其の敵の名は―― ◆6XQgLQ9rNg
――何も抱けないものは、どうすればいい。
――求めても手を伸ばしても希っても望んでも。
――そうやって足掻いても、何ひとつ手に入れることができないのならば。
――いったい、何ができるというのだ。
◆◆
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|部隊編成 |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
| アキラ |
| アナスタシア |
| イスラ |
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カエル |
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ストレイボウ |
|→
ピサロ |
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・部隊メンバー
__________
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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|決定|
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・キャラクター選択
__________
|→アキラ |
| アナスタシア |
| イスラ |
| カエル |
| ストレイボウ |
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・部隊メンバー
__________
|☆ピサロ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
___
|決定|
 ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
| アナスタシア |
| イスラ |
| カエル |
| ストレイボウ |
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| |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・部隊メンバー
__________
|☆ピサロ |
| アキラ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
___
→|決定|
 ̄ ̄ ̄
◆◆
もうもうと立ち昇るのは、煙と蒸気だった。灰色の煙は空を舞う。蒸気は高熱の霧となる。
そうして大気は、煤臭さと油臭さが孕まされ、熱を帯びていく。
壊れゆきながら嘆きを叫ぶ、たったひとつの異様を中心として、だ。
内燃機関が悲しみを吼え、駆動部各所が虚しさを訴え、無数の歯車が痛みを叫喚する。
狂騒たる音の集合は、つまるところなきごえだった。
顧みられることなく滅びるはずだった、異様たる偉容――砂喰みに沈む王城が上げる、矜持を掛けたなきごえだった。
王城は往く。
傷ついた外壁に構うことなく、壊れた駆動部を酷使して、嘆きのままに行進する。
岩石が合成された人形と、下半身を黒球に埋めた人形と、倒れることを知らない不死の兵を率いて。
ただただ王城は進む。その身が砕けても、崩れたとしても、止まることなどありはしない。
「城を手にし王を気取るか。成り上がったものだな」
滅びゆく王城と対峙するのは、かつて魔族の王として君臨していた男だった。
もはや王たる身ではないとはいえ、その高潔さは喪われていない。そんなピサロにとって、王城など恐れるものではない。
城など所詮、王の所有物でしかないのだ。
ならば止める。未だ潰えぬ誇りに掛けて止めるべく、ピサロはこの場で武器を取る。
「気に入らねェよ……」
そのピサロの隣で、アキラが、絞り出すように吐き捨てる。
彼は、灼熱する感情を宿した瞳で、真っ直ぐに軍勢を睨みつけていた。
「なんだよアレは。なんなんだよアイツらは……ッ!」
アキラの拳は、わなわなと震えていた。
掌に爪が食い込むほどに握り込んでも、その震えは止まりはしなかった。
アキラの網膜に入ってくるのは、自壊しながら迫る王城と、そして。
王城と共に進撃し、王城の移動に巻き込まれて潰される亡者たちの姿だった。
屑のように潰された亡者たちは再生し、もう一度進軍を開始する。
けれどその一部はまたも王城によって破壊され、再度蘇り、行軍を繰り返す。
歪に狂い、圧縮された輪廻を思わせるその光景は、地獄としか思えなかった。
「この果てにッ! こんな地獄の果てにッ! お前の望んだものがあるのかよッ!!」
返答などあるはずもない。
それでもアキラは、叫ばずにはいられなかった。
「認めねェ。俺は絶対に、こんなものは認めねェッ!」
アキラを震わせるのは怖れではない。
疲労もダメージも焼き尽くすほどに、激しく燃え盛る怒りだった。
「猛るのは構わん。だが、愚かにも吶喊だけはしてくれるな。我らの目的はあの城の足止めだ。奴らがケリを付けるまで、あれを止める」
亡霊城より先行し、まとわりついてくる亡霊兵を駆逐しつつ、ピサロは告げる。
その声は冷静で、熱くなる感情をいくらか冷ましてくれた。
「……ああ、気をつける。ここで突っ込んで死ぬなんざ、御免だからな」
「死にたくなくば自分の身は自分で護ることだ」
冷たい言葉に、アキラは頷きを返し、ふと呟く。
「それにしても、あんたが足止めを買って出るなんて意外だったぜ」
そんなアキラの感想に、ピサロは不機嫌そうに息を吐いてみせた。
「腑抜けた奴らを連れてはあの城を止められまい。奴らにはさっさとケリをつけて貰わねば困る」
その手に握るバヨネットに魔力が装填されていく。
「演習の際に見せた意地が仮初でしかないのも」
その横顔からは、感情は読み取りづらい。
「
ロザリーの想いを形にした行為が、“あれ”と一緒にされるのも」
ただその声音からは、失望の色は見て取れなかった。
「不愉快極まりないのでな……ッ!」
だからやってみせろと。
この場にいないものたちを、挑発するように告げて。
そうしてピサロは、迷うことなく引鉄を引いたのだった。
◆◆
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|部隊編成 |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
| アナスタシア |
| イスラ |
|→カエル |
| ストレイボウ |
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・部隊メンバー
