ある『暗殺者』の終わり ◆jtfCe9.SeY
――――そして、暗殺者は死んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
其れはある一つのちっぽけな恋物語。
感情も知らず、心すら空っぽだった暗殺者の男と。
闇の中で、儚げに、されど凛と咲き誇る小さな白い花のような少女との。
小さな、小さな、恋の物語でした。
それは、ある日、死にそうになった暗殺者を同じ暗殺者集団の少女が介抱したのが、切欠でした。
少女の無償の優しさが、空っぽであった暗殺者の心に温もりと感情を与えたのです。
その結果、暗殺者は生まれて初めて、与えられた命令に背いたのです。
少女を殺せ、という命令に。
そして、暗殺者と少女は、そのまま暗殺者集団を抜けました。
敵対していた王侯の息子達が率いる集団に二人は身を寄せたのです。
二人は、生きる為に、必死に戦っていきました。
敵は、かつての仲間で、家族で。
優しい少女は涙を流しながら、それでも必死に戦ったのです。
暗殺者はその少女の心を慈しみながら、彼もまた助けられ、そして支えていきました。
やがて、戦場の中で、二人の思いやりは、恋となり。
互いが互いを必要とし、想いあって。
そして、小さな、小さな不器用な恋は、戦場の中で結ばれたのです。
暗殺者が、初めて持った心と感情、そして想いを、言葉にして。
少女に伝え、彼女が受け取った事で、結ばれたのでした。
二人は、手に入れた愛を大切に、大切にしながら、必死に生きていました。
ずっと、ずっと二人で生き延びようと誓いながら。
――――失った命は、もう二度と戻らないのですから。
そして、二人の過去の仲間の魂の篭っていない人形――モルフすらも、倒して。
元凶の魔術師であり、暗殺者を拾った人間を討ち果たす事で、戦いは終わりました。
そして、二人は、幸せに暮らし始めて、愛を育みました。
暗殺者は殺しを辞めることを望み。
少女は手に入れたささやかな幸福を噛み締めながら。
二人は、ずっとずっと共に生きていく事を誓ったのでした。
これで物語はおしまい…………とは、ならなくて。
二人は、また魔王が開く殺し合いの舞台に呼ばれてしまったのです。
その中で、暗殺者はまた少女の為に、殺しを始める事を決めて。
暗殺者は、殺して、殺して、殺しました。
ただ、愛する少女の為に。
必死に、必死に、必死に。
かつての仲間すらも手にかけて。
それでも、ただ、ただ、ただ。
少女に生きてほしかったから。
けれど、当然少女はそんな事は望みませんでした。
暗殺者に殺しなんてして欲しくなかったから。
ただ、一緒に生きる事だけを望んで。
彼と殺し合いの中で、出会って、暗殺者を止めようとしました。
しかし、それも、叶わぬ願いでした。
暗殺者は、少女の願いすら、知らずに。
愛を捨てようとしてまで、ただ、少女に生きて欲しかったのです。
だから、暗殺者は少女に別れを告げました。
それでも、少女は諦め切れなくて。
もう一度、彼と出逢って、想いを伝えようと思いました。
そして、二人は再び出会い。
――――少女は、ある愛に生きている男に、刃で貫かれたのです。
そうして、小さな、儚くて、ちっぽけな恋物語が。
終わろうとしていました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
世界最後の日。
死にゆく少女に、落ちようとした地獄の雷。
少女の恋人である暗殺者は、放心状態のままでした。
けれど、身体が、身体だけが動いていたのです。
少女を救う為に、死ぬしかない少女を救う為に!
ただ、暗殺者の想いが、愛が。
身体を、動かせたのです。
そして
暗殺者は、恐るべき速さで、彼女を抱き上げて。
世界最後の日の、地獄の雷は。
ただ、愛している少女を救おうとした、暗殺者の身だけに、落ちたのでした。
それが終わり。
それで終わり。
地獄の雷に、打たれた、暗殺者は、それで、終わろうとしていたのです。
刃に貫かれて、死に行くしかない少女を護る為に、救う為に。
自分の身を犠牲にしてでも、
彼女を救いたかった暗殺者は、終わって、死ぬのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大好きな人の荒い息が、直ぐ傍で聞こえてくる。
どうして?と思って、身体を動かそうと思っても上手く動かない。
そして、あたし――ニノは、大好きな人である
ジャファルに抱き抱えられている事に気付く。
ああ、そっか。
あたし、貫かれて、何かが光ってる中で、ジャファルが私の事抱き抱えたんだっけ?
