61-903「魔法少女ささき☆マギカ」

 その人物と一対一で会うのは初めてでした。間違いなく。
「こんにちは、佐々木さん」
「古泉くん、だったっけ。機関の創設者」
 と、橘さんから聞いている。
「いえいえ、誰から何を聞かれたか知りませんが僕はただの平隊員ですよ」
「そういうことにしておこうか。さて、騒動は終わったというのに、涼宮さんの閉鎖空間
統括者がボクに何の用かな」
「色々とお尋ねしたいことがありましてね。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
 よくはない。私は勤勉な高校生に戻らないといけない。非日常にかまけるのはそろそろ
控えなければならないの。
 しかし、彼のにこやかな視線はそれをあまり許容してはくれそうにありませんでした。
「ああいいよ。では、君たちが馴染んでいるという喫茶店でもどうかな」
「結構ですね。あの喫茶店は僕も好きなのですよ」
 喜緑さんというキョンの知り合いらしい宇宙人さんは居ませんでした。好都合といえる
かもしれません。
 尋ねることがあると言って来たのに、古泉くんは頼んだコーヒーが運ばれてきてそれを
一口すするまで何も喋りませんでした。
 彼なりに躊躇している様が伺えます。
 キョンとは方向性が異なるものの彼が相当の知恵者であることは間違いないでしょう。
 そういえばキョンは私と古泉くんなら話ができそうだと言っていました。
「さて」
 最後の躊躇を断ち切るように、古泉くんはカップを置いて私に向き直りました。
 刑事ドラマの犯人になった気分といえなくもありません。
「閉鎖空間に長門さんたちを引き入れたのは貴女ですね」
 やっぱりその話でしたか。
「長門さんには口止めをお願いしていたのだけどね。彼女が喋ったとは思えないな」
「ええ推測です。どうしても気になりましたのでね。彼女達がいかに破天荒な力を持って
いたとしても、閉鎖空間には干渉できない。干渉できるくらいなら最初から彼女達は観察
者などしていませんからね。となると誰かが閉鎖空間内に彼女達を引き込んだということ
になりますが、あいにく我々の機関は間に合いませんでした。となると橘さんの一党かと
も思ったのですが、あの様子ではその気配は無い。となると、できるのは貴女しかいない
んですね」
「僕は自分の閉鎖空間の中には入れないんだよ。仕方がないから世紀のスペクタルを前に
すごすごと家に帰ったのに」
「帰る前に、一仕事をされたのでしょう。意外ではありましたが、考えてみれば涼宮さん
も自身の閉鎖空間内に入り込んだことがありました。貴女にも同様のことができてもそれ
ほど不思議ではありません」
 なるほど。涼宮さんも自分の内面に籠もったことがあるのですね。彼女への親近感が増
しました。
「涼宮さんが閉鎖空間に入れないというのは、単にそれを普段意識していないからだとい
うだけの理由なのでしょう。存在を知っている貴女は、自らそこに入り込むことができて
も何も不思議ではありません。本来、貴女の内面世界なのですから」
「それはそうだね。誰しも自分の心の中に逃げ込みたいことはある」
「肯定と受け取らせて頂きます。とすると、色々と不可思議であったことの謎が解けます。
涼宮さんと彼を助けた神人は、涼宮さんのものではなく、貴女のものなのでしょう」
 そこまで気づかれてしまいましたか。うまく彼女の神人にみせかけたつもりだったので
すけど。
「そうでなければおかしい。当初は涼宮さんの成長によるものだと喜んでいましたが、い
くら涼宮さんが成長しているとはいえ、貴女と出会ってから出現した神人は到底コントロ
ールできているものではありませんでした。今回の涼宮さんの無意識はヤスミさんに結集
されており、その無意識がわざわざ神人という別の形をとって発露される必要も無かった
はずです。となると、神人に干渉して涼宮さんと彼を助けることができたのは、貴女だけ
です」
 素晴らしいです。探偵か逆転検事にでもなるべきですね。
「それだけの才気を披露して平隊員と名乗るのはいささか無理があると思うよ」
「いえいえ、いつも彼とゲームをしては負けている程度の者ですよ」
 さて、知的ゲームというのならやられっぱなしというのも気分がよくないです。藪蛇だ
とはわかっていても一手打たせていただきましょうか。
