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『小鹿(バンビ)のグルメ』






最初の戦闘から、もうどれだけ飛んだか分からない。
いくつもの道路の上を飛び、ビルの間を何度も横切ってきた。
その間、他の参加者は見つからなかった。
地面に足を下ろし、完聖体の翼をゆっくりと閉じていく。
霊子が肩の輪郭に沿って収束し、紅く燃えていた光が徐々に薄れて消えると、夜の渋谷は再びもとの暗闇を取り戻した。
歩き出したものの腹の奥に鈍く残る痛みがじわじわと主張してくる。
呼吸をするたびに脇腹の奥がずきりと疼いた。


「あーもう、ムカつく」


苛立ちを吐き捨てながら暗い路地を進む。
ネオンの消えた渋谷はまるで死んだ街のようだった。
看板の光も、信号機の点滅も、人の話し声も何もない。
あるのは風の音と自分の足音だけ。
苛立ちを噛み殺しながら歩いていると、ふと視界の端に明かりが灯っているのが見えた。
渋谷の雑居ビルの一階。赤い提灯がぽつんとひとつぶら下がり暖簾が夜風に静かに揺れている。


「……飲食店?」


バンビエッタは足を止め眉をひそめた。
こんな殺し合いの島の真ん中に営業中の店があるということ自体がどこか馬鹿げている。
スマホを取り出し地図アプリを確認すると確かにその建物には「営業中」の表示が緑色に点灯していた。
半信半疑のまま近づいてみると暖簾の隙間から温かい光が漏れているのが見えた。
木造の引き戸には曇りガラスがはめ込まれ、その向こうにぼんやりと店内の輪郭が透けている。


「何か食べよっかな」


□



□



引き戸を開けるとからんと軽い音が鳴った。
店内は無人だった。
テーブルもカウンターも、椅子も、すべてが整然と並んでいるだけで人の気配はまるでない。
代わりにカウンターの上に小さな端末がひとつ置かれていた。

《ご注文をどうぞ》

画面には柔らかい光とともに文字が浮かんでいる。


「勝手に作ってくれるわけ?」


バンビエッタは端末を適当にタップした。
指先が触れるたびに軽い電子音が鳴り画面にはメニューがずらりと並んでいく。
写真付きのメニューは妙にリアルで湯気の質感まで再現されているように見えた。
苛立ちが胃の底に溜まっている。
食事で発散するなら大量に食べるのが一番手っ取り早い。
ハンバーグ、ラーメン、焼肉定食、オムライス。
支給品の中に入っていた現金で支払いを済ませ注文を確定する。
厨房の奥から機械音が響きモーターの唸りとともに調理が始まった。
誰もいないはずの厨房で包丁がまな板を叩く音、鉄板が熱せられる音、油が跳ねる音が次々と聞こえてくる。


「便利ね。まあ、どうでもいいけど」


カウンター席に腰を下ろし足を組む。傷の痛みがずきずきと脈打つが今はそれよりも漂ってくる匂いのほうに意識が向いていた。
数分後、厨房の奥から自動搬送のレールが軽い音を立て湯気を立てた料理がカウンターに次々と運ばれてきた。

まず目の前に置かれたのはハンバーグだった。
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立て肉汁が縁から溢れ出している。
表面はこんがりと焼き色がついていてナイフを入れると中から透明な肉汁がとろりと滲み出た。
鉄板の縁に溜まった肉汁が熱で細かく泡立っている。
その泡がひとつ弾けるたびに香ばしい匂いがふわりと立ち上って鼻をくすぐった。


「いい匂い」


バンビエッタは思わず口元を緩めフォークを手に取った。
ひと口分を切り分け口に運ぶ。
噛んだ瞬間、肉の旨味がじゅわりと舌に広がり柔らかい食感が歯を優しく押し返してくる。
噛むたびに肉汁がさらに溢れ濃厚なデミグラスソースがそれを包み込んでいく。
ソースは甘みと酸味のバランスが絶妙で玉ねぎの甘さと肉の旨味を引き立てながら後味にほんのりとした苦みも残していた。


「……ん。悪くないじゃない」


苛立ちが少しだけ和らいでいくのを感じる。
もうひと口、さらにひと口。
付け合わせのニンジンのグラッセを咀嚼するとハンバーグの濃厚さの合間にすっと甘い清涼感が差し込んで口の中がリセットされる。
気付けば皿の上のハンバーグはあっという間に消えていた。
鉄板の上で最後の一片を切り分けると肉汁がじわりと滲み出て鉄板の熱で小さく蒸発していく。
その香りがさらに食欲を刺激した。
最後のひと口をソースをたっぷりと絡めてから口に運ぶ。
肉の繊維がほろりとほどけソースの酸味が余韻として舌に残った。
バンビエッタは満足げにそれを飲み込んだ。


