サンダウン、『花』を見守る ◆Rd1trDrhhU
ニノが笑っている。
ロザリーが笑っている。
マリアベルが微笑んでいる。
サンダウンは、静かにそれを眺めていた。
サクセズタウンで彼が教えられた事。
それは、人を護る事だ。
放浪生活の中で忘れてしまっていたその大切さを、彼はもう一度心に刻み込む。
ビッキーが泣いている。
サンダウンは、それを見ていた。
彼女が泣いている理由は分からない。
だけど、理由なんてどうでもいい。
ただ、彼女が笑えるような世界が欲しかった。
シュウが自分の背中を見ている。
それだけで、彼はこんな馬鹿げた夢物語を信じてくれた。
全てを賭けてくれると誓ってくれたのだ。
その信頼さえあれば、空だって飛べる気がした。
全ての想いが、彼の指先に集中する。
その瞬間……風が、止んだ。
あれほど強さを増していた風が、完全に止まったのだ。
「……最高の……射撃日和だ……」
道は開けた。
晴天が嵐を祝福している。
「シュウ、少し遅れたが……約束は、果たしたぞ……」
撃つ前に成功を宣言。
もう、失敗する道理はなかったからだ。
少女達は命を賭けて
カエルと戦った
魔法を駆使しながら。
衝撃波を起こし、火を起こし、水を生み出して戦ったのだ。
血を流し、瀕死になりながらも、その力で奇跡を起こしてみせた。
(それに比べたら……)
握り締めた銃。
なんて軽いのだろうか。
『ヴォル……テック!』
腹を刺し貫かれても、ロザリーが放った魔法。
無数の風を起こす奇跡。
『バリバリキャンセラーッ!』
無数の弾丸に撃たれても、マリアベルが放った魔法。
カエルの魔法を無効化する奇跡。
『ゼーバー! え……って、あれ?』
限界を超えても、ニノが放とうとした魔法。
魔力を相手にぶつけ続ける奇跡。
少女たちは血みどろになっても、魔法を操って見せたのだから……。
(人が造りし44ミリの鉛弾など……操れぬはずがない!)
ガガガガガガと、まるでガトリングのように6発発射。
そして、神速のクイックリロード。
続けてガガガガガガと、また6回響いた。
12発全てが、等間隔。
その矛盾も、また1つの奇跡であった。
「成功……した、のか……!」
シュウの耳に確かに届いた、嵐の音。
なるほど、確かに12回。
その全てが同じ間隔で聞こえてきた。
(ケフカ……終わりだ……)
流れ来る弾丸の嵐を確認して、同時に勝利を確信した。
1撃でも、容易く身体を抉り取るほどの弾丸。
それが、12発もいっぺんに襲い掛かるのだ。
たとえケフカでも、これを食らっては生きているはずがない。
そして、サンダウンが発した弾は必中。
彼の腕から発射された弾は、必ず狙った場所を貫くのだ。
避けられる可能性もゼロと断言できた。
「勝った……のだな……」
身体はボロボロ。
プライドもズタズタだ。
それでも……何とか生きながらえる事もできたようだ。
(酷く不恰好だが……勝ちは、勝ちだ)
来るべき勝利に向けて、もう動かせないはずの腕を持ち上げようとする。
拳を掲げ、自分達の勝利を掲げた拳で祝福するために。
もう目を瞑ってもいいだろうか。
友の勝利を見届けるまでは、気絶したくはないのだが……。
襲い繰る眠気と戦いながら、シュウはもう1度弾丸を見る。
空を突き進む12の小さな鉛塊は、腹をすかせた龍のように全てを破壊しつくさんと突き進む。
その進路を遮るものは何もない。
空は清清しいほど青く静かだ。
もう天はサンダウンの邪魔などはしない。
あれほど強かった風だって、もう既に……。
(…………?)
