その罪を識る時 -Fallere825-(前編) ◆wqJoVoH16Y


彼が今『此処』に至った意味。
それを理解するには『はじまり』と『おわり』の両面から見極めなければならない。

彼はその右腕に人を殺す機能を有し、その脳裏に人を殺す理由を有していながら
その機能を全く人を殺す方向に用いていなかった。
あろうことか他者を守り、他者を癒す為に機能していた彼は、ともすればこの戦いで一番の無能ともいえただろう。
折角の名刀を野菜炒めに用いるようなもの、これでは刀が泣くと言うものだ。
だが、彼にしてみれば“そんなことはどうでもよかった”のだ。
彼がその刃を振うのは悦びを得る為ではなく、刀を喜ばせる為でもない。
ましてやこの殺し合いを見下ろして愉しむ輩を歓ばせる為でもない。
彼が剣を振い、戦い、殺すのは徹頭徹尾自身の望みの為であり、そして彼はその刀の遣いどころを弁えていた。

そう、剣とは、斬るべき理由で斬るべき時に斬るべき場所で使わなければ意味がない。
ならば、彼がまず為すべきは“斬るべき時と斬るべき場所を見極めること”だった。

知っての通り、彼は殺し合いを打破しようとする者達に与した。
そこには彼の心に沸き立つ“うずき”のような小波があり、
また、彼が勝利するに当たって強大な力を持つ殺戮者達を倒す必要があるという理由もあった。
だが、それだけの理由・感情で形にするには彼の行為は積極的に、強力に過ぎた。
攻勢への布石は模索すれど実際に置くことは1つと無く、朴訥に英雄に与するその様は、
一見すれば、本来の立場を失念していたようにすら思えるだろう。
だが、感情で英雄達に協力する一方で、彼の理性もまたその支援を『善し』としていた。
彼が幾度となく迷いながらも、決して片方の道を棄てることがなかったように。

自身が知る情報に虚偽を混ぜたところで、それがどう影響を及ぼすかも分からない。
自分が手を汚せば、どれだけ隠蔽しようがそれがどのような形で露見するかも分からない。
限られた情報でも策を巡らせば、短期的なスパンでならばそれが効果を予測できる。
だが、それが長期的にどう転ぶかは分からない。蝶の羽がいつ何処で嵐を起こすかも分からないように。
分からない、分からない、そう―――――――分からないのだ。
故に彼は殺害に結び付く一切を行わなかった。
まったくの白地図から始まったこの戦いに於いて、自身の行為がどのような影響を及ぼすかも分からない以上、
その内に戦術レベルで策を繰り出すことに意味はないのだ。

ならなするべきは1つ。この戦いの第一理念―――――徹底的に“生き延びる”ことに徹することなのだ。
故に、彼が英雄達に与することには意味がある。彼の力は独りで戦局を変えるには心許無くとも、
誰かの背中を押して戦いの流れをズラすには強力であったから。
セッツァー=ギャッピアーニが殺戮者側から天秤を動かしたとするならば、彼は英雄達の側から天秤を整えたのだ。
生きて歩き、生きて見、生きて体感する。生きて知り、誰よりも早く終『盤』へ到達する。
策を巡らせるのは、それからでも遅くはない。

そして、あの雨の乱戦を英雄達の側について生き延びた彼は、
優勝を望む者達の中で誰よりも早く、この盤面の全貌を理解した――――――この戦争が『詰みかかっている』ことを。

