36-449「brilliant world」 ちょろっと修正版

 佐々木と春に再会したときから薄々感じていたが、長門があの出来損ないの日本人形みたいな宇宙人によって一時活動不能に陥ったあの日、
俺たちSOS団と佐々木団(命名俺)とのトンデモパワー、ひいては世界をかけた抗争が勃発しちまった。
 
 長門、古泉、そんでもって一応朝比奈さんは自分の対抗勢力とはっきり渡り合えるぐらいの能力、人脈なんかをそれぞれ違った形ではあったが持っていた。
抗争の一番の原因であるハルヒは抗争をせいぜい意味不明の謎探しサークルの勢力争いぐらいにしか考えていなかったので、
なんの危機感も無くただ己のプライドの限りに色々と状況を引っ掻き回していった。裏で起こっている数々のSF的、サスペンス的な不思議現象を一切知らぬままな。
ただ、純然たる一高校生でしかない俺と佐々木はただ事の成り行きを傍から何も出来ず手を拱いてみているしかなかった。
ハルヒによって普通ならば青春を謳歌すべきであった高校一年間を数々の経験を半強制的に押し付けられた結果、
世界的にも稀に見るぐらいトンデモ現象に抗体を持った高校生になってしまった俺はまぁ良いさ、しかし問題は佐々木だった。
少々奇特な口調、価値観を持っているにしても一般的進学私立に通う女子高生でしかなかった佐々木は得体の知れない勢力同士の思惑の真っ只中に居るという不安と、
神に等しい力を得るかもしれないという重圧と責任、そんな中に居ても親や教師の期待に応える為に維持しなければならない学力、その他もう数えるのも嫌になるくらいのストレスを一挙に背負っちまった。

 俺なんかだったら「もう世界なんか知るか。勝手にやってろ」なんて投げ出しちまいそうだが、責任感が強くて生真面目な佐々木はそれが出来なかった。
俺は脳医学者とか心理学者とかそういった立派な肩書きは持ってないが「ストレスを溜めるのが良くない」なんてことは知ってる。多分俺の妹でも知ってるだろ。

 溜め込まれたストレスはちょっとずつ、だが確実に佐々木の心と体を蝕んでいった。会うたびに口数が減り憔悴し表情が無くなっていく、
あり得ないほど痩せていく、と言うよりやつれていく、そんな佐々木を見るのは正直今まで生きてきた人生の中で一番心が痛んだ。
なんとかして佐々木を助けてやりたかった。たださっきも言ったように一般人である俺に出来ることなんて限られていた。神でも宇宙人でも超能力者でも未来人でもない俺が出来たこと。

 それは中学時代の親友として毎晩電話をかけてやる。それぐらいしかなかった。

 初めて掛けたときは電話口の向こうに居るのが本当に佐々木かどうか疑っちまうぐらい暗く生気のない声で、何かを話しかけてみても
――ああ――とか――うん―― とか空ろな返事が返ってくるだけ。
 最初の何日かはずっとそんな感じだった。二人して暗い気分でも良くないと思って俺はなんとか面白い話でもして笑ってもらおうと思った。
さすがにSOS団の話は出来なかったが、その代わり妹とかアホの谷口とか映画とかの話をした。

 その日何があったか俺は知らないし、今まで堪えて来た何かがダムが決壊でもするみたいにあふれ出ちまっただけで特に何も無かったのかもしれない。
ただまぁ、ある日を境に、話をしていると急に泣いたり怒ったりするようになった。なんとか落ち着かせた後には大抵あいつはこう言った――怖い、不安だ、助けてくれ――と。

 ここまで自身の弱さを曝け出している姿を目の当たりにして、ようやく俺は佐々木が一人のか弱い女である、ということに気がついた。
そして何としてでも守ってやりたい、笑顔になって欲しいと思った。まぁ、要するに好きになっちまったわけだ。
でもその時すぐに想いを伝える気にはならなかった。弱みに付け込むみたいで良い気がしなかったからだ。全部終わって落ち着いてからちゃんと向き合いたかったんだな。
ただ今までは何とか元気付けようと電話していたのが、それからは俺が佐々木の声を聞きたいがために電話しているような、
本当はあいつのことなんかこれっぽっちも考えてないような、そんな気がして少し自分が嫌になった。
 それでも電話を掛け続けてた。本当にあいつのことを考えてたのか、自分のためなのかは良く分からないまま。日を重ねるにつれて徐々に徐々に佐々木が笑うようになった。
もちろん俺がそうさせた、なんてことは思ってない。依然として緊張は強いられるにしても抗争はずっと小康状態で佐々木もそれに慣れてきたんだと思う。
それでももし佐々木が笑うようになったことに少しでも俺のしたことが役に立っていたならと思うと自然と口元が緩んだ。
そして久しぶりに聞いた笑い声は今までより一段と可愛らしく聞こえたのは内緒だ。