突き上げようとした拳を止める。
嫌な予感がする。
風が、吹いたのだ。
止まっていたはずの風が。
それは、異常な早さで強くなり、瞬く間に強風から暴風へと変わる。
弾丸にぶつかった風は、その推進力を削り取り、そのジャイロ回転を鈍らせた。
弾丸の殺傷能力を、風が少しずつ弱めていく。
「トルネド」
ケフカらしからぬ、淡々と事務的に発せられた言葉。
酸素が充分に行き渡らないシュウの脳は、微かに聞こえたその意味を理解するのに3秒もの時間を必要とした。
それが魔法の名前だと悟り、彼は深く後悔する。
(俺の……せいだ……)
道化師との戦いが、ちょうど5分に達した瞬間のこと。
シュウは数秒だけ、サンダウンを疑った。
ハリケンショットは失敗したのだと、彼の腕を疑った。
だから、全てを諦めて倒れてしまったのだ。
結果的に、それはケフカに魔法の詠唱をさせる余裕を与えてしまった。
(もし俺が、最後まであいつを信じていたら……)
掲げかけていた握りこぶしを、地面に叩きつける。
最後まで諦めずにケフカに立ち向かっていたら、ケフカがハリケンショットの存在に気付くのも遅れていたはずだ。
ケフカの呪文の詠唱も、邪魔することができたはずなのだ。
ハリケンショットの威力は、とてつもないものがある。
おそらく、あの程度の魔法ではじき返されるような事はないだろう。
だが、あの呪文によって、ハリケンショットの威力は確実に削られる。
もしかしたら、ケフカを殺しきれないかもしれない。
そんな悲劇の可能性が生まれてしまった。
もしそうなったら、生き残ったケフカにサンダウンは確実に殺される。
ケフカの魔法を避ける事など、あのガンマンには敵わない。
(そんな事、させてたまるか……!)
立ち上がろうとしたのに、それが出来ない。
身体には力が入らず、視界がグラつく。
限界を遥かに超えたシュウの身体は、やがて来るであろうハリケンショットを支えにして何とか戦っていた。
そしてその肉体は弾丸の嵐の発射と共に、もう気絶する準備に入ってしまっていたのだ。
(まだ……俺は……)
助けに行きたいのに、意識はどんどん闇に沈んでいく。
聖櫃に封印されていく闇の支配者は、こんな気分だったのだろう。
目を開こうとしても、その瞼はリニアレールキャノンよりずっと重く感じた。
眠りの世界を酷く心地よく感じるのが、なんとも不愉快で仕方がない。
だけど、もうそれに身をゆだねる他に道はなかった、
(あ……れは……)
意識が途絶える直前だった。
霞みゆく視界の中で、ソレだけが妙にハッキリと映し出される。
何度も、何度も、見ているからだ。
その刀が、美しく敵を切り刻むのを。
その刀が、戦場で自分を救ってくるのを。
(また……助け、て……くれる、の……か)
手を伸ばし、掴み取る。
刃を握り締めた手から、ドクドクと血が流れるが知ったことじゃない。
太陽の光を吸収して熱を帯びた友の刀が、吼える。
『思いを貫いてみせやがれ!』と。
(すま……な、い……)
そのまま手繰り寄せると、反射した太陽の光が目に入ってくる。
酷く眩しい光は、襲い掛かる眠気をほんの少しだけ、中和してくれた。
だが、こんなものではまだ足りない。
一瞬躊躇もない。
手にした刀で、右目を貫いた。
悲鳴など上げない。
そんな体力など、どこにあろうか。
瞬間、途方もないほどの電気信号が、男の脳を錯綜。
休息モードを強制的に中断した。
(まだ、往ける。これが、最後だ)
刀を大地に突き刺して杖の代わりに使い、なんとか立ち上がる。
もう、刀を地面から抜く力も存在しない。
親友に別れを告げると、男はゆっくりと、だが確実に歩き出す。
風は、全く吹いていない。
『行ってこい』と、紅蓮は答えた。
◆ ◆ ◆
(シュウ……無事でいてくれ……)
サンダウンは走っていた。
息を切らせて、流れる汗を拭うことなく。
友の事が心配だったから。
今は逃げるべきだと、シュウは言った。