__________
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|決定|
 ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
|→アナスタシア |
| イスラ |
| ストレイボウ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・部隊メンバー
__________
|☆カエル |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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|決定|
 ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
| イスラ |
| ストレイボウ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・部隊メンバー
__________
|☆カエル |
| アナスタシア |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
___
→|決定|
 ̄ ̄ ̄
◆◆
ぐしゃりとした手応えと、べちゃりとした手応えと、薄布をなでたような手応えが、刃を通じてまとめて感じられた。
投石をアガートラームで弾き敵陣へと真正面から突っ込んだアナスタシアの一閃により、アンデッドたる兵が数体、まとめて薙ぎ払われて崩れ落ちる。
すぐに、アナスタシアは振り返る。
離れた箇所に展開した亡霊部隊によって投擲された石礫が、アナスタシアへと迫っていた。
「ルシエドぉッ!」
跳躍した魔狼が石礫を叩き落とす。
だが、ミスティックによってチカラを引き出された石は、貴種守護獣にさえも手傷を負わせる。
石を迎撃した前脚には傷がつき、爪が割れ、血液が飛び散った。
亡者とは思えない統率された動きで、兵士は、機を得たりというばかりに次々と石を投げてくる。
たかが石ころ。されどその一つ一つが、致命傷となり得る武器だった。
まるで、路傍の石として顧みられず朽ちることを良しとしないかのように。
まるで、見向きもされなかった石ころが、その意地を見せつけるかのように。
「ルシエド、下がってッ!」
アナスタシアが叫んだ直後、ルシエドの姿がかき消える。
ルシエドを呼び戻したことで、投石部隊がアナスタシアへと狙いを済ませる。
そうして狙いを変える隙を付き、一気に距離を詰めるべく地を踏みつける。
その足が、掴まれた。
白骨の五指が、アナスタシアの足を掴み取る。
それは先ほど、アナスタシアがなぎ払った兵のうちの一つだった。
それを中心として、倒した兵が起き上がる。
忘れるなというように。目にもの見よと、いうように。
その様に、アナスタシアは、心の底から嫌悪感を覚えた。
「こン、のッ!」
アガートラームを振りかざし、蘇った兵を容赦無く砕く。
それでは足らないといように、戻したルシエドを聖剣として顕現させる。形状は短剣。
小さい分、数を増やしたそれを、頭上に浮かばせるようにして呼び出して、降り注がせる。
流星のように流れ落ちる聖剣は、亡霊兵たちを刺し、突き、貫き、砕き、壊し、破壊し破砕し貫通する。
アナスタシアが思うままに、望むままに、亡霊兵を執拗に攻撃する。
蘇ってくれるなと、二度と起き上がってくれるなと、そう願うように聖剣が降る。
そうだ。
死者は蘇るものじゃない。どんなことをしても、帰ってくるものなんかじゃない。
決して、ぜったいに、なにがあっても。
戻ってくるものなんかじゃ、ない。
そうでなくては困る。
そうじゃ、なきゃ。
過去<うしなったもの>に手を伸ばしてしまう。
だからアナスタシアは否定する。目の前で蘇り続ける亡者を否定する。
そんなアナスタシアを嘲笑うように、亡者の群れは蘇る。我らはここにいると見せつけるように蘇生する。
刮目せよと。
貴様が起こした奇跡は、この光景と同質なのだと。
亡者どもは、アナスタシアの否定以上に執拗に、囁いてくるのだ。
故にアナスタシアは剣を握る。
蘇りの果てへと至るべく、剣を振るう。
そして。
それだけの時間は、狙いを定め直された石つぶてが、アナスタシアへ飛来するには充分だった。
生存本能が危機を察知するが、遅い。
不死者を破壊し尽くすことに意識を割き切っていたせいで、プロバイデンスもエアリアルガードも、回避や防御でさえも間に合わない。
その身は、完全にガラ空きだった。
見開いた瞳に、大きくなっていく石つぶてだけが映り込む。
その石つぶてが、アナスタシアの目の前で。
まとめて、弾き飛ばされた。
横合いから、弾丸のように飛び込んできた剣によって、だ。
その剣は弧を描くように大気を薙ぎ、アナスタシアを狙っていた投石部隊を急襲し、逃げ損ねた不死者たちを沈黙させる。
剣の柄には、両生類の舌が巻きついていた。
その舌が、まるでゴムのように、主へと戻っていく。
「落ち着け」
覆面の奥に舌を戻し、カエルは剣を手にする。
その様子は安っぽい怪奇小説に出てきそうなくらいには不気味であったが、それに言及する余裕を、アナスタシアは持ち合わせていなかった。
「助かったわ」
ただそれだけを告げて、アナスタシアは、聖剣ルシエドの連撃を受けてなお立ち上がろうとする、足元の骨を苛立たしげに踏み潰した。
「落ち着けと言っている」
カエルはアナスタシアの側まで跳んでくると、先の斬撃で仕留め損ねた兵が投げた石を迎撃する。
「放っておいたらまた復活するでしょ。だからこうして、動ける敵を減らさないと……ッ!」
「守りも固めずにか?」
カエルに弾き飛ばされた石が、地面を穿った。
「たかが石と侮るな。これはもう、弾丸だ」
「わかってる。わかってるわよそんなことはッ!」
当たり散らすように怒鳴りつけるアナスタシアに、カエルは溜息混じりで返答する。
「分かっているならば冷静になれ。苛立ちを抱えて勝てる戦ではない。戦に勝てなければ生き残れない」
カエルは淡々と告げる。
その淡白さが、当然の事実であると如実に表していた。
「生きるのだろう?」
アナスタシアの奥歯が、ぎりっと音を立てた。
「……生きたいわよ」
絞り出すようなその声は弱音めいていた。
「生きたいの。生きたいわよ! けど、だけどッ!!」
その欲望に揺るぎはない。生を求める衝動に偽りはない。
なのに、アナスタシアは揺れていた。彼女の内で揺れているのは、生き方だった。
「わたしは、弱いのよ……」
そう零すアナスタシアの目の前で、亡霊兵が何度目かの蘇生を果たす。
「わたしは死者に縋った。想いを集めて、戻ってくるはずのない命を、一時的とはいえ、かえしてしまった」
けれどアナスタシアは亡霊たちを見つめるだけだった。