この島で混沌と行われていた殺し合いを秩序ある戦争と見立てた時、
彼を含め、最後の一人になることを望む者達にとってこの状況は王手一歩手前だったのだ。
4度目の放送までに呼ばれた者達を名簿から逆算した残りの生存者は、
アキラ、アナスタシア、ユーリル、魔王、アシュレー、ゴゴ、ちょこカエル、マリアベル、
ストレイボウ、ヘクトル、ニノ、ピサロ、ジャファル、セッツァー、イスラ……そして彼本人を含めれば17人となる。
そのうち、雨夜を生き延びた者達の中で、オディオに反逆しようと集ったのは
アキラ、アナスタシア、ユーリル、マリアベル、ストレイボウ、ヘクトル、ニノ、イスラの8人。
優勝・快楽を問わず、他者の殺害を目的として戦っていたのは
魔王、カエル、ピサロ、ジャファルの4人。そして得られた情報の齟齬、そしてその失踪の状況から、
限りなく殺意を以て行動していると考えられるセッツァー。
計13人。即ち、生存者の4人に3人はこの盤上に於ける在り方が確定しているのだ。
そして、自分を除く残り3人、アシュレー、ちょこ、ゴゴの在り方もルカ=ブライトの死から類推できる。
4度目の放送で死んだのはリンディス、シャドウ、ブラッド、ロザリー、トッシュ、トカ、無法松、そしてルカ=ブライト。
この内雨夜の中で死んだ者を除くとシャドウ、トッシュ、トカ、無法松、ルカ=ブライトの5人。
つまり、最大7人であの狂皇子を仕留めたということだ。
ルカは獣の紋章に匹敵する大規模殲滅術を用いたらしく、それも加味すれば、4人の死体というのはまだ納得のいく数字だ。
そして、その生き残りに果たして殺し合いに乗るものがいるだろうか。
この島で2番目に知った名前を持つ“アシュレー=ウィンチェスター”が。
あの生き残る嗅覚に長けたアナスタシアが使えると確信し侍らせた少女“ちょこ”が。
ナナミの亡骸の前で彼女から聞いた物真似師“ゴゴ”が殺し合いに乗るだろうか。

それは有り得ない。これは情報の信頼性以前の問題だ。
もし彼らが何らかの変節で殺し合いに乗っていたなら、逆にルカを討つことが更に難しくなる。
ルカとは、十重二十重と策を巡らし無数の戦士達を用いて漸く殺し得るルカ=ブライトとはそういうものなのだ。

無論、それを以て断定することは出来ないが、そうであればより最悪の状況を想定するべきだ。
それ即ち、残る3人がルカを倒して生き残り、強固な結束を持っている場合。
つまり、最悪を想定した場合この盤面において、
C7にアキラ、アナスタシア、ユーリル、マリアベル、ストレイボウ、ヘクトル、ニノ、イスラの大軍が鎮座し、
加えて一目確認できれば確実にマリアベル達と協力するであろう、ルカを倒すほどの遊撃部隊がどこかに存在している。
対して殺戮者はどうか。北にセッツァーとジャファル、西にピサロ、南の遺跡にカエルと魔王。
セッツァーを除けばいずれも損耗し、散り散りとなってしまっている。

単純戦力比11:5。これを詰み一歩手前と言わずしてなんという。
当然、それに気付いた彼に悔いがなかったわけではない。
こうなる前に何か手を打てたのではないか、もう少し天秤を整えられたのではないか。
だが、彼はその贅沢を堪えた。
悔むだけならば誰にでもできる。重要なのは過去を知って現在を掴んだ今、未来をどうするかだ。

誰よりも早く『詰みかかっている』ことを知った彼は、誰よりも早く『まだ勝てる』ことを知ることができたのだから。

勝利に向けて、彼はこの島における行動の中で最速の一手を放った。
彼だけが見切った『ある理由』から、この窮地に於いても魔王オディオが天秤を調整することは期待できない。
これだけの人数・情報が集まれば、マリアベルの首輪解析・対オディオ攻略は爆発的に推進するだろう。
なにより、マリアベル達にしてみればどこか一角のマーダーが崩れればその時点で完全に詰ませられるのだ。
最早、彼にはリスクを躊躇する猶予は残されていなかった。

この時点での彼は知る由もなかったが、彼の持つ嗅覚はある意味的確に作用していた。
彼が盤面を掴んだ時、この盤の裏側――――夢の世界では既にアキラとアナスタシア、ユーリルとアシュレーが邂逅してしまったのだ。
あと一歩着手が遅れていれば、彼らとアシュレー組の合流が最優先事項となり、
合流から駆逐に向けての流れを食い止めることは不可能だっただろう。
本当に、本当に紙一重の先手だった。
だからこそ、ピサロ誘導とセッツァー・ジャファルへの接触から始まる彼の鬼手―――――
『残存する全マーダーによる大同盟』はその息吹を勝ち取ったのだ。

