シュウ、『嵐』に託す ◆Rd1trDrhhU
嘘みたいな静寂だ。
風を頬に感じながら、
サンダウンは思う。
ここは……本当に城下町なのか。俄かには信じ難い。
これが、ついさっき
カエルと死闘を繰り広げた、あのフィールドのなのだろうか。
戦闘の後からずっとこの町を彩っていた賑やかさは、3人の少女達がみな時空の穴に持ち去っていってしまった。
隣で自分を見つめる忍者は自分と同じくらい寡黙であり、彼女たちのような騒がしさは全く期待できない。
尤も、サンダウンにとっては、こちらの静かな相方の方が居心地が良いのではあるが……。
「……さて」
無人の町を一通り感じたところでガンマンは思考を停止させ、意識を研ぎ澄ませた。
頬で感じるのは、左から右へ吹き抜ける風。
こんなもの、最早微風といっていいだろう。
射撃には、うってつけの日だ。
打ち抜くべき目標までの距離は五十メートルほどあるだろうか。
近い。余りにも近い。
そして背中にぶつかる朝日は、特に視界の邪魔にはなり得ない。
とはいえ、たとえ逆行が邪魔をしたところで、射撃の名手である彼には何の障害にもなりはしないのだが。
絶好のコンディション。
外す要素は皆無だ。
腰に手をやると、あとは一瞬のことだった。
「…………!」
目の前の男が動いたのを確認した
シュウ。
その瞬間から始まった一連の神速を、彼の眼は全て完璧に捉えきっていた。
サンダウンが腰元にぶら下がっているピストルを掴み取る。
グリップを握る。親指で撃鉄を起こす。視線は常に目標物へ。風向きの変更はないかを肌で感じ続ける。
これらの作業を並行して行いながら、銃口を的に向けた。
躊躇いもなく引かれる引き金。
銃声はしない。
銃を持つ手にかかるはずの、発砲に伴う反動もない。
そもそも、この銃に弾は装填されていなかった。
もちろんだが、銃口からは何も出てはこない。
……そのはずである。
この銃、『使い捨てドッカン爆発ピストル』はその名が示す通り、銃としての役割を発揮するのはたったの1度だけ。
1度でもその引き金を引いてしまえば、別の弾を込めようが何をしようが、最早使い物にはなりはしない。
そしてこの銃は、もう既に1度使用されていた。
先ほどのカエル戦でのことである。
国の為に、全てを犠牲にする覚悟を決めた異形の騎士。
彼が放ったバイアネットの弾を、サンダウンはなんと『発射されてから』打ち落としたのだ。
そんな事が可能なのか?
信じられないのは分かるが、本当に可能だったのだ。
なぜ可能なのかと問われれば、『サンダウンだからだ』としか答えようがない。
魔法も使えなければ、シュウのような体術も会得していない。
身体能力は高いといっても、一般人の物差しでの話である。
彼の仲間である高原やレイにはもちろん、アキラにすら劣るかもしれない。
そんな彼ではあるが、ただ一つの条件化においては話が変わってくる。
銃を手にしたとき、その瞬間に彼は『世界で最も神の領域に近い男』となるのだった。
彼の手元から解き放たれた鉛弾は、彼の意図したとおりの軌道で飛び、彼が狙ったまさにその場所を貫き、彼の望んだままの傷痕を残す。
彼が銃を手にしているその間では、『あり得ない』はあり得ないのだ。
そして、彼の隣に立つこのシュウという忍者も、銃の名手だ。
サンダウン程ではないのかもしれないが、彼もその指先で数々の奇跡を演出してきた。
そう、ここにいる2人は銃のスペシャリスト中のスペシャリストである。
だから、なのだろう。
響いた銃声。
サンダウンの右手に生じた反動。
そして、もう銃としての役割を果たす事はないその銃口から……装填すらされてないはずの弾が発射された。
もちろん、いくらサンダウンが神に愛されたガンマンだといっても、銃弾を具現化する能力など持ち合わせてはいない。
これは、イメージだ。
目標までの距離。
周囲の環境。
引き金を引かれた瞬間の銃の角度。
それらから予測される、銃弾の軌道が、2人の銃使いには明確なイメージとして再現された。
彼らの脳内で発射された鉛弾は、風を切り裂きながら死に絶えた町を突き進む。