だけど、サンダウンはそれを拒否して、ケフカに挑んだ。
逃げるのが最善の手である事を、頭では理解していたはずなのに。
シュウは、その覚悟に乗ってくれた。
自分の我侭に、命を賭けてくれたのだ。
そのくせ自分は、約束の5分を数10秒もオーバーしてしまう。
なんと自分勝手で情けない事だろうか。
そのせいで、シュウが死んだら……。
「チッ! 土煙が…………」
モクモクと辺りを埋め尽くしているのは、舞い上がった土煙。
空気を濁らしては視界を悪くし、目に入っては痛みを与える。
この厄介な置き土産は、ケフカが最後の悪あがきで繰り出した竜巻によるものだ。
サンダウンがハリケンショットを放った直後、ケフカもそれに合わせて魔法を放った。
それがあの竜巻。
シュウとの戦いに気を取られていたにも関わらず、あの短時間であんな大規模魔法を展開したことは、素直に尊敬に値する。
マリアベルたち3人と比較しても、かなり高位の魔術師であることが伺える。
あれならば、シュウが殺されかけていた事も納得である。
しかし、ルクレチアでありとあらゆる魔物を葬り去ってきた弾丸の嵐の前には、その魔法ですらも余りに非力すぎた。
竜巻などという2流の自然災害など、台風の前には木枯らしのようなもの。
道化師の最後の呪文は、弾丸の勢いを殺しきる事はできずに終わってしまった。
銃のプロフェッショナルのサンダウンなら分かる。
あの魔法によって殺された分の威力を差し引いたとしても、その威力はケフカを殺すには充分だった。
弾丸はケフカの胸を抉り、四肢を破壊し、頭を砕く。
おそらく道化師は、精肉後の家畜のように成り果てているに違いない。
(シュウの無事を確認したら、あいつも弔ってやらねば)
少しだけ感じた罪悪感をそうしてやりすごすと、気絶しているだろうシュウを探して歩き出した。
晴れかけていた土煙が不自然に揺れる。
直後に、鼓膜を響かせたのは、絶望の音。
「ア゙ァァァァァァ………………」
「……馬鹿……な!」
そんな彼の耳に届いてしまった声。
嘘だと思いたかった。
だが、幻聴なんかじゃない。
「ルゥゥゥゥゥゥ………………」
(あり得ない……!)
だが、声はハッキリと、土煙の中枢から。
それはつまり、竜巻の中心部から聞こえてきたという事で。
さらにそれは、魔法を放った張本人が喋っているという事である。
「デェェェェェェ………………」
「…………クッ!」
即座に銃を構える。
ハリケンショットを撃った後、弾を補充しておいて良かった。
即座に攻撃に移れるのだから。
だが、その神速も今回ばかりは役に立たなかった。
「マ゙ァァァァァァア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!」
「……これ……は!」
銃を構えたその手が驚愕と絶望に固まった。
とてつもない勢いで噴出した汗が、44マグナムのグリップを湿らせる。
まるで、銃も一緒になって汗をかいているかのようだった。
ケフカが放ったトルネド。
あれも実はかなり高位の魔法で、対象の体力をゴッソリと奪い取る恐るべき破壊力を持つ。
また、ケフカがハリケンショットにその魔法をぶつけたのは、呪文を詠唱する時間が殆どなかったから。
ハリケンショットが自分に接近する前に放てる中で、最も高位の魔法を選んだのだ。
それであの威力。
ならば、ケフカが充分な余裕を持って繰り出した魔法はどれほどの威力なのだろうか。
その答えが、これ。
「う……うおおおおおおおお………………!!」
寡黙なサンダウンが、何年ぶりかになる大声をあげる。
何と形容すべきか。
もはや、ハルマゲドンだった。
あまりに巨大な爆破。
青白いエネルギーの半球はサンダウンを覆いつくし、その身体に無数の傷を刻んでいく。
そのひとつひとつが致命傷。
ハリケンショットを超える破壊力が、そこにあった。
(なぜ……生きている……!)
