67-9xx「そう謝らニャいでくれ、キョン」

 一度成功した事に味を占めるというのは、決して珍しいことじゃない。
 例えばだが、猿の檻に「ボタンを押せばエサが出る装置」を置いておけば、猿だってその装置を「扱う」ようになるという。経験は力なのだ。
 しかし柳の下に泥鰌がいつも居ると思っちゃいかんし、ましてや切り株にウサギがぶつかってきてコロリと逝くなんて
 発生する方が稀な珍例でしかない。そんなものをアテにしちゃいかんのである。
 まあ要するにだな……。

「俺はやらん。もう二度とシャミセンの事を団活を休む理由には使わんぞ……」
「キョン、決意を固めるのも誠に結構な事ではあるが、そろそろ現実に戻ってきてはくれニャいか」
「おい?」
「ふむ」
 佐々木は小鼻の脇から左右それぞれ三本ずつ生えた「ひげ」を興味深げにさすりつつ首を傾げた。
 うん、まあ、そういう事だ。そういう事なんだ。

「すまん佐々木」
「そう謝らニャいでくれよキョン。くっくっく」
 ………………
 ……


『佐々木』
『ん? やあ、親友』
『……ああ』
『どうかしたかい?』
 夏休み某日、たまたま駅前で……まあ佐々木は駅前駐輪場を月極契約しているそうだから、当然といえば当然なのかもしれんが……
 こいつと出会った俺は、ふと思うことがあり、久々に友誼でも深めようかという話に持ち込んだ。
 ところがだ。

『キョン!』
 携帯だ。いつものように団長様が唐突に出かける用件を切り出し有無を言わさずオーバー♪(以上、の意)などと打ち切ろうとしたところ
 俺が「いつものパターン」を断ち切り、いつぞやのようにシャミセンの病をでっち上げて休みを取ろうとした訳だ。
 先約、それも俺から誘ったのに、俺の事情で「はいさよなら」はさすがに無いからな。

 で、居並ぶ諸賢のご賢察の通りそれがバレた結果の因果がご覧の有様ってわけだな。
 多分、捨て台詞の『あんな猫がどこにいんのよ!』が効いたんだろう。
 …………………
 ………

「すまん。佐々木」
「だから構わないと言ってるだろう、キョン」
 夏休み早々自室で土下座する俺の巻、ってなところだが、佐々木は頬をくしくしと人差し指で撫でつつ飄々としたものである。
 ハルヒのトンデモパワーの影響を受けてネコ化の奇病にかかってしまったというのにだ。

「とりあえず長門に電話しよう。あいつなら最低でもヒゲをステルス化するくらいはやってくれるはずだ」
 そうすりゃ一応の解決くらいにはなるからな。
「くく、そう慌てる事は無いよキョン」
「いやいや、当人であるお前の方が落ち着いてるってのもどうなんだ」
 そう言ってやると、くつくつと独特の笑いが返ってきた。

「今のところ、小鼻の脇の計六本のひげ、指先の奇妙かつ独特な柔らかさ、そして時折言語感覚がおかしくなる程度でしかないからね」
「……お前って割と大物だよな」
「くく、褒められているのかな?」
「さてな。だが、なんだ」
 絶妙に微妙なとこが猫化したもんだな。

「くっくっく、確かに。普通は猫耳だの尻尾だので可愛らしく変化するのがテンプレートだと聞いているが」
「どこのテンプレだ。どこの」
 佐々木は若干視線を彷徨わせつつ自分の頬を指先でくしくしと撫でていたが、ふと、目を煌かせてこちらに視線を差し戻した。
 ああ、なんとなく懐かしいな。この視線、佐々木が語りだす時の奴だ。

「キョン、なかなか凄いよコレは。指先が実にソフトなタッチなんだニャ」
「マジか」
「大マジだよ。ほら」
 健康的な色をした右手を差し出す。外見上は特に変化は無いようだが。
「……おお、確かにこりゃ人の手の感触とは思えんな」
「だろう?」
 ぷにぷにしとるな。

