この力で全てを守る時 -Glorious Hightland-(前編)  ◆wqJoVoH16Y


誰もが呆然とした。
先ほどまで誰もが抱いていたのは、ゴゴを背中から刺したことに対する驚きであったが、
変貌したジョウイの姿に、そんな瑣末は吹き飛んでしまう。
銀の長髪、魔力を放つ剣の後輪。剣と盾を模したような形に変貌した魔剣。
そして何よりも、風に膨らんだ魔王の外套を棚引かせて佇むその姿に、言葉を喪ってしまう。
これまで紅蓮の業火で熱されていた戦場が、とたんに冷え切っていく。
太陽は高く上っているはずなのに、まるで夜の月がそこにあるかのようだ。
美術館の雰囲気だ。叫べるはずなのに、なぜか“場そのもの”に対して無意識下でセェブしてしまう感覚に似ている。
「――――輝く光、煌く刃」
その静寂を破ったのは場の主だった。
右手の剣を地面に突き刺し、力場が波紋のように広がっていく。
左手を天に掲げると輝く盾と黒き刃の紋章が空に浮かび、それが1つに交わっていく。
「デュアルキャスト――――“輝く刃”<シャインセイバー>」
完全に交わり合った紋章が砕け、その破片と光が誰も彼もに降り注ぐ。
威力を持った光を避ける術などなく、誰もが思い思いの方法で防御を行う。
ことここに至って、誰もが理解せざるを得なかった。目の前の静寂は、明確に我ら全ての敵なのだと。

「……どうやら、盾と刃の紋章術は問題なく使えるみたいだな」
「ジョウイッ!!」

紋章の具合を確かめたジョウイに、天空の剣と魔界の剣の双撃が襲い掛かる。
ジョウイが防御越しに見たのは、眼を血走らせて憎々しげに鏡を見つめるイスラだった。
「それが、お前の目的だったのか。混戦を作り、マーダーであることさえ囮にしてッ!
 全部、全部、紅の暴君を手にするための策略だったとッ!!」
「……おおむね、君の想像通りさ。ただ、一歩僕のほうが早かった」
鏡合わせの2人に、誤解は最早無かった。最早適格者でないジョウイが魔剣を使っていることすら瑣末だった。
余りに露骨な暗躍に、マーダーであることはイスラも疑わなかった。
だが“そこで安心してしまったのだ”。自分が見張っていれば問題ないだろうと、
少なくとも、直接的な行動に出るのはもう少し人数が減ってからだろうと。
だからジョウイはその一歩手前で勝負に出た。
追い詰めた魔王にカエルをこちら側へ転移させて、魔剣を奪う算段だった。
紅蓮の存在は予想外ではあったろうが、それさえも計略に組み込み、ゴゴの中の憎悪まで奪いとったのだ。
最早、あのときに見せた口元の歪みすら、ジョウイが用意した罠にしか思えなかった。
「まんまと、出し抜かれたって訳か」
「……違うよ。君は僕を嫌いだろうけど、僕は君のことが嫌いじゃない。それだけだ」
言葉と共に、ジョウイは魔剣でイスラを二刀ごと弾き飛ばす。
相手の行動を読んで策を成すには、その対象にどれだけ興味を示せるかこそが肝要になる。
イスラは、ジョウイのことが嫌いであったが故に、ジョウイに対しての読みを途中で中断してしまったのだ。
感情と理性を切り離せたマリアベルと感情と理性を混ぜ合わせてしまったイスラの差が、そのまま読み合いの差だった。

