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『はらいもどしRabbits!』


(キャラ) 伏黒恵、西住しほ




……
………

“……あのさぁ、恵って脳みそついてるの?”

『は?』


“人間には脳があるんだからさ。相手がどう思うか考えて手を差し伸べたり、少しは優しい言葉をかけたりできるでしょ”

『何の話だよ』

“そういうところ”

『あ?』

“すぐ「あ?」って言うところ。なんで恵って、すぐ喧嘩するみたいな顔になるの?”

『元からこういう顔なんだよ』

“じゃあ性格の問題だね”

『……うぜぇ』

“ほら、また。……やっぱり聞くけど、恵って脳みそある? 何かあったらすぐ喧嘩脳。脳が野生動物すぎでしょ”

『つーかファミレスで脳みそ脳みそ言うな。鉄鍋のジャンで脳みその茶碗蒸し読んだ後なんだよ。食えなくなるだろ』

“バッチリ平らげてるじゃない。チビっこガキ大将”

『うるせぇ。食うだろ、頼んだんだから』

“そういうところだけ妙に律儀だよね、恵って”

『ほっとけ』


“……”

『……』


“……ほら、これ食べな”

『……あ? いらねぇよ。津美紀の分だろうが』

“いいんだよ、恵は育ち盛りなんだから”

『んだよその典型的な姉みたいな台詞。だからいらねぇって』

“遠慮しないの”



“ほらって────。”






──経済とか、
──司法とか。

────どれだけ綺麗な仕組みで包んだところで、根底にあるシステムは何も変わらない。


────この世は、『不平等』で回っている。




………
……


 被害者。
顔も身体も原型を留めないほど叩き潰されて、お決まりの報道規制。
ニュースの画面に流れるのは、生前の遺影写真一枚。作り笑顔の写真を横目に、キャスターが申し訳程度に痛痛しい顔を作ってみせる。
遺族がどれだけ泣き叫ぼうが、犯人を呪おうが、この世界に因果応報なんて訪れない。
絞首刑なんて聞こえのいい言葉を使っても、捕まったデブは頸椎骨折で苦しむ暇もなく即死するだけだ。

船が難破した時だってそうだ。
船員が救命ボートに乗せるのは、決まって金の匂いがするオヤジからだ。
当たり前だ。そのほうが後でバックがある。
そうやって助かった成金が、後になって本を出す。
「沈みゆく子供たちの顔が、この事故のすべてを物語っていた」とか何とか。
沈んだ子供には、募金額ほどの金も入らない。

別に俺は、今さらそれらを「理不尽だ」なんて青くさいことを言うつもりはない。
世界は最初から不平等にできている。
幸福の量も、不運の割り振りも、生まれ落ちる場所も、与えられた才能も。人を助けるための力すらも。
勝つ奴がいて、負ける奴がいる。
ただ、それだけの話だ。

そんな不平等な世界で、俺は五条先生の下、呪術師として立ち回ってきた。
不平等の渦中で、自分なりの基準で人を助けてきた。
誇りや矜持があるわけじゃない。本を書いて語るほどの熱量も持ち合わせていない。
だが、自分が呪術師として重ねてきた選択は間違っていなかったはずだと。
そう思っていた。


いや。



そう、
言い聞かせていた。




 ────“ま、ま…………”



「…………。──」


「──水を……媒介にした干渉。出現地点も固定じゃない。対象を決めて追跡するタイプ。残穢が薄かったのは、ここが本来の縄張りじゃなかったからだな。──」

「──……三級相当。本拠地なら準一級まで見た方がいいな。──」


「────……『河合美津子』」



 参加者アプリに並ぶテキストを淡々と追う。
それをバカ正直に口に出している自分。ファミレスの席に座りながら、タッチパネルの埃ひとつ拭おうとしない自分。
ガラス窓に薄っすら映る自分の顔は「普段」の自分と比べて、──どれくらい変わっているんだろうかって。
店内の明かりが甲高く響く中、俺は静かにスマホの画面を落とした。


