『the dark side of world』
(キャラ) ダークマイト、虎杖悠仁、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ダース・シディアス、チャンプ
渋谷を模した孤島の夜は異様なまでに静かだった。交差点を囲む巨大なビジョンはすべて明かりを落とし、無数のポスターやCMが流れていたはずの液晶画面はただ黒く沈黙している。
虎杖悠仁は隣を歩くダークマイトへちらりと視線をやった。
「……なあ、おっさん」
「なんだいボーイ」
「これからどうすんだ。あてもなく歩いてるだけじゃ埒あかねえだろ」
ダークマイトと名乗った男、バルド・ゴリーニは白いスーツの胸ポケットに挿した薔薇を指先で弄びながら、芝居がかった仕草で夜空を仰いだ。
「決まっている。この街に潜む哀れな参加者たちを見つけ出し力を示す。逆らう者は排除し、従う者は俺のファミリーに加える。そうすれば、この殺し合いは自ずと収束するだろう」
「はあ? お前の理屈、無茶苦茶だろ」
虎杖は溜息をついた。数時間前、チャンプと名乗る肥満のピエロからイリヤを救い出したあの夜から、この男との奇妙な同行が始まっている。感謝すべきなのか、警戒すべきなのか、いまだに判断がつかない。ただ一つ確かなのは、隣を歩くイリヤが、まだ小刻みに震えているということだった。
「イリヤ、大丈夫か」
「う、うん……平気、だよ」
銀髪の少女はそう答えながらも虎杖の袖をぎゅっと握りしめていた。小学生とは思えないほど整った容姿の下に隠しきれない怯えが滲んでいる。カレイドステッキを持たない今、彼女はただの子供でしかない。魔法少女としての力もなく、この殺し合いの舞台に丸腰で放り込まれた小さな存在だった。
「カレイドステッキがあれば……」
イリヤは呟いて、それから力なく首を振った。
「ないものねだりしても仕方ないよね。ルビーは今、どこにいるんだろう」
「探すしかねえだろ。とりあえず今は、安全な場所を見つけるのが先だ」
虎杖の言葉にダークマイトが芝居がかった仕草で肩をすくめる。
「安全な場所などない。この街全体が檻であり、狩場だ。それがわからんようでは――」
その言葉を男は最後まで言い切ることができなかった。
夜気が唐突に張り詰めたのだ。
肌がひりつくような、静電気に似た感覚。虎杖の全身の毛が逆立ち、本能が悲鳴を上げた。
「伏せろッ!!」
虎杖が叫んだのとほぼ同時、夜空を切り裂くようにして青白い光が奔った。
交差点のアスファルトが爆ぜ、コンクリートの破片が礫のように飛び散る。三人がいた場所を、まさに紙一重で青白い雷撃が薙ぎ払っていった。近くの街路樹が黒焦げになり、瞬時に炭化して崩れ落ちる。
「な……なんだ、今の……!?」
イリヤが尻餅をついたまま、震える声を上げた。虎杖は咄嗟に彼女を庇うように立ち、視線を雷撃の来た方向へ向ける。
夜の闇の奥、街灯の光すら届かない場所に、それは立っていた。
黒いローブを纏った、痩せた老人。フードの奥は完全な闇に沈み、ただ二つの目だけが、病的な黄色い光を帯びて爛々と輝いている。両手の指先からは、まだ青白い残光がチリチリと弾けていた。
「……ほう」
しわがれた声が、静寂を裂く。
「躱すか。虫けらにしては、なかなかの反応速度だ」
「あんた……」
虎杖はその老人の異様な気配に息を呑んだ。呪霊とも違う、宿儺とも違う、まったく異質な力の圧が全身に押し寄せてくる。
ダークマイトもまた、その老人を見て一瞬だけ表情を固くした。だがすぐに、いつもの芝居がかった笑みを取り戻す。
「なるほど、貴様も平和を乱す者というわけか。名を聞こう、老いぼれ」
「……」
老人は答えず、ゆっくりとフードを払った。
現れたのは、深い皺の刻まれた青白い顔。頬はこけ、瞳孔は病的な黄色に染まり、口元には嘲るような薄い笑みが張り付いている。
「余はダース・シディアス。銀河帝国皇帝にしてシスの暗黒卿だ」
その名乗りに応えるように、老人の両手の指先から再び青白い電光がパチパチと弾け始めた。
「貴様らのような下賤な虫けらに名乗る義理などないが……せめて、己を殺した相手の名くらいは覚えて逝くがいい」
「シディアス……」
虎杖は奥歯を噛みしめた。目の前の存在が放つ力の質は、これまで戦ってきたどんな呪霊とも異なる純粋な悪意の塊のようだった。
「イリヤ、下がってろ! おっさんも、油断すんな!」
「言われるまでもない」
ダークマイトが両手の指輪を光らせながら、拳を握る。
最初に動いたのはシディアスだった。
両手から放たれる青白い雷撃の奔流。
フォース・ライトニングと呼ばれるその力は、放たれると同時に大気を焼き、周囲のアスファルトを瞬時に融解させるほどの熱量を持っていた。
「くッ……!」
虎杖は地面を蹴り、横っ跳びに回避する。雷撃が地面を抉り、抉られた場所からもうもうと白煙が立ち上った。避けたはずの体の側面が、雷の余波でビリビリと痺れる。
(マジかよ、掠っただけでこれか……!)