魔法の名を借りた地獄が過ぎ去った後、そこには荒れた大地でポツンと倒れ付すサンダウンの姿。
草原の緑すらも、『アルテマ』は消滅させてしまっていたのだ。
身体に走る痛みを無視して、ガンマンは必死に考えを巡らせる。
ハリケンショットは必中で、その威力もケフカを殺しうるには申し分のないものであったはず。
道化師が生き残る術など存在していていないはずなのに。
生きながらえているだけでなく、魔法まで放っているではないか。
「ゲホッ! ウゲェ! ……ホントーに…………」
土煙から現れた道化師。
身体は血みどろで、口からは血液らしき赤黒いモノを吐き出している。
腹部や肩には、弾痕らしき穴さえ見受けられるのだ。
ハリケンショットは命中していたと見て間違いはないようだ。
(ならば……なぜ……)
サンダウンはが気付けなかったのも、仕方のない事ではある。
それは、彼の知らない概念だったから。
魔法を知るものには簡単な話。
プロテスを使った、それだけである。
「ホントーに、死ぬかと……思ったよ……」
ニィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……。
と、あり得ないほど口の端を吊り上げて笑う。
ハテナマークを顔に貼り付けたサンダウンに、血走った目を向けた。
「誇っていいんじゃないカナァー……」
フラフラと歩み寄るケフカからは、かなりの疲労とダメージが確認できた。
それでも、サンダウンを絶望が包む。
ハリケンショットで死ななかったのだ。
もう2度と、あれを撃つ暇など与えられない。
そして目の前の悪魔の強さ……。
たった一撃で、戦闘不能になってしまったのだ。
シュウは5分間も耐え続けていたというのに。
「あの忍者があと数秒稼いでいたらさぁ……
君があと数秒早く引き金を引いていたらさぁ……」
ケフカの手に、冷気が宿る。
それが魔法である事も、自分に向けられていた事もサンダウンは分かっていた。
でも避ける術はない。
もう、どうしようもなかった。
それでも、諦めたくはなかった。
サンダウンはふらつく手で銃を構える。
「……君たちの勝ちだったよーーーん!!!!」
だが、それより先に、氷柱がサンダウンを包んで、割れる。
ただでさえ大怪我を負った体から、更に大量の血液が流れ出した。
右足が二度と使い物にならなくなったのが分かる。
ガンマンとしての生命は経たれたも同然。
それでも、サンダウンは諦めない。
「……ッぐ……まだ、だ……!」
右腕で、引き金を引く。
だが、震えた手で発射された弾丸は、あらぬ方向へ飛んでいく。
銃を引いた腕にかかった反動で、肩の骨が悲鳴を上げる。
もう、本当に打つ手はなかった。
「おっとォォォォ……アブナイナー。そんな悪い子には、オシオキだじょォォォ」
ケフカもかなりの体力を消耗しているのだろう。
その動きは鈍く、魔法1つを打つにもかなりの時間を必要としていた。
それでも、それがサンダウンにとっては好機にもなんにもなりはしない。
銃は当たらず、逃げる事も敵わないのだから。
だが、折れた足で、なんとか立ち上がろうと試みる。
まだ、サンダウンは戦うつもりでいた。
「まだ…………俺は…………」
感じたエネルギー。
これは、ビッキーを殺そうとした魔法である。
ビッキーを殺しそこなったので、サンダウンを同じ魔法で殺そうというつもりらしい。
傷口がヒリヒリと焼かれて痛む。
それでも、サンダウンは、魔法に焼かれるその瞬間まで、諦めるつもりはなかった。
シュウの繋いでくれた結果を、そう簡単には手放す気に離れなかった。
「……俺、は……まだ……」
魔法が全てを包んでから、サンダウンはようやく諦めた。
手の力を抜く。
愛銃がガランと、地面に落ちる。
ケフカを倒せなかった後悔と、シュウに対する申し訳なさだけが、その胸を支配していた。
「まだ…………」
本当に、悔しかった。
こんな気持ちは初めてだ。
「ならば、止まるな」
だから、その声は、幻影なのだろうとサンダウンは思った。
死ぬ直前に、脳が見せた幻なんだと。
絶望の衝撃の中で、そう『疑って』しまった。
◆ ◆ ◆
目を開ける。
そこには、ずっと自分たちを見守ってくれていた青空。
背中の感触を確かめる。
確かに、自分たちを支え続けていた大地がある。
(なぜ……生きている?)
