シュウ、『嵐』に託す(後編) ◆Rd1trDrhhU
「ファイガ!」
呼吸をするかのように軽々と、道化師は巨大な炎を生み出した。
ビッキーのときとは違い、必要以上の手加減はしない。
かといって最初から隙の大きい最大級の魔法をぶつけるほど、愚か者でもない。
この上級魔法は、ケフカにとっては相手の力量を確かめるためのジャブだ。
ファイガの目標は、こちらに向けて信じられない速さで走ってくる忍者。
巨大な炎は、逃げ場のない高熱の檻となって男を包囲する。
ゴフゴフと大型獣のような雄たけびを上げて、男に牙を向く。
鼓膜を破壊しかねない轟音と共に、赤き獣は男を完全に飲み込んだ。
ビッキーに食らわせたものとは、段違いの一撃だ。
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! もう終わりですか! 期待して損したよ!」
炎の中から男が姿を現さないのを見て、ケフカは勝利を悟った。
随分とあっけないものである。
尤も、あの1撃を食らって生きていられる人物など、ケフカの知る中でも両手の指の数程いるかどうか。
こんな事なら、もう少し下級の魔法で嬲り殺しにしてやればよかった、と今更ながらに後悔した。
「さて、正義のヒーローは、どんなマヌケ面をして…………なにィ?!」
おびただしい黒煙が晴れた後には、何も存在してはいなかった。
そこに生えていたはずの草は、全て焼け焦げて消えてしまった。
そして死んだはずの男の姿も、そこにはない。
彼も燃え尽きてしまったのか。
しかし、あの男がそこまで脆いとはとてもじゃないが考えられない。
つまり、導き出された答えは1つ。
「ど、どこだ!?」
男はファイガを回避した!
しかも、ケフカの気付かない間に。
男の姿を探して辺りを見渡すが、緑の大地が続くばかりで誰もいない。
バニッシュを使用して透明になったのか。
だとしても、気配すらもこんなに完全に消せるのか?
「……甘い!」
必死に身体を回転させて、東西南北を見渡すケフカ。
だが、唐突に響いた男の声と、同時に発生した気配。
それは、ケフカが今まで失念していた方向から……。
「……上だな!」
すぐさま魔力を展開。
敵の姿を確認すると同時に魔法が放てるように。
しかし、ケフカが見上げたそこには誰もいなかった。
確かにそこから声がした、気配がしたはずのなのに……。
「遅い」
彼は、ケフカの背後にいた。
次の攻撃の為の予備動作を、しっかりと完了させた上で。
道化師の放ったファイガの魔法を、後方に高速で下がる事で回避した
シュウ。
魔法が止むまではその爆炎に遮られて、ケフカからシュウの姿を確認する事はできない。
そして煙が晴れると同時に空高くジャンプ。
上空から超高速で落下しながら、着地する直前にわざとケフカに呼びかけた。
自分を悟らせる為に。
敵が空中にいると知ったケフカは、当然その方向を見て意識を集中させる。
それこそがシュウの狙い。
その『ケフカが空を見る』行為の最中にシュウはその背後に着地していた。
そして発生させた絶対の隙。
「ぐぇ!」
遠慮も躊躇もない。
あらん限りの力を込めた、全力の蹴りだった。
それを背中にモロに食らって、道化師が大きく吹き飛ぶ。
小手調べのジャブを放ったはずのケフカに、強烈なカウンターをお見舞いする。
相手の隙を探すのではなく、無理やりにでも相手に隙を作る。
これこそが、戦闘のプロであるシュウの戦い方だ。
(……固い!?)
ケフカの背中にめり込ませた足に、痺れを感じた。
絶好のクリーンヒットにはつき物のはずの、確実な手ごたえ。
それが今の1撃からは感じられない。
この防御力は、イーガやグルガのような『強靭な肉体』のものではない。
そういったレベルを超えたこの反作用は、
ちょこのような『異なる者』が持つもの。
「なるほど……」
『蹴り心地』から、敵の分析を完了させる。
あの男、人であることを捨てたものか……。
あるいは、元々が人でない出生なのか……。
どちらにせよ、異形であることは確かであった。
大きく吹き飛んだ道化師が、ゆらりと起き上がったのを見る。
やはり、大したダメージは与えられてないらしい。
(ならば……叩き続けるのみだ!)
