みんないっしょに大魔王決戦-英雄への諧謔- ◆wqJoVoH16Y


「……と、言うわけだ」

乾ききった荒野。太陽だけが降り注ぐその大地の上に沈黙が訪れる。
それはアナスタシアが定めた午後3時よりも僅かに早かった。
招集をかけたストレイボウが語った内容は、彼等を召集させ、また沈黙させるのに十分だった。
「死喰い、か。俺が識ったのは、そんなデタラメな存在だったとはな……」
「グラブ・ル・ガブルの墓碑か……因果かしらね、本当」
カエルが覆面ごしにぐぐもった笑いを漏らす。
工具の最終確認をしながら、アナスタシアが表情を陰らせた。
島の遙か下、星の中心で参加者の死を喰らい目覚めの時を待つ『死喰い』。
この島での殺戮が意味するところは、その墓碑の完成だったのだ。
「ンで、死んだ奴らが液体人間みたくモグモグ混ぜられてるのを、お空から見物してやがるってのか……オディオ……ッ!」
そのおぞましさに自分が戦った隠呼大仏を想起し、そのおぞましさを怒りに変えてアキラは空を見つめる。
たとえ見えずとも触れられずとも、オディオがこの殺し合いを天覧している『空中城』がそこにある。
「ご丁寧にそこに帰還の術を用意してあるとはな。嘗めているというべきか、あるいは……」
手に持った2種のデータタブレットを弄びながら、ピサロはその存在を反芻する。
空中城の中に存在する脱出のための乗り物、『シルバード』の存在を。
バトルロワイアル開催の意味、オディオの居場所、脱出の方法。
彼等が知ること叶わなかったほぼ全てが、齎されたのだ。
だが、その表情に憂いはあっても喜びは微塵もない。

ガン、と岩に拳が打ち付けられる音が響く。
その場の全員の茫洋とした感情を束ねるようにめいっぱいに叩きつけられた左腕の先には、
歯も折らんとばかりに食いしばるイスラの鬼気めいた表情があった。

「何が、妥協してやってもいいだ……ジョウイッッッ!!!」

目尻も裂けんとばかりに見開かれたイスラの瞳が見据えるのはジョウイ=ブライトの姿だった。
そう、これらの重要な情報をもたらした最後の敵であるはずのジョウイに他ならない。
そしてこともあろうに、オディオに手を出さず脱出するならば支援するとまで提案してきたのだ。
紅の暴君に適格したのであれば、おそらく情報自体に誤りはない。
そしていくら考えてもそれらの情報を伝えること自体に、ジョウイ側にメリットが感じられない。
つまり、本気でこちらのことを慮って停戦勧告をしているのだ。
あとはこっちでうまくやるから、君たちは逃げなさいと。
(ふざけるなよ、ふざけるなよジョウイッ! ここまでのことをしておいて、今更どんな面をするっていうんだッ!?)
ヘクトルの死を奪ったこと自体を責めはすまい。
だが、そこまでのことをしてしまった以上、あいつには今更聖人ぶっていいはずもない。
それはイスラがもっとも唾棄する偽善そのものだ。
(立ち位置を壊して、ふらふらして、みんなに害を振りまいて、まるで、まるで……ッ!!)
なにより、その在り方が否応無く思い出させるのだ。
築いたものを自分で壊し、避けられぬと分かっていながら甘い道を求め、
それでも願ったものを止められない――――まるで、どこかの誰かのように。
しかし、それだけならばここまで胸を締め付けられることはなかっただろう。
想起されるのが魔剣使いの背中なのは、先を行かれたという思い。
嘘と笑顔で自分自身を含めてごまかした自分とは違い、どれほど苦しもうが嘘だけは吐かぬと律した伐剣者。
先を行くものに、空を見上げる余裕を得た今でさえも、イスラは苛立ちを覚えずにはいられなかった。

