『雌猫は眠らない』
夜の渋谷は静寂に包まれていた。ネオンだけが変わらぬ光量で瞬き、無人の交差点を虚しく照らしている。人の声も車のクラクションも酔客の笑い声もない。あるのは風が高層ビルの谷間を吹き抜ける音だけだった。
泉美は非常階段を音もなく下りながら意識を研ぎ澄ませていた。
スナイパーライフルを肩に担いだまま一歩一歩足音を殺して踏みしめる。
雑居ビルの裏口から路地に出ると、まだ湿った血の匂いが鼻先をかすめる。噎せ返るような鉄と脂の混じった臭気。
少女の死体は路地の入り口付近に横たわっていた。おかっぱ頭、小柄な体格。制服のスカートが不自然に捩れ後頭部から広がった血だまりが街灯の光を鈍く反射している。
泉美はその死体の前に立ち僅かに顔を顰めた。彼女は夜職でバイトしている普通の大学生だ。グロテスクな死体を目の当たりにして何も感じないほど神経は麻痺していない。胃の底がひやりと冷えるのを自覚していた。
(ここで怯んでいたら生き残れない)
泉美は静かに息を吐き意識を切り替えた。今この瞬間、渋谷という名の密室に閉じ込められた無数の参加者たちの中で弱い者、判断の遅い者、覚悟の足りない者から順に脱落していく。
(この子を憐れんでいる時間はない。私は生きて帰る)
その時、ポケットの中でスマートフォンが小さく振動して電子音が鳴った。通知音とともに画面に参加者一覧が表示される。
泉美は死体から目を離し画面を覗き込んだ。このゲームに参加させられている人間の名前と生存、死亡の状態が一覧化されているらしい。名前の大半は見覚えのないものばかりだった。中には漫画のキャラクターのような名前も並んでいる。
名簿に見覚えのある二つの名前を見つけて泉美の指先が止まった。
一つは「桃花」。もう一つは「新名」。後者はすでに死亡したと表記されていた。
ニナはEphemereを入店から一ヶ月ほどで無断で辞めていった新人だ。彼女がこのゲームに巻き込まれ命を落としているという事実に泉美は驚きはしたものの深い悲しみは湧いてこなかった。夜職の世界では出会いと別れはあまりにも軽い。
一方、桃花は泉美よりも長く在籍している先輩キャストだ。
バイト先の同僚であってもこの場で遭遇したなら殺すのに躊躇いはない。
所詮は同じ店で働いているというだけの繋がりだ。互いの本名すら曖昧なまま源氏名で呼び合い、営業スマイルを浮かべ閉店後には潮が引くように距離を置く。夜職の人間関係とはそういうものだ。
泉美の心は不思議なほど凪いでいた。罪悪感めいたものはほとんど湧いてこない。
それよりも今は目の前の作業に集中すべきだった。
泉美はスマートフォンをポケットに仕舞い改めて死体に向き直った。少女の肩からデイパックのベルトを丁寧に外す。血で汚れないよう指先だけで慎重に扱った。
ファスナーを開き中身を確認する。保存食や飲料水に混じって小さな円盤状の物体が入っていた。
(何これ……ハズレの支給品?)