「…………結論。玉犬を出すまでもなかった──」

「──まあ、式神は使い捨てじゃないけど。……どうでもいいか。──」

「──……、……………………。……」


 ……河合美津子。

……元よりの話だ。
こういうタイプは日々祓ってきたもんだから、俺の直感も正しかった。
ゲーム開始直後遭遇した呪霊……河合美津子という少女は、説明文が答え合わせしてくれた通り脅威。
他の参加者の生存率を考えれば、即座に祓除するのが最適解だ。
想像すれば分かる。
子供の姿に気を許して手を差し伸べた瞬間、呪いが伝播する。
「大丈夫だ」なんて声をかけた時には、自分が水死体みたいに膨れ上がって終わりだ。
あの存在はただのテロ。
買った物件の庭に最初からトリカブトが繁茂していたような、どうしようもない不条理。
だから、不動産屋は事前に除草剤を撒くまで。
俺の判断も、決して間違いではなかった。


……。

…………間違いじゃねえから、
……俺はこうして、自分を『正当化』している。



「……虎杖」


 ……いや、なんなんだろうな。
参加者名簿に並ぶ名前の中、あの河合美津子と同じカテゴリーに放り込まれているアイツの名前を、……無意識に口にしていた。
「虎杖ならどうしたか」なんて思考に逃げたわけじゃない。
そんな仮定に何の意味もない。

……バカか、俺は。何が『正当化』だ。
仮に虎杖があの少女を助けようとしたところで、五条先生が呆れて目隠しをずらすのが落ちだ。
教育番組の道徳アニメじゃあるまいし、あの手の呪いを都合よく「浄化」してハッピーエンドなんて奇跡、存在するわけがない。
それだってのに俺は、さっきから同じことを考えてる。
意味もなくライターを開いて。閉じて。また開く。
カチ、カチ、と。緑色の火が、向かいの座席の俺の影を照らす。

置かれた状況を考えれば、俺が今やっているのは術師として最悪なレベルの非効率だ。
……本気でバカらしい。


「……虎杖のヤツ、絶対今頃誰か助けて。んでデニーかサイゼで励ましたりとかしてんだろ。……根拠も何もない想像だけど。──」

「──……ったく。あいつと合流したら、一言──」



 ────“まま…………”


  ────“…………ママ……”



……
………

──『私はね、誰かを呪う暇があったらさ、大切な人のことを考えていたいの』

──『恵……』

………
……




「……」



 ……もう一つ、事実を並べておくなら。
──俺が祓ったのが、まだ小さな女の子だったことも。
──最後にその子が呼んでいたのが、たぶん、この世で一番会いたかった人間だったことも。



「…………」



ライターの火が揺れる。
その頼りない緑色の光よりも。
向かいの座席で歪んでいる自分の影の方が、今の俺にはよっぽど鮮明に見えていた。


「……………。──」






「──マッチ売りの少女かよ。……さて、行くか」


 ……ああ、そうだ。
過去を振り返っている暇なんて、今の俺には一秒もない。
魔導火のフタを弾いて閉じると、俺は思い出したように再びスマホの画面を立ち上げた。
命の授業主催者・森口のヤツが言っていたが、全参加者には『タクシー手配アプリ』が強制インストされている。
GOでもDiDiでもない。『Life+ Taxi』。ふざけた名前のアプリだ。
説明文の記述を真に受けるなら、タップ一つでバック・トゥ・ザ・フューチャーよろしく空間の隙間から車が跳び出してくるらしい。
……これも未知の呪術か何かで納得しろというのか。バカバカしい。


「宇田川まで……でいいか。……歌舞伎町に長居するのも気味が悪い」


画面内に映る、ニコやかなカメのピクトグラムと、その下に並ぶ『GO』の二文字。
使う必要があるかと言われれば、別にない。
それでいて、試すだけなら害もない。
俺はそいつを、無感情のままタップしようとした。