どんな化け物だろうと、蹴り続ければ……死ぬ。それだけの事。
だったら、何十発でも何百発でも与え続ければいいだけの話だ。
相手が体制を立て直す前に、猛スピードで肉薄。
そのスピードを殺すことはせず、とび蹴りとしてケフカにぶつける。
「ふげぇ!」
腹部に踵をめり込ませたケフカが、無様な叫び声を上げる。
だが、やはり大した手ごたえは感じない。
この苦しそうな声も、本当なのかどうか疑わしくなってくる。
「ごのぉ!」
ケフカもただ黙ってサンドバッグになるつもりはないらしい。
蹴られながらも、シュウの顔に拳を振りかぶる。
全力のとび蹴りを放った直後のシュウには、絶大な隙が出来ていた。
空中にいては、大した回避行動もとることは出来ないはず。
そこを狙っての1撃だ。
「ふん……」
道化師が反撃を繰り出してきた事に驚きつつも、彼は冷静であった。
飛んできた拳を目で確認するや否や、頭を後ろにずらす。
ケフカの拳はアッサリと避けられ、ただ空気を撫でただけで終わる。
そしてシュウはそのまま背中を大きく反らせると、ブリッジをするように地面に両手をついた。
逆立ちの状態になったら、足でケフカの顎を思いっきり蹴り上げる。
ガツンとした衝撃が、シュウの足にも伝わった。
しかし、それ以上の衝撃が、ケフカの脳を大きく揺さぶる。
「ごへぁ!!!」
狂人の口から、涎が撒き散らされる。
生憎、血は一滴も流れてはいない。
それはつまり、内部へのダメージは殆どないということだ。
それでも、顎を蹴られたら誰だって悔しい。
ケフカが怒りのままにシュウを睨みつけようとした。
「……喝ッ!!!」
だがその目に映ったのはシュウの足。
忍者はいつの間にか体制を立て直して、攻撃に移っているではないか。
浮いた状態という最高の隙を作った敵に、戦闘巧者のシュウが大技を仕掛けないはずがなかった。
全力の回し蹴りがケフカの喉めがけて炸裂する。
ミシリ……と嫌な音が響き渡った。
「死んで償え……!」
「ごぉっっっふ!!!!!!」
最も脆いだろう箇所に、最大級の攻撃を受けたケフカ。
その口から、少量ではあるが血液が噴出す。
受けた蹴りの勢いのままに、大きく吹き飛んだ。
何度もバウンドした末に倒れ付して……遂に動かなくなる。
(やった……か?)
シュウも今回ばかりは確かな手ごたえを感じていた。
期待を込めて、道化師の様子を観察する。
致命傷に至らないまでも、戦闘不能にはなったであろう。
そう、予想していたのだが……。
「ぎ、ぎ、ぎ……」
「…………チィ!」
歯軋りのような耳障りな音は、確かに倒れたままのケフカから聞こえたもの。
そしてこの禍々しい魔力も、間違いなくそこから発せられている。
敵の持つ桁外れの耐久力、そして魔力を前にして、シュウの額から初めて汗が流れた。
「キィィィィィーーーー!!!」
サイレンの様な奇声が響く。
イルカなどは、この音を耳にしただけで気絶してしまうのではないか。
シュウの生存本能が告げる。
逃げろ、と。
1人では、決して敵う相手ではないと、ハンターの勘が告げる。
(引き際も、見極めねば……)
この戦いでのミッションを『勝利』から『生存』へと切り替える。
侮っていた。目の前の敵は、一種の『山』だ。
かつてのガルアーノやヤグン、アンデルのように。
信頼できる仲間、強力な武器、綿密な準備。
それらの要素を、完璧に兼ね備えて臨むべき敵なのだ。
たった1人で、大した武器もなく、
カエル戦のダメージと疲労を引きずったままで挑むべきではない。
「キィィーー! 私が手加減してあげてるのをいいことに、お調子に乗っちゃってーー!
