70-35『未視感』

『from キョン
title 無題
本文
こないだはすまん。恋愛禁止のSOS団の手前、本心を話すわけにはいかなかった。
メールで伝えるのは失礼に当たるので、次の日曜に誘わせて貰えるか?
そこで俺からお前に気持ちを伝えさせて欲しい。』

キョンに気持ちを告げられ、私達は世間一般にいうカップルになった。
カップルとはいっても、相手はあの唐変木。私達は端から見たら何の変わりのない生活を過ごしている。
……周りが言うには、男は直ぐにでも襲い掛かるらしいのだが。
迎撃の準備は万全。備えあれば憂いはない。
しかし。今日も彼はキスで終わる。
「今日も楽しかったぜ。」
「僕もだよ。」
……この疼く身体はどうしてくれる。そういう恨み節も少し込めながら。

「……全く、付き合ったら付き合ったで、こんなに思考にノイズが増えるとはね。」
一人身体を慰め、一息つく。付き合う前と違い、彼の温もりを思い出しながら。
「(妙にデジャヴがあるのよね。キスした時も。)」
初めてしたキスは、まるで久し振りのような感覚だった。
この感覚を何故か『知って』いた。
「(涼宮さんの話の、あの終わらない夏休み……あれで私とキスしていたのかしら?)」
どちらにせよ、自分には何の記憶もない。初めてじゃないのに初めてのような感覚、初めてなのに初めてじゃない感覚。
「(ジャメヴとデジャヴか。)」
そのいずれかだとしても、何か悔しい。
ジャメヴなら、初めてを憶えていない事が。デジャヴなら、それが何かわからない事が。
夏休みに何か幸せな夢を見て、それから自分を慰める頻度が上がったが、それも関係しているのだろうか。何れにせよ、証明する手段がない以上何も出来ない。
「(パラノイックね。)」
人に言っても、精神科に担ぎ込まれるのがオチ。私は気分を替えて休む事にした。

今日も彼と勉強をする。
元々の頭は悪くないだけに、最近は成績の飛躍が著しいらしい。こうした努力は、必要最小限にしたいのが彼のようだが。

「基本的に怠惰なんだよ。だが、やるからには成果を出したい。」
「武田信玄か、キミは。」

勉強が一段落し、彼の部屋で二人で抱き合う。こんな幸せな時間。
「……ん……」
キスをし、吐息を感じあう。そんな時間も幸せなものだ。
「……佐々木……触ってもいいか?」
答える代わりにキスをする。
キョンの手が髪を撫でる。……的確に私の気持ちよいところを探る手。相当に慣れているのではないだろうか……
やはり涼宮さんなのだろうか。それとも長門さん?何れにせよ、宝物に手垢をつけられた気分だ。
「……ねぇ。キョンは初めて?」
私の問いにキョンは真っ赤になり、吹き出した。
「当たり前だろうが!」
……うん。その反応で十分だよ。キミは嘘をつく時は優しいからね。



「ただ、なんとなくこの辺りが気持ちいいんじゃないか、って分かるんだよ。経験ない分際でな。」
……既視感か。しかし驚いた。何もかもそっくりじゃない。
「お前もそうだったのか?」
「そうだよ。デジャヴとジャメヴが合わさり、精神科の受診を考えた位だ。」
二人で頭を抱える。
「……確実に、あの馬鹿絡みだな。」
「……だね……」
確認する手段は、やはり長門さんなのだが……さすがに聞きにくい。しかし。意を決したキョンは、長門さんに電話をした。

結論を言おう。
私達は、去年の夏に既に何度か抱き合ったパターンが存在しているようだ。
そして例外なくそのパターンは消去された。だが、肉体的な記憶情報は残っているのではないか、というのが長門さんの話だ。
無論、私達は処女と童貞……情報はあれど、肉体的な損傷はないという。

「泡沫夢幻かよ……」
「夢幻泡影だね……」

二人で頭を抱える。こうした実体なく儚い記憶。もし仮に涼宮さんが故意的に残していたとしたら、性格が悪いなんてものではない。
まぁ、その可能性は極めて低いが。彼女の性格上、彼女は極めてストレートに行くはずだ。これは偶発的な事故のようなものだろう。だが。一言言わせて頂く!

「「なんてこった……!」」

勘違いが勘違いを呼び、誤解を生んだ。長門さんが居なかったら、お互いがお互いを勘違いしていたところだ。
顔を見合わせ、爆笑する。道理で去年の夏休みから自分を慰める頻度が増え、かつ気持ちよく寂しかったわけだ。
「俺もだよ。……ったく、傍迷惑な。」
「くっくっ。」
キョンもまた、私を抱く想像をしていたのか。そう考えると実に嬉しく、そして愛しい。
「キョン。……好きだよ。」
「ああ。佐々木。好きだ。」
ツン、と目頭が熱くなる。
「……ごめん。もう私が我慢出来ないわ。」
キョンに抱かれたい。キョンを身体中に感じ、幸せな気分に浸り眠りたい。
キョンの首筋を舐め、思い切り吸い付く。そこに出来るキスマーク。
「お前な……」
「マーキングだよ。くっくっ。」
ちょっとした仕返し。そして私の『宣戦布告』。
味覚で彼を味わい、嗅覚で彼の匂いを感じ、触覚で彼の温もりを感じ、視覚で彼の存在を感じ、聴覚で彼の声を感じる。
五感を使いキョンを感じる事は、私のみに許された『特権』。そう涼宮さんに伝える為だ。


結局は、彼に抱かれる事なく今日は終わった。しかし、今日は色々とスッキリした一日だった。

既視感も未視感もない。何よりも、彼に愛され、彼を愛して作られたものがある。それがただ嬉しかった。

「大好きだよ、キョン。」

私達が、皆に付き合っているという少し前のお話し――――

END
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最終更新:2013年04月07日 03:24
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