「……ふう」


次にラーメンに手を伸ばす。
湯気の向こうに黄金色のスープが照明を反射してきらきらと輝いている。
脂が表面に薄く浮き、その膜が丼の縁でゆらゆらと揺れていた。
チャーシューが二枚、メンマ、刻みネギ、そして炙られた海苔が丁寧に整えられて並んでいる。
見ているだけで出汁の香りが鼻の奥に届いてくるようだった。
箸で麺を持ち上げるとスープが糸を引くように絡んで艶やかに光る。
そのまま迷わず口に運んだ。
麺は舌の上でほどけるように柔らかく噛むたびに小麦の香ばしい香りがふわりと広がる。
スープはコクが深く脂の甘みが舌の表面にじんわりとまとわりついた。
レンゲでスープをひと掬いすると表面に浮いた脂がきらきらと光り立ち上る湯気が鼻先をくすぐる。
ひと口飲むとじんわりとした温かさが喉を通って胃まで落ちていくのがわかった。
傷の痛みがその温もりに溶かされるように少しだけ和らいだ気がする。
チャーシューをひと口かじると脂身がとろけて甘みが口いっぱいに広がり肉の繊維がほろりと崩れていく。
その柔らかさにバンビエッタは思わず目を細めた。
味の染みたメンマのコリコリとした食感が合間にちょうどいいアクセントになっている。
麺をすすり、スープを飲み、チャーシューを噛む。
その単調な繰り返しが不思議なほど心地よかった。
バンビエッタは箸を止めることなく夢中でラーメンを食べ続けた。
やがて丼の底が見え始める頃、彼女はレンゲで最後の一滴まですくい取り迷わず飲み干した。


「焼肉も食べよ」


鉄板の上には薄切りの牛肉が丁寧に並べられ、甘辛いタレがじゅうじゅうと音を立てて煮立っている。
肉の端が熱でくるりと反り返り、溶けた脂が鉄板の溝を伝って走っていく。
その脂がタレと混ざり合い鼻を刺す甘辛い香りが店内いっぱいに広がった。
箸で一枚つまみ口に運ぶ。
肉は驚くほど柔らかく噛むたびにタレの旨味がじわりと染み出してくる。
甘みと塩気の絶妙なバランス、そして脂のコクが舌の上に長く残った。
白米をひと口頬張ると肉の味がさらに引き立ちバンビエッタは思わず目を丸くした。
肉を食べ、米を食べ、味噌汁を飲む。
豆腐とわかめの味噌汁は出汁がしっかりと利いていて肉の脂で少し重くなった口の中をさっぱりとリセットしてくれる。
その繰り返しが心地よく気付けば鉄板の上の肉はほとんど消えていた。
残りの一枚を口に運ぶとタレの香ばしさと肉の旨味が口いっぱいに広がった。
米粒ひとつ残さず茶碗を空にして彼女は満足げに箸を置いた。

最後にオムライスが運ばれてくる。
ふわふわの卵がとろりと皿の上に広がり、ケチャップの赤が鮮やかに映えている。
卵の表面は驚くほど滑らかでスプーンを入れるとその切れ目から湯気がふわりと立ち上った。
半熟の卵がとろけながらケチャップライスの上に流れ落ちていく様は、まるで小さな噴火のようだった。
スプーンでひと口すくい口に運ぶ。
卵は舌の上でとろけるように柔らかく、その奥からケチャップライスの甘酸っぱさと細かく刻まれた鶏肉の旨味が顔を出す。
ケチャップの酸味が卵の甘みを絶妙に引き立てバンビエッタは思わず頬を緩めた。
卵をすくい、ライスを食べ、また卵をすくう。
その単純な動作を繰り返すうちに卵の甘みとライスの旨味が口の中で何度も重なり合っていく。
付け合わせの小さなグリーンサラダを口に運ぶとシャキシャキとした食感とドレッシングの酸味が全体の重さをちょうどよく中和してくれた。


「ふん。美味しいじゃない」


ハンバーグを食べ、ラーメンをすすり、焼肉とオムライスを頬張る。四皿を平らげた自分の姿をバンビエッタはふと俯瞰するように意識した。
こんなに食べたのはいつ以来だろうかと考えて、ふとある人物の顔が脳裏をよぎった。

リルトット・ランパード。

小柄で、いつも何かを口に運んでいる。食べる量は見た目に反して凄まじく、バンビエッタが呆れるほどだった。


「……あいつ、今頃どうしてるのかしらね」


普段から飄々としていたリルトット。今のバンビエッタの暴食ぶりを見れば、きっと悪びれもせずに軽口を叩くだろう。
テーブルの上には空になった皿が整然と並んでいた。
ハンバーグの鉄板は完全に冷え、ラーメンの丼はスープがほぼ空になっている。
焼肉の鉄板とオムライスの皿も綺麗に片付いていた。


「……食べすぎた」


腹の傷の痛みはまだ残っているものの先ほどまでの苛立ちはかなり薄れていた。
食べることで、ここまで発散できるとは思っていなかったが意外と悪くない。
胃の中に満腹感がずしりと沈んでいる。
それでも足取りは、来たときよりずっと軽く感じられた。
暖簾を潜り戸を静かに閉める。
振り返ると店の明かりだけが暗闇の中にぽつんと灯っていた。
まるでこの一帯だけ時間が止まっているかのようだ。
バンビエッタは一度だけその明かりを見つめ、それから背を向けて闇の中へと歩き出した。



【G-6 飲食店周辺/黎明/1日目】
【バンビエッタ・バスターバイン@BLEACH】
[状態]:腹にダメージ、満腹
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、現金、不明支給品×1~2
[思考]
基本思考:さっさと優勝するわ!!
1:次の奴探そっと。
2:リーダーだから、バンビーズの仲間がいるなら探してあげる。
3:陛下に万が一のことがあれば、私が跡を継ぐわ。
4:直哉は顔だけ、論外。
[備考]
※参戦時期は二回目の狛村戦の途中からです。





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採用No.19『Defektes Wesen』 バンビ 037『この探偵事務所に爆撃を!』

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最終更新:2026年09月19日 22:38