「で、どうするんだ、ストレイボウ。正直切って捨てるには大きすぎる弾だぞ、これは」
「……本気で言っているのか、カエル」
イスラの葛藤に気づいてか気づかぬか、カエルはその情報を持ち帰ったストレイボウに尋ねた。
ストレイボウはその真意を読み切れず、思わずそう口をついてしまう。
死喰いの存在が事実であるのならば、彼の仲間ーー魔王やルッカたちの死も喰われてしまったということだ。
それを放置したまま逃げ出すことなどできるのかと。
「逸るなよ。確かに業腹ではあるが、ここであいつらの死を解放するために死喰いに挑めば死ぬかもしれん。
 それをあいつらが望むと思うか?」
「それは……」
「話を聞く限り、ジョウイもオディオも死喰いを消そうとはしていないのだろう。
 ならば一度元の世界に戻り、準備を整えて死喰いに――ラヴォスに挑めばいいだろう。
 それに、死喰いが完全な形で目覚めなければジョウイが負ける公算が高いのだろう?
 ならば時間をおけば、どう転んでもジョウイは自滅だ。おまえの望みにも叶うんじゃないか?」
 最後の言葉尻に、蛙特有の嫌らしさをたっぷり乗せながら、カエルはストレイボウに問いかける。
 その皮肉に、ストレイボウは顔をしかめる。否定する要素が見つからないからだ。
 目先の状況だけを考えれば死喰いを倒したくもなるが、正確に言えば死喰いは死せる者達の想いを喰っているのだ。
 死喰いを倒せば死者が蘇るというような話ではない。
 ならば危険を冒して死に、あのルクレチアで再会するほうが死者に無礼というものだろうと。
 撤退が最善と理性で分かっていながら、それを認めることができないのは、一抹の不安。
 オディオ――オルステッドとジョウイがぶつかるということについて。
別れ際にジョウイは言った。自分は友に殺されたかったのだと。
親友と殺し合う、その意味を知るジョウイがオディオを終わらせると宣言した。
そんなジョウイがオルステッドが交差したとき、何が起こるのか。
(何か、見逃している気がする……)
僅かに残った引っかかり。ルッカのサイエンスを会得した今でも、それは読めなかった。
逃げることが皆にとって最善であろうとも、
ストレイボウにとって致命的な何がが起きてしまうのでは……そう考えてしまうのだ。
(あ、そういうことか……)
そこまで思い至って、ストレイボウはようやくカエルの言いたいことを理解した。
皆の最善と自分自身の最善は異なる。その事実を敢えて指摘した理由はただ一つ。
“だから、お前はお前の望むように考えろ”と、不器用に教えてくれたのだ。
「……すまない、カエル」
「なんのことか分からんな」
ストレイボウの謝辞に、カエルは知らぬ顔で向こうを向き、覆面ごと頭からボトルの水をかける。
火傷まみれとはいえこの酷暑は両生類には厳しい。

「……正直、俺には理解できねえよ」
「それでいいと思うわよ。ジョウイ君は、私や貴方じゃ多分一生理解できないもので動いてるから。
 私が貴方を理解できないように、貴方が私を理解できないようにね」
アキラのつぶやきに、アナスタシアは嘲るようにして言った。
はっきり言えば、わざわざ死ぬ可能性の高い方向に進もうというだけで彼等にとってはナンセンスなのだ。
ジョウイを突き動かすものは磔の聖人――――殉死、犠牲のそれに近い。
ならばそれはユーリルが囚われた勇者像であり、アナスタシアが呪った英雄観であり、
アキラが吐き捨てた間違ったヒーロー像であるからだ。
それに対してアナスタシアが皮肉を発しないのは、魔王ジャキを討つために一時はともに戦ったからか。
あるいは、たとえ異なる価値観であろうとも、否定するだけが答えではないと知ったからか。
背中から走る暖かみを覚えなから、アナスタシアは背伸びをした。

「まー何にしても首輪解除しなきゃどうにもならないでしょ。
 準備できたし、そろそろ始めましょうか……どうしたの、デブ?」
「……次にその名で呼べば首を落とすぞ。おい、ストレイボウ」
ついに生者の首輪解除に取りかかろうとしたアナスタシアが、怪訝な表情を浮かべたピサロに気づく。
ピサロはそれをあしらい、ストレイボウに尋ねた。
「あの小僧は“始める”といったのか? “仕掛ける”でも“迎え撃つ”でもなく」
「あ、ああ。そうだ、確かに始めるといっていた」
その返事に、ピサロは眉間の皺をより一層に深めた。
ここまでジョウイが攻撃を仕掛けてくる兆候はいっさい無かった。
だから遺跡ダンジョンという中枢を押さえた以上、その地の利を生かした籠城を狙うものだと考えていたのだ。
(あの小僧が、あの乱戦の絵図を描いたのだとしたら――そこまで気長に待つか?
 あれの性根は、おそらく守勢よりも攻勢。ならば、奴はこの3時間何をしていたのだ?)

ジョウイの策略の一端を知るピサロは訝しむ。
悠長にこちらを待ちかまえるような可愛げのあるものが、あそこまでの大仕掛けを打てるはずがない。

――――出すのは早ぇし将来の後先は考えねぇ。とにかく当てることしか考えねぇ。
――――だから普通は早々潰れるが、女神はチェリーも嫌いじゃあない。
――――ビギナーズラックが回ったら…………一荒れくるぜ。

だから活きのいい新人<ルーキー>は性質が悪いのだと。
そのギャンブル評を思い出したとき、じゃり、と荒野を踏む音がした。
陽光燦々と輝く中、一つの陰と共に――――始まりが来訪した。

それは、まるで砂漠に立つ一本の枯れ木だった。
全身を襤褸布で覆い尽くした人間大の影。
他には何もない、ただ残ってしまったから立っていただけ。
生気は欠片もなく風さえ吹けばたちまち折れてしまいそうな、朽ちるのを待つだけの影だった。

この距離に至るまで全員がその存在に気づけなかったのも無理はなかったかもしれない。
形式的に各々戦闘の構えこそとれど、意識のギアを上げることもできなかった。
それほどまでに、目の前の存在は稀薄でこの世の存在として頼りない。