呪力を全身に纏わせ虎杖は加速、シディアスとの間合いを一気に詰めた。
「余に近接戦を挑むか。愚かな」
シディアスは冷静にそう言い放つと袖口からライトセーバーを取り出す。
赤い光刃を出現させ下段に近い低い構えを取った。切っ先だけを虎杖へ向け無駄な力みを一切排した姿勢。手首だけを利かせた最小限の動きで、虎杖の呪力を纏った拳を、まるで羽虫を払うかのように軽々と受け流していく。
「速……ッ!」
虎杖の逕庭拳が空を切る。シディアスの反応速度は虎杖の予測を上回っていた。踏み込むたびに刃の切っ先が急所を掠めるように滑り込んでくる。喉、脇腹、膝の裏、狙いは常に最も効率よく相手を沈められる一点に絞られていた。
閃光のように振るわれたライトセーバーの一撃が虎杖の肩を掠める。
「ぐああッ!」
服が焼け皮膚が焼けただれる感覚。呪力で強引に耐久力を底上げしていなければ腕ごと切断されていたかもしれない。
「悠仁!!」
イリヤの悲鳴が響く。だがそれに構う暇はなかった。
「ここからだ、ボーイ!」
ダークマイトが割って入る。右腕に光が収束していく。金を触媒にあらゆる物質を意のままに創造する『錬金』の力。
「これが新時代の象徴の力ッ!!」
速度、質量、共に凄まじい一撃。かつてチャンプの肉体を一撃で圧殺した拳と同じものが、今、老いた皇帝へと放たれた。
「無駄だ」
シディアスは動じない。左手のライトセーバーを一閃し迫る拳を両断する。同時に右手から放たれた電撃がダークマイトの脇腹を掠めた。
「ぐッ……!」
ダークマイトの巨躯が僅かによろめく。それでも彼は倒れない。まるで痛みなど感じていないかのように、すぐさま体勢を立て直した。
「まだだッ!」
アスファルトを突き破って無数の黄金の槍が四方八方からシディアスへと殺到した。
シディアスは軽くステップを踏んでその大半を躱す。
「これで終わりだと思うなよォ!」
ダークマイトが両手を掲げると、彼を中心に半球状の黄金の壁が瞬時に隆起した。バリアと呼ぶには不釣り合いなほど分厚い、防御に特化した錬成物。シディアスの追撃の電撃が、その壁面に直撃して弾ける。
「なるほど、頑丈な虫けらだ。だが――」
シディアスの黄色い瞳が、獰猛な光を帯びる。
「その力も暗黒面の力の前では意味を為さん」
次の瞬間、シディアスの纏う気配が一変した。
握り直されたライトセイバーの軌道が、それまでの静謐な精密さから一転、唐突に静止しては瞬時に牙を剥く、不規則極まりない律動へと変わった。読めない。次の一撃がどこから来るのか虎杖にもダークマイトにも、まるで予測が立たなかった。まるで怒りそのものが刃となって二人へ襲いかかってくるかのようだった。
ダークマイトが咄嗟に錬成した黄金の壁が両断されていく。防御に回した錬成物が刃筋一つで容易く切り裂かれ、破片となって飛び散った。
「くッ……ッ!?」
虎杖の頬を掠めた刃が浅く裂く。ダークマイトの腕にも、避けきれなかった一太刀が食い込んだ。二人がかりでどうにか食らいついていくが防戦一方であることに変わりはなかった。
「くらえッ!!」
両手のライトセーバーから手を放し、虚空に静止させたままシディアスは両手を突き出した。
「無限のパワーだッ!!!」
二重の雷撃が虎杖とダークマイトを同時に襲う。
「――ッ!!」
虎杖は咄嗟に横に転がってどうにか直撃を免れた。だが完全には躱しきれず、右腕から肩にかけて焼け付くような激痛が走る。
一方、ダークマイトは咄嗟にもう一枚の黄金の盾を錬成し正面に構えた。だが雷撃の密度はこれまでとは比較にならなかった。分厚い黄金の盾が、まるで薄紙のように瞬時に融解し、蒸発していく。
「ぐああああああああああああああああッ!!!」
防ぎきれなかった雷撃がダークマイトの全身を包み込む。黄金の外骨格が焼け焦げて崩れ落ち、その下の筋骨隆々の肉体が痙攣するように震える。
「おっさん――ッ!?」
虎杖が叫んだ瞬間、ダークマイトの体が糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
辺りに肉が焦げる匂いが漂う。
「ぐ……が……ッ」
地に伏したまま、ダークマイトは荒い呼吸を繰り返していた。表情から余裕が消え、その目には、これまで見せたことのない剥き出しの恐怖が浮かんでいた。
その光景をイリヤは物陰から震えながら見ていた。
(このままじゃ……このままじゃ、みんな死んじゃう……!)