自分の身体は未だ存在していた。
前にも増して痛みを上げる腕も。
使い物にならない足も。
そして、捨てたはずの銃も。
全てさっきと同じ状態で、現世で確かに脈打っていた。
「止ま、るな……サン……ダウ、ン・キッ…………ド……!」
忍者が、立っている。
刹那、全てを理解した。
あのシュウの声は夢ではなかったのだ。
情けない自分を庇って、ケフカの魔法をその身に受けたのだ。
こんな、自分勝手な男の為に。
「シュウ……お前……!」
「チクショー! しぶといゴキブリめ! 死ね! 死ね!」
ケフカが魔法を連発する。
疲労した魔導師から繰り出されるのは、どれも低級の魔法ばかり。
放たれた炎が、忍者の肉を抉る。
氷が、シュウの皮膚を剥ぎ取る。
雷が、男の意識をそぎ落とす。
それでも、全身を真っ赤に染めても、シュウは倒れない。
「お、まえ……の……ガァ! ……まも、り……たい……もの……グゥッ! ……とは……な、んだ…………」
容赦のない魔法は、男の身体を次々と破壊。
胸の筋肉を食らい尽くして、遂に破壊すべきその心臓を露出させた。
さっき、他でもないサンダウンがシュウに言った言葉。
『護りたいものがある』。
その一言で、シュウはハリケンショットなどという冗談みたいな話を信じてくれたのだ。
それの背中信じて、シュウはこんなになるまで戦ってくれたのだ。
「俺は…………」
ボロボロの右腕を見る。
何か寂しいと思ったら、銃が握られていないではないか。
慌てて地面に落としたそれを拾う。
それだけで、右半身全体に痛みが走った。
もう少しだけ頑張ってくれ、と銃に願いを込める。
『待っていたぞ』と、44マグナムはそっけなく答えた。
「ヒャヒャヒャヒャヒャ! これでオシマイです!」
ケフカの魔法が、シュウの心臓に放たれる。
もう、避ける事も、耐える事も忍者はしなかった。
氷が拳ほどの小さな臓器を包み込む。
ニノが笑う。
ロザリーが笑う。
マリアベルが笑う。
俺はそれを見ていた。
ビッキーが笑う。
俺はまだそれを見ていない。
それこそが、彼の答え。
その願いだけで充分だ。
『俺のいる、世界に戻りたい』だって?
笑わせるな。
そんなこと、もうこれっぽっちも思ってはいない!
彼が果たすべき全ては、この悲しみの世界に在ったのだから!
「俺は……あの『笑顔』を護りたいだけだ……!」
パキン……と氷が割れる。
シュウの心臓を道連れにして。
その身体が一度だけ大きく跳ねて、前のめりに倒れこむ。
「やっとくたばりましたか! これで…………」
氷の呪文でシュウを殺害した道化師。
しつこい忍者をやっと始末できた事に、喜びの声を上げる。
だが、次の瞬間に凍りついたのは、他でもないその笑い顔であった。
「な……ら、ば……つ…………ら、ぬ………………け……!」
シュウが倒れる。
その言葉を残して。
その後ろから現れたのは、銃口だった。
さっきまでの照準の合わないソレとはまるで違う。
確実に道化師に狙いを定めた銃口が、そこにはあった。
(この距離なら……俺みたいな3流でも、外す事はない……!)
ガチリ、と撃鉄を下ろす。
同時に、身体のどこかで、ミシリ……と嫌な音がした。
だが、それでいい。
指先さえ動けば、それで構わないのだ。
指先さえ動けば、引き金を引ける。
指先さえ動けば、銃に命を与えられるのだ!
