半分こ」
そう言ってのりが線香花火を五本手渡してきた。
二人は一本ずつ花火を手に取ると、それに同時に火を点ける。
火が点くと花火の先端がオレンジ色に染まり、ジジジと音を立てて丸くなっていく。
「…なんだか懐かしいわね…」
「ええ、久しぶりです。線香花火なんか…」
ジッと集中して花火の先端を見つめて動かない二人。
しばらくすると丸くなった先端から火花が散りだした。
「あ、出てきた…」
「私も…」
口数も少なく、その火花が出る様子を眺める。
しばらく元気良く火花が飛び散っていたが、のりが体勢を直した際に先端が地面に落ちてしまった。
「あ~、落ちちゃった…」
「動くから、ですよ」
残念そうなのりを微笑んで見る巴。
それで体を少し動かした際に巴の花火も落ちてしまった。
「あ…」
「巴ちゃんも一緒ね」
それを見られ、のりが少し意地悪そうに笑う。それに巴も笑って次の花火に火を点けた。
それから二人ともあと二本となったところで、のりが口を開いた。
「どう、楽しかった?」
「ええ。久しぶりに童心に帰った気がします」
「よかった。少しでも元気になってくれて…」
「え?」
その台詞を聞いて、巴はのりの顔を見た。
のりは花火を指先にクルクル巻きつけながら、それを見ながら口を開く。
「無理して笑ってたの、分かってたわよ。いつもと違うんだもん」
「…分かってたんですか…」
「うん。あんまりお姉ちゃんを甘く見ないでね」
冗談めかしているけど、巴の事を心配しているのがよく分かった。
「…実は、今度の大会の団体戦メンバーから外されてしまって…」
巴は隠しても無駄だと思い、部活であった事をポツリポツリと話し始めた。
それにのりは手を止めて、巴の方を見る。
「…まあ、仕方ないかも知れませんけど。クラス委員の仕事もあったし、雛苺の相手とかもあって忙しくて、部活に集中できてませんでしたから…」
「そう…」
「…でも、やっぱショックでしたね。これまでの大会には参加してましたから…」
巴は話を続けながら線香花火に火を点ける。
それに釣られるように、のりも火を点けた。
「自分が悪いって分かってるんですけど、どうも…」
「…巴ちゃんの気持ち分かるわ。私もラクロスやってるから」
「のりさんも?」
「うん。…ジュン君が引き篭もってた時期はラクロスどころじゃなかったから…久しぶりに復帰したら、大会メンバーから外されて…」
線香花火の火花が飛び散るのを眺めながら、のりは話し続けた。
その話を巴もじっと聞いている。
「…でも、そこから頑張ってまた選ばれた時は嬉しかった。頑張った甲斐があったなって」
「そうですか…」
のりは線香花火から巴に目を移し、いつもと同じ元気な笑顔を浮かべた。
「だから、巴ちゃんもまた選ばれるわよ。私はずっと応援してるから」
「…ありがとう、のりさん。おかげで元気になりました」
のりに励まされ気持ちも軽くなり、巴は自然と笑顔になっていた。
それから線香花火に目を移すと、それは既に火が消えて下に落ちて消えていた。
残りはあと一本だ。
「これが最後ね」
「ええ。今度はもっと沢山やりたいですね」
「そうね。…そうだ。どっちが長く火が点いてるか勝負しない?」
「勝負ですか? 良いですよ」
「それだけじゃつまらないから…巴ちゃんが負けたら、私にキスしてもらおうかな」
「き、キスですか?」
いきなりの提案に、巴は思わず素っ頓狂な声を上げた。
それがおかしそうに、のりは悪戯っぽく笑って続ける。
「ふふ、相変わらず可愛い反応しちゃって」
「…からかわないで下さいよ…」
「それで私が負けたら…巴ちゃんにキスしてあげる。どう?」
「どうって…それじゃ、どっちにしても変わらないじゃないですか」
「キスするのとされるのじゃ大分違うわよぉ。どう、受ける?」
のりのその台詞に巴は少し恥ずかしそうに口をつぐんで俯いた。
しばらくそうしていると、暗い中でも分かる位に顔を赤く染めた巴が顔を上げた。
「…負けませんよ」
「こっちこそ。じゃあ、始めましょう」
のりのその合図で二人とも頷き、同時に火を点けた。
大分涼しいはずなのに暑いのは気のせいだと、巴は自分に言い聞かせながら。
終わり
モデル曲はフジファブリックの「線香花火」より