イスラを間合いの外へ追い出したジョウイの背後から、聖剣の一閃が襲い掛かる。
既に攻撃を終えたジョウイが再攻撃するまでの一拍を狙った一撃だった。
「返し刃<ダブルアタック>」
だが、ジョウイは間断なく剣を捻り、アガートラームへと剣閃を返す。
翻ったジョウイの耳には、キラーピアスが血を流しながらつけられていた。
「ねえ、一つだけ聞かせてくれない? 貴方のその回復力、もしかして……」
アナスタシアが、その余裕を僅かに翳らせながらジョウイを見つめる。
自分の中の予測を、信じたくないという表情だった。
ジョウイは僅かにアナスタシアから眼を逸らし、アナスタシアの問いの答えを考える。

――――ジョウイよ、お主の無念、わらわたちが晴らそう。
    代わりと言っては何じゃが――わらわの友を――アナスタシアを、守ってやってくれ――――

「……そうですよ。輝く盾の全力ならば、マリアベルさんの命を呼び戻すことも出来た。
 でも、そんなことするわけ無いでしょう。彼女は、僕の目的に邪魔だったのだから」
一切の表情の無い顔で、ジョウイはその最悪の言葉を告げた。
アナスタシアの表情から、余裕と血の気が一瞬で喪失する。
「マリアベルさんが首輪を解除し得る人物であることは序盤から知っていましたから。
 魔王にその事実は流していたんですよ。おかげで、ピンポイントで仕留めてくれました」
「……なら、本当の仇は」
「ええ。それなのに気づかず、責める必要も無いのに自分を責めてくれて……
 おかげで、大分動きやすくなりましたよ――――斬り裂け、闇傑の剣」
アナスタシアの心に生まれた動揺を見逃すことなく、黒き刃を5本射出する。
封印の剣の魔力対価による召喚強化能力によって強化された黒き刃は、その速力を上昇させていた。
「くっ! コンバイン・聖剣ルシエド――――ロックオン・ガトリングッ!!」
迫りくる黒き刃を前に、アナスタシアもまた聖剣ルシエドを5本召喚して相殺させる。
しかし心に隙の生まれた聖剣では出力が黒刃に追いつかず、アナスタシアはたたらを踏んで後退する。
ジョウイはその隙を逃さず装填速度を加速させ、更に黒刃を射出しようとする。
しかし、それは子供の小さな足によって阻まれた。

ジョウイは完璧な形で自身の脇腹を穿った蹴りを見、そこから伸びる脚を見た。
「うそなの。ジョウイおとーさん……なんで?」
脚の先、ツインテールを解いた少女は、泣きそうな顔でジョウイを見る。
家族が戦い殺しあうなんて、彼女の世界にあってはならないことだった。
「アクラの力は、乱発は出来ないみたいだね……ああ、あと……君から借りた支給品は、このまま貰うよ」
ジョウイは枝垂れた髪に瞳を覆いながらもう一度大地に剣を立て、台本を読むような無感動でちょこの力を分析する。
皹が入ってもおかしくない一撃を受けた脇腹に、紅い輝きがどくりどくりと集いそのダメージを溶解する。
真紅の鼓動と輝く盾の癒しを掛け合わせたその光が、ジョウイにエネルギーを与えていた。
たとえ紋章が命を吸い取ったとしても、ある程度ならば釣銭が出るくらいには。
「そんなこと、どーでもいいのッ! おとーさんは、おとーさんでしょ?」
「僕にはそう言ってもらえる価値はないよ」
「お話しするときは人の目を見て話すのーッ!」
怒涛の蹴りがジョウイに浴びせられるが、ジョウイは魔剣を盾のように構えちょこの攻撃をしのぐ。
その様に、ちょこは言いようもない不安を覚えてしまったのだ。
とうさま。ラルゴとうさま。ちょこが愛した父を悲劇の運命にいざなったのは、名も無き魔剣だった。
魔剣とは、ちょこの幸せを砕くものに他ならないのだ。
そして、ジョウイがそんな魔剣を手にしている。剣の中の奥深くに憎悪を沈めた魔剣を。
このままでは、また壊れてしまう。いつかチカラにおぼれ、人としてのココロを失い、さつりくのかいかんによってしまう。
それを、ちょこは止めたかった。
「かえろ? そんな剣なんかポイして、みんなでいっしょにおうちにかえろ?」
「父親だって、帰りたいと思うよ。でも――――それは妻の、娘のいる場所を守れてこそだ」
一緒にいたい。一緒にはいられない。いつだってどうしようもなく父の仕事と娘の願いはすれ違う。
刃を喪った絶望の鎌を左手で棍のように操り、魔王は魔王の娘を弾き飛ばした。

