一連の騒動の末に和解を果たした両SOS団は統合――もとい、佐々木団が吸収されるという形に収まった。
部員数が倍近くに増えたと我らが団長様は喜び勇んだが、当然ながら平日に他校の連中を呼ぶのは問題がある。
折衷案として、佐々木団の方を外部支部とし、週末には一週間で得た不思議情報を全員で共有しようという事になった。
……何と何を折衷してそうなったのか、俺にはとんと解らんがな。
そして、今がまさにその週末の会合の真っ最中なのである。
この大所帯で喫茶店というのも傍迷惑だろうと、会合はSOS団の部室で行われていた。
上述した限りでは何か特別なことをしているように見えるかも知れないが、活動自体は普段とそう変わらない。
やや鬱陶しげに本を読む長門の傍で赤子のように長門の行動を真似る周防、俺と古泉との勝負を実況する解説の佐々木さん、
その横でなんとか気を引こうと画策する橘、どうにも居場所を見つけられずソワソワする藤原といった面々を除けば、いつも通りと言える光景が広がっていた。
正に世は事もなし、団長様が朝比奈さん弄りに飽きなければ――朝比奈さん、貴女の犠牲と胸囲は忘れない――このまま今日も平穏に終わりそうだなと思った矢先に、この空気を打破すべき一撃は放たれたのである。
……それも、思わぬ方向から。
「ところでキョン、君はギャルゲーを嗜んだりするのかな?」
"ところで"は転換の接続詞であり、用法としては文字通り話題の転換に使われる。
従って今の今まで俺とサシで会話をしていなかった(実況に終始していた)お前が文頭に用いるのは不適当だぞ佐々木
――という至極真っ当なツッコミを放てる程に、俺の神経は図太く無かった。
珍しくも本当に驚いている様子の古泉から視線をずらしていくと、いつもと変わらない佐々木、
汚らわしいものでも見てしまったかのような目で俺を見る橘、どことなく嬉しげな藤原、
やや冷たい視線をまっすぐに飛ばしてくる長門、
「――ギャル――ゲー――?」と首を傾げる周防、男の子なんだからそういうのは仕方ないですよねっ、とばかりに困った笑みを浮かべる朝比奈さん、そして
「詳しく聞かせて貰えるかしら、その話」
完全に尋問モードに突入した我らが団長様の姿が認められた。
「なんだ現地人、『最近使ったファイル』を削除してなかったのか? 爪が甘いな」なんて皮肉気に微笑む藤原を思考の外に追い出して、全力で考える。
――何故だ。何故バレた?
藤原の言うようなミスは犯していない。犯すハズがない。キッチリと削除しているし、不安になってもう一度立ち上げ、確認したことも一度や二度ではない。
その上でフォルダは不可視化し、『レポート2008
数学』なんて誰も興味を持たないであろうフォルダ中に叩き込み、駄目押しとばかりに暗号を掛けて置いたと言うのに!
気分は正に、眠りの小五郎に呼び止められた犯人そのものである。
まさか妹経由で!? と本気で焦り出した俺を尻目に、
「あー、そんな意図は無かったんだが……すまない」
と前置きしてから、佐々木は話し始めた。
「今のはただの確認だよ、キョン。ちょっと思いついた仮説があるんだが、前提となる知識は共有していた方が良かれと思ってね。
いや、答える必要はないよ。悪かった。もう判ったから。
……という訳だから、涼宮さんもそう殺気立たないであげて、ね?」
水を向けられたハルヒはというと、「とりあえずは佐々木さんに譲っておくわ」と言い、どっかりと椅子に座り込んでしまった。
団長様のお怒りはとりあえず保留と相成ったが、俺の失ったもの(主に尊厳とか)はもう戻らない。
「で、何を思いついたんだ佐々木。俺が燃え尽きて灰になっちまう前に話してくれ」
精も根も尽き果てた、とはこのことだろうか。
たった一言が信じられない破壊力を持つものである。
使用者が想定していない辺り、普通の暴力よりもタチが悪いのではないだろうか、なんて考えてみる。
「本当にすまない、キョン。君を傷つける意図は全く無かったんだが――わかった、さっさと本題に入ろうか」
言い、佐々木は席から立った。