かつては賑わっていただろう、寂れた商店街。
子供達がはしゃぎ回っていたはずの、侘しい広場。
この絶望の世界ではなんの慈悲も与えてはくれない、朽ちた教会。
それらを尻目に、架空の銃弾は与えられたルートを微塵も逸れることなく辿り、ついに目標と定められた小さな木の実を打ち抜いた。
風で折れてしまいそうなほど細い枝にぶら下がっていた小さな命が、音を立てて破裂する。
そこまでを鮮明に脳内で再現してから、2人の男は現実へと帰還した。
「見事だ……」
民家の外壁に寄りかかっていたシュウが、腕組をしたままその神業を褒め称える。
実際に銃弾が発射されたわけではないので、第3者がこの光景を見たらサンダウンの銃を撃つポーズのカッコ良さをシュウが評価するという、なんともマヌケなシーンに映ったはずだ。
しかし、シュウもサンダウンもそんなことは全く気にする様子はない。
この男たちは、『他人に自分がどう見られているか』などには、全く興味を持っていないのだ。
シュウが今興味を持っているのは、サンダウンの放った弾が描き出したはずの軌道だけである。
彼は一流のハンターであるとともに、一流のガンマンでもある。
銃の扱いには絶大な自信があった。
だが、彼の銃は、どちらかと言えば魔法や体術などと組み合わせる事に特化している。
高速で走り回りながら、銃を扱う術には長けていた。
実際に大勢のモンスターを前にすれば、その強力さが実感できるはずだ。
しかし、連射や射撃精度など、純粋に銃の腕それのみで比較すればサンダウンに軍配が上がる。
今の空想の一撃は、シュウに白旗を揚げさせるには充分すぎるものであった。
「…………」
彼の知る中ではトップレベルのガンマンからの賛辞であるにもかかわらず、当のサンダウンはその言葉に何の反応も見せない。
自分が引き金を引いた銃をジッと見つめて、考え事に耽っていた。
内心では、嬉しさや誇らしさを感じている。
だが、サンダウンという男がそれを表に出す事はない。
それは、彼が長年荒野で生きていく中で、自然と身に付けてしまった性格である。
ここで少し、昔の話をしよう。
彼は、超高額の賞金首だった。
罪もない誰かを殺したとか、そういった理由じゃあない。
この莫大な賞金は、彼が自分で自分の首に賭けたものだ。
戦いが好きだったわけでは決してない。
名保安官として名をはせていた彼は、その世界の誰よりも平和を愛する人間であったのだから。
自らをお尋ね者と化したのは、愛する町を護るための苦渋の決断であったのだ。
だが、平和を愛したその思いも空しく……当然のことながら、多くの男たちがこぞって彼の命を狙いに来た。
ある者は懸賞金を求めて。またあるものは彼を殺したという名声を求めて。
放浪生活を始めてからというもの、彼に近づくのはそういった人物ばかりであった。
鼓膜を響かせるのは、聞くに堪えないほど汚い罵声と無数の銃声。
鼻をつくのは、噴出した血液と立ち込める硝煙の臭い。
目に映るモノは、向けられたススまみれの銃口と孔の開いた無数の死体。
そんな日々を送る中で、サンダウン・キッドは少しづつ愛を忘れてしまった。
少しづつ友情を忘れた。
ありとあらゆる絆を、絆を紡ぐ心を、彼は失った。
どの人物が自分の命を狙っているのかも分からない以上、人を信じるという概念もない。
酒場でマスターの与太話を聞き流している最中でさえも、『誰かが突然銃口を抜かないだろうか』と常に警戒をする日々。
その警戒と不信こそが彼の人生の大半であり、彼にとっての日常だ。
……だからなのだろう。
シュウという男は、サンダウンにとって居心地のいい男であった。
(忍者……だったか……)
銃を仕舞い、再び歩き出したサンダウンは思う。
シュウの『警戒心』は尋常ではない、と。
おそらく彼は、この殺し合いに呼び出されてから、誰1人として『信頼』してはいない。
カエルや
ストレイボウはもちろん、サンダウンやマリアベルすらもだ。
かつての自分がそうであったように、常に警戒心を仲間に対して張り巡らせていた。
