70-x『暑気払いバラード』

「なあ佐々木」
「なんだい親友」
 汗を拭く俺にレンゲを差し向けながら、佐々木は笑った。
 人をレンゲで指すな親友。
 それとな。

「この暑いのに何故鍋なんだ」
「そこに鍋があるからさ」
「そりゃまた哲学的だな」
「くっくっく」
 五月も足早に過ぎ去ろうかとしている時期なのに、太陽の奴は既に足早に八月モードな昨今
 要するにクソ暑い日中昼日中、何故俺達は向かいあって鍋を突いているのか。
 何故だ。何故よりにもよってこのチョイスだ。

「うん親友。僕に言わせればキミこそ何故そんなに反発するのかと言いたいね」
 そんなに不味かったかな? とでも言いたげに首を傾げる佐々木。
 首を、あ、いや季節柄薄着だから首をかしげた拍子に
 ああいや何でもない。何でもないぞ。

「この暑いのに何故熱いものを食べたがるのか。当然の疑問だと思うがな」
 言いつつ噛み締めた巾着の出し汁が口の中でビッグバンを起こすが、務めて涼しい顔をする。
 したつもりだったのに何故か麦茶を勧められた。
 すまん。親友。

「昔から言うだろうキョン。暑い時こそ熱いものを食べた方が良いのさ」
「昔から言う事なら全部正しいって訳でもないだろう佐々木」
「そりゃまあお説ごもっとも」
 言って、くっくっく、と喉を鳴らす。
 その反応に先が読めた気がした。ああこれも想定内なんだな佐々木。

「何の事かな? だがこの場合は意外に意義ある事らしいのだよ」
「ほう」
 水を向けながらハシで探っていると大物を掴んでしまった。
 ……どうみても佐々木の箸です。
 すまん親友。

「くく、箸をつけたものは食べる。それが不文律だったかな?」
「そりゃ闇鍋の不文律だ」
「ほう」
 すかさず電気を消すな。

「いや言われて気付いたがそれも面白いなと思ってね」
「まったく」
 すかさず電気を付け直そうと上を向くと、下でポチャンと音がした。
 おい。何かしたか? それとも何かするつもりだったのか?

「くっくっく。さあてね」
「まったく」
 その後、俺のハシが拾い上げた小袋の中に、まさかの婚約指輪が入っていたのはここだけの話。


 ……にしようと思っていたのに俺の妻は延々とその事を語り継いでくれやがってな。

「普通は男が贈るもんだろうが」
「くっくっく。普通と違う人生がキミのお好みではなかったかな?」
 それはそうだが意味合いが違う。
「まあ僕に出来るようなサプライズはこんなものさ」
 少し寂しげに呟いてみせたつもりだろうが、お前と俺とじゃ価値観が違う。

「そうかい?」
「つまり俺には十分なサプライズだったって訳だ」
 言って俺からもサプライズを贈るとそのまま静かになった。
 まあ口をふさいだんだから当たり前だけどな。
)終わり


「熱いものを食べると確かに体温が上がるが、体温の上昇は汗を、汗は気化を起こすからね」
「そんで気化熱が身体を冷やすか。理屈ではある訳なんだな」
「くっくっく」
 なんでそこで笑う。

「そこでだキョン。ここは一つ汗をかくというのはどうだい?」
「二人で出来る行為でってか?」
「くくっ」
 無論、肉体接触的な意味でってな。後は今度こそ俺達だけの秘密だ。
 秘密って事にさせてくれ。
)今度こそ終わり 
Part70-x 暑気払いバラード』

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最終更新:2013年05月24日 23:00
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