68-31「いまから、君たちの人生を賭けた戦いが始まる。覚悟はいいかい?」

そして、すべての準備が整った。
「いまから、君たちの人生を賭けた戦いが始まる。覚悟はいいかい?」
佐々木が辺りを見回して静かに告げる。
藤原、周防、橘が黙りこくって佐々木を見つめ返す。沈黙が降りた室内に
時計の音だけが響く。チクタク、チクタク。五秒・・・・十秒・・・・。
「佐々木、大袈裟だろそれ。これから人生ゲームやるだけだろうが」

佐々木の外しっぷりにいたたまれなくなって、俺がつっこんでやった。
佐々木だってギャグでやってるんだから真面目にとるなよ、お前ら。
休みの日に俺の部屋に集まったから、ゲームでもしようというだけだろうが。

「――人生を――賭けて―――戦う――ゲーム――」
それでも空気を読めない周防が瞬きもせずに俺をみつめた。
「いや、違うから。そういうんじゃないから」
「―――なにを―――慌ててる――おばかさん――」
殴るぞ、お前。
「誰も真面目にとってるわけないだろ。さ、始めるぜ。僕からな」
藤原がルーレットを回して、ひょこひょこ駒を動かした。
「でもー、佐々木さんが言うとあんまり冗談にならないんですよね」
橘が駒を進める。

「――ばかキョン――からかう――ターゲット――」
周防の駒がスーッと不思議な動きをした。目の錯覚かと思ったが、手を使わず
に髪の毛で駒を動かしてやがる。舐め切った言動しやがって。
「周防、てめえ、ふざけたことするんじゃねえ」
「――――」
そこで周防が油が切れたように静止した。
「おい、どうした」 不自然な姿勢で完全に静止しているのでちょっと心配になる。
「――マスに書いてある――親戚からおこずかいをもらう――長門どこ?」
アホかー。お前らは親戚じゃないだろうが。
笑いながら佐々木が駒を動かした。
続けて俺がルーレットを回した。1だ。[料理教室に通う。$3000払う]はいよと。
まあ、出だしはこんなもんだと思った。
だが、俺はそのとき未来を知らないから気楽にしていられたのだ。


もはやゲームは終盤である。
佐々木と橘は大金持ち状態でゴール直前だ。佐々木が整った顔立ちを橘に向けた。
「橘さん、ここはあえて僕に勝ちを譲ってはどうだろうか。世界のために」
「ええ、いいですよ。その代わり私のお願いを聞いてください」
「なんだい」
「その・・・・私と・・・・結婚してください」
見つめ合うふたり。困惑しきった佐々木を、橘がお星さまの瞳で見つめている。
「キョン」佐々木が俺に救いを求めてきた。頭脳明晰な秀才も、別領域からの刃には弱い。
それにしても異次元殺法すぎるだろ、橘。
「知らん」アホらしい。知ったことか。
「キョン」佐々木が弱々しく訴えてきた。橘に抱きつかれて、佐々木が倒れる。

「知るか。大金持ちめ」
俺はそれどころではないのだ。出だしから借金街道まっしぐら、赤い手形が減りゃしない。
このままじゃ、借金返済ルートから抜けられん。
「借金地獄――あなたの――瞳は――いま――とてもキレイ――」うるさいわ、ウラス昆布。


「おいおい、橘にお姫さまをとられていいのか、キョン。お前らつきあってるんだろ」
藤原が皮肉な笑いを浮かべた。
「付き合ってない」
俺と佐々木が同時に否定する。あと、俺をキョンと呼ぶな、藤原。
「付き合ってないならいいじゃないですか、佐々木さん。女同士でも愛があれば」
「馬鹿だねー、お前ら」
「――NTR――しかも女に――キョン――まぬけ――」
うるさいわー。
そして、その瞬間。世界はオックスフォードホワイトに包まれた。
気がつけば、白く輝く世界に俺と佐々木だけが残っていた。
「キョン」佐々木が俺の手を握り、俺の耳元に唇を近づけた。
「逃げよう」
俺は頷いた。

そして創られた新しい世界。それは以前とまったく変わりない。
ただひとつの違いは、俺の部屋に人生ゲームがないということだけだ。

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最終更新:2012年11月24日 00:35
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