──……ああ、察しはつくと思うが。
──“タップしよう『とした』”ということは、その瞬間に余計な介入が入ったということだ。
──いちいち長々と説明するまでもない。



 ──キキイィィィィィィィッ


「……ッ!?」



 ショーガラス越し。
けたたましいブレーキ音に、俺は思わず顔をあげた。
薄暗いネオンの中へ滑り込んできたのは、黄色い車体。
やけに古臭い、アメリカ映画にでも出てきそうなタクシーだった。
……散華斑痕刀を抜くか、式神を出すか。
コンマ数秒の判断を迫られる中、────『ソイツ』は車内から姿を現した。



「……は?」


開きっぱなしのドアから降り立つ乗客。
その姿を認識した瞬間、俺の攻撃モーションは完全に弛緩した。

──なぜなら、ソイツは一般人の女だからだ。


そして、その女性は俺と視線が交差するや否や。
ツカツカ姿勢正しく、歩み寄り、ガラスをコンコンと叩いた。


「伏黒恵さん、ですね」

「…………は? ……は?」

「無駄な脅迫も、不誠実な友愛の辞儀も今は省きます。ですが、──あなたには拒否権はありません」

「あ????」


「タクシーへ。ご同行願います」


そう告げると、女性は静かに店内から出てくるよう促すジェスチャーをしてみせた。
俺はその言葉に、正確なアンサーは出せなかった。
……いや、自分でも呆れるくらい、思考のタガが外れたツッコミしか口から出せなかったんだ。

──なぜなら、その女は、
……露出度の高い『バニーガール』衣装だからだ…………ッ。
……それも、どう見ても相応の年齢を重ねた大人の女性が……だぞッ。



「どういう……」

「ええ」

「…………どういうシチュエーションだよッ」



…………もう一度言う。
ここ、『歌舞伎町』だぞ。


………
……



“英国には、こんな格言があります”

──夜の始まりだ、バニーガール。
──豊かな胸元は紳士の視線を奪い、しなやかな脚は帰り道を忘れさせる。
──けれど、何より恐ろしいのは二本のうさ耳。

“それを前にしてなお理性を保てる男がいるのなら、きっと彼の紅茶は、夜明けまで冷めることがないでしょう……”









………
……



 チッ、『脱兎』出せってか。
ふざけやがって…………。


閉鎖された車内。
窓の外を滑り落ちていく、歌舞伎町の無機質なネオン。
助手席に座ればいいというのに、すぐ隣から伝わる距離感──車体が揺れるたび。視界の端を掠める脚のラインが、俺の精神を削りにきていた。

……ああ、面白いだろうよなァ主催者。
『防犯のため車内を録画しております』という提示カード。
前方に設置された監視カメラ、ついでにダッシュボードのカーラジオを、俺は鋭く睨みつけた。


『うさぎ追いし~~~♪ かの山~~~~~♪ ……お届けした曲は高田ちゃんcoverで、『ふるさと feat マジLOVE♡』でした』

「チッ……!! 狙って流してんのか、クソが……」

「……」


拳の中で湧き上がる脱力感を、俺は強く握りつぶす。
西住しほ──。
──以上、自分の素性は名前までしか明かさないその女と共に、俺は当てもなく車に揺られ続けていた。



「……やはり、気になりますか。私の服装が」

「いや、いいです。……さっき聞いたので、もう十分です」

「そうでしょうね」

「…………そうでしょうね、ですか……ッ」


 ……カーラジオの曲が変わる。
『ドンマイドンマイドンマイドンマイ~~、泣かないで~~~~♪🐰』
……どういう選曲だよ。
やっぱり煽ってきてるだろ。……ふざけやがって……っ。

……チッ、話を聞いた限りだ。
この西住しほという女の目的は、殺し合いそのものを破綻させることらしい。
少なくとも、好んで人を殺すつもりはない。その点だけなら俺と利害は一致している。
……とはいえ。
それだけの理由で疑いもなく同行を選んだ俺も俺だが、この女、胡散臭いなんて生易しいレベルじゃない。
よく言えば底が知れない。
悪く言っても底が知れない。
質問すれば返答は来る。だが、必要最低の回答しか寄こさない。
必要最低限しか話さないくせに、一言喋るたび余計な疑問が増えていった。


