キョンと佐々木さんが戻ってきたのは、花火大会が終わって、しばらくしてからだった。
僕と鶴屋さん、朝比奈さん、それに長門さんと朝倉さんは、花火が打ちあがる前に別荘に戻って来て、涼宮
さんと古泉くんも少し遅れて戻ってきた。
あの人混みの中じゃ、バラバラになるのは目に見えていたから、花火大会が始まる前に別荘に戻ってこよう
と鶴屋さんが言ったので、僕等はそうしたのだが、キョン達は二人だけで花火を楽しんできたようだ。
戻って来た二人を見て、鶴屋さんはいつもの如く二人をからかったのだけど、僕が思ったのは、二人の雰囲
気が、少し違ったものになったということだった。
もともと、キョンと佐々木さんはとても仲がよく、かなり親密な間柄だ。谷口なんか、佐々木さんのことを
「キョンの奥さん」なんて言っているけど、案外間違いじゃないと、僕でさえ思う。
それが、何と言ったらいいのか……うまく言葉にはできないのだけど、絆がさらに深まったというか、一段
階進んだとでもいうべきか……
中学生のときのプ-ルでの出来事を思いだすけど、何となく鶴屋さんのように、簡単にからかえないような、
そんな気持ちになった。
花火大会から戻って来て、俺は古泉と国木田を誘って、ホテル『鶴星』の露天風呂で汗を流した後、別荘の
自分の部屋に戻った。
それにしても、この部屋に戻る度に、強烈な違和感を感じる。洋風の建物と扉なのに、純和風の畳部屋。メ
イドさんが敷いてくれた布団。
その布団に、身を投げ出して大の字になり、天井を見上げた後、目を閉じて今日のことを思い返す。
花火の光が照らしだした闇夜の中に浮かんだ佐々木の笑顔は、本当に綺麗だった。この夏の、最高の思い出に
なりそうな気がする。
だけど……
これは誰にも言ったことがないのだが、時々俺は不安に襲われることがある
高校に入って、俺は変わったとよく人から言われる。人間的に成長した、と。
それは佐々木のおかげだと俺は思う。俺を親友と言ってくれる佐々木が一緒の高校にきてくれて、本当によかった。
だからこそ、俺は佐々木の親友と呼ばれることにふさわしい人間になりたいと思っている。あの七夕の願いに書いたように。
しかし、同時に得体のない不安に囚われる。それはいつか、佐々木が俺の傍からいなくなるんじゃないかというものだ。
俺は佐々木に何を求めているのだろうか。時々、自分のことがわからなくなる。
誰かが、扉を叩いている。
俺は体を起こし、鍵を開けた。
「さすがにまだ寝てないようだね」
扉を開けて、顔をのぞかせたのは佐々木だった。
他の連中はもう寝たのか?
「まさか。まだ、10時もないよ。君が寝ていないように、みんな起きているよ」
何をやっているんだ?
「涼宮さんの部屋に集まって、古泉君が持ってきた人生ゲ-ムで遊んでいる。盛り上がっていたよ」
人生ゲ-ムね。生きているだけで、十分面白そうな連中の集まりに思えるのだが、ゲ-ムの人生を楽しむとは
何か合わない感じがする。
「月並みな進学とか、就職とか出世とか、確かに涼宮さんや鶴屋さんには似合いそうにはないね。だけど、前
にも言ったとおり、涼宮さんは言動がエキセントリックなだけで、根は普通の女の子だよ。人並みに興味はある
はずだ」
そんなもんかね。まあ、それなら、古泉にも希望はあるな。
佐々木は、俺の部屋に上がり込むと、俺がしていたように、俺の布団の上に大の字になって、横になる。
おい、佐々木。そこは俺の寝床なんだが。
「自分のうちじゃベットだからね。こうやって思いっきり手足を伸ばして寝転がてみるのはいい気持ちだよ」
やれやれ。なんなら、部屋を変わってもいいぞ。ロココ調じゃ俺も落ち着かないとは思うが。
「相変わらずだね、君は」
くっくっくっとおかしそうに佐々木は笑う。
「キョン、そんなところにいないで、君もこっちにおいでよ。時間はあるんだから、ゆっくり話そうよ」
俺と佐々木は寝っ転がったまま、いろんなことを話しだした。普段、こいつと一番話しているのに、しゃべり
だすと、本当にいろいろしゃべりたいことが出てくる。
中学校の頃の出会いから、俺も予想していなかった一緒の高校入学を経て、文芸部入部や、涼宮たちとの出会
い。佐々木と共に学び、遊び、そして今日の旅行。
まだ、高校生活一年の半分しか過ぎてないのだが、すごく充実した高校生活を送っている。それは佐々木のお
かげである。
なあ、佐々木。
「うん、なんだい、キョン?」
ありがとうな、北高に来てくれて。お前が北高に入学してくれたおかげで、俺の高校生活は楽しいものになった
んだ。感謝しているよ。
佐々木が俺に顔を近づけてくる。きれいに整った、美しい顔に、涙が流れている。
佐々木。どうしたんだ?