いつ襲い掛かられても、すぐに反撃に移られるように。
マリアベルと
ロザリー、ニノの3人が談笑しているときでさえもである。
その僅かな警戒心に気付いていたのは、サンダウン以外ではマリアベルくらいなものだろうが。
それが、忍者の性なのだろう。
サンダウンは自分以上の用心深さを、眼前の男に感じていた。
だが、その『遠すぎる』と言っていい程の距離感は、荒野のガンマンにとってはとても心地のいいものに思えた。
正直に言ってしまえば、あの喧しい3人娘の笑顔を眺めているのも実は悪いとは思わない。
ここが平和な街中ならば、彼女たちを見守って過ごすのも一興だろう。
しかし、ここは魔王オディオの開催した殺し合いの会場。
その中で銃を握るのならば、シュウのようなパートナーの方が『やりやすい』のだ。
この殺し合いの破壊と弱者の保護という『任務』の遂行を第一に考え、いざとなったらサンダウンのような仲間ですらも躊躇なく切り捨ててくれる。
そして、必要以上の信頼を欲せず、自分を語らず、言葉による無駄なコミュニケーションを必要としない。
こういう男が、彼にとって絶好のパートナーと言える。
そういえば、シュウはオディオの放送すらも疑ってかかっていたようだ。
確かに、彼の言うとおり、『嘘の放送によって殺し合いを促進させよう』と主催者が目論んでいるという可能性も充分考えられる。
あの主催者の言うことなど、サンダウンだって信じたくはないのだから。
全くの疑念すら抱くことなくあの放送に一喜一憂する方が、間違っているのかもしれない。
(少し、過剰だとも……思えんでもないが…………)
それにしたって、シュウの警戒心は自分と比較しても異常なレベルにある。
目の前の男に目をやると、彼は相変わらず多少の警戒心を孕んだ瞳をこちらに向けていた。
この男から信頼を得るには、相当な時間を共にしなくてはならないのだろう。
(もし主催者を倒しこの殺し合いから解放することができたら……その時は……)
だが、一度信用すると、その絆は何よりも強い。
トッシュや
エルクの事を、彼は微塵も疑ってはいなかったのだから。
強い信頼の宿った瞳で、彼らのことを『殺し合いには乗らない』と断言した。
(……いや、そんなこと、考えても仕方がない…………)
忍者から視線を反らして、帽子を深く被り直した。
自分は信頼など必要としていないのだ。
この男が誰を信じ、誰を疑うかなど考えても無意味なこと。
警戒されるくらいが、ちょうどいいのだ。
この男が『信頼できる仲間だ』と称したトッシュやエルクたちを、少しだけ羨ましく感じたのも気の迷いだったのだろう。
◆ ◆ ◆
「あれ? あれれ?」
左右に頭をブンブンと振り回して、キョロキョロと辺りを見渡す少女。
綺麗な黒髪が、オーロラ景色のようにユラユラと揺れる。
どうやら彼女は、ここがどこだか分かっていない様子であった。
見渡せば、視界いっぱいの緑。
さっきまでのカラフルな景色はどこへいったのだろうか。
一緒にいたはずの眼鏡の少女もいない。
弔ってやりたかったはずの仲間の亡骸も消えていた。
「……また、やっちゃったんだ…………」
そこまで確認すれば、ドジで鈍い彼女でも、流石に自身の犯した失態に気付いてしまった。
クシャミをした弾みで、こんなわけの分からない場所まで飛んできてしまったということだ。
溜め息を吐いてションボリと俯いた
ビッキー。
彼女の心に湧いてきた感情は、悲しみと……そして自責の念。
いつもいつも、事あるごとにテレポートを暴発させる自分に嫌気がさしてくる。
このミスのせいで、リオウたちには毎回迷惑をかけてしまっているのだ。
大事な戦いの前にテレポートを失敗して、要らぬ体力を使わせてしまったりしたこともあった。
どこだか分からない場所にリオウを連れ去ってしまい、一緒に飛ばした仲間とまとめて行き倒れになりかけたこともあった。
敵との戦いの最中に間違えて仲間を数人吹き飛ばして、残された自分とリオウ、
ナナミが殺されかけたこともあった。
そして今回も……。
