駆ける
駆ける
駆ける
金色の桜が、絶望の黒が、白い砂塵の王が東京レース場の、中山レース場の、ゴールを一番に駆け抜ける
私はその背中をどうしようもない気持ちで見つめている
私の胸の奥から、どろりとしたものが這い出してくる
怒り、嘆き、嫉妬、諦め、羨望、怯え、渇き、蔑み
不定形の感情に包まれて、私は私を見失う
かつて私であった不定形の私は、音も無く深い深い何処かへと沈んでいく
あてどもない不快な浮遊感に身を任せたままに堕ちていく
唐突に、私の沈潜はけたたましいベルの音で断ち切られる
また、朝がやってきた
私は私の形を取り戻し、ベッドから身を起こす
駆ける
駆ける
金色の桜が、絶望の黒が、白い砂塵の王が東京レース場の、中山レース場の、ゴールを一番に駆け抜ける
私はその背中をどうしようもない気持ちで見つめている
私の胸の奥から、どろりとしたものが這い出してくる
怒り、嘆き、嫉妬、諦め、羨望、怯え、渇き、蔑み
不定形の感情に包まれて、私は私を見失う
かつて私であった不定形の私は、音も無く深い深い何処かへと沈んでいく
あてどもない不快な浮遊感に身を任せたままに堕ちていく
唐突に、私の沈潜はけたたましいベルの音で断ち切られる
また、朝がやってきた
私は私の形を取り戻し、ベッドから身を起こす
…私の形とは、本当にこの姿なのだろうか?
『フラッグ~或いはほんの小さな矜持の話~』
目覚まし時計を止めると、同室のいない部屋の中に静寂が広がった
もう半年以上たつというのに一人部屋に慣れない自分に溜め息がでる
慣れないのではなく、怯えているだけなのでは?という不定形の声を聞かなかったことにしてジャージに手を伸ばした
かつてもてはやされた星の世代も最早現役はほとんど残っていない
ミューズの世代に蹂躙され続ける中であるものは自分の限界を悟って退学し、
あるものは地方レース場へと転籍していき、
またあるものは
もう半年以上たつというのに一人部屋に慣れない自分に溜め息がでる
慣れないのではなく、怯えているだけなのでは?という不定形の声を聞かなかったことにしてジャージに手を伸ばした
かつてもてはやされた星の世代も最早現役はほとんど残っていない
ミューズの世代に蹂躙され続ける中であるものは自分の限界を悟って退学し、
あるものは地方レース場へと転籍していき、
またあるものは
「良い朝だな、ネット」
こうして怪我でレースから引退した後もトレーナーを目指して勉強と実習に明け暮れている
こうして怪我でレースから引退した後もトレーナーを目指して勉強と実習に明け暮れている
「おはよう、ベリザ」
そんなレースから離れられない友人に、サブトレーナーとしてついて貰うことにしたのは秋天でトロイメライに敗れた後のことだった
そんなレースから離れられない友人に、サブトレーナーとしてついて貰うことにしたのは秋天でトロイメライに敗れた後のことだった
「我の助力を望むだと?つい先日まで我らは鎬を削り合った仲であるぞ?
しかも我がいかに俊英と言えどもトレーナーとしては修業を始めたばかりの未熟者
そのような相手にサブトレーナーといえど己をさらけ出し命運を共にしたいだと?汝正気か?」
「本気だ」
私の返事を聞いて彼女の鼻白む音が聞こえた
しかも我がいかに俊英と言えどもトレーナーとしては修業を始めたばかりの未熟者
そのような相手にサブトレーナーといえど己をさらけ出し命運を共にしたいだと?汝正気か?」
「本気だ」
私の返事を聞いて彼女の鼻白む音が聞こえた
「ふん!世代の2冠バ様は怪我で引退した同期の事まで背負って走りたいと?