ちょこを追い払った即座、ジョウイは左後方に手を向ける。
すると、裁きの時がバヨネットの砲口を穿ち、ピサロは砲撃の射線を大幅にずらさざるを得なかった。
「全方位索敵と連動した先制攻撃術か。小癪」
「“大いなる裁きの時”。拝謁するのはこれで2度目か、魔族の王ピサロ」
「3度目だろう。なにやら砂浜で子鼠が這い回っているとは思ったが、貴様だったか」
裁きの時の連射を避けながら、ピサロは自身をあの座礁船に導いた光の正体を確信した。
魔族の王と魔剣の王。たった2人残った敗者の王達が交錯する。
「貴方を利用した非礼を詫びる。その上で問いたい。ピサロ――――貴方は未だ魔王たるか?」
「私と貴様を同格と思うか? 私が未だ魔王であったならば、その非礼だけで万死に値していた」
「そうか。王でなく民ならば、その無念も、いずれ僕が背負おう」
「笑止ッ!!」
黒き刃と砲撃が入り乱れる中、セッツァーとジョウイの視線がぶつかり合う。
両者とも言葉は発さず、視線だけで互いの価値をもう一度値踏みし直す。
破綻していたはずのジョウイの計略が、息を吹き返した。
運か、それとも仕込みの賜物か。あるいはその両方を以てジョウイは再び賭場に立った。
セッツァーの瞳が、一等に鋭くなる。最早ルーキーだと舐めてかかれば喰われかねない。
ジョウイの側も同じらしく、セッツァーに対する警戒を緩めていない。
故に、お互いが全霊を以てどちらかがヘマをする瞬間を見出そうとしていた。

「マザーイメージッ!!」
僅かにジョウイの意識がセッツァーの方へ向いた隙に、
ゴゴに助けられ内的宇宙から復帰したアキラがジョウイにイメージを叩き込む。
寝起きとはいえ、眼前の光景からジョウイが敵であることは最早疑いようも無かったが、
それでも戦意を殺すマザーイメージを使ったのは、速やかにジョウイを沈黙させるべきだと判断したからだ。
「確かに、処刑台に挽かれる前に母の姿を最後に一目見たかった」
だがジョウイは動じることなく、むしろその想い出を噛み締めるようにアキラに向き直る。
憑依無効。ジョウイの右腕、その魔剣に集う剣の意思がある限りアキラの念は鈍ってしまう。
「それでも、僕達を養ってくれた義父たちを憎むことは出来ない。
 母も、義父も、義弟も、キャロの町の人たちも、全てを導いてみせる」
「ご大層な話だな。世界の端っこにいる人間までテメーがどうにかするってのか!?」
「するさ。それが、僕の魔法だ」
ジョウイの答えに、アキラは肝が凍ってしまったかと錯覚した。
心に触れることの出来るアキラだからこそ、ジョウイが本気でそういっているのが分かる。
眼前の存在は、英雄でも勇者でも、ヒーローでさえも無く“しかし『ぶっ壊れた者』だった”。
こいつはヤバいと、ジョウイの本性を垣間見たアキラの本能が警鐘を鳴らす。
この魔王は、何も見捨てることなく全てを壊してしまう気がしたのだ。
「――――しまっ、回線開きっ放……グアァァァァッ!!」
「だから、僕に干渉らないほうがいい。これは、君の背中には余る」
マザーイメージを叩き込んだチャネルから、魔剣の中に棲む怨念がアキラに逆流する。
“救われなかった”想いの残滓に、アキラの脳が耐えかねてブレーカーを遮断させた。