「……あの2人か? ジョウイに従った、あの」
「ヘクトルの骸を思い出せ。死せるとて存在の密度は変わらん。
 あの2人も、ここまで薄くはなかった……はっきり言って、弱いぞコイツ」
怪訝に思うストレイボウに、カエルは目を細めて否定した。
亡将も、あの双将も戦士として忘れがたいほどの重みを持っていた。
だが、目の前の存在はそれに比べ何枚も格が落ちている。しかもそれがたった1人。
いったい何なのか――――

【……ジョウイ様からの……】

そう疑問に思ったタイミングを見計らったかのように。襤褸布なかから音がする。
壊れかけた蓄音機が無理をして回転するように、ひび割れた音がボロボロこぼれる。

【ジョウイ様からの伝言を……お伝えします…………僕は、遺跡の下で待っている……】

機械じみた音律で告げられたのは、彼等の煩悶の中心に立つ人物からの伝言だった。
ジョウイ=ブライトはここにいると、高らかに宣言するためか?
否、ジョウイという男がそのためだけにメッセンジャーを用意するか?
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします…………】
その襤褸布から手だけが現れる。誰もが息を呑んだ。
蝋のように真白い、人形の手に握られたのは魔力で形成されたであろう黒き刃。
共に戦う中で何度も見た、ジョウイ=ブライトの紋章の刃。
それが意味することは――――

【――――始めます。賢明な判断を望みます】
「ッ!?」

その時が来たということだ。
影が、ぬるりと前進し切り込んでくる。速い。だが、神速とまではいかない。
振り抜かれた剣を受け止めたのはカエル。たとえ燃え滓の身であろうともこの程度の剣戟捌けぬほどではない。
「この振るい……剣者ではないな。
 あの亡候を失って急拵えで用意したのかは知らんが、役者不足だ。
 伝言が済んだのならあの双将でも呼んで――――ぬぅッ!!」
本命を喚べと言おうとしたカエルの言葉が止まる。
ぶつけ合った刀身から、毒のような痺れが走る。
迎え撃った黒い刃から、紫の雷が蛇のようにカエルにまとわりつく。
「何処の誰か知らんが……貴様如きが、クロノの真似事とは烏滸がましいッ!!」
覆面の下で憤怒の形相を浮かべたであろうカエルは、痺れが全身に達しきる前に強引に剣で弾き飛ばす。
胴を薙いだその一閃が、襤褸布の下半分を切り裂く。細い足と軍靴が露わになった。
「……ッ!?」
その一瞬“彼”は固唾を呑んだ。その動揺を表に出さぬようにするので精一杯だった。
「大丈夫かカエルッ!」
「問題ない、が。気をつけろ。あいつ雷を使うぞ。威力は大したこともないが、麻痺させてくる」
駆け寄るストレイボウを心配させまいと声を張るが、カエルの膝は筋肉を失ったかのように痺れが這いずり回る。
雷撃を刀身に纏わせる攻撃法にクロノを思い出すが、カエルは首を振って雑念を払った。
威力が頼りない分、敵の雷は麻痺性に重きを置いている。
非道に手を染めた自分ならばともかく、そのような卑近な技にクロノを想起するなどあってはならない。
「とにかく、アナスタシア、この麻痺を回復して――」

命には問題ないと、判断したストレイボウがステータス異常治癒をアナスタシアに請おうとした瞬間だった。
影は吹き飛ばされた際の土煙の中から立ち上がる。それと同時に、影の周囲に浮かんだ雷球がいくつかの蛇となって彼等に襲いかかった。
これらも威力は見た目からしてなさそうに見えるが、ユーリルの雷に比べ禍々しい――というより薄汚い毒彩は、
見るからに触れれば麻痺を付与してくると伝えている。
体力の回復はともかく、状態異常回復の術が限られる現状では食らうことは好ましくない。

「小賢しいな、その程度の雷で怯むと思ったか。害したくば地獄より持ってくるか――その薄汚い魂の全てでも懸けてみろ」
接近戦は面倒。そう判断したピサロは引き金を引いた。
込めたのは小規模のゼーハー。当然のように全力ではないが、手加減と言うよりはこの程度でも十分破壊できるという目算である。
爆ぜた魔力が弾丸となって影――影であるべき何かの頭部へと迫る。
【ジョウイ様からの伝言をお伝えします……始めます……賢明な判断を望みます……】
しかし、影はするりと回避した。そのフードの闇の向こうから、しかと弾丸の流れ・速度を『見切』って。
余った襤褸布の一部が破れ、胴が晒される。その陣羽織はボロボロであったが明らかな軍装だった。

「嘘だろ……」
彼の中にこみ上げた不安を見透かすように、その装束に刻まれた瞳が見つめてくる。
その軍装を“彼”はよく知っていた。この島でそれをつけている可能性があるのは2人だけだった。

