「キョン、君に聞きたいのだが、僕たちの存在を証明するのはなんだと思う?」
またいつもの小難しい話か。嫌な訳ではない、むしろこいつの底無しの知識量と俺の興味を掴む話題は面白い。
だが今回はちとヘビーな話題だな。軽く考えたくらいじゃ俺の貧相な脳みそは答えを出してくれそうにない。
うーむ。存在の証明ねぇ。俺が今ここに存在する事を証明するには…?すまん、さっぱりだな。答えはなんなんだ?
「残念ながら僕も正解は持ち合わせていないんだよ。」
佐々木にも解らない問題が俺にわかる訳ないだろうと思いつつも、とりあえずは真剣に考えてみよう。
「小学生の頃に疑問に感じてね。それ以来ずっと考えているんだが、未だに答えは見つからないんだ。」
両手を組んでその上に顎を乗せ、若干上目使いで拗ねたような表情の佐々木。…反則だと思うのは俺だけではないだろう。
喫茶店のテーブルを挟んで見える光景にアホの子のような表情を晒して思考を放棄していると、佐々木は再び口を開いた。自分の頬をむにゅーっと抓りながら。どうでも良いが、餅みたいだなお前の頬っぺたは。
「時々ね、不安になるんだ。僕たちにはこうして痛覚のような感覚はあるけれど、感覚ほど信用出来ないものはない。僕に見えるキョンと、君自身が鏡を通して見るキョンが同じように見えているとは限らないようにね。」
難しい言い回しだが、ようは俺達が見たり、聞いたりというような感覚はあてにならないという事か。
「その通りだよキョン。くっくっ、君は本当に理解力に長けているね。だからこそ僕は君に話しかけるんだ。君と話していると、自分の知識を10伝えたら12、3になって返って来るからね」
そうは思えんが。俺はゼロだった知識が佐々木に10聞いてやっと2、3になる程度だと自覚しているしな。
「おっと、話が脱線してしまったね。元に戻そう。存在を証明するものが感覚に頼ってはいけないとなると、僕は自分の存在を証明する事は出来ない。何故なら、理性もまた完全に信頼してはいけないからだ」
つまりどういう事だ?今日はいやに哲学的だな。全く無知という訳ではないが、フロイトぐらいしか知らないぞ。しかも名前だけだ。それは無知だろうというツッコミはナシだ。
「解りやすい例えで言おうか。僕らの生きているこの世界は、何者かによって創作された物語だとしたらどうしよう。
そうではないと君は言い切れるかい?」
そんなの簡単だ。俺はこうしてお前と話して、存在の証明について考えている。これは俺の意思によるものだ。俺は佐々木と話したいからここにいる。
「くっくっ、君にそう言って貰えるとは光栄だね。だが、その意思さえもが物語の作者によって作られたものだったら?」
…そんなバカな話があるか。俺が今まで生きてきた十数年が、何者かによって書かれた物語?
願望を実現するトンデモ美女や、宇宙人や未来人と友達になったり、超能力者から背後を守り続けてきた今までの人生が?…うん、十分有り得る話だな。
「そうだろう?少し気になる台詞はあったが…。むしろそうでないとおかしい。
物理法則を無視したり、時間遡行が可能だったのはなぜか。簡単な理由だ、これは何者かによって書かれた物語だから。
それだけですべての矛盾に説明がつく。無から何かが生み出された訳じゃない、すべては作者の意思に依存するんだ」
また随分と酷な話だな。ということは何か?俺達が今考えている事も話してる事もなにもかも、作者の想像力の賜物だって事か。
じゃあそいつはこの世界にとって神みたいなものなのか?
「そう言って差し支えないだろう、悲しい事にね。そしてそれに気付いたとしても、僕たちには成す術はない。
何故なら僕たちは被創造物だからだ。僕がこれに気付いたという事自体が、神の思い付きによるものなのかも知れない」
………。
今まで考えた事もなかった。いや、考えさせられなかったのか。
そりゃそうだ、今までの人生が否定されるなんて、考える筈がないだろう。
「そして神は今も僕たちを見て、次は何をさせよう、何を考えさせようかとコーヒーでも啜りながら思案しているんだろうね。」
クソ、なんか腹立つな。同時に悲しい。俺が作られた存在だった。
俺だけじゃない、佐々木も、ハルヒも、長門も、朝比奈さんも、古泉…はどうでもいい。みんな神の物語の登場人物、か。
「……僕が君を想う気持ちだって、作り物かもしれない。こんなに強く想っても、それは僕の意思ではない…悲しいよ、キョン」
何を言ってやれば良いんだろう。目の前で静かに涙を流す、理性的である(という神が作った設定?)がために自分を見失ってしまった親友に出来る事はなんだ。
何もない。
抱きしめてやる事も出来るだろう。慰めてやる事も出来るだろう。一緒に泣く事も出来るだろう。ただし、俺ではなく神の意思でな。
俺が、佐々木のために、出来る事はなにもない。
情けない。悲しい。自分の無力さ、無知が、あまりに悲しい。
…しばらくすると佐々木は泣き止んだ。赤い目をした佐々木は、どうしようもなく儚かった。吹けば消える蝋燭の火のようだ。
不意に、テーブルに置いてあったコーヒーとレモンティーが蒸発するように消えた。
続いてメニューが消え、周りの客が消えた。
何も矛盾はない。真相に気付いた俺達に不可解な現象を見せて、これが俺の力だとでも言いたげに作者が舌を出して笑っているんだろう。
「キョン、僕はキョンが大好き。親友としてではなく異性として。本当に大好きなんだ。これがまがい物だなんて信じられないくらいに。僕の意思だと信じたい…愛してます、キョン」
そう言って(言わされたのか…?)佐々木が消えた。
消えたという表現が正しいだろう。本当に、蝋燭の火のように。何も不思議な事はない、これも神の力という事か。
俺には何も出来なかった。返事すらも。目の前の佐々木を奪った神とやらに激しい怒りを覚えたが、どうしようもない事はわかった。
俺は無力だ。
机を思いきりたたき付け、俺は泣いた。声が枯れる程に。
胸が締め付けられる。佐々木が消えて悲しい。そう思うこの気持ちさえ俺のものじゃないのかよ!