「まず、これから話す『ギャルゲー』は一般的なもの――
すなわち男女の恋を物語の主軸とし、主人公が男で、ヒロインが複数居り、選択肢などによって攻略対象――ひいては展開を選べるものとしよう」
「意義あり。それじゃあ俺の玖羽たんについて語れないじゃないか!」
「……藤原君は黙っていてくれないか?」
佐々木がそう言った瞬間には、既に橘の蹴りが奴のポケットモンスターを粉砕していた。
思わず、俺と古泉も前かがみになってしまう。
「静かにして頂けて何よりだ。さて、仮に同じく恋を主軸とした物語であっても、映画や漫画、小説とは決定的に違う面が一つある。
それは何だと思います、朝比奈さん?」
「わ、わたしですか!?」
朝比奈さんはわたわたと両手を振り、かと思うと顔を真っ赤にし、そして腕を組みながら数秒考え、
「……読者が介入できるか否か、ですか?」
自信無さそうに言った。
佐々木は大きく頷き、「回答までが早いですね。流石先輩です」と一言。
朝比奈さん、恥らうお顔も素敵ですよ。
「物語が途中で分岐するというのは、ギャルゲー……いや、もっと広範にノベルゲーム全体の特徴と言っていい。
連載漫画や続き物の映画が読者の声を参考に展開を変えることはあるけど、それとは全然違う。
何たって、同じ時間軸に全く違う展開が複数存在し得るのだからね。
さて、そこで問題だ。この構造は大きな問題を孕んでいる。それは何だと思う、長門さん?」
長門は本をぱたんと閉じ、何故か視線を一瞬俺の方に走らせてから、呟いた。
「共通部分における伏線」
そう呟くと、また本に視線を落とした。
いつも以上に解り難く、且つ情報不足な発言であったが、佐々木にとってはそうでも無いようだった。
「そう。流石は読書家だね。
物語には伏線が必要だ。読者が気付いてくれるという保障は無いがね。
いずれ訪れる結果のためには、そこに至るに充分な理由が必要となる。
……そこで、話を戻そう。
基本的に、恋には過程が必要だ。成就した後ではなく、そこが一番見たいんだ! というプレイヤーも多いことだろう。
但し、それだと問題が出てくる。分岐前、長門さんの言葉を借りるなら『共通部分』のことだ。
そこには全員分の『恋の伏線』が無ければならない。
平たく言えば、ヒロイン皆にある程度好かれつつも、誰とも懇ろにならない時期というものが必要だ。
分岐まではヒロインの誰とも親密にならず、寂しい青春を送る主人公もいるだろうが、少数派もいいところだろう」
ふと気付くと、ハルヒがもの凄く真剣な表情で話を聴いていた。
長門からも恐ろしいほどのプレッシャーを感じる。
朝比奈さんはというと、困ったような顔で微笑むばかり。
橘は佐々木のギャルゲ通っぷりを信じたくないのか、アーアーキコエナーイとばかりに音楽プレイヤーを楽しんでいた。
周防は――なんか揺れていた。ゆらゆらと。
「詰まるところ、主人公はヒロインたちの殆どとと良い雰囲気になりつつ、一方で誰とも親密になり過ぎないという構造が必要なんだ。
さて、これがこの話のメインなんだよ、キョン。
この展開を行うためには、主人公をどのような性格にすべきだと思う?」
俺は驚きを隠せなかった。
思った以上に長い前段だったが、まあコイツと話すときにはこれくらい日常茶飯事だ。それは驚くことじゃない。
驚きなのは、こんなに長い前振りの割に、結論が簡単すぎたことだ。
佐々木が長ったらしく喋るのは、俺が理解できないだろうと考えてのことなのだと、俺は知っていた。
「あまり舐めるなよ佐々木。そんなもんは自明の理って奴じゃねえか」
ほう、と少し驚いた顔の佐々木。
同様に、部室のあちこちから「意外だ」と言わんばかりの視線を感じる。
ちょっと癪だ。
「一つ、言ってみて貰えませんかね。個人的にも興味がありますし、皆さんも知りたいところでしょう」
古泉の投げかけに、数人が首肯した。
何というか、長門からかつてない程の圧力を感じる。
「そんなのは決まってる。
『周囲の輪を乱したくないから、敢えてヒロインの想いには応じない』――ってとこだろ」
