Lunatic Victors 三日月を埋めろ ◆vV5.jnbCYw



「は!?」
アンディは素っ頓狂な声を上げた。
この男は未知の力を使うUMAだと思っていたが、その能力は月、あるいは斬撃に関係する能力の持ち主だと考えていた。
だから、アメリカで戦ったスポイルのように、人を人ならざる存在に変える能力まで持っているのは予想外だった。

「一応聞いてやろう。どうすりゃ鬼になれるんだ?」
「な!?」
まるで自分が裏切ると言うかのような口ぶりに、脹相の方が驚いた。


「そう難しい話ではない。最も、鬼になれるかどうかは別だが……。」
いつの間にか刀を鞘に納めた黒死牟。
その両手で椀を作り、中に血を湛えていた。


「あの方より承りし血を、一滴残らず飲み干すことだ。
あの方の……許可を得ずに貴様たちを鬼にするのは聊か憚られるが……。
このような危急存亡の秋に遭遇したとなれば……あの方も容赦なさるはずだ……。」

黒死牟の目的は、何も2人を殺すことだけではない。
主たる鬼舞辻無惨の念願の為に働き、そして自分も太陽を凌駕する。
従って自らや主の願いを効率よく叶えるために、共に参加者を狩る鬼を欲していた。
猗窩座や童磨のような、死んだはずの鬼も参戦していたが、何処にいるか分からない以上は頼りにすることも難しい。


「それに……人ならざる者が鬼になればどうなるか……私も気になる……。」
「鬼になればどうなるんだ?そこまで教えてくれるのがスジってものだろ?」
「不死となり……永遠の時を生きることが出来る。その巧みな戦いの技術………さらに伸ばしたくはあるだろう……?」
特に黒死牟にとって、彼ら鬼とは似て非なる不死性を持つアンディは気になる対象だった。
本来ならば彼は、鬼と同格の力を持つ存在など忌避する対象でしか無いが、自ら、そして主の目的の達成を優先した。
彼の力を利用すれば、青い彼岸花を見つけずとも、自分や無惨が太陽を克服するのに貢献できるかもしれないと考えた。


「断る。」
アンディが答える前に先に拒絶の言葉を示したのは、脹相だった。


「俺は意思を捨ててまで誰かの軍門に下るつもりはない。俺は俺の意志で、お兄ちゃんを全うする!!」
両脚を削がれてなお、彼は叫んだ。
その声は響き渡った。


彼はかつて羂索に従って、人を殺して、あと少しの所で弟さえも殺しかけてしまった。
あの時の自分の血より苦い思い出があったからこそ、例え誰であろうと、自分の意志で生き、自分の意志で残った弟を守り、自分の意志で戦い続けると決意した。


「俺はお兄ちゃんだ!!弟を殺そうとする奴の言いなりになど、断じてならん!!」


「!!!!!!!!!!!!!!!!」
突如黒死牟の、継国厳活の脳内に溢れ出したのは
――――確かに存在した記憶――

―――お労しや、兄上


今でもあの赤い月の夜に見た、弟の姿は焼き付いている。
皴だらけの顔の奥にある、曇り無き瞳を
兄である彼を同情しきった弟の、涙に濡れた瞳を。


突然の頭痛に、鬼は理性を失った獣のごとく叫んだ。
「ガアアアアァァァァアアア!!」
そして目の前の男は這いつくばりながらも、哀れな兄だった存在目掛けて、血の刃を振るった。

(なぜだ。)
(なぜこの男は、兄としての矜持を貫こうとする。)
(既に立つことも出来ず、私より弱いその身で、なぜ貫ける!!)


「俺はお兄ちゃんとして、この命尽きるまで歩き続けるのみだ!!
命尽きるまで、弟の手本として生きねばならん!!」
(この男はどこまで不快にさせる気だ!!!!!!)