 そして夏休み後半のある日、突然世界を巻き込んだローカルSFバトルは終結した。
橘、九曜、藤原の三人がそれぞれの所属組織の意に反し、独断でこっちサイドに和平を申し込んできたのである。

「これ以上辛そうにしてる『私の』佐々木さんを見てられないのです!!」
「――大事――――友達――」
「前も言ったが、僕は涼宮でも佐々木でもどっちが時空改変能力を持ってようが構いやしない。こんなめんどくさい事を続けるメリットは無い」
とは後日三人が語ったところであるが。

 こっちとしてもいい加減ウンザリしていたのでそれぞれの組織同士でお互い一切干渉しないことで合意してもらった。
さすがは「鍵」と言われるだけあって、俺の意見がちょっとでも聞き入れられてもらえるのは中々気分が良かったね。

 だがしかし、俺の意見を夏のうざったいクマゼミの声ぐらいにしか認識していないハルヒは
俺の「これからは平和的に関わらないようにする案」をそれはもう逆に清々しくなってしまう位の勢いで却下し

「向こうから停戦協定を結びに来るってことはあたし達の勝利な訳。それをなんで態々慈悲を掛けてみすみす逃がしてやらないといけないのよっ!!
あんた士道不覚悟で切腹させるわよ?」

 なんて言いやがった。やれやれだ。

「いつからSOS団は新撰組になったんだよ。ほいで、お前は佐々木団のやつらに何をさせるつもりなんだ? 本気で切腹なんかさせるんじゃないだろうな?」
「切腹なんかさせられるほどのヘタレはあんただけよ。このSOS団に喧嘩吹っかけてくるなんてなかなかやるじゃない。
あたしは敵であっても有能な人材を無駄にするほど愚かじゃないわ」
「じゃあどうするんだよ」
「佐々木団を本日を持って解散させて、このSOS団に入団してもらうわ。良いアイディアでしょ?
そしたらあんただっていつでも佐々木さんに会えるしねぇ」

 不敵に浮かぶその笑みとその上で爛々と光る目からは――あたしは何だってお見通しよ――とでも言うようなオーラが漂っていた。ばれてたか。

 そんでもって今日は旧佐々木団を迎えた新生SOS団の門出を祝ったパーティが開催されたわけだ。
いくら夏休みだからって学校でこんなことして良いわけないんだがクリスマスもここで鍋やってるし、もう手遅れか。
まぁ、あのやり手の生徒会長氏に因縁を吹っかけられなかったから良かったものの、生徒会が乗り込んできたらどうするつもりだったんだろうね、ハルヒは。

 さてあんまりに普通だったので祝賀会の様子をあえて話す気もないが、藤原がハルヒに命令されてやった一発ギャグは、
自分で言うのもなんだがクリスマスのときの俺のより寒かった。北海道と南極ぐらいの差があったと思う。
朝比奈さんだけはいつまでも笑っていたけどな。未来人にしか分からんギャグを現代でやるんじゃねぇよ、まったく。

佐々木はまだだいぶ表情が硬かったがそれなりに楽しんでいるみたいだった。

まぁこれですべてが万事上手く平和的に纏まったわけだ。残る問題は後ひとつ

――どうやって佐々木に想いを伝えるか――

 なんとか夏休み中にはあって話したいが一体どう話せば良いのやら…そんなことを考えながらパーティが終わって例そこの坂道を下っているときにメールがきた。

「話したいことがあるから今日の7時に駅前まで来てくれないか?」

 佐々木からだった。

さてコレで長かった回想は終わりだ。

俺はいま駅の前に立って佐々木を待っている。
八月の終わりだが7時前ならまだ外は明るい。喧騒とまではいかないが道行く人と蝉の鳴き声が何となく耳障りだ。

わざわざ呼び出してまでする話ってのは一体何なんなんだろうか……
俺がしようと思ってるようなことを佐々木が話すわけないしな。礼でも言われるんだろうか。

――今までありがとう、でも僕はもう大丈夫だから君がこれ以上電話する必要はないよ――

 俺を親友と見てるあいつならそれぐらい言いそうだし、今までの俺ならそれで満足しただろう。
だが今の俺じゃそれは死刑宣告に近い。せっかく佐々木に近づくことが出来たのにまた前のように「親友」に戻るなんてのはゴメンだ。
なにがあっても今日伝えよう。あいつのことだから苦笑でもしながら精神病だとで言われるのがおちだろう。それでも知っておいてもらうだけで何かが変わる気がした。
 