最近は善戦ウマ娘と揶揄される立場だというのに余裕だな?」
直球の皮肉に表情が引き攣るのを感じる
しかし、そういわれるであろう事は承知の上だ
最近は善戦ウマ娘と揶揄される立場だというのに余裕だな?」
直球の皮肉に表情が引き攣るのを感じる
しかし、そういわれるであろう事は承知の上だ
「今の私に世代を背負って走ると言えるだけの実力はない。
だから君に声を掛けたんだ、ベリザ」
だから君に声を掛けたんだ、ベリザ」
彼女の表情が更に険を増していく
「下の世代、例えばシンボリレクイエムと比べて、私に足りないのは何だと思う?」
「スタミナ、末脚の持続力、後はトップスピードに達するまでの加速力が足りぬ
今の汝ではスタミナの差で脚を削られ、最終直線では加速力の差で置いて行かれるのが関の山よ」
「下の世代、例えばシンボリレクイエムと比べて、私に足りないのは何だと思う?」
「スタミナ、末脚の持続力、後はトップスピードに達するまでの加速力が足りぬ
今の汝ではスタミナの差で脚を削られ、最終直線では加速力の差で置いて行かれるのが関の山よ」
即答。私の自己分析と同じ答えが打てば響くように返ってくる
「ついこないだまでやりあってた相手にしか判らない、下の世代の倒したい相手と今の私の実力差
それを明確に理解してくれているし、こうして問題点も言語化出来ている」
「ついこないだまでやりあってた相手にしか判らない、下の世代の倒したい相手と今の私の実力差
それを明確に理解してくれているし、こうして問題点も言語化出来ている」
にやり、と意識して不敵な笑みを浮かべて彼女に一歩歩み寄る
「私のサブトレーナーに求めるものとして、最高のものを君が持っている
だから君に声を掛けたんだ」
「私のサブトレーナーに求めるものとして、最高のものを君が持っている
だから君に声を掛けたんだ」
更に一歩
「私とトレーナーだけでは気づけても詰め切れない改善点、現役に近いからこそ判る相手の性格や能力の分析力」
「私とトレーナーだけでは気づけても詰め切れない改善点、現役に近いからこそ判る相手の性格や能力の分析力」
更に一歩
「私から菊の冠を奪っていった、君の頭脳とノウハウをくれ、ただでとは言わない」
「ただでとは言わないと来たか。なら、その報酬とは?」
調子を取り戻してきたのか、レース場で見たものと同じ、好戦的な笑みを浮かべて彼女が問い掛ける
「決まってるだろう?私達、星の世代をいとも簡単に乗り越えていったあのクソ生意気な後輩達の悔しがる顔だよ!!」
「私から菊の冠を奪っていった、君の頭脳とノウハウをくれ、ただでとは言わない」
「ただでとは言わないと来たか。なら、その報酬とは?」
調子を取り戻してきたのか、レース場で見たものと同じ、好戦的な笑みを浮かべて彼女が問い掛ける
「決まってるだろう?私達、星の世代をいとも簡単に乗り越えていったあのクソ生意気な後輩達の悔しがる顔だよ!!」
彼女の笑みが深まる
「大きく出たものだな?砂塵の王についこの前やられたばかりだというのに
判っておるのか?汝の言うクソ生意気な後輩達は、皆一騎当千。半端な実力ではないぞ?」
「半端な気持ちで勝てる相手じゃないのは判ってる、だから君に頼むんだ」
「汝の実力が半端なら、気概がいくらあろうとも届きはせぬ、その程度のこともわからぬか?」
「大きく出たものだな?砂塵の王についこの前やられたばかりだというのに
判っておるのか?汝の言うクソ生意気な後輩達は、皆一騎当千。半端な実力ではないぞ?」
「半端な気持ちで勝てる相手じゃないのは判ってる、だから君に頼むんだ」
「汝の実力が半端なら、気概がいくらあろうとも届きはせぬ、その程度のこともわからぬか?」
ふざけたことを言う彼女に一発お返しをする
「君はそんな半端なウマ娘に、皐月とダービーをみすみすかっ攫われたバ鹿者だったのかい?」
彼女の笑みが危険な水準まで深まっていく
…ちょっと煽り過ぎたかもしれない
「汝の望みは理解した サブトレーナー、引き受けてやろうではないか
つまり今日からは汝は我のトレーナー修行のためのモルモットということよ
モルモットに手加減を間違えてシゴキ殺したところで誰も文句は言うまいな?」
「………のぞむところだ」
声が震えていなかったのは、2冠バとしてのプライドがかろうじて仕事をしてくれたのだろう
「君はそんな半端なウマ娘に、皐月とダービーをみすみすかっ攫われたバ鹿者だったのかい?」
彼女の笑みが危険な水準まで深まっていく
…ちょっと煽り過ぎたかもしれない
「汝の望みは理解した サブトレーナー、引き受けてやろうではないか
つまり今日からは汝は我のトレーナー修行のためのモルモットということよ
モルモットに手加減を間違えてシゴキ殺したところで誰も文句は言うまいな?」
「………のぞむところだ」
声が震えていなかったのは、2冠バとしてのプライドがかろうじて仕事をしてくれたのだろう