腸が煮えくり返る思いで、脹相を微塵に斬り刻もうとする黒死牟。
しかし、その攻撃を邪魔する、文字通りの手が入った。


(何だかわかんねーけど……今だ!!)
予期せぬ隙を見つけたアンディは、残された腕で斬られた部位を斬り落とし、新たに斬り落とされた部分を再生させた。
そして新たに斬った部分も、余さず武器として飛ばす。


鬼は首を斬らねば殺すことは出来ない。
だが、更なる隙を作るには充分だった。


「俺もそうすることにしたぜ!!ま、元からなるつもりなんざ無かったけどな!!」
誰かに縛られて生きることは、アンディの流儀に反する。
そんなものは組織の実験体として身体をいじくられ続けた10年間だけで充分だ。
それ以前に、死に場所を求めて生きているというのに、より死から遠ざかる行為など、死んでもごめんだ。

「アンディ!!離れろ!!」
脹相の指示通り、再び部分弾の反動で後方に退く。
この男と相手する時は、いくら離れても離れすぎることはない。


「たとえこの脚が立たなくなろうと、弟の為にやれることをやるだけだ!!」

そして、今度の脹相の攻撃は血の刃に非ず。
血を固めずに、ただ量のみで押す血の洪水。
先程大きなダメージを受け、大量に出た血を逆に利用したのだ。

(あれほどの傷を負ってなお、更なる量の血を使って来るとは……)
いくら剣豪を越えた剣鬼と言えども、刀で流動物を斬ることは出来ない。
血の目隠しをされたまま戦うのは、彼としても避けたかった。
身のこなしも卓越している彼は大きく月を背にする形で跳躍し、血の津波を躱す。
その瞬間、彼の剣を持つ手に血の刃が刺さった。


血の洪水はあくまで目隠し。
彼がそれに手間取っている間に、市街地の壁に刃をぶつけ、跳弾を彼に当てた。
脹相が渋谷で禪院直哉との戦いで取った戦術を、そのまま使ったのだ。


「よくやったぜ!!脹相!!紅渦弾(ボルテックスバレット)!!」
「赤血操術――血星磊(けっせいせき)!!」
空中で回避が難しいのは、翼をもたぬ者は誰でも同じ。
夜空に縛り付けられた黒死牟目掛けて、幾重にも捻った腕を飛ばした。
アンディのもうひとりの人格たる、最強の闘士の腹さえ貫く攻撃は、当たれば鋼鉄のごとき硬さを持つ鬼の首とて貫く。


――月の呼吸 拾ノ型 穿面斬・蘿月

黒死牟は不安定な姿勢ながらも、特に攻撃範囲が広い斬撃を打つ。
三日月が渦を巻いて集り満月のような斬撃を形成し、ドリルのような軌道で襲ってくる腕弾と、血の跳弾を弾き飛ばした。
そもそも剣術とは腕だけではなく、足運びや踏ん張りも重要である。
正確に技を出すのが難しい空中でさえ、その身を守れることは、彼を最強の剣士たらしめるまごうとなき証左だ。


「剣が……馬鹿な……!!」
傷一つ追うことなく着地出来たが、元々血の刃で僅かながら手を切り裂かれ、加えて月の呼吸はいつもより不完全な状態。
完全にアンディの紅渦弾を殺しきることは出来ず、三支刀は音も立てずに折れた。


「いいねぇ、最高だ!!」
すかさずアンディは日輪刀を胸に刺し、斬りかかる。
対する黒死牟もすぐに新たな体内刀を出し、対抗に出る。


「紅蓮三日月!!」
――月の呼吸 壱の型 闇月・宵の宮


再び二人の居合いがぶつかり合う。
先の戦いは血の刃ごとアンディが斬られたが、今度は脹相の毒を分解し切れていない状態で、おまけにアンディが軌道を見切っていた。
さらに彼自身の血だけではなく、刀で掬い上げた脹相の血が、アンディの攻撃を後押しした。
人間の物より固まりやすく、鋭い凶器になりやすい脹相の血は、不死(アンデッド)の剣術との相性は言わずもがな。



2人の人ならざる血が合わさった刃――さしずめ紅蓮半月といった所かーーは、初めて上弦の鬼を後退させた。
いくら斬撃を出しても、いくら技を磨いても、彼が出す刃は三日月の形しかしていない。


「まさか……こんなことが……!!」
人間を卓越した鬼の力を持ってして、両腕が軋むほどの衝撃を受けた。
鬼ならざる存在、それも種族では鬼には劣っている相手に押されたことで、驚きと苛立ちを覚える。
刀で撃ち飛ばすも、完全に威力を殺しきれなかった血の刃が、黒死牟の長髪をはらりと飛ばす。
日の力に及ぶことの出来ぬ彼にとって、剣術にある月は欠けたままだ。
そして胸の内にある心という名の月もまた、満ちることは無い。