小さな拳を握りしめる。カレイドステッキがあれば、プリズマイリヤに変身できれば、あの雷撃だって防げるかもしれない。だが今の彼女には何もない。ただの非力な小学五年生でしかなかった。
「くそ……くそ、くそ……!」
虎杖は肩を押さえながら、視線をイリヤへ向けた。決断は一瞬だった。
「イリヤ、逃げろ!」
「え……?」
「お前がいたら足手まといになる。俺たちがあいつを食い止める。その隙に、どこか安全な場所を探すんだ!」
「で、でも……!」
「行けッ!!」
虎杖の怒鳴り声にイリヤの体が弾かれたように動いた。振り返りたい気持ちを必死に押し殺しながら、彼女は暗い路地の奥へと駆け出す。
「待て――」
シディアスがイリヤへ視線を向けかけるが、虎杖がその前に立ち塞がった。
「お前の相手は俺だ!!」
呪力を全開にした虎杖の拳がシディアスへと迫る。
その隙に、イリヤの小さな背中は暗闇の向こうへと消えていった。
◆
息が上がる。心臓が早鐘のように打っている。
イリヤは無我夢中で走っていた。方向感覚などとうに失われ、ただあの場所から少しでも離れることだけを考えて足を動かし続ける。
(誰か……誰か、助けてくれる人……!)
虎杖とダークマイトを見捨てて逃げてきたわけではない。彼女なりに、彼らを助ける方法を探しているつもりだった。誰か、あの化け物じみた老人に対抗できる強者がいれば――そんな淡い期待を抱きながら、イリヤは夜の渋谷を彷徨っていた。
やがて目の前に古びた雑居ビルが現れた。シャッターの半分が閉まりきらず、隙間から真っ暗な内部が覗いている。
(ここなら……誰かがいるかも)
藁にも縋る思いでイリヤはシャッターの隙間に体を滑り込ませた。
内部は想像していたよりもずっと暗かった。
外の街灯の光すら届かず、ただ闇だけがどこまでも広がっている。埃っぽい空気が鼻をつき、どこか饐えた臭いが漂っていた。
「あの……誰か、いますか……?」
声が震える。返事はない。イリヤはスマホの画面を灯りにしようと、震える手でポケットを探った。
その時だった。
闇の奥で、何かが蠢いた。
ズズ、ズズ、と何かを引きずるような音。湿った、粘着質な足音が、暗がりの奥から近づいてくる。
「……だ、誰?」
イリヤの声が上擦る。
答える声はない。ただ、荒く湿った呼吸音だけが、闇の中で徐々に大きくなっていく。ヒュー、ヒューという、まるで壊れた笛のような息遣い。
やがて、闇の中に、白い何かがぼんやりと浮かび上がった。
最初はそれが何なのか分からなかった。
白く塗りたくられた、大きな顔。歪に吊り上げられた口紅の跡。落ち窪んだ目の周りに隈取りが施されている。まるで狂気に染まったピエロの化粧だった。
そして、その顔は――イリヤが決して忘れることのできない、あの男のものだった。
「子供だぁ」
しわがれた、それでいて粘つくような声が、闇の中から響いた。
「やっと……見つけたよぉ」
「――ッ」
イリヤの喉から、声にならない悲鳴が漏れた。
それは死んだはずの道化師だった。確かに肉体が押し潰され、血肉が弾け飛び、絶命したはずのチャンプ。
(死んだ……死んだはずなのに……どうして、どうしてここに……!)
闇の奥から巨大な影がゆっくりと姿を現す。
贅肉のたっぷりとついた、異様に肥満した体躯。継ぎ接ぎだらけの派手な衣装。ピエロの化粧の下で、口元だけが三日月のように歪み、涎が糸を引いて垂れ落ちていた。
「不純物のない、綺麗な天使……ようやく、見つけた……」
黄色く濁った目が爛々とイリヤを見下ろす。まるで獲物を前にした肉食獣のような、粘つく視線だった。
「な……な……」
声が出ない。喉が張り付いたように、言葉が形にならない。
足が震える。逃げなければと頭では分かっているのに、体がまったく言うことを聞かない。
チャンプの巨体が、ゆっくりと一歩、こちらへ踏み出す。
床板が軋み、埃が舞う。饐えた臭いが濃くなる。
「怖がらなくていいんだよ……大丈夫、大丈夫だからね」
その声音は、恐ろしく優しい。優しいからこそ、余計に狂気じみて聞こえる。
イリヤの視界が涙で滲んでいく。
「い、いや……いやぁ……」
力が抜けて、その場にへたり込む。膝から崩れ落ちるようにして、冷たい床の上に座り込んでしまう。
その瞬間、体の奥から堪えきれない熱いものが溢れ出すのを感じた。
温かい水が太腿を伝い床に広がっていく。じわり、じわりと、黄色い水たまりがイリヤの座り込んだ場所に広がっていった。
恐怖のあまり彼女は失禁していた。
子供らしいプライドも、羞恥も、その瞬間には何一つ意味を持たなかった。
死んだはずの道化師がゆっくりと近づいてくる。逃げなければと頭の隅では分かっているのに体がまるで言うことを聞かなかった。
「あはは……あはははは! 可愛いねぇ、可愛い可愛い……最高だよ」
チャンプは床に広がる水たまりを見て心から愉悦するように笑い声を上げた。その笑い声が暗い雑居ビルの中に、いつまでもいつまでも反響していた。
粘つくような笑い声が、暗い雑居ビルの中に反響する。その声が、麻痺していたイリヤの体に電流のような衝撃を走らせた。
(動け……動け、動けぇ……!)