「ぐぎぎぎぎぃぃぃぃーーー!!! 次から次へと……死になさい!」
ケフカが魔法を展開する。
バチバチとピエロの両手から発生する、青緑色の光。
最後は、雷だった。
神速の銃と、電速の魔法の速さ比べ。
「食らえェ! サン…………」
「砕け散れッ!」
そんなもの、勝負にもならなかった。
ガンガンと二発。
その反動が、元々ボロボロだった右腕を完全に破壊。
大量の血液を撒き散らして、サンダウンがその場に倒れる。
四肢の殆どが砕け散った。
もう、長くはない。
「なにィィィィーーーー! グエッフ!!」
ダブルショットがケフカの腹部を直撃。
うち1発がその身体を貫通した。
たった1発では致命傷にはなりはしない。
あまりにしぶとい。恐るべき生命力だ。
ゲホゲホと血を吐き出しながらも道化師はまだ生きていた。
シュウが命を捨てて、サンダウンが全てを賭して……。
……それでもなお、ケフカには届かない。
「ケ……アルガ! くそ……ぐ……そォッ!」
この男の無尽蔵とも思える魔力が、ついに枯渇のときを迎えた。
最後に放たれた高位の回復魔法がケフカを包む。
だが、その回復魔法はオディオによって制限されている。
なんとか死は免れたものの、追撃を受ければ確実に死ぬ。
そこまでケフカは追い詰められていた。
「お……わ、りだ……」
そして、道化師の目に映ったのは、銃を左手に持ちかえたガンマン。
もう立ち上がることも出来ずに、上半身だけを起こして銃を構える。
右腕は肩から先が欠落しており、そこから血が垂れ流しになっていた。
力の入らない指で撃鉄を下ろして、グリップに力を込める。
「ヂ、ク……ショー! ク、ソォ! チ……グ、ジョウ!
うぞ……だ! ご、んな゙…………の! ヂグ…………ジョ……!」
自分に向けられている銃口を忌々しげに睨み付ける。
そんなことしか、今のケフカには出来ない。
男の弾丸が確実に自分に死を与えるだろうことは、流石の狂人だって理解していた。
「く、た……ばれ…………バ、ケモ……ノ、が」
やっと終わる。
シュウとサンダウンの全力が……やっと悪魔に届く。その瞬間がやってきた。
心の中で、忍者と固い握手をかわす。
意を決すると、引き金に指をかけ、力を込めた。
……込めようとした。
「貴、様……何を、して……るんデスか?」
「何を、し……てる、んだ……?」
ガンマンと道化師の目が、驚愕で大きく見開かれる。
銃声の変わりに響いたのは、ケフカとサンダウンから同時に放たれた疑問。
その全く内容の同じ質問の対象は、少女だ。
まるでケフカを守るように、両手を広げてサンダウンに立ちはだかるビッキーに向けて放たれたものだった。
「……サンダウンさん。……もう、やめてください」
戦っている男たちを捜しながら、息を切らせて走り続けていた少女の息は荒い。
その呼吸の合間に、言葉は搾り出すように紡がれた。
流れた汗が、大地に流れる真っ赤な血を少しだけ洗い流した。
「自分……が、何を、して……るの、か……」
「分かってます」
少女の行動を、サンダウンは信じられなかった。
まるで異星人をみるかのごとく、間を丸くしている。
あのケフカは、少女を殺そうとした悪魔なのだ。
それを忘れてしまったとでも言うのだろうか。
「こむ……す、め……! なに、を、たくら……ん、デ……!」
「……もう、嫌なの!」
ケフカの方へ振り向いて少女が叫ぶ。
少女が涙が、サンダウンにはとてつもなく悲しかった。
「……おかしいよ。誰かを殺さなきゃ、未来がこないなんてさ」
「イカ、レて……るん、じゃ、ない……の……」
どの口がそんな事を言うのか。
ケフカが真っ赤な唾を吐き捨てる。
だが、サンダウンも同じ事を感じていた。
少女が、おかしくなってしまったのではないのかと。
この異常な状況で、ついにその未成熟な精神が崩壊してしまったのではないかと。
「どく……んだ。……でな、い……と……きみを……」
サンダウンが少女に銃を構える。
彼女がどんなつもりでこんな事をしているかとか、何を狙っているとかは、最早関係ない。
これは、シュウが命を捨ててまで繋いでくれた結末である。