――月の呼吸 伍の型 月魄災禍
300年以上に渡り培われてきた月の呼吸の中でも、特に速さと前方の攻撃範囲が売りの一撃で、アンディを細切れにしようとする。


「月は良いねぇ。デッカイ満月を見ながら酒でも飲みてえなあ!!」
波の戦士ならば10人殺してなお足らぬほどの大技を見ても、軽口を叩くアンディ。
だが、アンディは状況が少し有利に傾いただけで慢心する性格の持ち主ではない。
逆に戦況が優位に見えた瞬間こそが、敗北につながる瞬間だということは痛いほど学んでいる。
今度は剣術に打って出ることはせず、その刀の刃先は自らの足首。

「血廻(けっかい)!!」
正面を向きつつ、再生の反動を使って九時の方向へジェット機のように飛ぶという、人間には為せぬ動きで躱す。
これまで、いくら強くても人間の枠を出ない存在を相手にしてきたことがほとんどだった。
故に人を斬り続けてきた剣士は、人ならざる動きに対応しきれなかった。
それでもアンディを傷付けることは出来たが、致命傷には程遠い。


「からの……再生滑走(リペアグライド)!!」
これまた人間離れした動きで、敵の周りをぐるぐると走り、攪乱していく。
一定以上離れた位置から敵の周りをひたすら回りながら、弱点を見抜いていくのはアンディがジーナを相手にする時に使っていた。
勿論、かつて不変(アンチェンジ)と戦った時より、長い直径の円を作りながら。


「どこまでも……愚弄する気か……!!」
自分には無き力を見せつけられ、その胸の内を煮えたぎらせる。


――月の呼吸 陸の型 常世弧月・無間
何処へ居ようと無駄だとばかりに、嵐のような斬撃で周囲一帯を薙ぎ払う。

「赤血操術――百斂 苅祓!!」
絡み付く血が、刀を振る腕を鈍らせる。
既に攻撃範囲を十分すぎるほど警戒していたアンディは、致命傷を負うことなく範囲外へ。


(ならば先に、邪魔なこの男から……)
そこから斬りかかって来るアンディを無視して、黒死牟は足を未だ立てない脹相の下へ運ぶ。


「赤血操術――超新星!!」


だが、それさえも脹相が待ちわびていたことだった。
超至近距離で斬りかかって来ることを見越して、すぐ近くで操血術で血の弾を作り、消えた瞬間に花火のごとく爆発させたのだ。
弾けた血の塊が、黒死牟を貫く。


黒死牟は知る由もないことだが、脹相は血の刃による遠距離攻撃を得意としているわけではない。
むしろ持ち前の身体能力に血の刃を乗せた近接戦闘も得意としている。
特に百斂で血を加圧した後は、離れれば刃を飛ばす穿血、近付いてくれば弾を破裂させる超新星で攻めることが出来る。
ただ黒死牟という、近寄れば斬殺される危険性が極めて高い鬼を相手にしていたため、遠くからの攻撃に甘んじていただけだ。


(血を爆発させる攻撃など……妓夫太郎にすら不可能だ……
否……あの方より聞きし……耳飾りの鬼狩りの妹……)


兄弟のために生き、兄弟のために戦う。
血を爆発させる攻撃は、彼とは真逆の道を行く竈門禰豆子の攻撃と似ている面があった。
兄弟の為に戦う。
脹相も竈門炭治郎も出来たことは、継国厳勝という男には出来ず、むしろその逆をしてしまった。
しかし、さらに苛立っている場合ではない。
いくら人より効き目が薄い毒といえども、これだけ正面から受けてしまえば、その害も馬鹿にはならない。

(早く……分解せねば……!!)


「いいねぇ!!最高だ脹相!!」
後ろからアンディが、黒死牟の首目掛けて斬りかかる。


――月の呼吸 伍の型 月魄災禍


ぎこちない動きながらも、最低限の動きで周囲を攻撃できる技で薙ぎ払おうとするのは、流石上弦の壱という所だろうか。


「動きが遅いぜ!!死刃(デッドブレイド)!!」
かつての修行の中、もう一人の男から受け継いだ技。
アンディは拳から噴出した血を凝固させ、剣として振るう。


「なっ!?」
初めて首から血が迸り、黒死牟も驚嘆の声を上げる。
その首は斬れはしたが、繋がっている。
彼の首は鬼殺隊最強の力を持つ悲鳴嶋行冥が、最高の出来の日輪刀を以て手間取るほど硬い。
例え背後にある建物さえ斬ったとしても、それ一発で首を斬り落とすことは出来なかった。