心の中で、自分自身に叫ぶ。
その叫びが届いたのか、あるいは本能的な生存欲求が限界を超えたのか。イリヤの膝がガクガクと震えながらも、ようやく力を取り戻し始めた。
「――ッ!」
声にならない悲鳴を上げながら、イリヤは濡れた床を蹴って立ち上がった。振り返ることもせず、シャッターの隙間へ向かって全力で駆け出す。
「おっと」
チャンプの声に、愉悦の色が滲む。
「逃げるのかい? いいよ、いいよぉ……鬼ごっこ、しようねぇ」
夜の渋谷をイリヤは必死に駆けた。
息が上がる。喉が焼けるように痛い。それでもイリヤは足を止めることができなかった。背後から聞こえる、重い足音、ズシン、ズシン、という地響きにも似たその音が、絶え間なく彼女を追い立てていた。
「待って、待ってよぉ」
声はさほど大きくないのに、なぜか鮮明に耳へ届いてくる。まるで、すぐ真後ろで囁かれているかのような錯覚。イリヤは振り返る勇気もなく、ただがむしゃらに、暗い路地の奥へと駆け込んだ。
やがて目の前に大きな建物が見えてきた。ショッピングモールだろうか、それとも複合施設だろうか。看板の文字はかすれて読み取れない。だが、その入り口の一つがわずかに開いているのが見えた。
(あそこなら……隠れられるかも……!)
藁にも縋る思いでイリヤはその隙間へと体をねじ込んだ。
施設の中は、外よりもさらに暗かった。
非常灯だけが、ところどころで頼りなく点滅している。ジジ、ジジ、という耳障りな音を立てながら、光が明滅するたびに周囲の景色が一瞬だけ浮かび上がっては、また闇に沈んだ。
埃を被ったマネキンが、ずらりと並んでいる。かつて服屋だったのだろう。着せられたままの服は色褪せ、破れ、まるで骸骨のように痩せこけた輪郭を晒していた。
イリヤは震える足でその間を進みながら、必死に呼吸の音を殺そうとした。
(お願い……お願い、誰にも見つかりませんように)
だが、その願いはすぐに打ち砕かれる。
「隠れんぼがしたかったのかなぁ……天使ちゃん……どこかなぁ……」
声は施設のどこか奥から響いてきた。だが、その方向感覚が、恐ろしく曖昧だった。左から聞こえたかと思えば、次の瞬間には右から。天井の方から聞こえたかと思えば、足元の暗がりから這い上がってくるような気さえした。
ズシン、ズシン。
重い足音が、ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。
イリヤは物陰に身を潜め、マネキンの陰から通路の様子をそっと窺った。
非常灯の明滅する光の中に、巨大な影が浮かび上がった。
ピエロの化粧を施した、丸々と肥えた輪郭。だがその動きは、その巨体に見合わないほど滑らかで粘着質だった。まるで、床を這うようにして進んでいるような不気味な足取り。
「ふふ……ふふふふ……」
含み笑いが暗闇の奥から響く。イリヤは声を殺し、口元を両手で覆った。心臓の音が、あまりにも大きく響いて、それだけで見つかってしまうのではないかと錯覚するほどだった。
影が、ゆっくりと通路を横切っていく。イリヤの潜む物陰から、ほんの数メートルの距離を。
(お願い、お願い、気づかないで……!)
息を止める。指先が氷のように冷たくなっていく。
影が通り過ぎた。
安堵の息を吐きかけた、その瞬間――
「見ぃつけたぁ」
すぐ耳元で囁くような声が響いた。
「ひっ――!?」
イリヤは弾かれたように飛び退き、物陰から転がり出た。
恐怖に急かされるまま再び走り出す。
施設の奥へ奥へとイリヤは逃げ込んでいった。
通路は複雑に入り組んでおり、まるで巨大な迷路のようだった。案内板は錆びつき、非常灯の緑色の明かりだけが、頼りない道標として機能している。
背後から、絶え間なく足音が聞こえてくる。時に近く、時に遠く。まるで意図的に距離を測っているかのような不規則な足取り。
「逃げても無駄だよぉ」
声が四方八方から反響する。天井のダクトを通って響いているのか、あるいは彼女の恐怖がそう錯覚させているだけなのか、もはや判別がつかなかった。
通路の先に崩れかけたエスカレーターが見えた。動くはずのない階段が、闇の中でぼんやりと浮かび上がっている。イリヤはその脇の非常階段へと逃げ込んだ。
階段を駆け下りる。一段飛ばしで足がもつれそうになりながらも、必死に体を動かし続けた。
ふと、下の階から、何かの気配を感じた。
(え……?)
