瓦礫の死闘-VS死龍・ハードオブヘクトル- ◆wqJoVoH16Y
夢――――そう言うには、あまりに稚拙な妄想だと思う。
幾つもの蝋燭の灯に照らされた玉座の間は、温かかった。
何一つ傷のない大部屋に、欠片の汚れもない紅い絨毯が整然と敷かれたその先の玉座。
そしてその御座に座る魔王。私はその傍らにいた。
広げれば人一人は優に包める巨大な翼を折り畳み、私は魔王に肩を寄せる。
玉座は“この人”一人が座るには大きすぎて、私たち二人が並んで座るには苦にならない。
だからだろうか。魔王は私を一別することもなく、いつものように不満そうな無表情のまま、何もいわず自分の肩を貸し続けた。
それが「好きにしろ」と言われたようで、うれしくて。
私はその勝手な嬉しさに甘えて、魔王の膝に頭を預けた。
翼が邪魔になるので、体を寝返らせると、魔王の腹部を見るような形になる。
ふとした気恥ずかしさと、矢張り度が過ぎたかという思いから私は頭を上げようとする。
しかしその時、魔王の手のひらが私の頭の逃げ道を塞ぎ、
私はただそのまま魔王の膝を枕にするしかできなかった。
どくり、どくりと高鳴る心臓の音と共に、その顔を見上げる。
銀の髪を後ろにまとめ、黒い外套を纏った魔王。
魔族の証たる角の代わりに、尖らせた人ならざる耳朶を持った魔王。
もう一度信じてみたいと思い、私が最後まで得られなかったものを与えてくれた人。
二度と戻ることのないと諦めた、あの優しい時間。
羽の毛先から角の先までを満たす優しさに、私は思う。
この瞬間が、ずっと続けばいいのにと――――
そう思ったとき、私の目の前にあったのは、魔王の胸から滴る血の赤だった。
魔王の胸に深々と突き刺さった剣から血が吹き出ている。
私がその事実を飲み込めた時には、魔王は事切れていた。
―――、―――!
私は魔王の名を呼ぶ。本当の名前を、魔王ではない名前を。
だがその言葉の届かぬところに魔王の死は連れ去られてしまっていた。
それでも呼び続ける私を遮るように、魔王の胸に穿たれた剣が蠢く。
血よりも紅い刀身。膨大な魔力の光。
そのあまりの禍々しさに、私はそれを魔剣だと直感で確信した。
魔剣。魔の剣。私を包む優しさを、私の嬉しさを、私の幸せを終わらせるもの。
私は魔剣を憎んだ。そしてその魔剣を使い、魔王を殺した人を許せないと思った。
刀身の先より柄へと視線を移し、憎悪と共に、私は魔剣の主を見上げる。
だが、私の憎悪はそこで途絶える。代わりに浮かぶのは疑問。
何故。どうして。なぜ。
魔王の亡骸が虚空へと散り、空いた座に仇が座る。
魔剣が魔王を貫く。その魔剣で貫く。
それは二度と覆らぬ過去にして、夢の終わり。
何度回向しても、時を止めても、変わらぬ事実。
大切なひとが、大切なひとを殺す瞬間。
どうして、ねえ、どうして――――おとうさ「
ちょこちゃん、危ないッ」
アナスタシアが体当たりをするようにちょこの体を抱えて横に飛ぶと、
ちょこの立っていた場所をめがけてレーザーが駆け抜ける。
大人1人を軽く覆えるほどの極太の光条は見かけに違わぬ威力らしく、
避けたはずのアナスタシアのスカートを焦げ付かせていた。
お構いなしと続いて鋭利なカードが飛来し、その全てに付き合う余裕はなく、
アナスタシアはちょこの手を引き、乱立するブロック壁に身を隠した。
「私の一張羅が! 何千年使い古したと思ってんのよッ!!」
やっと一息をつくことができたアナスタシアは大きく息を吐いた。
それもそのはず、戦闘が再開されて以降、セッツァーと
ピサロはひっきりなしに魔法や飛び道具で遠距離から攻め続けているのだ。
完全にこちらの射程外であるため、彼らは交互に休み無く仕掛けてくる。
その中でも僅かに息を付けられるのは、乱立する石細工の土台のおかげだった。
いかにピサロの魔砲であろうとも、距離があるが故、一撃でこの壁を破壊することはできない。
「おねーさん、ごめんなさいなの……」
砲雷魔雨の軒先でアナスタシアの脇にいたちょこが消え入りそうな声で謝罪を口にする。