「ジョウイくんと、同じように」
くすんだ瞳で、見つめるだけだった。
「否定できなかった。違うって、言えなかった」
距離を取る亡霊兵たちを、アナスタシアは、翳る瞳でぼんやりと追う。
「だって、いいなって思うんだもの。うらやましいなって、思っちゃうんだもの」
遠ざかった亡霊兵が、石を拾い上げる。
「また逢いたいって、望んじゃうのよ」
その更に向こうに、哄笑を上げる
ビジュだったものが目に入った。
死んだはずの人間が、人とは思えぬ姿となりながらも、確かにここで嗤っていた。
「新しい“わたし”をはじめるって、そう決めたのに」
鼻の奥が、やけに湿っぽかった。
「なのに。ねえ、どうして――」
胸の底が、いやにかさついていた。
「つよく、なれないの? かっこよく、なれないの?」
呟いた直後、投石が殺到する。
身体が動くままにそれを弾く。だが、アナスタシアは駆けられなかった。
投石を繰り返す敵の元へと、駆けることができなかった。
◆◆
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|部隊編成 |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
| イスラ |
|→ストレイボウ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・部隊メンバー
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|決定|
 ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
|→イスラ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・部隊メンバー
__________
|☆ストレイボウ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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|決定|
 ̄ ̄ ̄
・キャラクター選択
__________
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
・部隊メンバー
__________
|☆ストレイボウ |
| イスラ |
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
___
→|決定|
 ̄ ̄ ̄
◆◆
笑い声が、耳の奥でこだまする。
厭な声だった。
下卑ていて品がない、その声は、聞くに耐えないものだった。
もう聞くことはないと思っていた。聞かなくてもいいと思っていた。
そう思い込むことで、蓋をしてしまおうといていたのかもしれない。
けれどそれは破られた。
不意打ちで、蹴破られたのだった。
【ゲヒ、ゲレ、ゲイヒヒヒヒヒレレレレッ!!】
記憶でもない。幻聴でもない。
今この耳が、この嗤い声を捉えている。
粘性の液体から湧き出てきたような人形と、鳥と爬虫類を掛け合わせたような人形を侍らせて。
そいつは、嗤い続けている。
その耳障りな声に合わせ、亡霊兵が組織立った動きで投石する。
ストレートに飛んでくる豪速の石が来る。放物線を描き頭上から石が落下する。曲線軌道を描き、側面から襲ってくる石がある。
速度も軌道もまちまちながら、投げられた石らは決して互いを食い合わない。
統率された遠距離攻撃は緻密に精密に、イスラとストレイボウを狙い撃ってくる。
亡霊兵は疲労を覚えず、攻撃は乱れない。
故に、その統率を乱すには、打って出る必要があり、
「レッドバレットッ!」
そのための魔力が、ストレイボウから膨れ上がった。
紅の火球が複数、枷から解き放たれた獣のように飛び上がる。
火球は石を迎撃し撃ち落とし、そのままの勢いで亡霊兵へと突っ込んだ。
爆ぜる。
陽炎を立ちめかせながら燃え盛る業火に灼かれ舐められ、亡霊たちは崩れ落ち、投石の壁が薄くなる。
それは、駆け抜けるには充分な空隙だった。
「走るぞッ!」
ストレイボウの叫びに後押しをされるようにして、イスラは地を蹴った。
得物を銃に持ち替え、荒れた土を踏み抜く。火炎から逃れた兵の投石を避けて駆け抜ける。
耳元に突然、生温い気配が現れた。
【ゲレレレレッ……ヒヒ、ゲレレレ、レレヒッ!】
その気配が放つ耳障りな哄笑が、真横から響き渡った。
背筋を猛烈な悪寒が駆け抜ける。それは危機感であり、嫌悪感であり、そして。
十字架の重さだった。
その重さは、イスラの意識を強引に引っ張っていく。
ダメだと、見るなと、そういった気持ちを軒並み押し潰して、イスラの顔を隣へと向けさせた。
「っ!」
ぐずついた泥を固定剤にしてバラバラに捏ね合わされた、ビジュのようにもタケシーのようにも見える、顔と呼ぶには余りにも冒涜的な物体が、視界いっぱいへと飛び込んでくる。
あり得ない場所に接合された目が、泥を零しながらギョロギョロと動き回る。
【イヒッ、イヒヒヒヒヒヒッ……ヒヒ、ゲレレレ、イヒヒラララ!】
その瞳が、イスラの視線と交差した。
【ゲラゲレレレレレヒヒヒヒ、ゲレレヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!!!】
かろうじて口の形を保った裂け目が開き、泥を撒き散らしながら声をあげる。
そのおぞましさに、意識が灼きついた。
足が止まり手ががたつく。目が見開かれ冷や汗が滲む。喉がかさかさになって胃が締まる。酸味めいた臭いがせり上がる。
大きな背中が、撫でてくれた手が。
笑えるかもしれないと想った、オスティアの幻想が。
かけがえのない、想い出が。
翳り、崩れ、遠ざかり。
全身が、虚脱する。
「イスラッ!」
崩れ落ちそうになる寸前で、ストレイボウの声がイスラを支えた。
残っている力を意識し、取り落としそうになったドーリーショットを握り締めて銃口を突き付ける。
笑いながら離脱する反逆の使徒に狙いを定め、引き金に指をかけて。
ビジュを斬った記憶が、鮮明にフラッシュバックした。
体から落ちる首。
溢れ出る鮮血。
むせ返るように濃厚な、ちのにおい。
そして。
楽しそうな、笑い声。
あのとき、あの瞬間。
――どうして、僕は、笑っていたんだ。
指が凍りついたかのように動かない。
銃を握るその手には、ビジュを殺したときの感触が、生々しく蘇っていた。
――役立たずだと、どの口が断じられた?
ビジュだったもの<笑いながら殺した相手>に向けた銃が、震える。
もう一度殺すのか。
こんな身になってまで、それでも願ってここにいるこの男を、もう一度殺すのか。
そう願わせたのは、だれだ。
――いま、僕は。いったい、どんな顔をしている?