親友である少女を弔ってやる事が出来なかった。
彼女を花園に埋めてやろうと提案したのは、他でもない自分だったはずなのに。
「ナナミちゃん……」
名前を口にすると、少しだけ胸に痛みが走る。
チクリという刺激は胸元から喉、鼻へと徐々に上へと昇ってきて、少女の瞳を再び湿らせた。
もう泣いてはだめだ、と空を見上げて必死に瞼に力を込める。
何ともおかしな話だが、ビッキーがナナミの死を経験するのはこれで2度目となる。
以前は、ロックアックス城で、彼女がゴルドー軍の矢に打たれたときだ。
ナナミが死んだという知らせを聞いた彼女は、大急ぎでホウアンの医務室へと駆けつけた。
テレポートを使わずに、ちゃんと自分の足で。
そこで彼女が見たのは、蹲って泣いているリオウの姿。
心を無くしてしまった幽鬼のような表情で、少年は声を上げずに泣いていた。
そんな少年に声をかけてることなど、ビッキーには出来なかった。
不用意に話しかけたら、トランプタワーのように脆くなっていた彼の心が完全に壊れてしまう気がして。
もはや、ナナミの死体を見る気すら起こらなかった。
ただ、ただ、悲しかった記憶しかない。
会議室では、これからの戦いをどうしようとか、どうやって都市同盟を纏めるか、などという話をアップルとシュウがしていたはずだ。
が、ビッキーはそんな話、聞きたくもなかった。
正直に言えば、もう全て止めて欲しかったのだ。
こんな悲しい争いなんて。
もう……リオウとともに、どこか知らない場所にテレポートで逃げてしまいたかった。
ルカ・ブライトと戦ったときもそうだ。
彼女は悲しかった。
あの狂皇が、沢山の人を殺して、いろんな町を炎で包んだ事は知っている。
でも、それでも……大勢の精鋭でたった1人の人間を攻撃して、フラフラに弱っても、弓矢で滅多打ちにして……。
見ていられなかった。
可愛そうで仕方がなかった。
シュウは『平和のための戦いだ』なんて言う。
リオウは『僕がやらなければいけないんだ』などと言う。
誰かは『死んで当然だ、あんな外道』なんて言っていた。
(でも……)
でも、分からない。
大切な人を失って、憎い人を殺して……。
そこまでして手に入れなければならないものとはなんなのだろうか。
大勢の血の上に平和を手に入れたって……そんな大地には綺麗な花など咲かないのだ。
血を吸い続けた大地には、赤黒く変色した花しか咲かない。
さっき見たような綺麗な花など、決して……。
「……あ、
ルッカちゃん…………」
花と言えば……。
花畑に置いてきてしまった少女の事を思い出した。
きっと、城に帰る術を失って路頭に迷っているに違いない。
もしかしたら、酷く危険な状況におかれているのかもしれない。
それも、自分の失敗のせいだ。
「……しっかりしなくちゃ……ダメ……」
早いところ、眼鏡の少女の下に戻らなくては。
彼女まで失ってしまうわけにはいかない。
そのためには、まず現在位置を把握しなくては……。
よし、と気合を入れなおしてディパックから地図を取り出そうとした……。
「またお前ですかーーーー!!!!」
聞き覚えのある方向から、聞き覚えのある怒鳴り声。
カエルの潰れたような、酷く汚いダミ声だ。
驚いて足元を見下ろすと、花園で出会ったあの道化師の姿がそこにあった。
「な、な、なにしてるの?」
「いいから退きなサーイ!」
真っ白く塗られた顔を怒りで赤く染めて、ピエロが叫ぶ。
ビッキーが彼から足を退けると、ゆっくりと立ち上がり、肩で深く息をつきはじめた。
ぜーはー、ぜーはー、と何度も繰り返し、少女の踏みつけによって生まれた疲労を回復しようとする。
その姿を見て、ビッキーは気付いた。
この道化師をテレポートに巻き込んだ上に、踏みつけてしまった事に。
「あ……あの、怒って……ます、よね?」
恐る恐る問いかけるビッキーの表情は固い。
どうやら、テレポートしてからずっと踏み続けていたらしい。
彼の必死の叫びも、悲しみと自責にくれるビッキーには一切届かなかった。
「ぜーはー、ぜーはー……怒ってるか……ぜーはー……だとぅ……?