思わず足を止める。階下の暗闇の中に、何かが蠢いている気がした。
いや、気のせいだ。気のせいに違いない。イリヤは自分にそう言い聞かせながら、再び階段を駆け下りようとした。
その瞬間、階下の暗闇の中から、白く塗られた大きな顔が、ぬっと浮かび上がった。
「わぁ」
「ひぃぃぃッ!!」
悲鳴を上げて、イリヤは階段を駆け上がった。心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っている。背後から、楽しげな笑い声が追いかけてくる。
「あはは、驚いた? 驚いたぁ?」
まるで幼い子供が遊びに興じているかのような、無邪気な口調。だが、その無邪気さこそが何よりも恐ろしかった。
息が続かない。足がもつれる。それでもイリヤは走り続けた。
やがて通路の先に赤いピクトグラムの描かれた扉が見えた。トイレだ。
(あそこなら……)
個室に鍵をかければ、少しは時間を稼げるかもしれない。そんな一縷の望みを抱いて、イリヤは扉を押し開け中へと飛び込んだ。
女子トイレの中は外にも増して暗かった。窓はなく、非常灯の緑色の光だけが、洗面台の並ぶ空間をぼんやりと照らしている。鏡には埃が積もり、そこに映る自分の姿さえ、おぼろげにしか見えなかった。
イリヤは震える足で、一番奥の個室へと駆け込んだ。震える指で鍵をかけ、便座の蓋の上に体育座りで縮こまる。
(お願い……お願い、ここには来ないで)
息を殺し、両手で口元を覆う。涙が止めどなく溢れ、頬を伝って落ちていった。
しばらくの間、静寂が続いた。
自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。ドクン、ドクン、という鼓動が、まるで警鐘のように鳴り響いていた。
(大丈夫……大丈夫、きっと気づかれてない……)
そう自分に言い聞かせようとした、その時だった。
ギィ……という、鈍い音が響いた。
トイレの扉が、ゆっくりと開く音。
「ここに、いるんでしょぉ……?」
あの声だった。粘つくような、それでいてどこまでも悍ましい声音。イリヤの全身が氷のように強張った。
ペタン、ペタン、という湿った足音が、洗面台の並ぶ空間に響き始める。
ガチャン。
一番手前の個室の扉が、乱暴に開けられた音がした。
「いないねぇ……」
ガチャン。
二つ目の個室。
「ここにも、いないなぁ……」
一つ、また一つと、個室の扉が開けられていく。その音が近づいてくるたびに、イリヤの心臓は、今にも飛び出しそうなほど激しく脈打った。
ガチャン。
三つ目。
もう、次はイリヤの隠れる個室の、すぐ手前だった。
(もう、だめ……もう、見つかっちゃう……)
涙で視界が滲む。声を上げそうになるのを、必死に堪える。膝を抱える腕に、痛いほどの力がこもった。
「あれぇ……おかしいなぁ……」
チャンプの声が、すぐ近くから聞こえた。個室と個室を隔てる薄い壁一枚の向こう側に、あの巨大な気配がある。
ズッ、ズッ、と何かを引きずるような音。イリヤの隠れる個室の扉の前で、その足音が、ぴたりと止まった。
(――ッ)
イリヤは、息をすることさえ忘れていた。
扉の向こうに道化師がいる。その気配が、扉一枚を隔てて、痛いほどに伝わってくる。
時間が、止まったかのように長く感じられた。
だが――
扉は開かなかった。
ズッ、ズッ、という足音が、やがて遠ざかっていく。
(え……?)
イリヤは、信じられない思いでその音に耳を澄ませた。足音は徐々に小さくなり、やがてトイレの扉が閉まる、ギィという音が響いた。
そして静寂が訪れた。
しばらくの間、イリヤは動くことができなかった。呼吸の音すら憚られ、ただ膝を抱えたまま、じっと闇を見つめ続けていた。
どれほどの時間が経っただろうか。一分か、あるいは十分か。永遠にも思えるほど長い静寂の後、イリヤはようやく、詰めていた息をゆっくりと吐き出した。
「……い、いなくなった……?」
震える声で、自分自身に問いかける。
気配は、完全に消えていた。あの粘つくような声も、湿った足音も、もう聞こえてこない。
(気づかずに、通り過ぎてくれたのかな)
安堵の涙が、頬を伝って落ちる。
「よかった……よかったぁ」
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れる感覚。イリヤは震える手で顔を覆い、声を殺してすすり泣いた。
しばらくそうしていると、ふと頭皮に微かな違和感を覚えた。
(……?)
髪に何かべっとりとした粘液が付着している。
指先でそっと触れてみるとぬるりとした粘り気のある感触が指に絡みついた。
「な、に……これ……」
その瞬間、頬にぽたりと何かが垂れてきた。
「――っ」
ビクリと、体が大きく震える。冷たく、粘り気のあるそれが、頬を伝って顎まで滑り落ちていく感触。
嫌な予感が、胸の奥から急速に込み上げてくる。
イリヤは恐る恐る顔をゆっくりと上に向けた。
個室の壁の上。そこには天井との僅かな隙間から、大きく身を乗り出したチャンプの顔があった。
白塗りの化粧の道化師の落ち窪んだ目が爛々とした光を宿してイリヤを見下ろしている。三日月のように歪んだ口元から唾液がだらしなく垂れ落ちていた。
「みぃつけたぁ」
しわがれた、それでいて歓喜に満ちた声が、狭い個室の中に響き渡る。
「――――ッ、いやあああああああああああああああああああッ!!!」
喉が張り裂けんばかりの絶叫が静まり返った施設の中に木霊した。
【F-8 ショッピングモール/深夜/1日目】
【イリヤスフィール・フォン・アインツベルン@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]:疲労、極度の恐慌、失禁
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]いやあああああああああああああああああああッ!!!