想像した瞬間、怖くなった。
銃口を、向けていられなくなった。
そうしていることが、拭えない罪のような気がした。
悠々と距離を取った反逆の使徒が、これ見よがしに手裏剣を取り出すのが見える。
【イヒ、ゲレヒヒ……】
構える。
【ゲラゲレレレレレヒヒヒヒ、イヒヒヒヒヒヒヒッ】
投擲される。
その一連の動作を、イスラは呆然と眺めていた。
イスラの意識は、もはやこの場所にはなかった。
だから、気付かなかった。
周囲に、冷気が立ち込めていることに、だ。
その冷気は導かれるように収束し固形化する。
空気にヒビを入れるかのような音を引き連れて分厚い氷が現れ、イスラを囲う。
投具や投石から、イスラを守るように。
イスラと反逆の使徒との間を、遮るように。
氷壁の表面は、鏡のように顔が映り込んでいた。
蒼白となったイスラの顔が、映り込んでいた。
「イスラ! 無事かッ!?」
掛けられた声で、その氷壁がストレイボウの魔法によるものだと、ようやく気付く。
瞬間、イスラの足から今度こそ力が抜けた。武器を、取り落とす。
焦点がぼやけ、何を見ているのかが分からなくなる。
「僕は、僕は……ッ!」
うわごとのように呟くイスラを嘲笑うように。
へたり込むその姿が、見られているかのように。
氷壁の向こうからは、笑い声が響き続けていた。
◆◆
不死なる兵どもは、雑兵と切って捨てられる程度の実力だった。
その程度の者がどれほど集まろうと、ピサロの足は一切止まらない。
纏わりついてくる敵をバヨネットの一振りで斬り伏せ、真空波で吹き飛ばして疾走する。
進路上に立ちはだかる兵へと走る勢いのまま刃を突き立てる。その身を貫いて引鉄を引く。
光線のように収束した魔力が射出され、背後に並んだ敵を射抜き切る。
機械部品が展開し排熱の蒸気が立ち上る。その蒸気を払うようにしてバヨネットを横に薙ぎ、側面からの襲撃者を討ち取る。
パラソルの魔力補助がなくなり機械側の負担が大きくなった分、近接武器としての取りまわしやすさは向上していた。
そうしてピサロは雑魚を蹴散らし到達する。
バヨネットとは比べ物にならないほどの蒸気を上げる、巨大な敵将に攻撃が届く、ギリギリの射程圏内に、だ。
そしてそこは、敵将の攻撃がピサロに届く場所でもある。
副将を控えさせて前に出るその敵将の左腕<左回廊>が、唸りを上げて縦回転する。
鋼鉄の外壁がへし曲がり擦れ火花が散り、蒸気が溢れ返る。
左腕<左回廊>を支点にし、挙げるように。
地に付いていた左手<左塔>が、跳ね上がった。
猛烈な砂塵が巻き上がる。それは蒸気で吹き飛ばされ、悪夢めいた砂嵐を作り出す。
だがそれは、攻撃の副産物でしかない。
本命の一撃は、左手<左塔>による突上打だ。
ピサロはバヨネットの砲口を左に向け、右へ跳躍する。跳ぶと同時に発砲、爆風に乗って距離を稼ぎ、亡霊城の外側へ。
直後、轟音と共に左手<左塔>の突上打が眼前を通過した。
復活を果たしピサロへとまとわりつこうとしていた兵を軒並み潰して、左手<左塔>が天を衝く。
スケルトンが粉々になりグールが肉片と化し亡霊兵が空へと消える。
それは、必殺の一撃と呼ぶことすら生ぬるかった。
熱っぽい湿り気を帯びた砂嵐がピサロを襲う。咄嗟に左手で庇うが、蒸気を帯びたそれは皮膚を侵していく。
そこへ、長い影が落ちる。
鉄と鉄が擦れ合う不快な轟音を重ねて、摩擦による火花を撒き散らして、亡霊城は旋回する。
鉄塊と呼ぶにはあまりにも巨大すぎる左手<左塔>を挙げたままで、だ。
次の動作など、予測するまでもなかった。
だからピサロは即座にバヨネットを掲げる。その指に魔力と、絶えぬ想いを注ぎ込む。
魔導アーマーのパーツにチカラが流し込まれる。回路が励起し光を帯び、バヨネットの砲口に輝きが収束する。
その輝きは蒼。究極の名を冠する魔力光。絶えぬ想いをエネルギーとする、極まった力の奔流。
「アルテマ――」
それを前にして、王城は動く。
左腕<左回廊>の回転を逆にし、悲痛な軋みを迸らせ、打ち上げた左手<左塔>を動かす。
単純な話でしかない。
挙げた左手<左塔>を、今度は振り下ろすだけだった。
超重量の一撃の初動。それを前にしても動じず、ピサロはトリガーを引く。
「――バスター」
究極光が、解き放たれる。
球状に広がるエネルギーは、左手<左塔>と正面からぶつかり合う。
鋼鉄の腕を受け止め、その外壁を引っぺがし、もはや使う者のいない内装を吹き飛ばし、壁を床を柱を食い尽くす。
左腕<左回廊>から左手<左塔>までの居住スペースが完全に吹き飛ばされ、錆びた内部フレームと砂を噛む駆動機構が露わになる。
王城のなきごえが、ひときわ大きくなった。
剥き出しになった内部機構の各所で、無数の火花が舞い踊る。それは、いのちを燃やしているかのようだった。
アルテマバスターの輝きは、フレームをひしゃげさせて歯車を砕く。
それでも、左手<左塔>は止まらない。止まるはずもない。
ボロボロになりながらそれは、重力を味方につけて、光の奔流を割って来る。
「ち……ィッ!」
止め切れないと判断したピサロはバヨネットを下げる。
手を掲げ力を込め、心に満ちる“想い”を意識し、ラフティーナの力を呼び起こそうとして。
左手<左塔>の軌道が、ブレた。
ピサロを真上から狙うコースだったはずのそれが、アルテマバスターの光を斜めに斬るようにして、滑って行く。
左手<左塔>が、空を切って地を叩く。鋼鉄の巨腕に打撃された大地が、怯えるように揺れた。
ピサロを潰すはずだった左手<左塔>が岩石を破砕し地面を引き裂き痕を刻みつける。跳ね上がった石片が歯車に噛み潰されて砂礫と化す。
いつの間にか城は、ピサロに背面を向けていた。
ピサロの口角が、吊り上がる。
この場で戦っているのは、ピサロだけではない。
城の背面に、再度バヨネットを突き付ける。
トリガーに指を掛けて、ピサロは、それが引けないことに気付く。