(あの攻撃は……危険だ……!!)
このままでは危険だと判断し、どうにかこの状況を切り抜けようと、動かしにくい身体を無理矢理動かそうとする。
人間からすれば致命傷な傷でも、上弦の鬼の再生力なら数秒で完治する。
この世界には再生力にも呪いがかけられているとはいえ、かかる時間が一瞬から数秒に伸びた程度だ。


「まだだ!!」
しかし、彼らの攻撃はそれで終わりではない。
死閃を撃った後も、アンディは片手で刀を持って、黒死牟の首へと斬りかかる。


――月の呼吸 参ノ型 厭忌月・銷り

既に刀を振れるほど毒を分解した黒死牟は、早速アンディへと斬りかかる。
だが、血の束縛、それにまだ残っている毒の影響もあり、振り抜いた斬撃の数は先よりも劣る。
勿論、月の刃の数は前にも増して少なかった。
この一撃なら、剣術の腕ははるかに下回るアンディでさえもいなせる……はずだった。


「!?」
月の刃と日輪刀がぶつかった瞬間、日輪刀が折れた。
パキンと高い音が響き、その刃先は明後日の方向に飛んでいく。


黒死牟は元々鬼狩りだったという経歴上、刀を折られた相手は弱体化することを経験している。
故に、武器破壊の技術も備えていた。
とは言え苦し紛れに放った一撃で、刀、しかも百戦錬磨の男の刀を折ることが出来るだろうか?


「しまった……!!」
その原因は、アンディが先に気付いた。
元々彼が得意としていた技は、決して普通の刀で連発出来る技ではない。
破壊の否定者、一心の手によって作られた、決して壊れぬ『倶利伽羅』によって成り立つ技だ。
かつて霞柱が使っていた日輪刀は、アンディの血を浴び、黒死牟の斬撃を浴び、そして毒を含んだ脹相の血を浴び、限界をとうに超えて脆くなっていた。


「ぐ……」
「そのような刀を粗末に使う攻撃では……侍にはなれぬ……。」
この近距離で刀の使い方を間違えた代償は、余りにも大きい。
自分で一度斬ったことにより再生した下腹部を、深く斬られる。


「赤血操術――百斂 苅祓!!」
アンディの危機を感じた脹相が、再び血を飛ばし、敵を拘束しようとする。
それに対し、またも消えて、離れた場所に現れる黒死牟。
追撃に出ることはなく、黒死牟は二人に挟まれている状況からいち早く離脱する。
既に超新星を食らった際に受けた毒は分解し終えた。
そして離れている間に、刀を先程家を壊した時の、極大の長さにまで変化させる。
離れた先でも、術者によって自由に操れる脹相の血は追いかけてくるが、慌てず騒がず技を使う。


「クリムゾ……」
――月の呼吸 拾肆の型 兇変・天満繊月


黒死牟は巨大な刀を、ただの長い木の枝のように振り回す。
長い腕と長い刀の円運動から放たれるのは、今までに見た中で最大級の攻撃範囲を持つ一撃だった。
最早刀を用いた奥義とはとても思えない、巨大な螺旋を描いた斬撃が、飛ばした血液もアンディも脹相も、全てを飲み込む。



「ぐああああああ!!」
「くそおおお!!」

彼らのみならず、後ろにあった建物さえ崩壊していることから、その一撃の恐ろしさが伺える。
最早周囲に無事な建物などどこにもない。

「まだ……生きているか……。」

「当たり前だ。まだ終わる訳にはいかん。俺は弟が生きる指標にすらなれていないからな!!」

―――兄上の夢はこの国で一番強い侍になることですか?
その言葉を聞いて感じたのは、あの時を思い出す、胸の内が焼けつくような苛立ち。


「もういい。お前の持論は聞き飽きた。」

2人共辛うじて生きていたが、それぞれ片足と片手が斬り落とされ、とても戦える状態ではなかった。
それでも、2人は反撃の為の一手を撃とうとする。


「これで終わったとでも思ってるのか?」
先の戦いで散らばっていたクナイを、残された手で投げるアンディ。
それからさらに腕と足一本ずつで跳躍し、残された部位を使おうとする。


だが、アンディの状況は詰みであることに変わりはない。
刀が折れたということは、単純に刀を用いての攻守が制限されるという訳ではない。
アンディにとっては身体を切り離した攻撃も、血を飛ばす攻撃も軒並み使えなくなるということだ。