すぐさまジョウイは黒き刃で追撃を仕掛けようとするが、イスラやアナスタシアが包囲を狭め牽制する。
ピサロやセッツァーの敵意もまたジョウイに向けられていた。
ジョウイはアキラへの追撃をとりやめ、剣を再び地面に突き刺し、敵だらけの周囲を見渡す。
この状況でこのような行動に出れば、全員を敵に回すことなど容易に想像できる。
覚悟はしていたのか、ジョウイの無表情が崩れることはない。
しかし、ポーカーフェイスだけでは数の利を覆すことなど出来ない。
ジョウイが何かを決めようとしたその時、始まりの魔剣が強く強く輝く。
突然の魔剣の輝きに、ジョウイは何事かと僅かに驚きを露わにしたが、
すぐにその光の意味を理解し、剣を引き抜いて天に掲げる。
すると、虚空から再び黒き刃が顕現する。その数は3。
しかし、射出された3本の剣は誰の肉も切り裂くことなく、地面に突き刺さる。
何のつもりだ、と全員が訝しむ間もなく、剣は異変を放った。
剣が独りでに地面から抜けたのだ。そして、地面に落ちることなく中空に漂っている。
「まさか……」
イスラの口から、不吉の予感が漏れる。
その不吉を成就するかのように、黒き刃の柄に紫の力場が生じ、
それがやがて延びて、手と、腕と、肩と至り、人の形を成した。
「イスラ君、これってッ!」
「亡霊兵! ディエルゴに取り込まれた怨念が人の形を取ったものだ!!」
片方は二刀流、もう片方は一刀で剣を構えたエクトプラズムに、イスラとアナスタシアは剣を向ける。
かつてイスラが伐剣者であったときにも、紅の暴君の魔力で島の亡霊を強制的に操ったことがある。
この島にも同等数の怨念がいるかどうかは分からないが、数を増やされれば手が着けられなくなるだろう。
「1体1体は単純な動きしか出来ない! 直ぐに片づけないと――――ッ!!」

そう言おうとしたイスラの言葉は、喉元に突きつけられた剣閃によって遮られた。
他ならぬ、単純な動きしか出来ないはずの亡霊によって。
イスラがたまらず後退するが、2刀を携えた亡霊は瞬く間にその距離を詰め直し、連撃をイスラに浴びせ続ける。
「これが亡霊!? この剣圧、陸戦隊の隊長級じゃないかッ!!」
時として疾風のように間合いをつめ、隙あらば烈火の如き攻めを繰り出す亡霊の剣は自身の知るそれではなかった。
「くっ……なんて、なんていやらしい剣ッ! 女の子にモテないタイプね!!」
それはアナスタシアが凌いでいる亡霊も同じだった。
アナスタシアの一本気な剣を、流水の如く変幻自在にあしらい、隙を作り上げたところに雷鳴の如き一撃が迫る。
ロードブレイザーのような絶対概念との戦いに長けたアナスタシアではあったが、剣術に関してはやはり素人。
どっしりと大地かくやと構えられた、剣の兵理を突き詰めた冷徹な蟻の一撃が、アナスタシアを翻弄する。
イスラには理解が出来なかった。
自分の知る亡霊は、肉体が滅んでなおディエルゴの力に囚われ、永遠に転生できない苦しみに乾き、暴れるだけの存在だった。
当然、その攻撃も直接攻撃にせよ召喚術にせよ、破壊衝動を振り回すようなものに過ぎなかったはずだ。
だったが、この2匹の亡霊はその理からはずれていた。

『……カラ、先ハ…………場所デハ……』
『ココ、ガ……ノ国……最後……リ……』

破壊衝動というには余りに精緻すぎる剣の腕。なにより、この亡霊たちには明確な意思がある。
そう、明確に、守るべきものを守ろうとする強烈な意志が、剣に乗っているのだ。