「……あの服、どーっかで見たような……」
不思議そうに目の前の影を見つめるアナスタシア。
その視線を感じたか、どこかの軍隊に所属していたであろう影は、
黒刃を握らぬ方の手で懐をまさぐり、神速の所作で抜き放つ。
放たれるは投げ刃。黒き刃ではない、しっかりとした実体を持つ忍びの投具。
それらが意志を持ったように彼女に向かって襲いかかる。
「危ないッ!」
寸でのところで形成されたストレイボウの嵐が、壁となって刃を弾き飛ばす。
あまりに慣れた手つきに、その影が投具使いであることは疑いようもなかった。

「チマチマチマチマ……うっとおしいぜッ!!」
投具を投げた瞬間を見計らい、アキラが突貫する。その表情には明確な苛立ちがあった。
雷、麻痺、投げナイフ、ひょろい外見。何もかもがアキラの疳に障った。
とりわけ最悪なのが戦い方だ。最初に麻痺を大袈裟に見せておいて、自分の雷に触れると不味いと刷り込む。
直撃しても致命傷にはならないものを、大きく見せたのだ。
そして、遠間から雷撃と投げナイフ。自分は傷つかない位置からちまちまといたぶっていくやり口。
どんな奴かは知らないが、心を読むまでもない。アキラの世界で吐き捨てるほどいたような輩だ。
暴力を無意味にちらつかせ、有りもしない器を大きく見せ、誰かを見下さなければ自分の立ち位置も定まらない屑野郎。
ジョウイのような理解不能な存在とは違う。この拳をぶつけるのに何の衒いもない。
怒りの正拳が布の向こうの顔面に直撃する。完全なクリーンヒット。これが人間であれば鼻骨は完全に砕けていただろう。
(なんだ、これ……“気持ち悪ぃ”!!)
だが、アキラの拳に伝わったのは骨の砕ける小気味良さではなかった。
まず粘性。ぶちゃぁ、とかぐちょ、とか。プリンを全力で殴ったような感覚だった。
そして、この気色悪さ。耳に舌をつっこまれたような、内股を頬ずりされたような……
とにもかくにも名状し難い不快感が蟻のように這いずり回り、殴るために込めた力が霧散していく。

――――イヒ、イヒヒヒヒヒッッ、ゲ、レレッ、ゲレレレレッッッ!!

弛緩してしまったアキラをあざ笑うように、影は黒き刃を構えた。
自然と読心してしまった、夏場の蠅の羽音ような下卑た笑い声が脳内を満たす。
脳の皺に植えられた白い卵が、孵化する。そして眼から口から――――

「気持ち、悪いんだよクソがァァッ!!!」
「アキラ、そいつに触れるな」

一発の銃弾が、アキラを斬らんとした黒き刃をそらした。
その瞬間を見逃さずになんとか影との『憑依』を切り離したアキラはたたらを踏んで後退する。
その手に影の襤褸布をほとんどつかんで。

「……なんでだ。なんでよりにもよってそいつなんだ……」

向けたドーリーショットの銃口からフォースの光が拡散していく。
銃を向けたまま、イスラはその影から目をそらす。
だが、もはや偽る余地はなかった。その軍服は、帝国軍海戦隊のもの。
そして、それをこの島で纏う可能性があるものは2人しかいない。
一人は、アズリア=レヴィノス。第六部隊長にして我が姉。
もしも、彼女がジョウイの外法にて蘇ったのであらば。怒りこそすれ――――“まだ救いがあっただろう”。
それならば心おきなくジョウイを憎める。
よくも、よくもと、これまでの全てを擲ってあの外道を殺戮する機械になれただろう。

「他にいただろ、もっと使える奴がさぁ……」

もはや影を纏っていた布は、頭部くらいしかなかった。
だから分かってしまう。あの装束は隊長のそれではない。というより、女性のそれではない。
一般的な、男性の軍装。そして、それを纏うものは一人しかいない。

【ひ、いひひひひッ、ギヒヒヒヒヒヒヒッ……】
「あの笑い声、あれもしかして……」

蓄音機から壊れた言葉が響く。ジョウイからの伝言ではない。
もはや言葉も紡げぬほどに奪い尽くされた死の残響。
亀裂から漏れ出すはどうしようもないほどの妄念。
そこまで来て、ようやくアナスタシアが気づく。
あの服装を知っている。なぜなら、彼女たちを一番最初に襲った奴の装束だったのだから。
その名前も知っている。確か――――

ビジュ、君……?」
「なァんでそいつを喚びだした、ジョウイ――――ッッッッッ!!!!」
【イヒ、イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!!!!】

薄汚い嘲笑と、張り裂けそうなほどのイスラの叫びが真夏のような空に響く。
それは、未来を向こうとするイスラの最大の汚点。
決して拭い落とせぬ両手の色彩だった。


何もない真っ黒で真っ白な街の中で、それは思う。
どれくらい経ったであろうか。よく分からない。
どうしてここにいるのか、なぜこうなっているのか。よく分からない。
一日のような気もするし、千年たったような気もする。が、やっぱりよく分からない。
もし、最初、があるとすれば。確かに最初は喚いた気がする。
いやだ、くわれる、たすけて、と泣き叫んだかもしれない。
だが、たぶん……そんなものは何の足しにもならなかったのだろう。