「あの、それで」

「なんですか、恵さん」

「……その『実質主催者打破』って話。…………勝算はあるんですか」

「勝算を精査し、足を止めている猶予はありません」

「……」


「このゲームにおける【勝利】の定義を、まず改める必要があります」

「勝利……」

「多くの良識ある参加者は、倒すべき敵を主催者『だけ』だと考えるでしょう」

「…………違うと?」

「ええ。──」


「──ゲームのルールに屈し、他者を害する参加者もまた、我々にとって明確な敵対勢力です。彼らを放置して主催者のみを追えば、その過程で無駄な犠牲が増え続ける」

「……だから先に、ゲームに乗った連中を潰すと」

「その通り。まずは同志を募り組織化。その上でゲームに乗った参加者層へと圧力をかけ、その延長線上に初めて主催者の首がある。……この、殲滅戦。──」


「──いわば、『二兎を追う者は一兎を得ず』……でしょうか」

「…………ィッ。……今の、絶対狙いましたよね……ッ」

「何のことでしょう」

「…………っ、もういいです」


 ……ああ、何度でも言ってやる。
大ダメージだ。西住しほの発する一言一言……いや違う。
その存在そのものが、なんだか人類史これまでを否定されたような気にさせられる。


 クソッ……。何が勝利の定義だ。
思い返せば、俺はこいつと会って早々、当然のように聞いたもんだ。
「なんですか、その服」。
……どんな初対面の挨拶だよ、と自分でも思う。
すると奴は、微塵も動じずにこう言い放った。



……

“【勝利】、とは”

『は?』

“敵対する者を打ち破った末に得られる結果。一般には、そう定義されるのでしょう。──”

“──では伺います、伏黒恵さん。このゲームにおいて……森口悠子は、あなたの『敵』ですか”

『はぁ? ……そりゃ、敵に決まって──』

“いいえ、違います。与えられた情報だけを事実として受け入れる。その姿勢もまた、ここでは死に直結します”

『……意味分かんねぇっす』

“善か悪か。私はいずれ、その単純二元のもと、動かねばなりません。──”

“──ですが、森口を一人の『人間』として見た場合。……ルールを説明する彼女から、このゲームそのものへの生気を、私は感じませんでした。──”

“──ええ、あくまで私個人の見立てに過ぎませんがね”

『……』


“一人の人間が私へ、何らかの意図をもって私へ支給した、この衣装。──”

“──有難く着るのもまた、ゲーム打破を志す者には必要な余裕なのです。”

『…………』


“……もっとも、この陸戦用ストライカーユニットを運用する以上、脚部を覆わないこの服装は合理的ですからね”

『……陸戦ウィッチ……。脚、こっち向けないでもらえます?』

……


 ──この通りだ。
理屈が通ってないなら、まだ突っ込める。
だがこの女。少なくとも本人の中じゃ、一切ブレてないし、理論を完結させてやがる。
だから質が悪い。だから余計に、こちらから反論の挟みようがない。
見た目はブっ飛んでるっつうのに、中身は真面目……それ以上だから始末に負えない。


思えば、素性についてもそうだ。
西住しほ。この女は自らのバックボーンをほとんど語らない。
普段どういう生業をしているのか。どういう立場の人間なのか。何を知っていて、何を知らないのか。
問い詰めても、徹底的に削ぎ落とされた最低限の返答しか戻ってこない。
そのくせ──俺の情報だけは、いつの間にかほとんど根こそぎ持っていかれていた。

呪術高専。呪術師。
術式。式神。
……宿儺。

自分からバカ正直にペラペラ喋った覚えはない。
一つ答えれば、その単語の端を引っ引っかけて次の問いを投げてくる。
それに答えれば、今度は前の回答との矛盾がないか、淡々と外堀を埋めて確認される。
「あ」と思った時には、もう手遅れだった。

