15-88「スイカ割り」

「キョン、キミの番だ」
 佐々木に後押しをされて俺は前へでる。
「キョンはこういうの苦手そうだな。俺の声をしっかり聞けよ」
 中河が激励の言葉を吐く。

 俺は10メートルほど先に落ちているスイカの映像を網膜に焼き付けて、笑った目の書かれたアイマスクを装着する。
 真夏の日差しに焼かれた砂が足の裏をチリチリと焦がしてゆく。気温も高く、すでに顔は汗まみれだ。
 誰かが差し出した木製の棒をしっかりと掴み、中河の声を探す。
「ゆっくりすすめー!」
 中河の声を捕らえた。ゆっくりと足を動かす。真っ暗な世界で中河の声だけを頼りに目標のスイカをめがけて、ゆっくりと、ゆっくりと。
「右にずれてるよ」
 国木田の声が聞こえる。
「いや、左だ。キョン、キミは左に行くべきだ」
 佐々木の声もする。言ってることは全員バラバラだ。なぜなら、これはチーム対抗戦であり、国木田も佐々木も敵チームなのだ。

 クラスメイトの数人で行っているこのスイカ割り大会は、勝ったほうが負けたほうに罰ゲームとしてひとつだけ何でも言うことを聞かせられるという特権が与えられる。
 負けたら勝ったほうの言うことを聞かなければならないため、みんな必死なのだ。
「キョン、左にずれてる。右、右だ」
 この声は中河だな。暗闇の中で若干右に方向を修正してさらに進む。いやしかし、暗闇の中で他人の声だけを頼りに進むのって案外怖いものなんだな。
「もう少し右だ。もう少しだ、がんばれ」
 もう少しか。しかし果たして俺が振るう一撃はスイカに当たってくれるのだろうか。
「とまれ。そして両手を挙げてついでに右足を上げろ」
 どんな体勢にするつもりだ?と疑問は感じつつも素直に言うとおりにしてしまうのはなんでなんだろうね。

「そして、」
「そして?」
「皆の衆、今だ!」

 地鳴りがするほどの足音が起こったかと思うと、地面に着いているほうの足が払われた。
「いでっ」
 前のめりに倒れた先に、なにやら人のぬくもりを押しつぶしてしまった感触が感じられる。
「な、なななな」
 誰かの声が聞こえる。な、・・・な、な、・・・
「中河か」
 周囲からは爆笑の声が聞こえる。どうやら俺は中河を押し倒す形になってしまったらしい。急いでアイマスクをとると、
「何をする」
 顔を真っ赤にした佐々木が倒れていた。そして俺の右手にははずしたばかりのアイマスク。左手は地面に手を、着いていなくて、このやわらかい感触が触れているのは佐々木の胸のあたりだった。
「佐々木か。すまん、今どく」
 覆いかぶさる形から起き上がろうとするが、佐々木が真っ赤な顔で俺の瞳を射抜く視線を浴びせて逃がさない。ついでに俺の左手を掴んで話さない。
「手を離してくれ、どくにどけないだろ」
 諭すように言うが佐々木は動じない。というかこれ以上動じようがないのでは、というくらい動揺している。
「キョン、僕の胸部に触れておいて中河と間違えるとはどういうことかい?そんなに僕には胸がないと言いたいのか?」
 そんなことは言ってない。なななな言ってるから中河の『な』かと思ったんだ。
「だったら、僕ということを認識した上で僕の胸部に触れてみてくれ。その上で僕に胸がないと言えるものなら言ってみるがいい」
 さっきから触れているんだけどな。それよりもぐだぐだになってしまったスイカ割り大会とパニックに陥った佐々木の処理はどうしようか。

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最終更新:2007年07月22日 21:18
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