『……カラ、先ハ……ブライ、ト、オウ、ケノ……ゾク……場所デハ……セン』
『ココ、ガ……最後ニ……ッタ……タチ、ノ国……最後……ノ……ホコ、リ……!!』

亡霊が、亡霊の形をした信念が、2人だけならずちょこやピサロを巻き込み、果敢に攻めていく。
片や勇猛に果敢に攻めいく赤い怨念、片や詰め将棋のように冷徹に相手を弱らせていく黒き怨念。
その後ろ姿に、ジョウイだけがその正体を理解した。
ここにいる誰もが知らないだろう。ルカ=ブライトの名前は雷の如く響こうとも、彼らの名前など誰も知らないだろう。
敗軍の王はもとより、敗軍の将の名前など民の口にも上るまい。
だが歴史には確かに刻まれているのだ。

「シード……クルガン……」

遠かれば音に聞け、近くば寄って眼にも見よ。
ハイランド王国第四軍団長・クルガン。そして同第四軍団付将軍・シード。
デュナン統一戦争末期、落陽のハイランドにありて、その王国を最後まで支え抜いた2人の将軍の名を。

ジョウイは何故、彼らがここにいるのかなどと問わなかった。
ジョウイの両腕に等しかった彼らは、ここに呼ばれていない。
ならば目の前の亡霊将達はいったいなんなのか。その答えは剣が教えてくれていた。
核識の力で支配下におかれた無色の憎悪は、少しずつではあったが、ジョウイの魔法に同調し始めていた。
目的も意味もなくただ憎むしかできない茫洋たる存在に、ジョウイの導きは希望であったのだ。
こんなものにすら、存在する意味があるのかもしれない。
こんなものでさえ、こんなもののままできることがあるのかもしれない。
形無き憎悪にとって、ジョウイの示す先は確かに一つの可能性だったのだ。
だからこそ、その灯を絶やすわけにはいかなかった。
だからこそ、守るための形が必要だった。そして彼らは憎悪であると同時に物真似だった。
かつて物真似師がオディオの力を使うために、闇黒の源罪を用いてモラル崩壊に変換したように、
彼らは宿主を助ける為に、真なる紋章に刻まれた想い出の中から、
もっとも相応しい負の感情――――未練へと自らを変換した。

それこそが、彼ら亡霊召喚。
栄光ある母国、誇り高きハイランドを守りきれなかった未練の結晶。
そして、ジョウイが最初に背負った、理想の原型に他ならない。
ジョウイの理想とて、決して誰にも理解されなかったものではないのだ。
「ありがとう…………今度こそ理想を、この世界に打ち立ててみせる」
ジョウイは背後を亡霊達に託し、再び地面に伏せるアキラに向けて黒刃を装填する。
3つの急所のうち2つを押さえた今、後はアキラさえ潰してしまえば、この戦いは完全に“詰み”なのだから。