「気にしなくていいわよ。もういい加減捨てなきゃと思ってたくらいだから」
アナスタシアはちょこの頭をなでてあやそうと思ったが、自分の手のぎこちなさを感じて止めた。
ちょこの動揺は尤もなものだったからだ。恐らく、ちょこにとって世界は明確だったのだろう。
ちょこは子供だ。子供ゆえにその眼は純粋に世界を捉える。
良いものは良い。悪いものは悪い。たとえ殺意を迸らせたユーリルと対峙してさえ、
彼を可哀想なのだと思えたちょこにとって“世界”は“割り切れる”ものだったのだ。
(ちょこちゃんを騙すような人、私以外にもいるとはね……ジョウイ君)
そのちょこにとって、初めての“裏切られた”感覚はどんなものだったのかは想像に絶する。
今ちょこは、大きく揺らぐ自分を立て直すのに精一杯なのだ。
レモンを丸齧りするように、アナスタシアはちょこを欺いた少年の名を口の中で噛みしめた。
「……揺らいでいるのは、ちょこちゃんだけじゃない、か」
アナスタシアはちょこの奥、他のブロックに隠れた陰を見つめる。
そう。ジョウイの裏切りの影響はちょこだけではない。
そこには、ちょこ以外にも大きく揺さぶられた者たちがいた。
「く、そ、野郎、が……誰も助けられないままここまで来て、まだ守られてんのかアキラァ……ッ!」
肩口を抑えながら荒く熱い息を吐き、アキラは虚空に罵っていた。
先ほどまで刺さっていた毒蛾のナイフは既に抜かれており、
傷口は飲み水で洗われ、アナスタシアのオリジナルパワー・リフレックスにて解毒処置は済ませてある。
とはいえ、現状の混淆された戦場ではそれが限界だった。消しきれぬ毒からか傷は熱を持ち、倦怠が抜けない。
「舐めるな、ジョウイ……手前は、手前ェは絶対に『ヒーロー』として認めねえ……ッ!!」
だが、アキラを真に焦がしていたのは毒でも傷でもなく、己が不甲斐なさであったのだろう。
超能力ジョウイに仕掛けた時何かを視たのか、アキラは自分の中に浮かぶ弱さに抗うのに必死だった。
見るからにフラフラで、頭痛と毒熱で歩くのもやっとの有様だ。だが、もう一人に比べればまだマシだった。
「……とりあえず、せめて立って歩いてくれると嬉「煩いッ! どの顔で言えるんだよアナスタシアッ!!」
膝と肘、そして額を地面につけたイスラの怒声に、アナスタシアは唇の真ん中を釣り上げて口籠った。
「来い! 来いよ紅の暴君ッ!! 僕に継承しろと言っただろうが!!
そのお前が、僕を裏切るのかッ! 僕より、あいつのほうが相応しいというのかッ!?」
イスラは右手に呼びかけるが、声はなかった。
「はは、ハハハハ……そうだったんだよ……僕は、生きてちゃダメだったんだ……
生きてても、誰かの迷惑になって足を引っ張っていくしかないんだ……ハハ、アハハハハ……!!」
その結果に、四つん這いになって蹲ったイスラは震えながら笑う。
その様にアナスタシアは言葉が出ない。どの面を下げて仕切るのかというイスラの言い分が尤もであること。
そして、誰もいない方向に土下座し、許しを乞うような今のイスラに、
アナスタシアは初めて彼と出会った時と同じ嫌悪を感じたからだった。
『ジョウイの企みを阻止する』ということが仲間のために生きて出来ることと定めていたイスラは、それを果たすことができなかった。
ましてやジョウイの企みが自分の魔剣である紅の暴君であり、それを見抜けず奪われたのだ。
“さらに生きる意味を魅せてくれたものさえ失ってしまえば”それはもはや生きる『意味』の崩壊に等しかった。
「参ったわねえ……」
アナスタシアは魔法が壁を少しずつ削っていく音を背中に聞きながら一人ごちた。
生きる世界を傷つけられたちょこ、生き方を惑うアキラ、そして生きる意味を砕かれたイスラ。
巨大な敵を団結して倒した直後、絶妙なタイミングで行われたジョウイの裏切りは彼らに深い傷痕を残していた。
いや、彼らだけではない。本音を言えば、アナスタシアもジョウイに傷つけられた一人だ。
(マリアベル……貴方は、気付いていたの?)