自分の我侭に付き合ってくれた男の為にも、それをこんな形で終わらせるわけにはいかなかった。
「サンダウンさん、言いましたよね。『笑ってくれ』って……」
ガン、と少女の言葉を待つことなく、1発の銃声。
『黙れ』と『どけ』を表した1発である。
それは、少女の顔を掠めて、その頬に一筋の赤を刻む。
ビッキーは驚いた拍子に一瞬目は瞑ったものの、悲鳴を上げることも、それ以上うろたえる事もなかった。
「た……の、む……ど、け……」
煙を吐き出す44マグナム。
脅しとは言え、少女に向けて銃を撃った事に酷く胸が痛む。
それでも、今ケフカを殺さなくては、また別の誰かが死ぬ。
絶望は、銃弾でしか打ち破れないのだ。
もう時間がない。もうまもなく、この身体は活動を終える。
銃の中には、もうあと2発しか弾丸は入っていない。
「でも、やっぱり私……笑えない。そこにいる皆が笑顔じゃなきゃ……笑えないよ」
「…………ッ!」
サンダウンの目が一瞬大きく開いて、すぐに静かに細められた。
脳裏に浮かんだのは、ビッキーの涙。
そして、『笑ってくれ』と頼んだ自分に向けられた、彼女のあの切なげな表情。
(そう……だったのか)
サンダウンはやっと気付いた。
少女が泣いていた理由。
彼女は誰かが死ぬのが嫌なんだ。
悪とか、正義とか関係ない。『誰か』が死んだら嫌なんだ。
たとえそいつが味方を殺した張本人でも、明日親友を殺すかもしれない殺人ピエロでも。
「…………し、かた、が……ない……」
馬鹿げていた。
そんな事で、この少女はシュウの切り開いた未来を台無しにしようとしているのだ。
サンダウンは銃に手をかける。
全てを終わらせるために。
「これ、で……お、わり……だ」
「…………くぅ!」
流石に怖くなったのか、目を閉じて震えるビッキー。
サンダウンは覚悟を決めると、握った銃に力を込めた。
その瞬間に……全ては決着。
少女が聞いたのは、銃声ではない。
カランカランと2回。
「……え?」
予想していなかった音。
少女が、涙で湿った目を開く。
そこには、愛銃のシリンダーを開いて、弾丸を排出したサンダウン。
引き金は、引かれなかった。
弾は、発射されなかった。
「な、らば……つ、らぬ……け」
それはシュウがサンダウンに送った言葉。
彼は、この言葉を残して、死んでいった。
シュウからサンダウンへ。そして、ビッキーへ。
立つ事ができないので、這って少女の元へ行こうとする。
それを察したビッキーが、サンダウンに歩み寄ってしゃがみこんだ。
「その……やさ、しさ……を」
少女の頬に手をかざす。
血がその顔に付着したが、少女は嫌な顔一つ見せなかった。
優しい子だ、とサンダウンは思う。
ケフカに懐柔が通用するか?
そんなはずはない。
十中八九、殺される。
そんな事はサンダウンも分かっている。
だけど、シュウは言った。『思いを貫け』と。
サンダウンは少女の笑顔を護りたかった。
そしてこれが、サンダウンが思いを貫く、唯一の方法。
「き、みは……な、にも…………ま……ち…………がっ……て………………は…………い…………な…………」
その言葉を最後に、サンダウンは力なく崩れ落ちた。
その上半身をビッキーが抱きとめる。
そして零れ落ちそうになった銃を、しっかりと握らせた。
彼の身体が硬直するまでずっと……。
後悔はないさ……。
最後の最後で、少女の笑顔を見ることができた。
後のやっかい事は、残った連中に押し付けるとしよう。
さて……それじゃあ、シュウに殴られに行くとするか……。
【シュウ@アークザラッドⅡ 死亡】
【サンダウン@LIVE A LIVE 死亡】
【残り38人】
◆ ◆ ◆
「……どう、する……つも、りだ?」
「決まってる……ふんっぬ! ……でしょ!」
血だらけのケフカの身体を抱え上げる。
子供のような性格をしてるくせに、その身体はやたらと重かった。
それでも少女は、泣き言も言わずに道化師を負ぶった。
お気に入りの服は、もう血だらけで見るも無残な状況である。
「シュウさん、サンダウンさん。ごめんなさい……もう少し待ってて」
本当だったら、彼らにも死んで欲しくなかった。
もっと早く辿り着けば、助けられたかもしれないのに……。