ヒャヒャ! いいだろう、このケフカ様がちょっとだけ本気を出してあげますよ!」
怒りから歓喜へ……狂気はそのままで。
仰向けのままで、長ったらしいセリフを一息で言い切ったケフカ。
ヌゥ……と、軟体動物のように不気味に立ち上がる。
海老反りの状態から、まるで倒れる様子を逆再生するかのように起こされた上半身。
露わになったその顔は、この世のものとは思えないほど邪悪なものだった。
「第2ラウンド、始めようか」
ニヤリと、口を大きく歪めて笑う。
毒薬を丹精込めて、3日3晩煮詰めたような目の色。
あの猛攻を受けても全く剥げない白いメイク。
思わず後ろに飛びのいたシュウに、巨大な雷が迫る。
予備動作もなしに突如発生した魔法は、ゴーゲンの生み出すソレとは比較にならないほどの威力だ。
自分目がけて疾走してきた雷撃を、サイドステップで何とかやり過ごす。
魔法が通り過ぎたのを目で確認すると、それを放った張本人に向き直る。
「……な!」
振り返った彼の目の前に、ソイツはいた。
密着するほど近い位置で、シュウの驚く顔を観察している。
「まさか、逃げるなんて言わないよねえぇぇぇ?」
そう囁いただけで、何もせずに距離を取ったケフカ。
絶好のチャンスを手放したという事は、『いつでも殺せるんだ』という宣言のつもりだろう。
(……不味いな)
冷や汗が止まらない。
魔法に気を取られていたとはいえ、こうも簡単に懐にもぐられるとは……。
スピードも、魔法も、耐久力も、全ての要素が出会ったときの分析を上回っている。
今になってやっとシュウは気付いた。
自分が今まで、遊ばれていたことに。
「そら、避けないと痛いヨ。 ブリザガ!」
開戦のゴングは、冷気の魔法であった。
この瞬間から、両者の攻守関係が逆転。
ついに、ケフカの魔法ラッシュが開始した。
「……!」
自らの周囲の温度が、急激に下がっていくのを感じた。
忍者は、これが氷の魔法である事を悟る。
だが、気付いたからといって、それに応じた対処が出来るわけじゃない。
この冷気を相殺できるような炎の呪文は持ち合わせてはいない。
出来る事といえば、この魔法の有効範囲から逃れる事のみ。
事前にスピードアップをかけておかなかった事を、今更ながら後悔した。
「オミゴト、オミゴト。 じゃあ次は……ファイガ!」
何とか氷塊から逃れたシュウに、今度は炎が襲い掛かる。
この魔法は、最初にケフカが放った魔法なので、その範囲も知っていた。
だから、避けると同時に、それを反撃の機会としようとしたのだが……。
(……早い!)
炎の勢いが以前に比べて速くなっている。
魔法が唱えられてから実際に熱が発生するスピードも、熱が生まれてからそれが燃え広がるまでのスピードも上昇していた。
以前放った『ファイガ』は、手加減されたものだったのか?
(違う……!)
そんな考えが浮かんだが、シュウはそれをすぐに否定した。
感じたからだ。
風と、それになびく草。
それらすらも、さっきまでの倍近くの速度で活動している。
そう。この世界の全てが加速していたのだ。
(『俺が遅くなった』のだ……!)
ケフカは、シュウの最大の長所である『速さ』を殺しにかかっていた。
実際にスロウを食らってから、その事実に気付くまでに要した時間は約1秒。
信じられない状況判断力である。
それでも、ケフカの前ではその1秒さえも致命的。
避けきれなかった分の炎を、右腕でガードする。
直撃したわけではないのでこれといったダメージはないが、それよりも視界が遮られたことのほうが大きい。
「ヒャハハハハハ! こっちですよ、サンダガ!」
「ぐがあ!」
視界不良という絶大な隙に加え、スロウまで食らっている。
この状態で、最大級の雷を避けるなど不可能な話だ。
真後ろから放たれた魔法が、遂にハンターに命中した。
「グラビデ!」
カエル戦での疲労もあるが、シュウが元々魔法に強くない事も決め手だった。
増加した重力は、オリハルコンの鎖となってシュウを大地へと縛りつける。
疲労の溜まった身体に、魔法の直撃まで受けた忍者は限界であった。
足元がぐらついた直後……遂に膝をついてしまった。
「……ぬぅ……!」
「おやぁ? もうオシマイですか?」
ヘラヘラと笑いながら歩み寄るケフカ。
その手には、いつの間に盗んだのであろうか、シュウの支給品である刀。
大切な戦友の愛刀だ。
「言い残す事はあるかな~?」
死刑執行人気取りの道化師は、芝居がかった口調で問いかけた。
大仰な仕草で、紅蓮をシュウの喉元に突きつける。
切っ先が皮膚を薄く裂いて、紅き液体を滴らせた。
(ここまでか……!)