「ジョウイッ!!」

だが剣の射線上、アキラとジョウイを遮るようにして、人影が現れる。
ストレイボウさん……」
吹き飛ばされたアキラと、その側にかろうじて残っていたカエルを守るようにして、ストレイボウがジョウイに向かい合う。
ストレイボウは、信じられないという表情でジョウイを見つめた。
ジョウイは顔の半分を銀髪で覆いながらも、その表情を崩していない。
かつてルッカの死体を隔てて対峙した時とは真逆だった。
ただ違うとすれば、ジョウイにもストレイボウにも揺るぎなき何かが備わっていることくらいだった。
「退け、なんていいませんよ。立ち塞がるならまとめて貫通させるだけですから」
「なぜこんなことを! ルッカの為に泣いたお前は一体!」
ストレイボウも、裏切りの真偽など問わなかった。
人は裏切る。それは衝動であったり、利害であったり、様々な理由で裏切る。
それは他ならぬストレイボウがその身を以て証明している。
だからこそ、ストレイボウは信じられなかった。
ルッカがその手の中で死に絶えたときのジョウイの絶叫。あれは、紛れも無き魂の慟哭だった。
あんな声を出せる人間が、こんなことをするということをストレイボウは信じたくなかった。
「……ストレイボウさん、あなたは悪くない。王国がしっかりしていればルクレチアの悲劇は起きなかった」
ジョウイの脈絡のない返答に、一瞬だけストレイボウは言葉を詰まらせる。
だが、そこに込められていたのは、ジョウイの本心であることがストレイボウには理解できた。
「だから僕が作る。貴方が責められない国を、貴方の憎悪で揺るがぬ理想の国を。憎しみの無い永遠の楽園を」
ああ、とストレイボウも理解する。
それこそが毀れ落ちた命に報いようとするジョウイの答えなのだと。
「だから――――貴方が、そして貴方の友が背負った業は僕が継承する」
そのためならば、ストレイボウを含めた全ての裏切りを背負うつもりなのだと。

「違う。違うぞ、ジョウイ」

それをストレイボウは否定する。ジョウイの瞳が、僅かに陰った。
「かつての俺だったのならば、俺のせいで死んだ人達の為に贖罪をしようとしていただろう。
 だが、今はそうじゃない。俺は俺が罪人だから贖罪をするんじゃないんだ。
 “俺が自分を悪いと思って、そしてオルステッドに謝りたいから”謝りに行くんだ」
しなければならないのではなく、したいからそれを行う。
勇気をその左手に握った魔術師は二度と背中を見せぬと、魔王に立ちはだかる。
ジョウイの眼は本気だ。だが、だからこそストレイボウはジョウイを止めたかった。
例え望んでだろうが望まざろうが、裏切りという烙印をジョウイに背負わせたくはなかったのだ。
だから、ストレイボウは両手を強く握り締めて、ジョウイを止めうる言葉を探す。
お前のそんな決断、誰も望んでいないのだと。
「……貴方ならば、あるいはと思っていました。貴方は十分に苦しんだ。それでも、楽園を望まないのですか?」
「望むさ。だが、それはたった一人の手によって行われるものじゃだめなんだ!
 “過去を変え、未来を変え!生まれるはずのものを奪えば、必ず裁きが下る”
 その罪を、お前に背負わせることなんて、彼女も望んじゃいないッ!!」
「――――ッ!?」
ジョウイの表情に、初めてハッキリと狼狽が浮かんだ。
ストレイボウが右手に握りしめた記憶石から頭に伝う輝き、そして紡がれた叫びに、
ジョウイは自分が守れなかった科学の少女を思い出さざるを得なかったのだ。
「誰も望まないからこそ、僕がそれを成すと決めた。
 それでも覚悟を胸に抱き僕と相対するというのならば……彼女の残響ごと斬り伏せます」
ジョウイが今一度、剣を大地より引き抜き、天に垂直に魔剣を掲げる。
あふれ出すは、膨大な黒き魔力。その魔力光に、ストレイボウは喉を鳴さざるを得なかった。
奥の手か、それに近い大魔術が放たれることは容易に想像がつく。
とてもではないが、カエルとアキラ2人をストレイボウ一人では守りきれないほどの。
「フォース・エクステンション――――“貪欲”よ、ここに全てを――――」
「ジョウ、イ……」
だが、ジョウイの詠唱は遮られた。彼の名を呼ぶ、懐かしい懐かしい懐郷の響きに。



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142-7:盾と刃が交わる時 -The X trigger- アナスタシア 142-9:この力で全てを守る時 -Glorious Hightland-(後編)
ちょこ
ゴゴ
カエル
セッツァー
ピサロ
ストレイボウ
アキラ
イスラ
ジョウイ


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最終更新:2012年02月16日 21:39