人間が大好きだった壊れた物真似師の唄(後編)
眩い光が世界を照らす。
闇を切り裂き夜明けを告げるかのような、希望に満ちた強き光。
かつてのかの者なら美しいと感じたであろう、人間の心の輝き。
その輝きを以てしても、今のかの者の心には響かない、届かない。
闇より暗い絶望を纏った心は、かの者に世界をくすんでしか見させない。
美しかった世界。
輝いていた世界。
物真似したいと思わせる数多のもので満ち溢れていた世界。
全てが全て、過去形で、過去の話だ。
物真似師は壊れてしまった。
“魔王”に“生贄”として自らの心を捧げ、壊れてしまった。
物真似師“ゴゴ”はもうここにはいない。
それでいて、かの者はオディオにも成りきれていない。
ここには誰もいない。
かの者の心臓は動いているし、呼吸もしている。
瞳は開いたまま、曇った世界の中、唯一色を失わず、ぎらついた輝きでかの者の心を焼き続ける人間達に向けられてはいる。
憎悪のまま両腕を振るい、うるさく喚く幼子を引き剥がしては、人間どもをなぎ払ってもいる。
けれど、それだけだ。
あるものは、ただそれだけ。
気が狂ってしまうほど迫真の物真似をしようとも、どこまでいってもこの憎悪は“魔王”のものであって物真似師のものではない。
オディオの過去すら知らない物真似師は、オディオの抱いた憎悪の強さと対象を真似することはできても、それ以上はできなかった。
何故どうしてどんな想いでどのように憎めばいいのか、物真似師には分からなかった。
経緯も論理も超越した憎悪。
誰のものでもない、自分のものですらない憎悪。
空っぽの憎悪。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
皮肉な話だった。
かの者は物真似師だった。
人を、物を、自然を写す鏡だった。
誰でもないからこそ、誰にでも、何にでもなれて、でも、そこには確かに“ゴゴ”という個が存在していた。
人を愛し、動物を愛し、自然を愛し、世界を愛していた誰かがいた。
誰の、何の物真似をするかを選び、決める、かの者自身がいた。
今はいない。
個を失い、誰のものでもない憎悪に溶けてしまった以上、かの者は人ですらない。
ただの憎悪、ただのモンスター、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
「ゴゴおじさん、目を覚まして! 帰ってきて!」
だから。
「君の望んでいた結末はこんなものだったのかい?」
ああ、だから。
「お前にも、連れ戻したい友がいると聞いた。なら、オディオの真似ではなく、俺の真似をしてくれ!
友を救いたいという俺の真似を!」
無駄なのだ、無理なのだ。
「おぬし、アシュレーの仲間なのじゃろ。なら、根性を見せい!」
「読んだ心に押し潰される……俺もそうなってたかもしんねえ。けれど俺には“ヒーロー”がいてくれた!
お前も思い出すんだ、“ヒーロー”の背中を!」
どれだけ想いを込めて呼びかけようとも。
「強くなろうよ! あたしと一緒に、心も、力も!」
ここにいない人間を救えるわけがない。
「てめえも、
ジャファルも連れ戻す! “闇”も“光”もオスティアで受け入れてやる!」
“救われない”、物真似師ゴゴは“救われない”!
幾度もの剣閃《救い》を拒絶し、幾度もの魔法《救い》を跳ね除け、幾度もの言葉《救い》を一蹴して。
かの者はソレを拾い上げる。
一度は使用を阻止された魔剣の欠片を。
再び手にし、今度こそ、その力を行使する。
「だめ、ゴゴおじさん、それだけは駄目! ちょこ、分かるの! それには、それの中には!」
ああ、そういえば。
さっきから何度も何度もこの身を引きとめようとしてくるコレは。
人の身に混ざりて、人間ではないコレは。
人間ではない故に、どうでもいいと、何度殴っても、蹴り飛ばして、振り払っても、向かってくるコレは……。
誰だったか。
もう誰の名前も砕けて消えて、思い出せない。
思い出せないという意思すらも、崩れ去って消えていく……。
▼
問おう、汝は何者か
――あたしは、強くなりたい。大切な人をこの手で護れる、大切な人と共に歩める強いあたしになりたい
物真似師ゴゴ。
かの者のことを、ニノはよく知らない。
この島に連れてこられてから、多くの出会いを果たしてきたけれど、その中にゴゴの知り合いは一人もいなかった。
人間を大好きだったという物真似師の名を聞いたのは、ついさっきが初めてだ。
それどころか、ニノはゴゴを助けて欲しいと言ってきた、ちょこという少女のこともよく知らない。
アナスタシアやイスラ、
ヘクトルにユーリルは、少女とは顔見知りだったようだが、ニノは本当の本当に初見だったのだ。
つまるところ、ニノにとってちょこは赤の他人だ。