せめて手傷を負わせようと、立ち上がろうとするが、どうにも力が入らない。
そんなシュウを見て、ケフカは手にした凶器を無言で振り上げた。
「あの世に行ったら、ティナに伝えてちょーだい。
『ザマーミロ』ってね!」
握り締めた柄に力を込める。
ありったけの憎しみを込めて、刃は振り下ろされた。
辺りに噴出した血飛沫。
紅い飛沫は草原の緑と共に、妙に綺麗なコントラストを生み出していた。
さて、太陽はもうじき、空の頂点に昇ろうとしている。
光は真上から参加者達を照らし、その視界を逆光で遮る事はもうなくなっていた。
そして風は比較的穏やかで、大した影響はない。
やはり今日は、絶好の射撃日和だ。
サンダウンキッドは引き金を引きながら、そんな事を考えていた。
「なにぃ?!」
銃弾に貫かれたケフカの手首から、血が流れる。
ここに至って初めて、道化師がダメージらしいダメージを受ける事となった。
思わず振り下ろそうとした刀を取り落としてしまう。
「ぐげぇ!」
そんな隙を、超一流のハンターが見逃すはずがない。
重力の枷がなくなった忍者が、ケフカの腹に拳をぶつける。
反撃しようとしたケフカに、
サンダウンの銃弾が襲い掛かった。
「チ、チクショー!」
あの銃の威力を身をもって知っているケフカ。
シュウの殺害を諦め、距離を取って正確に繰り出された銃撃を避ける。
「……苦戦……してたようだな」
「……すまない」
駆けつけたサンダウンの手には、彼の愛銃である44マグナムが握られていた。
あのケフカの身体に傷を負わせた千両役者は、未だに銃口から白い煙を吐き出し続けている。
「……そんなに、強いのか?」
このシュウが殺されかけていた事が、未だに信じられないサンダウン。
ケフカをみると、傷ついた腕に回復魔法を必死にかけていた。
どうやら回復の利きが悪いらしく、何度も何度も腕に向かって手を翳している。
あのふざけた男が、それほどの強者だとはとても思えないのだが……。
「カエルが可愛く見える程にはな」
「……そうか」
シュウが言うならそうなのだろうと、アッサリ信じ込む。
一言だけそっけなく感想を述べると、そのセリフよりも短い時間でリロードを完了してみせた。
通常よりも一回り大きな弾薬であったが、サンダウンにしてみればこれが最も使いやすい標準形だ。
「さて、どうしたものか」
サンダウンの扱っている銃、おそらくあの少女の支給品か。
同じガンマンとして興味をそそられたが、今はそんな事を言っている場合じゃないだろう。
今はあの道化師を何とかしなくては。
サンダウンの銃がケフカに通用したのは、シュウも確認していた。
だが、あれは不意打ちだから命中したようなもの。
今後は、相手もこの銃を警戒してくるに違いない。
ケフカに向かって銃口を構えたら、引き金を引く前に強力な魔法が飛んでくるに決まっている。
どう考えても命中しないリニアレールキャノンなど論外だ。
「方法なら……………………ある」
遠くでこちらを忌々しそうに睨みつけるケフカと、ずっと睨めっこを続けているシュウに告げる。
忍者の片眉が持ち上がった。
異形の力を持つあのピエロすらもを殺す方法を、サンダウンは知っている。
だが、そこには1つだけ、大きなハードルが存在した。
「シュウ……俺が、信じられるか?」
それは、彼の信頼を勝ち取ること。
世界一疑り深い男に、夢物語を信じさせる。
それこそが、ケフカ撃破の唯一にして最大の課題であった。
◆ ◆ ◆
「はぁっ……はぁっ……サン、ダウン……さん……」
胸が締め付けられるのは、全力疾走しているせいだけではないだろう。
息を切らせて走るのは、シュウを助けに行ったサンダウンを追いかける少女。
自分の支給品には銃があった。
どうやら、サンダウンが本来使っていたものらしい。
元々、戦うつもりなどなかったので、ビッキーにとっては無用の長物であった。
ビッキーが付属の弾薬と共に譲り渡すと、眠っていた銃は急に生き生きと嘶き始める。
ガン、ガン……と数発の試し撃ち。
(戦うつもりなんだ……)
恐るべき速さで鳴り響くその銃声を聞きながら、ビッキーは後悔していた。
また、血が流れるのかと。
あのオディオの思惑通りに殺し合い、無意味な悲しみが上澄みされていく。
もう、嫌だった。
冷たくなった身体に涙を零すのは、もう沢山だ。
サンダウンに『笑ってくれ』と頼まれたときも、笑みを見せることは出来なかった。
戦場に向かう彼を見るのが、悲しかったからだ。
「はぁ……いっつぅー……!」
あの道化師につけられた傷が、ヒリヒリと痛む。
もう疲労も限界だ。
ドジだけど元気が取り柄のはずの精神もズタズタ。
いっそのこと、倒れてしまいたかった。
倒れたって誰も責めはしない。
それでも、少女は走る事を止めなかった。
ケフカのような強力な攻撃魔法も、シュウのような鍛え上げられた体術も、サンダウンのような洗練された射撃もない。
この絶望を止める手立てはなに1つなく、危機に瀕した誰かを救う術もなに1つない。
「あう! ……はぁ……それでも……嫌なの……」
盛大に転んでも、細い腕に力を込めて立ち上がる。
お気に入りの白い服は、泥だらけで酷い有様だった。
少女は走れば何かが変わるのだと信じていた。
何かを変えようと必死だった。
「もう、嫌なの……!」
ボロボロの足はなんとか動く。
亀の歩みだけど、まだ進める。
その勇気は、この戦局の結末を、確かに動かす事となる。
「行かなきゃ……」
大切なのは、ある『感情』。
悲しみを解放する鍵は、そのある『感情』に秘められていた。
そして、絶望の連鎖を引き起こすのもある別の『感情』。
こうして、役者は戦場に集う。
最後に笑うのは、悪魔のピエロか。
荒野のガンマンか。
風の忍者か。
無力な少女か。
「行かなきゃ!」
最終ラウンド開始のゴングは、少女の決意の声であった。
◆ ◆ ◆
「何を企んでいるのか知らないですケド、逃げた方が良かったんじゃないかな~?