「そんな秘密をあばいてすっきりした、という顔ではないね。前提が終わったところで、
そろそろ本題に入ってもらおうかな」
 よし、驚いてもらえたみたい。うん、キョンの言う通り、古泉くんと話すのはそう悪い
ものではありません。もちろん、キョン以上のものではないですけど。
「呪いを解いて欲しいと思いまして」
 ……、ずいぶんと踏み込んで来られました。これは恐ろしい。
「僕は魔術師でも陰陽師でも寺生まれでも無いよ。僕の素性は君たちの機関が洗いざらい
調べていると橘さんから聞いているけど」
「貴女が、彼に仕掛けた呪いですよ」
 逃がさないとばかりに王手を打ってきました。この調子ではキョンが古泉くんに勝って
いるというのは古泉くんの接待ゲームでしょうね。
「呪い、か。言ってくれるね」
「違いますか。少なくとも彼の行動と判断を拘束していることは確かでしょう」
「それは、できないよ。あいにくと、出来ない相談だ」
 否定の仕方に苦労しました。なんと言って避けるべきか悩みます。
「それは、貴女自身をも拘束しているから、ですか」
「どこからその論理が出てきているのか教えてもらえるかな」
「貴女の態度そのものですよ。貴女は彼に対して、徹底して枠から出ないようにしていま
した。それは自制と呼ぶにはもはや奇妙でしたよ。僕たちのような若人が、好きな相手に
対してそんな制限はできません。恥ずかしかったり、身を引いたり、そんなことはあって
も、自分を拘束するような真似は本来できうるものではありません。まして涼宮さんとい
うカウンター存在がいた今回のようなケースで、貴女の態度はもはや不自然を通り越して
異常です」
 参った。降参です。
「そこまでわかっているのなら、僕がそれを解けない理由があるとは考えないのかい」
「当然それはわかっています。ですが、そろそろ涼宮さんが彼の朴念仁に我慢の限界を迎
えそうでしてね。呪いを解いて頂かないと遠からず状況が破綻するおそれがあるのです」
 そこで古泉くんは一口コーヒーをすすりました。最大の攻撃が来る。
「彼を、鉄壁の朴念仁と化している、貴女の呪いによって」
 クリティカルヒット、というべきでしょうね。
 お手上げだよ、というように私は肩をすくめた。本当は泣きたかったのですけど、キョ
ンでもない彼の前で涙を見せるのは癪。
「いい加減にキョンに、涼宮さんから向けられた好意に気づいて貰わねば困るというわけ
だ」
 彼が既にわかりきっているであろうことをいちいち私がなぞるのは、敗北宣言を兼ねて
いた。
「ええ。女性から向けられる好意のことごとくを外すあの神経もまた異常です。それも作
られたものだという可能性を考えていましたが、同時に、そんなことができる人物などい
ないと考えていました。何しろ相手は神である涼宮さんに好意を向けられている彼です。
その彼に手出しするということは世界に対して作用する力がいります。長門さんたちは観
測者ですし、朝比奈さんたちの目的にも合わない。貴女の一党が登場したとき、橘さんあ
たりが首魁かと考えていましたがどうにも力不足でした。でも、涼宮さんに匹敵するとい
う貴女ならば、という可能性に行き着きました。あとは、それを肯定するだけの力が得る
ことの確証が欲しかったのです」
 古泉くんの回答も、言わずもがなのことでした。こちらに喋らせないということは、私
には真なる解答以外は喋るなということなのでしょう。手強い。
「答を言おう。解くつもりはない。解くことはできない。キョンには少なくともあと二年、
ああしていてもらう」
「理由をうかがってもよろしいでしょうか」
 殺気とはいえないものの、古泉くんの目に剣呑な光が宿るのがわかりました。
 言わねば帰さないし、言っても納得できるものでなければ引き下がらないぞという決意
に溢れていました。
 溜息をつく。心の中で、今や彼の口癖となったことをなぞる。やれやれ。
「条件がある」
「……なんでしょう」
「この秘密、命を賭しても守れるかい」
 私の声に込められた刃に気づいたのでしょうろう。彼の顔色が明らかに変わりました。
それは文字通り、命を賭けて貰わなければならない。断じて、キョンに知られてはならな
い。知られてしまったら、私の望みも願いも全て破綻する。
「……誰にも」
「明かす次第となったら、その前に君の命を剥奪する。それでも構わないかい」
