「やぁ、キョン」
「うわ」
それは不意打ちに近かった。なんせすぐ背後から声がしたんだ。
なんていつかの様に佐々木に声を掛けられた俺が、一瞬両の足裏を地面から飛び上がらせてしまったのも、いつかのままだった。
「なんだ、佐々木か」と喉まで出かかったのを無理矢理のみこんで、よう。と挨拶する俺に
「図書館で逢うなんて珍しい事もあるものだ、明日は雪が降るかもしれないね。」
そう言って、佐々木はくっくっと喉を鳴らす。
「うるせえよ。俺だって図書館くらい来る事だってあるさ、それに」
と、目線をソファで読書の虫になっている宇宙人に向ける。
「なるほどデートの途中という訳か、お邪魔にならない内に退散するよ」
何を勘違いしたのか、とんでもない事を言う佐々木を強引に引き止め、長門と三人で読書することにした。
「なんだって~!」
公共の場にもかかわらず、いきなり大声を上げる佐々木に周囲の目が釘付けになる。
長門までも読書を中断して黒曜石の瞳を佐々木に向けている。
いや、今日は珍しい物を二つも見たな。しかし、それより気になるのは日頃滅多なことでは動揺しない佐々木が何を見たのかだ。
よく見りゃ小刻みに手まで震わせている。
「どうしたんだ、その本に何が書いてあるんだ」
「キョ、キョ、キョン、僕はとんでもない勘違いをしていたようだ。ここを見てほしい」
セクシーコマンドの敵役みたいに俺を呼ぶ佐々木が指差すページに書いてあったのは、
ゴルフの起源が中国にあり、呉竜府(ごりゅうふ)という人物が、その競技の名前の由来になっているとかいうトンデモ記事だった。
「そんなわけないだろう、なぁ、長門」
と、物知り宇宙人を見遣った俺はまたとんでもない物を見たんだ。
長門表情観察家の俺じゃなくても、それと判る位に大きく目を見開いて驚いている長門がそこにいたんだ。
長門より驚いている俺をよそに、長門は佐々木に
「見せてほしい」
と、声をかけ本を手にしていた。
「……うかつ。この情報は統合思念体も見落としていた」
一瞬でその記事を読み終えた長門はパラパラとページをめくり佐々木に
「この記事を見てほしい」
と話しかけた。
信じられないと呟いて絶句する佐々木の目線の先には
卓球の由来が書いてあった。
それからの二人は、まあ言うまでもないだろう。
かき氷の由来だとか、武田信玄が作ったサイコロだとかの記事を見ては、一々大騒ぎしてやがる。
当然、俺はほったらかしだ。
今更ながらだが、その日も不思議探索の最中だった訳で、集合時間に間に合うように長門を連れ出そうとしたんだが、
結局大幅に遅刻してしまったのは言うまでもないだろう。しかし
「キョン!知ってるかい、ラグビーというのはね……」
などとインチキ記事を真に受けた佐々木の『新発見』とやらに夜中まで付き合う事になるとは思わなかった。
長門とも『新発見』に対する考察とかをしているらしい。
仲良くなったのはいいが、針付きの鉄球で殴り合いをしようとする長門と九曜を止めるのは大変だったぜ。
まったく、やれやれだ。
ああ、本のタイトルか。民明書房大全とかいったな。