さっき死にかけたのにねえ。頭ダイジョウブー?」
「…………ふん」
サンダウンを後方に残して、単身でケフカに挑む事になったシュウ。
カエルにケフカと、強者との連戦の疲れは流石に隠しきれない。
戦局は、さらにケフカ有利に傾いてしまっていた。
にも関わらず、頼みのガンマンは仲間に加勢することなく、遥か遠くで目を瞑って棒立ちになっているではないか。
「ま、さ、か、仲間だけでも逃がすつもり? うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
そうは言いつつも、ケフカはサンダウンに注意が向いてしまう。
あのガンマンの持つ銃器の威力を、身をもって知ってしまっているせいだ。
あれを何発も食らっては、流石のケフカも身が持たない。
注意が逸れたところをズガンなんて事は、絶対に避けたい事態である。
だから、目の前の男とは早期に決着をつけたかった。
その為に狂人が選択した戦い方は……。
「スロウ!」
前回と同じく、シュウの長所を殺す事。
先の戦いでケフカは理解する。
この忍者は、回避力は凄まじいものがあり、攻撃魔法を当てるのは至難の業である。
だが、当ててしまえば脆いのだ。
魔法に対する防御力はそれほど高くない。
寧ろ、あのテレポート娘よりも下なはず……。
だから、アキレス腱を潰す。
それこそが、道化師が学んだ事。
「あ~あ、ざんねーん。これでオマエは……」
「はぁ!」
だが、学習したのはシュウも同じ。
天から金色の、光が降り注いだ。
と言っても、別に天使が迎えに来たわけじゃない。
輝く円柱はシュウを囲んで、その身体に加護を与える。
スロウをかけられる直前に予備動作を済ませたスピードアップで、ケフカの魔法を即座に無効化したのだ。
そして、これは魔法の『相殺』ではなく、『上書き』である。
「……! ふ、ふん! ちょっとは学習したようだけど……」
「喧しい」
故に、この魔法の重ねがけの結果として残ったのは、スピードアップの効果のみ。
シュウもまた、長期戦など狙ってはいなかった。
凄まじい勢いで繰り出されたシュウの蹴りを、ケフカが何とかガードする。
サンダウンにも注意を取られている分、道化師の動きはいささか精彩を欠いていた。
「ファイガ!」
「……く!」
それでも疲労の差が大きい。
ケフカが有利な事は変わらなかった。
ガードしたまま、得意の魔法で反撃に出る。
それをシュウは距離を取る事で、回避した。
「あれれれ? まさか、あのピストルヤローは、ただの案山子なのかな~」
「……さて、どうかな」
ここで、ケフカの心に疑念が生まれる。
サンダウンの存在は、ただのこけおどしではないか、と。
つまり、ケフカの注意を散漫にする為だけに、ただ立っているだけ。
銃弾が飛んでくる気配もなければ、2人の戦いを見ている様子さえないのだから。
(ひゃひゃひゃ、そうなんだな?)
嬉しそうに笑う。
一晩かけてジグソーパズルを完成させた子供のように。
シュウの目が泳いだ。
知られてはいけない秘密を、探り当てられた顔をした。
生まれた疑念が、大きく膨らむ。
だとしたら、目の前の男にだけ注意すればいいのだ。
そうなれば、ケフカがこの忍者に負ける要素はない。
ケフカは、心の中でガッツポーズを繰り出した。
目の前の忍者に、ピントを合わせる。
確実にこの男を殺すために。
だが、それこそがシュウの目的だった。
今から数分前のことである。
「ふざけているのか?」
シュウの容赦ない不信が、サンダウンにクリーンヒットした。
ケフカを殺す方法。
サンダウンが提案したその唯一にして絶対の方法は、あまりにも現実離れしたものであった。
「至って真面目な話だ……ハリケンショットならば……ケフカを…………」
「…………12連射なんて……不可能だ……」
サンダウンの持っている44マグナムの回転式拳銃を見やる。
リボルバーな上にシングルアクションという、連射にはまるで不向きなその性能。
おそらくは威力重視して造られているのだろう。
だが、そんな点はサンダウンのテクニックならば障害にすらなり得ないだろう。
シュウが言っているのはそんな事ではない。
彼の主張は、それ以前の話であった。
「リロードをしないで、どうやって12発も……」
シュウが呆れたような声で尋ねる。
サンダウンの拳銃の装弾数は6発。
これは標準的な拳銃の装弾数に等しい。
つまり、この銃はそもそも12発の連射など不可能な作りになっているはずなのだ。
「リロードはするさ……一瞬でな」
実際にカシャリと弾を込めて見せた。
神速のクイックリロードである。
サンダウンの言いたいことは分かった。
6発撃って、すぐさま弾を装填。
そして続けて6発を放つ。
すなわち、リロードを挟んでの連射をすると言っているのである。
「信じられると……思うのか?」
確かに、そんな技が命中すれば、ケフカすらも殺しきる事ができる。