魔力の増幅と制御を行っていたパラソルなしで放ったアルテマバスターは、莫大な負荷をバヨネットに掛けていた。
機械部品が完全にオーバーロードしており、魔力を流しこめそうにはない。
これを利用して魔力を射出するには、時間が必要なようだった。
舌打ちをし、稼働する王城を睨む。
かなりのダメージを与えたとはいえ、まだ左腕<左回廊>の駆動部は生きている。
この程度では、じきにあの城は嘆きのままに進撃を再開するだろう。
思案する。
なにせ相手はあの巨体。この身では近寄ることすらままならない。
だが、手はある。
要は、蒸気の熱に耐えきり、真正面からぶつかることが可能な身があればよいのだ。
そのような身体に変異させる呪文を、ピサロは心得ている。
リスクは大きい。
変異中は闘争本能が肥大化し思考力が低下する。インビジブルも使えないだろう。
耳に届くなげきの声が、思考に混じる。敵は、すぐ側にいる。
ピサロは、息を吐いた。
迷っている時間が惜しい。
だからピサロは決意する。
王城の一撃を滑らせたあの思念を、無意識のうちに当てにして。
ピサロは、詠唱を開始した。
◆◆
「畜生ッ!」
倒しても倒しても蘇る兵どもに、もう何度目かわからない肘鉄やローキックを叩き込み、アキラは悪態をつく。
何度でも起き上がる兵への苛立ちではない。この地獄絵図と、それを描いた者へ、アキラは憤っていた。
アキラは感じ取る。
この場に満ちる感情を、その心で感じ取る。
特段心を読む必要もない。そんなことをするまでもなく、叫びは痛いほどに伝わってくる。
それは声になどはならない。そんな風にかたちを規定できるほど、この嘆きは薄くない。
城がさけんで兵が湧く。兵がなげいて城が啼く。
止みはしない。その軍勢はもはや、他のことなど知りはしない。
だから止まらない。
究極光を受け止めて、悲痛な姿を晒しても。
王城は、止まらない。
たとえその身が砕けても。
王城は、止まらない。
その様は、アキラに思い起こさせた。
「ちがうだろ……」
自壊することも厭わずに戦い抜いた、義体の英雄の姿を思い起こさせた。
「そうやってさけんで」
彼女の渇きを思い出す。
彼女の望みを思い出す。
「叫びだけを残して」
彼女の、死に顔を、思い出す。
「そうやって逝きたいわけじゃあ、ねェだろッ!」
アキラが吼えた、その瞬間。
軍勢を構成するすべての意識が、アキラへと集中した。
叫びと嘆きと恨みと妬みと慟哭と。
そして、大いなる絶望が、まるで集合体のように、アキラを睨みつけた。
その集合意識は、重くくらく粘っこい。
毒沼のようなそれは、アキラを沈めてしまいそうなほどに深かった。
声にならない声がする。
かたちにならない感情が、酸性の液体を馴染ませた暴風のように吹きつける。
それは純粋が故に暴力的で、もはや精神攻撃の域に達していた。
「なめンな……」
けれどアキラは俯かない。屈しない。膝をつかずに拳を握る。
「負けるかよ……ッ! 負けて、たまるかよッ!!」
歯を食い縛り絶望の睥睨を睨み返し足を踏む。
どくり、と。
アキラの心臓が、一際大きく拍動する。いのちの底で輝くかけらが、そこにはある。
「お前らは、なんのためにここにいるッ!!」
スケルトンの憎しみを拳の一撃で割り砕く。
「こんなことで晴れるのかッ!!」
グールの怨みを肘鉄で叩き潰す。
「こんなことを繰り返して、満足なのかよッ!!」
亡霊兵の嘆きを念で弾き飛ばす。
それでも叫びは止まらない。それどころか、アキラが猛るほどに亡者の声は増していく。
王城が、アキラへと迫る。
黙れと、目障りだと。
そう嘆くように、その威容は駆動音を鳴り響かせて吶喊してくる。
壁に亀裂が走っても。黒煙がもうもうと立ち昇っても。剥き出しになった駆動部から、砕けた歯車が零れても。
そいつは、砂埃を纏いただその身だけを武器として、アキラへと迫る。
その城の、ボロボロになった左側面へ。
アルテマバスターを受け、それでも動き続ける左手<左塔>へ。
突っ込んで来る巨体が、あった。
その巨体は、鋭い爪の伸びる両手を、進撃する王城へと突き出した。
城の進撃が、押し止められる。それでも進もうとする城を、巨体は逞しい二本の足で踏ん張って止める。伸びる尻尾が、大地を擦った。
王城が灼熱の蒸気を噴出させるが、美しい紅の鱗には火傷一つ負わせられなかった。
巨体の頭部からは、天を貫くような雄々しい角があり、その背には一対の翼が生えていた。
それは、王城に負けぬほどの威容と威厳を誇っていた。
そいつが、アキラを一瞥する。
その紅玉色の瞳には、見覚えがあった。
「ピサロ……?」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」
その口から、雄叫びが上がる。
音圧はびりびりと大気を震わせ、近場にいた亡者を伏せさせるそれは。
龍<ドラゴン>、だった。
◆◆
身体を龍へと変異させ、その圧倒的身体能力を得る呪文――ドラゴラム。
ピサロは、龍の力と闘争本能を以って、王城と相対する。
左手<左塔>のフレームを握り潰す。ひしゃげて折れたフレームを投げ捨て、歯車の群れへと腕を叩き込む。
力任せに突き出した腕は歯車を一気にぶち抜いて破砕させる。部品の欠片が雪のように降り注いだ。
黒煙がぶすぶすと沸き上がる。構わず龍は顔を突っ込んだ。
口を、開く。
鋭利な牙と赤い舌の奥で、火炎が逆巻いていた。
息を、吐き出す。
枷を解かれた灼熱の炎は鋼鉄の部品でさえも融解させる。それは、一兆度もの超高温を彷彿とさせた。
左手<左塔>が爆砕する。発生した爆発は誘爆を呼ぶ。群れとなって連なる炸裂は左手<左塔>を壊していく。濃くなった黒煙が空を汚す。
左手<左塔>が崩壊する。悲鳴を上げて崩壊する。
破砕音に交じり、がぎん、と。
硬い音が響き渡った。
その音は、連なる破壊の音の中にあって、あまりにも異質だった。