ぐ……ぐぐぐぐ……グギィーーーー!!! 怒ってるに…………決まってるダロ!
2度目ですよ! 2度目! パン泥棒だって2度もやったら死罪ケッテイだっ!
なぁぁぁんなんですかオマエ! 人を踏みつけて喜ぶシュミでもあるのか?!
どれだけ歪んだ性格をしてるんだマッタクモーーーー!!!!」
10回足らずの呼吸で完全に息を整えると、凄まじい剣幕で少女を罵倒し始めた道化師。
発明少女との言い争いで、気が立っていたこともあったのだろう。
大量の唾を撒き散らしながら、少女へと言葉の弾丸を放ち続ける。
……『性格がゆがんでいる』などというセリフ、どの口がいうのだろうか。
「あ、あの、ゴメンなさい。私、ドジだから…………」
両手を合わせて、本当に申し訳なさそうな表情を見せた。
どれだけ汚い言葉を浴びせられようとも、ビッキーはキチンと謝罪の言葉を述べる。
こんなワケの分からない男など、普通の人間なら関わりたくはないはずだ。
一刻も早く、友人を迎えに行かなくてはならないこの状況なら、尚更である。
それでも彼女は、限りなく面倒くさそうなこの男と対話を試みた。
そんな健気な姿を目にしたら、それだけでビッキーを許してしまうものだ。
一般人100人がいたら、100人全てが彼女の味方につくだろう。
だがしかし……。
「ボクちんが知るものか! そんな事!!!」
……それは一般人の話。
一般人という集団が存在する為には、その対となる『狂人』が存在しなくては話にならない。
そしてケフカというのは、その狂人の中でも更にイカれた存在。
少女の真摯な対応に、なぜか更に怒りの炎を燃やす。
むき出しにされた犬歯の隙間から、罵声が放出された。
「きゃあ!」
遂に道化師の堪忍袋の緒が、プチンと音と立てて切れる。
ビッキーに襲い掛かる雷。
青緑に光る閃光が彼女の傍に落ち、地面に生えていた雑草を黒く焦がした。
プスプスという音と共に、焼け焦げた嫌なにおいがビッキーに届けられる。
「キィィィィー!! 上手く利用できそうだから生かしておいてやろうと思ってたのに!!
ふんっ! 下手に出れば、つけ上がりやがって! バラバラに引き裂いてやるぞ!!!」
ついにその悪魔の本性を現した(最初から悪意丸出しではあったが……)ケフカ。
ありったけの恨みを込めて少女を睨みつけ、殺害を宣告した。
辺りに充満した毒々しい邪気を少女も感じたらしく、身を縮こまらせて怯えだす。
その真っ黒なプレッシャーは、あのルカ・ブライトと対峙したときに感じたソレと大差ない。
「ひゃっひゃっひゃ! ボクちんが怖いか? そうかそうか……ファイラ!」
少女が震えてるのを確認すると、一転して楽しそうな表情を見せる。
詠唱なしに放たれた魔法。
周囲の景色が歪み、朝の草原にまさかの蜃気楼を発生させる。
凝縮された魔力は、熱という悪意となり、少女の体で爆発した。
「きゃぁ! あぁ……あああぁああぁぁ!」
「まだ終わらんじょー! サンダラ!」
「ぐ……はぁ……はぁ……え? きゃあああああああぁぁぁ!」
赤き魔法の熱に苦しんでいる少女に、更なる魔法で追い討ちをかける。
雷の魔法が、ビッキーの体を直撃。
痺れた少女が叫び声を上げるのを、男は愉快そうな目で眺めている。
ジワジワと殺すために、わざと手加減をして高位の魔法を使わないでいた。
「はぁ、はぁ……どうして、こんなこと……」
魔法の応酬に立っていられなくなり、思わず膝をついてしまう。
汗が顎から滴り、大地に生えている雑草を湿らせる。
ビッキーは魔法使いであり、魔法に対しては丈夫に出来ている。
それでも彼女が目に見えるレベルのダメージを与えられているのは、ケフカの魔力がケタ外れだからだ。
「どうして……だってぇ?