だが、この場でただリロードするのと、連射の合間にリロードを挟むのではわけが違う。
そんな事が可能だとは、シュウはどうしても信じられない。
連射というからには、前に放った6発から間髪いれずに次の6発を放たなければいけないのだ。
そんな馬鹿げた話、長年銃を扱ってきたシュウでさえも聞いたことがない。
「信じてくれとしか言えない」
「…………」
シュウは、ケフカと睨みあいを続けながらサンダウンと会話をしていた。
一瞬だけ、サンダウンの瞳を見つめる。
真剣な瞳は、今の話に嘘も虚勢もない事を証明していた。
「…………頼む」
「………………」
忍者の沈黙が続く。
サンダウンの本気の眼。
そして彼の必死の願い。
それを受けて、シュウが出した結論は……。
「無理だ。逃げるぞ」
「シュウ…………!」
シュウがジリジリと後ずさりを始める。
逃走のタイミングを計っていた。
やはり、信じられない。
その技の難易度や、失敗したときのリスクを鑑みれば、当然の判断だといえる。
「次がある。あの少女を探して逃げるぞ」
「…………」
逃げようと足に力を込めたシュウ。
だが、サンダウンはそれに追従しなかった。
ケフカに向き直って銃を強く握り締める。
「ならば1人で行ってくれ。ビッキーなら東にいるだろう」
だんだんと強くなってきた風が告げる。
射撃を止めるように。
今はその時ではない、と。
「サンダウン! なぜ……」
「……俺には」
ザクザクと、道化師に向かって歩みを進める。
その背中をシュウは、『信じられない』といった目つきで睨みつけた。
サンダウン1人だけで敵うような相手じゃない。
たった1人であの悪魔と戦ったところで、ハリケンショットを撃つ暇などないはずだ。
「護りたい……ものがある……」
サンダウンが今、どういう目をしているのかシュウには分からない。
彼のいる方向からでは、その背中しか確認できない。
それで、充分だった。
「だから俺を置いて…………。……シュウ?」
歩き出したサンダウンの肩を、ガッシリと引き止めた。
そして変わりに自分がズイと前に出る。
直後、サンダウンに降り注ぐ光の柱。
シュウがスピードアップの魔法をかけたのだ。
「……3分までなら稼げる」
サンダウンのハリケンショットは、撃とうと思ってすぐに撃てるものではない。
リロードを挟んでの12連射という矛盾を可能にするには、それなりの精神統一が必要だという。
そのためにシュウが安全に稼げる限界が3分。
蓄積した疲労や、ダメージなどを考えると、それ以上は命に関わる。
「なんとか……5分、稼いでくれ」
「…………分かった」
それほど長時間、無防備な状態を晒すなど、シュウのサポートなしでこの技を放つのは不可能ではないか。
そんな様なのに、サンダウンは1人でケフカに挑もうとしていたのだ。
その無計画さに、思わず笑ってしまいそうになる。
「…………行ってくる」
「あぁ…………」
風が更に強くなってくる。
どう考えても、射撃には不向きな天候であった。
「……ぐぉッ!」
雷撃だけは、何とかわすことができた。
だが、その隙を狙って繰り出された道化師の拳が、忍者の顔面に命中。
グラリと足元がふらつくが、何とか踏ん張って倒れないように努める。
たたらを踏みつつも、何とか立ったままで次の攻撃に備えた。
ケフカが交戦を始めて3分。
その注意をサンダウンから完全に逸らす事には成功。
だが同時に、シュウの体力にも限界が来ていた。
「あひゃひゃひゃ! 動きにキレがなくなってきましたねえ」
ケフカの高笑いすらもが、肩で息をするシュウのなけなしの体力を削り取ってしまう。
それでも、意識を集中して気を失いそうになるのを必死でこらえる。
大地を踏みしめ、まだ足がマトモに機能する事を確認した。
「はぁ!」
大口で嗤う道化師に、とび蹴りを向かわせる。
作戦もなにもない。
戦闘巧者が聞いて呆れる、愚直で真っ直ぐな攻撃であった。
再確認するが、これは防戦だ。
生き残ればそれでいい。
いや、死んだとしても時間さえ稼ぐ事ができれば成功なのだ。
だが敢えて、シュウは自分からケフカの懐へと飛び込んだ。
ケフカにこの戦いの目的を悟らせない為に。
『まだ自分は、お前を殺すつもりなのだ』と思い込ませるために。
しかし、そんな単調な攻撃が当たるわけもない。
安易な攻撃をした、その代償は大きかった。
横にスライドしただけで蹴りを避けたケフカは、大きな隙を作ったシュウにファイガをお見舞いする。
「がぁッ!」
「ヒャハハハ、ブザマですねえ」
追撃をせずに、爆風で吹き飛んだシュウを指差して笑う。
もうサンダウンの事などこれっぽちも気にしていないケフカには、短期決戦で済ませる気は皆無なようだ。
なぶり殺しにシフトしてくれた事は、シュウにとっては忌々しい反面、好都合であった。
(サンダウン……まだか……!)