そして現在。
西住しほは、俺から聞き出した情報をダシに、さっきから一人でブツブツ呟いている。


「『鵺』……飛行能力を有し、上空からの偵察も可能。航空戦力として考えれば、運用の幅は広い。──」

「──『蝦蟇』。舌による拘束、救助にも転用可能……」

「…………」


 ……何言ってんのか意味が分かんねえ。
「こいつの話してることの意味が分かんねぇ」って事実そのものが一番怖いし、俺の思考が完全に敗北してる証拠だ。
負けてんだよ、俺は。
…………「悔しいが~」なんて表現で収まる域じゃない。
言うなら、ニュートンがリンゴ五百個爆発したのを見て、宇宙超越式万有引力を発見したってくらい……、




 ────“まま…………”


  ────“…………ママ……”



 『ママ』。



 ──、──、

 ──。




「…………。──」


「──……ところで、西住さん」

「ええ。何でしょう」



……そんな支離滅裂さで、
俺はさっきから見て見ぬふりをし続けている『あの子』の残像を、必死に塗りつぶそうとしていた。






……
………


────塗りつぶしたかった。


“恵はさ、将来、何になりたいとかある?”

『オムライス食ってる時にする質問かよ、ブス』

“じゃあオムライス食べてる時って、何の話すればいいの?”

『…………』



────河合美津子。
────消したいとかじゃない。
────そもそも、考える必要のないことだった。


『……ラーメン屋でいいわ、夢』

“何それ”

『一杯千二百円で出して、原価抑えりゃ生活は安定する。こんな狭ぇ団地からも出られる』

“夢が具体的すぎるんだよ、小学生のくせに”

『俺の将来設計に口出すな、ブス』

“はいはい。立派な経営者になってください”


────だけど。
────河合美津子の件を『塗りつぶす』こと。
────それが「正解」である理由は、単に術師としての合理性に基づいた最適解だからだ。
────それ以上の意味も価値もない。


“私はね、恵”

『……』

“もうちょっと違う恵も、見てみたいかな”

『…………何だよそれ。普通に言え』

“恵のその手ってさ、いつも誰かを殴るために固められてるでしょ? ……そういうのじゃなくて”

『あ?』



────なら、『俺』にとっての最適解は。
────……本当に。
────塗りつぶすことなのか。



“いつか、その手で別のものを持ってる恵も見てみたいなって”



────…………。
────塗りつぶしたかった、というのに。



『ポエマーうっぜぇ……。いいか、俺はな──』


………
……


「────河合美津子さんを『祓った』」

「…………」


「そういうことですね。恵さん」

「…………はい」

「ならばお聞きします。その報告を私になすことで、貴方は免罪符を得て救われたいのですか?」

「は? ……いや、違いますよ。………。──」


「──…………そういう甘えた話じゃなくて。……というか。……俺は」

「…………」



 ……俺はまた、バカ正直に西住しほへ全てを話していた。
ついさっきまで、自分が何をしていたのか。
河合美津子という呪霊と遭遇して。玉犬を出して。祓った。
──その一部始終を。

……こればかりは、誘導されたわけじゃない。
巧みな質問の罠を仕掛けられて、気づいた時には外堀を埋められていたのとは訳が違う。
俺自身から口を開いたんだ。まるで、幼少期の子供が親に泣きつくみたいに。
その無自覚な自分の愚行に、俺自身が誰よりも困惑していた。


