『ひとりじゃない夜のこと』
『illumination STARS』。
──“瞳に輝く、無限の可能性”。
“イルミネの初陣、大成功~~!! これ、プロデューサーからご褒美だって! 真乃、灯織!”
『……うん。めぐる、ありがとう……!』
ユニットを結成して、初めて三人で立ったステージ。
ライブを終えためぐるから手渡されたのは、一本のペットボトルだった。
三人の姿が印刷された、特別なラベル。
まだステージの熱が残る掌に、その冷たさが心地よかった。
“じゃあ、私がおばあちゃんの方を対応するからさ!”
『……』
“大丈夫だよ! すぐ戻ってくるから!”
殺し合いが始まった、あの夜。
同じ手が、めぐるの服の裾をほんの少しだけ掴んでいた。
あの老婆を見た瞬間から、胸の奥で、何かがずっと警鐘を鳴らしていた。
理由なんて分からない。ただ、この手を離してはいけない気がした。
だから、気づかれないくらい弱く、それでも確かに掴んでいた。
それなのに、
『……分かった』
指が、一本ずつ離れていく。
『無理はしないでね』
離したその手を、遠ざかっていくめぐるへ小さく振った。
行ってらっしゃい、と。
次にその手が灯織の視界を覆ったとき──、
“…………ひ、おり……、にげ、て……っ!”
『……っ、めぐるっ…………』
──めぐるの姿は、眩い閃光の向こうに消えていた。
『……っ、待ってて…………めぐる……。絶対に、また……』
その手で、うんざりするほど零れていく涙を、何度も拭って。
滲んでは遠ざかる景色の中を、それでも振り返らずに走って。
『助けに……くるから…………っ!!』
そして今。
深い森の中。
同じ手で。
──風野灯織は、自分のスマートフォンへそっと手を伸ばした、小さな緑色の子の頭を撫でる。
「これは駄目。…………大事なものだから」
◆
『illumination STARS』。
──ひとりになった少女と、ひとりぼっちの小さな子が、
──もう一度、三人の『星』を探しにゆく物語。
【♪──風の情景】
◆
………
……
…
拭っても、拭っても、霧の晴れない森だった。
夜明けの光さえ、まだ木々の向こうへ届かない、その森の片隅。
ふと、切り株のそばで──ガサリ、と草陰が揺れ、葉の隙間から二つの大きな耳がひょこりと覗いた。
小さく「んぅ」と喉を鳴らして姿を現したのは、小さな緑色の子・グローグー。
その視線の先、草の根元には一本の茸がある。
傘には毒々しいまだら模様。どう見ても、口に入れていい代物ではない。
それでもグローグーはしばらく熱心に見つめ、やがて、鼻先へ寄せてクンとひと嗅ぎ。
何の迷いもなく口を開けると、
「……それは駄目。食べちゃ駄目だから」
ぴたり。
グローグーは咎めた少女を、無言のまま見上げる。
茸を見た。
もう一度、切り株に座る彼女を見た。
小さく「…………んぅ」と喉を鳴らす。それに合わせるように、大きな耳がほんの少しだけ垂れた。
ただ、諦めきれないのか。
茸を握った小さな手だけは、そっと背中の後ろへ隠したままだった。
そんな小さな抵抗を、彼女はしばらく黙って見つめ。
やがて、手にしたままのスマートフォンへ視線を落とす。
「……参加者名簿。……誰かを、早く」
あてもなくグローグーと森へ迷い込んでから、どれほど経っただろう。
腰掛けた切り株の湿り気にも、いつしか身体が慣れてしまっていた。
少女・風野灯織が探しているのは、八宮めぐるを助ける力を貸してくれそうな誰かだった。
あの老婆のもとへ、ひとりで戻るわけにはいかない。
けれど、めぐるをあのままにしておくことなんて、もっとできない。
白い霧の中、スマートフォンの明かりだけが灯織の顔を青白く照らす。
参加者名簿を開いては、閉じる。
また開いて、指先でいくつかの名前をなぞっては、閉じる。
しばらくすると、また同じように画面を開いた。
「……大丈夫。ちゃんと、……できるから」
止まりかけた自分を急かすように、灯織は小さく呟いた。
やがて画面を伏せると、今度はデイバッグへ手を入れ、一本の『枝』を取り出した。
不用意に握れば、指先へ棘が食い込みそうなそれを、灯織は恐る恐る持ち上げる。
その歪な枝を見つめれば、嫌でも思い出す。
──めぐるを置いて逃げた、あのときのことを。
枝は、逃げ出すその間際、めぐるの上着のポケットから、咄嗟に抜き取ってきたものだった。
使い方なら、見ていた。
老婆は何でもないことのように、この枝一本から、参加者の身に魔法じみた『異変』を起こしてみせた。