爆発の向こうで火花が散る。黒煙の彼方で蒸気が上がる。
硬質の音を上げたのは、王城の意思だった。
左手<左塔>はもう、動けずに滅びゆく。なればこそと王城は、左手<左塔>をパージしたのだった。
本体が爆発に巻き込まれないようなどと、そのような温い意思ではない。
捨てられた左手<左塔>に込められるのは、苛烈な叫びの結晶だった。
眩い閃光が迸る。断末魔を思わせる爆音が、世界を揺るがせる。
龍の至近距離で、大爆発が発生した。
爆発の熱量など火龍の身には児戯に過ぎない。ただ、その衝撃波と吹き飛んだ残骸は、龍鱗を抉っていた。
龍が、たたらを踏む。衝撃のダメージと、猛烈な閃光と爆音が、龍の感覚を奪っていた。
吐き気そうな煤臭さと濃厚な黒煙が立ち込める。
それを引き裂いたのは、王城の一撃だった。
船が海を掻き分けるように砂礫をぶち割って、城が滑ってくる。
龍に左腕<左回廊>を突き立てるべく、城が駆動する。
それは、左腕<左回廊>が潰れることを厭わない一撃だった。
龍の本能が意識を覚醒させる。
だが遅い。
龍の身体は、その一撃を避けるには大きすぎる。
だが龍は、危機感など覚えなかった。
悲しみとにくしみと絶望の沼の真ん中で、熱く燃える思念を、感じ取っていたからだ。
その思念は、王城の突進軌道をねじ曲げる。
龍の真横を、左腕<左回廊>が突き抜けた。
空を切ったそれを両腕でホールドし、根元に牙を突き立てる。
へし折る。
引き千切った左腕<左回廊>を、龍は握り締めて水平に構え、闘争心の赴くままに叩きつける。
鋼鉄の亡霊に、龍のフルスイングが直撃する。
鋼が衝突する撃音が鳴る。龍が握った左腕<左回廊>が砕け散り、王城のバルコニーが破壊され、それでも。
それでも王城は停止することなく、愚直な突撃を繰り返すのだった。
◆◆
「悪い、ことなのか」
弾かれ割れて転がり落ちた石片の中心で、カエルが呟いた。
その隣にいるアナスタシアは黙ったままで、止まない投石を、ただ身体が動くままに弾いていく。
それはまるで、“生きる”という命令を淡々とこなすだけの人形のようにも見えた。
「死者に逢いたいと望むのは、悪いことなのか」
隻腕であっても、体力のほとんどを消耗していても、カエルの剣閃は精確で淀みがなく、投石一つさえ先には通さない。
「俺は……そうは思わない」
統率こそされており、石の威力は侮れない。その反面、兵自体の錬度はそれほど高くない。
だからこそ、こうして語ることができる。
「俺は――俺たちは、死者を蘇らせたことがある」
カエルは語る。
先刻、イスラと話をしたときのように。
「死者を、“死ななかったこと”にしたこともある」
カエルが弾いた石が、アナスタシアの弾いた石と衝突し、砕ける。
「シルバード。ストレイボウが――ジョウイが言っていたその翼で、俺たちは時を超えてきた」
砕けた石は何処かへ弾け飛び、見えなくなる。もう一度と望んでも、きっとその石は見つからない。
「そうして俺たちは死した仲間を蘇らせた。仲間の母親を――死んだはずの人間を、救った」
探しても探しても、きっともう、見つからない。仮に見つかったとしても、砕けた石はもう、戻らない。
けれど、歴史を変えさえすれば。
石が砕ける直前に戻ることさえできれば。
もう一度、砕ける前の石は見つけられる。
たとえその結果、カエルかアナスタシアが、傷ついたとしても。
「……反吐が出るわ」
吐き捨てるアナスタシアに、カエルは苦笑を返すだけだった。
「それでも俺たちは、後悔はしていない。間違ったことをしたとは思っていない。身勝手だと、そう思うか?」
「思うわね」
斬って捨てるような返答からは、深い苛立ちが感じられた。
「貴方達はそれでいいわよね。けれど、過去を変えたいって願う人がどれだけいると思ってるの」
アナスタシアが、アガートラームを振り上げ、
「過去は変えられない。変えちゃいけない。そんなのは当たり前なの。そうじゃなきゃ、現在<今>を大切になんてできないじゃない」
地を割りかねない勢いで、荒っぽく叩きつける。
「死んだ人<過去>は戻しちゃいけないの」
飛んできた石が、まとめて砕け散った。
「いけない、のよ……ッ」
それは、血が滲むような呟きだった。
死者の“想い”を形にしてしまったアナスタシアが、血を流しているようだった。
「正論だな。ならば――」
カエルはすうっ、と呼吸をし、目を細めて亡者を見る。
「悔いているのか?」
アナスタシアは答えない。
食い縛るように、耐え抜くように、彼女は押し黙って身を守る。
晒される石礫に反撃をせず、されるがままに身を守る。
「悔いるなとは言えん。お前とジョウイが違うと、否定してやることは俺にはできん」
カエルは言葉を区切り、ただな、と続け、
「ヒトは、多かれ少なかれ身勝手だ。だから俺たちは行動した。そうでなければ生きられん。
そうでなくても生きられるのは、生粋の“勇者”くらいだ」
あのとき、遺跡ダンジョンの地下で、共界線を通じて感じた“救い”と。
アナスタシアに寄り添っていた魔狼を想い浮かべて、カエルは問うた。
「それは、お前もよく分かっているだろう?」
◆◆
覆うような氷壁の中で、イスラはへたり込んでいた。
そんなイスラの前に、ストレイボウはしゃがみ込む。その細い肩にそっと手を乗せると、震えが伝わってきた。
血の気を失い俯くその姿は、よく似ていた。
罪に苛まれ、苦しみ喘ぐストレイボウと、よく似ていたのだった。
「落ち着くんだイスラ」
ストレイボウは、努めて落ち付いて語りかける。
氷壁を外から叩く投石の音から、気を逸らせるように。
氷壁の向こうで喚き散らすような笑い声を、意識から引きはがすように。
時間に余裕があるわけではない。
だがストレイボウは、ゆっくりと、子どもに話しかけるように、言葉を紡いだ。
「俺が、分かるか?」
俯いていたイスラの顔が、上がる。
瞳は見開かれていた。唇は戦慄いていた。顔色は、真っ青だった。
