71-431『猫になった日』

バストアップ体操に、ヒップ引き上げ。プロポーション管理に余念はない。
一年の間の数値の変化は微々たるものだが、確かな手応えを感じつつある。
「(涼宮さんに比較したら、微々たるものなんだけどね……)」
自走式チーター。同年代であのプロポーションは、反則としかいえない。しかし、私も努力だけは捨てない。
こればかりは天分。DNAの配列を恨もうが、どうしようもない。胸部の脂肪と臀部の脂肪を蓄えるには、自分の身体は代謝が良すぎるらしい。
「さて、お風呂に入ろうっと。橘さんが入浴剤をくれたしね。」
この時。私は入浴剤を確認しなかった事を悔やんだ。
後で人が聞いたら笑い話。
しかし、私にはちっとも笑えない話であった。

「にゃー……」

入浴後に浴びた水のシャワー。そこにいたのは、一匹の猫。
「(こ、これは一体?!意味が分からないし、第一笑えない!)」
手を見ると肉球……ぷにぷにだが、感触を謳歌する時間があれば、さっさと元に戻る方法を考えなければ……!
気が動転していたのだろう。私はシャワーに飛び掛かり、思い切り温度設定を上げてしまった。

「…………ッ!あっつーい!」

風呂場に私の金切り声が響き……心配した母が風呂場を開ける。
「あんた何してるの……。ったく。熱いシャワー浴びてお尻丸出しにしてる暇があれば、さっさと上がって晩御飯食べなさいよ。」
「お尻丸出しにって、お母さんから見てでしょ!お風呂は裸で入るものだし。」
「海外じゃ水着がデフォ。さっさと上がりなさい。」
母は、そう言うと去っていった。
「…………」
メカニズムは理解した。
どうやら私は水を被ると猫になるらしい。
「(問題は、これが一時的か恒常的か。)」
一時的ならば問題にする必要もない。だが、恒常的にそうなるなら大問題だ。
実験する前に橘さんをとっちめる事を心に決め、私はお風呂を出た。
「おや、メール……キョンか。」

『プールのタダ券があってな。一緒に行かないか?』

事情が事情だし、断らざるを得ない。とりあえず、橘さんは会えば絶対にとっちめよう。
……それから。有効期限の関係もあるのだろう。キョンはたまにプールに誘ってくれるようになり……
橘さんは組織とやらの研修で海外にいるらしい。どうでもいいけど、何故モアイと写ってる写真を郵送してきたのかしら?
イースター島に一体何の用かは気になるけど……。こうしたオカルトは涼宮さんが好きだったはず。私はあんまり関心はない。
晴れない気持ちのまま、私は街に出た。


不幸というものは、得てして偶発的なものが多い。
世の中で起こる事すべてを運命だと言える程、私は傲慢ではない。
自業自得的な不幸は、ただの必然。それだけだ。
それだけに。今の私の置かれた状況には愚痴のひとつも溢したくなるものだ。

「にゃー…………」

公園を散歩していたら、俄か雨。着ていた服を茂みに隠し、お湯を取りに家まで歩いてると……
「にゃにゃ?!」
キョンがいた。
「にゃー、にゃにゃにゃにゃ。(訳:やあ、親友。)にゃにゃっにゃにゃにゃにゃにゃっにゃにゃ。(訳:困った事になってね。)」
「……えらくなつっこい猫だな。」
キョンが私に手を伸ばす。
む。……頭……頬っぺた、喉……心地好いじゃないか。目を閉じ、キョンの愛撫(待て)に身を任せるのも悪くは……
ころん、とお腹をまさぐるキョン。……待て。確か猫ってお腹にち……
「にょわーッ!」
思わず引っ掻いてしまった。キョンは手を抑えている。
「……お腹に子どもを抱えていたか?」
キョンが尻尾を握る。……ま、待って……や、やだ……心の準備……って、やっぱりダメーッ!
「痛ぇーッ!」
キョンの叫びが、俄か雨の降る公園に響いた……。

「全く、やれやれだ。」
公園の屋根があるスペースに休み、私はキョンの膝の上にいた。
キョンは私の目をじっと見ている……。
「……ああ、佐々木だ。漸くスッとしたぜ。」
……そ、それはどういう意味でせうか……?つ、つまりどんな時でも、キミは僕を見つけてくれる、という意味かい?
照れ臭い!私は思わず前足を使って顔を擦る。
「猫のお前もマイペースだな、佐々木。」
……神に問いたい。私は何か、あなたに貢献したのですか?
キョンの手が私の身体中を擦る。
くっくっくっくっ。
確信した!翼は羽ばたく為にある、と!
「とんだ重症だ。」
キョンの手の優しさに、私はいつの間にか不覚にも眠っていた。

「……ああ、お前メスか。」

ふにゃ?……いつの間にかキョンに抱えられていて……キョン、キミは僕のどこを見て…………

「ふぎゃあーっ!」

私は、キョンを全力で引っ掻きまくり、泣きながら走った。
見られた!絶対に見られた!私の……その、あの……(藤原「禁則だ!」)も……(藤原「全年齢対象だ!」)も!
ぜ、絶対に責任は取らせるからね、キョン!


家で変身を解いて、思う様布団を被って呻いていたら、橘さんが来た。
「どうでした?佐々木さん。私のお土産の即席猫溺泉は?」
……おかげで散々だったよ。
「効果は二回きりの商品なのですよ!我ながら面白い買い物を……」
自分で自分の死刑宣告書にサインを続ける橘さん。
そうか。効果は二回きりなんだね?
「(バストアップ体操とヒップ引き上げが、全て水泡に……!恨むよ、橘さん……!)」
プールに行けなかった諸悪の根源を掴む。
「あれ?佐々木さん、何故また即席猫溺泉を?あの、猫の佐々木さんも可愛いと思うのですが……」
こんなお土産をくれたから、本当に散々でね。そのお礼をしたかったよ。橘さん、覚悟!
「ふぅーッ!」

バリバリバリバリ!

「みぎゃあああああああ!」

――後日。北高文芸部室。
「此方にイースター島の写真があるのです……。」
興味をそそられているのは、ハルヒ。橘は涙声で叫んだ。
「この写真をあげるので、私と佐々木さんを仲直りさせて欲しいのですよ!」

――――
素直に謝れば、いつでも許してあげるのにね。

プールに行こうとしたら、キョンから猫の話題を振られ、恥ずかしさから説教し、結局体操の成果を見せられなかったのは、また別の話になるわ。

END

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最終更新:2013年08月04日 17:06
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