赤の他人のはずなのだ。
それなのに。
ニノは必死になって怪物とかしてしまった物真似師を救おうとしていた。
怪物から大切な人達を守るためだけでなく、泣きそうな少女を慰めようとしてでもなく。
物真似師を救いたいという願いを抱いて戦っていた。
「
ストレイボウ! あいつに魔力が集まってる! おっきいの、来るよ!」
多分、今の物真似師の姿が他人ごとじゃなかったからだろう。
物真似師がああなってしまったのは、力を求めたからだという。
仲間を守ろうと、友の誇りを守ろうとしたからだという。
あたしと一緒だ。
あたしも、力を求めてる。
みんなを護れる力を求めてる。
ニノも一つだけ、物真似師同様、自らの器を超えた力を手に入れる方法を知っていた。
“闇”魔道。
大した資質を持たぬものでさえ、強大な力を引き出せる、究極の魔道。
けれども、美味しい話には代償が付き物だ。
“闇”を求める者は、自ら“闇”に入らねばならない。
“闇”は術者の自我を奪い、何故、自分が力を求めているのかさえも忘れさせてしまうという。
噂では、かの八神将ブラミモンドは、竜を倒す力を得た代わりに、感情も、記憶も、己の全ても“闇”に委ねたという。
ブラミモンドだけではない。
ニノから二度も家族を奪ったあのネルガルでさえ、“闇”魔道の犠牲者だった。
許せない奴だったが、死に際に最早自分でも分からない誰かの名を呼んだあの男は、最悪の“闇”魔道士とは思えないほど、悲しげだった。
……もしも、ネルガルやゴゴの姿が、誰かのためにといえど、過ぎた力を求めた人間の末路だというのなら。
自分もいつか、ああなってしまう日が来るかも知れない。
ずっと置いていかれる側だったニノは、全てを捨てて誰かを護るということが、その誰かにとっては望まないものだということは分かっているけど。
それでも、そこまでして、誰かを護りたいという気持ちも分かるから。
「判ってる。手伝ってくれ、ニノ。少しでも、相殺するぞ! 皆を護るためにも、あいつに罪も背負わせない為にも、誰も死なせない!」
少なくとも、ニノを護るために感情を捨て去り、死神へと回帰したジャファルは、そのいつかに向かって、今も真っ直ぐ突き進んでいる。
「お前に言われなくたって、そのつもりだよ!」
誰かを護るために心を捨て去り、怪物へと成り果てた物真似師は、いつかの自分で、今のジャファルだ。
ならば。
物真似師を“救う”ことによって証明してみせる。
“闇”に堕ちずとも強くなれるのだと、“闇”に堕ちてもやり直せるのだと!
「あたしは負けない、負けたくない!」
激震する世界でニノは叫び続ける。
▽
“魔王”の化身の掌で明滅する魔剣の欠片に、あたかも同調するかのように、大地が脈動し、空が震える。
生じた悪寒に誰もが息を飲み、その悪寒が何によるものかを察した者達は、不安のままに声を荒げる。
「なんだ、この感覚、デュエルゴじゃない……。怒りや憎しみの力じゃない、もっと薄汚れた力、これは!?」
「……ッ! まさか、ルシエドッ!? ううん、違うわ。善悪を超えて純粋だったあの子の欲望は、こんなにも歪んでいないッ!」
イスラが見抜いたとおり、首輪の材料にされている魔剣に宿っているのは、デュエルゴではない。
ロードブレイザー同様、オディオが呼び寄せたある一つの世界の“敗者”だ。
名を、闇黒の支配者。
一度ちょこ達の世界を滅亡寸前にまで追い込んだ、闇と欲望を司る強大な“魔王”だ。
とはいえ、かの存在はロードブレイザーとは違い、本体が丸ごと魔剣に誘われたわけではなかった。
暗黒の支配者は“敗者”ではあるが、滅ぼされたわけでなく、“勇者”と“聖女”の命をもって封印されていた。
その封印は闇黒の支配者自身の性質も相まって、欲深き人間にしか解けない。
オディオが“魔王”である以上、いかに彼とはいえ、闇黒の支配者を蘇らすことはできなかったのだ。
そこでオディオが目をつけたのが、機械魔メルギトスの放った悪の種子『源罪』であった。
イスラ達の世界の未来の敗者である機械魔メルギトス。
かの悪魔の置き土産である『源罪』には、本体であるメルギトスの復活のために周囲の負の力を収集する機能があった。
それをオディオは利用して、闇黒の支配者の力の残滓を集めたのだ。
もちろん、所詮は残り滓同士の配合だ。
ロードブレイザーのように他人に取り憑くどころか、自ら他者に干渉する力さえ残っていない。
だが、敗者の王であるオディオからすれば、敗者の力が勝者の命を握っているという状況自体に意味があった。
現に源罪の闇とでもいうべき力の結晶は、直接の猛威にはなれずとも、爆薬としては十分過ぎる性能を誇っている。
ならば、壊れた物真似師もまた、魔剣の欠片を爆薬として使用しようというのだろうか?