利害が複雑に絡み合う群雄割拠の乱世―――例えば、このバトルロワイアルのような―――ではほぼ有り得ない同盟。
しかし、その効果たるやただの同盟などとは比べ物にならない。
その威力たるや“ただの都市の群が強大な王国を滅亡に追い込む”ほどの力を持つ、最強の同盟である。
散った殺戮者達を南北の2つにまとめ上げ、マリアベル達を両側から攻略する。
この劣勢極まる盤面を覆すには、彼の友がかつて成し遂げた奇跡を成就するより術はなかった。
口で言うは易く、行うは不可能に等しいこの鬼手にジョウイは挑んだのだ。

マリアベルが南征を告げるや否や、即座に北へ移動。
ここまで己の立場をグレーゾーンに隠匿し切ったセッツァーの人物を見極め、その能力を確認した。
算術を弾くことのできる知性、ヘクトル達が警戒するジャファルを味方につけるその人間力。
そして何より、勝利の為に必要なことを理解し、実行できる胆力。
直接その存在を確かめた彼は、同盟軍の盟主足り得る器をセッツァーに認め、
彼らが置かれている状況と、ピサロという強大な『可能性』を譲渡した。
セッツァーが本物であれば、北側の戦力を取り纏め同盟軍の意図に乗ってくるだろうと。
少なくとも、開戦するまでは互いに想定通り動くはずだ、と。

ピサロが順当にセッツァー達に合流したのを確認して、彼は再び南に舞い戻った。
自分が取り持つまでもなかった以上、セッツァーの価値は期待通りに機能している。
後は自分がマリアベル達の行軍を調整し、魔王達への接敵タイミングを整えれば同盟軍は完成する。

するはずだったのだ。
だが、先ほども言った通り、全てを掌握できないこの戦いに完全な計略など存在しない。
彼の計略は綻びた。
彼はセッツァーという男を僅かに浅く見、彼はブリキ大王というジョーカーを見逃し、
そこから生まれた怪物の誕生に介入できなかった。

ゴゴという名前の怪物を救おうとした少女と出会い全てを知った時、彼は自分が出し抜かれたことに気付いた。
そして、怪物が救われた時、自身の計画が破綻したことを悟った。
ちょことゴゴを組み込んだマリアベル達の目は既にセッツァーに向けられ、今更誘導などできない。
この反転行軍の隙にセッツァーは魔王達と接触し、同盟軍を再構築するだろう。
彼は、彼が組みあげた構想をそっくりそのままセッツァーに奪われたのだ。

彼はセッツァーの理性を見極めたが故に、ただ利用されることを善しとしない『感情』を見誤ったのだ。
そうして彼は詰んだ。この後に起きるのはセッツァー達5人の連合軍とマリアベル達10人の真っ向勝負か、
先んじてマリアベル達が動き、セッツァー達を攻めて10対3の駆逐戦か。
それでも、セッツァー達が勝つ可能性がないわけではないだろう。だが、それではだめなのだ。
それでは『混沌』は生まれないのだ。彼が勝つためには、混沌が絶対に必要なのだ。
僅かな可能性に縋り、彼は耐えた。この詰んだ局面を崩すことのできる要因を。
アキラがから夢の中の物語を聞いたことで僅かに残った、死中の蜘蛛の糸を。

だからこそ、その活路―――――――アシュレーとアキラの合流を知った魔王達が
合流を阻止すべく目の前に現れたとき、彼は決意した。

今こそ、為すべきを成すべき時なのだと。

もっとも、魔王達がこの場所へ訪れた理由が全く違うことに、その時の彼は知る由もなかったが。
兎にも角にも最後の“混沌”――――全参加者による決戦は完成した。それこそが彼の欲した状況であり、計画の前提だった。
とりあえず、彼の現在の近傍をざっと『読み込み』すればこの程度のことは簡単に理解できる。
だが、それでは“これ”はあまりにも噛みあわないのだ。