だったら何をしても無駄だ、そうだろ?俺が何を考えても、それはこの世界を創造した奴が考えてる事だ。
「…え?」
なんだこの違和感。
何か矛盾している。
この世界は作者に創られた。それを証明するように、さっき佐々木が消えた。
何故佐々木を消した?何故周りの人達を消した?
ただ自分の力を俺に見せ付けて笑う為だけか?違う。
俺に何を望んでいるんだ?
考えろ…俺の考えてる事は作者の考えてる事だ。
そこに優劣はあるのか?
俺が考えてるって事は、つまり創造主の『考える』という行為を代行してるって事だ。自分の代わりに俺に考えろって事か?
俺が考える事=創造主が考える事…それは俺が支配されてるって事じゃない。佐々木が言うように依存している訳でもない。
…俺と創造主が『考える』という行為を共有している。
そういう事か。
誰が考えるかは重要じゃない、考える事で導き出される答えと結果が重要なんだ。
その結果は創造主だけのものじゃない。創造主の代わりに俺達が見つける事だって出来る。俺達は創造主の代弁者なんだ。
何も嘆く事なんかなかったんだ。
「佐々木!」
気付くと目の前につい数分前の光景が広がっていた。
佐々木は鳩が豆鉄砲を食ったような表情で俺の前に座っていた。
「くっくっく…キョン、君には本当に驚かされる…どうやら僕は間違っていたみたいだね。」
ああ。ついでにお前の不安も少しは軽くなったか?
「もちろんさ。確かに僕達は創造主から独立はしていない。だが支配されてもいないし依存してもいない。言わば思考を共有している分身みたいなものだったと言う訳だね」
みたいだな。まったく、頭の使い過ぎで俺はオーバーユース症候群だ。最低でも一週間は休みをいただきたいところだぜ。
「くっく、そういうところは相変わらずか。そこが君の魅力でもあるのだけどね。だが何か重要な事を忘れてはいないかい?」
「なんだ?俺の脳みそはもう機能障害を起こして使い物にならんぜ」
「あそこまで僕に言わせておいて、まだフラクラするかい…」
あの、佐々木さん?闘気で周りが歪んで見えますが…
ふう、さすがに忘れてないさ。
「佐々木、さっきの告白だがな…」
ギクッと音が聞こえそうな勢いで背筋を伸ばす佐々木。
「…嬉しかったよ。俺もお前が大好きだ、佐々木」
「……キョン」
この時俺は完全に状況を失念していた。俺達が話していたのはどこだったか。
「あ~…とりあえず出るか、佐々木」
佐々木の手を引いて勘定を済ませ、喫茶店を後にする。もちろん生暖かい目で見守られながらな。
「ねぇ、キョン。」
「ん?」
「さっきの存在の証明の話…やっぱり答えは難しくてわからないけど、ずいぶん楽になったよ。」
そりゃよかった。脳みそに重労働を強いた甲斐があったぜ。
「もっと大切な事がわかったから。僕がキョンを好きっていう気持ちは、誰かに作られたものじゃないんだ。たとえそうだとしても、その気持ちは作り物じゃない。問題は誰が思うかじゃなくて、想いが存在する事なんだね」
そういう事だな。今頃神様だか作者だかは、ふぅ、やれやれと一息ついてる事だろうよ。
「そうだと良いね。ふふ、やっぱりキョンは僕の知識を10から20にも30にもしてくれるね。ありがとう、大好きだよ、キョン」
…ああ、俺もだ。確かに俺もお前を想う気持ちは存在する。それは確かで揺るぎない事実だ。
さぁ帰るか。
ふぅ、やれやれ。
最終更新:2008年02月25日 09:38