そういうものだと知っている。なぜなら、あのとき、あのとき縛られて、
殴られて、蹴られて、鞭をうたれて、眠りそうになったら水をかけられて、
口にやわらかい何かをつっこまれて“あつくてあつくてたまらないものを頬にこすりつけられた”ときに、そう知った。

この世には奪う側と奪われる側しかいない。どんなに綺麗事を言っても勝者と敗者が存在する。
だから奪ってやると決めた。奪う側に回り続ける。そうすれば何も奪われない。
そうきめた、そうきめたはずなのに。もうなにものこっていない。
だからいまも奪われた。いたみも、なげきも、どうしてと思うこころさえも。

なぜだ。なぜだ。なぜなにもない、なぜなにものこっていない。
だれかをきずつけたからか、だれかからうばったからか。

ふざけるな、ならなぜおれはうばわれた。だれもおれにあたえてはくれなかった。
だからうばったのだ、それがわるいなら、なぜおれはうばわれた。
いみがあると、かちがあると、さけんだのに。きかいのひとつさえあたえられなかった。

――――君が役に立たないことはよく知ってるよ。

そうけっていされたからか。むかちだと、むのうだと、おまえはさいしょからだめなのだと。

――――■は死ね♪

おまえは■だと。
うまれたじてんでそうあれかしときまっているのか。

――――志も力もない君が生きていても迷惑なだけだよ。

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
だれもそんなものくれなかった、めぐんでくれなかった。
だからうばったのだ、ちからを、かねを、おんなを。
うばうことがわるいのなら、さいしょからもってるやつだけしかだめなのか。
おれがごうもんをうけたのも、うらぎられたのも、■のまねをさせられたのもさいしょからだめだったからか。

なぜそうなったのかはもうわからない。だれがいっていたのかももうわからない。
とっくのむかしにうばわれた。このまちのおおきなものにたべられた。
いまさらとりもどしたいなんておもわない。

だけど、だけど。せめておしえてほしい。おれは、■だったのか?

――――違う。

こえが、きこえた。はっきりと、たしかなこえでそういった。

――――干渉できたのは、あなただけか。しかも、置き去られた喰いカス。
    これ以上は死喰いを刺激する……とてもじゃないが、他の人たちは無理だな。

なんだ、おまえはだれだ。いや、そんなことはどうでもいい。
おれはなんだ。■じゃないのか。

――――■と言われたのか。あの男以外に、そんなことをいう奴がいたのか。
    なら答えよう。違う。貴方は人間だ。

ならばなぜおれはこうなった。
なにもできず、なにものこせず、みすてられ、まけた。
しんだらおわりではないのか。むかちなのではないのか。

――――それでも、貴方の生に意味は確かにあった。“そうでなくてはならない”。
    貴方もまた犠牲であり、その敗北<いのち>が無価値などとは認めない。

だが、おれはひつようとされなかった。つかわれなかった。やくにたたなかった。
うばうことしかしらない、よわいものをたたくしかできないおれは。

――――ならば僕が貴方を必要とする。オスティア候の穴を埋めよう。
    どれほどに非道であろうと、どれほどに弱かろうと、そんな理由で拒むような世界は楽園などではない。

それでもいいのなら。■でなくなれるのならなんでもいい。
みじめでもくそでもいい、ただおれは、おれさまは――――■のままおわれない!

――――誓約を結ぶ。残滓と言えどこれで貴方の死は僕のものだ。もう何処にも行けはしない。
    だが、その犠牲<そうしつ>に意味を与える。“絶対に、僕は貴方を忘れない”。

そのてがおれをつかむ。こうしておれはうばわれた。
そのてはつめたくていたくておぞましかったが、ふれられないよりはよほどましだ。
だって、だれもてをさしのべてはくれなかったのだから。


【イヒ、イヒヒヒ……ジョウイ様からの伝言を伝えます……
 安心してほしい、イスラ。“君が彼に何をしたのか”を一々喧伝するつもりはない】
フードの中でぐぐもった笑いを浮かべる影――ビジュであろうものが再び投具を構えながらイスラに声をかける。
イスラはその声に、背中を震わせた。蓄音機越しの言葉で、感情も乗っていないのに、
自分が敵意を向ける人物が、どんな思いでそう言っているのかが分かってしまう。
敵意ではない――――失望だ。
漏らしたおしめを隠していることを一々言いふらすほど子供ではない。そんな値すらお前にはないと。
その失意に、イスラの心が砕けかける。褒められた、撫でてくれた感触さえ霧散しかけてしまう。
自分に価値があったと思ったことなどついさっきまで無かったのだ。
敵と思った相手に、敵とすら認められないことが、ここまでのダメージであるなどと知らなかった。
初めての体験に、イスラは膝を落としてしまう。それを十字架は見つめ続けていた。
その表情は洋として知れないが、影から漏れ出す嘲笑が全てを物語っている。
どんな気分だ、胴を解体して首を落として海に投げ捨てた奴が舞い戻ってくるのはどんな気分だと、そう言われている気がした。
価値がないと言われることがどれほどつらいかわかるかと。
「あ、ああ……!!」
「イスラ、おい、しっかりしろッ!!」
その事情を知らないストレイボウが声をかけるが、イスラの耳には嘲笑がこびりついて届かない。
変われると思った。そう信じられた。
だが……どうしても変わらないものがある。それこそが死だ。
生きていれば変えられる。だが、死はもう変えられない。
だから忘れた、都合のいい思い出で満たして、都合の悪いものを忘れようとした。
だが、決して死は変わらない。敗者は戻らない。
殺してしまえばそれで終わり――――その十字架は一生消えはしない。