見るからに痛々しい様子で、イスラは、ストレイボウを見つめ、そして、小さく頷いた。
「そうか、よかった」
ストレイボウの顔に笑みが浮かぶ。
まだ終わっていない。まだイスラは、堕ちていない。
それでこそイスラだと、ストレイボウは安堵する。
「イスラ。俺の罪を、憶えているか?」
その問いに、イスラは呆然としたまま、首を縦に振る。
それを見届けてから、ストレイボウは口を開く。
胸の底の疼きを堪えながら、だ。
「俺の罪は、決して許されるものじゃない。たとえみんなが許してくれたとしても」
忘れてはならない罪科が痛む。心に刻み込まれた咎が、ストレイボウを締め付ける。
それでいい。この疼痛は、決して忘れてはならない。癒してはならない。
「罪は、決して消えない」
その痛みと、ストレイボウは向き合う。
誤魔化さず、逃げ出さず、真正面から立ち向かう。
消すためではなく、受け止めるために。
そうすることができるのは、胸に灯る、確かな“想い”があるからだ。
「その重さに関係なく、犯した罪は、消せないんだ」
それは、独りでは得ることができなかったもの。
それは、オルステッドを昏い瞳で眺めていたかつての自分では、決して手にすることができなかったもの。
「だから自分で、付き合い方を決めなきゃいけないんだと、俺は思う」
そして、それは。
イスラの心にもまた、灯っているはずなのだ。
「こうするべきだとか、そんなことは言わない。俺は、お前に答えを与えてはやれない」
だけど、
「お前が自分で見つけた付き合い方なら、俺はそれを否定しない。それが、どんなものであってもな」
イスラの肩から右手を離して握り拳を作る。
その手を軽く、イスラの胸へと押し当てた。
鼓動を感じる。
イスラの鼓動を、その温もりを、イノチを、確かに感じる。
あのとき、ジャスティーンを召喚した力は、きっと今も宿っている。
だから大丈夫と、ストレイボウは思うのだ。
それは信頼だった。
たとえイスラが十字架に捕われて自分自身を信頼できなくとも。
信頼する人間はここにいると、伝えるように、告げる。
「答えを、出しに行こうじゃないか」
ストレイボウは立ち上がり、手を差し伸べた。
「俺も、俺の罪の証と――フォビアたちと、向き合いに行くよ」
◆◆
砂埃が巻き上がり、蒸気が噴き出し、黒煙が吹き上がり、火炎が舞い踊り、炸裂が連続する。
激しさを増す龍と王城の闘いは、命を掛けた舞踏のようだった。
王城の損傷は激しい。左腕<左回廊>から先を損失し、半分以上の外壁が壊れ、駆動部は異音を立て続けている。
されど王城は死を恐れない。
その身が砕けても、壊れても、苛烈なる攻撃の手が止むことはない。
その事実は、龍に防戦を強いていた。
目的は足止めであり、時間が経てば城は自壊する。故に防戦自体は不利な要素ではない。
ただしそれは、戦術的な目線で見れば、だ。
これは、戦争なのだ。
局所的な戦闘での勝利が、最終的な勝利に繋がるとは限らない。
たとえば。
時間を掛けた末に勝鬨を上げても、その瞬間に首輪が爆発してしまえば、それでおしまいなのだ。
王城ほどではないが、龍も無視ができないくらいの傷をいくつか負っている。
それでも龍は、致命的な一撃を受けていない。
その状態を維持できているのは、アキラのサポートがあってこそだ。
「ら、あぁァ――ッ!!」
アキラの念力が王城を惑わせる。
龍を叩き潰すはずだった右手<右塔>が、地面だけをブッ叩いた。
息をつく暇はない。
スケルトンの斬撃が、すぐ側へ迫っている。
避け切れないと判断したアキラは身を仰け反らせて防御する。皮膚の表面を刃が走り、血が噴き出した。
脳が痛みを知覚する。その痛みに反応し、防衛本能が天使の幻像<ホーリーゴースト>を生み出す。
天使の幻像<ホーリーゴースト>が、斬りつけてきたスケルトンを爆ぜさせた。
セルフヒールで回復を行って体勢を立て直す。嘆きを呻かせて、亡霊兵どもがアキラに群がって来る。
火の思念<フレームイメージ>でそいつらを焼き払い、逃れた敵にエルボーを叩き込む。
矢継ぎ早に意識を王城へと移し、その攻撃を逸らさせるべく念を飛ばす。
太い右手<右塔>が龍の片翼を掠める。その翼膜が、破かれた。
「糞……ッ!!」
失敗したわけではない。
念が、効きにくくなっているのだ。
あらゆる状態異常を無効とするスペシャルボディであっても、アキラの“想い”が乗った強念による一時的な幻惑は防げない。
意識が――感情があるのであれば、その思念を止めることなどできはしない。
そしてアキラの強念は、王城が抱く感情の対極にあるものだ。
故にそれは効果的であり、同時に。
抗いの意思を、呼び起こす。
軍勢を突き動かす感情に、アキラが反発し続けるように、だ。
軍勢が、力を増す。
悲しみが、嘆きが、絶望が、より大きくなる。
その様子は、酷く歪だった。
アキラは、歯が食い込むほどに唇を噛み締めた。
スケルトンを一体割るたびに悲しみが増える。
グールを一体焼くたびに嘆きが大きくなる。
亡霊兵を一体倒すたびに叫びが強くなる。
そうして、絶望はぶちまけられる。アキラが輝けば輝くほど、この場に陰は落ちていく。
それでもアキラは王城へ念を向ける。
負けられないのだ。負けたくないのだ。
こんな、つめたい悲しみだけが満ちるものを。
こんなつめたさの果てに、在るものを。
アキラの想い描く“
無法松”<ヒーロー>は、絶対に、ゆるさない。
「止まれ……!」
念じる。
王城の一撃は揺るがない。それを龍は、紙一重で回避する。
「止まれ……ッ!!」
念じる。
王城の攻撃は止みはしない。それを龍は、腕一本で受け止める。
「止まれェッ!!」
念じる。
王城は踊る。その衝撃で自身を破壊しながら、蒸気と火花を散らして舞う。
「止まり……」
強く果てない“想い”を乗せて、心の底から念じる。
「やがれえぇェ――ッ!!」