「お、まえ……バ、カで…………しょ……?」
少女は、命の恩人の死体を野ざらしにする。
生きているケフカの治療をする為である。
それがケフカには信じられなかった。
命を捨ててまで自分を助けた男達をほったらかしにして、自分を殺そうとした男を治療しようというのだ。
「ぜっ、たい……こ、ろし……て、やる…………から……な…………」
ケフカが殺意を全開にして宣言する。
屈辱だった。
殺されかけた上に、自分の代わりに命乞いをされ、更に治療までされる。
ハラワタが煮えくり返りそうであった。
「いいよ。殺しても」
走り続けて疲労が溜まった身体に、この重労働は酷だ。
ケフカも少女の疲労は理解している。
だからこそ、少女の行動が理解できなかった。
「その代わり、私で最後にしてね」
背中のケフカのほうも見ずにアッサリと答えると、「よいしょ」と一言。
どこへ行けばいいのか、開いた地図を開いて確認する。
「は……はは……シン、ジラ……レ、ナー……イ」
本当に、信じられない。
思わず、笑いがこみ上げてきた。
おかしな女に捕まったと、ケフカは後悔する。
「おい……血が……出、てる、ぞ…………」
ビッキーの肩から、出血しているのをケフカは確認した。
そして気付いた。
これは、自分が蹴り上げたときについたものだと。
大地と衝突したときに、怪我を負ったのだ。
「痛くない!」
そう叫ぶと、地図に再び目を通す。
そんなビッキーに道化師はもう1度「シンジラレナーイ」と告げて、意識を失った。
少女は白い花が好きだった。
少女を見守って死んだ男も、荒野に咲く白い花が好きだった。
もしかしたら、限り無く続く憎しみの連鎖を断ち切るのは、無数の銃弾ではなく……。
【I-8 荒野 一日目 昼】
【ビッキー@幻想水滸伝2】
[状態]:疲労(中)、服が血まみれ、肩から出血
[装備]:花の頭飾り
[道具]:不明支給品0~2個(確認済み。回復アイテムは無し)、基本支給品一式
[思考]
基本:もう、誰も死んで欲しくない。
1:どこかの施設でケフカを治療する。
2:1の後、シュウとサンダウンを埋葬する。
3:
ルッカと合流して、北の城に帰りたい。
[備考]
※参戦時期はハイランド城攻略後の宴会直前
※ルッカと情報交換をしました。
※現在位置を分かっていません。
【
ケフカ・パラッツォ@ファイナルファンタジーⅥ】
[状態]:気絶、疲労(甚大)、全身に銃創
[装備]:無し
[道具]:タケシー@サモンナイト3ランダム支給品0~2個(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:全参加者を抹殺し優勝。最終的にはオディオも殺す。
1:目覚めたらビッキーを殺す。
2:積極的には殺しにかからず、他の参加者を利用しながら生き延びる。
3:
アシュレー・ウィンチェスターの悪評をばらまく。
※参戦時期は世界崩壊後~本編終了後。具体的な参戦時期はその都度設定して下さい。
三闘神の力を吸収していますが、制限の為全ては出せないと思われます。
※サモナイ石を用いた召喚術の仕組みのいくらかを理解しました。
※現在位置を分かっていません。
※回復魔法の制限に気付きました。
※戦闘により、I-8の殆どが荒野になりました。
※いかりのリング@FFⅥ、パワーマフラー@クロノトリガー、アリシアのナイフ@
LIVE A LIVE、
44マグナム&弾薬(残段数不明)@LIVE A LIVE はI-8 中央部のサンダウンの死体に装備されたままで放置、
紅蓮@
アークザラッドⅡ、リニアレールキャノン(BLT1/1)@WA2 はそれぞれI-8か、またはその周辺に落ちています。
※シュウとサンダウンの死体はI-8 中央部に並んで放置されています。
2人の死体は城下町から西の方向にありますが、初めからこの進路を取っていたかは不明。
よって、彼らと別方向に進んだ
ストレイボウが、西に進路をとっていたとしても問題はありません。
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最終更新:2010年07月01日 20:48