1:誰か助けて……。
[備考]
※参戦時期は不明です。
【チャンプ@アカメが斬る!】
[状態]:健康
[装備]:帝具「快投乱麻ダイリーガー」
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:不純物がない天使を凌辱してから殺す。
1:ようやく見つけた天使を逃さない。
2:不純物がない天使の凌辱を最優先。
3:凌辱を邪魔する大人は殺す。
4:それ以外の参加者も適当に殺す。
地に伏したダークマイトの巨躯から、まだ薄く煙が立ち上っていた。
「ぐ……があ……ッ」
全身を焼かれた激痛に、うめき声が漏れる。指先が痙攣し、意志とは無関係に痙攣を繰り返していた。金の指輪は熱で歪み、白いスーツは無残に黒く焦げ、その下の筋肉すらも痙攣し続けている。
これまで彼は力というものに絶対の自信を持っていた。ゴリーニ・ファミリーを束ねる圧倒的なカリスマも、個性『錬金』が生み出す破壊力も、すべては彼にとって揺るぎない拠り所だった。
だが今、彼の心を支配しているのは、これまで感じたことのない感情、恐怖だった。
(な、なんだ……なんなんだ、この老いぼれは……ッ)
拳を握ろうとしても、指先が震えて力が入らない。目の前がチカチカと明滅し、平衡感覚すらおぼつかない。
「随分と情けない姿だ。新時代の象徴を名乗るには、いささか惨めではないか?」
シディアスの嘲笑うような声が、頭上から降ってくる。両手のライトセーバーが虚空で静止したまま、青白い光を放っていた。
「く……この俺が……ッ」
ダークマイトは奥歯を噛みしめ、震える腕でどうにか上体を起こそうとする。だがその動きは、老いた皇帝の目には児戯にも等しく映っていた。
「無駄な足掻きを」
シディアスが右手を掲げる。再び雷撃を放とうとした、その瞬間――
「そこまでだッ!!」
虎杖の怒声とともに呪力を纏った拳がシディアスの側面へと叩き込まれた。
「くッ――」
シディアスは後方に跳躍。虎杖は間髪入れずに連撃を放った。
「おっさん、しっかりしろ! 今の隙に立て!」
「――ッ、す、すまん……」
珍しくダークマイトが素直に謝罪の言葉を口にした。震える足に力を込め、どうにか立ち上がる。全身の痛みが激烈だったが、それでも彼のプライドが地に伏したままでいることを許さなかった。
「なるほど……お前の方が厄介なようだな」
シディアスの黄色い瞳が虎杖を見据える。
虎杖は地を蹴り再びシディアスへと突撃する。呪力を全開にした拳が次々とシディアスへ叩き込まれていく。だが老いた皇帝は片手だけで握られた光刃が下段から掬い上げるように、あるいは切っ先を突き出すようにして最小限の動作で拳をいなしていく。
その太刀筋には長い年月をかけて研ぎ澄まされた確かな剣技の裏付けがあった。
次の瞬間、狙いすましたように、刃の切っ先が虎杖の急所を掠めた。
「な――ッ!?」
喉元、脇腹、膝の裏。まるで急所という急所を最初から知り尽くしているかのような、精密な一突き。虎杖はかろうじて体を捻って致命傷を避けたが頬に浅い傷が走る。
「うおおおおッ!!」
激痛に顔を歪めながらも、虎杖は歯を食いしばって踏みとどまる。呪力で傷を強引に抑え込みながら間合いを取り直した。
(速い……ッ、しかも、無駄が一切ねえ……!)