【ジョウイ様からの伝言を伝えます……代わりと言っては何だが、彼は僕が奪わせてもらう。いらないのなら、異存はないだろう】

自分が捨てたものに捨てられるがいい、と言うように、投具がイスラに向かって放たれる。
銃で打ち落とそうとイスラは構えるが、視界が鈍る。見たくない、見せるなと標的を定められない。
だが、眼を背けようが聞かせてやろうと、そう示すかのように、十字架は彼岸の音楽を奏で続けている。
無意味にさせぬ、忘れさせないと――――ジョウイがそう呪っているかのように。

イスラに当たるべき刃は、しかし、一陣の風が吹き飛ばす。
影狼ルシエドの突進は、ただそれだけで風を生み、イスラを守ったのだ。

「はいはーい、そこまでー。見ないうちにずいぶんサドっ気があがったんじゃない?」

軽々とした声を響かせるのは、アナスタシア=ルン=ヴァレリア。
その背後には清浄なる波動を受けて麻痺を和らげているカエルがいた。
「貰うだとか奪うとか……おねーさんちょーっと失望しちゃったかな。
 ジョウイ君、そういうこという子だったんだ、って」
ルシエドまで使って前にでてしまったことを、少し後悔する。

なんとなく、であるが、最初に出会って情報を交換したときに気づいてしまっていた。
イスラ=レヴィノスはあの時点で既に手を血に染めていたことを。
それは情報の違和感であり、腐臭漂う後ろめたさであり、漠然でありながら確信するのに十分だった。
だから、この状況にある程度の納得を感じていた。
どんな風に殺したかは知らないが、イスラがこうなってしまうレヴェルのことをしたのだろう。
だが、アナスタシアは何故か口を出さずにはいられなかった。
聖剣を握る手を震わせるのは確かな怒り。
人をモノのように扱ったことか。人のトラウマを抉る真似をしたことか。
違うな、とアナスタシアは思った。アナスタシア=ルン=ヴァレリアはそんな聖人めいた理由で怒らない。
イスラなど関係ない。ただ猛烈なまでの喪失感。大切な所有物が穢されたのだという感覚。

「死んだ人まで蘇らせておいて、何が理想よ。死んだら帰ってこない、帰ってこないのよ。
 そんなに叶えたければ、生きた自分の手でつかみ取りなさいッ!!」

聖剣を突きつけ、アナスタシアは吠える。
それは人形を操るジョウイに向かって、というより自分自身に言い聞かせるようだった。
蘇ってはならない。もう帰ってこない。失ったらもう帰ってこない。
その喪失を超えて幸せを掴もうとしている彼女にとって、目の前の存在は毒の蜜だった。
うらやましい、と内側で響く声を押さえつけるように、彼女は自分を奮い立たせたのだ。

【イヒ、イヒヒヒ、ギヒギ、ゲベ、ゲゲゲゲゲ】

だが、それだけは言ってはならなかった。
ビジュであろう影の中から走る嘲笑が変化する。それは嘆きだった。
なぜダメなのだと、一方的に壊され、為す術なく奪われたのは自分たちのせいではないのに。

【ゲ、ゲレ、ジョウイ、レ、様からの、ゲレ、伝言をお伝えします……
 蘇らせることは、ゲ、できません。彼の死はもうほとんど喰われていて、
 モルフ1つ構成できるほどの残っていなかった。だから――“補いました”】

残った頭部の襤褸布がずるりと落ちる。
ならば刮目しろ馬の骨、お前が何を救って、何を救わなかったか。
お前が何を断じてしまったのかを。

【散った想いの、ゲレレ、破片を集め、レンッ、ガーディアンの、ゲレッ命にて形と為した。
 ゲレッ、ロザリー姫を再構成した貴女と同じです、レレン、アナスタシア=ルン=ヴァレリア―――ゲレレレレレレッ!!!】

その場に全員の表情が凍り付く。イスラとアナスタシアはそれを知っていた。
金の眼、白磁のような肌、漆黒の髪はことなれど、それは確かにビジュの顔だった。

だがそれは“半分”だけだった。アンパンをむしって開けたようにその顔は“虫食い”で、
代わりにそこにあったのは、饅頭のような何か。
霊界サプレスの召喚獣タケシー、道化にエサと喰われ、
死喰いに二度喰われ、参加者でなかった故に半端に喰い捨てられた亡魂だった。
右半分左半分などという規則的なものではない、
福笑いをまじめにやってしまったかのようにその破片がちぐはぐに乱雑にくっついている。
その糊の役割を果たすかのように、接合面からは泥が、生命そのものたるグラブルガブルの泥が垂れ流しになっている。
涙のように汚物のように血のように、ただただ零れている。