否、壊れたといえど、かの者は物真似師だ。
かの者がなすのは物真似しかありえない。
それは、ヘクトル達からすれば、決してさせてはならないものだった。
これまで何とかヘクトル達が戦線を維持できたのは、モンスターの側にその膨大な“魔王”の力を扱うすべが欠けていたからだ。
物真似師ゴゴはこれまで一切、魔法も必殺技も習得してこなかった。
全てを全て、仲間の物真似でまかなっていた。
モンスターとかした今のかの者には、その仲間がいない。
本来なら心の物真似の後に模倣するはずの、“魔王”の技の読み取りを拒否した以上、モンスターは現状、敵を叩いて殴る以外の戦法を取れなかった。
無論、それだけでも十分に強力ではあるのだが、一人ずつにしか攻撃できないのでは、限界がある。
前衛を張っているちょこは説明するまでもなく、アルマーズを装備したヘクトルも相当な硬さだ。
加えて、ジョウイの合流により、ヘクトル達は強力な回復役を得た。
致命傷を避けることに終始し続ければ、何度でも立ち上がれるのである。
これが、モンスターとヘクトル達の戦いが拮抗している最大の要因だった。
その拮抗も、ここまでだ。
「あぎぃひひゃカカカカカ呵呵呵、ゲェァァァァアアアアアアアアッ!!」
憎しみそのものである今のモンスターにとって、源罪の闇と同調することは余りにも容易いことだった。
欲望にまみれた人間の王。
闇の精霊。
七勇者。
聖櫃。
モンスターの脳裏を知りえぬ記憶が駆け抜ける。
その中に知っていた誰かもいたが、モンスターは一切の興味を示さなかった。
かの者が求めるものは温かい誰かとの思い出などではありえない。
魔法だ。
オディオの力を乗せるに足る、人間を一人残らず殲滅する魔法だ。
「―――――」
そして遂に、モンスターはソレを見つけた。
モンスターに未だ知恵と心が残っていたのなら、皮肉が効いた技名に乾いた笑みを浮かべただろう。
人としての道徳を奪われた、今のかの者に、その魔法はこれ以上にないほど、相応しかった。
「――モラル崩壊」
みしりと異音が響き、空が割れ、その隙間から闇の炎が招来する。
天から ふりそそぐものが 世界を ほろぼす
▼
問おう、汝は何者か
――僕は礎だ。大好きな人と共に望んだ、誰もが笑って暮らせる世界。その世界を作るための礎だ
空は蒼を奪われ、黒く、黒く染まっていた。
物真似師より召喚された闇の炎。
高濃度に凝り固まった炎は、最早質量を得た隕石に等しい。
あれが降り注ごうものなら、如何な防壁も用をなさないだろう。
「くそ、あんなの方向を逸らしきれねえ!」
「死ぬの、私はここで……。そんなの、嫌ぁ」
それを分かっていて尚、慌てるアキラ達とは違い、空を見上げるジョウイの心には一切の絶望がなかった。
あるのはただ、歓喜のみ。
ああ、これだ、この力だ。
この力があれば、全てを守れる。
しばらく座礁船を岩陰から観察していたジョウイは、その静けさから、セッツァー達と
ピサロの遭遇が、戦いに発展しなかったことを察した。
そこに戦乱が生じないのであれば、ジョウイが出る幕はない。
恐らくは、あのギャンブラーが上手くピサロを引き込んだのだろうとあたりをつけ、ジョウイは引き返すことにした。
セッツァー達が手を組む展開自体は予想していなかったわけではなかった。
むしろ、五分五分の可能性でそうなると踏んでいた。
敗北は人から冷静さを奪うこともあれば、慎重さを与えることもある。
他ならぬ敗者であるジョウイは、ピサロが後者である可能性も熟慮していた。
だから、この結果は、決してジョウイにとって望ましくないものではない。
戦力を増強できた以上、セッツァー達は間違いなく打って出るだろう。
そう判断したジョウイが座礁船より引き返してきた時、既にヘクトル達の戦いは始まっていた。
ニノ達の放つ魔法は遠目からでも確認でき、ジョウイに考える時間を与えてくれた。
即ち、ヘクトル達とすぐに合流するか否か。
このまま様子見に徹すれば、労せずヘクトル達の戦力を削ることができる。
襲撃者は確かに強者ではあるが、所詮は一人。
そのうち数の理に押し負けるのは眼に見えていた。
自らの体力は温存しつつ、ヘクトル達の戦力を削り、かつ強者を一人落とせるのなら、ノーリスク・ハイリターンだった。
けれども、ジョウイはこうして、ヘクトル達との合流を選んだ。
ヘクトル達の信用を勝ち取ろうとしてのことだけではない。
戦乱というジョウイが求めてやまなかった混沌を利用するためだけでもない。
襲撃者が得たというオディオの力を直に確かめたかったからだ。
考え込む自分を余所に、戦場を目にし、一目散に駆けつけようとする少女に、ジョウイは思わず声をかけていた。
この一瞬だけは、一切の打算はなかった。
幼いその背に、ジョウイのことを兄のように、父のように慕ってくれた女の子を思い出してしまったからだ。
少女もまた、そんなジョウイの想いを子どもながらの直感で読み取ってか、おとーさんと呼んでくれた。
だけど、郷愁の想いに浸るのはそこまでだった。
舌足らずながらも必死に話すちょこの言葉を聞き進めていくうちに、ジョウイの心は父のそれでなく、王のそれに戻っていった。
僕の求めているオディオの力。
それを先に手に入れた者がいるという。
なら、僕はその力の程を確かめなければならない。
僕が求めている力が、真に理想の国を作るに足るのかどうかを!