ドロリと吐き出した血が、健気に生えている雑草を汚す。
ここにきての魔法の直撃は、あまりにも痛い。
体力をごっそりと奪われてしまった。
立ち上がろうと四肢に力を込めるが、限界を超えた肉体はそれの作業にすらも悲鳴を上げる。
4分経過。
もうそろそろ、ハリケンショットとやらが発動してもいいころだ。
もはや、いつ殺されてもおかしくない。
あと1分という短いはずの時間が、永遠に終わらないような気にさえなってくる。
(やはり、無理だったのでは……?)
そんな疑いが浮かんできた。
そんなネガティブな考えを、どうにか脳から消し去る。
信じると誓ったはずだ。
かつて共に世界を救った、
トッシュや
エルク。
今だけは、彼らと同じように、サンダウンの事を信頼すると決めたのだ。
(嵐は必ず……起こる!)
限界を主張する足を無視して、なんとか立ち上がる。
魔法でつけられた傷口から、軽く血が噴出した。
もう、目の焦点が定まらない。
ケフカが、5人くらいに見える。
遥かに続く平坦な筈の草原は、大海原のように波打っていた。
「……はぁ……っぐ!」
横から吹き付けた風に煽られて、よろけてしまう。
シュウがいつも支配しているはずの風。
それすらも、敵となって彼の前に立ちはだかる。
4分30秒経過。
強風は、ここにきて更に強さを増してきた。
天が、サンダウンの射撃の邪魔をしているのだ。
人の分際で、嵐を起こそうとしている愚か者を制裁しようとしているのだ。
「まだ立つんですか? そういう暑苦しいの、ダーイキライなんです!」
そう叫びながら両手を掲げ、魔法を展開する。
それが炎なのか、冷気なのか、雷なのか、もうシュウには分からなかった。
感覚器官が正常に機能していないのだから。
限界など、当の昔に通り過ぎた。
彼は、気力で立っているのだ。
(…………立つさ)
本当ならば、ケフカにそう言ってやりたい。
だけど、喋る体力すらも惜しいのだ。
そんな彼が選択した攻撃は、突進。
捨て身とか、そんなレベルじゃない。
ただ、それしかできないのだ。
だが、その選択は、結果的には正解であった。
「……なぁにぃぃぃ!」
巧みな戦術で自分を翻弄してきたこの忍者から、まさかタックルが飛び出てくると思っていなかったケフカ。
油断する余り、不用意に近づいてしまっていた事もあり、その対処が遅れる。
さらに、ケフカが使っていた魔法は高位の魔法で、その効果範囲も広い。
スピードアップ状態のシュウが避けられるかどうかギリギリだった事からも、その範囲の広さが伺える。
だから、タックルしてきた相手に使用したら、自分も巻き添えになる可能性だってあった。
結果として、道化師はその魔法をキャンセルし、忍者の突進を両腕でガードする事となる。
「ふんッ……調子に、乗るんじゃないッ!」
「……ぐあ!」
予想外の攻撃に、怒りを露わにするケフカ。
そのアッパーが、シュウの腹部を捉える。
続けて繰り出されたストレートが顔面にヒットし、忍者はまたしても地面に倒れこんだ。
血液の飛沫が、赤い虹を形成する。
それがケフカには、たまらなく汚いものに映った。
「ヒャヒャヒャヒャ! そうして這い蹲っているのがオニアイですよ!」
もはやシュウには、その笑い声すらも聞こえない。
もう、敵が誰だとか関係なかった。
ゆっくりと、老人のように立ち上がる。
ただ彼は、嵐を待っていた。
(……立つさ…………)
中腰になったあたりで、一度派手に転んだ。
傷だらけの身体が、地面と擦れる。
だが、シュウはその痛みすらも感じることはできない。
間髪いれずに、もう一度立ち上がろうとする。
嫌になるほどの晴天の中で、馬鹿みたいに嵐を信じていた。
酷く、惨めなで誇らしい気分だった。
4分50秒。
カウントダウンが始まる。
(……何度でも…………)
強風に背中を押されて、立ち上がる。
動かないはずの両腕に、『まだ行けるよな?』と問いかけた。
『当たり前だ』と、右腕。
『愚問だ』と、左腕。
『それでこそ俺の身体だ』、と忍者。
強くなった風は、やがて暴風に変わるのだろうか。
その答えが出るまで、あと10秒。
いや、もう残り8秒になる。
途方もなく、長い。
「……シィッ!」