分かたれた召喚師と召喚獣は、死してなお共にあることができたのだ。
そう言えば美談になるかもしれない。このような形でなければ。
だが、そう言うには目の前の人形は余りに醜悪に過ぎた。死者の尊厳を蹂躙してすりつぶしてもこうはなるまい。

そんなものを創った奴に、同類だと言われたアナスタシアの胸中はあらゆる想像を絶していた。
あの愛に包まれた世界で起こした愛するもの達の逢瀬の奇跡、それがこれと同じだと言われれば無理もない。
違う、と口をつきたかった。だが、影の向こう側で魔剣を掴むジョウイの姿を想像して噤んでしまう。
ジョウイの魔剣もアナスタシアの聖剣も、本質は同じ感応兵器――想いを力と変える剣だ。
アナスタシアは届かぬ想いを形に変えて、ジョウイは幽けき嘆きを形に変えた。
自分ではできないから死者に縋ったのだ。そこに本質的な違いはない。
この島には、未練など、叶わなかったことなど星の数ある。
その中からアナスタシアは選んだのだ。救えなかったものを選んだのだ。
きれいなものをえらんで、きたないものをすてたのだ。

かっこよくありたいと願っておきながら、馬の骨だと自分を認めてしまった。

ならばいずれ、選んでしまうのではないか。理想の楽園を、失わないものを。
次元を超えるアガートラームを以て、未来に待つ餓えを満たすために、過去<うしなったもの>を喚ぶのではないか。

【ゲレ、イヒッ、ゲヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!】
「ッ!!」

その逡巡が致命的な遅れを呼ぶ。吹き飛んだ投具はまだ死んではいない。
タケシーの招雷能力を得たビジュですらないものは、その雷を吹き飛んだ投具に吹き込む。
雷の力で生まれた磁力が、散った刃に再び殺傷能力を吹き込んで、アナスタシアを狙う。
死にはしないだろう。だが、もし手に怪我を覆うものならば、もう首輪の解除は出来はしまい。
弱く、しかし確実に急所を狙った見事なまでに最悪の一撃。

「……フン、だからどうした」
だが、それは再び吹き荒れた風によって阻まれた。
ハイヴォルテックの一撃が、アナスタシアに迫る投具を全てはたき落とす。
「……ピサロ……」
アナスタシアは己の側に立ったピサロを見上げる。
常と変わらぬ傲岸不遜な表情に、なにを言えばいいのか。
「なにを迷う。お前は――――」
「――――ピサロ、後ろだッ!!」
だが、その逡巡はストレイボウの叫び声と、ピサロの背後から飛びかかる汚物の存在でかき消された。
遅れて気づいたピサロが、振り向きざまに銃剣を振り抜く。
ぐしゃ、と蠅が潰れるような音と腐汁のような泥をまき散らして人形の脇腹に深々と刃がめり込む。
「仮にも魔王を名乗るなら詰まらん細工はするな。こんな人形一つで覆る戦況ではないことは分かっているだろう。何が狙いだ」
ピサロは淡々と人形の主に問いかける。玉座を降りたとはいえ、その威容は何も損なわれてはいない。
その問いは至極当たり前のものだった。確かにこの駒ならばイスラとアナスタシアの精神を削ることはできるかもしれない。
だが、それまでだ。そんな相性を剥いでしまえば、ただのゴミで創った工作物に過ぎない。
尊厳だとかそういうものは差し置いて――この場を動かす駒としては圧倒的に不足している。

【ゲヒ、ゲヒヒヒ……ジョウイ、様、からの……伝言をお伝えします……
 無駄なものなど一つもない。彼は役割を果たしています。貴方からそれを拝領するために】
「!!」

その時だった。虚空に闇が集い、一本の黒き刃が射出される。
それはピサロと人形の間を過たずに貫き、その僅かな隙をついて人形はピサロから距離を置く。
その一撃は紛れもないジョウイの紋章術。ならば近くに潜んでいるのか。
いや、そもそも今の一撃ならば動けぬピサロを討つ絶好の好機ではなかったのか。
ならば、なぜ人形を助けるために――――否、そうではない。
この敵は、真っ当な論理で動いていない。

飛び退いた敵を見据えたピサロは、そのものが何かを握っているのをみた。
この戦場に不似合いな可愛らしい赤色の傘。ついで、自分の得物が僅かに軽くなったことを知覚する。
人形が持っていたのは、彼が狙っていたのは――銃剣に内蔵されたそのパラソルだった。