殺戮者達の力、効果を最大限に活用できる攻囲戦が展開されたことで、オディオに抗うもの達は苦戦を強いられるだろう。
当然、何人もの死者が期待できる。
だからこそ彼らの中に潜み優勝を伺う彼が為すべきは、完全に敵と見切られるまでに少しずつ足を引っ張り、
彼らと殺戮者達の戦力を限界まで均等に削ぎ、最後の最後で消耗した者達を殺すことのはずだ。
なのに、まだ敵も味方もほぼ健在である今、彼は自らコトを起こしてしまった。
こうなってしまえばイスラ達は彼を明確に敵と断定するだろう。
今さらゴゴがオディオを再発するかもしれないから、などという言い訳も通用しない。
マリアベルがいない今、イスラの懸念を誰も妨げられない以上、最早彼に彼らの中での居場所はない。
かといって、殺戮者達と共同戦線を張れもしない。
この終局に於いて、裏切り者を今更囲い込むリスクなど誰も負いたくないからだ。
精々、仲違いしてくれれば纏めて殺せて重畳という程度だろう。故に殺戮者の中にも彼の居場所はない。

独り。彼はまだ10人近くの参加者がいる中でぽつねんと孤立してしまったのだ。
彼は、心底待ち望んだ混沌を、自ら棄却してしまったのだ。

何故? なぜ? Why? 『読み込み』ながら『私』は考える。深く、深く、始まりへと向かって考える。
死に瀕したが故に一矢報いようとした? Non,それならばわざわざ致命傷を貰いに行くこと自体がおかしい。
失血による思考能力の低下? 否定。彼は明確に刺すべき相手を見極めていた。そこには確かな計画性が存在している。
戦力を削る乱戦の利を彼は“計画的に”放棄してしまった。
10人強の相手を、1人で相手取ることなど不可能だと言うことは、自分が一番よく知っているだろうに。

―――――逆? 彼は、捨てていない? 捨てたのではなく……乱戦を“戦力を削る為”に用いなかった?

そうか、そうか!
『私』はこの島での彼の始まりまでを『読み込んで』漸く彼が今ここに至った確信に至る。
彼は最初からこの乱戦に期待してなどいなかったのだ。
考えて見れば明白だ。あの雨夜において死んだのはロザリー、リン、ブラッドだけ。
殺戮者側に死者がいないとはいえ、つまりはその程度、歴戦の殺戮者が4人も集っても“これが限界”のだ。
数を揃えた英雄達相手との、この如何ともし難い力の差が出始めているのだ。

無論、あの雨夜の戦いは誰もが想定しない不慮の遭遇戦であり、どの殺戮者達も命懸けで戦うつもりはなかっただろう。
故にロザリーの死によってピサロが戦意を喪失し、戦線が崩壊した時点でカエル達も撤退したのだ。
それに比べれば、今回の彼らは大きく異なる。
直接状況を伝えたセッツァー達は当然のこと、魔王達の闘いぶりからもハッキリと分かる。
彼らは皆ここで趨勢を決さなければ後がないと知っている。故に退かないし退けないのだ。
そしてセッツァーが北側をまとめ上げたことで、5人の殺戮者達は限りなく連携をとれている。

だが、それは彼らも同じことだ。
アシュレーとの合流は出来なくとも、ユーリルという勇者が潰えたとしても、
ちょこの加入・ゴゴの復帰、更には首輪解析の大きな進行によって、希望に照らされた彼らの結束は今や最高潮なのだ。
彼はそれを肌で感じてしまっている。
互いに連携と結束は五分、ならばやはり数の差がそのまま勝敗の差に繋がってしまう。
そしてその差は、彼一人が暗躍した所で埋められるものではない。
殺戮者側は、どうあがいても、彼らの王道を止められはしない。
そしてこの戦いの後に生き残るもの達を1人で殲滅する力など、彼にはない。
マリアベルを見殺した以上、最早彼らの絆の中に紛れ込むことも出来ない。
彼がマリアベルを見殺したことが露見するかどうかはともかく、愛ある中立を貫いた彼女がいなくなった以上、
彼らの思考は必ずやイスラのベクトルへ誘導されるだろう。悪くて吊るし上げの魔女裁判、良くてアキラのサイコダイブだ。

混沌を全うに使った所で、彼が活きる道は残されていない。
“だから”だ。
この混沌で彼が為すべきは、汚れ切った『羊』の皮を被り続けることではない。
むしろその逆――――彼が独りでも勝てるほどの“力”を掴み『狼』となることなのだ。