なら、自分にも何かできるかもしれない。これが、めぐるを助ける力になるかもしれない。
──せめて、これくらいは役に立てると思ったのに。
「あっ……! ちょっと、それも駄目。……お願いだから、言うこと聞いて」
「むぅ」と髪飾りへ伸びてきた三本指を、灯織はそっと下ろさせる。
それから手元の枝へ視線を戻すと、逃げるようにデイバッグの奥へ押し込んだ。
下ろされた手を見つめるグローグーが、何を思ったのかは定かではない。
ただ、その傍らで、灯織はひとつ息を吐き、霧の向こうの空を仰いだ。
「…………。……何だろ。──」
「──……私がこの子を連れてきて、本当によかったのかな。──」
「──こんなことしてる場合じゃないのに」
そして、ふと自分の掌へ目を落とした瞬間。
──灯織の表情からわずかに力が抜けた。
「………………『違った』。……めぐる」
違った。
──違った、違った、違った。
──全部、違った。
めぐるが老婆の相手をすると言ったとき。
『分かった』と言った。
『無理はしないでね』なんて、分かったようなことまで言った。
違う。
あんなに怪しかったのに。
嫌な予感がしていたから、服の裾まで掴んだくせに。
それなのに最後には自分から手を離して、めぐるひとりに任せた。
違う。違う。違う。
『灯織ちゃんって、いつも周りのことをよく見てるよね。アイドルのこともたくさん勉強してて……すごいなぁって思うよ』
『灯織は真面目だからな。自分が何とかしなきゃって気負いすぎるところがある』
──違う。
よく見ている?
だったら、どうしてあのとき見抜けなかった。
気負いすぎ?
だったら、どうしてあのときだけ、もっと気負わなかった。
違った。
何もかも、全然違った。
あの老婆は、めぐるをまるで『騙されやすい子供』でも見るように笑っていた。
──それだって、違う。
めぐるが馬鹿だったんじゃない。
めぐるは、困っている誰かを放っておけなかっただけだ。
そんなめぐるがどういう子なのか、一番近くで知っていたはずなのに。
知っていて、止められなかった。
だから、あのとき。
──老婆の前に残るのが、自分だったなら。
たとえ自分があの『異変』に呑まれても、そうしていたら今頃。
めぐるならきっと、私を連れ戻して──何事もなかったみたいに、隣で笑っていたんじゃないかって。
…
……
………
“ひおり……、にげ、て……っ!”
………
……
…
──スッ。
「あっ……! だから触っちゃ駄目って言ったでしょ……! ……もう、ちゃんと言うこと聞いて──」
「──……あ」
「……ぅぅ……」と小さく鳴る声。
灯織の声が森に響いた途端、グローグーは大きな耳をしゅんと垂らした。
枝を持った三本指も止まり、黒い瞳を伏せたまま、小さな身体をきゅっと縮める。
ただ、気になったものへ手を伸ばしただけなのだろう。
棘のついた枝を口へ運ぼうとしていたことも、それが危ないことも、きっと分かっていない。
めぐるのことで頭がいっぱいの灯織にとって、そんな気ままな幼子の世話まで焼く余裕なんてなかった。
それでも。
「…………。……ごめんなさい」
めぐるなら、きっと。
こんなふうに、──小さな子を怯えさせたりはしなかった。
そう思ったときには、灯織はもう切り株から腰を上げていた。
しょんぼりと頭を垂れるグローグーへ歩み寄ると、その小さな身体をそっと抱き上げる。
「……ごめんなさい。あなたは悪くないのに。……また、自分のことばっかりで」
その小さな身体を胸元へ抱き寄せ、灯織はそっと目を閉じた。
──めぐるなら、こんなとき、どうするだろう。
誰かを安心させることさえ、正解を探してしまう自分とは違う。
誰かのためなら迷わず手を伸ばせる、あの子なら──。
いくら考えても、その答えだけは分からなかった。
「……大丈夫だから。…………ごめん」
だからせめて、腕の中の小さな子が、もう怯えないように。
灯織は、ひとつだけ自分にも『できること』をした。
小さく息を吸う。
「……」
──胸の奥で震えるものを、そっと『声』に変えた。
「……──♪まだ知らない空の向こう 小さな光を見つけたら……」
か細い歌声だった。
森の静けさに溶けてしまいそうなほど、小さな声。
それでも、その最初の一節が届いたとき。
グローグーはぱちりと目を見開き、胸元から灯織の顔を見上げた。
垂れていた大きな耳も、歌を拾おうとするように、ほんの少しだけ持ち上がる。
「……う?」と、小さく喉を鳴らして首を傾げる。