息一つ乱さずシディアスは涼しい顔のままだった。片手剣による対剣士戦に特化した、極めて効率的な型、消耗の少ないその剣技は長期戦になろうとも些かも揺らぐ気配がなかった。
「遊びは終わりだ」
シディアスの瞳に獰猛な光が宿る。次の瞬間、その動きが根本から一変した。
両手に握り直された二刀のライトセイバーが静と動を目まぐるしく反復する、不規則極まりない軌道を描き始める。一瞬前まで止まっていたはずの刃が、瞬きの間に虎杖の間合いへと滑り込み、かと思えば唐突に静止し、また唸りを上げて牙を剥く。まるで、途切れ途切れの悪意そのものが刃となって襲いかかってくるかのようだった。
「ぐ……ッ!?」
読めない。次の一撃がどこから来るのか、まるで予測が立たなかった。呪力を纏った虎杖の拳が受けを試みても、刃はことごとくその意図をあざ笑うようにすり抜けていく。
これは、怒りと、悪意に満ちた優雅さを体現する剣技だった。本来、これほど攻撃的な型を極めることは、心を暗黒面に大きく傾けかねない危険を孕んでいる。だが、目の前の老人にとって、それはもはや杞憂でしかない。とうの昔に暗黒面へと身を投じた者にとって、この剣技を振るうことに、何の躊躇いも代償もありはしなかった。
「があッ――!」
振り抜かれた一撃が虎杖の腕を浅く裂く。追撃するようにもう一振り、体幹を刈り取るような横薙ぎが迫る。
「くそがッ!」
虎杖はどうにか身を捩ってそれを躱すが、体勢が崩れる。その隙を、シディアスが見逃すはずもなかった。
シディアスの体がふわりと宙に舞った。
老体とは到底思えぬ跳躍。フォースによって強化された肉体が、まるで重力から解き放たれたかのように高々と舞い上がる。虎杖の頭上を飛び越えながら独楽のように体を回転させ、着地の勢いすら殺さぬまま背後からライトセイバーを振り下ろす。
跳び、転がり、壁を蹴って再び宙を舞う。あらゆる方向から、あらゆる角度で刃を届かせる、この上なくアクロバティックな剣技。大柄な老体がまるで少年のように宙を舞う姿は異様で、そしてどこまでも恐ろしかった。
「なッ――!?」
完全に予測外の軌道だった。虎杖は咄嗟に地を転がってかろうじて直撃を免れたが、背中に浅い裂傷が走る。
これまで戦ってきた敵とは、根本的に力の性質が異なっている。呪力とはまた別の理、フォースとライトセイバーによる剣技。老いた肉体に似合わぬ幾重にも重なった超人的な剣術は虎杖にとって未知の脅威だった。
ダークマイトは、震える足で地を踏みしめながら、目の前の光景を見つめていた。
(このままでは……このままでは、まずい)
これまで幾度となく修羅場を潜り抜けてきた。ヨーロッパの犯罪組織の頂点に立ち、裏切り者を粛清し、敵対組織を叩き潰してきた。だが、目の前の老人が放つ「力」は、それらとは明確に一線を画していた。
まるで逆らうことそのものが罪であるかのような圧倒的な絶対者の気配。
自分こそが新たな象徴であると豪語してきた。
だが今、彼の目の前にいるのは、自分よりも遥かに巨大な力を体現した存在だった。恐怖という感情が彼の中で急速に膨れ上がっていく。
「くそ……くそったれ、が……ッ!」
それでもダークマイトは拳を握った。右腕に再び光を収束させる。今度は先ほどよりも慎重に間合いを計りながら――
「悪あがきを」
シディアスが片手だけで虎杖の攻撃をいなしながら、もう片方の手をダークマイトへと向ける。指先から迸る青白い電光が、再びダークマイトを狙って放たれた。
「おっさん、避けろッ!!」
虎杖の叫びにダークマイトは咄嗟に横へ跳んだ。だが完全には躱しきれず、雷撃の一端が右腕を掠める。
「があああッ――!」
肉が焼ける激痛。それでもダークマイトは、その勢いのまま拳を突き出した。
「これが――ッ、象徴の力だぁぁぁッ!!」
金色の光を纏った拳がようやくシディアスの体に届くかと思われた。
「愚か者め」
シディアスの両手から、これまでとは比較にならない密度の雷撃が解き放たれた。
夜の渋谷を青白い閃光が埋め尽くす。虎杖は咄嗟に地を這うように身を伏せ、辛うじて直撃を免れた。だが、その余波だけでも凄まじく、全身に痺れるような激痛が走る。
黄金の拳は溶け落ちダークマイトは今度こそ完全にその一撃をまともに受けてしまった。
「ぁあああああああああああああああッ!!!」
絶叫が夜空にこだまする。青白い雷光に全身を包まれ、身に纏ったメッキが剥がれ落ち、その場に崩れ落ちる。
「お、おっさんッ!!」
虎杖が悲鳴じみた声を上げる。
ダークマイトの体はピクリとも動かなかった。目は虚ろに開いたまま、口の端から泡混じりの血が垂れている。
(死んだ……のか……?)
一瞬、そんな考えが虎杖の脳裏をよぎった。だがその時、微かにダークマイトの指先が痙攣するように動いた。まだ息がある。だが、これ以上の攻撃を受ければ確実に絶命する。
「くそ……ッ!」
虎杖は歯を食いしばり、シディアスとの間合いを詰め直す。もはや、逃走以外の選択肢はなかった。
シディアスが静かに両手を掲げる。怒りの炎はまだ収まっていない。むしろ二人の獲物を仕留めきれなかった苛立ちが、さらなる破壊衝動を掻き立てていた。
「うおおおおおおおおおおおッ!!!」
虎杖は地を蹴った。倒れたダークマイトの体を無理やり肩に担ぎ上げ、呪力を全開にして跳躍する。
筋骨隆々の巨躯を担ぎながらの疾走は楽ではない。だが、ここで見捨てるという選択肢は虎杖の中に存在しなかった。
シディアスが放った雷撃が、二人の背後を追い縋る。ビルの壁が抉れ、看板が吹き飛び、路面電車の残骸が爆散した。
夜の渋谷に、青白い雷光が幾筋も奔っていた。
虎杖は肩で息をしながら、地を蹴った。全身に刻まれた裂傷が、動くたびに鋭い痛みを訴えてくる。呪力の残量はもはや底を尽きかけていた。
虎杖はイリヤが逃げた方向とは正反対の路地に進まざるを得なかった。
(イリヤ……頼む、無事でいてくれ……!)