――――だから彼は、混戦を目晦ましだけに用い、ここに至った。
彼は最初から他者の力を削ぐだけでは勝ち残れないと知っていた。その中で、自分だけの力を掴まない限り、勝てぬと知っていた。
だから誰もが彼がまだ動かぬと思っている内に、殺戮者がまだ残り彼らの注意が自分に向く前に動いた。
危機を煽り、さもこの場を打開する為の妙案と嘯き、聖剣を抜かせて。
血と共に溢れる命を輝く盾の最大の力で僅かに補い、その残る命の全てを両腕に込めて『私』を物真似師の“心”に向けた。

『お前』が国を興すに足ると欲した力――――『色の無い憎悪』を得る為に。

どうだ、当たりだろう。……全ては『此処』に、この私を……『紅き暴君<キルスレス>』を手にするために仕組んだのだろうッ!?
ジョウイ=アトレイドッッ!!




「お前は……」
何処ともいえない虚空の中で、漸く己が輪郭を認識したジョウイが言葉を発する。
自分は確かに紅の暴君をゴゴの中に突き刺し、この眼で見定めたゴゴの中の力を紅の暴君に封印したはずだ。
ならば、これはその結果だというのか。
「ああ、そうだ。貴様のちんけな目論見の通り、我が中に無限にも近い力が宿った。
 剣の中にある分量しか存在しなかった我が、こうして形を取り戻せるほどにな!」
何者かの声がジョウイの脳に、精神に直接響く。
これが、話に聞く魔剣の意志だというのか。
「お前が……紅の暴君?」
「紅の暴君は我が力の端末に過ぎぬ。何だ、自分が欲しようとした力の名前も知らぬというか。
 我はディエルゴ。ここではない別の島の意志にして、狂える界の意志也!!」
剣の意志、否、その本質が真の名を告げる。
かつてリィンバウムにおいて無色の派閥という狂気の組織が、世界を支配する根源『界の意志<エルゴ>』から
その座を奪うべく作り上げようとした新たなる界の意志、人造のエルゴ。
嘆きに歪み、怒りに朽ち、悲しみに崩れ、怨みに果てた、狂気の成れの果てである。

「それほどの存在が、なぜ今まで出てこなかったんだ!?」
「我が本体は島にこそ存在する。島より切り離されたこの場所では、
 我が血肉はこの魔剣に内在する分量しか存在しなかった。
 嘆きを汲み上げて維持しようにも、そのなけなしの血肉ですら、
 あの災厄に寄生された身では存在を保つことすらできなかったのだ」
ジョウイの問いに、紅の暴君―――否、ディエルゴは忌々しそうに応じた。
忘れられた島の意志であるディエルゴは、忘れられた島でなければその力を発揮することはできない。
もっとも、元の島にはもうディエルゴも存在しないのだが。
いずれにせよ魔剣に在った分量しかないディエルゴでは、
自意識すら構築できずただの無念や怨念の集合体としてしか存在できなかったのだ。
それでも、この島には魔剣の欠片をベースにして構成される共界線があった。
故に、少しずつではあるがこの島の嘆きや怒りを汲み上げて糧としていた。
しかし、それすらも奪われ続けていたのだ。魔王オディオの奇策によって内在させられた焔の災厄・ロードブレイザーによって。
「あの災厄にとって我は最高の苗床であったのだろうな。
 意識すら形にできぬ我は、本能的に憎悪を汲み上げることしかできぬ。
 それを片端から自身の糧にされては、我に打つ手はなかった」
弱り切った焔に延々と薪をくべ続けるという屈辱が、オディオより与えられた役割だったのだ。
ロードブレイザーにとっても、紅の暴君の存在は有意義だったのだろう。
ある程度の力を蓄えてアシュレー=ウィンチェスターに再憑依した時にさえ、
紅の暴君の味を知ったロードブレイザーは無意識にも僅かに残滓を残していたのだから。