……どうかしてる。

害を及ぼす呪術的脅威を排除した。
ただ、それだけの作業だ。
それだけの話なのに。

俺は、「ママ」と助けを求める、
あの子を────、



──、

────。


…………。
ルームミラー越しに映る、西住しほの顔。
視線が交差しているはずなのに、俺の脳はそれを全く情報として認識できていなかった。


「ええ、違うのでしょうね。それでいて、私から『貴方は間違っていた』と、断罪されたいわけでもない」

「…………」

「この沈黙は、言葉通りの肯定と受け取っても?」

「……好きにしてください」

「……」



 絞り出す、ってのはたぶん、今みたいな声のことを言うんだろう。
俺と西住しほ。二人の沈黙とは対照的に、車内は喧しかった。
ラジオのパーソナリティが繰り広げるくだらない言い合いに、俺は心の中で虚しいツッコミを入れ続ける。
カチ、カチと無機質に加算されていくメーターの数字は、すでに三千円を超えていた。
請求先は当然のように俺だ。「殺し合いさせといて金まで毟り取るのかよ」と冷めた毒づきが頭を掠める。
窓の外じゃ、ネオンの光が濡れたアスファルトを切り裂くように流れていく。

──ひとつ、またひとつ。
──どうでもいい雑念で頭を埋め尽くそうとしては、現実が俺を呑み込んでくる。


「なぜ、何の生産性もない弱音をこの女に吐いたのか」なんて、いまさら自問自答したところで手遅れだ。
このタクシーが目的地へ向かって一直線するように、時間は未来へ進み続ける。
狂いなく回り続ける時間の歯車の隙間に挟み込まれて、俺は引き潰されていく感覚に襲われている。


「……“好きにしてください”。そう仰いましたね。恵さん」

「……」


凍りついた空気の中。
ダッシュボードの車内時計を意味もなく凝視していた俺の端で、西住しほがこちらへ視線をスライドさせたのが分かった。
俺は向き直らなかった。
ただ、無表情に時計のデジタル数字を追い続ける。
あと一分で、午前三時を迎える。
……それがどうした。

これからこの女に何を言われようが、全て右から左へ受け流すつもりだった。
安っぽい慰めを掛けられようが。軽蔑を込められて責め立てられようが。
正直、もうどうでもよかった。


「なら、私も好きにさせていただきます。以下は、貴方の為でも、美津子さんのためでもありません。私の自己満足です」

「……なんですか」



──心底、どうでもよかったはずなのに。……それなのに。



「運転手さん、──参加者・『河合美津子』がいる場所へ向かってください」

「……あ?! あ、アンタ……何言って──」



無人運転席へ、そう一言。



 キキッ──


  ブゥゥゥ──────


 ────、


 ……──、


   ────
  ──
 ──。




「……嫌みのつもりですか」

「そう受け取られても否定はいたしません。……ですが、何度でも繰り返します。これは私の自己満足です」

「……」


 ハザードランプの規則正しい点滅音が、ぼんやりと鼓膜を叩き始めた頃。
車外に出た俺は、西住しほが古びた門の前に佇んでいることに気づいた。
──河合美津子の黄色いレインコートだけが残された、あの場所。
その無惨な痕跡に向かって、彼女は静かに、隙のない動作で祈りを捧げていた。


……言うまでもないが、そこに遺体なんて残っちゃいない。
玉犬の鋭い牙にすら、あの少女の痕跡や肉片の一片すら付着してはいないはずだ。
何も存在しない「無」の空間に対して、真摯に頭を垂れる西住しほ。
そして、その「無」に自らの思考を囚われたまま、立ち尽くすことしかできない俺。
どれだけ時間が経とうと、澱のように溜まった霧が晴れるような感覚は、どこにも存在しなかった。

だけども、──ひとつだけ。
俺は西住しほへ、ずっと喉の奥に引っかかっていた疑問を問い投げていた。


「……参加者」

「……」

「タクシーで指定すれば、その人間がいる場所まで直接行ける」

「ええ」

「…………なら、何で俺だったんですか」

「…………」


彼女は即座には答えなかった。
ただ、一瞬。
水しぶきみたいな夜風が唐突に吹き抜け、彼女のその大きなうさ耳を静かに揺らし終えた時。
西住しほは、ゆっくりと俺の方へ振り返った。