その黒い瞳は、じっと灯織を見上げたままだった。
その小さな声に応えるように、灯織は次の詞を紡いだ。
上手に聞かせようとはしなかった。
ただ、子守歌を聞かせるように。
もう怖がらなくていいと伝えるように、小さく、小さく。
「♪手を伸ばして 届かなくても 明日はもう少し近くなる……」
茸も、髪飾りも、あの枝も。
もしかしたら全部、知らない場所でひとりになった小さな子なりの、不安の表れだったのかもしれない。
分からない。
分からないけれど。
「♪だから今日は ここから歩こう いつか笑って会える場所まで…………」
歌が夜の森へ溶けていくたび、腕の中の小さな身体から、張りつめていたものもほどけていった。
やがてグローグーは灯織の胸へ頬を寄せ、三本指でその服を、きゅっと掴んだ。
──そして、灯織自身もまた。
ずっと押し込めていた心の叫びまで、歌声に滲むように。
彼女は、その小さな旋律を夜へと溶かしていった。
「♪…………会える場所、まで……」
けれど、その歌が夜に溶けきる、その寸前。
──灯織の声は、止まった。
「──っ……!? ……っ、……!」
不意だった。
金縛りにでも遭ったように、開きかけた唇がぴたりと閉ざされた。
声を出そうとしても、開かない。
まるで『見えない何か』で縫いつけられたように、どうしても口が動かなかった。
何が起きたのか分からない。
グローグーを抱いたまま、空いた手でどうにか唇をこじ開けようとして──灯織は、ふと動きを止めた。
腕の中。
グローグーの様子が、変わっていた。
さっきまでの安心しきった顔はない。
「……っ、うぅ」。
眉間にきゅっと皺を寄せ、小さな三本指を、触れもしない灯織の口元へ向けていた。
その顔はもう灯織を見ていない。
小さな身体を強張らせ、黒い瞳を向けているのは──草陰の、その先。
霧に沈んだ『森の奥』だった。
……、
……、
……ザッ、
ザッ、
ザッ、
歌声が完全に絶えて、しばらく。
代わりに森の静寂へ混じり始めたのは、草葉を踏み分ける音だった。
ザッ。
ザッ。
少しずつ。
けれど確かに、こちらへ近づいてくる。
足音が聞こえてくる。
霧の向こう、灯織の目に映ったのは、草陰を横切る成人男性らしき影だけだった。
やがて、グローグーの掌がゆっくりと地面へ向けられる。
次の瞬間、見えない力に押されるように、灯織の身体も音なく草陰へ沈んでいった。
「(……っ、……この子…………?)」
身体の自由が利かないまま、灯織は必死に目だけを動かし、腕の中のグローグーを視界に収めようとした。
口を閉ざし、身体まで伏せさせた、グローグーの『力』。
考えてみれば、それだけじゃない。
ここへ来てからというもの、理解の追いつかないことばかりだった。
殺し合い。外すことのできない首輪。
たった一本の枝で、抜け殻のようになってしまっためぐる。
何ひとつとして、彼女は答えには辿り着けないままだ。
ただ、それでも胸の奥には、『ひとつの感覚』だけが静かに芽生えていた。
ザッ、と。
足音の主が、すぐそばまで近づいたとき。
それに呼応するように、腕の中の小さな身体が震えたとき。
──どうしてそう思ったのか、自分でも分からない。
「……、……」
ただ灯織は、草陰の向こうにいる誰かに。
──どうしようもなく、『安心』してしまった。
「…………っ、……」
知らない相手。
顔すら見ていない。名前も知らない。どんな人間なのかさえ分からない。
それなのに灯織の胸に浮かんだのは、恐怖でも警戒でもなく、その人と話してみたいという気持ちだった。
話したい。
めぐるのことも。ここへ来てからのことも。
そして、本当なら誰にも知られたくないはずの、自分の弱いところまで。
きっと、分かってくれる。どうしてか、そんな気がした。
「……………………っ」
……ザッ。
ザッ。
草を踏む音が、すぐ頭上を通り過ぎていく。
「…………っ、…………!」
ザッ。
ザッ──。
気づいていない。
足音の主は、草陰に伏せた二人の存在など知らないまま、そのすぐ脇を通り過ぎていく。
「…………っ、……っ……!」
……ザッ。
……ザッ。
音が、遠ざかっていく。
揺れる草葉の隙間から最後に見えたのは、
霧の向こうへ消えていく、二本の脚だけだった。
その脚は、手を伸ばせば届きそうなところにいた。
少しくらい驚かせてしまっても、仕方がない。
どうしてなのかも分からないまま、ただ、早く会いたかった。
身体を地面へ縫いつけていた力も、少しずつ緩んでいる。
腕の中では、グローグーにも変化があった。