フォッフォッフォ! 決まってるでしょー! ユカイだから……さッ!!!」
「……あがっ!」
自らの言葉の語尾に合わせて、ビッキーの顔を蹴り上げた。
顎につま先をめり込ませた少女は、蹴られるがままに宙を舞う。
ふわりと力なく持ち上がった肢体は、重力に逆らえぬまま、頭から地面にぶつかった。
「……あう! ……う、うぅ……もう、嫌だよ…………どうして……みんな……」
仰向けのまま起き上がる事もできない。
体力はあっても、起き上がる気力がなかった。
汗に混じって流れた涙が、大地を一層湿らせる。
今受けた魔法が、蹴りが痛かったからじゃない。
死ぬのが怖かったからじゃない。
彼女が泣いていたのは……。
「ほら、踏まれるのは痛いでしょ」
「ぅぇぇ…………!」
さっきまでのお返しだとばかりに、胴体に足を乗せて思いっきり押しつぶした。
呼吸を封じられた少女は、息も出来ずにパクパクと口の端から泡を吹き出す。
それに血が混じっていたのは、蹴られたときに舌を噛んだせいだろう。
「ひゃっひゃっひゃ! う~ん、なかなかユカイなオモチャでしたよオマエは!」
一通り少女を痛めつけて満足した道化師。
トドメを刺すために、最大級の魔法を展開する。
(なんで……なんで! …………悔しいよ……ナナミ……ちゃん……)
ボロボロの状態の中で、少女は悔し涙を流す。
こんな酷い事をされても、少女は道化師に恨みを感じていなかった。
今受けた数々の痛みすらも、どうでもいい。
置いてきたルッカが心配だという事も、忘れてしまっていた。
ただ少女は悲しかった。
世界が争いで満ちていることに。
「とっとと死ね! …………フレア!」
詠唱が完了したと同時に、魔法を放つ。
少女の体を四散させるために。
ピエロの魔力に呼応して、高密度のエネルギーを帯びた無数の光球が発生した。
それらが、一斉に仰ぎ倒れる少女に向けて集約される。
少女の体を爆心地とせんために。
(ごめんね……ルッカちゃん……リオウくん……もう、嫌だよ……)
抵抗する気もないビッキーは、涙を流して全てを諦めた。
さしてダメージのない体も、動かす気にはなれない。
支障なく仕事を全うできるはずの手足も、働かせる気になれない。
間に合うのかどうか、一か八かテレポート魔法も、使う気にはなれない。
ただ、深い悲しみの中で、少女はひとり……。
涙を流しながら……。
眼前に迫った死を……甘んじて受け入れた。
そして道化師の魔法は、その少女の生命に幕を……。
「そうは……させん!」
男が、飛んできた。
と言うのも比喩ではない。
本当に男は、どこからか飛んできたのだ。
「…………」
全てを諦めた力なき身体。それを抱きかかえた男。
ついでに彼女のディパックを拾い上げると、そのまま風のように速く、そして音もなく走り抜ける。
フレアの合間を縫って、その攻撃範囲からいとも簡単に脱出。
爆発によって舞い上がって土煙が晴れる前にその場から離れる。
あまりに華麗な脱走劇。
おそらくケフカは、乱入者がいたことにすら気付いていない。
水色の髪の毛が、まるで闇夜に光る火の玉のようにおぼろげに揺らめいていた。
「大丈夫か?」
そう問いかけた忍者を、ビッキーは返事もせずに見つめる。
口元は真っ赤なスカーフで覆われて確認できないが、その目は鋭い。
ビッキーは知っている。
これは『狩るもの』の目だ。
大空で獲物に狙いを定めるフクロウ。
水中で弱者を食い散らかす鮫。
そして地上で敵に殺意を向けた忍者。
自分を抱え上げた男は、彼女の仲間であるカスミやサスケたちと同じ目をしていた。
「あ、あの……えっと……」
お礼を言わなければ、と分かってはいる。