わざと回復の手を緩めたという、ジョウイから吐き捨てられたマリアベルの死の真相。
確かに変貌後のジョウイの回復力はユーリルやマリアベルに施されたそれとは比べ物にならない。
だが、アナスタシアはその真相をうまく嚥下できずにいた。
ジョウイが一方的に延べた内容は恐らく事実なのだろう。だが、真実に僅かに足りない気がした。
壁から一本だけ飛び出た釘のような不快感を、アナスタシアはあえて放置する。
それを埋められるのはきっと直に回復を受けていたマリアベルだけだろう。
素直に親友を貶めたジョウイに対し怒りを浮かべたいという欲求がないわけではない。
だが、アナスタシアは傷つきながらもその傷を自分で開くようなことはしなかった。
「戦えるのは俺と貴女だけか、アナスタシア」
「思春期ボーイズ&ガールが軒並みノックダウンとなると是非もないわね、悪い魔法使いさん。首尾は?」
「ダメだ。
カエルもゴゴも見つからない。というより、こう広域散布的に仕掛けられると探すのも労苦だ」
戻ってきた
ストレイボウに、アナスタシアは皮肉気に笑った。
アナスタシアとて柄も資格も無いと分かっているが、満足に行動できるのがストレイボウだけとなると、
親友の仇に逃げられても、肩に銃撃を貰っても、前のようにいじける暇すらない。
誰よりも揺らいでいた男がこの場で一番揺ぎ無いというのは皮肉だった。
石壁が降り注いだ時に一度彼らは散り散りになったが、
それをこうして何とか5人集合させたのはストレイボウの手腕と言っていい。
特にイスラは、彼が無理にでも引っ張らなければとうに死んでいただろう。
「カエルはともかく、物真似師さんは見つけたいわね」
おかげでこうやって集合し、障害物を盾に凌ぎながら残り2人を探しているが、カエルとゴゴは見つからない。
石台の雨に打たれて潰されてしまった。そう諦められるほど捜索もできていない。
「両方だ。やはり手分けをして探さないとキツいか」
ならば分散するのがベストだろう。幸いにして石台を壁にすれば移動ができないわけではない。
全員が分散すればその分的が散り、射撃密度も減ずるはずだ。
ならばなぜそうしないのか―――――――そう出来ないようになっているからだ。
「うしろーッ!」
「ッ!?」
ちょこが叫んだ瞬間、アキラが背も垂れていた壁に亀裂が走る。
亀裂は瞬時に隙間となり、間隔となり、扉となった。
切れ目一つない分厚い石は最初からそうであったかのように扉としてその中央から拓かれていく。
「――――、――――――」
「あ、ああ……ああ……ッ!!」
亀裂とともに、イスラの白い肌が増々に青褪める。
城門を開いて現れたるは“かつて
ヘクトルであったもの”だった。
血気廻った青髪はくすみ、肌は白磁のごとく生気を喪失している。
光彩を失った瞳と合わせ、誰もが彼を死んでいると断じるだろう。
“それがどうした”とばかりに右に握った神の斧は妖しく鳴動を続けていた。
死のうが、砕けようが、腐ろうが、生者必滅の理があろうが――戦うのだと、命以外の総てが猛っている。
「ちょい、さぁッ!!」
アキラとちょこをまとめて潰そうとした振り下ろしの一撃を、アナスタシアが聖剣で受け止める。
その瞬間、アナスタシアの踏み締めた大地に亀裂が走った。銀の腕でさえ受け止めきれない威力の結果だった。
だが、実に驚くべきは“それが左手の一撃だったということだ”。
神の斧は亡将の右手で遊んだままになっており、聖剣と打ち合っていたのは聖なるナイフだったのだ。
「ナイフに負けるとか、それでも聖剣かコラーッ!!」
アナスタシアが叫ぶが、目の前の現実こそが全てだった。
石細工の土台を一撃で破砕したのも、聖剣と拮抗しているのも、か細い左手一本のナイフなのだ。
腱の切れて使い物にならない左手を、落ちていた左手に挿げ替えた新しい左腕に、かつての聖女は押されていた。
「死んで尚あの膂力……自傷も厭わぬリミッターの解除!? それともどこかから力が供給されているのか!?」