そんな三ヶ月ほど前の出来事を思い出しつつ、朝食前の軽いトレーニングをこなしていく
「集中が乱れておるぞ!体幹と下半身のスムーズな連動を意識するのだ!」
シゴキ殺すという言葉に嘘はなかった
「集中が乱れておるぞ!体幹と下半身のスムーズな連動を意識するのだ!」
シゴキ殺すという言葉に嘘はなかった
「ネットよ、汝に改めて尋ねたいことがある」
朝食後のミーティング中、彼女が不意に真剣な表情で私に問いかけてきた
「過日の有馬記念、前回よりも1位とのタイム差は縮んでおった
タイムそのものも良馬場だったことを踏まえても昨年から大きく改善しておるのは確かだ
そこで一旦目線を窓の外へ向けた彼女は言い放った
「だが汝はあの小動物には先着出来なかった」
言い訳はしない。それが昨年末の有馬記念の結果だった
朝食後のミーティング中、彼女が不意に真剣な表情で私に問いかけてきた
「過日の有馬記念、前回よりも1位とのタイム差は縮んでおった
タイムそのものも良馬場だったことを踏まえても昨年から大きく改善しておるのは確かだ
そこで一旦目線を窓の外へ向けた彼女は言い放った
「だが汝はあの小動物には先着出来なかった」
言い訳はしない。それが昨年末の有馬記念の結果だった
「汝、いつまで現役でいるつもりだ?汝の身体データは本格化の終幕が近いことを明らかに示しておるぞ?」
そう、私の体は私の意思を置き去りに、本格化を終えようとしている
「あのクソ生意気な後輩達に一泡吹かせるまで、かな」
しれっとうそぶいても現実は変わらない
私が競技ウマ娘としての私でいられる期間は過ぎ去ろうとしている
「あのクソ生意気な後輩達に一泡吹かせるまで、かな」
しれっとうそぶいても現実は変わらない
私が競技ウマ娘としての私でいられる期間は過ぎ去ろうとしている
「そのクソ生意気な後輩達も、己の競技人生に幕を引き始めておる
先の香港マイルを征した砂塵の王も引退を表明した。汝が一泡吹かせたがっている者どもの一人がだ」
先の香港マイルを征した砂塵の王も引退を表明した。汝が一泡吹かせたがっている者どもの一人がだ」
その通りだ。ウマ娘の競技者としての人生は長くない
「汝、何時まで続けるつもりでいるのだ?」
「そうだな…」
「汝、何時まで続けるつもりでいるのだ?」
「そうだな…」
目を閉じて思い出す
同期で同室だった、スプリント、マイルを得意としていた彼女の事を
安田記念を制覇して、念願のG1バとなった彼女は泣いていた
『アタシ、もう疲れちゃった』
1位の相手にマイルで5バ身離されてゴールインした後で、1位が降着してG1バとして表彰される
こんな屈辱があるだろうか?
観客の、周囲の、マスコミの興味本位のやっかみや中傷に彼女は泣いていた
これがもっと競った勝負なら少しは違ったのだろうか?
今となっては判らない
私の同室の友人は、トレセン学園をやめてレースとは関係ない世界で生きていくことを選んだ
誰が悪かった訳でも無い、パストラルを恨むのも筋違いだ
それが正論だろう
同期で同室だった、スプリント、マイルを得意としていた彼女の事を
安田記念を制覇して、念願のG1バとなった彼女は泣いていた
『アタシ、もう疲れちゃった』
1位の相手にマイルで5バ身離されてゴールインした後で、1位が降着してG1バとして表彰される
こんな屈辱があるだろうか?
観客の、周囲の、マスコミの興味本位のやっかみや中傷に彼女は泣いていた
これがもっと競った勝負なら少しは違ったのだろうか?
今となっては判らない
私の同室の友人は、トレセン学園をやめてレースとは関係ない世界で生きていくことを選んだ
誰が悪かった訳でも無い、パストラルを恨むのも筋違いだ
それが正論だろう
しかし、それではあの子の心はどうなる?
何もしらない無責任な声に傷ついて、大好きだったレースから離れる事を選ぶまでに追い詰められたあの子に何が言える?
あの子に対して、私が出来ることは今となってはもう一つしかない
何もしらない無責任な声に傷ついて、大好きだったレースから離れる事を選ぶまでに追い詰められたあの子に何が言える?
あの子に対して、私が出来ることは今となってはもう一つしかない
「あのクソ生意気な後輩達に一泡吹かせるまで、としか言えないかな?」
こうしてわざとらしく笑って
私達星の世代がやられっぱなしでは終わらないと言うことを、
世間と言う奴に叩きつけてやる事しか出来ないのだ
こうしてわざとらしく笑って
私達星の世代がやられっぱなしでは終わらないと言うことを、
世間と言う奴に叩きつけてやる事しか出来ないのだ
そのためには私の形や気持ちなどどうでも良い
この胸の中に渦巻く不定型な私があのクソ生意気な後輩達に牙を剥くその日まで
プラネットセブンは星の世代の代表であり続けるのだ
この胸の中に渦巻く不定型な私があのクソ生意気な後輩達に牙を剥くその日まで
プラネットセブンは星の世代の代表であり続けるのだ