よく、考えが、纏まらない。
意識が朦朧とする。
なんで、だろう。
終わる、のかな。
あたし。
終わって、しまうのかな。
死んじゃうの、かな。
やだよ、怖いよ。
終わりたくないよ。
死にたくないよ。
助けてよ。
あたしの、だいすきなひと
ねぇ、ジャファル、ジャファル。
じゃふぁ…………………………………………え?
呼んだ名前の先に、見えた顔。
その姿に、あたしは目を見開く。
とたんに頭がすっきりしていく。
終わりそうな意識が覚醒していく。
どうして? どうして? どうして!
どうして、ジャファルが血まみれになって、死にそうになってるの!?
どうし………………決まってる。
決まってるじゃない……あれは、ただの光じゃなかったんだ。
あたしを消そうとした、攻撃だったんだ。
だから、ジャファルは、私を庇って。
そして、死にそうなくらい怪我を負ったんだ。
ねえ! ねえ! ねえ!
ジャファル、ジャファル……どうして、こんな事したの。
ジャファルが死んじゃいそうだよ。
嫌だよ、嫌だ、そんなの嫌、嫌!
涙が溢れていく。
どうして、私の為に、こんな、しにそうになってるの
どうして、死にそうなあたしを、すくおうとした……の…………ねぇ……じゃ…………
「…………きまって…………いる……」
え?
絶え絶えと聴こえてくる愛しい人の声。
「おまえ……を…………に…………の……を…………」
ぎゅっと、強く抱きしめられる。
「あい……し…………て……るか…………ら……」
あぁ……あぁ……あぁぁあ
そんな事、そんな事知っている。知っていたよ、あたし。
だって、あたしもジャファルのことが好きだから。愛してるから。
そうだよ、簡単な事じゃない。
愛してる人だから『救いたいんだ』
『自分の全てを賭けてでも』
例え、それで、自分が、死んでても。
大好きな人に生きて欲しいから。
ねぇ、ジャファル。
ありがとう、ありがとう。
だから…………ね…………あたしも。
「貴方を『救う』」
目も、霞んでいる。
頭も、ぼんやりしてきた。
耳も、上手く聞こえてこない。
でも、大切な人だけは、しっかりと形作れる。
でも、大好きな人だけは、しっかりと考えられる。
でも、愛しい人だけは、しっかりとその声を聴こえられる。
だから、
「ベホマ」
最期に教えて貰った魔法。
傷を負った身体を癒す魔法。
それを、私の愛しい人に使う。
「ベホマ」
ぽわっと明るい白い光が満ちていく。
いとしいひとを、いやしてくれる。
淡い、優しい光。
「ベホマ」
でも、どれだけ、唱えても、大好きな人の傷が消えていかない。
傷ついたあたしじゃ、無理なのかな。
魔力が、その力が足りないのかな。
大好きな人すら、救えないのかな。
「ベホマ! ベホマ! ベホマ!」
嫌だ、そんなの嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!
ジャファル! ジャファル、ジャファル!
救いたい、大好きな人を!
愛してる人を!
最期に、最期に!
こんな、人生だったけど。
あたしは、沢山の人の愛されて。
だから、あたしは、あたしの人生の終わりに。
「あたしの愛してる人を救いたいのっ!」
お願い、お願い、お願い……なんでもいい!