だが、急すぎる展開に、紡ぐべき言葉が出てこない。
わたわたと、口を開いては閉じを繰り返す。
「……え?」
ふいに、男の親指が顔に押し付けられる。
乙女の心臓が、ドキリと強く跳ね上がった。
男が自分の涙を拭ってくれた事に気付くのに、数秒を要してしまう。
気が動転した彼女は、泣いていた事すらも忘れてしまっていたのだ。
今度こそお礼を言わなければと、再び男の顔を見つめた。
「あの……ありが……」
「ちぃ!」
またもや、言葉は届かない。
叫ぶが早いか、男がビッキーを抱えたまま飛びのいた。
予告なしに男がジャンプしたものだから、思わず舌を噛みそうになってしまう。
何事かと不審に思いながらも、振り落とされないように男の身体にしがみ付く。
その直後であった。
さっきまで2人がいた場所に、雷が降り注いだのは。
「……サンダウン、彼女を頼む」
誰かに向かって呟くと、いきなり展開された雷魔法に驚く少女を、優しく地面に下ろす。
涙は枯れても、その身体は小刻みに震えていた。
全身は所々焦げたり服が破れたりボロボロで、口元には血が滲んでいる。
少女が味わった恐怖と苦痛を感じ取り、男の瞳が怒りに尖った。
立ち上がって振り返り、今の雷を放った道化師に向き直ろうとした。
だが、それができない。
原因は、心配と不安のあまり、忍者の手を握ったまま離そうとしないビッキー。
簡単に振り払えるほど弱い力ではあった。
しかし、男はそんなことはせず、少女を見つめなおして手を一度だけ強く握り返す。
ゴツゴツとした固い掌から、温かな熱が皮膚を乗り越えて伝わってくる。
その2つの手に更に別の男の手が重なる。
「……あ…………」
「……心配は……いらない……」
その持ち主を追いかけた彼女の瞳に、金色の髭を生やした男が映った。
たった今、サンダウンと呼ばれた男だ。
大切な贈り物の包装を解くように、忍者の手から少女の手を丁寧にほどくと、力強く頷いて仲間を見送った。
サンダウンに倣って振り返れば、あの忍者はもうすでに道化師に向かって走り出している。
その背中を見て、『お礼を言いそびれてしまった』と、ビッキーはそんなくだらなことを後悔していた。
「あの……危険です。あのピエロさんは凄く……強くて……」
さっきまで受けた攻撃の数々を思い出す。
明らかに手加減していたのにもかかわらず、あの威力。
ルカ・ブライトに匹敵する禍々しさを思い出して、戦慄する。
恐怖に汗を滲ませた少女を、いとも軽々と抱え上げたサンダウン。
仲間の戦いを邪魔しないように、走って戦線を離脱する。
彼の右腕には、『いかりのリング』が光っていた。
先ほど、風の忍者が少女の元に飛んできたのは、この腕輪のおかげである。
『仲間を投げる事ができる』という、このアクセサリーの効果で見事爆発からビッキーを救ってみせたのだ。
展開されつつあった魔法の合間を縫って正確に投合できたのは、サンダウンが世界一のガンマンだからこそ。
「シュウは……負けん……」
それでもサンダウンが心配そうな瞳をしていたのは、カエル戦での疲労が馬鹿に出来ないからだ。
さらに重くて少女救出の邪魔になるだろうリニアレールキャノンは、シュウに変わってサンダウンが未だに所持していた。
彼は万全の状態とは決していえなかった。
(シュウ……さん……)
シュウ……男の名前を心の中で数回復唱する。
自分の知り合いと同じ名前であった。
あぁ、だからあんなに頼もしいのか、と彼の強さに納得する。
軍師、シュウ。
涼しい顔で戦局を分析し、常に数手先を読む。
周りの人間が焦りの汗を流す中でも、彼だけは顔色1つ変えないでいた。