「所詮は……無駄な足掻きか……。」
投げられたクナイを難なく躱し、アンディにトドメの一撃を下そうとする瞬間。
巨大な怪物が、黒死牟目掛けて走って来た。

「行けええええ!!」
否、それは怪物に非ず。
とある王国の先導者にして天才の発明家が、石の世界から造り上げた自動車、スチームゴリラ号の初号機だ。
脹相の支給品であったが、一度しか出せず、すぐにエネルギーも使い切ると説明に書いてあったので切り札として取っていた。
右手だけで支給品袋をひっくり返し、残った道具を全部出す。
既に足を?据がれ、動けぬ脹相だが、それでも血をフルに使い、その水圧で引き金を引き無理矢理動かした。
それだけでは器用な操作は出来ぬが、目的は移動の為ではない。
敵目掛けて走らせて、圧殺させることを狙った。


(これは……何だ……!?)
アンディと脹相より古い時代に生きていた黒死牟だが、それでも車の存在を知っている。
狭い世界に籠っていた妓夫太郎兄弟や、己が肉体のことにしか興味のない猗窩座とは異なり、世間のことも知っていた彼だが、車などには興味は無かった。
彼にとって興味があったのは何をどうすれば自らの命と剣が、弟を凌駕するかだけだったから。



――月の呼吸 拾肆の型 兇変・天満繊月
向かってくる巨大な力を、持ち前の剣術で打ち壊す。
木で作られたその車体は、簡単に壊れた。
そして月の呼吸の力は、その後ろにいた脹相も狙う。


呪いを祓う呪具でなくとも、全身を刻まれれば呪霊でも死に絶える。
「悠仁……アンディ……後は頼んだぞ!!血塗……壊相……見ていてくれたか……。」
だが、最期までその血で刃を作り、戦い抜こうとした。
刃の渦に巻き込まれる中で、弟と戦友の名前を叫びながら、兄を貫いた男は血煙へと姿を変えた。


「脹相!!」
彼は19世紀、アメリカでいた時から、仲間を失い続けた。
なぜ自分に託そうとする。
それをやるぐらいなら、何故誰かを捨ててでも生きようとしない。
それでも、受け取った物をそのまま溝に捨てる行為など、彼の矜持が許さなかった。



続いて、折れた日輪刀の刃を取りに行く、アンディを狙う。
(そうか……自らが斬らねば……傷の治りは格段に遅くなるということか……)
自分ではなく、折れた刃を取りに行く所で、察しがついた。


渾身の力を込めて、トドメの一撃を見舞おうとする。
――月の呼吸 拾陸の……


その時だった。
刀を握った右腕に、何かが飛んで来た。
それは、アンディの斬り落とされた腕の、残った部分。
その部分弾は一瞬だったが、確かな時間稼ぎになった。


(馬鹿な……?武器は折れたはずでは……)


「お前は良い相棒だったぜ……」
彼が腕を斬るのに使ったのは、脹相が戦車以外の支給品にあった斧。
脹相はスチームゴリラ号を飛ばしたのは、アンディの為に時間稼ぎだけではなく、自分が彼に斧を渡す瞬間を覆い隠す為でもあった。
操血術を使い、血を武器とする彼は、何の変哲もない斧など使う必要が無かったが、刃物が必要なアンディこそ使うべきだと思っていた。
その斧は、何の因果か彼のかつての相棒から受け継いだ武器。



そして、自分の力で斬った部分の再生は早い。
満を持して刃を拾い上げ、そのまま力強く握りしめる。
既に片手で持っている血刃は、作り主の死亡も相まって、消えかけている。

(頼むぜ……。)
アンディが次に斧で斬ったのは、喪った足の残りではなく、刃を持った右手。
敵は2人がかりでも押され続けた相手。
既に攻めねば負けると考えていたアンディは、両脚の回復よりも、少しでも強い攻撃をすることを優先した。


――月の呼吸 拾陸の型 月虹・片割れ月
「紅渦弾!!」


黒死牟目掛けて、再びドリルのような一撃が飛来する。
その一撃は、黒死牟の斬撃で払われる、はずだった。
地面に向けて撃ったことで、その反動で刃の雨を潜り抜けて、鬼の首へと刺さる。
僅かな時間、共に戦った脹相が使っていた血の跳弾での攻撃を、即興で借りたのだ。
だが、即急で打った技故、先程黒死牟の体内刀を砕いた時のような威力は無い。
彼の首を穿つには、威力が足りぬ。