何でもいい、何でもいいから。
あの人を、愛してる人を、ジャファルを。
救える力を。
あたしに、ください。
あたしは、ジャファルの事が、好きで、好きで堪らないから。
だから、だから、だから、
「生きて欲しいのよ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……こうなったか」
世界最期の日、暗殺者は、大好きな少女を雷から護って死ぬ。
これが賭けの結末かと、ギャンブラー――セッツァーは薄く笑った。
視線の先には、大怪我を負って虫の息のジャファルが必死に、ニノを抱いて護っていた。
もう、ニノも死んでしまうというのに。
「これが……これがお前の狙いだったのかよ!」
背後から聞こえる怒声に、ジャファルは気だるげに振り返る。
片目が潰れたヒヨコの王様――
ヘクトルが憤怒の表情で、此方を見つめていた。
この状況になってまで、まだこんな事を言うのかと明らかに侮蔑するようにセッツァーは見ていた。
「『狙い』? いや、違うな、あくまで賭けの『結果』でしかないのさ」
そう、これは、あくまで結果でしかないのだ。
ピサロがああ出たのは、予想外とはいえ、元々存在していた見極めでしかない。
ニノが死に瀕した時、ジャファルがどう出るかの見極めであり、それをピサロに賭けてただけの話。
「で、あいつはニノを庇った。死ぬしかないニノを救う為にな、で、それでこれは終わりさ」
「終わりだと……?」
「ちゃんと言わないと解からないか? それで死ぬなら、死ねばいい。此処でジャファルを助けても意味が無いだけだ」
そして、ジャファルが選んだ選択肢は、自らの命を犠牲にしてまでも、ニノを救おうとした。
なら、それはそれでいい。
庇って死ぬなら、死んどけよ。
此処で、ジャファルというカードを切るまでだ。
ジャファルを助けても、此方に利などないから。
それにニノと、ヘクトル、そしてニノ次第では造反する可能性が高いジャファルが死ぬならお釣りがでる。
三下も、少し離れていた所で魔王とやりあってる。後で増援に行けば討ち取れるだろう。
「そして、お前も此処で終わりだよ、ヘクトル」
だから、此処で早くヘクトルを終わらせよう。
ピサロも今此方に向かってきている。
二人ががかりならば、討ち取るのは容易い。
そう思い、セッツァーは武器を構えようとした時
「終われねぇ……終われないんだよ、セッツァー!」
片目の王、ヘクトルの気迫の篭った声が聴こえてくる。
それはニノが刺され、そしてジャファルが雷に打たれた後以上の気迫で。
「知ってるか、セッツァー……戦いは、一人の兵士が、一人の将が倒れた事ぐらいで終わらないんだよ!」
「……」
「総大将が、俺達が死なない限り終わらない……どんなに沢山の命が犠牲になっても!」
ああ、そうだ、殺し合いに連れてこられる前も沢山の人が死んでいった。
なのに、戦いは終わらない。哀しいほど沢山の血が流れていった。
一人は、大切な人を護りながら。
一人は、懐かしい故郷を思いながら。
一人は、大好きな人に思いを伝えて。
一人は、ヘクトルを護って。
皆、死んでいった。
その命を。沢山の命を、
「だから、俺は、沢山の兵の命を、人の命を背負ってるんだよ!」
犠牲しながら、背負いながら、ヘクトルは生きている。
「確かに俺には、ユーモアもない……こうやって、また仲間を失おうとしている……けど、けどな!」
ある死んでいった老兵が、ヘクトルに言っていた。
――争いの無い世界を作ってください。
ある死んでいった新兵が、ヘクトルに懇願していた。
――故郷の妻と息子が飢えない世界をお願いします。
ある死んでいった子供が、ヘクトルに夢を語っていた。
――皆が、笑いあっていられる世界があるといいのにな。
ある、死にいく少女と、ヘクトルは約束した。
――お前とあいつがずっと一緒にいられる国を、俺が、作る。
そして、そして、そして!
ある、死んでいった、最愛の人が、ヘクトルと共に誓っていた!
――いっしょに……貴方が願う国を……作れるといいですね……ううん、作りましょう。
「俺は……俺は! 沢山の人の命と一緒に、『意志』を! 『願い』を! 『夢』を! 『約束』を! 『誓い』を!」
ああ、そうだ。
俺には、人の心が解からないかもしれない。
俺には、弱者を省みる事が出来ないかもしれない。
それでも、俺は
「全部、全部、抱えて、此処に、此処にいるんだよ! 終われない、終われる訳があるか!」
沢山の遺されたものを、託されたものを抱えて此処にいる。
そうやって、生きている。
「そいつらの為にも、俺は理想郷を作る、作ってみせる……一人じゃなくて、皆で。今も生きている奴も、死んでやった奴も、皆一緒だ!」
だから、終われない。
終わってやれない。
ヘクトルは、片目の王は、狭まった世界でもなお、
「倒せるなら、倒してみろ……セッツァー。俺が抱えてものは、俺の、俺達の『夢』は、ギャンブラー如きに破られるものか!」
大きな、世界、夢を見つめ続けている。
そして
「……何!?」
「……なんだ、この光は?」
死にゆく少女の元から、優しい淡い光が溢れて。
世界を、満たしていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
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最終更新:2011年12月14日 00:02