そんなことをぼんやりと考えているとこっちに向かってくる佐々木が見えた。ジーンズに長袖のTシャツ。ラフなカッコだがこの暑いのになんで長袖なんだ。

「やぁキョン、わざわざ御足労頂いてありがたいよ。ん?僕の顔に何かついているかな?」

気付かないうちにジッと顔を見てしまっていたらしい。昼間よりも少し疲れているように見えるのは、多分あのパーティのせいだろうな。

「ああ、いやなんでもない。んで、その話ってのはなんだ?」
「キョン、君は少しせっかち過ぎるよ。会ってすぐ始められる話ならメールか何かで少しぐらい事前に情報を与えてると思うよ、僕は」

くっくっく、と笑いながら佐々木が言った。それもそうだ。ただますます何の話をされるのかが気になった。まぁ、どんな話をされても今日俺が言うことは1つだ。

「そんな顔しなくてもすぐに話すよ。とりあえず少し歩こうか」

俺の返事も聞かずに佐々木は歩き出した。行き場所は決まっているようでしっかりとした足取りで足を進めていく。慌てて佐々木を追いかける。
歩いてる間ずっと無言だった。なんとなく気まずい。

着いたのは朝比奈さんから衝撃告白を受けたりしたお馴染みの公園だった。まだ少し日があるせいかバレンタインに来たときと違ってパラパラと人の姿が見える。
空いたベンチを佐々木が指差した。とりあえずそこに二人して座る。

まだ沈黙は続いたままだ。

「ようやく終わったな」

この空気感に耐えられなくなって俺が言った。

「そうだね」

ええい気まずい。なにか、なにか話題はないのか……

「橘達とは上手くやれてんのか?」
「うん。僕は最初彼女たちが所詮自分の利益のことだけ考えて僕に接してると思っていたんだ。でも彼女たちは僕のことを良く考えてくれてるし、
君も知っての通り最終的には所属組織よりも僕を優先してくれたからね。そりゃ、それも最初から計画してたことかもしれないけど、僕は確信してるんだよ、キョン。
彼女たちとは上手くやっていけるってね。うん、親友にもなれるかもしれないね」

俺に向かって微笑む佐々木の姿はどこか儚げだった。

そして意を決したように深く深呼吸してえらく真剣に俺のほうを見た。

「親友の話もでたし、これ以上君を引き止めておくのもよくないだろう。キョン、今日君にしたかった話というのはね――」

いよいよ来たか、って感じだ。やっぱり中学時代みたいなお互いにあんまり深くかかわらない関係に戻ろうとかそんな話なんだろうか……

「――今日限りで親友という関係を解消したいんだ」

予想を超えた言葉に何にも考えられなくなった。

気がついたら一人で公園の入り口に突っ立ていた。少し日が落ちてきてあたりが薄暗い。湿った空気がへばり付いてくる。

ああ、佐々木んとこから逃げてきたんだな、ぜんぶ聞くのが怖くなって。あんな普通じゃない奴らと親友になれるんだしな、
俺みたいな普通な奴なんかが親友だと逆に迷惑なんだろう。毎日してた電話もやはりうざったいと思ってたんだろうか。
クソッ、一人で役に立ててると思ってた俺がバカみたいじゃねぇか。

朝比奈さん、いやこの際藤原でも良い、時間遡行させてくれ。規定事項だかなんだか知らんが、電話した過去を変えたい。

そしたらせめて親友のままでいられるんだろ?

はぁ、と溜め息をついて自己嫌悪に苛まれていると、佐々木がこっちに向かって走ってきた。
やばい、今顔を合わせるのは非常に。泣くぞ?

「なんで追いかけてきてんだ? 親友やめたんならそのままほっといて帰りゃ良かったじゃねぇか。俺だってバカじゃない、電話ももう掛けやしないさ。ずっとうざいって思ってたんだろ?」

こんなことしか口から出てこない俺が心底情けない。どんなことを言われても今日想いを伝えよう、そう思ってたんじゃないのか、俺は…
「そんなこと……そんなことあるわけ無いだろっ!!」

本日二回目のサプライズだ。佐々木に怒鳴られた。つか今のはどういう意味だ?