「屈辱ではあった。何とか奴の依代を砕かんと、使いようもない適格者を差し向けてみたが、結果はあの様よ」

ディエルゴが遠くを睨むように過去を思い返すが、ジョウイには何のことかも理解できなかった。
もう一人の適格者アティ、ひいては彼女が持つ碧の賢帝がどのような状態にあるかは、共界線を通じてディエルゴは即座に理解していた。
同時に、ディエルゴはアティを用いて復活することなど不可能であると見切りをつけていたのだ。
碧の賢帝には焔の災厄がないとはいえ、あのような白無垢の状態では使い物にならない。
実際問題として、アティは魔剣を育むことも出来ずに死んでしまったのだ。
ディエルゴはせめてもと、なけなしの力で不完全な死亡覚醒で亡霊伐剣者をでっち上げてロードブレイザーにけしかけたが、
所詮は付け焼き刃の傀儡としての働きしかできず、挙句碧の賢帝を砕かれその核を食われる始末だ。

「残された手は一つ、適格者を得て魔剣を更新するよりなかった。それさえも、災厄の隙を突いて一度だけだったが」
「そうか、だからその時だけイスラに声が届いたのか」

碧の賢帝ではディエルゴが復活できない以上、頼みの綱は紅の暴君しかなかった。
しかし、ロードブレイザーが曲がりなりにも残っているままではディエルゴは動けない。
だからこそ、アシュレーの、そして紅の暴君の中のロードブレイザーがルカの憎悪に興味を示し、
余所見をした隙にディエルゴは適格者へのアクセスを試みたのだ。
適格者イスラの手で再契約を結べば、その力でロードブレイザーを剣の中から完全に駆逐することができただろうと。
その結果もご覧の通りであり、ディエルゴの目論見は絶たれていたが。

「だが、それもこれまでよ。忌々しき厄災の根は完全に絶たれた!
 この芳醇な力を得たことで、我も我を形作ることができた!」
「なら……」
ジョウイは僅かに緊張を緩ませ、胸を開く。
オディオの力と魔剣の力、彼が欲した2つの力が今手に入らんとしている今、無理はなかった。
「後は、適格者を乗っ取り、核を修復すれば全てが整う! 貴様は、その運び屋<ベクター>となるが良いッ」
だが、ディエルゴから吐き捨てられた言葉は無慈悲なものだった。
最後の一歩まで上りかけた梯子を下ろされたような表情のジョウイに、ディエルゴは嘲るように言う。
「貴様如きが我が力を背負うだと? 下らぬ!!
 適格者でもない貴様が、ましてや戦争を欲する愚かしい貴様が我を手にするなど」
自らに集う痛みを堪えるように、ディエルゴは怨み憎んだ。
「貴様の腹の内は既に読み込んでいる。戦乱? 力だと? それによって一体なにが生じるのか分かっているのか?」
「それは分かっています! だけど、平和を手にするには痛みは避けられない。僕はそれを最小限にしたいんだ!!」
ディエルゴの決別の意志を前にして、ジョウイは慌てて抗弁する。
意志を持つとはいえ、魔剣をただの力だと思っていたジョウイは魔剣に拒絶されるということは考えてなかったのだ。
暴虐を欲するのならば理想の過程に賛同してくれるだろうと思ったのだ。
「ふざくるなァッ! 最小限の痛みだと?
その痛みがどれほどのものかも識らぬ人間が語るとは愚かの極み。なにも、なにも識らぬ者が!!」
だが、返された答えはその真逆だった。
ディエルゴはありったけの軽蔑を向けて昔日の悔恨を思い出すように、瑞々しくジョウイを罵った。

「いいだろう。表層の読み込みは完了した……これより貴様の世界への『読み込み』を開始する」
宣誓と共に、ディエルゴから共界線が伸びてジョウイの右手の黒き刃の紋章へと接続される。
「識るがよい、世界の痛みの片鱗を。
 戯言の続きはその後だ……真実の痛みを識ってなお吐けるものならなぁァァァァァァッ!!!!!」

何を、と言う前にジョウイの世界は暗転した。

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142-2:為すべきを成すべき時 -Friend's Fist with Brave-(後編) アナスタシア 142-4:その罪を識る時 -Fallere825-(後編)
ちょこ
ゴゴ
カエル
セッツァー
ピサロ
ストレイボウ
アキラ
イスラ
ジョウイ


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最終更新:2012年02月03日 19:11