振り返る余裕すらなかった。ただがむしゃらに少しでもシディアスから距離を取ることだけを考えて入り組んだ路地を駆け抜けていった。
雷撃が背後のビルの壁を抉る。瓦礫が飛び散り、粉塵が舞い上がる中を虎杖は必死に走り続けた。
◆
どれほど走っただろうか。
やがてシディアスの気配が、徐々に遠ざかっていくのを虎杖は肌で感じ取った。
複雑に入り組んだ路地の奥、朽ちかけた雑居ビルの陰に二人はようやく身を潜めることができた。
「……逃げ切った、のか……?」
息も絶え絶えになりながら虎杖はビルの陰にダークマイトの体を横たえた。全身汗だくで、呪力の消耗も激しい。呼吸を整えながら、彼はダークマイトの容態を確認する。
「おい、おっさん……生きてるか」
「……げほッ……ゲホゲホッ……」
咳き込みながらダークマイトが目を開いた。焦点の定まらない瞳が、ぼんやりと虎杖を見上げる。
「……ボーイ、か……」
「良かった、意識あるじゃねえか」
安堵の息をつく虎杖に対し、ダークマイトの表情はこれまでのような自信に満ちたものではなかった。その目には、消えることのない恐怖の残滓が色濃く滲んでいた。
「……あれは……なんなんだ……」
「え?」
「あの老いぼれ……あの力は……」
ダークマイトの手が微かに震えている。強がりも、虚勢も、もはや彼の口からは出てこなかった。
「……おっさん」
虎杖はその様子に僅かな違和感を覚えた。これまで散々、力こそが全てだと豪語してきた男が、今、明確に怯えている。
フォース・ライトニングは単なる電撃ではなく暗黒面のフォースそのものだ。それを直に受けたことによりダークマイトの精神は暗黒面の恐怖に浸食され始めていた。
「……イリヤ」
虎杖が、ぽつりと呟いた。
「あいつ……無事に逃げられたかな」
虎杖の脳裏に、あの瞬間の光景が蘇る。震える背中で暗闇の奥へと駆けていった小さな少女の姿。あの後、彼女がどうなったのか今の虎杖には確かめる術がなかった。
(俺が逃がしたんだ……逃がして、正解だったはずだ)
そう自分に言い聞かせようとしても、拭いきれない不安が、胸の奥にどす黒く渦巻いていた。非力な小学生の少女が、この殺し合いの舞台で、たった一人で生き延びられるのだろうか。
「……ッ」
虎杖は震える拳を握りしめた。そして、その拳を、力任せに地面へと叩きつけた。
ドッという鈍い音が響く。拳の皮膚が擦り剥け、血が滲む。それでも彼は、もう一度、もう一度と、拳を地面に打ち付け続けた。
「くそッ……!」
声にならない叫びが、喉の奥から漏れる。自分の無力さへの怒り。イリヤを一人にしてしまったことへの後悔。それらの感情が、渦を巻きながら虎杖の胸を締め付けていた。
「……無事でいてくれよ、頼むから」
最後は消え入るような呟きだった。
傷ついた二人の男は、動くこともできないまま、ただ静寂の中に身を潜め続けていた。
【H-8 雑居ビルの陰/深夜/1日目】
【虎杖悠仁@呪術廻戦】
[状態]:負傷、行動不能に近い疲労
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]人を助ける。
1:イリヤ、無事でいてくれ。
2:今は動けない。回復を待つしかない。
[備考]
※参戦時期は不明です。
【ダークマイト(バルド・ゴリーニ)@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:全身火傷、行動不能に近い疲労、暗黒面の恐怖の浸食
[装備]:金の指輪と沢山の金貨@僕のヒーローアカデミア、賢者の石@鋼の錬金術師
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~1
[思考]……。
1:……これが恐怖?
[備考]
※参戦時期はダークマイトを名乗ってからです。
闇に包まれた渋谷の一角でダース・シディアスは獲物を逃した苛立ちをまだ引きずっていた。
「……逃げたか」
しわがれた声が静寂に溶ける。両手のライトセーバーを袖口へと収め、シディアスはゆっくりと歩き始めた。
(獲物を仕留めきれぬとは)
だが殺し合いの場ということもあり島には暗黒面のフォースが徐々に満ち始めている。
首輪があったとしても、いずれフォース・ライトニングは本来の威力を取り戻すだろう。
「また会えば必ずや息の根を止めてくれる」
その言葉には揺るぎない確信が滲んでいた。ジェダイ騎士団を滅ぼし、銀河を掌握したこの男にとって、たかが殺し合いゲームなど児戯に過ぎない。
「さて」
シディアスは、ゆっくりとローブを翻し、夜の街の奥へと歩き出した。
「次の獲物は何処にいる」
【G-8 路上/深夜/1日目】
【ダース・シディアス@スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐】
[状態]:極度の憤怒と屈辱
[装備]:ライトセーバー×2
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1
[思考]:全参加者を暗黒面の力で殲滅する。
1:制限されたフォースの力を怒りで補い敵を狩る。
2:最後の一人になった暁には主催者への復讐を果たす。
最終更新:2026年08月13日 11:17