「あんな言い方して、君を怒らせたんだったら謝る、すまない。でも多分君は勘違いしてる。お願いだから僕の話を最後まで聞いてくれないかい、キョン」

今にも泣きそうな顔をして佐々木が言った。そんな顔されたら黙って頷くしかない。

「キョン、僕はね、今までずっと一人で何でも出来ると思ってたんだよ。勉強だろうが、家事だろうがそつなくこなせたし。
たとえ僕の精神に多大な負荷を掛ける悲しみとか怒りなんかがあったって一人で対処できると思ってたんだ」

意を決して、とでもいった感じで佐々木が口を開く。

「でもね、そんなのは僕の思い上がり以外の何物でもなかったんだ。僕は一人じゃ何一つ出来ない。それなのにちんけな自尊心が周りの人間に頼るのを拒むんだ。
今回だってそうさ、自分じゃどうにも出来ないことなんて分かってたのにね。勝手に自分の殻に籠もって、何もかも抱えこんじゃってさ。
それでどんどんおかしくなっていってしまった。ようやく限界だ、って気づいても自分から誰かに助けを求めるなんて出来なかった。
それでも誰かに気づいて欲しかったんだろうね、手首なんか切っちゃったり。つくづく自分が愚かで滑稽だと思うよ」

袖に覆われた左腕をさすりながら佐々木は言う。何か言ってやった方が良いのかもしれない。だが何一つ言葉がでない。

「本気で死のうかな、なんて思ったことも何度かあるよ。誰も助けてくれない世界に絶望して。笑っちゃうよね、壁を作って他人を寄せ付けないようにしてたのは自分なのに。
それでね、そんな時なんだよ、君が電話をくれたのは。最初は返事も出来なかった。
素直になれればよかったんだけどね、感情的になって泣いたり八つ当たりみたいに君に怒ったりもしたよね。」

くっくっく、と自嘲気味に笑う佐々木。

「それでも君は毎日掛けてきてくれた。君の話はとても面白かったよ。君の話を聞いてる間は宇宙人も超能力者も未来人も関係なかった。
どんなに毎日が辛かろうがその一日の最後には君と話が出来る、そう思うと色褪せてた日常に色が着いた。君は僕にとっての大事な支えだったんだよ」

そう言って俺のほうを見て少し微笑んだ。心拍数が上がった気がした。そんな俺の状態を知ってか知らずか佐々木は話を続ける。

「でもね、もし全部が解決してまた前みたいな親友に戻ったら? また一年も君とはなれてしまったら? 君という支えが僕から離れてしまったら?
そう考えたら怖くなってしまってね。僕はもう君と離れたくない。どんな絶望的な世界の内にあっても君とスプーン一杯分でも幸せを分かち合えたら生きていける気がする。だから――」

佐々木がスッと息を吸い込んだ。

「――僕、いや私とずっと一緒に居て?その…恋人として」

消え入りそうな声でそういった佐々木を無意識のうちに俺は佐々木を抱きしめていた。そうしないと今にもどこかへ行ってしまいそうだったから。それぐらい儚げな顔をしていた。


「俺なんかで良いのか?」

「キョンじゃなきゃヤだよ。キョンこそ良いの?私みたいな独りじゃ何にも出来ないような女で」

不安そうな顔が俺の胸のあたりから上目遣いで聞く。佐々木よ、その顔は反則だぜ?
今のお前はハルヒに苛められているときの朝比奈さんよりも俺の庇護欲を刺激してるぜ。つい抱きしめる腕に力が入る。

「当たり前だ。俺ももう親友に戻りたくない。だから、安心しろ、な?」

「良かった……ほんとにありがとう。キョン、大好きだよ」

嬉しそうに笑う顔はやっぱり可愛かった。顔が赤いのがなおグッドだ。しかしコレは俺も言わんといけないんだろうな。少し照れくさいが。

「俺も佐々木が好きだぞ。今はそれしかわかんねぇけどさ」

想像以上に恥ずかしい。今俺の顔はハバネロよりも赤いに違いない。

「それだけで十分だよ」

 フフっと笑って、それがまるで当たり前かの様に少し背伸びをしてキスをしてきた。

不意打ち過ぎる…それでも一応目を閉じることは出来た。俺は意識のどこか遠いところで「あれっ、キスって案外味とかしないんだな」とか「俺ちゃんと歯磨きしたかな」なんてことを考えていた。

 パッと佐々木が俺から離れる。微かに香水の香りがした。一段と顔を赤くした佐々木がさっきまでとは違いどこか力強く微笑みながら言った。

「さぁ、じゃあ帰ろうか、キョン」

 いつの間にかあたりはだいぶ暗くなっていた。

「そうだな。送るよ」
「そうだ。ねぇキョン、今日も自転車?」
「まぁ、そうだが、それがどうかしたのか?」
「いや、大したことじゃないよ」
「何だよ、言ってみろって」
「その、今日はゆっくり帰りたいから自転車じゃなくて歩いて帰りたいなぁ、って思って…ダメかな?」