一方でアンディには、5本の巨大な三日月が襲い来る。
まさに、Lunatic(気が触れた)な一撃。
天空から飛来するその技を、今度は躱しきれずに、脳天から貫かれることになる。



(この技は……だが、この威力で私の首を取ることは出来……!?)
刃で打ち落とすことは叶わず。だが、先程の死刃ほど恐ろしい技ではない。
その考えが消え失せた時は、もう遅かった。
黒死牟がその時思い出したのは、かつて老いた弟に斬られた時の痛み。
あの赫い刀でなければ味わうことが出来ない、焼けるような痛み。


「首が……再生出来ぬ!!」
最後の最後で、アンディに味方した運は、飛ばした右手で持った刃が、日輪刀だったことだ。
アンディの血と、脹相の血を浴び、赤くなっていた刀は、更なる濃い赫へ。
腕の回転と黒死牟の首の肉の摩擦により熱を増し、鬼を滅する赫刀へと変貌する。


その熱さを思い出した時は、もう手遅れだった。
再生どころか、首が崩れ行く。


「―――――――■■■■ーーーーーーッ!!!!」
その叫びは、誰に向けての物だろうか。


鬼となってなお、勝てなかった弟へのものだろうか。
自分より格下の相手にも関わらず、殺した不死の男への物だろうか。
はたまた兄の矜持を貫くという、自分には出来なかったことを成し遂げた男への物だろうか。
それを知る者は愚か、彼がいたという事実さえ知る者はいない。

この世界では、再生能力も制限されている以上、いくら鬼と言えど挽回の機会は残されていないのだ。
首から上も下も灰のようになり、消えて行く。




【脹相@呪術廻戦 死亡】
【黒死牟@鬼滅の刃 死亡】




「終わったか……スゲエ奴だった。UMAなんかとは比べ物にならねえ……
黙示録(アポカリプス)が新たに用意しようとしていた奴か?」

既に人の姿を成していないほど斬り刻まれたアンディは、彼の消滅を見て安堵の声を零した。
恐ろしい相手だった。
アンディには知らぬことだが、敵の能力が悉く制限されていた上で、ようやく倒せた強敵だった。


だが、生命力が制限されているのは敵だけではない。
本来なら呪具を使った攻撃か、術士でしか殺せぬ、正確には祓えぬ脹相も、死の否定者たるアンディも同じだ。


「へえ、これが死か。いいねぇ。最高だ。」
常人とは比べ物にならないほどの死を見ておきながら、今まで感じたことのなかった死を、今ならはっきりと感じ取る。
ようやく、死に場所を見つけた彼だった。


「いや、アイツとの約束、守れなかったな。馬鹿だ。」
最期に、自分の不運(アンラック)で殺してくれると言った少女、出雲風子のことを思い出す。

「やっぱり、死ぬなら……。」


月が、死した二人を照らしていた。



【アンディ@アンデッドアンラック 死亡】
【残り54人】




【C-2/市街地/1日目・黎明】


※周囲にはスチームゴリラ号@Dr.Stone、折れた時透無一郎の日輪刀@鬼滅の刃、多数のクナイ、サンダースの斧×2@アンデッドアンラックが散乱しています。


【支給品紹介】


【雛鶴のクナイ@鬼滅の刃】
アンディに支給された、音柱宇髄天元の妻の一人、雛鶴が使う武器。
じかに投げるのではなく、小型砲のような筒に入れて、大量に打ち出す。
刺さる時のダメージのみならず、鬼の再生や動きを阻害する藤の花の毒が塗られている。


【サンダースの斧@アンデッドアンラック】
脹相に支給された斧。
かつてアンディの仲間であったサンダースが愛用していた武器で、アンディも使ったことがある。


【スチームゴリラ号(1号)@Dr.Stone】
脹相に支給された支給品。
千空が石神村の住人と作った自動車で、これは最初期の姿。
水蒸機関で動いているが、スチームエンジンではパワーが足りず、坂道を手動で動かすことになる。


前話 次話
残酷 投下順 感電
蜘蛛糸は垂らされず 時系列順 感電

前話 登場人物 次話
ブラッドサーキュレーター アンディ GAME OVER
ブラッドサーキュレーター 脹相 GAME OVER
ブラッドサーキュレーター 黒死牟 GAME OVER


最終更新:2022年09月04日 23:32