 一瞬、間がありました。単なる脅しではないことがわかったのでしょう。
「……心得ました」
「では、続きは閉鎖空間で話そう。長門さんや九曜さんたちにも聞かれたくないのでね」
 やれやれ。まさかキョン以外の男性の手を取ることになろうとは。
「はい……」
 閉鎖空間に入るとだしぬけに静かになりました。私の諦めが定常化した静かなる世界。
同じ配置、同じ作りの店内そのままでも、配色が移り変わり、店に漂っていた湯を沸かす
音、豆を挽く音などが一斉に姿を消す。これでいい。何一つ音の無い世界で、ただ秘密だ
けを語りましょう。
「ずいぶんと昔の話になる。僕とキョンは結ばれて、それで子供が出来てしまった」
 絶句、というものを通り越して、古泉くんの顔から表情というものが消し飛びました。
無理もないですけど。
「キョンは入ったばかりの高校を中退し、身を粉にして働き始めて、過労で倒れてしまい、
そのまま帰らぬ人となった。そのショックで僕も流産してしまった。中学生同士の恋愛に
歯止めをかけなければ、こんな終わりだという典型例だ」
 古い古い記憶。それでもなお鮮明に、一瞬一秒のどれ一つとして、けっして私が忘れ得
ない記憶を、久しぶりに脳裏に映し出す。
 あの感触、あの喜び、あの悲しみ。
 ああ、駄目だ……。別に古泉くんに涙を見せるつもりは無かったのですけど、この記憶
だけは、涙せずにはいられない。
「前世、などというものではありませんね。それは、ここではないどこかの今、ですね」
 さすがに涼宮さんの側近だけあって飲み込みが早いですね。なるほど、彼にも経験があ
るわけですか。ということはキョンも経験しているのね。
「正確に言えば去年だけどね」
 肯定代わりに微細な間違いを訂正する。
「そして貴女は、やり直すことを決断された、と」
「そのときの僕には、世界を変える力があった。そして罪深いことに、涼宮さんと違って
そのことを認識していた。最初の巻き戻しは半年と少し。妊娠に至ったと考えられるとき
に、しかるべき対処を試みた」
 初めてなのに経験があると思われたのは心外だったわ。精神的には経験があったという
ことではあるにせよ。
「しかし、成功しなかったと」
「掛詞だとしたら皮肉な言い方だね」
「失礼。つまりは同じ結末になったのですね」
「さして変わらなかった、というべきかな。止まらなかったんだよ。そのときを回避して
も、僕たちの恋はどうにも止められなかった。結局は同じ過ちを繰り返してしまったんだ
よ」
 この身を潰すほどの自嘲がなければとても話すことができないくらい恥ずかしい話ね、
まったく。
「次はもう少し前、バレンタインデーまで遡ってみた。その次は正月まで。そのまた次は
クリスマスまで。文化祭、運動会、少しずつ、少しずつ、試行錯誤を繰り返して、そのた
びに同じ結末に陥った」
 これを運命というのなら自己責任もいいところなのでしょう。それでも、私は抗えなか
ったし、キョンも抗えなかった。
「まるでどこかの魔法少女のようですね」
「魔法少女か。いいね。宇宙人と未来人と超能力者がいるんだから魔法使いくらいいても
不思議じゃない。僕と涼宮さんは神なのではなく、ただの魔法使いなのかもしれないよ。
その方がずっとしっくりくる」
 少なくとも、自分の我が儘で世界をひっくり返すような神は、……世界中にいましたっ
け。でも、駄目な点であっても自分を神に喩えるのは思い上がりも甚だしい。
「そしてついに、中学一年、初めてキョンと出会ったときまで遡り、それでも、駄目だっ
た」
 何度繰り返しても、あの出会いは鮮烈でした。単純で、どこにでもあるボーイ・ミーツ・
ガール。それなのに、あれほどまでに惹かれてしまった。自分があんな青春小説の主人公
になるなんて思いも寄らなかった。
「貴女ほどの理性をもってしても駄目だったのですか」
「買いかぶりはよしてくれないかな。僕は力があるだけの途方もない愚か者だよ。ただ、
繰り返す間に無駄に知識だけは増えていったけどね」
 繰り返す時間の中で、中学の授業内容などとっくの昔に憶えきってしまいました。でも
授業をあまりに先取りすると周囲から浮いてしまうから、高校の授業内容に手を出すこと
は控えて、余剰時間はキョンのことを考えるか、読書に逃げるかしていました。
 エラリー・クイーンとコナン・ドイルは四周目で読み切ってしまったし、自分に置き換