「『背負える人間』だから」

「…………え」

「第一段階の起点です。自らの選択の重みを自覚し、背負える者同士であるならば……極論、誰でもよかった」

「……」



「私の直感の網に、たまたま貴方の名前が引っかかった。ただそれだけの話ですよ、恵さん」

「……………」



 …………。
そう言い終えて、西住しほは帰りを待つタクシーへと足を進めた。


その声音は、最後まで何一つ変わらなかった。
冷淡で、淡々と排他的で、まるで何かの事務手続きをこなすように、余計な感情を一切削ぎ落としている。
俺の問いかけに対する答えも、単なる客観的な事実を述べたに過ぎないのだろう。
そこには慰めの救いも、冷酷な拒絶も、都合のいい肯定すらも含まれてはいなかった。


──だから、俺は。
──風で吹き飛んだレインコートの行方を、最後まで追いかけることはしなかった。


「……」




……

“いつか、その手で別のものを持ってる恵も見てみたいなって”

…………
………
……






 ……世の中ってのは、どこまでも不平等にできている。
生き残る奴、理不尽に死ぬ奴。誰もがそのシステムを無差別に押し付けられている。



「運転手さん、次は──」

「参加者・『西住みほ』の場所へ────ですか?」

「……」

「……いや、でしゃばってすみません。違ったらアレなんですけど、参加者名簿に同じ苗字があったんで」


不平等なくせに、「不幸の可能性」だけはこの世のあらゆる人間に等しく割り振られやがる。
……「クソッタレ」なんて、今更吐き捨てるつもりはない。
俺だって、この最悪で歪んだ世界に住まわせてもらっている当事者の一人に過ぎないのだから。


「そうですか。……意図は外れておりますが、謝罪される必要はありませんよ」

「は?」

「あの子なら、まだ大丈夫ですから。……まだ」

「…………まだ」



「運転手さん、参加者・『西住まほ』の元へ向かってください。──」

「──行きますよ、恵さん」

「…………。はい」



それでいて俺は、──不平等に人間を助ける。
……変わりないって言われればそれまでだが、今はそうして行きたい。



【🐰♪PayPay💴】
→タクシー利用代:5,900円。
──請求先・西住しほ。



【B-1 歌舞伎町門前/深夜/1日目】
【タクシー車内】
【伏黒恵@呪術廻戦】
[状態]:正常、健康
[装備]:呪術高専の制服、散華斑痕刀@侍戦隊シンケンジャー
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2(近接武器はなし)、魔導火のライター@牙狼シリーズ、美津子の不明支給品×1
[思考]:『不平等』に人を助ける。
1:西住まほを探す。
2:西住しほの指示に従う。……胡散臭いが、それでも俺はこの人に賭けたい。
3:……虎杖と再会してやる。絶対。
4:…………考えはしない。ゲーム打破のため、今だけは。

※参戦時期は八十八橋の特級呪霊撃破後(7巻以降)です。


【西住しほ@ガールズ&パンツァー】
[状態]:健康
[装備]:バニーガール2023の衣装、陸戦用ストライカーユニット@ストライクウィッチーズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~2
[思考]:子どもや戦う力のない者を保護し、戦いを止める。
1:河合美津子さん。…………私も、母ですから。
2:まほ。……この殺し合いに置いて、あなたに授けねばならない教えがある。
3:みほ。『決戦の刻』が訪れた時、初めて相見えましょう。
4:対主催用戦力を組織・編成。マーダーに与する参加者を優先的に駆逐し、不可避の【勝利】を掴む。
5:非人道的な作戦? ええ、仰る通りです。ふしだらな作戦だと笑いなさい。

※参戦時期は大洗女子学園の廃校撤回後(ガールズ&パンツァー 劇場版以降)です。

※西住しほのスマートフォンに限り、タクシーアプリで参加者を指定して現在地まで移動する機能を使用できます。





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002『モトリー・クルー 004『[[]]』
採用No.01『月は無慈悲な夜の女王 家元
採用No.02『仄暗い水を祓う 伏黒

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最終更新:2026年08月11日 23:27