「ジョウイ様からの伝言をお伝えします……クレストグラフは貴方たちにも必要でしょうから妥協します。
 ですが、これだけは……“巻き込みたくなかった”。だから……」

その一言だけは、不思議な感情が込められている気がした。
その意味を理解できるものはここには誰もいない。
ただ、分かるのは――ジョウイが今から始めようとしていることは、それを巻き込むことであったということだ。


「――――――これでようやく、布陣できる」


その一言と共に、地面が震え上がった。精神的なものではない“物理的に大地が鳴動している”。
「ルシエド、アナスタシアを乗せろ! 絶対に傷つけさせるな!!
 残ったアイテムを拾えみんな! 仕掛けてくるぞッ!!」
「え、ちょっ」
ストレイボウの叫びに応じ、ルシエドがアナスタシアに有無をいわさず自身の背に乗せる。
何が起こるかなど分からない。だからこそ、絶対に首輪解除の要を傷つけさせるわけには行かない。


いつからだったか、眼下に広がる領地がやせ衰えたのは。
最初からだったか、大地より恵みが消え果たのは。
雲一つ無き蒼空に燦然と輝く太陽は砂を灼く。
広がり行く砂海は星を侵す症候群か。
照り続ける太陽は砂食みに沈めという裁きの光か。


「何が起きてやがる……!?」
「これは、真逆……ならこの異常な暑さは、その結果かッ!?」
何とか転ぶことだけを避けながら、異常に戸惑うアキラの横で、カエルがある可能性に気づく。
考えてみれば、ここまで昨日は暑くはなかった。
もし天候を操作するのであれば、オディオはそう宣言しているのだろう。
ではないとすれば、誰かがコレを操作している。
誰がしている――――決まっている。
何のため――――具体的には分からないがそれ以外にはない。
そんなことが本当にできるか――――理論上出来る。魔剣に触れたカエルには直感的に理解できてしまう。


それがどうした。
裁きの光よ来るがよい。
百度来たれど、百に意を加えて蘇ろう。
千度砂喰まれようと、千と銃を携えて舞い戻ろう。

たとえ土地に恵みがなくとも、我らには熱がある。
国を愛する心の熱が、鉄を鋳する窯の熱が。
我らは自然(おまえ)になど屈しない。
ここは人の世界。自然に打克てし技術の機界。

おお、讃えよ、王の名を冠せし、砂に輝く機械の城を。


震えが、どんどんと大きく――――近づいていく。
怒りのように、嘆きのように、狂うように。
小さな声が集い、淀み、大流になるように。


だが、双玉座に二度と兄弟が座ることは二度とない。
歯車に流れるは愚か者どもの流血のみ。
口惜しや、水が枯れども途絶えぬ血脈はここに潰えた。
慙愧に耐えぬ。玉無き王城に何の意味があらん。

国王を殺した人間(おまえ)を許さない。
玉座を穢した世界(おまえ)を許しはしない。
世界よ我らと共に震えて沈め、しかる後その上に楽園は建てられる。
ここは死の世界。恵みも人も無く歯車だけが回り続ける鋼の骸。

おお、畏れよ、お前達が滅ぼした、鉄と蒸気の墓碑銘を。


「そういうことかよ、ジョウイ……成る気か、お前……」
目の前の乾ききった大地がせり上がり、ひび割れていく。
その力の名前をイスラは知っている。
狂える怨嗟を束ね、共界線を繋ぎ、力と変えるもの。

「核識に……この島の主にッ!!」

其は島の意志――――狂える核識<ディエルゴ>の魔力。


争う者たちよ、この城を穢す者たちよ。我が歴史を終わらせし者たちよ。
一人残らず、この黄金の大海原にダイブするがいい!!


吠え叫ぶイスラ達の前にそれは現れる。
地質を変えて、水脈を操作し、ここまで通る道を造ったとはいえ、本来は砂漠航行用。
しかも一度遺跡にまで動かされている以上、2度の無茶な潜行によって外装も駆動部も少なくない損傷を負っている。


【ゲヒ、ゲヒヒヒヒ……ジョウイ様からの伝言をお伝えします……
 最後のデータタブレットは城に置いた。欲しければご自由に……ゲヒヒヒ、ヒヒヒッ!!】

取れるものならな、と嘲笑う声と共に、
悲鳴のような自壊音を奏でながら城は側面をアナスタシアたちに向ける。
地中潜行時には城内へ収納されるべき、空中回廊が向けられる。
それがどうした。
そんな痛みなど、血を、世界を失ったことに比ぶれば無に等しいとばかりに、
叫ぶように歯車が回転し――――左回廊が、復旧<とば>された。

ミスティック――――キャッスル・オブ・フィガロ

その崩れかけた左腕に血を纏いながら、亡城は嘆き続ける。
其は、その世界の最後の残滓。“敗者にすらなれなかった”残骸である。



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159-1:みんないっしょに大魔王決戦-魔王への序曲- アナスタシア 159-3:みんないっしょに大魔王決戦-勇者への終曲-
イスラ
アキラ
ピサロ
カエル
ストレイボウ
ジョウイ
オディオ


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最終更新:2014年01月13日 07:22