えられそうなSFも六周目で読み切ってしまいました。後は自分のやっていることの答え
が欲しくて哲学に逃げた時期もありましたっけ。いつそれだけの本を読んでいるんだと尋
ねたキョンをはぐらかすのに苦労したこともありました。
「ご謙遜を。恋心は人を滅ぼしますか」
 まるで自分にも憶えがあるような口ぶりですね。
「そう。これは病。救いがたい、死に至る病だと言える」
 自らを滅ぼすだけならまだしも、最愛の人を滅ぼす病など。
「でも、君の言うこともあながち間違いではないかな。あの時のキョンがどれほど魅力に
満ちていたか、おそらく君の想像を遙かに超えるだろう。今のキョンでさえ、涼宮さんを
始めとする錚々たる面々を魅了するに足るけど、それが霞むほどだったんだよ」
「なるほど……。それが、貴女の呪いですか」
 その通り。
「十回目の中学一年の春、僕は彼と僕自身に呪いを掛けた」
 決して彼が私に踏み込まないように。あの太陽さえ焼き尽くすほどの恋心が生まれない
ように。それでいて、出来る限り彼らしさを失わない様に。それは、途方もない罪への言
い訳でしかないとわかってはいたけど。
「そうして、僕は彼と親友になることにした」
 私自身に掛けた呪いは、好かれないようにすること。その時から私は、男子に対する喋
り方と態度を変えた。変な女として、彼に限らず誰かから恋心を抱かれないように。誰か
が引き金となって彼が私への恋心を取り戻さないように。
 私と彼がどちらも止まれば、あの悲劇は起きない。
 今度こそ、彼は死なずに済んだ。私と結ばれることもなく、私とは別の高校に行くこと
で、彼はやっと、初めて、高校二年生に進級できた。
「それで、世界は変わったのですね」
「間違いなく、世界を変えてしまったよ。未来人や宇宙人、超能力者の出現は、その歪み
を是正するためか、それとも崩壊のドミノ倒しなのかはわからないけど」
「さて……、どちらかは僕には判断しかねます。おそらく朝比奈さんや藤原さんにもわか
らないことでしょう。彼ら未来人は今から四年前より以前には遡れないと言っていました。
それは涼宮さんが独立で為したことだとすると時期に疑問がありましたが、貴女と彼の出
会いの点より前に遡れないということだったとすれば納得がいきます」
 やはり、私の為したことは世界に対する大罪だったのね。だが、それでも構わない。彼
が生きてくれさえいれば。
「そのときに、貴女は力の大半を失ったのですか」
「ご名答。今の僕は、元々あった力のほとんどを自分自身の恋心の発露を封印するために
使い果たしている。だから藤原君が言っていた、器だというのは正しいんだよ。今の僕は
元々あった力の大半を使い果たした殻のようなものだからね。だからこそ、涼宮さんの力
を受け入れることも可能だと彼は考えたのだろう。まったく、不本意ではあるがそれは正
しいと言わざるを得ないね」
「力を少しだけ残したのは?」
「保険だよ。僕との因果をくぐり抜けたとしても、交通事故など予期せぬ事態が起こるか
もしれないと考えた。よもやこれほどまでに摩訶不思議な未来が訪れるとは想像もしてい
なかったけどね」
「では、長門さんの世界改変の折に彼を時間遡行させて救ったり、このたびの件で絶体絶
命の彼を一ヶ月未来へ飛ばしたりしたのも、貴女だったわけですね」
 意図的だったことくらいはばれますか。あれほど都合良く時間を結びつけてしまったら。
「今回の件は、幸せな涼宮さんに対するちょっとした悪戯だよ。これくらいは許してくれ
たまえ」
 キョンの心を食い止めていても、あんな仕掛けを施したのでは、涼宮さんが思い余って
しまうかもしれなかったから。
「貴女は、このままでいいのですか」
「いいわけはないよ。封印と言っただろう。僕は僕と彼が大人になるまで、しばし離れて
待つことにしたんだよ。もう、普通の夫婦が添い遂げるよりはるかに長く、僕はキョンと
の時間を生きた。少しくらいなら待ってもいいかと思ったんだよ」
「それで貴女の異常とも思えるほどの余裕が理解できましたよ。彼の前に涼宮さんのよう
なお方がいるというのに、貴女の態度はあまりにも超然としていた。親友と言う言葉で彼
と自身を縛っていることはわかっても、その理由がこれまで理解できなかったのです」
「そう、僕には大丈夫だという確信があった。僕がほとぼりを冷ますまでの間に誰がキョ