しかして。
王城は、止まる。
耳を覆いたくなるような、痛々しい音と同時に、だ。
王城は、停止していた。
その右手<右塔>を、龍の身体を深々と突き破って、停止していたのだった。
言葉を失うアキラの視線の先で。
龍の身が、縮んでいく。
角と翼と尻尾が、折りたたまれるように細くなり小さくなる。
全身を包んでいた紅の鱗が、肌色に変わっていく。
戻っていく。
龍の姿から、戻っていく。
右手<右塔>に引っ掛かり、屋上の端を掠め、王城にもたれかかるように倒れて。
龍は――ピサロは、小さくなっていく。
微動だにすることなく。
声を上げることもなく。
「く、あ……」
ピサロは小さくなって、アキラの目には、見えなくなった。
「――――――――――――――――――――――――――………………………………………………………………………………ッ!!!!」
アキラの口から、絶叫が迸る。
それに呼応するように。それを、嘲笑うように。
歯車が鳴る。駆動機関が声を上げる。
王城が、再度動き出す。
音を立てて、緩慢に。
王城は、旋回する。
「……嘘、だろ」
そう零さずには、いられなかった。
右手<右塔>にべっとりと付着した龍の――ピサロの血液が、右手に浸透していく。
まるで、啜るように。
こぼれた命を、吸うように。
すると。
龍によって砕かれたはずの、バルコニーが。
超過駆動によって吹き飛んだ、歯車が。
直っていく。王城の破損箇所が修復されていく。
そうして城は、千切れた左腕から先を除いて回復を果たし、アキラへと向きなおった。
進撃が、再開される。
直り切らなかった左腕<左回廊>から、火花を散らして。
変わらぬ悲しみをあげながら。
修復された外壁を、再び壊しながら。
「やめろよ……」
壊れる痛みを知っているくせに、他の方法を知らないかのように。
「もう、やめろよ……」
城は、自分を傷つけていく。
悲しみの荒野にたった独り取り残され、未練を燻らせ憎しみを淀ませた果てに。
たった一つだけ残された方法が、それだと主張するように。
それしかないのだと、言うように。
それこそが、絶望の深淵でみつけた、最後の最後の。
ほんとうに最後の、たった一つだけ残された、“希望”だというように。
そんな亡者たちから、王城から、軍勢から。
伝わってくるものは、つめたいのだ。
伝わってくるものは、苦しみを引き剥がそうと胸を掻き毟り、その結果自分を引き裂いてしまうような痛みなのだ。
「これが、こんなものが、“希望”だっていうならさ」
どくり、と。
アキラの心臓が、高鳴った。
「誰が、笑えるんだよ?」
どくり、どくり、と。
アキラの鼓動が加速する。
「どこで、誰が、笑えるんだよ?」
空を見続けたギャンブラーが手にした、希望と欲望のダイス。
夢見るギャンブラーが潰えても、その力となった“希望”は、一万メートルの夢の果てで息づいている。
アキラの血となり肉となり、胸の中で脈打っている。
どくりどくりと。
強く雄々しく激しく、鼓動<ビート>を刻み続けている。
軍勢の中に蔓延する、暗く冷たく悲痛な“希望”めいたものではなく。
アキラだけが抱く“希望”が、胸の奥に確かに在る。
「なあ、あんた」
それに突き動かされて、アキラは呼び掛ける。
「あんた、今――」
アキラは投げ掛ける。
かつて、ここではないどこかの、顔も名前も知らない誰かへ向けた問いと、同じ問いを。
この声の届くすべてのものへと、投げ掛ける。
「――幸せか?」
悲しみが、膨れ上がった。
くず折れ、重なり、霧と化していた亡者の兵が、音を立て、一挙に立ち上がった。
蒸気が溢れ、すべての歯車が轟音を立てて回り出す。
アキラの問いを押し流し引き潰そうとするかのように、軍勢が動き出す。
突進が来る。
それは、部隊全ての未練と憎悪を集めて殺意とした突進だった。
濃厚で濃密で膨大で、底なしの殺意。触れた瞬間に消し炭にされてしまうほどの、圧倒的な暴力。
過ぎ去った後には何も残らない、荒廃だけを呼ぶ、酷くつめたい悲しみの突撃。
一片の幸せだってありはしないと、そう宣言するかのような進軍を、アキラは、真っ向から睨みつける。
たった一人ながら、その身から揺らめく意志は、軍勢に劣るものでは、決してない。
それどころか。
アキラの意志は、軍勢を突き動かす巨大な感情と拮抗するほどに、強いものだった。
認められない。
そんなものが、“希望”だと。
決して、認められない。
アキラは、ただ鼓動を感じる。
自分の中で確かに脈動する、その熱を感じ取る。
それは力強さを増していく。
目の前の絶望を前にして、果てないように強く拍動する。
抗いのリズムを刻む。
「ざけんなよ……」
だからアキラは逃げない。
こいつらに、背を向けるわけにはいかない。
「たとえ、たとえもう、ボロボロになって、壊れちまうことになったとしてもな……」
目を、逸らさない。
こいつらを、このまま進めさせるわけにはいかない。
「ほんとうに、ほんとうの“希望”を抱いていられるのなら……」
“希望”というのは、あたたかいものだと。
それを分からないまま突き進み、勝手に逝かれるのは、我慢がならなかった。
「いつかきっと、笑えんだよ……」
あたたかさを拒絶して、逝った先にあるものが。
ほんとうに楽園である、はずがない。
だから、アキラは叫ぶ。
「なあ」
たったひとり、荒野の果てを彷徨って、ボロボロになっても闘って。
それでも消せない“希望”を抱いていたから。
今際のときに微笑っていられた、英雄の名を。
アキラは、叫ぶのだ。
それは、当の本人すら捨てた名前。
捨てられても朽ちてはいない、確かな名前だった。
「――そうだろ、アイシャッ!!」
轟音を立てて。
西風が、吹き荒れた。
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最終更新:2014年02月23日 22:57