最初、泉美はそう思った。武器でもなければ使える道具にも見えない代物。だがデイパックの底に折り畳まれた紙片が一枚沈んでいるのに気づく。広げてみるとそこには短い説明書きが記されていた。
――同封のDISCをこめかみ付近に差し込むことで特殊能力「スタンド」が発現する。
あまりにも簡潔な、それでいて荒唐無稽な説明文だった。泉美は思わず口許を歪めた。
(冗談でしょう)
常識的に考えればあり得ない話だ。円盤を頭に差し込んだだけで超能力じみたものが手に入るなど子供だましのゲーム設定にしか思えない。
半信半疑で泉美は円盤を手に取った。円盤をそのままこめかみに押し当てる。
次の瞬間、頭の中で何かが噛み合うような感覚があった。
泉美はしばらくの間その場に立ち尽くしていた。自分の内側にこれまでには存在しなかった「何か」が確かに芽生えたのをはっきりと感じ取っていたからだ。理屈を超えた確信として泉美は理解していた。自分に新たな力が宿ったことを。
夜の路地に街灯の光と月明かりだけが差し込んでいる。誰に見られているわけでもないこの静寂の中で泉美はゆっくりと目を細めた。やがて彼女の唇の端に確かな笑みが浮かんだ。それはこれまで店の客に向けてきたような接客用の作り笑いではない。
(……素晴らしい能力ね)
泉美は自分のデイパックに残りの支給品も移し替えた。保存食、飲料水、使えるものはすべて回収する。無駄なく合理的に。死者の持ち物を漁ることに躊躇いはなかった。
(やっぱり私の方針は間違っていなかった)
立ち上がりながら泉美は改めて自分の選択の正しさ確信していた。
仮にスタンド能力を得た状態のおかっぱ頭の少女と対決していれば死んでいたのは泉美だったかもしれない。
だが狙撃で先手をとって射殺することで逆に泉美がスタンド能力を手に入れた。
今後もやることは変わらない。遠距離から弱者を狙撃し確実に仕留め支給品を奪う。
もっともと泉美は思考を巡らせる。
(狙撃だけでは対応しきれない場面も出てくるでしょうね)
スナイパーライフルはあくまで遠距離戦に特化した武器だ。もし敵が距離を一気に詰めてきた場合、あるいは物陰や建物の死角から奇襲を仕掛けてきた場合には対応が難しくなる。
そういった不測の事態にこそ手に入れたばかりのスタンド能力で敵を始末する。
二段構えの戦術を頭の中で組み立てながら泉美は死体となった少女に視線だけを向けた。悼む言葉はかけなかった。時間の無駄である。
次に狙うべき標的を探すためにはこの場に留まっているわけにはいかない。
渋谷の街は広く今この瞬間にも無数の人間たちが恐怖に慄きながら、あるいは殺意を滾らせながら夜の闇の中を彷徨っている。
その中から最も効率よく獲物を探す方法を泉美はすでに思いついていた。
泉美はスマートフォンを取り出し画面をタップした。端末にインストールされていたアプリの一覧の中に「GO」のアイコンが表示されている。
説明によればこのボタンを押せばその場に運転手のいないタクシーが出現するという。目的地さえ告げればあとは自動でそこまで運んでくれる仕組みらしい。
これも半信半疑だったがスタンド能力が本物だった以上、そういうものとして認識した。
徒歩での移動には限界がある。体力の消耗も避けられない。ならば用意された移動手段を遠慮なく利用するべきだ。
使えるものはなんでも使う。それが泉美の一貫した姿勢だった。
泉美はスナイパーライフルを担ぎ直し荷物を背負い、路地を抜けて表通りへと向かった。
人の気配のない渋谷の街並みが青白い月光に照らされてまるで巨大な墓標のように静まり返っている。
その静寂の中を泉美はまっすぐに迷いのない足取りで歩いていく。
冷たく整った横顔に微かな笑みを湛えたまま泉美はスマートフォンの画面へと視線を落とした。「GO」のアイコンに指を伸ばしタクシーを出現させてから乗車、行き先を指示する。
スマホの説明の通り運転手もいないのにタクシーは動き出した。
自動運転のタクシーが道路を進んでいく。
所々見覚えのある渋谷の景色が視界に入るが今のところ人の姿は見当たらない。
それが異様だった。渋谷の街に誰もいないというのは普通ではあり得ない。
(私は必ず生きて帰る)
走行を続けるタクシーの窓から外を眺めながら泉美は決意を固めた。
【H-7 街/深夜/1日目】
【タクシー車内】
【泉美@みいちゃんと山田さん】
[状態]:冷静沈着
[装備]:スナイパーライフル、スタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険
[道具]:基本支給品一式×2、不明支給品×1~2
[思考]:序盤の弱い参加者を射殺、支給品を回収して優位を築く。
1:タクシーで目的地まで移動する。
2:スナイパーライフルの扱いに慣れる。
3:次は複数人いても全員始末する。
4:敵に距離を詰められた場合、スタンド能力で始末する。
※ タクシーの行き先は後続の書き手にお任せします。
【スタンドDISC@ジョジョの奇妙な冒険】
園みどり子に支給。
相手に接近された場合でも問題なく効果を発揮できるスタンド。
何のスタンド能力かは後続の書き手にお任せします。
最終更新:2026年08月22日 21:40