ンに近づこうとも、決して彼が揺らぐことはないだろうと」
「でも、予想外だったのですね」
 そう、絶対の自信があったらわざわざ姿を見せたりはしない。
「ああ、さすがに涼宮さんという存在までは想定していなかったよ。これでも僕は涼宮さ
んのことを昔知っていてね。キョンの前に現れて、キョンと共に時間を過ごしているのが
彼女であると知って、どうにも不安に駆られてしまった」
 かつてああなりたいとすら憧れた太陽のような人。キョンの前に現れたのが他の誰であ
っても、これほどに揺らぎはしなかったでしょう。
「せめて、恋敵の前に姿を見せるくらいのことは許してもらえるだろうと思ったんだよ」
「……そう言われると、なかなか反論に窮しますね」
 涼宮さんの閉鎖空間管理者である彼にはかなりの心労を負わせたことは想像に難くあり
ませんが、古泉くんの態度はずいぶんと好意的なものでした。
「ところで、君はキョンに涼宮さんへのリミッターを解除して欲しいんじゃなかったのか
い。ずいぶんと僕に肩入れしてくれるね」
「……これは、しくじりましたね。本心を明かすつもりはなかったのですが。どうも貴女
の恋心に中てられてしまったようです」
 作ったような笑顔に、隠しきれなかった冷や汗が滲んだ。
 ああ、そうか。そうよね。だって、あの涼宮さんの傍にいて、惹かれずにいるなんてこ
と、恋心を封印されでもしないかぎり無理だもの。
「古泉くん、君は」
「はい、僕もお慕い申し上げている方がいらっしゃいます。仕事と任務の関係で、決して
それを明かすわけにはいきませんが」
 真実を明かした私への彼なりの返礼だったのでしょうか。誰にも聞かれることのない世
界で、私だけが彼の懺悔を聞いた。でも、それならば。
「それならば、僕が助けられるかもしれないよ。呪いを解くことはできない。でもそれは
二年後の春までだ。僕とキョンが高校を卒業するまで、恋心を燃やしても我が身を焼き尽
くさずに済む時まで、僕は時限付きの呪いを掛けていた。それまで、君の任務が平穏無事
に終わったら、後は力尽くでも君の任務を不要とするように、この存在の全てを賭けて粉
骨砕身、鋭意努力させてもらうよ。力を取り戻した僕ならば、涼宮さんの神人や閉鎖空間
とも五分に亘りあうことができるだろう。いや、決して負けない。私は絶対に負けない。
涼宮さんの望む世界を求める力を、私が望む世界を求める力で覆す。そうすれば、私とあ
なたとはどちらも胸に秘めた目的を達成できるのです」
 古泉くんはしばし驚愕のままで顔を止めた。私が男言葉で語るのを忘れたからだけでは
ないでしょう。気を取り直した彼は眩しそうに目を細めた後、ふっと笑った。
「訂正しますよ。どうやら貴女は魔法少女ではなく、魔女か悪魔のようです」
「魂を賭けるに値すると思うけどね。どうだい?」
 思わず出てしまった地の喋り方から、男言葉を取り戻して尋ねる。もちろん、聞くまで
もなかったけど。
「ええ、いずれにせよ僕の任務が消えないのだとしても、あと二年だというのなら、耐え
て見せましょう。貴女の繰り返してきた年月に及ばずして、白旗を揚げるのも無様ですし
ね」
 それは、私にキョンがいなかったら惚れていてもおかしくないほどの、男の顔だった。
「有意義な時間だったよ、古泉くん。この懺悔室を出たらお互いに他言無用ながら、僕は
この時間を決して忘れないよ」
「ええ、天地の誰にも知られることのないように」
 それでは、出るとしましょうか。
 ……いえ、その前にもう一つだけ。
「ところでもう一つ、聞いていいかな。涼宮さんも僕と同じように何かをやり直したよう
だけど、どのくらいの期間巻き戻していたんだい?」
 それは、単に意地の問題だったのですけど。
「夏休み最後の二週間を、15000回ほど」
 その回答は私の想像を軽く上回っていた。
「500年以上か。よもや僕の倍以上の時間をキョンと過ごしていたとはね。さすがは涼
宮さん、恐れ入ったよ」
 あと二年の猶予が終わったら、覚悟して。

了・あるいはエンドレス

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最終更新:2011年06月08日 00:10
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