部室のあちこちから、「驚いた」というのを隠そうともしない視線が突き刺さる。
そんなに阿呆だと思われていたのか、或いは情緒のない野郎だと思われていたのか。
ちょっと悲しいな、これは。
「な、ならば僕からラストクエスチョンだ。
仮に、そう、仮にだ――君が数人の少女に囲まれ、尚且つ彼女たちが君に好意を抱いていたとしてだ。
君は実際にそう振舞うのかな? その、周囲に気遣う主人公のように」
やや早口気味になった佐々木からは、何か期待のようなものが感じられる。
よくよく周囲を見渡してみると、周防と橘以外の皆からもそんな気配が感じられた。
この問いに対する答えこそが、佐々木の一番知りたいことだというのが良く判る。
だからこそ、俺は真剣に考え、神に誓って嘘偽りの無い答えを返すことに決めたのだ。
だというのに。
「いや、悪いが何も想像できんな。
残念ながら生まれてこの方、妹以外に明け透けな好意をぶつけられたことが無いんでな」
――なんだろう、この空気。
『今の雰囲気を漢字二文字で表すと何ですか』とリポーター訊かれれば、俺は『落胆』と『失望』の二択で迷うことだろう。
何にせよ、俺の株が大暴落しているのは確かな事実のようだ。
やれやれとばかりに頭を振り、ハルヒが立ち上がった。
溜息を吐いてから、心底だるそうに言う。
「教えてあげるわ、キョン。さっきの問題のもう一つの答え。
それはね、主人公がどうしようもないような鈍感朴念仁無自覚女誑しなら良いのよ」
ハルヒから溢れ出る負のプレッシャーに驚きつつも、何か言わねば! と思った俺は、
再び自分の気持ちに正直に発言してみることにした。
「……それは、最悪な男だな」
聞いた途端、皆が一様に「やれやれ」と嘆息した。
――どう答えろってんだよ、畜生。
キョンは一足先に帰ってしまった。
今日一日で彼の受けた心の傷を思うと、申し訳なさで一杯になる。
最期(あえてこの字で)の雰囲気なんて、酷いものだった。
予想していたとはいえ、悪意の介在しない「いじめ」も有り得るんだなあ、と今になって思う。
「……まあ、多少は彼の自覚を促せたんじゃないですかね?」
「甘いわよ古泉君。あんなんで揺さぶられるくらいなら、ニブチンとは呼ばれないわ」
もう放射能でも照射して突然変異させるしかないのかしら、なんて涼宮さんは言う。
放射能はどうかと思うけど、彼の底抜けの鈍さについては全く同感だ。
正直、彼の語った、『好意に気付けど、周囲に気を遣って気付かないフリをするタイプ』であってくれれば、と思っていた。
そうだったなら、話は相当に早かったのだけれども。
「だからこそ、ちょっとは刺激したかったんだけど……」
「まあ、あの現地人は底抜けの朴念仁だな。僕の目には何本もフラグが立っているのが見える。全部折れかけだが」
「彼には本当の意味での自覚が必要。面と向かって説明しても、確実に曲解する」
「――――彼は――恋愛を――自分と――切り離してる――?」
「あ、それ近いかも知れないわよ九曜ちゃん。あの馬鹿、こんな美人たちに囲まれてるから、却ってそういう発想が無いのかも」
「いや、アレはただの二次元狂じゃないんですか? ぺったんこな存在しか愛せないんですよ。どこぞのパンジーみたいに」
「じゃあ橘さんは行けるんじゃない? 二次元平面だし。特定部位が」
「さ、佐々木さんが酷いことをっ……!?」
どうしたもんかな、と嘆息する。
今の会話で解るとおり、まさしく現状は『知らぬは本人ばかりなり』という訳だ。
クリーンに戦おう、と淑女協定を結んだは良いが、肝心のターゲットがウフフな出来事を全て受け流してしまうのだから堪らない。
もしかして『攻略不可ヒロイン』って奴なのかな、なんて思ってみる。
……藤原君に毒されてきた、か?
「大丈夫、ですよ」
あーでもないこーでもないと議論を続ける僕らを見ながら、朝比奈さんは言った。
「恋は突然、ですから。その時までは判らないものです
その時になったら、全部決まっちゃうとも言えるんですけどね」
そうなのかな、と思う。
だったら、「その時」に、彼の傍らに「私」がいることを祈ろう。
そう思った。