「そーだけど……違うの……“よろこんでる”。オリから出られて、ライオンさんは、よろこんでるの」
状況を分析するストレイボウの横で、ちょこは胸の痛みを堪えるように死せる獅子の笑顔を見つめる。
喜んでいる。そう、己が民も、オスティアの領地も、リキアの未来も、何もかもを亡くしたその骸は今確かに悦んでいた。
統治、内政、外交、同盟、戦争。民の願い、人の欲、アトスの予言。
領主ヘクトルを形作っていたありとあらゆる外的要素――――それら全てがヘクトルの糧であり“同時に枷であった”。
兄ウーゼルの死により、ヘクトルは領主にならざるを得なかった。他に兄の願いを継げる者がいなかったから。
兄の死を責めるわけではない。だが、兄が生きていたのならば、ヘクトルはその力を全て武に注げたはずだ。
そうであれば、兄の統治の下、迫りくる脅威の全てを薙ぎ払う巨大な剣であれたならば。
“もういいのだ”――それは、アレが成してくれる。
その夢想は、死を超えて結実した。『楽園』を目指す『伐剣王』の導きによって。
最早迷う必要はない。この斧に注がれ続ける盾の癒しが死肉を満たす今、肉体を自壊させるほどの全力すら行使できる。
そう、全力。王のままでは出せなかった、生きて因業に囚われている限り出せなかった全力が屍に充溢する。
後はただ進めばよい。始まりの魔剣が導く終わりに向かって、只管に進軍すればよい。
立ちはだかるならば、覚悟せよ。望まぬ王座より解き放たれた獣の純粋なる暴力――――蹂躙程度で済むものかよ。
「UOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO
OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!」
狂戦士の咆哮。だが、その音色は生きていた時よりも忌み、地面に落ちる間際の果実のように熟れ爛れていた。
死体に充溢する怨念と歓喜が叫喚となって流出したこの時の声を聞けば、もはや百魔獣の王でさえ疾く自害するだろう。
そのような音を間近に受けたアナスタシアは剣をぶつけ合うことすら適わず、無理やりナイフを押し飛ばす。
その衝撃で、聖なるナイフは自壊した。聖なる加護が怨念に破られたのではなく、ただこの獣の力に耐えかねて。
だが、亡将は些事とばかりに用済みのナイフを捨て払い、自分の脇腹に刺したアサシンダガーを血脂を垂らしながら引き抜く。
この未練に満ちた自身<屍>を現世に留めているのが砕けかけた自身<天雷の斧>である以上、容易に抜くわけにはいかないのだろう。
あるいは――――こんな短刀でなくば、この悦楽を長く長く愉しめないと笑っているのか。
「みんな、アレから離れなさいッ!!」
再度打ちおろした亡将の一撃を、アナスタシアが再び切り結ぶ。
踏み込もうとする足が重い。いや、実際に重くなっている訳ではない。
眼前の障害物を両断しようとする亡将の殺意が、その巨躯から迸る熱が、ナイフの一点に荷重されているようだ。
ロードブレイザーに比べればその力の総量は劣るだろう。だが、その『密度』ならば話は変わる。
俊敏さを基とした『剣士』たる紅蓮とも『魔法使い』と思われる魔王とも違う『重騎士』の圧力。
なまじ圧倒的過ぎてジャンル違いのロードブレイザーと違う、質量感のある恐怖が足を竦ませる。
だが、アナスタシアはそれを真正面から受けざるを得なかった。
ストレイボウがちょこたちを安全圏に逃がそうとしているが、その足取りは重い。
『闘気』――領域支配<Zone of Control>。この骸が放つ狂熱を間近に受けて、足取りを保てるものなどそうはいない。
誰かが矢面に立ちその進軍を押し止めなければ、離脱もままならない。
「雌鶏が5匹。丸焼きかねえ、旦那」
「ファイラ×ファイラ――――――ファイアービームッ!!」