その一念でちょこにジョウイは協力を申し出た。
モンスターが単に退治すればいい存在じゃないことを知らせることで、ヘクトル達の損害を増やすという考えもあったが、あくまでもついでだった。
そして今、見極めは終わった。
モンスターが見せたオディオの力は、不完全な模倣でありながらも、あのルカや魔王をも凌駕するものだった。
世界を創造したという二十七の真の紋章の一つ、獣の紋章ですら話にならない力だった。
いけると、ジョウイは確信する。
この力さえあれば、全てを守れる。
「くっ、状況が状況です! 回復に回していた力を、全て迎撃に回します!」
「くそ、ようやっとユーリルの傷が塞ぎかかってきたっつうのに!」
無論、物真似師のように、オディオの力に呑まれてしまえば意味が無いが、自分なら大丈夫だとジョウイは信じていた。
何故なら、ジョウイもまた、オディオ同様敗者の王だからだ。
ユーリルの傷を治療しつつも、ジョウイはアキラから、自分が去った後のことを聞いていた。
ずっと気になっていたユーリルのことを初め、夢に出てきたオディオのこともだ。
敗者はかえりみられねばならない。
その通りだと、ジョウイも頷く。
かつてジョウイは敗北の折に、リオウに殺されることを望んだ。
それは多くの人を死に追いやった責を受けようとしてでもあったけど。
同時に、自身に付き従ってくれた敗軍の兵達のためでもあった。
勝者たる英雄に敗者たる悪王が倒される。
その英雄譚に敗者達は自らを慰めることができる。
騙されていたんだと。
自分達は悪ではなかったのだと。
そう思って欲しいがために、ジョウイは一人、約束の場所で待ち続けた。
約束が叶えられることは、もうない。
二人の再会は魔王の手に阻まれ、勝者であった英雄も、敗者となった。
そして、勝者たる親友が敗者になった以上、敗者たる自分が敗者のままでは誰も“救われない”。
僕は、勝つ。
僕は勝って、敗者の王になり、やり直す。
僕に付き従い敗れた、クルガンやシード達、全ての兵の為にも。
僕が殺したアナベルさんや都市同盟の人々の為にも。
この殺し合いで敗者となったリオウに
ナナミ、
ビクトールさんの為にも。
僕が望み、彼らが望んだ理想の国を作ってみせる!
「伏せよ、アナスタシア!」
「耐えてくれ、ユーリル!」
闇の炎がマリアベルの、ジョウイの、ニノの、ストレイボウの魔法を打ち破る。
その様を見て、ユーリルをアキラが、ジョウイをマリアベルが、ニノをストレイボウが庇いに入った。
ジョウイもまたマリアベルの盾になるよう、覆いかぶさる。
「ジョウイ、おぬし!?」
「もうこりごりなんだ! リルカやビクトールさんに護られてばかりの自分が!」
真実はむしろ逆だ。
マリアベルを守りに行ったのは、こうすることが一番身の安全に繋がると判断したからだ。
オディオの憎悪が人間に向いている以上、人外の少女を護れば、自然と、闇の炎の射線から逸れる確率も上がるかもしれないのだ。
そして、この一撃さえ凌げば勝機はある。
モンスターの様子から察するに、このまま放っておけば、力の代償に後数分で自滅する。
「このバカちんが……」
そんなジョウイの打算を知らないマリアベルが静かに告げる中、闇の炎が着弾する。
ジョウイは目を閉じ、意識を手放すふりをした。
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最終更新:2011年07月21日 23:43