67-642「そこに意味なんて求める必要はないんだよ」

「お、今日の給食は貝のバターソテーか」
「キミも割と渋い趣味だね。中学生男子としてどうなんだい?」
「ほっとけ」
 おいおいそんなに呆れることはないだろ佐々木よ。
 むしろこの乾いた日々に少しでも潤いを見出そうとする俺のフレッシュな感性を讃えて欲しいね。

「ふ、くく、そういう事にしておこう……ほたて貝か。旬だからね」
「ほほう。そうなのか」
「ところでキョン。ほたてといえば帆立のコキールだが、店によってはコキーユというね。あれはどちらが正しいのだろう」
「知らんわ」
「コキールは英語、コキーユはフランス語なんだ。料理としての出自を鑑みれば……」
 そろそろ聞き流すぞ佐々木。
「くく、それは残念」
 なんてやりつつカレンダーを見れば、もう十月も半ばを過ぎている。
 その割にはまだ暑い日もたまにあるが、そんな事よりも今年はそろそろ高校受験という言葉の方が気になる時期だ。

「もっとも旬が10月以降なのは天然物の話。これはおそらく養殖物だろうがね」
「お前、その一言多いところを直す気は……なさそうだな」
「くっくっく、さすが。解ってらっしゃる」
 まあ半年もこんな話をしてればな。
 そんないつものよく解らん会話をしながら給食をつついていると、スピーカーがこれまた俺にはよく解らん言語を吐き出し始めた。


「ああ、これか?」
「そうだね。僕がリクエストした曲だ」
 机を合わせて共に給食をパクつきつつ、俺が中空に指を立て呟いた言葉を佐々木は難なく解読した。
 言っておいてなんだがこれやらそれやらでよく解るなお前。
 何かコツでもあるのか?

「くく、キミが解り易いというだけさ。いつかも言ったことだがね」
「悪かったな」
「そうすねるなよキョン、褒めているのだから」
 嘘つけ。美辞麗句の美の字もないぞ。
「素直だという事だよ」
「そうかい」
 いずれにせよこいつに口で敵う気などしない。
 さっさと方向転換を図るが吉だ。転進だって立派な戦略だからな。

「このよく解らん洋楽がお前と国木田のリクエストか。……やっぱり俺にはよく解らんな」
「そんなものだよ」
 言ってぱくりとパン片を飲み込む。
 先日、最後のプール授業の際などに佐々木と国木田に布教されたのを思い出した。
 どうもこいつらは洋楽教に入信しているらしく、時には俺にも帰依を迫ってきていたのだったな。
 だが俺には英語のヒアリングなんざ無理だ。

「くく、重ねて言うが、歌詞の意味、聞き取り能力なんてさして重要ではないというのが僕の持論さ」
 すると佐々木は何か思いついたように先割れスプーンで給食プレートを指し示した。

「例えばだ。キミは美味いと言ってこれをパクついていたが、ちゃんと味の構成を汲み取りながら食べているかい?」
「甘いとか辛いとかか? そりゃおおざっぱな事くらいは理解してるが」
 だが俺は批評家じゃないんでね。そんな面倒な事はやらん。
 と、言い差してなんとなく解ってきた。

「そう。味覚だって別にいちいちその内容を全て脳で理解しながら楽しんでいる訳ではない。聴覚、音楽だってそうでもいいだろ?
 もう一つたとえ話だ。邦楽でいい、初見の曲を流し聞きして、ちゃんと歌詞を書き出せる自信はあるかい?
 歌詞の意味を解し、答案に書き込めと言われたら出来るかい?」
「そりゃ……ねえな。ねえ」
 音感があるならまた別かもしれんが 妙な節をつけてるから「聞き取る」のが困難な曲もあるだろう。
 比喩や隠喩、他所の国の言葉までアクセントにしている「意味の読み取り」など尚更だ。
 ああ、つまりそういう事か。

「くく、その通り」
「何がだ」
 俺はまだ何も言っておらんぞ。
「言ったろ? キミの顔をみればそのくらい解るさ」

 日本語オンリーの邦楽だって、節をつけて歌うから聞き取りにくい歌詞はある。
 ましてや比喩や隠喩たっぷりの歌詞から真意を見出すなど、国語の読解問題にも似たものがあるだろう。
「だからってキミが日本語の日常会話をこなせない人間だとは僕は思わない」
「歌詞と例文じゃ、必要な読解能力が違う、か」
「そう、そういう事さ」
 もちろん、歌詞をいちいち理解しながら聞いている奴、読解して書き出せる奴も中にはいるだろう。
 しかしその難易度は平易なテスト例文とは全く違う。
 ヒアリングの類とは違うのだ。
 だから

「くく、そう。美味さ、楽しさ、面白さ、その意味をいちいち理解する必要は、そこに意味を求めていく必要なんてないんだよ」
 ただあるがままを受け入れればいいだけ、その意味をいちいち理解なんかしなくたっていい。だから、読解能力なんて必要ないんだと佐々木は笑う。
 これはあくまで僕の持論だがね、と防衛線を張りつつ、なおも楽しげに笑っている。

「歌詞を読解できないから、なんて理由で聴かないのも勿体無いって事だよ。大事なのは音として心地良いかどうか、それでいいだろ?」
「なるほど。勧めてくれるのはありがたいのだがな」
 しかし佐々木、お前忘れてることがあるぞ。

「おや何かな?」
「お前の話が長いからすっかり曲が終わっちまったじゃないか」
「おや、それはしまった」
 言いつつ、すまし顔でスープを口に運ぶと、いつものように偽悪的に口の端が上がった。
 佐々木特有の笑顔だ。

「やれやれ。キョン、気付いたなら言ってくれればいいのに」
「気付いたなら言っていただろうさ」
「おや、キミも気付かなかったのかい?」
「気付かなかったらおかしいか?」
「ああ、可笑しいね」
 オウムに返してやると、微妙にニュアンスが違う返答と笑みが返ってきた。

「くく、キョン。僕は今『楽しい時間ほど早く過ぎ去る』という故人の言葉を思い出したよ。キミはどうかな?」
「黙秘権を使わせてもらおう」
「ふ、くく、そうかい?」
 大体だな、答えを先に言わせてから聞くなよ。
 そういうとこ、お前のズルいところだと思うぜ佐々木よ。

「なら、そういう事にしておくよ」
 やれやれ。
)終わり

 そんで後日。

「キョン、どうだい?」
「やれやれ、解ったよ。聞いてやるからそれ貸してみろ」
 一度聞いてやらねば気がすまんだろう。
 なら貸してみろ佐々木。
 ………………
 ………

「…………なんてやりながらイヤホンの左右を二人で嵌めて、一個のポータブルプレイヤーを共有してたんだよねえ……」
「国木田、お前そんなつまらん事ばっかり良く覚えてるな……」
「国木田、なんでその時こいつを張り倒さなかった」
 お前も少し黙っててくれ谷口。
)終わり

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最終更新:2012年09月08日 02:53
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