渾身のパンチは空を切り、勢い余った忍者がよろける。
屈んだ忍者の後頭部に、唾を吐き捨てピエロが笑った。
これが好機とケフカは魔法を発動させようとした。
だが、忍者はまだ終わらない。
重力に逆らう事を止めて素直に地面に手をつき、その手を軸にコマのように回転。
しゃがんだままで回し蹴りを放ったのだ。
あと5秒。
「どこにそんな体力があるんダヨ?!」
足払いを受けて、ケフカの身体が宙を浮く。
だが、そのまま転んでくれるほど甘くはない。
地面に手をつくと、そのまま側転。
クルリと一回転して華麗に着地を決める。
その瞬間に生まれた余りにも短い隙を、好機と言っていいのかは微妙である。
だが忍者は、そこを狙って最後の攻撃に出た。
あと3秒。
(嵐よ……来い……)
バネのように立ち上がって、走り出す。
その手には、友の刀。
不慣れな武器ではあったが、殴るよりは威力が高いだろうと踏んだのだ。
刹那のチャンスを見計らい、シュウの斬撃が放たれた。
もはやケフカにも、軽口を叩く余裕などない。
紅蓮の一撃を右手で簡単にいなすと、右フックをシュウの頬に浴びせる。
グラリとその身体が揺れるが、それでもシュウは倒れない。
だが、刀は今の衝撃でどこかへと吹き飛ばされてしまった。
最後の攻撃は、あっけなく失敗に終わる。
攻撃が空振りに終わったとて、そんな事を嘆く余裕はない。
元よりこれは、時間稼ぎ。
魔法だけは出させないよう、接近戦を続けさえすればそれでよかった。
あと、2秒。
即座に繰り出されたケフカのキックを受け止める。
両腕に響いたがぁんという衝撃は、骨を伝って全身に伝わる。
更に、ガードが降りたところに頭突きを食らい、意識が遠のきそうになる。
流れ出た血が目に入るが、その影響は少ない。
定まることのないフラフラの視界など、使い物になるはずがなかった。
今となっては、皮膚感覚のほうがまだ頼りになる。
(なんでもいい、かわさなくては)
距離をとったケフカが放つのは、パンチか、キックか、頭突きか。
次の1撃さえ、かわせれば……。
道化師が最後に放った攻撃は……。
「ファイガ」
当然ながら、魔法であった。
距離を取ったのだから、得意の魔法を使わない手はないだろう。
限界を迎えたシュウは、そんな事すらも考えられなかったのだ。
脳に供給する分の酸素を、無意識下で運動の方に回していたのかも知れない。
巨大な炎が……弾けた。
あと、1秒。
「風は、吹く……」
全身から血を噴出しながら、シュウが倒れる。
男は、まだ死んでいなかった。
限界を超えて戦い続けた身体に魔法を受けても、まだ生きていた。
意識して魔法を避けたわけじゃない。
ただ、彼は前進したのだ。
先述したように、ケフカの魔法の効果範囲は広い。
そして、ある程度距離を取ったとはいえ、ケフカとの忍者はそれほど離れてはいなかった。
シュウを中心として魔法を展開してしまうと、ケフカ自身も巻き込んでしまう。
それを恐れて、道化師は忍者の後方に魔法を放ち、彼をそれに巻き込ませようとした。
だが、忍者は高速で前進した。
道化師と戦い続けようとしたから。
その結果、魔法はシュウに殆ど命中することはなかった。
「必ず……吹く!」
体内時計が、正確に5分を告げたのを忍者は感じた。
強くなった風は、更に勢力を増して嵐と生まれ変わるのだ。
そう、忍者は信じる。
あと、0秒。約束の時間だ。
戦い続けた男に対して、天は残酷であった。
風が……止んだ。
だんだんとその強さを増してきた風が、ピタリと止んだのだ。
銃弾は飛んでこない。
もう、限界であった。
「そうか……」
前進を続ける身体の力が抜ける。
前のめりに傾いた忍者は、そのまま地面に倒れ付した。
男が待ち焦がれた嵐は……起きなかった。
「そうか、失敗したか」
サンダウンは責めはしない。
彼はおそらく、嘘などついてなかったのだから。
彼を信じた事に、後悔はなかった。
グルリと回って、仰向けになる。
見上げた空は、憎たらしいほど青く静かだった。
そう、こんな日は…………。
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最終更新:2010年07月01日 20:43