「だが元からこういう感触なだけって事はないよな?」
「怒るよ?」
「すまんな」
 佐々木はわざとらしく眉根を決し、すぐに相好を崩す。
 それから二人で笑いあった。笑ってる場合じゃないはずではあるんだが、笑うしかなかった。

「ときにキョン。以前こんな事態が発生した経験は?」
「無い。だが強いて一番近いものを探すなら、一年前に自主制作映画を作った時に似てるな」
 あの時はハルヒのテンションが上がりまくり、秋なのに桜が咲くわ猫は喋るわ朝比奈さんはフル武装化していくわの大騒ぎだった。
 あいつが望んだから桜が咲き、あいつが望んだから朝比奈さんはビーム完備となり……。

 考えてみれば、ハルヒの思考が明確に察せられ、しかもそれがストレートに叶うってケースは少ない気がする。
 むしろ、古泉の奴などが先回りしてイベントを発生させ、その対応として発現するケースの方が多いのではないだろうか?
 こんなファンタジーなケースともなると更にレアだ。
 いや、待てよ?

『あんな猫がどこにいんのよ!』
 ハルヒが望んだものがそのまま世界に現れ、しかもハルヒ当人はそれを意識することは無い。そんなケースと言えばだ……
 俺が思考を飛ばしていると、不意に佐々木がくつくつと喉奥を震わせた。

「そう深刻になるニャよ、キョン」
 笑っているのだ。とても、とても楽しそうに。

「まあ確かに外観が変化した以上、外を出歩くことが困難である事は困る。だが今日の学習塾は午前中の内に既に終わらせているからね。
 治るまでキミの部屋に退避させていただく限り、問題は起こらニャいだろう?」
「そうかもしれんが」
 しかしな、確かに軽度とはいえ治るか治らないのか判らんのだぞ。
 何でそんなに落ち着いているんだ。

「くく、この不可思議な現象の原因は涼宮さんなのだろう? なら心配はしニャいさ……僕の、尊敬する人だからね」
 数ヶ月ぶりに会った佐々木は、記憶よりも若干目を細めて笑う。
 だが、その言葉を聞いた俺はむしろ一層頭を下げた。
 下げなくてはいけないと思った。

「いや、なら尚更だ」
「ニャにがだい?」
 声のトーンから察したのか、佐々木が心持ち目を見開く。
 だが構わず俺は続けた。

「ハルヒの奴がやった事についてだ。俺は謝らないといかん。……重ねてすまん」
「そう本気になるニャよ、キョン」
 本気にもなるさ。今回の件はある意味で俺が、いや俺こそが原因なのかもしれんからな。
 直接的な原因、下手ないい訳とかそんな話じゃなくてだ。

「ふむ、拝聴したいな」
「すまん」
「いや、謝罪の言葉など正直どうでもいいんだ。理由をだよ、キョン」
「そうだな」
「謝罪で現状が変わる訳でもないしね」
「それを言うな」
「くっくっく」
 だが、おかげで肩の力が抜けた。……相変わらずだな。

「ふ、くく。なんの事かニャ?」
「今のニャはわざとだな?」
「解るかい?」
「差し向かいで小一時間も喋っとるんだ。それくらい解るさ」
「くく、そうかい」
 ホント、相変わらずだ。変わってねえな。
 そしてハルヒもやっぱり相変わらず、変わっていなかったのだ。ある面ではな。

 あいつだって思考のタガが外れることくらいあるんだ。
 そりゃそうだろ? 確かにあいつの思考回路は根本において常識的で「普通」だ。でも「普通」ならやっぱり思考のタガが外れるのさ。
 むしろ外れなきゃおかしいんだ。あいつが「普通」であるのならな。
)続く

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最終更新:2012年09月07日 03:24
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