そして、アナスタシアが矢面に立っても彼らの離脱は難しい。
亡将から逃げようとしたアナスタシアを除く5人を、セッツァーの魔法を込めたピサロの魔砲が周囲を焼きながら襲い掛かる。
ストレイボウがシルバーファングをぶつけて相殺したことで彼らはなんとか亡将の領域から離脱したが、
構わずと再び魔弾を雨霰と降らすセッツァーたちの余裕は消えていない。
制圧射撃で行動範囲を狭めればいずれ鶏どもは解体屋に捕まる。
あとは再び巣穴から飛び出たところを狙い、削り殺していけばいいだけなのだから。
「あの遠距離攻撃を凌ぐには壁に籠るしかない。かといって足を止めたら壁ごと打ち抜かれる」
「それで逃げたらその先でまた砲撃……ループって怖いわね」
なんとか亡将を撒いたアナスタシアがストレイボウたちに合流する。
亡将との撃ち合いで開いたアナスタシアの右肩の銃創をストレイボウが微小の火力で焼いて塞ぐなか、2人は現状を憎らしげに述べた。
完全に遠距離からの攻撃を徹底するセッツァー・ピサロに、あらゆる障害を踏破し進軍するゴーストロード。
本来なら三つ巴になるべき戦局は、彼らの戦闘スタイルの合致によりストレイボウたちの一方的な劣勢となった。
生ける者全てを区別なく撃滅するゴーストロードの特性を見抜いたか、セッツァーは徹底的にゴーストロードとの距離をとっている。
こうすることで、ゴーストロードのターゲットをストレイボウたちに限定し、自分たちは安全圏から削ることができる。
ゴーストロードが使えるうちは使い尽くす。矢面に立つのはそれからで十分なのだ。
一方的にセッツァー達が亡将を利用している状況。しかし、ゴーストロードにとっても益のない話ではない。
零距離ならばともかく遠距離からの攻撃など、この骸には豆鉄砲に過ぎない。
ならばセッツァー達の攻撃によって敵の足が止まることは、お世辞にも機動力があるとは言えない亡将にとって援護以外の何物でもない。
彼ら3人は絆ではなくその性能によって、現状において最高のチームと化していたのだ。
(息苦しい……少しずつ、泥沼に沈んでるみたい……)
堪らないのはそんなチームの攻囲に晒されるアナスタシア達だ。
解毒済みではあるが体力を大きく落としたアキラ、心の支えを折られ自責に潰されたかけたイスラ。初めての『嘘』に戸惑うちょこ。
アナスタシアも血を失い、万全とはとても言えない。しかし彼女の聖剣以外では、亡将の攻撃から彼らを“守れない”。
唯一平静を保ったストレイボウも3人を避難させるので精一杯の状況。とてもではないが攻勢に転ずるには手数が足りない。
その中でひたすら乱撃突撃を繰り返させられ、バラバラの彼らは心身含め体勢を整える暇もない。
(説明できない“生きにくさ”……貴方なら、言葉にできるのかしらね)
あまりに整い過ぎた戦場に、翻った魔王の黒外套を幻視しながらも、具体的に語る術を持たないアナスタシアは歯噛みした。
分かっていることは、ここままではいずれハメ殺されるということだ。
(とにかく、まずなんとか流れを変えないと――ッ!?)
焦れて守備以外に意識を割いてしまったアナスタシアを責めるように盾としていた石壁が爆発する。
爆発の威力はさしたるものではなかったが、ハメ殺しのサイクルに慣れたアナスタシアはその新しい手札に動揺を強める。
ヘクトル候に魔法は使えないはずなのに、何故。
その疑問こそがミステイクとばかりに、爆炎の向こうから現れた亡将が影縫いをアナスタシアに振りかぶる。
あわててアナスタシアが剣を打ち合わせに行くが、2手ほど遅れた聖剣は間に合わない。
(間に合わ――)「せてみせるッ!!」
必滅の一刀に交わる剣戟音。亡将の一撃を防いだのは、アナスタシア。
勇者の剣を抱いた、ローブに身を包んだ英雄だった。
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最終更新:2012年08月25日 23:34