ちょっと恥ずかしそうに下を向きながら小さな声で言う佐々木。つい顔がほころんでしまうな。

「良いに決まってんだろ?ほら、行こうぜ」

そう言って手を差し出す俺。古泉がやったら様になるんだろうが俺がやるとどうにもぎこちない気がする。ていうかコレもまた照れくさい。

「うん」

佐々木も照れくさそうに、それでもしっかりと手を握ってきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
すまない、我が愛すべき自転車よ。明日ちゃんと取りに来てやるから、一晩撤去されないで待ってろ。

帰りの道中は行きしなと違ってずっと喋りっぱなしだった。なんてことはない普通の会話だったが、この上なく楽しかった。
だから佐々木の家の前まで来ても手を離すのが惜しかった。それが顔に出ていたんだろうか。

「私も重症だと思うけど、キョンも相当だね」
悪戯っぽい笑みをたたえて言われちまった。
「まぁな、ちょっと離れたくない」
「くっくっく、まさか君の口からそんな言葉が出てくるなんて。精神病ってのは恐ろしいね」
「仕方ねぇだろ、そう思っちまうモンはよ」
「へぇ、そんなに私のこと好きなんだねぇ、キョンは」

クソっ、何ニヤニヤしてんだこいつは。このまますごすごと佐々木の術中にはまるのも癪だ。何か手はないか…ありきたりだがコレしかないか?

「佐々木よ」
「なぁに―え?」

俺は佐々木を抱きよせてさっきよりも長く、深くキスをした。不意打ちだったからかちょっとばかし動揺してるのが分かった。勝った。
「い、いきなりそういうことするのは、ひっ卑怯じゃないかな」
顔を真っ赤にしてなんかいってきた。おーおー分かりやすくて面白いな。愉快愉快。恥ずかしいのを我慢してやった甲斐があるってもんだ
「ほぉ、その割りに抵抗してこなかったじゃないか。俺はてっきりサラッと拒否されるもんだと思ってたんだがな」
っく、と声を漏らして一瞬固まった後、下を向いちまった。
「だって…それは…その…」

しどろもどろになりながら俺の胸元でブツブツと呟いていたかと思えば、パッとこっちに目を向けて

「大体こういうことってのはもっと、こう雰囲気のあるときにするもんじゃ――」

佐々木が言い終らない内に左腕を佐々木の後ろに回してもう一回キスをした。舌を入れるような、まぁそういった感じの所謂フレンチ?ってやつだ。
あれだけ言ってた割に佐々木は控えめながらも舌を絡ませてくる。少し乱れた吐息が何となく淫靡な感じがした。自分からやっといてなんだがコレは危険だ。理性が飛びそうだ。
どれぐらいそうしてただろうか。一分ぐらいかもしれないし十分ぐらい経っていたかもしれない。どちらともなく唇を離して見つめ合っていた。
さっきまでも顔は赤かったが、それとは少し赤みの種類が違う上気した顔を佐々木はしていた。瞳は心なしか潤んでいる感じがする。

「これじゃ寝れなくなっちゃうよ…」

小さいが艶のある声で佐々木が言った。

「安心しろ、電話なら一晩中付き合ってやるよ」
「君ってやつは…」

あの、佐々木さん?スマン、やりすぎた。だから拗ねた様な顔で脇腹を思いっきりツネるのやめてもらえませんか?その表情は可愛いけど半端なく痛いです。
「まったく、ホントに一晩電話付き合ってもらうからね」
「わかった、わかったからつねるのをやめてくれ、頼む」
最後に思いっきり力を入れてから佐々木は俺から離れた。うへぇ、この痛みなんだか尾を引きそうだ。最後の最後にコレじゃ、ざまあねぇな。

「さ、もう時間も時間だし、そろそろ帰らないとな」
「うん。ねぇキョン、明日も会える?」
「明日は一日空いてるな。映画でも行くか?」
「ホント?フフ、楽しみにしてるね。それじゃ」

そう言ってちょっと名残惜しそうにこっちをみながら玄関のほうに歩き出した。

「電話、待ってるね」

ドアの前で振り返って佐々木が言った。

「おう、飯食ったらすぐ掛けるよ」
「わかった。気をつけて帰ってね」

 満足そうに笑って、バイバイっつって手を振ってそのまま扉の中に入っていった。
少し火照った顔を生ぬるい風がなでる。

「さて、俺も帰るとしますか」

誰に言うでもなく呟いて、一晩話すための話題を探しながら我が家のほうに足を進める。

自分でも驚くほど足が軽かった。

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最終更新:2008年09月07日 14:23
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