そして最後には、彼が描いただろう通りの筋書きで戦いは幕を閉じる。
多くの屍を残して。
アップルは言う。
『兄さんは被害を最小限に留めたのだ』と。
分かってはいる。
争いを避ける道などない。あったら最優先で実行している。
そしてその止む終えず選択した戦争という選択肢の中で、シュウは出来る限りの努力をしたのだ。
出来るだけ、血を流さないように。
それでも、ビッキーはずっと考えて、悩んでいた。
戦わないで、皆が幸せになる道はないものかと。
そんなものはないと分かっていても、理解していても。
心のどこかで、ずっと、皆で笑える方法を探していた。
走り去った、男の背中を追いかける。
彼もまた、争いに身を投じた。
この戦いの結末は、どちらかの、もしくは両方の死を持って終わるのだろう。
酷く、胸が痛い。
「そんなのって……ないよ……」
風にすらかき消されるほど、小さな声。
少女は、白い花が好きだった。
「…………」
サンダウンは1人、少女の嘆きを聞いていた。
少女の涙を見ていた。
それと同時に思い出されるのは、あの村での戦い。
O・ディオ一味と戦ったあの戦いの事だ。
そこで彼は、ある大事な事を学ぶ。
長い放浪生活で、不信と憎しみの輪廻に晒されている中で、サンダウンが忘れてしまっていた大事な『感情』。
それをサクセズタウンで、もう1度教えられたのだ。
あまりジロジロ眺めるのもかわいそうだと思い、少女から目をそらすと。
サンダウンの視界に、彼女のディパックが映りこんだ。
「…………これは!」
中から何かが零れ見えているモノをサンダウンは確認する。
瞬間……気分が高揚した。
それは、サンダウンの心にたった今生じた『感情』に引き寄せられてきたものだったのだろうか。
運命を感じた。
「……すまない。……名をなんと言う?」
「え? あ! 私? ビッキーです」
胸元を押さえて苦しそうにしている少女に話しかける。
寡黙なサンダウンが、自分から会話を始めるのは珍しい事だ。
少女も、まさか話しかけられると思っていなかったのだろう。
焦った様子で返事を返す。
「そうか……ビッキー。支給品を…………見せてもらっても……」
「あ、はい。構いませんけど……」
ビッキーのディパックを覗く。
やはりか……。そうサンダウンが呟いた。
そこにあったのは、自分がずっと捜し求めていたもの。
手にすると、それは確かな熱を帯びてサンダウンの心に呼応した。
「……ビッキー。頼みがある」
「え? はい。どうぞ。差し上げます」
鉄面皮ながらも嬉しそうな様子が見て取れたのだろう。
サンダウンが尋ねるまでもなく、ビッキーが快諾。
男の顔から僅かな喜びが漏れ出たのを感じ、少女の悲しさを少しだけ中和する。
「ありがとう」
「……いえ。どうせ私には使えませんから」
一瞬で6発の弾丸を込めてみせる。
そのクイックリロードが相当凄い事なのは、銃に疎い彼女でも充分に理解できた。
そうだ、当然ながら、あの銃は誰かを撃ち殺す為に使われるのだ。
短く謝礼を述べると、そそくさと立ち上がって戦場へ向かおうとするサンダウン。
それをビッキーは残念そうな眼で見つめていた。
「もう1つ……」
「え?」
少し進んで立ち止まる。
ビッキーへの、もう1つの頼みを忘れていた。
切なげな表情の少女に、驚きという感情の波紋が生じる。
「笑って…………くれないか」
振り向いて、静かに呟く。
サンダウンは、荒野に咲いた白い花が好きだった。
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最終更新:2010年07月01日 20:39