灯織へ突き出していた三本指が少しずつ下がり、黒い瞳も、抗いきれない眠気に沈むように細くなっていく。
なら、あと少し。
あと少しだけ動けばいい。
もう、ためらっている理由なんてない。
「っっ──!!」
灯織は息を吸う。
霧へ呑まれていく足音を追いかけるように。
閉ざされた唇を懸命に開こうとした────。
──、
────。
…………。
「──…………はぁ、……はぁ」
──開こうと、したかったのに。
──最後の最後で、声にならなかった。
足音はもうない。
ただ、木々がざわめく音が響くのみ。
警戒したわけじゃない。グローグーの何かしらの力に負けたわけでもない。
むしろ、あの人なら何もかも話せる、何もかも解決してくれる。そんな根拠のない信頼感さえあった。
初めて会うはずなのに、その人を知らなかった頃の自分の方が、不自然にさえ思えた。
灯織は、腕の中でぷるぷると震えるグローグーへ目を落とす。
どうしてこの子だけが、あれほど怯えていたのだろう。
そんな疑問が浮かんでも、今の灯織には答えなど出せない。
「…………私は……」
その先を、ようやく吐き出そうとした時。
「……そこまでして守りたい存在じゃないくせに」
言葉の意味を悟った瞬間、灯織の背筋を、理由の分からない寒気が這い上がった。
──あの男は、通り過ぎるその瞬間まで、腕の中で震える『この子』に気づいていた。
灯織は弾かれたように顔を上げたが、そこにはもう誰もいない。
ザッ……。
ザッ…………。
今度こそ、足音は霧の奥へ遠ざかっていく。
この頃には、あれほど強張っていたグローグーは、いつの間にか灯織の胸へ頬を預け、眠りに落ちていた。
【B-4/森/一日目/黎明】
【真人@呪術廻戦】
[状態]:健康
[装備]:改造人間のストック×10@呪術廻戦
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~3
[思考]気の向くままに、魂の赴くままに。
1:せっかくだし、いろんな奴と『遊ぼ』。……先生は、まあ後でいいや。
2:森って結構いいね。静かだし、人間がキャンプしたがるのも少し分かるかも。
3:でも湿っぽいのは嫌だなぁ。服もベタつくし。さっさと出よ。
◆
………
……
…
「……めぐる。………………」
あれから、どれくらい経っただろう。
灯織は、もう何度目になるかも分からない名前を、また口にしていた。
それに気づいた途端、ふと唇を結ぶ。
「…………」
真乃は、いつだって人を惹きつける。
柔らかく笑っているだけで、自然と誰かがその隣に集まってくる。
めぐるは、いつだって人を見ている。
明るく笑いながら、自分より先に誰かの小さな変化へ気づいて、迷わず手を伸ばせる。
なら──私は。
「…………待ってて。めぐる。…………絶対に、助けに行くから」
それ以上は、考えなかった。
胸の奥へ沈みかけたものを振り払うように、もう一度灯織は、その名前を口にする。
そこでようやく、自分の身体へ意識が戻った。
喉はからからに乾き、額にはいつの間にか汗が滲んでいる。
少しだけ休もう。
そう決めて灯織はデイバッグを探り、ペットボトルの紅茶とパンを取り出した。
「…………だから、……お願いっ………。…………」
紅茶をひと口含み、長く息を吐く。
腕の中では、グローグーが何も知らないような顔で、静かな夢を見ている。
小さな旅の連れを起こさぬよう、そっと抱き直す。
そして灯織は深い夜を見上げ、大樹の幹へ静かに背を預けた。
【B-4/森/一日目/黎明】
【風野灯織@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:困惑、疲労、強い自責
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:めぐるを絶対に助ける。……絶対に。絶対……。
1:めぐるを助ける方法を探す。……私がちゃんとしなくちゃ。
2:この子(グローグー)は、私が責任を持って守る。
3:私が止めていれば、こんなことにはならなかった。だから……私がやらなきゃ。
4:…………誰か。
【グローグー@マンダロリアン】
[状態]:睡眠(マンドーに歌を聴かせる夢を見ている)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:灯織と一緒にいたい。
1:すぅ……すぅ……。
最終更新:2026年10月03日 10:08