「・・・・・・礼を言うのは僕の方だよ、キョン。君がいなかったら、僕が北高へ入学しなかったら、こんな充実した
学生生活は送れないと思う。僕の決断は間違ってなかった。わた・・僕は嬉しいんだ」
笑顔と涙が混じった佐々木の顔をそっとハンカチで拭いてやる。
天井を二人で見上げていた。
いろんなことを語り合って、時間はかなりすぎていた。静寂が周囲を支配していた。
「何か、夢の世界にいるような気分だよ」
花火の時もそんなことを言っていたな。
「・・・・・・”現し世は夢、夜の夢こそは真”」
それは江戸川乱歩の言葉じゃなかったか?お前から、昔聞いた覚えがある。
「良く覚えてくれていたね。『幻影城の城主』を自称していた乱歩が好んだ言葉さ。現実と思ったものが夢で、夢と
思ったものこそが真実であるという、いかにも作家らしい言葉だね」
まあね。だけど、佐々木。俺とお前がここにいることが、そして今までの時間が夢だったなら、俺は現実を拒否するよ。
佐々木が俺の右手に、自分の左手を絡めてきた。
「邯鄲の夢じゃないよね、今までの時間は」
もちろん。大変なことも多いけど、俺とお前の時間は現実だよ。今までも、そしてこれからも。
佐々木。
「なんだい、キョン?」
”どこにも行くなよ”
俺がそう言葉を続けようとした時である。
「キョン!まだ、起きてる!」
静寂をぶち破り、破壊せんばかりにドアを開けて、涼宮を先頭に、SOS団団員と文芸部部員が俺達の部屋に入り込んできた。
・・・・・・・・・・・・部屋に再び沈黙が降りる。
俺と佐々木以外の人間に、俺達の姿がどのように写ったか、言わなくても想像は付くと思う。
「何してんのよ、あんたたちは!!」
涼宮の怒鳴り声が別荘中に響き渡った。
ほかの連中の反応は言うまでもない。
ここの部分だけは現実でなく、悪夢ぐらいにならないだろうか。
「キョン、ごめん。鍵をかけ忘れていたよ」
もはや、手遅れである。
流石にこの時間になると、みんな眠くなったのか、各自部屋に戻っていった。
私も自分の部屋に戻り、柔らかなベットへ身を沈めた。
あの後、一騒動だったけど、なんとか古泉くんが涼宮さんを落ち着かせ、とりあえず部屋に戻した。
キョンと二人で手をつないで、布団の上に横になっている姿を見れば、まあ、誰でも勘違いはする。
あんまり涼宮さんがうるさいので、キョンが少し逆ギレ気味だったけど、あれはおかしかった。
闇夜の静寂の中で、私は今までのことを思い出す。
最初の進学校を蹴り、キョンと同じ北高に来たこと。誰にでも、キョンを追って私は北高に入学した
と思われた。事実そのとおりなんだけど、キョンは気づいていない。
それからの私の高校生活は充実している。それはキョンがいるから。北高に来ても、キョンがいなけ
れば、どこに行ったって灰色の高校生活だったと思う。
そのために、”彼女”と契約した。もう惨めな思いは、自分を偽ることはしない。
”次元固定因子は・・・・・・どこで発生するかわからない。しかし第一次因子の・・・・・・発生箇所は判明して
いる”
”――鍵との接触は因子の発生を意味する。一次因子を固定する箇所は時空座標P-214ax―すなわち4月
のあの日”
”あなたの――望みを実行する”
おかしな夢だった。声だけの夢なんて。
そして、その内容をろくに覚えていないなんて。
でも、あの声は、どこかで聞いたような気がする。それもつい最近・・・・・・
部屋のカ-テンを開けると、今日も強い、暑くなるのを感じさせるような、強い日差しが差し込んできた。
顔を洗い、朝食を取るために部屋を出ると、ちょうど部屋を出たキョンに出くわした。
「佐々木、起きてたか」
「うん、今、起きてきたところだよ。キョン早くから起きていたのかい?」
「俺も今起きたところだ。夕べがやかましかったから、朝食に間に合うように起きれるかなと思ったんだ
が、どうやら起きれたようだ」
キョンと一緒に食堂に行くと、まだ、誰も来ていなくて、私達二人は並んで席に座った。
「おはようございます」
新川さんとメイドさんが、挨拶をしてくる。私たちも挨拶を返す。
「皆さん、遅くまで楽しまれていたようですな」
少し、みんなはしゃぎ過ぎていたようだ。
「たまにはいいものですよ。お友達との思い出ははかけがいのない宝物ですから」
そう。新川さんの言うとおり、この夏の旅行は、私にとって、何より大切なキョンとの思い出になるだろう
この時にしかない、永遠の一瞬。忘れることのできない、夏の記憶。
最終更新:2013年02月03日 17:30